愚慫空論

「水平性」の貨幣

またしても予定変更。

当エントリーは『貨幣の「垂直性」』の続きになります。この続きは『生きるためではない経済』の続きの後の予定だったのですが。

予定変更のきっかけは海舌さんのエントリーです。

『強力な支配者(恐竜)を一撃で撃ち落とす道具→共役複素数』(『海舌』 the Sea Tongue by Kaisetsu)


それともうひとつ。

『検討問題:共役複素数と通貨:法定通貨と差異・他者通貨』(プラトニック・シナジー理論(旧不連続的差異論)のページ)

ま、私にはおふたりの高度な対話はかなりの部分が理解不能なんですけど(苦笑)

理解不能ながらこれらのエントリーを拝見して、予定を繰り上げねば、何となく思ってしまいました。

で、本論です。

『貨幣の「垂直性」』の最後で触れた「
「水平性」のみの貨幣経済」とは、

『個人通貨』(愚樵空論)

をベースとする貨幣経済のこと。

個人通貨とは、読んで字のごとく個人が発行する通貨です。個人が通貨など発行できるのか? しようと思えば簡単にできます。例えば紙切れに「いちまんえん by 愚樵」と書いて、これは日銀券と同じ一万円の価値があると宣言すれば、これは愚樵発行の個人通貨です。もっとも、こんなものは誰も信用してくれませんか ら、この「通貨」が通貨として機能することはあり得ません。

ところが、これがネット上のデジタル貨幣としてなら機能し得るのです。インターネットの出現で貨幣情報(
個々人の貨幣所持残高、取引決済記録のこと)の伝播力が格段に向上しました。貨幣情報についてのプライバシーを撤廃してしまえば、〔貨幣情報伝達範囲=貨幣経済流通範囲〕とすることができる。そうなれば、個人通貨は貨幣として立派に機能することができる。このことは〔貨幣の「垂直性」』での簡単な思考実験で示しました。

個人通貨とは、個人ひとり一人が貨幣発行権を持つことを意味します。しかし、これは、現在の変化しない貨幣では意味がない。理由付けは省いて結論を申し上げましょう。個人通貨は減価する貨幣でなければ個人が貨幣発行権を持つ意味がないのです。

ある個人Xが、例えば1月1日に減価する通貨を個人の持つ貨幣発行権に基づいて発行したとしたとします。その通貨の有効期限、つまり減価していって価値0になる期間を一年間としましょう。そうするとXが
1月1日は12月31日に消滅することになる。するとXは再び1月1日に通貨を発行することができる。こうした仕組みであってはじめて個人通貨は意味を持ちます。個人通貨制度において発行できる貨幣は減価するが故に、個人の持つ通貨発行権は経済秩序を乱すことなく再生するのです。

もちろん、減価する貨幣だからといって、個人に無制限の通貨発行権を認めることは出来ません。そんなことをすれば健全な経済秩序は保てないでしょう。経済世界に流通する貨幣量の総枠は、国家の通貨当局などが定めることになりますが、貨幣を発行するのは権限は通貨当局からは分離される。経済に流通する貨幣総量を経済構成員の人数で割った数量が、一人あたりの貨幣発行権の枠となります。

このような制度では、個人の貨幣発行権そのものがベーシックインカムに相当します。毎年一定量の貨幣を個人が発行できるということは、一定量の貨幣を国家から与えられるのと同じです。ただ、貨幣の価値としては同じでも、その貨幣が持つ意味は全く異なる。中央銀行通貨や政府紙幣などがいわば主権在君の専制主義的貨幣なのに対し、個人通貨は国民主権の民主主義的貨幣です。国民ひとり一人が貨幣の主人になるのです。

またこの仕組みにおいては、国家が富の再分配をはかる必要は全くない。個人による通貨発行権が認められれば、あとは自由競争でよい。能力のある者は能力に応じて他人の発行する通貨を獲得し、自由に使えばよい。所得税や消費税など、全く必要なくなります。



個人通貨制度においては、現在の貨幣制度における想定とは異なる部分が他にもさまざまありますが、今回はこのあたりで一旦切り上げることにします。

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個人通貨という魅力的な日銀券に対する「共役複素数的」通貨

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