愚慫空論

「足利事件」について

今朝のNHKニュースでの報道にコメントをつける形で記事とします。

足利事件が再審されることになったことについての概要については特に触れることもないでしょう。

足利事件0 足利事件1

管家さんは明らかに不当な取り調べがあった言ってますね。それが事実なら「“まちがった“では絶対にすまない」のは当然です。


足利事件2

ごく当然の気持ちでしょう。

足利事件3足利事件4

ごく当然の流れです。が、問題はここから。

足利事件5足利事件6

事件の捜査について警察庁は、現場の鑑識活動や被害者周辺からの事情聴取など、多角的に捜査を積み上げた結果菅谷さんから自白を得たとした上で、栃木県警やDNA鑑定を行った科学警察研究所へのこれまでの聞き取りでは、DNA鑑定のミスや自白を強要する不当な取り調べは確認できなかったとしています。

「自白を強要する不当な取り調べは確認できなかった」。確認できなかったという言い回しがミソですね。なかったとは言っていない。あったかもしれないが、確認は出来ない。確認できなかったのは、当事者である管家さんの取り調べに当たった捜査員が否定したからでしょう。けれど、もう一方の当事者である管家さんは不当な取り調べがあったと言っている。ということは、どちらかが嘘を言っているというわけです。もし警察の方が嘘を言っているのであれば、「多角的に捜査を積み上げた結果菅谷さんから自白を得た」なんてのも嘘っぱちということなる。果たしてどうでしょう?

それにこの警察庁の話はおかしいのです。現在からみれば当時のDNA鑑定の技術水準は不十分だったのでしょう。けれど、当時としては十分に信頼に値すると考えられていた。だとするならば、DNA鑑定が確定的な物証になるのだから、容疑者の自白などなくても公判は維持できるはず。公判が維持できないならば十分な信頼性はなかったという、それだけのこと。自白が必要とされたのなら、十分な信頼性はなかったわけです。それを警察は勝手に信頼性があると思い込んでいたのではなかったのか? そうした疑問は拭い去れないわけです。

足利事件7足利事件8

一方で、菅家さんの釈放について警察庁の吉村長官は昨日の会見で、「警察として厳粛に重く受け止めている。結果として物証となるDNAの型が一致しなかったことで疑問が生ずることになった」と述べました。

東京高等裁判所は、来月にも裁判のやり直しを決めると見られ、菅家さんの無罪が確定する見通しで、警察庁は、今後裁判の推移を見ながら検察庁とも連絡を取り、捜査の問題点について検証を進める方針です。


一体どうやって検証を進めるつもりでしょう? 私には疑問です。捜査員に聞き取り調査をしても否定するだけのことで、その否定を覆すに足る物証はない。“疑わしきは罰せず”と開き直るつもりなのでしょうか? 

菅家さんの無罪はまもなく確定します。本当に菅家さんが犯人か否かは当人と神のみが知ることですが、とにかく無罪と確定した以上、菅家さんは犯罪を犯していないと見なされる。それが社会の約束です。そして、菅家さんが無罪の罪で長年にわたって刑務所で拘束されいたという事実がある。国民を刑務所に入れることができるのは、警察・検察・裁判所です。ということは、このいずれかに誤りがあったはず。直接的な物的証拠はなくても、状況証拠としてはそうならざるを得ない。他に可能性は皆無なのだから、“疑わしきは罰せず”で済まされません。

この3者のうちもっとも立場が弱いのは、おそらくは警察でしょう。そうであるなら、3者の力関係からして警察が悪かったことにされる可能性が高い。それも一番力の弱い現場の捜査官ですね。もっとも現実的にはこの捜査官が罪を犯していた可能性が一番高いのですが、上司だって無責任でいられるはずはない。どこの組織にだって末端が罪を犯せば監督責任は問われるのです。

誠実な警察官もそうでない警察官も、「取り調べの可視化」に賛成しその実現を目指す方が得策だろうと私は思います。もし仮に適正な取り調べで犯行を立証できなかったとしても、「可視化」が為されていれば、みずからは忠実に職務をこなしていたことが立証される。“犯人がつかまらなかったのは私のせいじゃない”と言えますし、そうなれば無理をして犯人を捕まえる必要もなくなります。もっとも組織としての警察は、可視化がなされたから検挙率が下がったなどとは言えないでしょうが。けれども警察官個人としての立場では、組織がどうであれ、可視化された方が有利ではないですか?

こんなことを言うと、警察の捜査能力が落ちると非難されるかもしれませんが、犯人をデッチ上げるよりはよほどマシです。被害者の関係者も、デッチ上げられた犯人を憎みたくはないでしょうからね。それに簡単に犯人をデッチ上げるという選択肢が警察にあれば、真犯人を捕まえるという動機も鈍ろうかというものです。

コメント

死刑でなくて本当に良かった

栃木県では足利市周辺で5人もの幼女が同じ様に殺される同様な凶悪事件が起きているが、足利事件の菅家さんは今回の事件以外にも2件も自白しているので(少女三人殺しなら)本来は無期懲役では無く、間違いなく『死刑』ですね。
ところが運良く(警察にとっては運悪く)明確なアリバイがあったので自白した2件は起訴されることは無くアリバイを証明出来なかっった1件だけだったので、今回辛うじて死刑を免れて無事生還する事が出来た。
しかし世の中には運の良い人もいれば、運の悪い人もいる。
同じころに、福岡県飯塚市 で小学1年の少女が二人殺される事件が起きる。
菅家さんと全く同じ様に、1年間も刑事に尾行されていた久間三千年さんが、足利事件と全く同じ精度の低いMCT118法DNA鑑定により『血液のDNA型が一致した』として逮捕、起訴される。
こちらの方は一貫して無実を主張(足利事件の菅家さんは一審途中から)したがアリバイが証明出来なくなくて、2名の少女殺しの犯人として死刑判決が下る。
彼は一貫して容疑を否認し続けたが死刑判決が確定後僅か2年後の昨年2008年10月、なんと、突然処刑されてしまった。
弁護側は再審準備中だったが、あまりの法務省の手際のよさに間に合わなかったと言う。

飯塚事件

飯塚事件も再審請求がなされるみたいですね。

ただ当時の試料は残っていないとか。これでは最新技術での鑑定は出来ません。

久間元死刑囚の死刑執行が早々に為されたことといい、なにかありそうな気配がしますね。

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