愚慫空論

「いい人」のジレンマ

不祥事を起こした企業や行政組織などのトップが、その地位に居座り続けるための詭弁として「使命」という言葉が使われることが、最近非常に多いように思う。「問題を引き起こす元となったわが社の企業風土を改善することが、私の使命だと考えています...」。「使命」が「責任」や「責務」に置き換わっていたりするのだけど、こんな論理を幾度聞かされたことだろうか。まったく嫌になってしまうのだが、ここにきて、今度は日本の国のトップからこうした論理を聞かされる羽目になってしまった。

久間防衛相辞任、私に任命責任ある=安倍首相

[東京 3日 ロイター] 安倍晋三首相は3日午後、官邸内で記者団に対し、久間章生防衛相が原爆投下に関する発言の責任をとって辞任したことに関連し、「当然、私に任命責任はある」と任命責任に言及した。

 ただ、具体的な責任のとり方については「私には改革を進める使命がある。この使命を果たさなければいけない」と明言を避け、参院選への影響に関しても「政策を誠実に訴えていくことが大切」と述べるにとどめた。

実を言うと私、安倍晋三なる人物には少なからず同情している。この人、根はかなり「いい人」なんだろうなぁ、といつも思 う。実際あったことがあるわけではないからわからないけれど、この人、血筋に恵まれず、大それた使命を抱いて政治家になどにならなければ、そこそこに幸せ な人生を送っていたかもしれないのに、なんてことをついつい考えてしまう。
「私には使命がある」発言は、私にはかなり本気であるよう に感じられた。不祥事を起こしたにもかかわらず居直るのは他のトップたちと同じなのだが、その他の人々に比べれば遥かに本気度は高いように思った。こうし た感じが、安倍さん=いい人という印象に繋がるのだけれど、安倍さんが「いい人」だから支持しようと考えているかといえば、それは大違いで、
安倍晋三は「いい人」だから余計に恐ろしい、と思っている。このような「いい人」に一国の舵取りを任せるのは、ほんとうに恐ろしい。

安倍総理が「ぼくちゃん」とか「おぼっちゃま」だという評価はかなり定着しているみたいだが、社民党の福島党首がこれを選挙民の前で訴えていたTV報道を見たとき、私は思わず笑ってしまった。愉快だから笑ったわけではない。失笑したのだ。「おまえが言うなよ」と思わず声をあげてしまった。安倍総理が「おぼっちゃま」なら福島党首は「おじょうちゃま」。二人とも似たようなものというのが私の印象だ。
私と同じ印象を抱く人がどれほどいるか甚だ自信にかけるのだが、福島党首も安倍総理に負けず劣らず「いい人」である。おそらく現在の政党の党首の中で、この二人が二頭地を抜いていると思う。かなり落ちて共産党志位
委員長。あとは...、残りの人を「いい人」のカテゴリーに入れてしまうと、「いい人」とは何なのか、よくわからなくなるのでパス。
(あくまで私の独断ですからね。実際には違うという反論もあるかもしれないし、あっても私には再反論する根拠はありません。だから反論しないで下さい(笑))。

