愚慫空論

BASIC INVESTMENT

今日はごく短く。ベーシックインカムについて。

私はベーシックインカムの構想に、基本的には賛同しながら若干の違和感を覚えていました。

その違和感の元は、「基本収入」という発想に労働者に支払う人件費を「コスト」だと見なす論理が混ざり込んでいること。そう気が付きました。

ですので、「BASIC INCOME」という発想と名称は訂正すべきだと考えます。「BASIC INVESTMENT」、「基本投資」とするべきでしょう。


この発想の根本にあるのは、

「生きているということ、ただそれだけで立派な仕事であり贈与である」

という視点です。この視点がなぜ「基本投資」となるかについては『近代的理性との訣別』シリーズで長々と触れてみたいと思いますが、簡単に少しだけ。

幼い子どもにできるのは、「ただ生きていることだけ」です。親は社会から収入を得て子を養うわけですが、親のその行為は投資だと見なすことが出来ます。しかも、親は必ずしも合理的(親自身の利益を最大化すること)を基準に投資するわけではありません。むしろ子の利益を最大化することを目的に投資を行います。

「基本投資」とは、親が子に対して行う投資を社会全体で行うべし、というものです。社会とって子とは、社会の成員ひとり一人ということになりますから、老い先短い老人だって当然、余命幾ばくもない病人だって、当然投資の対象となります。

コメント

基本投資しなくなった日本

日本はいつのまに基本投資しなくなったか。人を見たら泥棒と思え、強盗と思えとなって人が「信用」できないので投資しない。「おれおれ詐欺」はじめ投資価値のないものには、子供にすら投資しない親も多い。社会を育てないで自分さえよければと思っている。でもその自分ですら、ちっともよくなく、不幸だ。憂鬱だ。「生きているということ」に価値を探せないから、コストなのでしょう。無駄なんでしょう自分もふくめて。だから投資効率の悪い老人は、早く死ぬしかないのでしょう。後期高齢者医療制度は、為政者や経済人の本音でしょう。

趣旨に賛成

ベーシックインカム論を「基本投資」とした視点はわかりやすく、賛同します。トータルで投資が回収できないような社会になったら、おしまいということですね。

期待しています

こんにちは

ベーシックインカムについて愚樵さんが「違和感」を感じていることは何故なのか疑問でした。

私から見てどうにも分からないままなのですが、今回別の発想で理解しようとされるようなので、その視点での「基本投資」というものを勉強させていただきます。

私の考え方は「消費にこそ価値を認めるべきだ」というものなので、それが「贈与」や「投資」という概念を持たなければベーシックインカムが理解できないとか違和感があるとか、>「BASIC INVESTMENT」、「基本投資」とするべきでしょう。<となるのかが今の私には分かっていません。

ま、どのような見方であろうともベーシックインカムを理解される人が多くなることに不満は無いので、何故皆さんがベーシックインカムに疑問を感じるのかの私の考察の助けになりますから愚樵さんに期待しています。

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