愚慫空論

〈一次意思〉に善悪はない

先のエントリーで示した〈一次意志〉は、表記を改めて〈一次意思〉とします。
〈二次意志〉は、そのまま。

参考:『一次意思を「虚数」、二次意思を「実数」と見る立場』(『海舌』 the Sea Tongue by Kaisetsu)より

ここで、愚樵氏は、一次意思、二次意思と、この二つを「意思」という名で同じレベルで表現しておられますが、この二つの指し示す意義は絶対的に異なることの確認が重要と思います。

さらに海舌さんは、次のように指摘されています。
 つまり、一次意思は、「超越的意思」(超越論的(先験的) transzendental)です。 (ここで言う「超越」とは、ニーチェ、カントの正しい哲学用語使用の「超越」(超越的)(Transzendenz,transzendental )です。

〈一次意思〉が「超越的」であるとはすなわち、〈一次意思〉には善悪はない、ということになります。

たとえば今、話題になっている児童ポルノの問題。幼児の裸体に劣情を催す人間はまちがいなく存在します。この「劣情」は〈一次意思〉であり、「劣情」の段階では善悪を判定することは出来ません。この「劣情」に善悪の判定がなされるのは、2つの場合です。

1.〈一次意思〉が個人の意志によって行動となって現われ、他者の〈一次意思〉を侵害する場合。
2.〈一次意思〉によって〈概念〉が確立され、その〈概念〉にそって善悪の判定が為される場合。

〈一次意思〉は超越的でありますから、善悪もなく、また本質的には抑制も出来ません。〈一次意思〉をコントロールする方法はこれまた2つ。

1.個々人の〈一次意思〉の超越性を互いに諒解し、超越性の絶対差異を差異共振することで内面的にコントロールする。

2.〈概念〉を確立して善悪の判定基準を設け、外形的な力(暴力、権威など)によってコントロールする。

現代社会において広く用いられるのは2.の方法であり、これを為すのが〈システム〉=〈国家〉+〈社会〉ですが、この方法は本質的な矛盾を孕んでいます。すなわち、善悪のないものに善悪の判定を行うことの絶対的矛盾です。ですので、詳細に、あるいは強力に善悪の判定を推し進めれば進めるほど〈一次意思〉の本質的な矛盾が露呈することになる。そうして〈システム〉は揺らいでいくのです。

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