愚慫空論

どうしようもなく政治的な存在

くだらない騒動だと思うんですけどね、特例会見問題。でも、見過ごせない部分もある。この問題の根っこは、天皇という存在の特異性にあると思うんです。

まず、押さえておきたいのは、天皇はどうしようもなく政治的な存在である、ということです。

天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。

というのはご存知の通り憲法代以上の規定ですけども、こうして憲法によって規定されているということ自体が、天皇がどうしようもなく政治的な存在であるということを示しています。

ただしかし、この規定は微妙なものでもあります。それは「象徴」という言葉が持つ方向性に由来しています。「象徴」には天皇のどうしようもない政治性を封印しようとする意図があるんですね。だから、憲法におけて天皇を「象徴」として規定するのは本質的に矛盾を孕んでいるともいえます。この矛盾は、大日本帝国という主権在君の国家が戦争に大敗したにも関わらずその「首謀者」であった天皇を処罰できなかった歴史的な経緯から生じたもので、そのために天皇の政治性は封印されることになった。しかし封印という作為は、天皇の持つどうしよもない政治性を逆に深化させるという副作用も併せ持つ。その結果、天皇がより神格化されてしまうということにもなってしまいます。
(天皇=「首謀者」について補足しておきますと、これは昭和天皇が太平洋戦争の実質的首謀者であったという意味ではありません。天皇のもつ政治性ゆえに首謀者と見なされても致し方がなかった、という意味です。)

それが昭和以降の天皇の在り方であり、その在り方が具体的な形を取ったのが天皇の政治的中立ということなのでしょう。天皇が政治的に中立であることが逆に政治力を生み出す。今回の騒動は「特例」会見から端を発したものですが、「特例」が政治力をもつのは天皇が中立と位置づけられていたから。天皇は、その意思が直接政治的に反映されようが、逆に封印されようが、どちらにしても政治性を持つことになってしまうというどうしようもない存在なんです。

以上を踏まえた上で、宮内庁の「1ヶ月ルール」について考えてみましょう。

「1ヶ月ルール」とは、外国要人が天皇陛下との会見を希望する場合に、1カ月前までの正式申請を求める日本政府の慣例だそうですが、このルールは天皇の政治性を中立に位置づけるの、すなわち天皇の政治性を封印するのにうまく機能していたように思われます。「1ヶ月ルール」で決まっているのは単に天皇のスケジュール調整のための時間的なことだけだったので、そこの政治的な要因が入り込む余地がなかった。「1ヶ月ルール」を機械的に適用することで、天皇の政治的中立は守られていたわけです。

今回の特例会見問題はこの「1ヶ月ルール」の機械的適用が破られることになったことから生じた。誰が破ったのか、犯人捜しはさておくとして、私が問題だと思ったのは、天皇の政治的中立を守るべき立場にあるはずの宮内庁長官が、自ら天皇の政治性の封印を解いてしまったこと。“もう二度とこんなことはあって欲しくない”と発言した記者会見がそれにあたります。

これは一見、矛盾したように思われるかもしれません。封印を解いてしまったのは「犯人」のほうで、“もう二度とこんなことはあって欲しくない”との発言した宮内庁長官は、天皇の政治性を再び封じるためのものではなかったか? 長官の意図としてはそうだったのかもしれませんが、結果としてそうはならなかったと私は思います。というのも、宮内庁長官の発言は、天皇が政治的中立性を保ってきたことによって得た「神格」を背景に発言してしまったからです。そのことによって長官の発言が政治性を帯びてしまい、小沢一郎が逆上することになってしまった。そこで飛び出したのが“宮内庁長官は憲法を理解していない”という批判と辞任要求です。

小沢一郎の「憲法論(?)」には、共産党が国事行為だの公的行為だのと難癖を付けているようですが、これは私には的外れな攻撃のようにしか思えません。共産党の指摘は法律論としては正しいのかもしれませんが、小沢氏が言わんとしたことはそんなことではなかったのではないか? 小沢氏が言いたかったのは、政治力の源泉としての「権威」のことであり、昭和憲法の下においては、天皇の「神格」よりも民主主義の原理の方が上なのだ、ということだったのでしょう。
(その小沢一郎が「犯人」らしいということですが、さまざまに伝えられていることが本当なら、氏に民主主義云々する資格があるかどうは大変に疑問のあるところではありますが。)

天皇の「神格」よりも民主主義原理の方が上であるということは、憲法にしっかりと明記されています。もう一度1条の条文を見ていただきますと、

天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。

「象徴」の地位は主権者である日本国民の総意に基づく。国民の意思あっての天皇だと明記されているわけです。

そうはいっても、本当に天皇の「神格」は民主主義原理の下にあるのか? 国家の最高法規である憲法にはそのように書かれていますが、それが本当に国民の総意なのかというとかなり微妙です。この問題はそれぞれの主義主張によって大きく異なりますけれども、主流は上だの下だのではなくて、この両者は比べようがないものだということだったと思います。また比べようがないとすることで、天皇の政治性が封印されきた。

