愚慫空論

卑劣な法務省~カルデロン一家への対応

強制収容の期限が明日に迫ったカルデロン一家ですが。

この問題について報道したTBSのニュース動画を紹介します。
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4077686.html


森法務大臣は、カルデロン一家について、一家3人での在留を認めないという立場は崩していません。その上でカルデロン夫妻について、

「もしのり子さんだけが在留した場合、本来は強制送還された者には5年間認められない再入国を、両親については“柔軟な対応もあり得る”との考えを示した」

なんなのでしょう? この卑劣な譲歩の仕方は? この対応で、法務省が守るべきものの優先順位が明確に見えてきます。法務省が守るべきはみずからの無謬性に過ぎない。

「過去、我々はカクガクシカジカの判断を下した。それは覆せない。」

そこを守るためには、未来については譲歩する。だだそれだけのことではないのでしょうか?

カルデロン一家は、こんな譲歩に乗ってはいけないと私は考えます。守るべきは、家族。もし、どうしても日本国が家族を分断するというのなら、家族揃って強制収容され、家族揃って出国すべき。法務省の卑劣な譲歩に乗って、優先順位を誤ってはいけません。

その優先順位はしかし、法によっても定められてもいる。紹介した動画から。



少女1人を日本に残すかどうかを迫る入国管理局の対応に対し、国際法の専門家からは「国際的なルールに沿った対応をすべきだ」と指摘も出ています。(神奈川大学 阿部浩己 教授)

阿部教授が指摘するのは、国連の自由権規約委員会がオーストラリア政府に対して判断を下したケースです。

オーストラリア政府は不法滞在のインドネシア人家族に対し、13歳の息子だけが残るか、両親と3人で国外退去するかを迫ったといいます。

のり子さん一家の状況によく似たケースですが、委員会は「長期にわたって定着してきた家族生活を破壊するには、出入国管理法違反だけでなくそれ以上の理由が必要だ」として、家族生活の保護を定めた規約に違反すると判断しました。

「非正規滞在であったとしても、家族生活が長期化すれば、家族生活は保護しなくてはならないという考え方に立っています。『自由権規約』は、国際社会の中で守られるべき人権のルールを定めた最も大切な条約のひとつ。この条約には日本も入っている



国際法をも含めた法体系において最優先はやはり自国の憲法ですが、国内法よりも国際条約の法が優先されるべき説もあり、そうでなくとも対等に扱われるべき。裁判所の判断は夫妻が国内法に違反していることは認めたが、そのことは当然、その処置が国内法に従って為されることを予定しており、その国内法において特別在留許可は違法でも何でもない。法務省の裁量に委ねられています。

そしてその法務省が従うべき判断基準は、日本国が批准している条約に示されている。

最後にもうひとつ、法務省が従うべき基準を示しておきましょうか。

日本国憲法第98条第2項
「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守する事を必要とする。 」




なお、法務省は、国連子どもの権利条約に独自の解釈を施しているようです。その点に関しては、

『カルデロン一家についてアムネスティ・インターナショナルの声明 (日本政府による子どもの権利条約の「解釈宣言」の撤回を求めます)』(村野瀬玲奈の秘書課広報室)

をご覧ください。

コメント

悲しい事ですがアメリカではこの様な事は日常茶飯事でもっと酷い事の方が殆どです。
 此方では普通安価な労働力として不法移民を使う為に長期の違法滞在者には殆ど何もしないのですが、選挙が近づいたりすると移民に対する強硬な政策を売り物にする為に政治家が利用する事が多い様です。と言う事で、時々違法滞在者の検挙が行われ親が突然職場で逮捕拘束され子供達は家で何も知らされず待ち続けると言う様な悲劇が良く起こるようです。
 然し、人間と言う物はまだまだ捨てた物でもない様で、何時も誰かが子供達の保護に駆けつけるのです。
 アメリカの場合はナフタの取り決めによって、特にメキシコの伝統的農業がアメリカの安価な質の悪い穀物により経済的に成り立たなくなり、アメリカに不法入国する人々が多かったのです。(今はアメリカの不況でメキシコに変える人が多いと聞いています)
 兎に角、安い労働力として使える時は何十年もの間何の法的措置を執らず、必要がなくなると法律を持ち出し彼等の長年に亘る経済発展への貢献に報いる事が何処でも国家政府の方法のようです。
 アメリカに生活しているのでカルデロン家の事情は正確に分からないので直接コメントは出来ませんが、70年代にドイツでも労働者として招待されていたトルコ人が不況になってから同じ様な扱いを受けた事が世界的なニュースになった事も在りました。何処でも人間の判断を誤らせる人種差別が底辺に潜んでいるのでは?

 

愚樵さんに猛省を求めます

愚樵さん、いい加減にしなさい。
阿部先生まで愚弄するつもりなんですか?
本来ならば、カルデロンさんは、正規手続きすら5年間は認められないんですよ?
それを、いったん帰国して、それから正規手続きで入国してくれれば、不法入国の前科に目を瞑ると言っているんですよ、森大臣は。

>この対応で、法務省が守るべきものの優先順位が明確に見えてきます。法務省が守るべきはみずからの無謬性に過ぎない。
>「過去、我々はカクガクシカジカの判断を下した。それは覆せない。」
>そこを守るためには、未来については譲歩する。だだそれだけのことではないのでしょうか?

法務省の判断や対応に間違いは微塵もありません。むしろ、愚樵さんやカルデロンさん一家を弁護する人たちの方は、弁護の余地がないほど誤っています。
「自生的秩序」なる、確立された概念でもないものを持ち込むのは結構ですが、それが法治を崩すきっかけとなるなら、それは「導入してはならない思考」でしかありません。

>「非正規滞在であったとしても、家族生活が長期化すれば、家族生活は保護しなくてはならないという考え方に立っています。『自由権規約』は、国際社会の中で守られるべき人権のルールを定めた最も大切な条約のひとつ。この条約には日本も入っている」

だからこその森大臣の発言じゃないですか。
本来ならば、のり子さんが日本に滞在するという選択をとれば、最低5年間も親と離れ離れで生活しなければならない。それが嫌ならフィリピンへ帰国しなければならない。
カルデロンさんの不法滞在状態を、「正規手続きによる入国」によって『まっさらってわけにはいかないが、できるだけ解消』して、十分満足いくかどうかはわからないが、なんとか法の抜け道を用意しようとしているのが森大臣じゃないんですか?!

>国際法をも含めた法体系において最優先はやはり自国の憲法ですが、国内法よりも国際条約の法が優先されるべき説もあり、そうでなくとも対等に扱われるべき。

国際法優位説は、日本国単独ではなしえない事柄についてのみ、例外的に使われるケースがありますが、基本的にはほぼ壊滅状態にあります。
等位理論は、国内法と国際法との矛盾が発生したときに問題が発生するので、かなり微妙な立場にあります。
ちなみに、日本国は国際条約に関しては一般的受容型ですから二元論を採用しているケースもある。基礎を学ばないで憲法第98条や国際法を軽々しく述べないでください。

愚樵さんはのり子さんのことに捉われるあまり、ご自分がいかにとんでもなく怖ろしいことを思考し、感情を抱いているのかが認識できていないようです。

非常に厳しいことを言います。

人間は感情の生き物である以上、法治なんていうものは、常に一気に瓦解しかねない脆い状態のままなのです。常に理性と感情の葛藤と矛盾の中で苦しみながら維持されてきていると言ってもいい。でも、その法治が維持されなければ、人権や生命財産、自由などの保障や保護を法で行うことができなくなります。となれば、、何の共通認識もないままで、暴力のみでこれを確保するということになりかねない。でも、これは人権や自由とは矛盾してしまう。だからこそ、「法」という媒体を使って、人々が共通認識と共有するルールを持って、権力者が保有する暴力装置をコントロールしているわけです。
愚樵さんの思考と感情は、カルデロンさん一家にこだわるあまり、かえって人権や生命財産、自由を侵害しかねない、とても怖ろしいものであることに、そろそろ気づいてください。
森大臣や法務省を「卑劣」だと思考する資格は、残念ながらありませんよ!!

言葉が悪いだけでしょう

>ejnewsさん
今回のは不法入国は不法入国です。それはまず間違いありません。
ただ、その後に自治体や司法組織が気が付く機会がいくらでもあったはずなのです。
だってもう中学ですよ?小学校行ってたんですよ?子供が?(笑)
問題点は「入国自体は不法」として、「気が付く機会がいくらでもあったはず(入国段階も含めて)」
「既に現地で12年生活している」「子供の人権問題(日本語しか話せない12歳の子供)」
「周囲の住民との関係は良好で職も持っている」
…どうでもいいけど、気が付く機会といえば、税はどうしたんでしょうね?
ちなみに、法務大臣は超法規的権限として特別在留許可を与える権限を「法規的に」持っています。

>わくわく44さん
卑劣と言う表現は確かに適切ではないでしょうが、半端に抜け道で対応させるくらいなら、
法規的に権限のある特別在留許可を出してしまった方がと言う事では?
想像通りの権限を持って再入国できる保証もないわけですし。
あくまで「法規的に権限のある」「超法規的措置」でしかない事を強調すれば、
前例主義としてどうのと言う事は起きないでしょう。

変に法律自体を変えろと国際社会から言われて孤立するよりも、
今回の件は手っ取り早く、「法規的に権限のある超法規的措置」を取って
解決してしまった方がいいと思うのですが…。
(長引いたから解釈文を撤回しろだのなんだの言われだした訳ですし)

>愚樵さん
国際法と国内法の法則については難しい問題ですよ。
場所によっては政府の問題だけでなく、社会性・文化性と関わる部分もありますからね。
まぁ、解釈文の問題もありますから、解釈文撤廃と同時に条約破棄をしても、
一貫性どうのと言われる筋合いはないですし…。
国際社会の一国(特に先進国)としては孤立するでしょうけど。(笑)

まぁ、今回の件については法務大臣権限で認めてしまえばいいのにと思いますけどね。

大体、過去に「実行されなかった法的措置」があるのは事実ですが、
無謬性の問題かは判りませんしね。
「過去の判断は覆せない」は「現行法を変えられない」と言う意味でとれば、
別にそう不思議な問題でもないですしね。
(変えたくない・変える方向性について明確に示せないであれば…)

超法規的権限も使いたくないと言う気持ちは確かにあるのでしょうけど…。
おかげで変にこじれそうですけどね。(笑)
まぁ、「超法規的」譲歩をするくらいなら「法規的」に付与されている
「超法規的権限」を行使する方が「法治国家」としては簡単だと思いますけどね。(笑)

知恵と力を貸してください。日本の将来がかかってます。

はじめまして。
安と申します。

あってはならない事がこの日本で当たり前に起きてます。。

世界どこの国でもある犯罪組織とは違って、
一部の政治家、裁判官、警官、全国役所の一部役人、医師、先生、
PTAの一部役員、町会の一部役員、市民団体を始め各種団体の人、
芸能人、システムエンジニア、実業家、ヤクザなどが組織のメンバーになって、
ITという最先端技術を使い、
裏で日本の社会を支配している組織が日本にいるとしたら信じますか?

この組織の掲示板には「世界征服」「助成金」などが書いてあり、
私がアクセスした直後になくなりました。

詳細なことは、
お手数をかけて申し訳ございませんが、
http://blog.yahoo.co.jp/ansund59 をご覧ください。

偽警官が警察署を自由に出入りし、
裁判所で偽裁判官が法の悪用をし判決をしたり、、
最高裁判所で裁判記録がざんされても平気な国、日本である。

日本の将来のため、
子供達の将来のため、
人間として正義、良心、自由、勇気、誇りを守るために
知恵と力を貸してください!

P.S.
記事と関係ないコメントで申し訳ございません。
ご配慮・ご理解よろしくお願いいたします。

日本語を勉強し直そう!

>オーストラリア政府は不法滞在のインドネシア人家族に対し、13歳の息子だけが残るか、両親と3人で国外退去するかを迫ったといいます。

上記文章では「退去するかを迫った」としか書いてありません。
どこに、在留を認めたと書いてまりますか???
オーストラリア政府は認めたのですか???
ニュースに踊らされるのは結構ですが、もう少し国語の勉強もしましょう。

また、「長期にわたって定着してきた家族生活を破壊するには、出入国管理法違反だけでなくそれ以上の理由が必要だ」
こう言う、考えが通るなら、公務員受験の学歴詐称なども長期間ばれなければ良いのでしょうか?
無免許で車を運転していても、安全運転していれば問題ないのでしょうか?
日本は法治国家です、心情よりルール、手続きが、まず前提となってくることを考えるべきだと思います。

署名まだ受付中!

生きるのに免許はいらない。
救う「法」もまたあるのなら、それを使うか使わないかは我々自身の問題です。

http://blog.goo.ne.jp/izumibashilaw

特別在留許可請願の署名はまだ受付中です。

猫さん

>卑劣と言う表現は確かに適切ではないでしょうが、半端に抜け道で対応させるくらいなら、法規的に権限のある特別在留許可を出してしまった方がと言う事では?
>あくまで「法規的に権限のある」「超法規的措置」でしかない事を強調すれば、前例主義としてどうのと言う事は起きないでしょう。

それをやってしまった時点で、「じゃ、日本国内で子どもが産まれてしまえばいいんだ」という『前例』ができてしまいます。
特別在留許可は、あくまでも「特別」なんです。他に方法が見当たらない、本当にレアなケースだ、という厳格なものがない限り、法治国家である以上は、「絶対に」やってはいけません。

>想像通りの権限を持って再入国できる保証もないわけですし。

それを言ってしまったら、他の人たちはどうなるんですか?「前科」がなくても、再入国なんて誰も保証できません。しかし、「前科がない人とほぼ同じ条件にする」というのであれば、少なくとも前科者よりは再入国ができる条件が与えられることになります。

>変に法律自体を変えろと国際社会から言われて孤立するよりも、今回の件は手っ取り早く、「法規的に権限のある超法規的措置」を取って解決してしまった方がいいと思うのですが…。

まず、不法入国に関する措置を講じたのに、「国際社会から言われて孤立する」と評価するのは不当かつ不正です。ただちにその思考と感情を是正してください。
次に、『今回の件は手っ取り早く、「法規的に権限のある超法規的措置」を取って解決』って、あなたは法治国家を何だと思っているんですか?手っ取り早く?法治主義を維持することが、現実的にどれだけ大変なことか、それをわかっていて言ってるのであれば、絶対に許されざる感情であり思考ですよ。もし、知らないというのであれば、ただちに学習して猛省してください。

日本国民、特に人権を唱える人たちの最大の欠点は、「法があるから、人権を擁護する動きを心おきなくできる」というのに、その「法を崩壊させる」という、わけのわからない感情と思考を正当なものとして信じ、そして、それを掣肘する私のような人を嫌悪したり侮蔑すること。
私に対するこのような感情を非難されない国ならば、日本国憲法だっていらないですよ。「法を守らない」と宣言しているのに、「憲法を守れ」って、こんな支離滅裂な状態など、私は理解することなどできません。

なめぴょんさん

渡邉彰悟弁護士は、弁護士資格を剥奪されてしかるべきです。というか、こういう人格の者が司法試験を合格するだけの能力があるというのを、「キチ○イに刃物」と日本語では言います。
署名に参加した人も猛省する義務がありますね。

本当にノリコさんのことを思うのであれば、森法務大臣や法務省が一生懸命に考えた「抜け道」で納得しつつ、「正規入国の手続きで親が入国できるように、水面下で措置を講じる」ように、官民一体となって取り組むべきであって、この弁護士(とは言いたくない愚か者)の思考や感情、発言のように、特別在留許可を求めることではない。

その上で、改めてこの一家へ、特に、短期間とはいえ、親と離れ離れになりかねないノリコさんに最大の支援を、市民運動の側で行うというのであれば、話はわかるが、この弁護士、本当に法曹家としての良心があるんだろうか?
もっとも、私が懲戒請求をしたところで、この人には何のお咎めもないんでしょうけどね、弁護士会も堕落しているし。

この辺りの話かな?

>>わくわくさん
http://nukohiroba.blog32.fc2.com/blog-entry-1311.html
この辺りの話かな?
まぁ、危惧は分かるんだけど、あくまで個人判断に基づく物だし、
森が辞めた後に次の奴が前例基準で判断下さなければいけない理由はない。
更に言えば、5年間の再入国禁止を無理に捻じ曲げる方が「超法規的措置」では?
まぁ、当然、各国の見解との調整はとらないとだろうけど。
孤立するかどうかは「認識を改めろ」と言うけど、改めるだけの材料をお願いします。
どの国の政府・国民はこの対応に納得してくれていると言う返答をお願いします。
まぁ、ぶっちゃけ国際法無視してても完全孤立しないのは領土問題各種で判りきってるけどね。

例外と言えば、日本の戦後に海外出兵してた人の一部はは日本は引き取らなかったね。
あの時に受け取らないから海に投げ捨てようとかされないでよかったね。
戦争が例外だと言うかもしれないけど「戦後」だしね。
もう終わってますから。

この辺りの話かな?

>>わくわくさん
ああ、あと、不法入国についても子供を生めば良いなんていう簡単な問題ではないよ。
他の違法行為を犯してなければという問題でもない。

これで子供が1歳とかで親の母国語で話してるなら「返せば?」と思いますからね。
子供の権利の面から、「既に子供が日本以外で暮らす事が難しい」と言う前提があります。
犯罪を犯した事に対しては罰則への猶予期間を大きく設けて、
子供が精神的・経済的に自立するまでは滞在させて、その後に親のみ強制退去。
5年間再入国拒否の方が余程法規的には「異例措置」を避けていると思いますけど?
その間に子供を生むに決まっていると言うなら、それについては同時に母国語教育を行うなど、
子供と親が一緒に帰国して問題がない状態をある程度作ればいいでしょう。
(まぁ、制限出来るのなら子供を作ること自体制限すればいいんでしょうが、
 中国じゃないし難しいかなと)

まぁ、今後は、もうちょっとまともな出入国管理をしてもらうのがまず最初ですけど。
(小学校6年間生活出来てたってすごいですよね)

論外です>猫さん

>まぁ、危惧は分かるんだけど、あくまで個人判断に基づく物だし、森が辞めた後に次の奴が前例基準で判断下さなければいけない理由はない。

まず、大臣を呼び捨てにするのはやめなさい。
次に、森英介氏の個人的見解ではなく、「法務大臣として」の発言である。そして、こういう類の問題については、政治家であっても「法理論と心情との狭間」でしか思考しない。つまり、後継大臣が誰であれ、技術的な問題なので、政権が交代しても変化が生じることはない。

ちなみに、こうした技術的なことが問われている案件で、根拠なり説明を他人(私を含めた)に求める程度の認識であるならば、二度と、こうした場で意見表明をしてはいけません。
なぜなら、この件は技術的な案件であって、ブログで説明できるような代物ではないからです。何も法理論に限った話ではなく、他のあらゆる分野でも同じことですが、こうした技術的なことについては、ご自身で時間をかけて勉強し、知識を得る以外にこの件について正しい理解をする方法はないことを認識してください。
(それができないのに、不特定多数が閲覧できる場で意見表明をする愚か者が多く、しかも、それらが駆除されないからこそ、ネット規制の動きが出てきているわけだが。)

>更に言えば、5年間の再入国禁止を無理に捻じ曲げる方が「超法規的措置」では?

どちらにしたって、「超法規的措置」であることには変わりありませんが、「不法行為を継続する」のと「いったん、不法行為を清算して、改めて合法的に行う」というのとでは、話が異なります。
だから何度も言ってるじゃないですか!!「なんとか抜け道はないものか」という結果だと!!

>孤立するかどうかは「認識を改めろ」と言うけど、改めるだけの材料をお願いします。

拒否します。
『国際社会は無法地帯なんですか?国際条約に拘束力はないとでも言うつもりですか?国連憲章も国連決議もいらない、というつもりですか?』
この程度の話に「材料」を他人に求めることを恥じてください。

>どの国の政府・国民はこの対応に納得してくれていると言う返答をお願いします。

猫さん、あなたにです。
私とのやりとりで問題が発生しているのは、猫さんしかいませんから。

>まぁ、ぶっちゃけ国際法無視してても完全孤立しないのは領土問題各種で判りきってるけどね。

どこの誰が国際法を無視したというのかね?
そういう嘘をつくな!!(激怒)

>例外と言えば、日本の戦後に海外出兵してた人の一部はは日本は引き取らなかったね。
>あの時に受け取らないから海に投げ捨てようとかされないでよかったね。
>戦争が例外だと言うかもしれないけど「戦後」だしね。
>もう終わってますから。

何の話だ?

もっとも、こういう話しかできない時点で、猫さんが完全に誤った認識で、不正な感情、不当な思考を抱いていることが明らかになったんじゃないかね?
私に向けての、そうした悔し紛れのコメントを恥じて、猛省しなさい。これは教育的指導です。

>ああ、あと、不法入国についても子供を生めば良いなんていう簡単な問題ではないよ。
>他の違法行為を犯してなければという問題でもない。

意味不明。

>これで子供が1歳とかで親の母国語で話してるなら「返せば?」と思いますからね。

思いません。

>子供の権利の面から、「既に子供が日本以外で暮らす事が難しい」と言う前提があります。

どんな権利?どんな前提?
具体性があまりにもなさすぎ。却下。

>犯罪を犯した事に対しては罰則への猶予期間を大きく設けて、子供が精神的・経済的に自立するまでは滞在させて、その後に親のみ強制退去。

子どもが精神的・経済的自立するまで、って、いつまで?
そして、それが認められる法的根拠は?

>5年間再入国拒否の方が余程法規的には「異例措置」を避けていると思いますけど?

日本語として理解不能の文言だ。

>その間に子供を生むに決まっていると言うなら、それについては同時に母国語教育を行うなど、子供と親が一緒に帰国して問題がない状態をある程度作ればいいでしょう。

誰も「決まっている」とは言ってないが。
第一、「同時に母国語教育」って、不法行為が発覚でもしない限り、「ずっと日本で暮らす」というのが前提であるならば、ノリコさんのように「日本語しか話せないで中学生にまでなってしまった」ということが起こりうるわけだが。

>まぁ、今後は、もうちょっとまともな出入国管理をしてもらうのがまず最初ですけど。

すごい無責任な思考であり感情だね。
街の細かい犯罪ですら、発覚するとは限らないのに、アンダーグラウンドで動いているものを完璧に摘発しろって、そんな超能力者がいたら見てみたいよ。

ほんと、自分の愚かな思考や感情を正当化したい連中ってのは、こういう支離滅裂な、どう考えても強引としか思考できない言い訳をつけて反論したがる。
こんなんで「憲法守れ」「人権擁護」なんて、ここまで日本人は堕落したんだろうか。

法家vs儒家

ejnewsさん

日本は完全な島国という事情もあって合法・不法を問わず移民は少ないし、また今のところ単純労働の移民は基本的に受け入れていないので、他の先進国と比べればば移民が問題になることは少ないと思います。とはいえ最近は増えつつあって、カルデロン一家の問題はその代表例と言ったところ。他にもよく似た事例はあるようです。

日本の特殊なのは、これは政治家主導ではなくて官僚主導というところ。何かにつけて日本は官僚主導が特徴ですが、この件に関してもそうです。政治がリーダーシップを取らない。

アメリカのようなリーダーシップの在り方もどうかとは思いますが、日本の政治家と比べれば逞しいと感じなくもありません。

*****

わくわくさん

わくわくさんは法家思想の持ち主ですか? もちろん、それはそれで構わないのですが。

わくわくさんが法家なら、私は儒家でしょうかね。儒家は「忠」より「孝」を重視しますが、牽強付会すれば「孝」が【自生的秩序】。「忠」は、もちろん国家への忠誠心ですね。現代では「遵法意識」くらいの表現が適切でしょう。

儒家と法家の論争が決着を見なかったように、私とわくわくさんの論争も決着はないでしょう。もっとも、私は論争するつもりはありませんが。実り多きものになると思わないので。

>非常に厳しいことを言います。

>人間は感情の生き物である以上、法治なんていうものは、常に一気に瓦解しかねない脆い状態のままなのです。

私はだからこそ「信」が大切だと思いますし、その「信」は「孝」があってこそ成り立つと考える。人間性善説。対して法家は性悪説に立ちますから、大切なのは「信」より「力」になる。

「力」による支配は、長続きはしません。

*****

猫さん

私はやはり卑劣だと思っていますよ。今日、父親だけが強制収容されたらしいですが、そんな中途半端なことをするくらいなら、さっさと3人を強制収容してしまう方が、よほどスジが通っている。自分たちの考えが間違っていないというのなら、批判を堂々と引き受けてスジを通せばよい。法務大臣は、国連子どもの権利条約から脱退すると宣言すればいいのです。

批判をかわしつつ、みずからの失点は認めようとしない。こうした態度には、卑劣がもっとも相応しい表現だと思っています。

*****

ねこねこさん

>日本語を勉強し直そう!

