愚慫空論

内田樹が贈与経済に言及した

内田樹氏が、とうとう贈与経済に言及しました。

『商品経済から贈与経済へ』(内田樹の研究室)

いま、つい“とうとう”と書いてしまいましたが、もしかしたら“やっと”か“ついに”の方がよかったかもしれません。言及したとは言っても、「またいずれ詳細に論じる機会があるであろう。」と、単に予告をしているだけなのですが。

私の見るところ、内田氏の「構え」は贈与的なのです。教育=贈与論もそうですが、それだけではありません。内田氏と直接面識のない私たちは氏を氏の著作で知るわけですが、その著作を氏は贈与だと考えているフシがある。貨幣と交換すべき商品だとは、(第一義的には)見なしていないように思うのです。

あ、まだ、“とうとう”の理由に触れていませんね。これも私の推測ですが、内田氏が社会に提言したいと考えていること、つまり贈与したいと考えていること、その本命が贈与経済なのではないのか、と私は思う。だから、“とうとう”なのです。

経済活動を再生させるにはどうしたらよろしいのか。
それは論理的には、資源の枯渇、人口の抑制、市場の縮小という条件に適応する経済活動へシフトすることである。
別にむずかしいことではない。
人類史の黎明期から数万年はずっと「それ」でやってきたのだから。
それは「商品交換」から「贈与」に経済活動の基本行動を置き換えることである。


「別にむずかしいことではない。」

それは、論理的に難しくないということなのか、それとも「経済活動の基本行動を置き換えること」を指すのか、あるいはその両方? 確かに人類は黎明期からずっと「それ」でやってはきたが、だからといってそう簡単に曲がれ右できるものでもないでしょう。贈与経済が商品交換経済に置き換わったのには、それなりの理由があるはずなのですから。
(そういえば、内田氏の「理由」について触れた記述は見た記憶がありません。それは単に私が見たことがないだけかもしれませんが。 ちなみに私の考えでは、この「理由」はハラスメントです。)

あ、贈与経済が商品交換経済に置き換わったというのは間違いです。人類はずっと、贈与経済と商品交換経済の二本立てでやってきたのでした。贈与経済は共同体の内側で貨幣を使わずに、、商品交換経済は共同体を越えた貨幣を使用した交易という形で。それが現在では贈与経済はほぼ消滅し、貨幣を使用する商品交換経済一本槍になってしまった。この現象を〈システム〉の全域化と言います。

内田氏が「「商品交換」から「贈与」に経済活動の基本行動を置き換える」というとき、氏の想像の中にあるのはどのような経済の状態なのでしょうか? 昔のように贈与経済と商品交換経済(貨幣経済)の二本立てに戻るのか、つまり〈システム〉の全域化を解除する方向へ進むのか、それとも〈システム〉の全域化はそのままで贈与経済が主軸になるような経済システムを構想するのか?

その答えは氏の新たな著作を待つしかありませんが、私が氏に替わって答えを出すとするならば、「減価する貨幣+ベーシック・インカム」ということになります。この2つ制度が全域化した贈与経済、すなわち貨幣を使用した贈与経済を生み出すのではないかと夢想しています。

減価する貨幣とは、摩耗し腐敗する自然物に近い貨幣です。そうした貨幣がベーシック・インカムという形で贈与される。これは人類が自然から恵みを授かるのと同じ形です。自然から恵みを授かった人類がまず作ったのは「それ」であり、またそれが人類の基本特性であるとするならば、「減価する貨幣+ベーシック・インカム」で人類がつくるのもまた「それ」でしょう。

また「減価する貨幣+ベーシック・インカム」では、人々に貨幣を授ける地域ないしは国家は、自然とりわけ太陽と同等の存在となります。といっても、その太陽はあくまで人々が制度として作る架空のものであって、人々が共同してその架空の存在を支えなければなりません。ですから、架空の太陽は、同時に共同体それ自体でもあるのです。

コメント

贈与つながり

がゆえに、ベーシックインカムが贈与であるならば、そうした自然の恵みのような、宇宙観を、政治資金規正法のごとき、娑婆の雑事で、汚していいものか。意味は違うけど、贈与ついでに、鳩山家の資産をどう思われるのでしょうか?

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