今回の騒動で事の発端となったのは、民主党による天皇の政治利用だったでしょう。宮内庁がそれに抗議したのは、立場としては当然です。が、抗議の方法がまったく良くなかった。よりにもよって天皇の「神格」を背景に抗議を行ってしまった。天皇の政治的中立を守るのが仕事はいえ、宮内庁長官も公務員です。この公務員が「神格」に寄りかかってしまったのでは、話はどうしても民主主義原理と比較ということになり、憲法論ということになる。「神格」と民主主義原理の比較になってしまった時点で、宮内庁長官の意図は失敗しているのです。

では、宮内庁長官はどうするべきだったか? 思うに、件の記者会見で自らも辞意を表明すべきだった。それも「1ヶ月ルール」を守りきれなかった責任を取ってという形が良かった。その上で「誰が次の長官になろうとも、「1ヶ月ルール」を遵守するように」と要請しておけば、なおよかったでしょう。このような抗議の形をとることで、天皇の「神格」はより深まることになり、小沢一郎の「憲法論」に対抗できるようになったのではないかと思うのです。

コメント

外交とは平時に行う国家間の戦争行為であるとの見方も出来るが、

マスコミを利用したみのもんたや安倍晋三。平沼赳夫など『大事』に発展させたい思惑の人々が色めきたって色々と発言している。
『天皇の政治利用だ』と自民党や産経新聞が大張り切りですが、元々皇室外交という名の政治利用を長年続けていたのは歴代自民党政権である。
実はこの問題は昨今始まったの話ではなく、明治時代から敗戦までも今と同じで皇室を政治利用してきたのが、長年の日本の伝統ですよ。
『立っているものは親でも使え』との諺もあるように日本国の為になるなら皇室外交は『政治利用』であれ何であれ、理屈はともかく日本国にプラスになる事は『良い』ことでしょう。目くじらを立てるべきでない

それより、民主党新政権の売りは『官僚政治の打破』『政治の優位』のはずでマスコミ各社もそれを支持していた筈だ。
散々公務員バッシングをやっていたマスコミが、今回自分の主張と同じだからといって、突然手のひらを返して『官僚』主導の政府(政治)批判を擁護するとは手前味噌にも程がある。
今度の宮内庁長官(官僚)の政府批判の『政治発言』は、自分たち『官僚』が『政治』の風下におかれ様としている『動き』に対する明確な意思表示で、官僚主導だった自民党時代でも本来許されるものではない。
日本国は『官僚』が指導するのか。?それとも『政治』(政府)が主導権を握って動かすのか。?

宮内庁長官発言(政府の裏話の暴露)で、折角の天皇の日中友好に果たした努力も、天皇御自身の権威や面子も丸つぶれ。
我が国独自の珍現象なのか?、天皇に遠いものほど敬意を持っており逆に天皇の近い物ほど反対になるらしい。
一番不敬なのが今度の宮内庁長官自身だとの認識が当人に無い。
30日ルールなどと天皇をモノ扱い、本当にお体が心配なら1ヶ月先の話ではなく朝起きたときの体調こそが一番大事なので『1日ルール』に変更するべきであろう。
それにしても天皇制を擁護するふりをして、天皇制に仇名す輩が多すぎる。
皇室典範を今のまま放置すれば20年後には皇位継承者は間違いなく1人になり、日本の天皇制は自動的に滅んでいく。

ところが此処にきて産経や新潮、文春などが内閣総辞職だの中国共産党に天皇を売っただの一時は大騒ぎしていたの突然トーンダウン。
前原国交相が天皇陛下特例会見は、実は元首相(中曽根康弘)のごり押しで自民党も要請していたとか記者会見で暴露したからか。?
前原発言の真偽ですが前の永田メールの実績がある。
あのメール自体はニセものだったが、(大昔から裏金は現金取引と相場が決まっている)メールに書かれている内容自体は本物ですよ。
ですから今回も中身は本物だと思っていますが、何しろ前回は大チョんボをした実績のある前原さんですからね。

そもそも

そもそも省庁の内規が政府の意向より優先する事(そんな事を認めたら政府は政策を実行出来なくなり、場合によっては外交や経済的に信頼の無い国という烙印を押されてしまう。違う視点から見ると省庁の言うがままにしか政権運営が出来ないので、選挙による政治家は不要で戦前の専制君主制の帝国主義と同じだということです。)がどうゆう事か解かってない者共が公共の電波を使って騒ぎ立てて国民を洗脳している。
それとオバマが来日した時、日程の変更が有り、天皇陛下との会見が一日ズレタ様だ。
なにが「国の大小に関わらず平等に…」だ。
これが、今の日本の現状だ。
世界の極貧国への仲間入りに向かってGO!てな所か。