私の経験からしますと、このようなことを言う人ほど日本語が読めない。ねこねこさんもその例に漏れないようです。

>上記文章では「退去するかを迫った」としか書いてありません。

そうです。それで何か? 「退去するかを迫った」事実が国連の自由権規約委員会の指摘を受けた。事実関係をよく把握しましょう。

>こう言う、考えが通るなら、公務員受験の学歴詐称なども長期間ばれなければ良いのでしょうか?
>無免許で車を運転していても、安全運転していれば問題ないのでしょうか?

おたずねしますが、日本国は「公務員受験の学歴詐称なども長期間ばれなければ問題ない」「無免許でも安全運転なら問題ない」といった国際条約に批准しているのでしょうか? 

>日本は法治国家です、心情よりルール、手続きが、まず前提となってくることを考えるべきだと思います。

日本語をよく読みましょう。超法規的措置を求めているのでなくて、合法の特別在留許可を求めているのです。

真面目な方ですねぇ…

<大臣を呼び捨てにするのは止めなさい
根拠をどうぞ。こう言う場面において、「法務大臣である」と言う事が、
重要な議題だからと言うことであれば、そちらの説明でその辺りの理由は書いてあるのでまだ分かりますが…。
社長を呼び捨ては辞めなさい・天皇を呼び捨ては止めなさい・私を呼び捨ては止めなさい。
どれも個人的な感情が基準ですよね?
私は(社会的)目上を敬うのは「個人的」意見と活動の領域でする気はないですからね。^^;

>ちなみに、こうした技術的なことが問われている案件で、根拠なり説明を他人(私を含めた)に求める程度の認識であるならば、二度と、こうした場で意見表明をしてはいけません。
>なぜなら、この件は技術的な案件であって、ブログで説明できるような代物ではないからです。何も法理論に限った話ではなく、他のあらゆる分野でも同じことですが、こうした技術的なことについては、ご自身で時間をかけて勉強し、知識を得る以外にこの件について正しい理解をする方法はないことを認識してください。
(それができないのに、不特定多数が閲覧できる場で意見表明をする愚か者が多く、しかも、それらが駆除されないからこそ、ネット規制の動きが出てきているわけだが。)
発言するのは表現の自由として保障されてるはずですよ。
あと、「国民」に「技術的問題」を「時間をかけて」理解するしかないだと、
別の所で言ってる立法措置とかの責任論と矛盾しませんか?
最低でも法理論のそういった側面を学校で教えるようにしないのは、
やはり政府自体が「愚衆政治」を望んでいるのでしょうか?
あ、愚衆政治と言う前提だから、そこは「責任なんか持てる訳ないんだから専門家にやらせるべき」と言う方向でしたっけ。
利権の集約や統制過剰が起こった際にクーデターや暴動が起こるかは知りませんが…。
(どのようなシステムも、弱者・搾取される側・迫害される側にとっては常に理不尽な物ですからね。
 それを分かった上で「システム」で「どう言った形を選ぶか」にすぎませんし)

>どこの誰が国際法を無視したというのかね?
>そういう嘘をつくな!!(激怒)

「どこの誰が国際法を無視した」と言っていると思っているのかむしろ気になります。
世界で国際法的に「嘘」や「違法」な領土主張や占有をしている国って結構あると思うんですけど?
いや、日本の多々ある領土問題は双方国際法に準拠した正統で甲乙付け難い主張なのですね。
これは全て決着は長引きそうですね…。
…こう言う状態って 実は とても面白い と思ってしまうのですが…。
いや、本当。とても「人間」らしくて大好きですよ。
馬鹿馬鹿しく醜いけど それがいい!!
お前のせいだ!いや、お前のせいだ!とかも大好きです。
「盗人め」「独裁者め」「寄生者め」「搾取者め」
大概「どっちもどっちだよ」な事ですしね。
何の利益も生まないし、先行きも真っ暗な事に一生懸命なのが素晴らしい。
罵りあい、憎み合い、見下し合い、非難し合う、素晴らしいですね。(笑)
日本に民主主義が似合わないのは同意しますけどね…。
本当に…だって、政治に本気で関心を持ってる人がどのくらい居るやら…。
それで安寧に暮らせると思っているのでしょうけどね…。
そして、その結果、破綻した生活を人のせいにして何も学ばないなら、
民主主義なんて出来ないですしね。(笑)
まぁ、私も政治に興味を持たなくていいなら「そんな事に時間も労力も使いたくない」人間である事は間違いないですが。
「真っ当な統治者」であればそいつに丸投げしたいのは正直な所です。
(いや、どこぞの誰かみたいに「だから私が与えてやろうと言うのだっ!!」「…何をだ…?」「支配されると言う特権をだっ!!」と突っ走ってもいいんですけどね。)
のさばるのを許した結果、増長したそいつが民衆から反発受けてクーデターで処刑されるのは、
「そいつの問題」ですしね。
(民衆の愚かさの問題とは別の問題として、小泉の問題も同様。)

>すごい無責任な思考であり感情だね。
>街の細かい犯罪ですら、発覚するとは限らないのに、アンダーグラウンドで動いているものを完璧に摘発しろって、そんな超能力者がいたら見てみたいよ。

日本の警察は言われるほど有能じゃないですね。(笑)
完璧に摘発なんていってませんよ。
まぁ、ただ12年以上、子供が公立小学校に通っても気が付かないのはすごいと思いましたが。
管理する気がないんじゃないかなとも思ってしまいます。
つか教育管理委員会は最低限、戸籍の確認位すればいいのに。(笑)
そもそもほとんど管理出来ないなら、法律や制度自体考え直したら?と思いますけどね。
管理する気なら、と言う前提です。密入国とかなら「管理し切れない」も分かるけど…。
(どこから入ってくるか分からない)
不法入国なんて入国の審査は一度通ってるんですからね。

支配されると言う特権

すいません。元ネタ確認したらもっと重かったです。
興味があるか分かりませんが、元ネタはこちら。
http://homepage1.nifty.com/Agnus_Dei/Count/count07.html

正直、守られてる民衆の立場に身を置きたいのですが…、
聖騎士様、怠惰ですいません。
反面、「文句」だけをだらだら言いたくないなと言うのも本音。
嫌なら自分が改革を起こせ、革命をしろっ!は思うところですからね。
理由は私から見ても「間抜けだなぁ」と思うから。
この人も言ってますが、「日本の消費者にしたってねえ、農薬は嫌だとか言いながら、一方では虫の付いた野菜や果物を毛嫌いし、はては色や見た目が悪いってだけで選り好みするんだから。文句あるなら食うな。」
…うん。ある意味正しい。モンスター患者やモンスターペアレントと言い、身勝手なもんだよね。(笑)

まぁ、でも、「統治や法治」と言うのが技術的な問題だとしても、
「技術」は元々「個々」を守る為の「公約数」としてできた物だと思っています。
統治や法治がそれ自体が目的となる事はないと思っています。
人権を守るのに法治は必要だと言うのは、それは人権も「法」でしかないからですよね?
しかし、「法」と言う「システム」は問題があれば、それは「どうして行くか」と言う問題も孕むでしょう。
専門家や時間を掛けた人にしか出来ないのであれば、そう言う人こそ率先して案を出して欲しいと思います。
「女を機械に例えると」の某厚生大臣、あの発言を見て私が感じたのは、
「女を機械に例えた事」よりも、「女性に頑張って貰うしかない」と言う、
「無責任さ」に対して「貴方はその役職にふさわしくない」と言う事でした。^^;
高い報酬貰ってんだろ…権力付与されてんだろう…。
少しは頭使って原因を一つでもいいから解決してくれよ…。
生活不安・就業不安の部分なんかはまさにお前の仕事だろうと…。
(あんなんが大臣になれる環境作った選挙に問題があるのは別として)

先ずは罪を償うべき。

犯罪者なんだから。
全ては罪を償ってからですよ。

愚樵さん

>実り多きものになると思わないので。

その責任は1000%愚樵さんにあることをお忘れなく。
その理由は以下に書きますが、この論を覆すことの正当性は、この世には存在しませんので、何人も無条件かつ無抵抗で受け入れる義務があります。

>>人間は感情の生き物である以上、法治なんていうものは、常に一気に瓦解しかねない脆い状態のままなのです。
>私はだからこそ「信」が大切だと思いますし、その「信」は「孝」があってこそ成り立つと考える。人間性善説。対して法家は性悪説に立ちますから、大切なのは「信」より「力」になる。
>「力」による支配は、長続きはしません。

この時点で、愚樵さんはアウトです。
一時的な「力」、それも物理的な側面のみに依存する「力」は、長続きしません。
しかし、現在の日本における「法治」は、物理的な側面に依存する「力」は、補完的に、もっといえば「法治の最終的な担保」として使われるのみであって、基本は『「信」によって醸成された「力」』で機能しています。つまり、「信」と「力」は対立概念ではないのです。
なので、ほとんどの法規において「罰則」は、「罰則適用の条件」とともに『最後に記載されるもの』であるばかりでなく、中には「罰則がない法規」さえもあります。また、法律になぜか「努力目標」的な不思議な条項も存在するものもある。

つまり、日本国における「法」とは、『「理想の姿」を具体的に明文化し、その理想を実現するための「方法」「プロセス」を日本国民が、正確に認知できるように具体的に明文化し、「目的と手段」の認識をできるだけ共有するためにある』のであって、まさにベースは、愚樵さんが求める「信」「孝」である、と解するのが妥当なのです。しかしながら、性善説であろうとすればするほど、なぜか性悪説の理論が成立してしまうという矛盾が人間には発生してしまっている。この部分の理解が不十分だと、私を嫌悪し、批判する思考と感情を抱くことになるのでしょう。
でも、私に言わせれば、それこそが性悪説をさらに大きく適用する人の感情であり思考であるのです。言い換えれば、私はできるだけ性善説に基づいた社会を構築したいという欲求があり、性悪説に基づいたアクションを極小化したいと願っている。

つまり、私の側が、むしろ性善説に依拠する思考であり、皮肉なことに、愚樵さんの方がむしろ性悪説に基づくアクションの原因を拡大してしまっているのです。
これに気づかないなら、カルデロンさん、特にノリコさんは救われないでしょう。

猫さん

長文、お疲れ様でした。

ひとつ言っておきます。
労力を要するのでやりませんが、残念ながら、猫さんのそのコメントを、ひとつひとつ具体的に論破することは、私のレベルですらとてもカンタンです。
なぜなら、「見解」「意見」の前に「知識が誤りだらけ、または中途半端だらけ」であり、それを示せばいいだけですから。

なので、はっきり言います。
不特定多数が閲覧できる場で意見を表明したいなら、謙虚になって、もっと勉強してからにせよ。

以上。

わくわくさんへ

>不特定多数が閲覧できる場で意見を表明したいなら、謙虚になって、もっと勉強してからにせよ。
こちらのご忠告についてはありがたく受け止めさせて頂きます。
と言っても。「もっと勉強しろ」の部分だけですが…。

時間もないですが帰りの電車の中で法治主義について少し調べて見ました。
維持が如何に大変かと言うことでしたから…。
法の支配と言う概念や形式的法治主義・実質的法治主義などの話ばかりが多く見つかりましたが…。
個人的に理解がしやすかったと思うのは
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/ytgw-o/index.html
この保守主義のすすめでしょうか…。
法の支配については割と賛同な半面、全面的には賛同しきれないので難しいですが…。(伝統優位の関係ですね)
わくわくさんは「法の支配」として、現状では国民制度と滞在関係の法規は維持されるべきだと言う考えだと思いますが…。
個人的に平易に書かれている意見だと思いますので、この中で明らかに間違っている意見があれば、
対の意見を示して頂ければ有り難く思います。

あと、忠告頂いた件は有り難いのですが、それでも一点、わくわくさんに賛同出来ない点があります。
それは「説明はしない、自分で探せ」と言う態度です。
いや、ここはあくまで社会的役職も責任も何も対してない場所ですから構いません。
でも、自分を「GHQ的組織の権力者に」、とか、「話すな」とか言い出してしまうとなれば別の問題です。

まず、どのような制度を持っていても、所詮、人間同士の暮らしですから、
「権力」と言うのは、究極的には全て、錯覚や詐欺を利用した物にしろ何にしろ、
その権力の治める「周辺社会」が許容した物ですよね?(制度的権利も何も関係なく、王政ですら、「王の存在を許した」から存在しますよね?)
その権力の所持に対して、周辺社会の「理解も共感も要らない」と言うのはおかしな話ではないでしょうか?
まして今は独裁的政権となれば、それだけで批判者が出かねない「常識」「共認」の状態だと思われます。

また、知識を基準に「話すな」と言うことも、知識を持っていて当たり前の立場の人間が、
自ら率先して提案した意見に対して、無知な人間に対して、
「最後にお前が賛同した(お前も、ではありません)」と言う事も、
「公平」とは言えないのではないでしょうか?
(民事で解約や料金の返金が行われるのは、当然、条件がありますよね?
果たすべき説明責任を果たさなかったとか。)

医療であればインフォームドコンセプトは昨今は当たり前の事として認識されていると思います。
また、弁護士が不服を言ってくる被弁護者や、被害者(一般主婦にしろ、設計士にしろ)に対して、
「(法律の)知識がないなら黙れ」と言うのも「フェア」であるとは私は到底思いません。
(と言うか、そうなったら、まさに「形式的法治主義」を助長しかねませんよね?)

また、政治家においても、私は政治家に対しての、見方は、「代表」でもありますが、
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/ytgw-o/hosyu09.htm
こちらのエリート論の部分も多分に含んでいます。
(まぁ、利己心がむしろ結構強くないかとかは別として)
エリート論でなくとも、弁護士や医者と同じ、専門家としては見ています。
だからこそ、「政治家の責任」と「国民の責任」は別と言う立場をしているのです。
そこに大きな誤りがあるのであれば教えて頂ければ幸いです。

わくわくさんに反論

つまり、日本国における「法」とは、『「理想の姿」を具体的に明文化し、その理想を実現するための「方法」「プロセス」を日本国民が、正確に認知できるように具体的に明文化し、「目的と手段」の認識をできるだけ共有するためにある』

その「法」に対する理解は共有します。しかし、これは同時に100%実現することは不可能で、であるからこそ、その実現に向かっての努力が必要とされる。その努力の姿勢こそにこそ、「信」を見る。

翻って法務省の対応を見ますと、その努力を払っているようには思えないのです。努力を払うと必ず代償が要求される。例えば私が自分の理想とするものを表現しようと努力すると、わくわくさんから批判を浴びるといったように。

法務省は、カルデロン一家の不法入国を認めないなら認めないで、中途半端な処置を執らずに断固と対応すればよい。その処置に私は反対することに変わりはないけれども、国際的な非難という代償を払っての努力には「信」を置きます。

>性善説であろうとすればするほど、なぜか性悪説の理論が成立してしまうという矛盾が人間には発生してしまっている。この部分の理解が不十分だと、私を嫌悪し、批判する思考と感情を抱くことになるのでしょう。

前半の部分は同意です。これも別の例を挙げますと、企業献金。性善説であらねばならないと考える人ほど、性悪説に立って規制に走ろうとする。そういう姿勢を私は評価出来ない。

ですが、後段は、わくわくさん自身のわくわくさんへの評価ですが、私からみれば違いますよ。敢えて申し上げておきますが。

わくわくさんが批判はともかく、嫌悪の感情を抱かれるのは、その姿勢から「信」を感じられないからです。

>その責任は1000%愚樵さんにあることをお忘れなく。

あるいは

>不特定多数が閲覧できる場で意見を表明したいなら、謙虚になって、もっと勉強してからにせよ。

といったような言動をする人間に、人は「信」を置きません。ここからは、人に代償を要求するばかりでみずからは代償を支払う意志のない人間の姿したイメージできない。わくわくさんは、これまで自分は代償を支払ってきたと思っておられるかもしれませんが、たとえそうであったにしても、その代償ゆえにこの先もはや代償を支払わなくてよいということにはなりません。

ちなみに申し上げておきますと、私がわくわくさんとは実り多き対話はあまり期待出来ないと承知しつつお付合いさせていただくのは、わくわくさんの考え方が私の考え方を浮き彫りにしてくれると思っているから。ですので、私が同意できる部分は出来ると申し上げると同時に、同意できない部分には異議は唱えません。異議を唱える部分のすり合わせを試みても「実り少ない」と思っていますから。違いは違いのままにしておく方が、私には「実り多き」ことのように思っています。

Gungnirさん

カルデロン夫妻は、誰に対して、どのような罪を犯したのですか?

誰を傷つけ、あるいは、誰に不利益をもたらしたのですか?

基準が「法律」だけなら人はあまりに寂しすぎる

愚樵さん、おはようございます。

ワタシは、彼ら(法務省)が卑怯である、というのは言い過ぎかなと思います。
もっとも、>、両親については“柔軟な対応もあり得る”との考えを示した
が、一週間以内でもいいよ、と言えばですがね。
ワタシはね、彼らは彼らなりの葛藤があったと信じたい。職業上、堂々と法(ルール)を破ることのできない彼らの「人情」がなんとかしようとしている、と信じたいですね。仮に世間の批判を恐れて、オノレらの筋を曲げたとしたとしても、それでいい。きっと次のケースも苦し紛れの特例を出しますよ。そういう「人情」をもっているならね。
法律だからといって次々に人殺しをする鳩山よりずっと人間らしくていいと感じています。


相変わらずのコメ欄TBで失礼します。
甘っちょろいエントリーですが、最後には法律よりも自分の肌感覚に従うということです。

http://dr-stonefly.at.webry.info/200903/article_4.html


法の支配と自生的秩序

法治とこれらの問題は、法の支配、また、法治主義の実質法治主義・形式的法治主義と関わる問題と思われます。

…どこからどこまで、どう言った制度と法体制が「形式的」「実質的」なのかは、完全な一致を見る事はないでしょうけどね…。

ある面で緩さも必要なのは確かですが、緩すぎれば「法律」の意味自体が危うくなりますしね。
(社会的「法の支配」はまだ有効でしょうけど)

まぁ、でも、多分、愚樵さんも私も今回の件での特別在留許可が、
「法治」を危うくする物だという認識はないですけど。
または「法律」「制度」の方に問題があるとか。

私に反抗した人たちへ

謙虚になれ

カルデロンさんの件について、みなさんが基礎知識をきちんと学んだわけでもなければ、リーガルマインドがなていないのは、みなさんの言動を見れば一目瞭然。
それに対して、こちらはリーガルマインドに基づいた発言をしている。

無知からくる誤りは、別にいいんですよ。あるいは勘違いもまた、特段、問題になるわけでもない。
問題は、あなた方の姿勢。誤りを指摘されているんだから、それは素直に従って修正しなさい。自分の考えを貫きたいという自分勝手な欲望のままに発言していれば、「いい加減にしろ、もう発言すんな!」となるのは、文明人としては至極当然のこと。

『わくわくさんが批判はともかく、嫌悪の感情を抱かれるのは、その姿勢から「信」を感じられないからです。』←こうやって、私の姿勢や態度を批判し、嫌悪するならば、法治をやめよう。うん、時間の無駄。どうせ「自生的秩序」で十分なんだから。
平等も公平も「自生的秩序」なるもので決めればいい。警察も裁判も、勝手に作ろう。それが平和で人権を守るんだから、「法」も「法の担保」も、自分たちで勝手に作ればいいじゃん。「人権」の中身も「自生的秩序」で作ればいいよね。ということは、日本国憲法もいらないよね?憲法は「自生的秩序」じゃないんだから。
「自生的秩序で保証する基本的人権」
「自生的秩序で実現する平和主義」

ということは、カルデロンさん一家に特別在留許可なんていらないね。いや、そもそも「在留許可」なんていらんよな。入国管理もいらん。国家主権も国家もいらん。もっとも、「自生的秩序」が優先されるなら、憲法もなくなる。

なるほど、私を嫌悪し、批判する連中って、日本国憲法も廃止するという思考だったのか。なるほど、護憲護憲と口で言いながら、私の改憲論なんて、到底足元にも及ばない、憲法廃止論だったとは!!
なんという壮大な理想を掲げたんだろう、まぁ、がんばってくれたまえ。(皮肉100%)

わくわく44様

ヒートアップしたわくわく様も魅力的ですよ。
日頃、理性と知性で語るわくわく様の、珍しく感情で語る言葉も新鮮で、心に響くものがあります。
皮肉100%って妙にかわいらしい。
ニューわくわく様に、更に、進化するかもね?
私は、最近わくわく44様ウオッチャーです。
法を守ろうとする事と、何とかしてあげたい、
その間でみんな苦悩しているのでしょうね。
法律より上位の条約で解決図ろうと考える愚樵さんの指摘にもグットアイデァと思うし、わくわく様のいったん帰国させて早期に許可をだすとしているという考えでもいいかなとも思います。詳細を知らないので、ちょっといい加減かも知れませんが・・・
狼おじさんの私ですから大目に見てね。

真面目にやってる他の外国人に対して不公平

>カルデロン夫妻は、誰に対して、どのような罪を犯したのですか?

日本国に対して不法入国と不法滞在と不法就労をしておりますよ。

>誰を傷つけ、あるいは、誰に不利益をもたらしたのですか?

真面目に仕事をした役人が非難されてませんか。
担当大臣には疑問を感じざるを得ませんが。
娘さんが通っている学校の関係者の方、大変ですね。
彼等の同胞たるフィリピン人に対する印象悪化は確実ですな。

このままフランスとオランダの後に続くのはのは勘弁していただきたい。
最後はシッキム王国か。

何故に反対者が絶えないか

このような抜け道を設けるとどうなるか?
既に悪しき忌まわしき前例があるのです。
だから、怒る人が居るのです。

っていうか、フィリピン政府及び大使館は何もする気無し?

んん~?

>阿部教授が指摘するのは、国連の自由権規約委員会がオーストラリア政府に対して判断を下したケースです。

これは、合法的に入国してのオーバーステイと言う事で今回の不法入国の件とは合致しないのではありませんか。
この後、法律を変更して不法滞在者が国内で出産しても国籍を与えない制度になったとの話ですが。

念のために国際人権B規約第二十三条一項について書きますが、これは本人名義のパスポートで入国した後
滞在期間が切れた場合の話であって、 他人名義のパスポートで不法入国した者には適用されないと聞いておりますが
これは間違っているのでしょうか。

日本が大陸と地続きでなくて良かったと思う今日この頃。

私は最初はカルデロン一家には同情的だったんだよね。  
でもさ、知れば知るほど厚かましいんだよ。左翼弁護士まで味方に付けて「国連に言い付けてやるー」と日本を糾弾するは、睨み付けて「早くお父さんを返してください!」って…こっちも腹立つは!え~え~確かに私は感情論ですよ。でも都合良すぎ、調子乗りすぎなんだよ
日本はこれから偽装結婚や偽装認知や不法入国、薬、アジアの売春組織などグローバル世界観の負の遺産と戦わなくちゃいけないの
この日本において外国人が日本人より恵まれた扱いされてるこの現状がムカつくの
国連なんてくたばっちまえ!