「いい人」は、いい人である。身近で付き合うと怖くもなんともないどころか、親切にしてもらったりして、とてもありがたい思いをしたりする。また、人が使命感を抱くのも結構なことだ。自分の肌で感じ自分の頭で考えた末に、使命感を抱き、具体的な行動として表現する。その表現が思想であれ、政治活動であれ、はたまた職業であれ、それらは非常に社会の役に立つ。だから、いい人が使命感を抱くことは、とても素晴らしいこと...、とは行かないのがこの世の中の悲しいところだ。
いい人が使命感を持つのはありがちな話だ。使命には抵抗
(ある宗教ではそれを「法難」と言ったりするが)がつきものだが、いい人が抵抗に単独でも立ち向かう強さを持っているなら、これは何も言うことはない。いい人は、より強力にいい人たりえる。
ところが、三拍子揃った人はなかなかいない。たいていのいい人は、いい人であるがゆえに、単独で抵抗に立ち向かうことができる強さまでは持ち合わせていない。そこで似たようなの「使命」を持つ人たちと使命感を共有し、連帯感を持ち、いい人たち同士で徒党を組むようになる。いい人がカッコつきの「いい人」になってしまう。そこに、神だの仏だの、日蓮上人だの池○○○だの、マルクスだのレーニンだの、ついでに麻原彰晃だのとバックが背後に控えるようになれば、まさに鬼に金棒、怖いものなしで、とても恐ろしい事態に発展してしまう可能性がグッと高くなってしまう。
歴史を紐解いてみると、このようないい人たちの所業が数多く記録されている。歴史書は残虐な事件のオンパレードだが、そうした事件に加担した人の多くは「いい人」であった。首謀者は悪い奴だったかもしれない。だが、今も昔も根っからの悪人など、そうそうはいない。三拍子揃ったいい人が少ないのと同様に。数少ない悪人がいかに悪知恵を働かせても、数少ない悪人ができることはたかが知れている。そこに「いい人」が加担することで、悪人たちの悪巧みは大きくなってしまう。
「いい人」たちが悪巧みに加担してしまうのは、「いい人」たちのある一定の特徴による。それは福島党首が好例だが、自分たちの使命の相対的価値が見えなくなる。だから「おじょうちゃま」が「おぼっちゃま」呼ばわりできてしまったりする。本当のお嬢様がお坊ちゃま呼ばわりしているのなら、それはほのぼのとした微笑ましい風景だが、一国の責任を担おうかというものたちの間での出来事ならば、これは悲劇を通り越して喜劇だ。失笑でもこぼすしかない。

書いていて、だんだん嫌な気分になってきた。けれど、もう少し続ける。

断っておくが、私はここで各々の使命感の中身の違いを問題にしているのではない。中身に関していうなら、『美しい国へ』と「憲法9条」は比較にならない。福島党首もこの次元で「おぼっちゃま」といっている。それは理解できる。
だが、思う。「憲法9条」に関して言えば、今、日本が危機に陥っている責任の幾ばくかは「いい人」から脱し切れなかった社民党や共産党にある。例えば改憲のための国民投票法だ。あれなど、国民の護憲意識がもっと高い時分にやっていれば、今のような内容にはならなかったはず。「いい人」たちが9条を神棚に上げて手を触れさせなかったから、今になって与党にいいようにやられてしまう。
さらに許せないのは、「いい人」の言い分はいい人には理解し難いということを全く解さなかった点だ。日本国民の大部分(日本国民だけじゃないが)は、いまだにいい人たちである。この人たちに使命感丸出しの「いい人」ぶりをさらけ出して、本物の使命感(これは認める!)に重苦しい印象を受け付けてしまった。だから、極悪○泉の薄っぺらいエセ使命感に騙されてしまう。どれもこれも、いい人と「いい人」の間で起こった悲劇、いや喜劇である。
ついでだ、もうひとつ言ってやろう。いまだ社民党や共産党は「いい人」に喜劇性を理解していない。だから今でも、「いい人」丸出しで憲法9条改正阻止を叫ぶ。それを聞くたびに、余計に9条改悪に近づくな気がするのは、私だけだろうか?

こうした「いい人」ジレンマから脱するには、2つ方法がある。ひとつは国民が「悪人」になることだ。つまり「いい人」に取り込まれず、いい人の特性を見抜いてうまく利用することだ。
安倍総理は、「いい人」でしかも権力者だからもっとも恐ろしい。とにかくこれを何とかせねばならないが、それには他の「いい人」が使える。「いい人」たちの言い分のすべてが間違いということはありえない。「いい人」たちは自分たちのことは見えないが他人のことはよく見えるので、批判勢力としては申し分ない。それに根っこはいい人だから、主張も誠実だ。権使命感もたっぷりだから、行動へのエネルギーだってある。
権力さえ持たさなければ、とてもよい働きをしてくれる。これを利用しない手はない...。