タイトルとしてあまりにもピッタリ

『どうしようもなく政治的な存在』とは、愚樵さんも良く考えている。
題名として、あまりにも主題にピッタリなので当方も自分の記事の題名に愚樵空論のタイトルを借用させて貰いました。
今回の宮内庁のハゲタさんは、自分の職域をあらされたから怒っているだけで、宮内庁を無視するなっていえないから、天皇を政治利用するなって言っているだけとの見方も出来るが、
『職域を荒らされたから』とか、
そんな高尚なものではなく、これは自分のテリトリーに進入してくる同類を死にもの 狂いで追い出そうとする野生動物の本能でしょう。
それとも自分のシマを荒らされた博徒や暴力団の心境ではないでしょうか。?
縄張り争いこそは彼等の一番の最優先事項で、そばに天敵の捕食者がいても気にかけず、自分たちの生死も構わず同類の仲間に対して牙をむいて争います。

『天皇とは何か。?』
これは簡単なようで考え出すと実に難しい。考えようで何を目的とするかによって色々な答えが出てくるのですよ。
敗戦までは現人神。
記紀の記述によると日本(人間の世界)の最高神である天照大御神の子孫なので明治時代に天皇も現人神とされたのでしょうが、どう見ても天皇の役割は神御自身と言うよりも神に仕える最高聖職者で、神=天皇の皇国史観は無理がある。
天皇=最高聖職者とは、今のキリスト教世界ののローマ教皇の立場ですね。
幾ら権威があろうと神の言葉を代弁しようと教皇は『神』自身ではない。
聖職者の最高位で神の代行者との立場は、魏志倭人伝の鬼道を用いて国を治めたと言う卑弥呼の政治的な立場がこれと一致している。
このやり方は日本の伝統的な宗教と政治の係わり合いのようで長い長い伝統がある。
最高神アマテラスは女性神なのですが、彼女自身が聖職者の最高位の立場であったようです。
神に捧げる貢物を織っていたときに弟のスサノオが穢れモノを投げ込んだ為に怒って天岩戸に隠れるのですが、神様自身が自分に贈り物をするはずがないのです。
だから神=天皇説は間違いで明治期の創作でヨーロッパの一神教的な価値観の模倣でしょう。
しかし、キリスト教の権威と一体になった絶対君主制が主流の西洋とは大違いで、日本は飛鳥の一時代と後醍醐天皇、明治憲法の数十年を除けば、後は全て現在と同じで象徴天皇制ですよ。
ついでに言うと、憲法9条の『全ての揉め事は話し合いで解決する』との精神も別に戦後アメリカから押し付けられた外来のモノではなく日本の長い長い伝統で、アメリカ流に『揉め事は武力で解決した』のは戦国時代と明治憲法下の短い間だけの特殊な事例です。
日本は大陸と200キロも離れた島国なので、平和な縄文期をすぎて戦争と政治の世界になっても『和が一番尊い』とする考え方が聖徳太子からの政治の伝統で、だから日本の事を指すときには『和』と言う文字を用いるとの説も有るくらい。
日本の天皇制ですが、幾ら大事な偉い人でも、昔から『立っているものは親でも使え』との諺もあるように大昔から政治利用してきたのが日本の長年の伝統です。
羽毛田信吾長官が天下の一大事と主張する『天皇の政治利用』とは、
はるな愛がタイのミスニューハーフ世界大会で優勝したときに、
はるな愛は本名はケンジという男で『ミス』は間違いだとクレームを付ける位に、何とも場違いな愚かしい話ですよ。
そんな事を今頃一々お前(ハゲタ)が指摘しなくても関係者も世間も、みんなが全員大昔から知っている。ただ一々いわないだけ。

山崎天皇を撃て

羽毛田長官という一官僚が天皇制を利用するのは、戦前の天皇側近と同じだ。しかし天皇制自体がそもそも矛盾であるから、何をいっても理論的ではない。昭和天皇というシステムを残すことに、誰かの利があっただけのことで、そもそもの天皇制を糾弾せずに、各人各様の屁理屈を並べても、デベートとしてのゲームにしかならない
かってエンタテイメントとして「朝まで生テレビ」に関わった当人のひとりとして言えば、タブーに挑戦してるふうなエンタメでしかなかった。商売として天皇が機能する間は、政治家であれ、官僚であれ、マスコミであれ、利用するのが当然であり、日本の歴史がそうであった。責任論を徹底的にいうのなら、「山崎天皇を撃て」の原点に返るしかない。それができないのなら、言葉遊びとして、延々天皇論を楽しんでいってください。できれば「ウヨク」のひとが僕を殺してくれればありがたいのですが、いかがでしょう。

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