わくわく44様へ

愚樵さん
ちょっとばかり庭先で失礼します。

わくわく44様

はじめまして。肌感覚で共感派で非文明人のドリーマーです(笑)。
もしかしたら、「私に反抗した人たちへ」にワタシも入っているのかもしれないなぁ、と感じたのでちょっと書かせてください。

ワタシは法律も憲法もいらない世の中になればいいと思っています。
既に今いる多くの善い人にとって法律も憲法もいらないんじゃないかなとさえ思っていますが、「多くの善い人」程度で法律も憲法もなくしてしまえば、無秩序、混乱、やはり破滅が来るでしょう。「全ての善い人」でなければ無法の世界は実現されない。そして、ずっと実現されたことがないし、未来においてもやはり厳しいと思っています。
やはり、わくわく44様の言われることのほうが筋が通っているし現実的だ。あなたのように、こんな(ドリーマーが多い?)ブログに入って孤軍奮闘される方(通りすがりを除く)が必要だと思います。

ワタシとわくわく44様は両極ですね。
でも、ワタシも現在の実情においてわくわく様の直ぐ近くまで歩みよらなければならない、と思っています。そして歩み寄ります。でもあなたの極に至る手前の「ほんの少し」(今回でいうとカルデロンさんのこと)を踏み越えることができません。その「ほんの少し」の許容のなかに、法では左右されない大切なものがあると思っているからです。また「法の限界」を乗り越えれる気がするのです。
その許容こそが、未来への可能性だと思っています。

ワタシはドリーマーです。「ほんの少し」に目を瞑ってあなたの立つ極へ行く事はできません。あなたにしても「ほんの少し」も許容して歩み寄ることはできないでしょう。それぞれの性格ですね。仕方ないじゃないですか。でもワタシのような人間がいることを否定しないでください。
ワタシはあなたを認めています。ワタシはあなたの方がより厳しい極に立つ事を選んだと思っています。あなたと対の極のほうにあるだろうブログでコメントする熱意を認めています。(ブログ主さんが認めないといえば、また別の問題ですが……笑)
ドリーマーばかりじゃ成り立たない社会ってのが現実ですから、あなたは必要な人なんだと思っています。
癇癪をおこさずに頑張ってください。
ワタシも「ほんの少し」を守るために頑張ります。

dr.stonefly様

>「全ての善い人」でなければ無法の世界は実現されない。

「全ての善い人」であっても、無法の世界は実現できませんよ。なぜなら「善とは何か」という定義が、国際社会はおろか、日本国内であってもバラバラですからね。

「法で定める」というのは、ルール違反の人間に対して罰則を設ける以前に『表出化・明文化によって、共通認識を醸成する』ことに最大の意味があります。

人は環境や条件で、「生きるためにやるべきこと」が異なります。寒い地域ならば防寒対策の家屋を作りますし、湿気が多い地域ならば風通しが良い家屋を作る。どちらが正しいとは言えないはずです。
そして、人は「自分が経験しないものを想像する」ことはできても、ではその想像は正解か、となれば、現場を見なければわかりません。ごくごく単純なことです。

>でもあなたの極に至る手前の「ほんの少し」(今回でいうとカルデロンさんのこと)を踏み越えることができません。その「ほんの少し」の許容のなかに、法では左右されない大切なものがあると思っているからです。また「法の限界」を乗り越えれる気がするのです。

逆です。「大切なものを、恣意的に左右しないためにこそ、『法』がある」のです。私に抵抗してきた人たちは、「法の限界を乗り越える」のではなく「法を完全無視する」のであって、認識もまた誤っています。

ノリコさんのためになんとかならんのか、という気持ちがあるからこそ、「法の限界を乗り越える」からこそ、「いったんは国外退去だが、通常5年間の再入国禁止を緩和する」といったアイデアが出てきたわけですよ。

もし、こんな状態で、カルデロンさんに特別在留許可を出してごらんなさい。「入国管理法って、何で作ったの?守らなくてもいいの?」ということになってしまいます。正規手続きで入国し、滞在している外国人はどうなるんですか?

残念ながら、カルデロンさんには、特別在留許可を出す正当性は、この世には微塵も存在しません。つまり、「いったんはペナルティは受けてもらう」しかありません。いったんペナルティを受けた上で、堂々と正規に入国し滞在すればいい。そして、法務省はそれを認めると言っているのです。

この措置に批判的な思想や感情を抱くようならば、「法」はいらないと言っているのと同じですから、日本国憲法も各種法規も全部なくせばいい。自分たちに都合のいい法だけ残そうなんて身勝手なことは許されません。

支援団体の構成員や会員は猛省し、いったん解散して、改めて「カルデロンさんに必要な罰を受けさせた上での、カルデロンさん一家の支援を行う」という感情と思考を持って支援団体を結成する。
訴訟を起こした弁護士は、弁護士資格を返上して、違う職場で生きていくこと。

まだまだ日本人には民主主義は不適切なんだなぁ、と知らされた事件でした。

わくわく44様

丁寧なレスありがとうございます。
ワタシの低知能程度にあわせていただき、解り易いレスで感謝しています。
もとより、無知で肌感覚をたよりに戯れ言を振り回すワタシ(ここのブログ主様のように謙遜ではなくホントの無知です、笑)と博識のわくわく様では議論にならないと思いますが、申し訳ありません。

ワタシのなかの「善い」とは「良い」とか「正しい」じゃなくて、本質的な「善い」です。国やら人によってバラバラであるものではなく真理である「善い」です。具体的になんだ、と聞かれても「善い」としか答えようがありません。
でも「全ての人が善く生きられる」なんて夢のようなことを言っていてもしかたありませんね。現実はわくわく様の仰る通りです。でも、いくら現実がそうだからといって夢みずにはいられないのがドリーマーと言われる所以です(笑)。

法の意義として
>『表出化・明文化によって、共通認識を醸成する』ことに最大の意味<
ってのは、なるほど、と思いました。ご教授ありがとうございます。人間を規制するものではなく「共通認識を醸成する」ものなんですね。勉強になります。
でもバラバラであるからこそ共通認識を醸成しなければならない、と考えると、やはり、ある者にとっては「規制」と感じてしまうかもしれませんね。それだからこそ「完成」ではなく「醸成」ですね。言い得てますね。バラバラだった認識を少しづつ醸成して、つまり徐々につくりだして、より深く味わいのあるものにするってイメージを想起させます。
 ワタシは前のコメントで「法律の限界」といいましたが、もしかしたら全ての法律というのは「醸成中」のような気がしてきました。多くの人間がバラバラだからこそ、いつまでたっても「醸成中」でもし完成したならば、つまり完璧に全ての人間の共通認識になったならば飲み干してなくしてしまってもいいというイメージです。つまり今ある法律は未完のもの。
 今回のカルデロンさんの件も「醸成中」なのだと思います。みなが認識を出し合い、さらに熟成させようとしている。法務省さえも法律の完成を目指して、今ある醸成中の法律を固持するのではなく、新たにエッセンスを入れた。弁護士も支援者もブロガーもさらに熟成させようとしている。で、いいんではないですか? もちろんわくわく44様もね。

>「法」はいらないと言っているのと同じですから<
どうも、わくわく44様は、「0か100か」「白か黒か」「オールかナッシングか」と言ってしまっているような気がしています。まさか、わくわく様と意見を異とするものを全否定される訳ではないですよね。ワタシは、わくわく様と、わくわく様と意見を異とするものの違いは「ほんの少し」のような気がします。だれも、カルデロンさんを救うために、全ての法律をなくせばいい(全否定しよう)とは思っていない、と思います。否定ではなく、むしろ、わくわく様が言われた「醸成」しようとしていると考えます。

それは、人間としても醸成されて、真理としての「善」を知ろうとしているのかもしれないな。いや、ちょっと違うか・・・な?

おめでとうございます。

http://www.gmanews.tv/story/152403/DFA-to-help-Pinoy-family-facing-Japan-deportation
http://www.mb.com.ph/node/198570
フィリピン本国政府が動き出しました。
これでカルデロン(仮称)一家も晴れてフィリピン本国に帰れますね。
日本に引き留める理由もなくなってめでたしめでたし。
これにて一件落着。

dr.stonefly様

>具体的になんだ、と聞かれても「善い」としか答えようがありません。

そうですよね?自分で説明できないものを、他人と共有するなんて、神業ですよ。だからこそ、「悪意がないのに対立する」ことが不幸にして起こってくることもあるのです。

>でも「全ての人が善く生きられる」なんて夢のようなことを言っていてもしかたありませんね。

別に夢を否定するつもりはありませんよ。「全ての人が善く生きられる」ことを目指すのは、私は貴いことだと思います。理想がなければ、現状の問題を解決するモチベーションは生まれないわけですから、理想を抱く(ドリーマーであること)は、今の若い人たちにこそ、むしろ抱いて欲しいとさえ思っています。

ただ、「全ての人が善く生きられる」ことがあったとしても、「善と善との矛盾・葛藤」が起こることもある。先ほども申したように、「善」を言葉で説明することは困難であり、また、「善」の統一的な真理とは何か、などというのは、人類は見つけ出しているわけではありません。そこが「性悪説に基づく『法』」の出番じゃないかと思うわけです。そのあたりの話になろうかと思いますね。

>でもバラバラであるからこそ共通認識を醸成しなければならない、と考えると、やはり、ある者にとっては「規制」と感じてしまうかもしれませんね。それだからこそ「完成」ではなく「醸成」ですね。言い得てますね。バラバラだった認識を少しづつ醸成して、つまり徐々につくりだして、より深く味わいのあるものにするってイメージを想起させます。
>ワタシは前のコメントで「法律の限界」といいましたが、もしかしたら全ての法律というのは「醸成中」のような気がしてきました。

話はずれますが、『多数決の原理における少数の尊重』について、私の考えを開陳します。通説でもない少数意見ですので、これは軽く捉えておいてください。
「少数の尊重」とは、「マイノリティの保護」という消極的なものも含まれますが、私は積極的に捉えて「正しさは多数決では決まらない」という意味において、「少数が示した真理を、多数が理解し、納得し、受け入れて、それを多数意志とする」、つまり「コンセンサスの醸成」こそが合議制による民主主義の最大のポイントになると考えています。

>今回のカルデロンさんの件も「醸成中」なのだと思います。みなが認識を出し合い、さらに熟成させようとしている。法務省さえも法律の完成を目指して、今ある醸成中の法律を固持するのではなく、新たにエッセンスを入れた。弁護士も支援者もブロガーもさらに熟成させようとしている。で、いいんではないですか?

絶対にダメです。言語道断と言ってもまだ言い足りないほど、バカな感情と思考を抱き、実行しています。

いいですか?カルデロンさんは不法入国・不法滞在をしたのですよ?日本はフィリピン人に入国許可を出さない国ではありません。私の知人でもフィリピンから来た人はいます。ちゃんと正規に入国して、ワーキングビザも取得して、何らやましいことなく生活を営んでいます。職場や友人、近所の人々の信用を得て活躍していますよ。

もちろん、入国許可には条件があり、カルデロンさんは、不法入国・不法滞在でなければならない事情があったのかも知れません。
でも、それを言い訳にして「ペナルティを科すな!特別在留許可を与えろ!」となったら、現在あるいは将来の外国人入国や滞在を、全部無条件で認めないといけません。もちろん、ビザ発給も廃止、パスポート不携帯の外国人も自由に入国可能。
カルデロンさんの件で私とは異なる感情や思考を抱く人というのは、これらを無条件で認め、それによって引き起こされることについて全責任を負う気があるのか、それを問われることになります。

つまり、dr.stonefly様のお言葉を借りれば、支援者や弁護士は、「新たにエッセンスを入れた」どころではないのです。「今ある醸成中の法律を捨てて、違うもの、しかもいかがわしいものを作ろうとしている。」のです。

>どうも、わくわく44様は、「0か100か」「白か黒か」「オールかナッシングか」と言ってしまっているような気がしています。

その言葉は、愚樵さんのように、「もしのり子さんだけが在留した場合、本来は強制送還された者には5年間認められない再入国を、両親については“柔軟な対応もあり得る”との考えを示した」と、なんとか突破口を開こうとした森大臣や法務省の方々の努力について『なんなのでしょう?この卑劣な譲歩の仕方は?』と思考したり、感情を抱いた人に向けて言う言葉であって、私には微塵も該当しません。

>ワタシは、わくわく様と、わくわく様と意見を異とするものの違いは「ほんの少し」のような気がします。

カルデロンさんの国外退去処分に反対した段階で、まったく正反対です。

>だれも、カルデロンさんを救うために、全ての法律をなくせばいい(全否定しよう)とは思っていない、と思います。

本人にはそのつもりはないのでしょう。
でも、カルデロンさんを救うために、カルデロンさんに特別在留許可を求める思考や感情を抱いた点で、「全ての法律をなくせばいい」という思考や感情を抱くのと同じなのです。
気づいていないならば、罪はありませんが、こういう指摘を受けたら、ただちに反省して認識を改め、「いったんは国外退去というペナルティを受け入れてくれ」という思考および感情を抱く責任があります。これをしない、あるいは嫌悪したり批判する思考と感情を抱くならば、日本から出ていくのが義務です。日本国は法治国家です。私のこの発言や態度を、批判したり嫌悪するような人たちが住む国ではありません。

ちなみに、法治主義とは、文面だけの遵守を意味するのではありません。「法」には、「立法者意思」があります。「なぜ、この法ができたのか。この法が求めるものは何か。」を探究して、その目的に近づくように解釈して適用する。このため、文理解釈のみで正当化されるわけではありませんが、当然のことながら、明らかな法律違反をしても良いというのではありません。

つまり、どんなに好意的に解釈しても、カルデロンさん一家に関しては、森大臣が示したラインで、本人はもとより、支援者や弁護士も、納得し、感謝する義務がありますし、それを否定したい感情や思考を抱くならば、日本国民をやめる義務があります。
何度も言いますが、日本国は法治国家ですから。

良かったですね!!

フィリピン外務省が声明を出してます。
祖国で支援してもらえるみたいですよ。良かったですね!!
いつの日か正規の入国をして日本で暮らせるようになるといいですよね(^_^)

http://www.gmanews.tv/story/152403/DFA-to-help-Pinoy-family-facing-Japan-deportation

“The DFA and other concerned agencies are ready to extend humanitarian and other (forms of) assistance to the Calderon family,
including their re-integration into Philippine society, contingent on the results of the proceedings under way
in Japan with respect to that country’s implementation of its laws," said DFA undersecretary for migrant workers affairs Esteban Conejos Jr. in a statement on Thursday.

「日本国法令の適用に関連して同国で実施される手続きに沿って、外務省および関係機関はカルデロン一家にフィリピン社会への再同化支援を含む、人道的、そのほかの援助を行う用意がある。」
とエステバン・コネホス・ジュニア・フィリピン外務省移民労働担当次官は木曜日に声明の中で述べた。

えっと…

<法務大臣の特別在留許可と法規について
えっと、要は「国際法の国家主権論と、国際社会の慣習法である国籍法や入管管理法」に沿って、
日本のこれらの法律を放棄するのは、国際的、日本と在民の利益と権利維持上、
現在の国際社会においてはありえない。
そして、法自体を変える事に合理性や妥当性・正当性がないのであれば、
法の意味と存在の確保の為に、「目的」や「現実的運用」と反する部分については、
厳格に対処し、法律で明記されておらず、前例(前例=法:伝統法:慣習法)として、
意味を持たない分野での抜け道的対応をする必要がある。

と言う事でよろしいでしょうか?

「子供の権利を守る」為に「親の事情で12年日本で暮らし、日本語しか話せない」子供の権利の保護は必要だが、
「不法入国」と言う罪状は現状、維持されるべき物であり、
それについての罰則と対応について、「子供が日本でしか暮らせなくなっていれば不問」と言うだけで、
前例を作る事は、法治と現実対応上、無法と変わらない。と…。
まぁ、そこは確かに言われればそうですね…。
前例にするしかないのは、明文化出来るような物ではないから、と言う事ですかね…。
(オーバーステイなども考慮するべき件はいろいろあって難しいでしょうし)

現在の生活維持の抜け穴…経営。技能の在留資格辺りが抜け穴になるかどうかですね…。
ただ個人事業とか認めるとまたややこしいんだろうか…。

まぁ、国連主導で国境廃止を推し進めでもすれば、国際社会的にも「時代錯誤の法」になるんでしょうが・・・。

カルデロン一家支援者と賛同者達はフィリピン共和国を
これ以上はない形で愚弄・侮辱し
カルデロン一家は彼等の同胞である在日フィリピン人
(真面目に生活している人限定)に
泥を塗りまくった事が、これではっきりした訳ですが・・・。

カルデロン一家は日本から立ち去れ

わくわく44様

愚礁さん

度重なる庭先での長居、何卒お許しのほど…(ガハハハハh)。


わくわく44様

無知なドリーマーのために貴重なお時間を割いて頂き申し訳ありません。もう一つ告白するならワタシは「イマジン主義」(笑)で、この点においてもわくわく様とは両極に立っているのかもしれません。わくわく様は鬱陶しさを感じておられると思いますが、それでもご教授いただける熱意にやはりレスせずにはおられません。レスする気持を持たせて頂けるわくわく様に感謝します。

>神業ですよ。

そうですね。真理としての「善」というのは形而上のものかもしれない。それでも、それを追求して実践しようとすることが、人間が存在する意義だと思っています。

>私は積極的に捉えて「正しさは多数決では決まらない」という意味において、「少数が示した真理を、多数が理解し、納得し、受け入れて、それを多数意志とする」、つまり「コンセンサスの醸成」こそが合議制による民主主義の最大のポイントになると考えています。

素晴らしい。両極のわくわく様とワタシの共通認識が一つもてたことを確認できました。こういう確認は大切ですね。


今回のケースでワタシは愚礁さんとちがい、法務省の態度を、彼らの立場上「卑劣」とまでは言えないと思いますが、日本に生まれ育ち家族とともに日本に居たいというのりこさんのことを思うと、法務省の立場を保ちながら一週間ぐらいでもとの生活に戻れる手配をしてあげたらいい、とは思っています。
醸成中の未完成の法律をどういう角度から完成を目指そうというのは、
>「今ある醸成中の法律を捨てて、違うもの、しかもいかがわしいものを作ろうとしている。」
という、わくわく様の意見も含めて、それぞれの意見があり、それに則って行動してもいいと思っています。
誰も「いかがわしいもの」を作ろうとは思ってないと考えます。

あまりに抽象的なことばかりでは申し訳ないので、今回のカルデロンさんのことについて、ワタシが考えたことを書きます。
上のほうでコメ欄TBのエントリーにも書きましたが、カルデロンさんの「不法滞在」で具体的にイメージしたのは、日本にいる青カン…失礼、ホームレスの存在です。
私有地か公共の場所しかない日本にとって、ホームレスがどこかに居るというのは違法であり、不法滞在です。実際に違法として日常的に公園や路上から追い出されています。憲法25条をもとにした法律は機能していません。
何故ホームレスがいるか?それは法律では対応できない「日本の社会の歪み・矛盾」から排出されています。ここでワタシは「法律の限界」という言葉が浮かびましたが、わくわく様に教授された「法律は醸成中」ということも言えると考えました。
ホームレスを排出する「日本の社会の歪み・矛盾」は日本に住み社会を構成するワタシたち一人ひとりが作り出しています。その一人としての自覚により、法により公園からホームレスを追い出す行為に身をもって抵抗してきました。つまりワタシも違法者となるでしょう。
>明らかな法律違反< でも納得できないものは納得できません。
ワタシは今回のカルデロンさんの不法入国、不法滞在が日本のホームレスに重なって見えました。つまり、「世界のなかの歪み・矛盾」です。それが望みならば「家族で日本で生活させてあげたい」というのは、世界のなかで「歪み・矛盾」をつくっている一人の人間としての「思い」です。

>日本から出ていく義務

ワタシもよく「国旗国歌を『強制』するな」といい、「日本をでていけ」と言われます(笑)。でも、熟成中の未完成なものが法律ならば、日本も熟成中の未完成な法治国家ではないでしょうか。未完成な法治国家という自覚があれば、「出て行け」というのはあまりに排他主義ではないかと考えます。両極とその中間にいる人が存在してはじめて、醸成中の法律はより完成度の高り、熟成中の法治国家もより味わいのある法治国家になるのではないでしょうか? ワタシはそう考えて居ります。
もちろん、わくわく様の立ち位置の方も必要である、ということは最初から申し上げています。

>感情を抱く責任があります。

どうもこういう言い回しが、わくわく様の誤解を招くのかな? それとも誤解じゃないのだろうか?
「感情を抱く責任」というのは、相当違和感を感じます。なんとなく隣国で北の方の国をイメージさせますが、わくわく様は、そんなイメージをもち「違和感を抱く」ワタシを否定されますか?
わくわく様だけではなく、個々がそれぞれの体験や思索から、この国や世界をよりよくしようと考え、発言、行動していると考えています。
日本は、わくわく様の独裁国家ではないですよね。
>私のこの発言や態度を、批判したり嫌悪するような人たちが住む国ではありません。<
と、言い切って「排除」してしまえば、醸成はそこでストップすると考えています。

繰り返しますが、日本は醸成中、つまり未完成の法治国家ですよね。


こんにちは、はじめまして、
詳しい方が多そうなので質問させてください。

このカルデロンさんは、どうやって住民票とかを登録したんですか?
不法入国して、日本人(もしくはその筋に詳しい同国人)の協力がなければ、こんなにうまく不法滞在を続け、ここまで不法滞在が長引くこともなかったのではないかと思います。

入国当時は日本語すらままならないふたりがどうやって戸籍を取ったんですか?あまり、言及されていないようですが、気になります。
仕事をして、子供を産み、子供を学校に行かせるには、戸籍が必要ではないのですか?
なんらかの抜け道があるのですか?ただでさえ、無戸籍の子供(日本人でありながら)の問題があるのに、不法滞在者が簡単に戸籍が取れるんでしょうか?
とても不思議です。

私は基本的に退去させることには賛成です(感情的には家族離散させるのは、かわいそうなので反対ですが、法を守ることの大切さが感情を上回ります)。

不法入国し、不法滞在を続け、運よく子供が学校にいけ子供が日本語しか話せなければ、その不法入国が認められ、正規滞在権がもらえるのであれば、なんとかしてその方法を探す人も増えると思います。そんな方法があるなら、何のために不法入国、不法滞在が禁じられているのかわからなくなります。

もちろん法をすべてを守って生きている人なんていないと思います。私だっていくつか些細な違法行為はしているでしょう(車の運転などで)。しかし、それらが見つかったときは、納得いかなくても、例え、法がおかしいと思っても、従わざるを得ません。それは法だからです。それによって秩序が守られているからです。たとえば親の死に目に会えないとか、個人的にどうしても納得行かなくても法は法、そんなもんなのでしょう。

重ねて、「法務省は卑劣」

結局、カルデロン一家は長女のみ残留の入管の提案を受け入れたそうです。

この結果については、私は論評はしません。この決断は彼らが下したものですから、私としてはそれを尊重するだけです。

ですが、法務省の対応が卑劣であったという感想は変わりません。理由は簡単。親子が別れるという決断を迫ったからです。そのような決断は、自主的に下せと迫るものではない。日本が法治国家であり、法の秩序を重んじなければならないというのであれば「自主的な決断」など求めなればよいだけのこと。中途半端は温情は、温情として機能しない。そのことを理解できないがゆえの温情であったなら、卑劣を愚劣に置き換えるだけのこと。

実際、特別入国許可にどれほどの意味がある? 家族が再会するならば、日本でなくてもよい。長女がフィリピンへ渡ればよいだけの話だし、そのときいちいち法務省にお伺いを立てる必要も無かろう。

特別入国許可が、短期のものでないのなら話は別だ。一端国外へ退去して、改めてフィリピンでビザを取得して就労許可を与えるというのであれば、それは温情だと認める。けれども、法務省の提案はそういった内容ではまったくない。

3人を国外退去と法務省が「決断」を下すにしても、温情の示しようはある。フィリピンに存在するはずの日本人学校へ入学できるよう取りはからってやればよい。この取り計らいは政府でなくても出来るはずだが、政府が取りはからうことで、たとえ不法入国であったとしても、日本の地域に暮らす住民として日本を支える役割を果たした夫妻が、わずかなりとも誠意を示すことが出来る。法務省に一切なかったのは、この夫妻が日本に貢献していたという事実を認める姿勢だ。