今、「
国民が悪人になる」と表現したが、これがおそらくは「民主主義が成熟する」ということなのだろう。悪人たちが集まって、良い世界を築く。パワー・オブ・バランスというわけだが、こういうところに「進化」するにはまだまだ時間が掛かるに違いない。なぜなら、たいていの人は「悪人」にはなりたくないからだ。「いい人」を揶揄して「悪人の勧め」みたいな文章を書いている当人である私の気分が悪いのは、私の中に恥ずかしながらいい人の部分があるである。やっぱり私だって、できたらいい人でいたい。使命感など抱かずに、「いい人」などにもならず、かといって悪人にもなれず、意気地なしのいい人でいたい。これは、かつて総中流といわれた、いまでもアンケートを取ると「覇気がない」若者が先進国中最も多いらしい日本人の、情けないが愛すべき特性であると思う。

日本人が「悪人」になれないのならば、取るべき道はもうひとつ。「いい人」に陥らないようにすることだ。しかし、ひとりでわが道を行ける強さは誰にでも持てるものではない。
では、弱い者たちが支え合いながらも、「いい人」に陥らず、いい人たちの集団である道はあるのか? 私はあると思う。 しかし、それには、あるものを捨てなければならない。教育を受ける中で、私たちが知らず知らずに身につけてしまったもの。捨てられないのならば、危険性を見つめるようにならなければならない。それがたぶん「表現への意志」なんだと、今、私は考えている。

コメント

なかなか深いですね、いい人の話。
お人よしと言う比喩が有りますがそれに近いのでしょうか?

はじめまして

はじめまして
安倍首相という人は、たしかにいい人なのだろうと思います。ただ、一番の欠点は、責任を押し付けられると断りきれず、期待に応えようと無理に頑張ってしまうところでしょうか。最近はとくに精神的にかなり追い詰められているようで、同情するところもないわけではありません。
やはり一番の悪い人は、人気取りのために彼を重用して総理にまで押し上げた前首相ということになりましょうか。

はじめまして

何か難しい事が書いてある。
半分までは分かってるつもりだったけど、
終わりまで読むと訳分からなくなった。
ときどき寄せて貰わないと解らないようで
良く分からないけれど、面白そうだと感じたから、
時々覗かせてな~。
ところで、愚樵の愚は大愚の愚ですか?。

いい人の「いい」は良い?

おはようございます。
いい人は「良い」人なのかなぁ、「善い」じゃなさそうですね。
いずれにしても良い悪いを自覚できるかどうかが問題ですね。
どうも、いい人(良い人)とは、己を知らない(知ろうとしない)、「良い」ということがよく解らない人のような気がします。往々にして「質が悪い人」であることが多いです。
特に仰るように変に権力をもたれた日には……鬱
自覚のない悪い人も質が悪い(爆)

いい人の代表。ジョージ・ブッシュ大統領

いい人は自分一人の損得だけでは動かない。
自分(自我)よりも上位の存在を信じている。自分より上位のものの為には自己犠牲も厭わない。だから怖い。
イラク戦争の原因が利害対決(石油利権)ならば当初のブッシュ政権の目論見と大きく異なり、米軍の勝利が見込めず、経済的にもアメリカにとって損ばかりで全く儲けになりません。
損得勘定の得意なラムズフェルド国防相は辞任直前には戦争終結を考えていたようですがブッシュジュニアはどうでしょうか。?
理性的な損得(利害対決)の戦争ならば、儲けにならないことが判った現在、早々に終結に向かうでしょう。
何とも恐ろしいことに『対テロ戦争』はブッシュにとって利害には変えられない『善と悪』の最終戦争と考えている節があります。
対テロ戦争の有名な言葉『味方でないものは敵だ』はマタイの福音書の一説を曲解したものらしい。
数世紀前に絶滅したはずの宗教戦争が蘇ったのなら悲惨で長い戦いになるでしょう。
日本は一日も早くイラク派兵は止めないと自衛隊は帰ってこれなくなる。

コメントへの返事がどうしても遅れてしまいます...

