愚慫空論

【即非】の社会へ

【即非】という言葉をご存知でしょうか?

googleで「即非」を検索するとトップに出てくるサイトでは次のように説明がなされてあります。
【即非の論理】

  鈴木大拙は大乗仏教の基本である
  般若系思想の論理として、
  金剛経の「仏説般若波羅蜜多、即非般若波羅蜜多、
  是名般若波羅蜜多」という表現に着目し、
  これを「仏説-A即非A是名A」(Aは非Aである、
  故にそれはAである)と公式化し、
  「“AがAである”のは“A”が即“非A”で
  あるからである」、すなわち、
  「A」と「非A」と「肯定」(即)と「否定」(非)とが
  そのまま自己同一であるという「即非的自己同一」
  なる独自の同一律を創提した。
  これが西田哲学のいわゆる「絶対矛盾的自己同一」の
  宗教論的基盤となった。
わけが分かりませんね。私は何を隠そう、かなり明確にイメージできるつもりですけれど、それを言葉にすることは難しいですし、また本当に理解しているかといわれると、少し自身がない(苦笑)

なお、「即非」の提唱者である鈴木大拙という人は、近代日本最大の仏教者と言われている人です。禅を海外に知らしめた世界的有名人でもあります。

日本的霊性 (岩波文庫)日本的霊性
(岩波文庫)

鈴木 大拙

新編 東洋的な見方 (岩波文庫)新編 東洋的な見方
(岩波文庫)

鈴木 大拙

そんなあやふやな知識ですから断言はできませんが、これは【即非】の社会像でしょう。

『「市場化された場に於ける共同体主義」の名称変更→リベラル・コミュニズムor Commons Libertarianism』
(『海舌』 the Sea Tongue by Kaisetsu)

1. 精神世界の物質世界からの完全な独立。精神世界の物質世界に対する絶対的な優越。

2. 精神世界に於ける個の絶対的尊重と物質世界に於ける結果的平等の推進

3. プライバシーの絶対的尊重と物質世界に於ける取引の透明性の貫徹

4. 自由意思の絶対的尊重と物質世界に於ける共同化の促進

5. 精神世界に於ける競争の促進と物質世界に於ける配分の平等促進

6. 自由意思に基づくコミューン形成の促進。コミューンの自治権の確立。 (自治権に含まれるものの例示:個人を含むコミューンの警察、通貨発行、防衛、貿易、政策決定、コミュニケーション手段等の自由など。)

7. 精神世界に対する機会の均等と物質世界に対する結果平等の促進

8. 所謂、物質的既得権の完全な排除。精神的文化・伝統などの継承の自由促進。

9. 精神世界に於ける個の絶対的差異の尊重と物質世界に於ける所有・使用の共同化の促進

10. 精神世界の自由を保障する物質的保障制度の確立。
リベラル・コミュニズム、すなわち自由な共産主義。これは言い換えれば、個人主義的社会主義と表現できましょうか。非個人とは社会であり、【即非】によれば非A=Aですから、個人=社会です。【即非】によれば、社会と個人は二項対立ではなく、二項同体です。個人主義であることがそのまま社会主義となるのです。

また、Commons Libertarianism(コモンズ リバタリアニズム)、共同体的個人主義も同じです。このイメージは、晴耕雨読さんで紹介されている「開かれた地域共同体」のイメージに近いものがあるように感じます。

もう少しだけ続けましょう。【即非】の社会は、自由な社会ではありません。さまざまな制約がありながらも、その制約は個人を束縛するものはなく、個人を生かす制約となる。すなわち自在な社会となります。また【即非】の社会の実現へ向けては、精神的には保守、物質的には革新となるでしょう。保守と革新とが、これも二項対立ではなく二項同体となるのです。



追記として、二項同体について。松岡正剛著『日本という方法』より
 ヨーロッパの哲学や宗教哲学は、基本的にはつねに「二項対立」を前提にしています。たとえば、善と悪、生と死、正義と犯罪、精神と物質、合理と非合理といった二項対立が前提になっている。それがないと先に進まないのです。いわゆる二元論。二分法(ダイコトミー)です。
 弁証法もそういうもので、まずもって「正」と「反」が必ずあって、そのうえでこの二項を止揚して「合」に至ると考えます。それも有効な思考方法でしょう・ただし止揚がうまくいかないときは、二項対立が残るばかりになる。いや、それまではちょっとした対立や矛盾でしかなかったものが、かえって二極対立として強調されたままこびりついたように残ります。
 清沢(清沢満之)はそれではまずいのではないかと考えたのです。二項対立ではなく、二項同体で在るべきだと考えた。事態や現象や情報を二項同体と見なす方法こそ必要だと見たのです。のみならず根本において撞着があることこそ、次の発動を引き起こす原動力になると感じたのです。
 根本撞着ことが新たなものを生む――。これはまさに「精神のてりむくり」です。ちょっとやそっとでは考えつかないことでしょう。それに清沢は十分にヨーロッパ哲学の洗礼を受けていたのです。それなのに二項対立に立ち向かっていった。あっぱれです。
 しかしこのような清沢の考え方は消極的すぎると批判を浴びました。事態の責任をとろうとしない考えだとか、事態の解決に介入しない立場にいるとか批判された。そのときです、清沢は断乎として「私は消極主義をこそ標榜する」と宣言するのです。
 消極主義とは何でしょうか。消極とは、二極を消すということです。あえてどんな極にも軸にも属さない。それが清沢の消極主義でした。これを清沢はときに「ミニマル・ポシブル」と言ったものでした。内村鑑三の「ボーダランド・ステイト」や「二つのJ」にも重なります。
 二項同体、消極主義、ミニマル・ポシブル――。まさに「日本という方法」です。私たちの先祖たちは、水を感じたいからこそ枯山水から水を抜いたのです。墨の色を感じたいから、和紙に余白を担ってもらったのです。それはすべてを描き尽くす油絵とは異なります。油絵は白を塗って余白を作るのですが、日本画は塗り残しが光や余白をつくるのです。
日本という方法―おもかげ・うつろいの文化 (NHKブックス)日本という方法
―おもかげ・うつろいの文化

松岡 正剛
てりむくり―日本建築の曲線 (中公新書)てりむくり
―日本建築の曲線

立岩 二郎

コメント

TB有り難うございます。

【即非】ですか。
早雲流では 「梵我一如」でしょうか。
2項のそれぞれが「空」又は部分集合が全体に等しい場合には2項対立は意味を持ちません。これが「日本的」2項対立の破壊法です。

興味深く拝見しました

こんにちは。
お元気ですか???

鈴木大拙ですかぁ、、、
以前、愚樵さんの「あるがまま」についてのエントリーを受けて、私も書いたことがあります。
http://ts.way-nifty.com/makura/2009/02/post-2e08.html

「あるがまま」。
このとき、大拙さんにご登場いただきましたが。
芭蕉とテニスンの違いから見た、西洋と東洋。
大拙の中に息づいている合理性は「そこにある」に収斂されるのだと思った次第。

今日のエントリーを拝見しながら、
またまたゆっくり、じっくりと「存在」について考え、感じています。

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