また、前例云々という話もあるが、これもおかしい。法務省に裁量の権限がある以上、前例は法務省が認定すればよいだけの話。たとえば、蕨市議会は一家残留を求める意見書を採択した。これなど前例のないことだし、今後立て続けの同様の決議が出るとは考えにくい。法務省が前例を破るための大義名分がなかったわけではない。

繰り返していうが、法務省は卑劣である。日本国内にいることが認められない者に、国内で日本に貢献させてしまうというミスを犯した。これは詭弁ではない。法務省の論理に従えば、夫妻は日本に貢献してはいけなかった者たちのはずだ。それを貢献だけは受け取っておいて、それを認めもせずに退去させる。しかも、決断することが酷な決断をせよと迫りながら。

法などというものは、秩序を守るための殻にすぎない。いくら殻が立派でも、殻を満たす内容物がなければ殻になど何の意味もない。夫妻は間違いなく、日本国という殻の中の内容物を満たすことに貢献していた。

dr.stonefly様

>という、わくわく様の意見も含めて、それぞれの意見があり、それに則って行動してもいいと思っています。
>誰も「いかがわしいもの」を作ろうとは思ってないと考えます。

だからですね、「思っているかどうか」が問題なんじゃないんですよ。「実際に出来上がるもの」が問題なのです。そしてそれは「いかがわしいもの」ですよ。現在の法律をなし崩しにしてしまうんですから。

>私有地か公共の場所しかない日本にとって、ホームレスがどこかに居るというのは違法であり、不法滞在です。実際に違法として日常的に公園や路上から追い出されています。憲法25条をもとにした法律は機能していません。
>何故ホームレスがいるか?それは法律では対応できない「日本の社会の歪み・矛盾」から排出されています。ここでワタシは「法律の限界」という言葉が浮かびましたが、わくわく様に教授された「法律は醸成中」ということも言えると考えました。
>ホームレスを排出する「日本の社会の歪み・矛盾」は日本に住み社会を構成するワタシたち一人ひとりが作り出しています。その一人としての自覚により、法により公園からホームレスを追い出す行為に身をもって抵抗してきました。つまりワタシも違法者となるでしょう。

大変申し訳ないですが、「誰がどの法に反しているのか」が不明確であるので、おっしゃりたいことが理解できません。主語を明確にして、法律なり政策なりを具体的に記載していただけないでしょうか?
そうでないと、次のカルデロンさんがホームレスとダブって見えたということの意味がわかりません。

>でも、熟成中の未完成なものが法律ならば、日本も熟成中の未完成な法治国家ではないでしょうか。未完成な法治国家という自覚があれば、「出て行け」というのはあまりに排他主義ではないかと考えます。

まず「法」と「法律」は違います。その基本認識ができていなければ、話になりません。
その基本認識がしっかりできれば、法律が未完成であることと、法治国家が未完成であることがリンクしないものであることは、すぐにわかります。

法治国家で最も重要なのは「法が機能すること」であって、「法律そのものが成熟しているか未熟なのか」は、特に関係はありません。
「法を以って統治する」という仕組みであり制度が、人々の同意と理解を得られているかどうかが最も重要な要素です。
法律が未熟というのは、「法が予期していなかったために、カバーしきれていない」という技術的な問題です。
従って、「法治を認めないなら、日本から出て行け」は排他主義ではありません。

>両極とその中間にいる人が存在してはじめて、醸成中の法律はより完成度の高り、熟成中の法治国家もより味わいのある法治国家になるのではないでしょうか? ワタシはそう考えて居ります。
>もちろん、わくわく様の立ち位置の方も必要である、ということは最初から申し上げています。

どんなに完成度が低い、穴だらけ欠陥だらけの「法律」でも、「法治」が機能していれば、穴だらけなりに、欠陥だらけなりに、「法律」は一応機能します。
しかし、どんなに完成度の高い、再考の余地がない法律が成立しても、「法治」が機能しないのであれば、その「法律」が機能することはありません。
ゆえに、「法治」に関しては、私とは異なる人の存在を絶対に許されてはならないのです。

>どうもこういう言い回しが、わくわく様の誤解を招くのかな? それとも誤解じゃないのだろうか?
>「感情を抱く責任」というのは、相当違和感を感じます。なんとなく隣国で北の方の国をイメージさせますが、わくわく様は、そんなイメージをもち「違和感を抱く」ワタシを否定されますか?

dr.stonefly様がイメージされている国の方が、むしろ「感情を抱く責任」など生まれません。「感情を抱けないなら、洗脳するか殺す」で十分だからです。
主権在民にあっては、ひとりひとりの認識、行動、思考と感情こそが重要となります。原理原則から外れるものを認めることは、主権在民そのものを否定する思考であり感情であるのであって、これを否定する論は、この世には存在しないのです。民主主義は、主権者たる国民にとって、最も厳しく、最も大変なイデオロギーです。それが嫌なら民主主義を捨てることです。

>>私のこの発言や態度を、批判したり嫌悪するような人たちが住む国ではありません。
>と、言い切って「排除」してしまえば、醸成はそこでストップすると考えています。

これでストップするようならば、法治をやめることです。なぜなら、その文言は、残念ながら、法治を完成せずとも良いと言っているのと同じだからです。

>繰り返しますが、日本は醸成中、つまり未完成の法治国家ですよね。

法律は未完成でもいいのです。過去に気づかなかったことは、現在修正すればいい。今見つかった課題は将来に向けて直せばいいのです。
でも、法治が未完成であるならば、完成するためにこそ、法治の原則を外れるような思考や感情は、絶対に抱いてはいません。こういう感情や思考を抱きたいなら、法治ではない国や地域で過ごす義務があります。

許せない

>一端国外へ退去して、改めてフィリピンでビザを取得して就労許可を与えるというのであれば、それは温情だと認める。けれども、法務省の提案はそういった内容ではまったくない。

そうじゃないんだ。一週間で帰ってきて元の生活に戻れるって話じゃないんだ。日本国はそういう手配をしたんじゃないんだ。そんな無慈悲なことをするんだ。それは許せないな。

愚樵さん、度が過ぎる

>そのような決断は、自主的に下せと迫るものではない。日本が法治国家であり、法の秩序を重んじなければならないというのであれば「自主的な決断」など求めなればよいだけのこと。中途半端は温情は、温情として機能しない。そのことを理解できないがゆえの温情であったなら、卑劣を愚劣に置き換えるだけのこと。

愚樵さん、愚劣で卑劣なのはあなたの方です。
最大限の温情をした人に対して、中途半端と発言し、卑劣だと感想を抱くとは、人間として間違っています。

「自主的な決断」の意味がわかっていますか?
日本政府はカルデロンさんを、有無を言わさず、縄や手錠で縛って強制送還することもできるのですよ?
それを「自主的な決断での退去」を求めたというのは、カルデロンさん悪者になってもらいたくないからだ。
本当にカルデロンさんが悪人なら、「自主的な決断での退去」どころじゃない、それこそ有無を言わさず強制送還だよ。
「法を犯したのに開き直り、反省の態度を微塵も見せない。」のと「法を犯したからペナルティを受ける。でも、カルデロンさんは悪人ではない。」のとでは、どちらがカルデロンさんにとって良いことか、それを考えたことはあるのか?
それを卑劣とは、愚樵さん、あなたは自分がどれだけ「秩序」を破壊する思想を抱いているのか、その自覚はあるのか?猛省を求める。

>特別入国許可が、短期のものでないのなら話は別だ。一端国外へ退去して、改めてフィリピンでビザを取得して就労許可を与えるというのであれば、それは温情だと認める。けれども、法務省の提案はそういった内容ではまったくない。

カルデロンさんは、まだ処分を受けたばかり。そんな状態で、そこまで言及できると思っているのか?
いくら悪人ではないとはいえ、カルデロンさんは、偽造パスポートで入国したという、「犯罪行為としては悪質なこと」をしてしまっている。
改めてフィリピンでワーキングビザを取得して再来日するためには、それこそ、しばらくの間は様子見をしないといけない。カルデロンさんは幸運にも悪人ではなかったが、これがもし、本当に悪人ならば、愚樵さんの思考こそが糾弾されてしかるべきになる。
厄介なことに、カルデロンさんに対して愚樵さんの感情を実現してしまったら、その他のタチの悪い人にも同じ扱いをしなければ、「法の公平性」など喪失してしまう。そこまでのことを考えて、そのような感想を抱いたのか?もし、そうだとしたら、法務省よりも愚樵さんの方が遥かに愚劣だと言わないといけなくなる。これが客観的な事実だからだ。

>たとえ不法入国であったとしても、日本の地域に暮らす住民として日本を支える役割を果たした夫妻が、わずかなりとも誠意を示すことが出来る。法務省に一切なかったのは、この夫妻が日本に貢献していたという事実を認める姿勢だ。

はっきり言って言語道断。
愚樵さんは、日本に貢献しなければ、日本に住む権利がないとでも言うつもりなのか?
日本に貢献してくれるのはありがたいが、日本に貢献するしないは日本に住む権利の要件ではない。日本の法を遵守して生活を営み、日本の法に違反すれば、そのペナルティを科せられる。これが日本に住む権利の条件である。
このことは、「税金を納めているのに選挙権がない」ということが絶対に肯定されないのと同じだ。
これがなぜ、絶対に肯定されないのか。「税金を納めていない人には選挙権はない」と言っているに等しいからである。日本は納税しようがしまいが、日本国民ならば選挙権を有する。つまり、納税は選挙権を得るための条件ではない。
ゆえに、この感情および思考も、私が要求するものに修正するのが、愚樵さんの不可避の責任である。

>また、前例云々という話もあるが、これもおかしい。法務省に裁量の権限がある以上、前例は法務省が認定すればよいだけの話。

これは完全に誤解している。
『カルデロンさんに特別在留許可を出すこと』が前例となるのである。政治的迫害を受けたり、難民になったわけでもない、偽造パスポートを使用しての入国という、弁護の余地がない犯罪行為を犯した人に対して、ノリコさんのためだけに特別在留許可を出してしまえば、それが前例となり、今後、同じケースで特別在留許可を出さないといけなくなる。
そうなれば、カルデロンさんの前例を「悪用」されても、それを取り締まることは困難を極め、やがては入国管理法も有名無実の法となって、日本国の治安に多大な影響を与えることになる。
愚樵さん、あなたは、カルデロンさん一家に対する措置に不満で、完全に冷静さを欠いている。反省を要求する。

>繰り返していうが、法務省は卑劣である。日本国内にいることが認められない者に、国内で日本に貢献させてしまうというミスを犯した。これは詭弁ではない。法務省の論理に従えば、夫妻は日本に貢献してはいけなかった者たちのはずだ。それを貢献だけは受け取っておいて、それを認めもせずに退去させる。しかも、決断することが酷な決断をせよと迫りながら。
>法などというものは、秩序を守るための殻にすぎない。いくら殻が立派でも、殻を満たす内容物がなければ殻になど何の意味もない。夫妻は間違いなく、日本国という殻の中の内容物を満たすことに貢献していた。

だったら、愚樵さんは、今後不法入国してくる外国人に対して全責任を負うと宣言するのか?
ここまで怒るぐらいなんだから、政府やわれわれにその責任を負わせるという卑怯な思考や感情は、まさか抱かないよな?ちゃんと愚樵さんと支持者だけで、全責任を果たしてくれ。それができないというなら、発言の全部を撤回せよ。
反対者を批判非難した中には弁護士もいるようだから、心配はあるまい。君たちだけでやってくれ。間違っても税金を使ったり、私たちを巻き込まないように、いいね!!

どうも、ありがとうございました。

わくわく様
もう、ワタシのほうから、申し上げることはありませんので、終わりにします。


愚礁さん
なんだか、ながながと庭先で長居しちゃって申し訳なかったね。
柄になく謙虚風味をだしちまったうえに議論なんてしようとしたから窒息しそうだったよ。やっぱ肌感覚だけじゃ議論はキツいな。
なんであれ一家離散はよくない。
法治だろうが何だろうがよくない。
一家離散も仕方がない、なんて淡々と言えるヤツが沢山いる息苦し国ってことがよく解った。いや、青カンの追い出しに対峙していたころから解っていたんだけど、再認識することになったな。
寂しいもんだ。
でも、一方でカルデロンさん一家を護ろうとする人も沢山いるってことも解ったから諦めはしないさ。
あとはどんな形であれ、一日も早くカルデロンさん家族が家族として生活できることを願うばかり。

三人纏めて帰国すれば何の問題もない。

一家離散もカルデロン夫婦が偽造パスポートを使って不法入国しなければ
問題が発生しなかったわけで
こちらが文句を言われる筋合いはないのであります。

っていうか、フィリピン共和国の存在はスルーですか。

度が過ぎるのはお互い様

わくわくさん

法は必要だが、過度の法治主義はかえって法秩序を損なう。私はアナーキズムに傾斜している傾向があると自覚しているので、わくわくさんの「度が過ぎる」という批判は甘んじて受けるが、それは法家思想の権化のごときあなたも同じこと。そこを自覚しているか、していないかの差が文章に表れていますよ。

日本政府はカルデロンさんを、有無を言わさず、縄や手錠で縛って強制送還することもできるのですよ?


私はむしろ、それをやればよかったと思っています。もちろん、そんな暴挙に出れば批判はしますが「卑劣」とは言わない。以前申し上げたはず。それはそれで「信」を置く、と。

それを「自主的な決断での退去」を求めたというのは、カルデロンさん悪者になってもらいたくないからだ。

それは論理矛盾でしょう。法務省は、彼らが法を犯した「悪者」だから強制送還しなければならないと決断したはず。法務大臣も「情」に言及はしたが、あくまで「悪者にも情はある」という程度のもの。本当に彼らを悪者にしたくなければ、自分が悪者の役割を引き受ければよい。その覚悟すらも法務省にはなかった。だから「信」をおけないと言っている。

愚樵さんは、日本に貢献しなければ、日本に住む権利がないとでも言うつもりなのか?

まさか。わくわくさんがそのように捉えるのは、私がその論理を提出した前提を無視されているから。私は「法務省の論理に従えば」と述べています。その上で、彼らの日本での生活を「貢献」と表現した。地域にとっては、人間が平穏に暮らしていることそのものが貢献。納税であるとか、有権者とか、そうした法的に捉えられる概念とは別です。わくわくさんはリーガルマインドは素晴らしいが、それゆえに法の範疇から外れる事柄は捉え損なう傾向がありますね。

>『カルデロンさんに特別在留許可を出すこと』が前例となるのである。

もちろん、そうですよ。前例を作るには前例を作るだけの大義名分があればよいはずと申し上げている。そして、その大義名分をキチンと定義づけることで、よりきめ細かな法運営の基準が出来上がるし、それを行うのが行政の役割でしょう。

>そうなれば、カルデロンさんの前例を「悪用」されても、それを取り締まることは困難を極め、やがては入国管理法も有名無実の法となって、日本国の治安に多大な影響を与えることになる。

行政が明確な法運営の基準を定めることを怠ればそうなるでしょうが、役割をしっかり果たせば十分に防げるはず。それとも、わくわくさんは法務省にはそうした能力はないとお考えか?

>だったら、愚樵さんは、今後不法入国してくる外国人に対して全責任を負うと宣言するのか?

お決まりの脅し文句ですね。私は法務省に、キチンと役割を果たせと要求しているに過ぎないし、それは国民として当然の権利であるはず。キチンと役割を果たす中には、カルデロン夫妻のような違法入国者は、水際で厳しく取り締まるべきという意見も包含している。

この点については少したとえ話で話をしましましょう。人間を犬猫にたとえるのは失礼だが、カルデロン夫婦を犬とでもすると、犬を飼うならば飼い主はキチンと管理しておく必要がある。ここで飼い主とは当然、入国管理局。飼い犬の管理とは、去勢をするといったような処置で、これは水際での違法入国取り締まり。こうした処置をキチンと施しておかなければ、犬は“自然に”子犬を生む。そうなると飼い主は、当然生まれた子犬に対して責任を持たなければならない。

カルデロン夫婦と犬とが違うのは、子犬が生まれた時点で去勢手術することは、犬はさらに子犬を生むので有効だが、彼らの場合はそうした心配はないので、子どもが生まれてからの処置には有効性がないということ。そして、人間は犬よりも遙かに子どもである期間、つまり親を必要とする期間が長いということ。

今の時点での「処置」は、犬に例えれば、乳を飲まさなければならない子犬がいるにもかかわらず、去勢手術のために親犬を病院に入院させるようなもの。法の秩序のみに拘ってしまえば、生命が自然に有する秩序を損なっても気がつかない。生命の営みを損なう法秩序は、法秩序としての意味がない。私が主張しているのは、法秩序よりも上位の秩序があるということであって、そのことは法秩序そのもののでも確認されている。「子ども権利条約」とは、そうした「確認」のひとつだ、ということ。

なるほど

>お決まりの脅し文句ですね。

不可能なことが解っているから脅しに感じるのですな。

人権のためなら犯罪は容認されるというレトリック

子ども権利条約も何もない。
親子揃って母国へ帰国するという選択肢を捨てた彼等の問題なのである。

そして、彼等の面倒を見るのはフィリピン共和国の責任であって
不法入国という犯罪被害を受けた日本国と我々日本国民の責任ではないのであります。
ここのところをはき違えないでいただきたい。

お互い様じゃないよ。

愚樵さん

>法は必要だが、過度の法治主義はかえって法秩序を損なう。

この程度で「過度」なんか言っていたら、今後すべての不法入国を認めないといけなくなる。従って、「過度」という評価は不当。

>わくわくさんの「度が過ぎる」という批判は甘んじて受けるが、それは法家思想の権化のごときあなたも同じこと。

法家思想の権化?この程度で法家思想の権化なら、裁判官なんて、究極の法家思想だね。発言の撤回を要求する。

>>それを「自主的な決断での退去」を求めたというのは、カルデロンさん悪者になってもらいたくないからだ。
>それは論理矛盾でしょう。法務省は、彼らが法を犯した「悪者」だから強制送還しなければならないと決断したはず。法務大臣も「情」に言及はしたが、あくまで「悪者にも情はある」という程度のもの。

不正解。法律違反=悪者とすることが根本的に誤り。
強制送還は、あくまでも法を犯したからであって、カルデロンさんが悪者だからではない。そして法務大臣は「悪者としてカルデロンさんを見ている」わけではない。あくまでも「法は犯したが、悪者ではない」という前提での温情を示しただけ。カルデロンさんが本当に悪者であるならば、温情など示さない。

>本当に彼らを悪者にしたくなければ、自分が悪者の役割を引き受ければよい。その覚悟すらも法務省にはなかった。だから「信」をおけないと言っている。

この時点で、愚樵さんは2つの重大な失点をしている。

1つめは、カルデロンさんを悪者にしないことと、法務省が悪者にならないことが両立しないと捉えられる発言をしたこと。
法務省が悪者になる必要はどこにもない。カルデロンさんが、自分の行為に対してきちんとペナルティを受けるか受けないか。ただそれだけが、カルデロンさんが悪者になるかならないかを決する条件。
従って、この件を理由に、愚樵さんが法務省に「信」を置けないというのは、完全に不当かつ不正な感情でしかない。

2つめは、愚樵さんの発言内容を実現した場合、『日本国憲法を遵守せずとも良い』という社会を形成する危険性が極めて高い。
つまり、基本的人権も何も日本国からは「保障」がなくなる。すべて「自生的秩序」で保護されるという確証があるならばともかく、その確証がないなら、愚樵さんが責任を持って保護してください。

>まさか。わくわくさんがそのように捉えるのは、私がその論理を提出した前提を無視されているから。私は「法務省の論理に従えば」と述べています。その上で、彼らの日本での生活を「貢献」と表現した。地域にとっては、人間が平穏に暮らしていることそのものが貢献。

『日本に貢献してくれるのはありがたいが、日本に貢献するしないは日本に住む権利の要件ではない。日本の法を遵守して生活を営み、日本の法に違反すれば、そのペナルティを科せられる。これが日本に住む権利の条件である。』
おわかりですか?貢献の内容はともかく、「貢献するしないは、日本国に住む権利を享受する条件にはならない」。つまり、愚樵さんの発言の方が詭弁です。

>わくわくさんはリーガルマインドは素晴らしいが、それゆえに法の範疇から外れる事柄は捉え損なう傾向がありますね。

ありません。
一万歩譲って、その傾向があるとしても、「法治の破壊」をもたらす愚樵さんのマインドは、「日本国憲法も遵守せずとも良い」という危険性をもたらすだけであって、どちらが人権を擁護しうるかといえば、私の方であることは一目瞭然。

>もちろん、そうですよ。前例を作るには前例を作るだけの大義名分があればよいはずと申し上げている。そして、その大義名分をキチンと定義づけることで、よりきめ細かな法運営の基準が出来上がるし、それを行うのが行政の役割でしょう。

これは正しい。
カルデロンさんのケースは、「政治的迫害を受けない、難民でもない、単に子供が生まれて育った。それだけあれば、不法入国も不法滞在も免罪される」という、とんでもない悪しき前例を作るだけ。
つまり、愚樵さんの論理でも、カルデロンさんへの特別在留許可は正当化される条件は微塵もない。

>行政が明確な法運営の基準を定めることを怠ればそうなるでしょうが、役割をしっかり果たせば十分に防げるはず。それとも、わくわくさんは法務省にはそうした能力はないとお考えか?

法務省に能力がないのではない。カルデロンさんに特別在留許可を付与することで生まれる「明確な法運営の基準」はただひとつ。「子供が生まれて育ってしまえば、不法入国も不法滞在もお咎めなし」という『基準』のみ。それ以外ができる余地が微塵もない。つまり、法務省が全知全能の神であっても、カルデロンさんの前例を「悪用」されてたときに、それを取り締まることは困難を極め、やがては入国管理法も有名無実の法となって、日本国の治安に多大な影響を与えることになる。これは覆すことができない。

>>だったら、愚樵さんは、今後不法入国してくる外国人に対して全責任を負うと宣言するのか?
>お決まりの脅し文句ですね。私は法務省に、キチンと役割を果たせと要求しているに過ぎないし、それは国民として当然の権利であるはず。

これが脅しだと受け取るようでは、はっきり言って責任転嫁をしているだけ。
法務省も神様ではない。万全に対策を講じたといっても、「漏れ」は起こらないとは限らない。このため、第2第3の施策も必要となるわけで、ノリコさん1人への同情のためだけに「神様になれ」という要求をする方がムチャすぎる。

>キチンと役割を果たす中には、カルデロン夫妻のような違法入国者は、水際で厳しく取り締まるべきという意見も包含している。

世界中の国々で、水際で不法入国を食い止めている国など、外国人の出入国が多い国で耳にしたことはないが。具体的にどうすれば、それができるのか、それを示したらどうだ?

>この点については少したとえ話で話をしましましょう。

ノリコさんへの同情にのみ支えられた、あまりにも一方的な例えなど、はっきり言って受容する価値がない。従って却下。

無国籍状態の子供を作った時点で子どもの権利なんて守られてないのであります。
下半身の緩い両親の責任であります。
序でに聞きますが、両親が殺人を犯したので懲役刑に服させた場合は子供の権利条約違反なのですか?
愚樵さん、どうも外国人のことしか念頭にないご様子ですが・・・。

外国人が日本に居ることが出来るのは恩恵であって
間違っても権利ではないのですが
この点は理解しておられるのでしょうか?

わくわくさんとの「議論」を続ける前に

私は、わくわくさんとの議論は、接点を見つけるのは難しいとは思いながらも続ける価値はあると考えています。

もちろんこれは私の一方的な思い込みだけれども、わくわくさんにはここへ来ないという選択肢もあるのだから、その選択肢を行使しないということは、議論する価値はあるのだと捉えて差し支えなかろうと考えています。

そのわくわくさんにお聞きしたいが、

>無国籍状態の子供を作った時点で子どもの権利なんて守られてないのであります。
>下半身の緩い両親の責任であります。

といったような言辞を弄する者と、私は議論を意味があると思われるか? もしそのように思われるのなら、私はわくわくさんと議論する価値そのものも再考しなければならないが。

*****

Gungnir殿

>両親が殺人を犯したので懲役刑に服させた場合は子供の権利条約違反なのですか?