ただ今、私、泊り込みの仕事に入ってしまっているもので、なかなか自宅でPCの前に座ることできません。そんなわけで、すぐにお返事できなくて申し訳ありません。といって、自宅に帰ってきても気分しだいで、放置していたりしますが...笑)。

>カークさん、お久しぶりです。またそちらにもお邪魔させてもらいますね。
いい人だけならお人よしで良いのかも知れませんが、いい人+使命感となるとどうでしょう? 布引さんがブッシュ大統領の例を上げておられますが、彼をお人よしとは言えないでしょう。

>かつさん、はじめまして。いえいえ、TB頂いていましたね。
前首相が一番のワルかどうかはわかりませんが、かの人が確信犯的なワルであることには間違いなさそうです。でなければ「ワンフレーズ・ポリティクス」なんてできませんよ、きっと。ヒトラーの『わが闘争』をキッチリ勉強したんでしょう、きっと。

>はむれっとさん、はじめまして。
難しいこと...、ですか。そうですね、言葉にするには難しいのかもしれません。確かに私は言葉に乗せるのが難しいようなことを好んで書く性向がありますが...。でも、単に文章力が乏しいだけだったりして。
で、大愚ですが、それは良寛さんのことですか? 文字は確かに同じ文字ですが...、自分では意識はしてなかったです。けど、そうですね、大愚になれたらいいですね。

>dr.stoneflyさん
「良い」「善い」それから「好い」。なかなか微妙で難しいですね。「質が悪い」というのも、感じはよく分かりますが、これまた難しい。ということで、『愚樵空論』のテーマにいいかも(笑)。いつかやってみましょう。
思い出しましたが、ここらの話は永井均の『〈子ども〉のための哲学』という本がとても鋭い洞察を示していて、とても参考になるので、この本の取り上げエントリーしてみようかしらん。いつになるかわかりませんが。

>布引さん
ジョージ・ブッシュ! 思わず膝を叩きました。イラク戦争を神のお告げとノタモウたお方ですからね。

お主、出来るな

>でも、単に文章力が乏しいだけだったりして

ご謙遜を、ただ揶揄が過ぎるとは感じました。
過ぎたるは及ばざるが如しで、わけわかだったよ~。(?_?)

>で、大愚ですが、それは良寛さんのことですか?

知ってらっしゃった様で、なかなか学をお持ちの様ですね。

>文字は確かに同じ文字ですが...、

でも同じ文字だけど同じ文字ではなかったのですね。

>けど、そうですね、大愚になれたらいいですね。

大丈夫、みんなそうだから。(゜゜)*ゴン\(^^)

はじめてお邪魔いたします。

はじめまして。
本論から少々逸脱してしまうかもしれませんが、
何卒、ご容赦ください。

「いい人」の内なるものを掛け合わせていった結果、ある種
の熱狂に繋がるのでしょうか。私はそのように解釈しており
ます。熱狂そのものは善でもなく、悪でもなく、また、熱狂
の要素なかりせば、物事は動かないでしょうし。しかし、
反面、熱狂は暴走の最大要因でもありましょう。

・・・“それには他の「いい人」が使える。”
なるほどですね。

>はむれっとさん
お褒めいただき、恐縮です。

>札幌運転所隣人さん、ようこそ
>>「いい人」の内なるものを掛け合わせていった結果、ある種の熱狂に繋がるのでしょうか

そうだと思います。
いい人が「いい人」に変身する際に、落としていってしまうものがあるように思います。熱狂に歯止めをかけるもの、それが「知・情・意」うちの「情」です。
私、本文の最後に「表現への意志」といったことを書きましたが、これ、「情」が抜け落ちて「知・意」のみで出来上がっているものだと思っています。

この記事における「いい人」とは「生真面目」と言い換えることはできないですか?100%ではありえないとしても70%くらいには.「生真面目な人」は(与えられた)職務を忠実にこなしていく,その職務の意味をその結果を何にも想像せずに,ただこなしていく.
「悪い人」とは,恐らく,職務命令を受けてもちゃらんぽらんに適当にやり過ごすことのできる(能力を持った)人のことでは?
「私は平等でなくてもいい」と拙記事に戴いたコメントにこめられた愚樵さんの”深意”が解ったような気がします.

papillion9999さん

みなさん、いろいろと「いい人」を巡っていろいろと考えてくださって嬉しいです。
「生真面目な人」ということですが、そう言い換えることもできるかも知れません。まあ、けれど、「いい人」は「いい人」でいいのではないでしょうか? 
これは別に、私の表現方法にこだわっているわけではないのです。なるべく明確な定義をしない、曖昧なままの方がよいかな~と、それだけなんです。

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