物事の順序というものをわかっていないお人ですな。

人に噛みつく犬は、子犬がいようがいまいが処置しなければならない。それだけの話。

解っておいでではありませんか。

>人に噛みつく犬は、子犬がいようがいまいが処置しなければならない。それだけの話。

その通りで、今回の件も同様にしなければいけないのです。
最高裁まで行って敗訴しているにもかかわらず、ごねてますよね。
反省してない証左なのであります。

>私はわくわくさんと議論する価値そのものも再考しなければならないが。

わくわくさんは関係ないですよ。
自分と貴方の間の話ですから。
わくわくさんに話を振って自陣営に引き入れようとしてる風に見えますが
気のせいでしょうか?
不思議ですね。

敗訴じゃなくて棄却だったかな?

それと、こともあろうかカルデロン一家を犬猫に例えておられますが
この場合敢えて"飼い主"を設定するならフィリピン共和国ですよ。
入国管理局が招き入れた訳ではないのですから
出身地の政府が"飼い主"でしょう。

そして、そのフィリピン政府は受け入れる用意があると言っているのです。
問題はありません。

愚樵さん

貴方の同情論は国の遺産をを垂れ流し
社会治安上の不安定要素を高めてることを自覚してください。
リスクを負う国と国民への同情はカケラもないのですか。

Gungnirさん

愚樵さん、失礼します。

>人権のためなら犯罪は容認されるというレトリック

チト違いますぜ
人権という概念からすれば、法の妥当性が検証されなければならない、ということです。
例えば、強制送還や親子の生き別れなどは、人権概念からすれば(たとえ法が規定しているとしても)疑問視されなければならない、ということです。
つまり、法の妥当性を検証する、法より上位の概念として人権が位置付けられる、ということです。
で、日本国憲法は法より上位の法規として法を規定するものですが、そこにもきっちり基本的人権が謳われています。
それはすなわち、国家権力に対して、法あるいは法の執行が、基本的人権を損なわないようにせよ、と命じているわけです。

>彼等の面倒を見るのはフィリピン共和国の責任であって

彼らは別に、日本国に面倒を見てもらっているわけではないのでは?
ちなみにGungnirさんは、「日本国に面倒を見てもらって」おられるのでしょうか?
もちろん、Gungnirさんに何かあった場合に(縁起でもないことをいって申し訳ない)、日本国に権利を主張することはできます(日本では諸々の権利が保障されているので)。
ただ、それは「日本国に面倒を見てもらう」ということではないように思います。

>不法入国という犯罪被害を受けた日本国と我々日本国民

僕が、不法入国それ自体で被害を受けた認識はないのですが、Gungnirさんは「具体的に」はどのような「被害」を受けたのでしょうか?
日本国民は各々が何らかの「被害」を受けたのでしょうか?

腐った壁の吐き出す槍

>こともあろうかカルデロン一家を犬猫に例えておられますが

貴殿が両親を殺人者に喩えたのだろうが。貴殿は御身の親御が制限速度10kmオーバーのスピード違反で(無関係の者から殺人犯の誹りを被り、裁判所より殺人犯と同等の扱いを受け)刑務所に収監されたり、島流しにあったりしても(具体的な「或る国」を「島」にたとえているわけではないぞ、ねんのため)なんら不服はないと申すか。ものの道理を知らぬうちは口を開かぬのが賢明であるぞ。顔を洗って出直すがよろしい。

>わくわくさんに話を振って自陣営に引き入れようとしてる風に見えますが

失礼にも程があるぞよ。ここでのわくわく殿は拙者らと同じくひとりですっくと立っていらっしゃる。「陣営」などというものとは無縁でござるよ。見てわからぬか。不思議なのは貴殿の方だ。口を慎みたまえ。

Gungnir殿、

貴殿は洋風のHNを名乗っておられる。それでこれは拙者の切なる願いであるが、どうか御自身の心性を日本語で語るのをやめてくださらぬか。日本を自らの故郷と恃む拙者としては、貴殿の口から発せられる日本語によってこれ以上日本の、恥・・・とにかく困るのだ。よろしく聞き届けられたし。

政府の対応は妥当

所詮、不法滞在の犯罪者。
政府の対応に誤りは無いでしょう。
もし、日本政府が情に絆されて家族の滞在を許したなら
諸外国の人々が「情に訴えれば、許してくれる日本」と密入国、不法滞在の温床になりかねないでしょう。
犯罪は犯罪です。
他の正規に入国してきた外国人を無視していいのか?と
思うのが当たり前だと思います・・・
現在、正規に入国・滞在している外国の方々はこの家族の訴えについて快くないと感じてる人もいると思いますがね。


べきだと言ってみても人の考えは変わらない。必要なのは理解。

>Gungnirさん
ん~。まさに「法とは何ぞや」かと。
法を破ったからとにかく悪者だと言うのは…。

革命家は全て悪者だったのですね。
言論統制の中で正論(?)を言った人が捕まるのは彼が悪者だったからなのですね。
それを言う事で捕まる事に抵抗した事も彼が悪者・悪人であるからなのですね。
盗まなければ生きられない子供がパンを盗むのは彼が悪人であるからでしかないのですね。

…どうなのでしょうか?

>愚樵さんとわくわくさん
二人は立場や基準が圧倒的に違いますが、別に議論する価値はない。
と言うほどの差は本質的にないと思います。
多分、一番の違いは「法や制度を守らねば人権を守れない」と、
「人権の為に法があるのだから(個別の事象において)人権を守る事を優先させるべきだ」でしょう。
これは、私は「どちらが絶対的に正しい」とは思いませんけどね…。

実際問題、私達の豊かで安全な生活は法や制度に寄る者です。
法や制度を共有して「社会協力」が容易な形でなければ、このような発展は難しかったでしょう。
貨幣や経済と言う制度が生まれた理由も、取引の利便性から生まれた物でした。
そして、その取引の利便性は社会協力を促して、生産物の取引と言う形で、
各々の物資の充足や各人の食料取得の安定に寄与しました。
…逆に環境による不公平さや、特別な一部の人物による搾取形態を作った事でもありますが、
貨幣がなかった時に失われる利便性の大きさを考えれば、
一般論として、今までの多くの社会制度との関係も含めて、
「ないよりはマシ」な制度だったと言えるでしょう。
だからこそ、「あってよかった」制度だと思うのです。

…ただ、思うのは、搾取されたり、むしろ生存が脅かされる側の人に対して、
その法や制度が「正当」「公平」「公正」と言えるのかと言うことです。
これは本人が「正しい倫理」と思っていても、「理不尽で不公平(制度に統一性がない事ではありません。制度自体が持つ不公平性です)」であると思います。
土地を持たずにしか生活出来なかった集団に、「先住」が「正当な倫理や法理」であると思わせて、
「退去」を迫れば戦争にしかならないでしょう。
海で、空で、宇宙で、他の惑星で暮らせるような技術は、
現代の科学ではありません。
それは彼らに「死ね」と言っているのと同じ事です。

…そう考えた時に思うのです。
「法理」「制度」「社会」と言う物が、少しでも多くの人に、
出来る限り多くの人にとって、出来る限り「理不尽」ではなく、
「マシ」であるようにする必要がある、と。
非常に極端で汚い話、それが「特別階級」の為でもあるのです。
制度や社会の理不尽さが増せば増すほど、その制度に組み込まれる人々が、
決起する可能性は増すからです。
ここまでは、多分、お二人とも余り変わらない立場だと思います。

そして、その上で、「各個人個人」の「感情」や「生活」「生存」を守る為に、
法の運用・制度自体をどうして行くかと言う点でいくつかの違いがある。状態だと思います。
法律の矛盾は、「各個人個人」の感情や生活を守る為の物であるのに、
近視眼的・短期的に見て「各個人個人」の感情や生活を阻害する事もあると言う事です。
そして長期的に見て、無意味に終わる「法」の運用も多々ありました。
(わざわざ裁判で現地住民を叩き潰してまで買った土地が放置されたり、
 作った公共物が役に立っていなかったり)

「しかしそれでも法を擁護しなければ法が有名無実化してしまう」と言う考えと、
「法が人を無意味に阻害する事がある事が間違い」とするか、
そこは単純に答え得ない物ではないかと思います。
大体、取り締まって居たって有名無実となっている法律は少なくありません。
自動車の速度制限、通行もなく見通しの良い場所での赤信号など、
これらは「運が悪かった」とか「恣意的(気分的)取締り」とか、そう思われていませんか?
法律の存在とその問題はそんな簡単な問題ではないのではないでしょうか?

※法律に恣意性が混ざる事が問題だとするのも、私は完全には賛同しません。
 大体法律自体が恣意性を持って決められた物ですし、
「不特定の個人の感情や生活」を守るのが法の役目であるなら、
「不特定の個人の感情や生活」を守るような恣意性を混ぜる事は、
「不当」ではないと思います。
ただ、「現実的な運用」としては非常に大きな課題をいくつも抱える。そう思います。
小さな社会(要は国と言われるような大きさになる前の集落生活)では、
むしろ、恣意性を多く取り込む事こそが、最も柔軟性がある有効な方法だったでしょうしね。
(法律として明文化されている物ではありませんが、集落にも秩序は合ったはずです)

今回の件で言えば、まさに、入管管理法以外を抜かせば
「社会的に有用な人材」ではないのか、
「彼等の存在のせいで誰にどのような損失があるのか」
「むしろ生活的・感情的恩恵の方が大きいのではないのか」

と言うのが「恣意性」の部分に該当すると思われるからです。
そう言った恣意性は、もし法律の「運用」上問題がないのであれば、
積極的に取り込んだ方が「人々」を守る事になります。
ただ、そう言った恣意性は、最悪の場合は悪意を持った人間に容易に悪用される事を許しますし、
悪意とは別としても、エゴの為に、前提を無視する「嘘」が見つけ難いと言う様な問題もあります。
(窃盗団を形成する為に利用・安い労働力や奴隷として働かせる為に利用=悪意を持った運用
 ただそこで生活したいが為に、誰かに嘘を吐かせる
=エゴから来る詐欺詐称)
そう考えた時、不完全な「法律」(「不完全な法律」ではない)と言う「制度」をどう扱っていくのか、
そこが難しい問題だと思います。

ちなみに一個だけ…

顔のない「民衆」の為だと言って、個人の権利・自由・感情を奪って福祉だと言って工事を行い、
その結果、「民衆」の誰も得をしなかった事は少なくなかったと思っています。(公共工事において)

これは法や政策が強い事の問題点だと思います。
いや、法が政策が強いと言うより「政府が強い」事かもしれません…。
民衆は顔のない歯車の集まりではありません。
一人一人が「別の顔を持つ人間」でその「集まり」に過ぎないので、
合理的かも分からないような福祉の為に「その意味では個人を守らない」と宣言する事は、
「その意味では民衆を守らない」と言うのと同意義です。
その意味で、個人の権利や自由・感情を奪って行う公共工事や福祉・法の運用は、
正当性・合理性・妥当性を問う事が「非常に重要」です。

「社会」や「組織」「法」の為に「個人」が居るのではありません。
少しでも多くの「個人」が出来るだけ生き易くする為に「社会」が出来て、
「組織」を作り、「法」を作ったのです。
判例があろうがなんだろうがこの前提を忘れて運用がされれば暴動が起こっても
「為政者」は文句は言えません。

パスポートを偽造し、外国に不法入国することが、
どれだけの国際犯罪なのか、貴殿は解っているのでしょうか?

複雑化するのはいいけど…

そもそも国際法自体に矛盾がありますからね。

国を何時でも出れてどこの国にも行ける権利がありますよ
→犯罪暦がなくても自分のパスポートだと入国拒否されるから他人のパスポート

であれば、実におかしな原因ですしね…。
むしろ人権上は、犯罪歴があるかどうかに関わらず、受け入れなければならないとなるのでしょうけど…。
(刑罰が執行されていないなどであれば別として、刑期満了後であれば。)
いや、入国管理と言う制度や何かは税収や何かの管理とも関わりますから、
そこはいいんですけどね…。

「国連」の作った制度や詠う権利が全てまやかしだというのなら、非常に簡単なのでしょうけどね…。
「実存的」にはそんな物は存在しません。生きれるかどうかは個人の責任です。
殺される事も誰かから搾取して楽に暮らす事も、奴隷になる事も含めて。
あくまで「制度的」に「それらの自由と権利」を「保障する物」とするかです。
残念ながら「権利がある」としながら、あらゆる段階で、
制度的にその権利が「阻害」されているのが現状だと思います。

このいびつな構造の中で、「どれほどの国際犯罪」なのか、
むしろ教えて欲しいくらいです。
つまり、それ自体が、「人道的」尺度に当てはめて測られる、
社会の正当性・合理性・妥当性を傷付け、損なう行いだと、
説明が容易かつ十分に付く(そして広く受け入れられる)と言う事でしょうからね…。

まぁ、前提が悪いとなると、悪いのは日本だけかと言うと、
この慣習を守っているどこの国も、と言う事になるのでしょうが…。
前提が「正しくない」「理不尽」な環境にある人が居ると言う事を、
「認識」した上で、「それでも合理性や多様性の維持の為に、
現行制度・社会では仕方ない」が、私の取れるせいぜいの立場ですよ。
それこそ、統一文化国際社会にでもなれば、国なんて日本が言う自治体と同じですけどね。
(各国で自由裁量の大きさも違う為)

制度その物が理不尽である人間に、「諦めろ」と言う言葉を常態化する事は、
法の目的から考えれば、私は「危険」だと思います。

と言うか

>Pちゃんさん
根本的に「法を常に恣意性を持って目的に正当な運用をしろ」と言っている訳ではないです。

恣意性が混ざる事を許せば、悪用される可能性もそれに応じて高く存在すると思う。とは言っております。
そして、その恣意性を排除する中で、「無益な被害」も存在するだろうし、
それはその無益な被害を被る人にとっては「理不尽」だが、
それは法律や制度を定めて運用を進める以上、神の業でない以上、
「仕方のない事だ」と言うスタンスではあります。

しかし、公共事業は残念ながらそのスタンスからあらゆる意味で外れています。
「公共の福祉」の為なら「個人の権利」が侵害される事は「ある」としている。
…おそらく、言葉だけなら「公共の福祉=被害を被る以外の多くの個人の利益」と理解して賛同される方が多いでしょう。
しかし、残念ながら「公共の福祉」であるかどうかが既に「恣意的」に判断される要素です。

そう、既に法律には「恣意的」要素が混ざっている法があるのです。
そして、それ自体は問題ではありません。
問題はありますが、そうせざる負えない面があるからです。
それは社会が「個人と個人」の集合でしかないからです。
法の目的が「個人」の保護にあるからです。
社会の保護では有りません。
社会の保護が最も多くの人の自由や感情や生活を保護する方法(つまり最もマシな方法)
であるとするからこそ、社会を保護するのです。

しかし、多数行われている公共事業を見て行く時、それは侵害された個人の生活以上に、
別の誰かの生活や感情や自由を保護してきたでしょうか?
やもすれば、日本の政府や行政機関には
(自らが行政を行おうとしない者が「○○には」と言うのは身勝手ではありますが、
まぁ、行おうとしても権利を与えられてないので「行っていない」のは仕方ないですけどね。
ちなみに給料貰って時間を与えられてるんだから、「お前等が仕事の合間にやってみろよ」とかほざいたら、
「居る価値のない役職者・職務者」ですけどね。)
「危険」な「過ぎた」法なのではないのか?
我々はもしかしたら「公共の福祉」と言う判断を、行政にも司法にも行わせるべきではないのではないのか?と言う事です。
それをして、
「個人の権利や自由・感情を奪って行う公共工事や福祉・法の運用は、
 正当性・合理性・妥当性を問う事が「非常に重要」です。」
と言っているのです。常に恣意性の完全に正しい運用をしろと言っているのではありません。
そこに「恣意性を混ぜない」事が「正当合理妥当」に当てはまるのか、
「判例」を基準として同じ判断を下す事が「正当合理的妥当」に当てはまるのか。
ここを切り捨てて権限の運用をし続ければ、それは「民衆」から「権限」の返却を求められ、
法理的にそれを執行する手段がない時には、「暴動」が起こっても仕方ない。
そう言う事です。

今回の法務省の法の運用が「妥当」であったかは、私にとっては難しい問題です。
「周辺の日本国民の意志の元」と言う前例や、「可哀想だから」と言う前例が一定の効力を持つのであれば、
以後、その「周辺の日本国民の意志」や「可哀想」と言う論理が、
正当性を持って運用が出来るとは確かに考え難いからです。
言ってしまえば「抜け穴」とされかねないからです。
本当は逆(つまり、可哀想と言うのは情報操作的である結果であったり、
周辺住民の「共同生活」への意志ではなく、「お金での買収」などによる決定)が行われかねないからです。
法の目的は「不特定個人」の保護の為に「社会」を維持する事のはずです。
この二つの順番を逆にする事は「危険」だと、そう言いたいのです。
最上位は「不特定個人」なのです。
その為の社会なのです、その為の組織なのです、その為の法なのです。
しかし、世の中は単純ではなく、矛盾を孕みます。
それは最も単純な原理は制度の中以上に自然のあり方にあるからです。
物質の存在の仕方にあるからです。

そう、「本質的に生物は何かを摂取して生きている」と言う事です。
そして世界は、少なくとも現状の生存やエゴを満たす為の領域や物資は「無限」ではないのです。
しかも、更に矛盾する事に、その中で「他者」が存在しなければ満たし得ない様々なエゴが存在するのです。
(元々、他者への悪意自体が目的の人も居ますし、人と関わる事や人からの評価を望む人も居ます。
 更に現代の社会と科学では、「原始的に他者が必要」な事だけでなく、
 他者が存在しなければそれ以下のエゴでも満たし得ない物が多いのです。
 食料は一人で作って安定した収穫を確保できるでしょうか?
 堅固な家屋は一人で作れるでしょうか?もし作れるとしても、
 必要な労力は、分業をした時に比べてどうでしょうか?そう言う事です。)

だから、一定の範囲で「個人」の自由や感情が阻害されるのは「仕方ない」のです。
「正当である」「公平である」のではありません。「仕方ない」のです。
問題は何を「仕方ない」と言うかでしかないのです。
だからこそ、制度の運用について、「合理性」・「正当性」を元に、
「妥当性」を判断して行く必要があるのです。
(正当性や合理性、それを合わせた結果としての妥当性の判断は人によって違うものです。
それは否定しません。私だって国を失くして、国境を失くして、
全部ぐちゃぐちゃに混ぜればいいとは思いません。)

「国」の為に人が居るのではないのです。
「人」の為に「国」が出来たのです。
そう考えれば、国の制度や国の在り方、国と言う存在自体の「妥当性」を問われる事は当然の事なのです。
国がある事による不便や理不尽は「正当」なのでも「公平」なのでもないのです。
ただただ、「仕方がない」と言う結論でしかないのです。

権利と権利の衝突、すなわち戦争

quine10さん

>ちなみにGungnirさんは、「日本国に面倒を見てもらって」おられるのでしょうか?

え~?
警察組織、自衛隊、消防、公的医療施設等々
その他の行政に日々お世話になっていますが・・・。
安全と平和は無料ではありません。

>Gungnirさんは「具体的に」はどのような「被害」を受けたのでしょうか?
>日本国民は各々が何らかの「被害」を受けたのでしょうか?

せっせと納めた税金を無駄遣いされました。
あんなしょうもない事のために使って欲しくなかったです。
(お握り食いたいと言って死んでいく国民を減らすことに回して欲しい。)
カルデロン一家が納め分だけで送還費用は賄えるのでしょうか?
と書いたら、政治家の方はいいのか?と返しが来るんだろうか?

それと今回は阻止できましたが、カルデロン一家(と支援者)の要求が万が一通っていた場合は
後がどうなるか解っているだけに洒落になってません。
(これに関しては支援者が悪いか)

猫さん

>法を破ったからとにかく悪者だと言うのは…。

いや、だから…。
偽装旅券で入国したことは無視ですか?これって、悪気がないとやりませんよ。
うっかりミスのオーバーステイなら仏の顔も三度までだ!
と言って、許すことも可能だったかもしれませんが。
正規の旅券で入国できない事情って、日本側には関係のないことです。

今回敢えて、彼を賞賛するとしたら"権利とは勝ち取るモノ" と言うことに対して
一定の理解があると思われるところです。
今回は"ごねる"と言った歪んだ形で発動された上に、要求する対象も間違っていましたが。

重い槍

>警察組織、自衛隊、消防、公的医療施設等々

それは「国」ではなくてあたしらの税金によってつくられたもの。

それらの施設と同じように沖縄には我々の税金のもとに維持されている「アメリカ軍」という施設があるのだけど、これは、もともとは沖縄の人々の土地だったところを強制摂取して其処においでになるわけだ。それがどういう経緯で沖縄にいらしたのかといえば、先の大戦で日本がお「国」のために国民から臨時徴用した土地やら海岸線やらを強奪し、占拠したわけだな。

で、今に至る。そこでだ、Gungnirさん、

毎年毎年その「アメリカ軍」による日本人への性犯罪被害はあとをたたない。おまけに、沖縄の海に川に、日本人の貴重な水源に廃棄物を垂れ流す、朝夕おかまいなしにジェット戦闘機の轟音であたしら日本人の生活を脅かす。勘弁して欲しい。本当にどうにかしてくれないかと思う。Gungnirさん、あたしはそう思うのだが、こういう場合は誰にお願いしたら「法の精神」にかなった適正な処置をとってくれるんでやんすか。

ねえ、Gungnirさん、

「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」

>お握り食いたいと言って死んでいく国民を減らすことに回して欲しい。

本当にそうだね>「思いやり予算」とか


>法を破ったからとにかく悪者だと言うのは…。
>いや、だから…。
>偽装旅券で入国したことは無視ですか?これって、悪気がないとやりませんよ。
>うっかりミスのオーバーステイなら仏の顔も三度までだ!
>と言って、許すことも可能だったかもしれませんが。
>正規の旅券で入国できない事情って、日本側には関係のないことです。

なんか根本的に話の要点がずれて認識されているように思いますが…。
では、法定速度を守らない人は捕まると捕まらないとに関わらず酷く糾弾されるべきでしょうか?
むしろ捕まっていない人は少なくないのではないでしょうか?
周辺住民や友人に聞けば、ほとんどの車の使用者は当てはまるのではないでしょうか?
実際、全て捕まえられ、糾弾されるようになったら世の中、
交通法規は守られるようになるかもしれませんけど、
守られるようになるまで、何人社会から脱落するか分かりません。

私は盗みを働いた子供が法律や倫理を知っているかを問題として書いていませんが、
私としては知っていたとしても「それは悪人ですか?」と言う事です。
確かにパスポート(身分)詐称と言う行為に問題はあったと思います。
ですが、それは盗みを侵さなければ生きれない子供の盗みも同様です。
「盗み」と言う手段は問題です。

ですが、それは「悪人」である事を意味しますか?「悪者」ですか?
時代劇において関所を通されない為に、関所を通る為に関所抜けを行うのは、
「悪人」だからなのですか?「悪者」なのですか?
「彼らが望んだ事はそこまで危険で不当な事なのですか?」と言う事です。
「彼らが行った手段は、直接人を傷付ける行為なのですか」と言う事です。

確かに我々はスピード違反で捕まっても「仕方がない」と思っています。
では、本当に「守らなければ行けない物だ」と思っているでしょうか?
また、場合によっては合理性や、妥当性について、現行の制定速度を
「合理的」だと必ずしも納得しているでしょうか?
法定速度を守らない人は人殺しや強姦・強盗・恐喝も自らが肥大化させた欲望の為に行う人なのでしょうか?

私が「悪人」「悪者」なのかと問いたいのはそこなのです。
「常に制度的弱者にとっては制度は理不尽だ」と言うのもそう言う事なのです。

>正規の旅券で入国できない・就労できない事情って、日本側には関係のないことです。

これを「現実的法運用の問題」と「悪人・悪者の問題」とで=で話されるのであれば、
根本的に私とは感性が違うと思われます。

手段に問題がなかったか→問題はあった
法律を破る意志があったかなかったか
→有った
その意志には問題があるかないか
→ある(ただし、それだけなら駐車違反やスピード違反程度と言う認識)

その上で、最後の問題で、
制度的問題はなかったか→「有った」です。

しかし、それは制度を全否定する事ではないので、
制度的妥当性はあるのかどうか→どの程度と言われると難しいけど、「おそらくは有ると思う」です。

この上で「制度的」問題があった事を考えれば、彼のその望みと手段は、
「悪人」「悪者」である事を意味しない。
と言うのが私の立場なのです。
それが法律の適用を妨げる理由となるかどうかは、「程度や今後の運用と関わる」と思っています。

だから、そこで「制度的問題があろうが、奴の望みや手段は、
不当で危険で人を傷付ける事の容認でしかない」とか、
「制度を不法な手段を使ってすり抜けた時点で、=悪人」
と言うのであれば、その説明が欲しい訳です。
(感性の部分が強いですから、説明させて納得させると言うのは難しいものでしょうけど)

法や制度自体が擁護されなくていいとか、擁護されなくてはいけないとか、
そう言う事と、「悪人」「悪者」「危険人物」である事は=ではないのではないですか?と言う事です。
(悪人や悪者って言うのは人によって違いますけど、ある程度感性は共有している(似ている・近い)と思われます。
時代劇とが人気がある事を見れば、それはなんとなく見て取れると思います。)

そこに在るのは弱者の暴力

待て待て待てー!
"子どもの権利条約"じゃなくて"児童の権利に関する条約"が正しい名称じゃないか!
肝心な所は押さえておいてくださいよ~。

ごん@風鈴モードさん

仰りたいことは解らないでもないですが
それらに対処するためには憲法九条の改定或いは破棄が必要になってくるのですが。
いいんですか・・・?
米軍の代わりに人民解放軍を入れるわけにも行かないし。
自衛隊の予算が山盛りだ! 言うこと聞かないと話し合うぞ!
目指せ!自力出来ることは自力でやる国!

無理な気がしてきた・・・。
まぁ、軍隊が動いて兵器が使われることだけが戦争って訳じゃないですけどね。

猫さん
> では、法定速度を守らない人は捕まると捕まらないとに関わらず酷く糾弾されるべきでしょうか?
~中略~
>守られるようになるまで、何人社会から脱落するか分かりません。

ですから、本当はそんな人が車を運転してはいけないのです。
例えば、首都高をサーキット代わりにしている人たちとかね。
これは極端な例ですが、どんどん脱落させるべきなのですよ。

>「合理的」だと必ずしも納得しているでしょうか?

反抗期の子供ではないのでありまして
納得できなくても決定には従うのが民主主義です。
だから、今回の"事件"に対する激しい反発があるのです。
「冗談じゃねよ!」と。
どうにかしたいなら立法府を動かす以外に方法はありません。

「制度上」の権利について

>今回敢えて、彼を賞賛するとしたら"権利とは勝ち取るモノ" と言うことに対して一定の理解があると思われるところです。
>今回は"ごねる"と言った歪んだ形で発動された上に、要求する対象も間違っていましたが。

こちらへの返信を忘れていたので…、
権利とは勝ち取る物と言うのは、自由とは勝ち取る物と言うくらい、本質論の話で制度論ではありません。
そして本質論であれば、手段にも要求する対象にも間違いはありません。
それは「新たな制度」や「新たな権利」だからです。
そこで権利が間違いと言われる時に必要なのは
「法の正当性」「法の合理性」この二つから導き出される「法の妥当性」です。
残念ながら「差別に正当性がある」と言う事は、法の論理や目的から言ってありえません。
ありえると言うのであればご高説をお聞かせ願いたいくらいです。

あるのは「合理性」の判断による「妥当性」だけです。
つまり「現行法」は他の制度の運用と合わせて「妥当だ」と言う意味で、
「変える事は出来ない」と言う棄却です。
この場合は主張する権利は「誤りだ」と言う事になります。
そして、もう一つの意味の間違いがあります。
それは更なる本質論ですが「やっても無駄」と言う意味の誤りです。
しかし、こちらの誤りは…むしろ起こさせる方が問題です。
それこそ度が過ぎれば民衆は目覚め暴動や戦争になります。

そして、本質論ではなく、制度上の権利とは
「保障される物」です。「保護される物」です。
「権利がある」としながら「権利の保証と保護をしない」方が本来は不当なのです。
ですから「勝ち取る物」ではありません。
「侵害された時に訴える」物です。
彼等が間違えたとすれば、「保護」を訴えるべき対象です。
「法を適用せよ」「権利を保証せよ」と言った場合の対象です。
「侵害された」と言うときの対象です。

「権利を認めよ」と言う対象には誤りなどありません。
それを誤りと言うのであれば、我々は何の権利も訴えてはいけない事になります。
戦ってはいけない事になります。
彼等が要求したのは「権利を認めて欲しい」です。
そこを誤ってはいけません。

その権利に合理性があったかどうかは別の問題です。
彼等が権利を認めよと訴える事自体は不当ではありません。
そして「認めない」貴方も正当です。
「不合理だ」と言う棄却は法の運用上、必ずあるからです。
同時に「合理的だ」と言う判断もありえます。
貴方が「不合理だから棄却」と言う事を私は否定していません。

ご立派ですね

> では、法定速度を守らない人は捕まると捕まらないとに関わらず酷く糾弾されるべきでしょうか?
~中略~
>守られるようになるまで、何人社会から脱落するか分かりません。

>ですから、本当はそんな人が車を運転してはいけないのです。
>例えば、首都高をサーキット代わりにしている人たちとかね。
>これは極端な例ですが、どんどん脱落させるべきなのですよ。

>「合理的」だと必ずしも納得しているでしょうか?

>反抗期の子供ではないのでありまして
>納得できなくても決定には従うのが民主主義です。
>だから、今回の"事件"に対する激しい反発があるのです。
>「冗談じゃねよ!」と。
>どうにかしたいなら立法府を動かす以外に方法はありません。

裁判所から議会に流れたケースも有りますし、日本の憲法上の条文であればそちらでもいいですけどね。
国際法の準拠については裁判所の枠外でしょうが…。

スピード違反については非常に簡単に多くを取り締まれます。
警官だとばれない人が公道でもなんでも、ちょっと見回れば大量に見つかりますよ。
ぜひ実施するように提案してください。
警官の服を着た検査は「無駄」です。
彼等は見つからないようにとは考えますからね。
一時的に社会は混乱するでしょうし、配送業が色んな意味で壊滅する可能性はありますが、
まぁ、仕方ないでしょう。
内定取り消しとかも、積極的に取り締まって頂きたい物です。
文句があるなら制度を変えろと言う意見は正当だとは思うんですけどね…。

不敬罪

>それらに対処するためには憲法九条の改定或いは破棄が必要になってくるのですが。

はあ?

あなたは「法の精神」に従って主権者として国民の安全を守ってるのではなかったのか。何故にそこから憲法九条だけは除外するのか。最高法規であるその根幹なのだが。

あなたの「法の精神」ってのはその程度のものかい。国防のためなら平時における住民の安全などいらないと。それでもカルデロンさん一家でだけは、その安全の維持のために、強制退去させようとする。

・・・何というか、がっかりだなあ。

人の一生を左右することについて少しは真面目に考えてるのかと思ってたよ。

第三者的な視点からの「日本」観といったものについて、

もう少し日本の国民のことを思いやってるのかと、思ったよ。


何を言ってるんですか。

>何故にそこから憲法九条だけは除外するのか。最高法規であるその根幹なのだが。

全く持って意味不明であります。
実情にあっていないから変更を検討せよと言っているだけなのですが。
道路交通法も実情に合わせて変える必要があるなら変更したら宜しい。

貴方の話に従うと、厳密に法を適用してカルデロン一家は
問答無用で国外追放だったことになりますが、それで宜しいのか?

>文句があるなら制度を変えろと言う意見は正当だとは思うんですけどね…。

第二第三のカルデロン一家を出したくないのであれば他に方法はありません。
恣意的な運用がロクな結果をもたらさないことを貴方は理解しているはずです。
どの様な方向性であろうと、です。
制度変更、多数の国民の了承を得られるのであれば実現するでしょう。
頑張ってみませんか。

自分は断固拒否させていただく所存ですが
決定されてしまえば従う他はありませんので。

と言うわけで

結論が出たのでこれで終わりにしますが
えっと、人権擁護法案でしたっけ?
実現してしまうと、こんなやり取りすら危険なモノになってしまうんですよね。
これだけはあらゆる手を尽くして阻止しないといけません。

それではさようなら。

笑止

何ひとつ自ら恃むものもなく、

ただ強者に媚びへつらい、

人の泣き声に耳を塞ぎ、

その小汚い心性を言い訳するためだけに権威を利用する。

貴様のような奴は日本の恥だ。

弱者の暴力と言う表現は間違い

多数派の数の力を頼み、憲法上の権利を少数派から奪うようなことがあれば、
道徳的に見て革命は正当視されよう。
エイブラハム・リンカーン

先に暴力を振るったのがどちらかと言う問題。
「制度」上はGungnirさんの言った事が正しい。
法治主義と言うのはそう言うものですからね。


また、日本の政治制度構造・状況も考えましょう。
議会制民主主義は「代理民主主義」と思われるかもしれませんが、
立候補(被選挙権)自体に300万掛かるような制度は
「選挙権はいくら税金を納めた人だけが持てる」
と言う制度にしながら、その権利を持てない人に、
「公平だよ。いくら税金をを納めればいい」
って言うのと同じ不公平さを内在させている事に気が付いていない。

300万払って当選しないだけならまだいい。
一定の票を集める事が出来ればお金も返って来る。

当選したって、4年後8年後、職がある保証がない。
そんな状態で経済状態に余裕のない一般人が
「議会」に進出できる訳がない。
その方がいい面もないとは言わないが、
このいびつさを認識しましょう。
なぜ投票率がここまで低くなっているのか…。
本当に政治への無関心だけなのでしょうか?


「現実的に無理な方法を上げて公平だと正当化をする」
これが「強者」の論理だと言っているのです。
だから「制度的弱者」にとって「制度」とは常に理不尽だと言っているのです。
しかし、その理不尽さは「社会的」に仕方もない面があると認めているのです。

「彼ら(第三者)」の考え方に合理性がないと言うわくわくさんの批判の方がよほど立派です。
「法治主義」の維持には確かに「法」が擁護される「社会」が必要になりますからね。
わくわくさんはあくまで「仕方がない」のだと言う事を理解している。
「制度」が不完全にしかなりえないと言う事を理解している。
わくわくさんは「犯罪者は往ね!」と言う熱狂には侵されていない。

貴方の熱狂と思考は食べる物がなくパンを盗んだ貧しい子供に「飢えて死ね」とか、
「身体を売って金を稼げばいい」と言う汚さを根本に持つのです。
…まぁ、そう言う思考の輩は少なくない事を、アイスランドの破産と、
韓国の通貨危機の事を調べてて、掲示板を見た時に腐るほど見てますけどね…。
割と冗談抜きで日本は一度破綻した方が、世界のためなんじゃないかと思ってきた…。
(自分の生活にも多大な影響でるし、色々ご勘弁願いたいが…)

それで自分や周辺の人間が、発展途上国で行われているような、
売春ツアーや、飢えの対象となればもうちょっと考えも見直すだろうし…。

まず国内・国民の生活を安定をさせないと、こう言った意見が容易に蔓延るだろうとは予想はしてますけどね…。
(国民も「生きなければいけない」ですから)

ちなみに、不景気は政府が主導するか、何かきっかけがないと、
悪循環でどんどん冷え込むばかりですからね…。
企業各々も「生きなければいけない」、個人個人も「生きなければいけない」
で、生きる残る為に冬眠前の熊のごとく「貯める」、支出を減らす。
そして貯めた分は「死んだお金」になっていくと…。
(この死んだお金が多い状態が不景気)

この状態で中小零細企業日や一般個人に、政策は何も取らないけど「金を使え」と言うのは、
「下手したら死ぬけど景気復興の為の犠牲になってね」と言う事なので誰もやりません。
さて…このまま破綻するかな…。(笑)

猫さん

>「彼ら(第三者)」の考え方に合理性がないと言うわくわくさんの批判の方がよほど立派です。

わくわくさんを褒めてあげて、ありがとうございます。僭越ですが、私からお礼を述べさせてもらいます。

これは完全に私見ですが、わくわくさんの過剰とも言える攻撃性は、「仕方がない」ことの理解に根っこがあるような気がして仕方がありません。「言っても仕方がないこと」への怒りとでもいいましょうか。

また実際、私の主張などは、「言っても仕方がないこと」あるいは「言わない方がよいこと」なのかもしれません。なんと言っても現在の社会を支配している〈システム〉と時代精神は強力ですから、中途半端は反逆はかえって良くない結果をもたらす。中途半端でないなら、それはそれで大きな混乱が待ち受けていることも否定しようがないですから。

それにしても、あれからわくわくさんは登場しませんね。愛想尽かされたかな?

基本的な話として

まず、私はカルデロンさんは「不法行為の責任を取るべき」とは思いますが、「悪い人ではない」とも思っています。
ご家族のことに思いを馳せれば、親子がひとつ屋根の下で生活するのが好ましいし、カルデロンさんは「地域の人」として周囲の信頼もきちんと得ている。問題だったのは入国と滞在に関して、偽造パスポートを使って入国した点だけであって、感情としては、愚樵さんや猫さんに近いものを持っていることも確かです。
また、法は不磨の大典ではありませんから、適切な変更や妥当な運用をするべきこともまた、異論はありません。

ただし、法はその存在目的と意義があるのです。
出入国管理法の存在意義は、日本国に出入りする外国人を管理することによって、日本国および日本国内の日本国民の安心安全を期することにあります。従って、不法入国・不法滞在を許すことは、日本国および日本国内の日本国民の安心安全を図る政策を放棄するのと同じなのです。
なので、原則としては、不法入国・不法滞在は、理由のいかんを問わず「絶対に許されない」ということになります。
しかし、これにも例外はあります。母国において、母国に保護されずに政治的迫害を受けるような人、これは、そもそも正規出国などできないのですから、例外となるわけです。

ところが、カルデロンさんは、母国フィリピンで政治的迫害を受けるわけでもないわけで、来日目的は「カネを稼ぐ」ことしかないわけですから、偽造パスポートを使ってまで不法に入国し、不法に労働をし、不法に滞在する必要性は見当たらない。
つまり、出入国管理法の制定意義を覆す必要性がない以上、不法行為について法的責任を取らせないといけないのです。
もし、ノリコさんを理由に特別在留許可を出してしまったら、「子どもが生まれて、子どもが日本社会になじんでしまったら、不法行為や不法滞在は取り消される」という『前例』ができてしまいます。
愚樵さんは「法務省がしっかり管理すればいい」と言いましたが、こんな『前例』ができてしまったら、「状況は同じなのに、カルデロンさんは認められて、なぜ自分は認められないのか?」となってしまったら、もうお手上げです。他の人に特別在留許可を与えなければならず、付与しない理由を失うからです。
つまり、愚樵さんの見解は「誤り」でしかないのです。

私が最も許さないのは、彼らに特別在留許可を求めた弁護士ですけどね。この弁護士については、日本国民の良識に基づいて、罷免(=二度と弁護士になれない)が当然至極なのですが、この私の見解を批判する愚か者がいるからこそ「日本人に人権=豚に真珠」を覆す理論がこの世に存在しないわけです。

「カルデロンさんはいったん国外追放。でも、不法入国と不法滞在以外の犯罪行為はしておらず、地域社会に信頼されて評判も良いし、子供もいることだから、法で5年間の再入国禁止を定めているところを、せめて1年間に短縮して、正規手続きで入国し、この家族が日本で生活できるようにしてくれないか。その1年間は、支援団体はもとより、地域も近所もノリコさんに最大限の支援をする。淋しさを完璧に埋めることはできないかも知れないが、1年後には、また日本で家族みんなで暮らせるんだから。」

こういった類の主張をするならば、私はあんなに猛烈に批判などしなかったでしょう。

結論。

 カルデロンさん一家を引き裂いた法務省の決定は卑劣であって、違法である。愚礁さんの言うとおりに、子供の人権を完全に保障する見地から対処する責任が日本政府・法務省に発生していた。これを認めると、今後も同じケースの際も同じ対処をしなければならないという難癖にもならないこじつけがある。しかし、結論は、同じケースなら同じ対処でいいじゃないか、ということである。なぜならば、入国管理をする責任は法務省にあるからであり、不法入国を防止する対策を取れ、というのであれば、入国管理を強化すればよいだけである。その具体的な方法を提示する責任は法務省・政府にあるのであって、国民・野党は法務省・政府に政策立案の説明責任を求めていくだけである。そのような政府に対する責任追及をしていく民主主義運動の闘いの中で国民は主権者として学習していくのである。法律も読むことであろう。

 今回の事例について法務省が特別在留許可を出せば、今後も同様のケースでは、国外退去命令を出せないから「法治」が必要であるという暴力理論は法が何であるかをまったく理解していない物の発言である。

 今回と同様のケースであれば、子供の人権を擁護するという具体的な人権保障の見地から、法律を創造的に解釈・適用していくことが真の法理論であり、人間の幸福を法治に優先させることになる。

 不法入国は政府・法務省の職務怠慢で起こったことなのであり、取締り切れなかったことに対し、国民へお詫びすることが政府・法務省のとらねばならない義務であった。

 今後、どのようにして入国管理体制を立て直すのか?それは政府・法務省の国民に対する義務となっている。

わくわく44さんへ

わくわく44さん、お手数ですが解らないので教えて頂けないですか?

>日本国に出入りする外国人を管理することによって、日本国および日本国内の日本国民の安心安全を期することにあります。

「外国人の出入りを管理」することが、なんで「日本国内の日本国民の安心安全を期する」ことになるのですか?
私にはこの二つに因果関係がないようにおもいますが。


もうひとつ、教えてください。

>こんな『前例』ができてしまったら、「状況は同じなのに、カルデロンさんは認められて、なぜ自分は認められないのか?」となってしまったら、もうお手上げです。

何がお手上げなんですか?
状況が同じなら同じ対応で問題ないとおもいますけど・・・


わくわく44さんのコメントは筋が通っている部分も多いとおもいますけど、大前提に「日本人」と「外国人」は区別すべし!出来れば排除したい・・・というのがあるようで、そこらへんが私には響かないのかなとおもいます。
失礼しました。

わくわく44さんへ(追記)

わくわく44さん
すいません、ご挨拶忘れていました。
すぺーすのいどと申します。m(__)m
よろしくお願いします。

とコメント一生懸命書いている間に、東西南北さんに「結論」されてしまいましたね。笑

東西南北さんのコメントは響くなぁ・・・

相変わらず言葉がきつい(笑)

>わくわくさん
貴方は非常に賢いと思うのですが、やはり2点ほど理解できません。

>日本国および日本国内の日本国民の安心安全を期することにあります。

「日本国」を守る意味がそもそも「日本国民を守る為」なので、
極端な話、日本国民が守られるなら日本は必要はないと思います。
ただ、古来より、大和に限らず集落の大国家への従属(奴隷とは限りません)と同化は行われてきたので、
この文化性を維持したいと言う目的であれば、方法論としては妥当ではないかと思います。
(日本人より日本人らしい海外の方などもいるので、国家と現状の国民制度で維持するのは、
 「可能かどうか」を判断しなければ色んな意味で非合理的です。)

正直、昔から「日本国」に拘るのは、田中康夫氏の言う「偏狭なナショナリズム」派ですので。
(中学校の頃に中国との海底資源や北方領土返還の言い争いをニュースで見て、
 「どっちも醜い」と思っていた子供ですので…。)

まぁ、昨今は言語に愛着が出たり、海外の異質性を知って、競争とかは別として、
文化圏と言う形では残って欲しいと思っていますけど。^^;
そもそも「日本」と言う文化にそんなに執着がない人も居るでしょう。
前提や出発点が違うと結論も変わりますからね。
「日本国は残らなければ」と言うのは少々違うと思われます。

>この弁護士については、日本国民の良識に基づいて、罷免(=二度と弁護士になれない)が当然至極なのですが、この私の見解を批判する愚か者がいるからこそ「日本人に人権=豚に真珠」を覆す理論がこの世に存在しないわけです。

ここは難しい所です。
そもそもの現行の法制度や運用に疑念を持つのであれば、
この行為は必ずしも非難されないと思います。
有名無実の法は言ったとおりありますしね。
正直、車の通行を見ていると、公務員・警察官でも速度制限を常に守ってるかは「怪しい」と思います。
(本当に、60kmで走ってるとガンガン抜かれます。基本ペーパーなのでちょっと過去の事ですが。)

権利って言うのは認められるまでは「戦い」ですからね。^^;
彼が今回のケースだけを見ていったのか、有名無実化の可能性を含んで行動していたのかが1点あります。
まぁ、ただ、そうだとしたらもう一つ気になるのは、「扇動」ではないのかと言う事ですけどね。
要は、意図的に説明をしない事でミスリードをする。と言う事です。
この場合はやり方に苦情が寄せられても仕方ないと思いますけどね。
そうであれば、彼はゴシップ記者になるべきだと皮肉られても仕方がないでしょう。
まぁ、一つの選択しか許さないような意見は正直疑問です。
法治と言っても前提は法や制度であり、法自体が変われば行うべき「法律判断」も変わります。
「あるべき法の方向性」自体の見解が違えば、おのずと結論も違ってきます。

ただ、現行法の内容や運用の方向性は変えずに、と言う意見は、
「いやまて」と言うのも「法治の維持」と言う観点からは分かるんですけどね。^^;

海外の方がお金を稼ぎに来る事・住居を変える事への制限は、
現状の国際経済社会だと仕方ない面はあると思います。
流動性が高すぎて物流に制御が利かない上に、本当の意味での国際協力や、
平等性の確保と言う部分は、正直、希薄と言わざる負えませんからね…。
ただ、その制度が変わった場合には、「住居を変える自由」の観点から、
やはり、「どこで働くか」を自由化させる必要は有ると思います。
経済的特別階級でもない限り、労働と居住は、収入の関係上切り離せないですしね。
言い方の問題なのでしょうけど、
「今の有り方が一番妥当で現実的だ。それを変えようとする奴は馬鹿だ。悪だ。」と、
言ってるように見えてしまって、少々疑問を感じざる負えません。

すぺーすのいど様

こちらこそ、よろしくお願いします。

>「外国人の出入りを管理」することが、なんで「日本国内の日本国民の安心安全を期する」ことになるのですか?
>私にはこの二つに因果関係がないようにおもいますが。

必ずしも世界各国共通ではありませんが、先進文化国家の使命の1つは、「自国民の保護」です。権利や自由、財産や身体の保護といった法的な性質のものもありますが、物理的な利益でいえば、生活資源の十分な確保がありますね。生活資源の確保とは、就労などを含めた生活収入の手段の確保や食糧、天然資源の配分などです。
これらのものは、物質面の話なので、余裕があれば外国人にも付与しても構わないのですが、余裕がなくなれば、自国民を優先しなければならない以上、外国人の入国や滞在を制限せざるを得ません。これを実効ならしめるには、外国人の出入国や滞在について、国がその情報を有することが必要となってきます。
現在の日本では、それについてあまり懸念がないので、見落とされやすいわけですが、難民受け入れに消極的になる最大の理由はここにあります。

ただ、現在の日本において、上記以上に神経を使うのは、やはり「犯罪」ですね。
自国民の情報は国はある程度把握しているので、前科があれば注意し、収入や財産がなければ保護を行うことが可能ですが、外国人については、その情報がほとんどない。なので、たいていの国では、ビザ申請時に、犯罪歴がないことを証明する書類を求められるわけです。さらに、貧困は犯罪を誘発する原因でもあるので、国内で招待する人がいることが条件だったり、あるいは身元保証をつけたり、十分な資金があることを証明することを求められるケースもあります。

外国人の出入国管理の重要性は、こうした点にあります。

>何がお手上げなんですか?
>状況が同じなら同じ対応で問題ないとおもいますけど・・・

カルデロンさんが、単に手続きミスなどによるオーバーステイならば、「同じ対応で問題ない」と言えるでしょう。しかし、カルデロンさんは偽造パスポートを使ったという、重大な違法行為をしてしまっているのです。
カルデロンさんに特別在留許可を付与することは、偽造パスポートでの入国を「認める」ということになってしまうわけで、これと同じ対応となれば、今後、偽造パスポートでの入国を取り締まったとき、「カルデロンさんは特別在留許可が出たじゃないか」となってしまい、不法入国を防ぐ手立てが十分に機能しなくなります。
なので、「大問題」としか正解がありません。

>わくわく44さんのコメントは筋が通っている部分も多いとおもいますけど、大前提に「日本人」と「外国人」は区別すべし!出来れば排除したい・・・というのがあるようで、そこらへんが私には響かないのかなとおもいます。

これで「響かない」という感情や思考を抱くようでは、「不法入国大歓迎」という思考だ、とこちらでは認識しなければならなくなります。それでも良いというのであれば、私はすぺーすのいど様をそういう思考の方だという前提で対応しますし、そうでないならば、思考や感情を是正してください。これについては二者択一しかありません。

猫様

>「日本国」を守る意味がそもそも「日本国民を守る為」なので、極端な話、日本国民が守られるなら日本は必要はないと思います。

「日本国民が守られるなら」それでもいいですが、現在の国際社会において、「日本国」という主権国家の保全を抜きにして、日本国民の権利や自由、生命や財産が十分に守られるのかといえば、困難を極めます。
誤解をしていただきたくないのですが、文化や文明、思想や魂といったものは、別に「日本国」がなくても、「日本文化を尊重する」などの政策が確保されれば、十分に保持されると思います。なので、「日本らしさを維持するには日本国が必要」とは、私はまったく思っていません。
ただし、日本国憲法は「日本国」の存在があって機能するのであって、「日本国」の喪失は日本国憲法による日本国民の保護を保証することができない状態になります。従って、「日本国の維持」の最大の目的は「日本国憲法が機能すること」にあります。これを誤解しないでいただきたくないと思います。(私は改憲論ですが、憲法が改定されるまでは、日本国憲法が機能しなければならないのは論を待たないところです。)

>中国との海底資源や北方領土返還の言い争いをニュースで見て、「どっちも醜い」と思っていた子供ですので…。

この感情は是正される必要がありますね。
「国家」は、「領土、国民、主権」の3要素が揃って初めて機能するものであり、領土領海についてそのような感情を抱くのは、極端に言えば「自分たちは死んでもいい」と言っているのと同じですから、今後は注意してください。

>>この弁護士については、日本国民の良識に基づいて、罷免(=二度と弁護士になれない)が当然至極なのですが、この私の見解を批判する愚か者がいるからこそ「日本人に人権=豚に真珠」を覆す理論がこの世に存在しないわけです。

>ここは難しい所です。
>そもそもの現行の法制度や運用に疑念を持つのであれば、この行為は必ずしも非難されないと思います。

至極カンタンな話です。
「弁護士」という身分を離れて、『渡邊彰悟』個人の立場であれば、自分の信念に基づいた活動として是認されるのは論を待ちません。
しかし、この方は「法律を遵守しなければならない法曹家」としての活動において、脱法行為を促進してしまっている。これは、絶対に許されざる行為であり、弁護士資格の悪用としか言いようがありません。

>「あるべき法の方向性」自体の見解が違えば、おのずと結論も違ってきます。

このご発言そのものは、まったくもってその通りであって、批判することではないのですが、渡邊彰悟氏は「弁護士として」カルデロンさんの弁護をしているのであって、単なる市民運動家として弁護しているわけではない以上、厳然として存在する出入国管理法の範囲において、最大限の法的保護をカルデロンさんにもたらすために行動する使命があるのであって、これを逸脱することまでは絶対に許されないのです。

なので、罷免(=二度と法律関係の資格を得られなくなる)することが必要な、弁護士としてあるまじき行為をしている、という結論にしかなりえないのです。

余談だが

このエントリーに、約1名、私を排除するためだけに不当かつ不正なコメントをする愚か者が紛れ込んでいるので、みなさん、ご注意を。

なにせ、『人類に殺し合い、死なしあいの本能、遺伝子が存在しないというのは事実です。ということは、人類は共に生きていく本能、遺伝子があるという事実関係しか結論はありえないです。選択肢に殺しあう、死なしあう、共に生きていくヒト遺伝子の3つしかないわけですから。 』と、どこでどう証明したのかが不明なものを「事実」として「疑うなかれ」とのたまうご仁なので。

>「日本国民が守られるなら」それでもいいですが、現在の国際社会において、
>「日本国」という主権国家の保全を抜きにして、日本国民の権利や自由、
>生命や財産が十分に守られるのかといえば、困難を極めます。

ここは大丈夫です。だからこそ、
>流動性が高すぎて物流に制御が利かない上に、本当の意味での国際協力や、
>平等性の確保と言う部分は、正直、希薄と言わざる負えませんからね…。
と言っていますから。
発展途上国は自分たちが作った分の食料すら食べれずに飢えている人も居ますからね…。
良く聞くのは支配階級が輸出するからと聞きますが…。
どうでもいいですが、日本国憲法ならぬ、日本国条例と言うのは出来る期待は薄いでしょうか?(笑)

>「国家」は、「領土、国民、主権」の3要素が揃って初めて機能するものであり、
>領土領海についてそのような感情を抱くのは、極端に言えば
>「自分たちは死んでもいい」と言っているのと同じですから、今後は注意してください。
多少誤解があると思うのですが、私はそう言った「区切り」が不要だと思っていただけで、
「全部譲り渡してしまえ」と言う訳ではありません。(共有や協力の論理で何故動けないのかと言う話、まぁ、
 物資不足の世界を見てると仕方ないのかなと言う気も…)
また、醜いと思った理由は、お互い罵り合うからです。
慇懃な態度で「悪いのはお前だ」とか言ってる様にしか見えなかったからですからね。
「綺麗に縄張り争いなんてする訳ないだろう」と言えばそれまでですけどね。^^;
また、「お互いが」安全に生きる為にも、バランスと言うか、程々と言う感覚は必要だと思いますしね…。
…まぁ、周辺国はなんか権利を譲り渡すには不安な国だと言う思いもあるのですけど…。
「程々」とか「理解した上で」ではなく、「相手が悪」みたいな対応が…。
いや、それが一番民衆には分かり易いし乗せやすいと言う事なのかもしれませんけどね。
(でもその意図だったら絶対ノリ的意味での「愚民共」扱いされてる気はする)(笑)

<弁護士
役職として活動をしたから不適切。と言う事ですね。
了解しました。

「猫」様

「日本国条例」というのは、おそらく「世界連邦」みたいなことを想起しているのかも知れませんが、もし、そうだとしたら、はっきり言って「期待は薄い」どころか「完全に無」です。

開発途上国の問題については、自分たちが作った分の食料が食べられないというのは、ないことはないですが、あまりそういうケースで飢えるってのはないですね。
なぜなら、「食糧生産ができる状態」というのは、『治安が安定し、民衆が定住して、経済活動を平穏に行えるからこそ実現する状態』なのであって、「自分たちが作った分の食糧が食べられない」なんていうのは、暴動や反乱の原因にもなりかねないのですから、ないわけではないですが、あまり考えられない、ということになります。

はっきり言って、飢餓が発生する最大の理由は「内戦や政治対立によるもの」です。
敵対勢力支持者の抑圧や支配下の民衆に対して、食糧の供給ルートを遮断したり、生産を破壊するなどの行為によって、国全体でのデータでは「十分な供給量」「若干不足している」状態であっても、飢餓に陥る民衆が発生します。その一方で、過剰な供給と余剰の輸出が行われていることも、確かに存在します。

>多少誤解があると思うのですが、私はそう言った「区切り」が不要だと思っていただけで、「全部譲り渡してしまえ」と言う訳ではありません。共有や協力の論理で何故動けないのかと言う話、まぁ、物資不足の世界を見てると仕方ないのかなと言う気も…
>また、醜いと思った理由は、お互い罵り合うからです。
慇懃な態度で「悪いのはお前だ」とか言ってる様にしか見えなかったからですからね。
「綺麗に縄張り争いなんてする訳ないだろう」と言えばそれまでですけどね。^^;
また、「お互いが」安全に生きる為にも、バランスと言うか、程々と言う感覚は必要だと思いますしね…。
…まぁ、周辺国はなんか権利を譲り渡すには不安な国だと言う思いもあるのですけど…。
「程々」とか「理解した上で」ではなく、「相手が悪」みたいな対応が…。

尖閣諸島のガス田問題や北方領土、竹島問題は、結論から言って、『「排除と専有の論理」が十分に確保された上での「共有や協力の論理」』でなければなりません。
『主権』そのものは人々の意識レベルの話ですが、『主権が機能する』のはリアルの話なのですから、「主権が機能する条件」は全部整っていなければならない。そして、「領土領海の譲歩」は、国際社会においては「主権の放棄をいとわない」と解釈される行為でしかなく、現在でも、国際社会においては、残念ながら「武力に訴えても、戦争を起こしてでも守るべきもの」という、厳しい現実が堅持されています。これを覆す試みは、第一次世界大戦終結後から約1世紀にわたって行われていますが、成功した事例はひとつもありません。
従って、「罵り合い」「慇懃な態度」「相手が悪みたいな対応」を醜いを思うようでは、「日本国憲法が消滅しても良い」と思考しているのと同じなのです。

>それが一番民衆には分かり易いし乗せやすいと言う事なのかもしれませんけどね。
>でもその意図だったら絶対ノリ的意味での「愚民共」扱いされてる気はする

なので、民衆がどうなのか、という以前の話であって、この猫さんの思考は、「極めて不適切であり、誤りを認めて、思考と感情を変更する責任がある」という以外に適切な日本語がないのです。

海外旅行をすればわかると思いますが、日本人ほど人の好い民衆はいません。学校では日本の文科省が定めた学習指導要領に基づいた憲法教育を受け、社会にあっては「釣銭を確認しなくても、正確に渡される」「自動販売機を監視カメラなしで設置できる」というような、世界的にみても稀なモラルの高さにある状態に慣れると、想像するのは難しいかも知れません。

このエントリーに紛れ込んだ悪質な約1名を除いて、みなさんにわかってもらいたいのは、諸外国にあっては、民衆レベルですら、『田母神論文』の記述なんて、「あ、日本は戦争する気はないんだな」と思われるのがオチの、とてつもなく平和的な意見表明だと思考される状態だ、ということです。
(こう言えば、なんかよくわからない「世界会議」とかを持ち出す人もいますが、そんなのは、全学者の数パーセント、全政治家の数パーセントという、実にマイノリティな人たちだけで騒いでいるのが実態で、「世界に広がりつつ」あったためしは、一度たりともありません。)

>「日本国条例」というのは、おそらく「世界連邦」みたいなことを想起しているのかも知れませんが、
>もし、そうだとしたら、はっきり言って「期待は薄い」どころか「完全に無」です。

わくわくさんの「完全に無」は「現状の国際社会」で、でしょうか?
それとも「人間社会」としてでしょうか?
まぁ、宇宙で生活する技術が出来たら、宇宙と地球で分かれる。
と言うのであれば、「世界」連邦とは違うと思いますしね。^^;
わくわくさんとしては、人間は常に分裂して、その群れでの権利や主権の維持が行われると言っているのか、
それとも、現状の国際社会や国際情勢から、「有りえない」と言う話なのか…。
多分、前者の話だと思うのですけどね。^^;<「完全に無」と言う言い方から

>『主権』そのものは人々の意識レベルの話ですが、『主権が機能する』のはリアルの話なのですから、「主権が機能する条件」は全部整っていなければならない。
>現在でも、国際社会においては、残念ながら「武力に訴えても、戦争を起こしてでも守るべきもの」という、厳しい現実が堅持されています。
>これを覆す試みは、第一次世界大戦終結後から約1世紀にわたって行われていますが、成功した事例はひとつもありません。
>従って、「罵り合い」「慇懃な態度」「相手が悪みたいな対応」を醜いを思うようでは、「日本国憲法が消滅しても良い」と思考しているのと同じなのです。

実際、そんな物なのですね。
その辺りの歴史は詳しくはないので、言われてしまうと材料がない限り信じるしかないので…。
ん~…、現実にはやはり難しいのですね…。
日本国憲法は代わりの法律でもいいんですけどね…。
まぁ、そう言う意味(代理で十分な憲法や法制度が来るのか)でも、
「危険が高い」「来るとしたら日本国民にとって危険なのだけ」と言う辺りなのかとは思いますけど…。

どうした物やら…。^^;

回答ありがとうございました。

わくわく44さん、回答ありがとうございました。
わかりやすくて感謝です。

最初に、回答の最後に頂いたご指導ですが、私はわくわく44さんとどこか共鳴するとこがあれば嬉しいなぁとは思っていますが、認めてもらおうとか、線引きがお好きなわくわく44さんのテリトリに入れてもらおうとか、そうゆう気持ちはありませんのでご了承下さい。

わくわく44さんの考え方を回答いただきましたので、今度は不詳ながら私の考えを書くことにします。
ただ、私は私ごときの考えをわくわく44さんに押し付ける気はまったくありませんので、「ふーん」と聞いていただければ十分ですし、ま、もし感想などいただけるのでしたら感謝です。今後の糧にはいたします。

まず「外国人」の認識の件ですが、私は日本人で多分わくわく44さんも日本人で、話題のカルデロンさんはフィリピン人ですよね。
我々日本人からみれば、話題のカルデロンさんは「外国人」ですが、フィリピン人からみれば我々も「外国人」です。
よって、我々もカルデロンさんも見方によっては同じ「外国人」になるので線をひく理由はない、というのが私の結論です。
つまり、私は日本人、多分わくわく44さんも日本人、カルデロンさんはフィリピン人、というだけのことだとおもいます。
私は既におじさんですが(笑)、遠い過去には帰国子女であったこと、つまり実際に「外国人」であったことも、そういった考えの根っこにあります。

それから回答の中にあった、国家の使命のひとつ「自国民の保護」についてです。
まったくもって重要な使命ですね。これが出来ないんじゃ国家なんか無用の長物です。(笑)

ただ、私はやはり上の「外国人」論理で考えてしまうので、「自国民からみた他国民からみる他国民は自国民含む」ということになっちゃうんですね。
とすれば、本当の「自国民の保護」を考えるなら、同じように「他国民の保護」もしないといけないというわけです。

私の正解はやはり「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して,われらの安全と生存を保持」だといえます。


カルデロンさんはなぜ偽造パスポートで入国などしたのでしょうか?
偽造パスポートで入国するなんて、正規パスポートで入国するよりお金も掛かるだろうし、面倒なはずなのにね。
どんな問題があってカルデロンさんがそうゆう選択をしたのかしらないけど、日本って国がもっと自由に外国人さんが出入りできる国なら、そんな面倒な選択しなかったんじゃないかな?
入管法それ自体が不法入国者を作り出しているんじゃないかな?

あ、これじゃ、「「不法入国大歓迎」という思考」なのかな?
あ、そうだ!「不法」取っちゃって、「誰でも「入国大歓迎」という思考」が楽しくていいと思うのだけど。

それと、つっこむわけじゃないですけど、私の前コメントの

>状況が同じなら同じ対応で問題ないとおもいますけど・・・

ってのは児童の福祉を優先させるべきような状況なら・・・に掛かっていて、
偽造パスポートでの入国を「認める」という状況のことではなかったのですが・・・
それでもわくわく44さんとしては同じじゃマズイですか?

それは、まぁ、いいです。

長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。

わくわく44さんはわくわく44さんで頑張って生きてください。

すぺーすのいど様

>わくわく44さん、回答ありがとうございました。

いえいえ、こちらこそ。

>線引きがお好きなわくわく44さんのテリトリに入れてもらおうとか、そうゆう気持ちはありませんのでご了承下さい。

線を引かざるを得ない場面だから、線を引いているだけの話であって、私は特にそのようなこだわりはありません。
そして、すぺーすのいど様への返答については、私はできる限り私の主観を排して、客観的な思考と感情で対応していますので、私の発言への反発は、「わくわく44のテリトリーに入らない」のではなく、「主権、法治への挑戦」でしかありません。これは注意していただきたいところです。(私は、「私の意見」に賛同しない人を批判することはありません。せいぜい「こちらの方がよりいいかな」ぐらいの反論はありますが、私の「意見」を押し付けるつもりはありませんから。)

>まず「外国人」の認識の件ですが、私は日本人で多分わくわく44さんも日本人で、話題のカルデロンさんはフィリピン人ですよね。
>我々日本人からみれば、話題のカルデロンさんは「外国人」ですが、フィリピン人からみれば我々も「外国人」です。
>よって、我々もカルデロンさんも見方によっては同じ「外国人」になるので線をひく理由はない、というのが私の結論です。

「国籍」というものは、あくまでも人工的なものなので、徹頭徹尾こだわることではないのは確かです。考えようによっては、むしろ「日本人か外国人か」という「線引き」を要する場面の方が少ないのかも知れません。

ただ、今回の件は、『その国が保護すべき人間について、プライオリティが存在し、それを覆す理論が成立しない』という前提が不可欠な話です。なので、今回の件に関して、『私は日本人、多分わくわく44さんも日本人、カルデロンさんはフィリピン人、というだけのことだとおもいます。』という、すぺーすのいど様の思考や感情を肯定することは、それこそ「国籍って何?」「国家の使命って何?」ということを喪失しかねない話でもあるのです。
国籍も国家もいらない、という人もいます。それはそれでいいのですが、「国籍・国家が喪失することで、その人民が失うもの」を踏まえた思考や感情になっていない。だから完全否定されるわけです。

>それから回答の中にあった、国家の使命のひとつ「自国民の保護」についてです。
>まったくもって重要な使命ですね。これが出来ないんじゃ国家なんか無用の長物です。(笑)

すぺーすのいど様が発言したいことは、おそらく現在の政権や政策への批判がベースとなっているのでしょうから、ある程度予測がつきますが、帰国子女でありながら、主観的な満足・不満、国民世論などからそう思考するのは、「残念」の一言ですね。

>ただ、私はやはり上の「外国人」論理で考えてしまうので、「自国民からみた他国民からみる他国民は自国民含む」ということになっちゃうんですね。
>とすれば、本当の「自国民の保護」を考えるなら、同じように「他国民の保護」もしないといけないというわけです。

カルデロンさんに関してこういう思考を抱くのは、実は「戦争と差別を誘発する」、実に危ない思考なんですよ。
カルデロンさんはフィリピン国籍を持っている以上、カルデロンさんの保護はフィリピン政府の責任であり義務ですが、同時に、フィリピン政府は、カルデロンさんに対して、日本国政府に優越する権限と権能を持っているわけです。
日本国政府がカルデロンさん一家を「保護」するのは、あくまでもフィリピン政府の要請に基づくものであって、その範囲を超えた保護は、フィリピン政府の主権侵害・内政干渉に匹敵する極めて深刻な問題となります。

ゆえに、カルデロンさんに関しての支援団体の主張は、実はフィリピン国や国民に対する侮辱にしかならないのですが、「ノリコさん」というシンボリックな存在に視野狭窄に陥って、感情や思考がヒステリックになっています。そこが心配でもありますが。

>私の正解はやはり「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して,われらの安全と生存を保持」だといえます。

これについては、次のような問題があります。
1.「平和を愛する諸国民」とは、いったい、どこの誰のことなのか、具体的に明記できるのか?
2.「諸国民の公正と信義」とは、具体的に何を指しているのか?
3.「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して,われらの安全と生存を保持」を実現するというのは、具体的に日本国および日本国民が、どんな状態、どんな動きを想定しているのか、具体的に言えるのか?

これがクリアにならない限り、残念ながら「宗教的価値観」以上のものにはなりません。
なので、それを持ち出すのであれば、これらの点についてどうお考えなのか、ということを、今からでも考えていくことをお勧めします。

>どんな問題があってカルデロンさんがそうゆう選択をしたのかしらないけど、日本って国がもっと自由に外国人さんが出入りできる国なら、そんな面倒な選択しなかったんじゃないかな?

すぺーすのいど様が理想としているような「もっと自由に外国人が出入りできる国」というのは、この世界のどこにありますか?

>入管法それ自体が不法入国者を作り出しているんじゃないかな?
>あ、これじゃ、「「不法入国大歓迎」という思考」なのかな?
>あ、そうだ!「不法」取っちゃって、「誰でも「入国大歓迎」という思考」が楽しくていいと思うのだけど。

なるほど、あなたは、「自分の欲が満たされるなら、就労や食料の問題、犯罪の増加もいい。とにかく自分の欲を満たしてくれ。」という思考であり感情なんですね。
了解しました。今後は、そういう無責任な感情と思考を改善する気がない人ということを前提に対応させていただきます。

>状況が同じなら同じ対応で問題ないとおもいますけど・・・ ってのは児童の福祉を優先させるべきような状況なら・・・に掛かっていて、偽造パスポートでの入国を「認める」という状況のことではなかったのですが・・・
>それでもわくわく44さんとしては同じじゃマズイですか?

私がマズイのではなく、「日本国民」にとってマズイのです。そして、これは私の主観でも希望でもなく、客観的事実であり、その理由は列挙しました。これを覆すには、あなたの主観や希望を限りなく排した「客観的事実」の提示を伴う反論が必要です。

と言いながら、すぺーすのいど様のような感情や思考を抱く人が、全国民の0.1%でもいるようなら、日本は主権国家として独立すべきではなかったかもですね。GHQに支配された方が、人類にとっていいのかも。

「猫」様

>わくわくさんの「完全に無」は「現状の国際社会」で、でしょうか?
>それとも「人間社会」としてでしょうか?
>わくわくさんとしては、人間は常に分裂して、その群れでの権利や主権の維持が行われると言っているのか、
それとも、現状の国際社会や国際情勢から、「有りえない」と言う話なのか…。
>多分、前者の話だと思うのですけどね。^^;<「完全に無」と言う言い方から

両者はシンクロしているので、分けることができません。なので「両方とも」というのが返答になります。

>まぁ、そう言う意味(代理で十分な憲法や法制度が来るのか)でも、「危険が高い」「来るとしたら日本国民にとって危険なのだけ」と言う辺りなのかとは思いますけど…。

「来るとしたら日本国民にとって危険なのだけ」とは限りませんし、「危険が高い」とは断言できません。
私は改憲論ですが、あえて護憲の立場に擬制して言えば、現在の日本国憲法は、戦争で敗北し、連合国の占領下にあって主権を極力制限されなければ、おそらく存在しなかったでしょう。戦後の憲法改正をめぐる動きを見れば、その可能性こそが高い。
なので、「日本国民にとって危険なのだけ」と言いきることはできません。

ただ、「日本国民にとって不利益にならない」という『保証』ができなくなること、それは確実です。

ん~…?

>わくわくさん
>両者はシンクロしているので、分けることができません。なので「両方とも」というのが返答になります。
関連性はありますがレベルの差がありますので、そのレベルの差を伺ったのです。
1,「人間社会」で達成される見込みがない=人間が構成する社会である限り達成し得ない
2,現状の国際社会で達成される見込みが皆無=社会制度的にあり得ず、同時に現状の社会制度の強固さからあり得ない

なので…。
1であれば「諦めましょう」
2であれば「本気なら頑張りましょう」
ですからね。多分1だと理解してますが。^^;

>ただ、「日本国民にとって不利益にならない」という『保証』ができなくなること、それは確実です。
まさに革命と闘争に身を投げる事になる訳ですね。無血で済むか、
また、結果としてより悪い独裁者を生むかは別として。
どちらを選ぶかは人それぞれですが…。

>すぺーすのいどさん
「自社社員」「他社社員」「自社」「他社」を同じ理屈で言えるなら分かりますが、
「制度論」を実体と捕らえてる割にはいびつな考えだと思いますよ。
つか正直、外国人から見て自分たちが外国人で外国人という同じ枠にって…。
Aと言う集団にとっての「他」が外国人なので、「自社社員」「他者社員」と同じですよ。
「自分」にとって「他人」、「家族」にとって「家庭外の人」…。
関係性の言葉に対しての論理としては訳が分かりません。^^;

正直理解に苦しみました。貴方の望む方向を否定するわけではないですが、
「そもそも日本って何よ?」「日本国民って誰よ?」と言うのなら理解し易かったのですけどね。^^;
不法入国と言う制度は会社の入室制限と同じです。
理由がないから入室制限をしていない会社もあるでしょうが、
「理由があれば」行われるわけです。
「国」を現実としながら「入室制限」は「理由がないから」ではなく、
「他社社員って他の人から見たら自分たちの方じゃん」などと言うのは、
「家を他人に開放してください」「会社を無条件、かつリスクを無視して開放してください」と言うのと同じですよ。^^;;

「猫」様

>関連性はありますがレベルの差がありますので、そのレベルの差を伺ったのです。
>1,「人間社会」で達成される見込みがない=人間が構成する社会である限り達成し得ない
>2,現状の国際社会で達成される見込みが皆無=社会制度的にあり得ず、同時に現状の社会制度の強固さからあり得ない

1と2は、言葉の定義からすれば、確かに違うものではありますが、実際は同じことですからね。
条件が揃えば猫さんが希望する方向で動くことも可能なので、「1」の方がありえない。となると、どちらかと言えば「2」の方となります。
ただ、「本気ならがんばりましょう」と言っても、猫さんが希望することを実現するには、あまりにも課題が山積していますし、私のイメージダウンを図った約1名の思考のように、思い込みと希望だけで、いきなりその方向を周囲や社会に働きかけるとなれば、現状の制度によって守られている権利、自由、生命、財産の侵害への不安や不信があり、それを拭えていない以上、当然のことながら反発が起こるわけで、少なくとも数世代にわたって徐々に実現していく話になるんだろうと思います。
なので、カルデロンさんの場合は、残念ながら、『ノリコさんの幸せを崩壊させてでも』、毅然とした措置を講じるのが「正解」ということになります。

>まさに革命と闘争に身を投げる事になる訳ですね。無血で済むか、また、結果としてより悪い独裁者を生むかは別として。どちらを選ぶかは人それぞれですが…。

私の思考や感情を毛嫌いしているようでは、「悪い独裁者を生む」ことはあっても、「理想の社会ができる」なんてことはありません。
なぜなら、カルデロンさんに特別在留許可を出すことを容認する社会になることのリスクやデメリットを、あまりにも理解していないからです。

物事は何でもそうですが、変更するときは、変更することに伴うリスクやデメリットを正しく認識し、それを回避するか、あるいは、リスクが実現したときにその責任をきちんと受容できるか、ということを踏まえる必要があります。
それがないままに、「これが理想だ、わくわく44は間違っている!わくわく44が指摘するリスクやデメリットなどない!」と思考するようでは、私が指摘したリスクやデメリットが発生したとき、むしろ、猫さんのような方こそ、180度反対に向かう反動になってしまいます。
それを私は怖れているのです。

えっと

>「これが理想だ、わくわく44は間違っている!わくわく44が指摘するリスクやデメリットなどない!」と思考するようでは、
>私が指摘したリスクやデメリットが発生したとき、むしろ、猫さんのような方こそ、180度反対に向かう反動になってしまいます。

夢見がちですかね?いや、いまいちどう言う指摘を受けてるのかいまいちわからなかった物で。(汗)

いや、そうではなくて

>夢見がちですかね?いや、いまいちどう言う指摘を受けてるのかいまいちわからなかった物で。(汗)

わかりづらかったですかね・・・。文章力をもっと上げねば、と反省した上で・・・。

無批判に信じている考え方が、ことごとく誤りであったと気づかされたとき、悲しいことに、人間というのは「一気に反動に針が振れる」のです。
そうなると、今度は『ヒステリックな状態での支持』になってしまい、修正に困難を極めてしまいます。もっといえば「騙されていた方が幸せだったのかなぁ」という状態に陥る、ということですね。

なので、心がけて欲しいと思うのは、

無批判に支持するな。支持対象の欠点や短所を批判的に捉えた上で支持すること。

批判するときは、支持する気持ちで批判しろ。批判対象の意義を理解し、肯定的に捉えることを忘れるな。

これを常に持っていれば、冷静に物事を判断することができるようになります。

もしかして謙虚って言うのは

>わくわくさん
>無批判に支持するな。支持対象の欠点や短所を批判的に捉えた上で支持すること。
>批判するときは、支持する気持ちで批判しろ。批判対象の意義を理解し、肯定的に捉えることを忘れるな。

説明ありがとうございます。

科学についての話とかでも話されている事ですかね…。
確かにちょっと自分教(自己の判断への信仰)が強すぎる面がありますから、
そこかなとも思っていましたし…。
知識がどうのとかではなく「自己の判断」を「曲げる理由がないから認めない」と言う感じの意味ですね。
(曲げる理由があるかどうかを決めるのも、知識量が同じでも個々人です。
 その知識量の次の「自己判断」に対する信仰が強いと言うか…。
 そう言う面かなとは考えていました。日本語では「我が強い」と言うのかもしれません。
 なんと言うか、私はビッグバンを論理的に信じていますが、
 「ビッグバンがない」と言う意見に真摯に向き合うような態度がないと言うか…。)

(いくつか理由になりそうなのは考えていましたが、考え方が極端な傾向がある事も理解はしてますしね。
…人の脳(性格や性質や人格)を自由に操れたら人格にはどんな意味を見るだろうとか、ええ。
考える最初が「極端」ですしね…。)

ふと思ったのは、謙虚って言うのは…正直わくわくさんの普段の話し方のせいで、
わくわくさんの言う「謙虚」の意味を誤解をして居たかもしれませんが、
正直、「何を言ってるのか良く分からん」でしたが、

今回の話を聞いて「自分は頭が悪い」とか「知識が足りない」ではなく、
「どれだけ理解しても理解が完全と言う事はない」
「どれだけ賢かろうと完全と言う事はない」
「どれだけ良い物だろうと完全ではない」
と言う事を、もっと意識して行動をしろと言う事かなと思いました。
ある意味の懐疑主義とも言えるかもしれません。
また、道徳や倫理・他人との対話についても、ある面では言えるのかなとも思います。
(自分の判断や意見を絶対視しない=相手の話を聞くし、相手の立場を理解するに繋がると思いますしね。
その上で「曲げない」と言う「決断」をするのは生きて活動する上で、
また、「何かを変える」または「何かを維持する」上で必要ですが…。)

まぁ、無批判に、と絡みますけど独裁政治への信奉を戒めてチャーチルが言った言葉も、
そう言う意味では民主主義に対して非常に謙虚な言葉かもしれませんね。^^;

かんたんに言えば

うまい話には気をつけろ

良薬、口に苦し

でも、こういう諺があるというのは、それだけ人間は感情の生き物で、弱い動物だということなんだろうと思います。だからこそ、自分自身への戒めが常に必要になる。

カルデロンさんの件については、正直言って、これで私も、何の憂慮もなくカルデロンさんを応援できるな、と思っています。

偽造パスポートでの不正入国は、やったことがやったことだけに、無罪放免というわけにはいかない。「国外退去処分」という責任はきちんと取るべきです。

でも、国外退去処分を一度を受ければ、偽造パスポートでの不正入国に対するペナルティをきちんと受けたのですから、それ以上の責任を取る必要などなく、この話はそれで終わりです。

日本国内で犯罪に手を染めたとか、いかがわしい仕事をしていたというなら、さすがにダメですが、カルデロンさんには、そうしたこともないようですから、それこそ、「法では、確かに5年間の再入国禁止と規定しているが、入国と滞在に不正はあっても、それ以外では地域社会の1人として、みんなに認められ、これだけ好感をもたれている人たちなんだから、せめて1年に短縮して、ワーキングビザの発給と同時に、カルデロンさんの再入国を認めて欲しい」と、今度は堂々と言えるはずです。

余談ですが、カルデロンさんの特別在留許可を求めた人たちは、自分たちが最もカルデロンさんを生贄にしようとしていたことに気づかないといけません。
もし、この前例を悪用して日本国民への刑事犯罪を犯す犯罪者が発生してしまえば、不正入国さえなければ「真面目なフィリピン人」であるはずのカルデロンさんの努力と苦労を水の泡にしてしまいます。
そうでなくても、犯罪を犯す外国人の増加で、外国人へのイメージが悪化し、真面目に頑張っても、とばっちりを受けて冷たい視線を浴びる外国人もいるのです。
そうした人たちへの配慮があまりにもなさすぎたのが、支援者たちです。本当に猛省してもらいたいものですね。

終章lets「実」(ちと苦しいか)

>カルデロンさんの件については、正直言って、これで私も、何の憂慮もなくカルデロンさんを応援できるな、と思っています。

あたしゃ、わくわくさんのこういうとこ気に入ってるよ。でもやっぱり「もったいない」なあと思う。わくわくさんの、その語り口調が、たとえば、あたしの以下の発言に嫌悪感むき出しで噛みついてくる人たちと同じに見えて誤解されるから。そりゃあ「誤解する方が悪い」といえば確かにそうかもしれないんだけどね。それに、これがわくわくさんの「芸風」だというのなら仕方ないところだし(笑)

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違反行為を行ったとされる人物には、いったん帰るべき処に帰ってもらって、その後、その子を育てる義務を遂行するために日本に居るその子の現住所に来てもらう。

で、その際の移送等の諸費用は日本が負担することになるだろうから、そのような無駄を省くために、書類上でのみ送還の手続きと召還の手続きを行ったことにしておく。

| 2009-01-25 | ごん #bLNrjBuk URL [ 編集 ] | コメント番号1903 |
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今回の件でわくわくさんが大事にしなきゃ(筋を違えちゃいけない)と思ってるのは(思ってたのは)法に基づく「正当な手続き」の「崇高さ」なんだよね。で、あたしは「そこに最大限に配慮しつつ誰の人権も侵害しない」そういう方法もあるんじゃないか、というつもりで上のを出したんだけど。どうやら「芸風」を間違えたみたいね。

嫌悪感を投げかけてくる人以外にはスルーされちゃった(笑)

第76条 3 すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。

大事なこと

上であたしが「誰の人権も侵害しない」と言ってる、その「人権」には、「裁判官の良心の自由」も含まれているからね。

ああ、それと

あたしは今回の件がうまくいったとは思っていない(このへんはわくわくさんと違うところかな)

今回もっとも責められるべきは、その職責に基づいて最良の方法を模索すべきであったのにそれをしなかった裁判官の職務怠慢と、人々の悪意に阿って判決を出し、それを情状酌量することなく強制執行した裁判(所)の非道だろう。

ごん様

>今回の件でわくわくさんが大事にしなきゃ(筋を違えちゃいけない)と思ってるのは(思ってたのは)法に基づく「正当な手続き」の「崇高さ」なんだよね。で、あたしは「そこに最大限に配慮しつつ誰の人権も侵害しない」そういう方法もあるんじゃないか、というつもりで上のを出したんだけど。

そこが「ごん」さんの最大の『勘違い』です。
森法務大臣の言動は、まさに「ごん」さんが言う「正当な手続きに最大限に配慮しつつ誰の人権も侵害しない」道を模索した結果なんですよ。
それが満足のいくものかどうかは、受け止め方によりけりですし、法務省の対応が適切かどうかは検証されてしかるべきですが、ただ、それを「卑劣な対応」と非難したり、カルデロンさんに特別在留許可を出すことを欲したことは、反省しなければいけません。
なぜなら、「カルデロン一家はフィリピンへ帰れ!不法入国許すまじ!」と、問答無用にあの一家を排除しようとしている人たちと、思考プロセスはまったく同じだからです。思考のベクトルが違うだけで、性質はまったく同じ。

つまり、私が厳しい態度に出た理由はそこにある、ということをわきまえてもらいたいと思います。

>今回もっとも責められるべきは、その職責に基づいて最良の方法を模索すべきであったのにそれをしなかった裁判官の職務怠慢と、人々の悪意に阿って判決を出し、それを情状酌量することなく強制執行した裁判(所)の非道だろう。

ほら、こういう発言をするから、厳しい態度で臨まれるのですよ。残念ながら、その思考と感情も全面的に改めてください。
カルデロンさんの「偽造パスポートによる不正入国と、長期間にわたる不法滞在」について、情状酌量の余地があるとすれば、せいぜい「地域社会に溶け込み、他の住民からの信頼を勝ち取った」ぐらいのものです。
なので『手続きミスによるオーバーステイ』といった程度であれば、特別在留許可を裁判官は下した可能性は高いですが、そもそも入国自体が「偽造パスポートによるという、故意で、かつ悪質なもの」である以上、国外退去処分は避けられません。

でも、私は、ノリコさんはおろか、カルデロンさんに対しても、「通常は5年間の再入国禁止だが、特例として1年に短縮し、かつ、就労ビザの発給もして欲しい」と思っているぐらいですから、はっきり言って、責める気はほとんどありません。

私が責めている相手は、彼らを無罪放免にしようとした支援者や弁護士、ブロガーなどです。私に言わせれば、カルデロンさん一家は、支援者や弁護士、ブロガーの悪質な思考と感情のために、とばっちりを受けているということです。それだけに、余計に許せないわけですが。

だから書類上の手続きで済ませられることを何でわざわざ金と手間をかけて強制執行するのか、と言っているの、でございます、よ。そんなのは交通裁判所(簡易裁判所)あたりではごく普通に行われていることでしょう。

てか、長くなりそうな話しはよしましょう。今回の件であたしがずっと申し上げているのは、法の根幹であるところの、裁判官の「良心」が働いている様子が見えないことなのよ。

「法の抜け道」(=空白)は、何も悪党を利するためだけに用意されているわけではないんだ。

その知識と技量と、そして「良心」を、目の前にいる「善人」のために使わないで、あなた(方)は何のためにそこにいらっしゃるの?日本の裁判官のみなさん。ということなの。

これは日本人の良心が問われています。あなた方はそれでいいのですか?と。

ちなみにこれは、わくわくさんに申し上げているんじゃないからね。

わくわくさんの判断は重々承知しておりますので。

あともうひとつ

この裁判官は今回の仕事で「世紀をまたいで残る名判決」の栄誉を逃しちゃったね、

「もったいない」なあ、

なんて思ってるあたしがいることも、みなさんに、お伝えしておきます。

最後に・・・

わくわく44さん、丁寧なご感想ありがとうございました。

あーよかった!
私もわくわく44さんに私の価値観を押し付けようなんて気持ちはまったくありません。

わくわく44さんのから頂いたコメントを読み返してみました。
そこで思ったのは、おそらく私とわくわく44さんとは物事を考えていく基礎となる時間のベクトルが違うというか・・・、うーむ、うまく言えませんが、そういう感想を持ちました。

私は人は徐々に進歩していくはずだ、と思っています。
スパイラルはしますが人の歴史から見てもそれは明らかでしょう。
私はいづれ「世界中の子ども達が一緒に笑える世界」になると確信していますが、そこまで進歩していくためには、今起きている問題を解決していかなくてはいけないですよね?

私はカルデロンさんが不法入国者であることを否定するつもりはありません。おそらく事実なのでしょう。
そして、国際機関のアムネスティが「子ども権利条約」に照らした上で「人権侵害」と主張している(http://210.251.252.158/modules/news/article.php?storyid=619)ことを見ると、カルデロンさんの強制退去は、客観的に人権侵害の懸念があることも事実なのでしょう。

確かに難しい問題だと思いますが、私はやはりアムネスティの主張を支持したいと思います。
それは、アムネスティの主張が第2、第3の「ノリコ・カルデロン」さんを生まない、という意志を感じるからです。

「ノリコ・カルデロン」さんの不幸はもう起こってしまった事ですから、今更どうしようもありません。
残された手段の中で最善の方法を取るのが大人達の義務だと思います。
その最低限の行動は法務省が両親の「特別在留許可」を認め、親子で暮らせるようにすることだと思います。

「ノリコ・カルデロン」さんのについて「たら」「れば」を考えることは、彼女にとっては今更どうしようもないことでも、今後の為に生かすことは出来ますね。
まず「ノリコ・カルデロン」さんの不幸の最初の原因はなんでしょうか?
それは両親の不法入国という行為です。

つまり第1の問題の解決方法は単純で「不法入国」を無くすことですよね。
じゃあ「不法入国」を無くすにはどうすればいいのでしょうか?

①外国人の入国をまったく許可しない。
②外国人の入国をまったく制限しない。

①は密入国の可能性を否定できませんから、完璧とはいえません。
よって完璧を目指すなら②しか選択肢はないことになります。

結局「入国大歓迎」にもっていくのか!
そんなことしたら、日本人の仕事や食料を奪われたうえに、犯罪が増加して治安が悪化するじゃないか!
と、わくわく44さんは仰るのでしょうね?
「実際に外国人の犯罪は多いじゃないか!」
実際は確かにそうかもしれませんね。
でもその統計にはきっと外国人の置かれている状況は考慮されていませんよね?
日本人の中でも貧困層と富裕層では犯罪発生率が違うのと同じことじゃないですか?

わくわく44さんもどこかで貧困と犯罪は関係がある由のコメントを書かれていたような気がしますが?
じゃあ、わくわく44さんの杞憂の「外国人の犯罪」については、外国人の待遇改善で一定の改善を図れそうですね。
よかった、よかった。

でも、まあ、物事はそんなに単純ではないのでしょうけどね。
日本人での外国人犯罪の増加は、売春ツアーとかも含めた、日本人の外国人(欧米人以外)軽視の賜物?かもしれませんね。

わくわく44さんはお子さんがいらっしゃるのかな?
子育てをまじめにやろうと思うと、まずぶつかるのが自分自身の壁です。
今まで「育てられる」側だった自分自身が「育てる」側に移動するのことは、世界を反転させるような大仕事です。
そこを乗り越える時に必要な力のひとつに「子ども(人)を信じる」力があると思います。

わくわく44さん、「人を信じる」ってどうゆうことか解りますか?
条件付でなく、ただただ「人を信じる」ってことです。
この考え方は平和な人間関係をつくるための前提条件です。

だからやはり私には
>正解はやはり「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して,われらの安全と生存を保持」だといえます。
しかありえないのです。

わくわく44さんは博学でいらっしゃるからご存知かもしれないですが、いくつか上げます。

チョコレートの原料カカオについてのアムネスティの記事
「カカオ農場での児童労働にNOを子どもの人身売買にNOを」
「日本はカカオ豆の55590トン輸入し、うちガーナからが最も多く38359トン、コートジボワールからは2325トンとなっています(2005年統計より)。チョコレート価格のうちに、カカオ豆農園主に渡るのは、0.5%で、200円のチョコレートでしたらたったの1円です。そこから労働者に支払われる賃金はさらに安い金額になります。この市場価格の安さが児童労働、子どもの人身売買につながっていきます。・・・」
http://210.251.252.158/modules/wfsection/article.php?articleid=2188

映画「おいしいコーヒーの真実」http://www.uplink.co.jp/oishiicoffee/top.php
「コーヒーは世界で最も日常的な飲物。全世界での1日あたりの消費量は約20億杯にもなる。大手企業がコーヒー市場を支配し、石油に次ぐ取引規模を誇る国際商品にしている。私たちは「おいしいコーヒー」にお金を払い続けている。しかし、コーヒー農家に支払われる代価は低く、多くの農家が困窮し、農園を手放さなくてはならないという現実。・・・」

私はこれらの問題について特に何か行動をしているわけじゃないですから偉そうなことはいえませんが、このことを知ってからコーヒーをのむとき、チョコを食べるときは、原料を作った人々が貧困の為に亡くなったり苦しんだりしていないだろうか・・・と思いを馳せずにはいられません。

話はお待ちかね?の国家・国籍に変わりますが、私は今後数十~数百年の間になくなると確信しています。
これは最初に話した人類が常に進歩してきたことを考えれば自然なことです。

事実、既に経済や通信の世界で国境というものは、その存在意義を失いつつあると言えるでしょう。
そんな中でリアルな国家、国境を心のよりどころにしてきた人々は焦っているのはわかりますが・・・
現実とはそんなものです。

他でもこうゆう事を書くと「国家がなくなれば無政府状態になる」とか言う人がいるのですが、そんなわけはなく、私のイメージとしては国家はアメリカの「州」みたいになるんじゃないかな、と思いますね。自治はするが「国境」はない、みたいな。ガンダムじゃないけど中央政府は「地球連邦政府」みたいな感じかなぁ?
あくまで予想ですけどね。

ここでついでに猫さんへの私の意見もあわせて述べてみますね。
「国」を「会社」や「個人宅」に置き換えるのは妥当でしょうか?
私は「県」や「市町村」に置き換えるのが妥当とおもいますけど。
あくまで例ですけど「愛知県の治安が悪化するから、入県者全員のチェックをおこなう!」って笑い話ですよね?

わくわく44さん、猫さん、いろいろありがとうございました。
2回のやり取りでわくわく44さんの考え方は良く解りました。
わくわく44さんへのコメントを書くことで自分の中の考え方の整理も少し出来たと思います。
本当にお手数をかけていただき、感謝です。
ただ、これ以上は得るものもなさそうですし、結構疲れるのでこれで私はおしまいにしたいと思います。
そろそろ愚樵さんにもご迷惑かともおもいますので・・・

最後にわくわく44さんの「なぞなぞ」に答えておきましょう。(^^♪
>すぺーすのいど様が理想としているような「もっと自由に外国人が出入りできる国」というのは、この世界のどこにありますか?
バチカン市国とか(^^ゞさすが宗教国家!懐が深い!

まとまりの無い文章ですいませんでした。m(__)m

ん~

私の記憶が確かなら、裁判官はカルデロン一家に好意的だったと記憶していますよ…。

>「法の抜け道」(=空白)は、何も悪党を利するためだけに用意されているわけではないんだ。

基本的に空白部分を運用するのは
「私的正義(「私は不当だと思う」が根拠の物。キリスト系右派の戒律への回帰運動、ベジタリアンの動物愛護運動など、場合によっては自然回帰派もいるかもしれません)」
とも関係しますので、「法律家」としては良心・正義心を持っても、
運用に慎重であるのは仕方ないと思いますよ。
そこに慎重でないと言う事は、自己の判断を「絶対に正しい」とする事と同じで、
それを手続きを無視した運用で「要求」するのであれば、
「貴方が眼に見える範囲は取り仕切って全部やって下さい。
 言う事聞く代わりに問題が起こったら、全て貴方が責任を取ってくださいね。」
と言われても仕方のない事です。

また、判例の積み重ねを秩序とすると言うのは、実は「法の支配(法の正当性が問われる)」に元々備わっている概念でもあります。

人に明確に説明出来る基準を持たない状態での運用は結局「個人判断」の領域を増やす事になります。
実は、個人判断の領域を増やすのは「自由」の確保の為にも余り良くありません。
ある時は「問題ない」とされ、ある時は「問題あり」とされるのが、個人の感性に大きく任されると、
法を守る側も「過剰な制限」をしなくては自分の身が守れなくなります。

また、その法律や秩序の存在意義の事もあります。
例え話ですが、銃刀法とかも、「自由」の侵害をしていますが、
それでも許されるのは「安全」を守る為に「合理的」で「妥当性がある」
と判断されているからではないでしょうか?
直接的には自由である権利の侵害でしかありませんが、間接的にある権利を守る為、またはある権利の効率化の為に制定された法律は多数あります。
もし全ては直接の権利侵害との間でしか調整を取ってはいけないとなれば、
スイスの様に「電気は使いたいけど発電施設は建てるな」と言うような、
「無茶」な要求ばかりとなりかねません。
(そんな訳でスイスは電気は隣国から買っているそうです)
銃刀法は当然消えますし、交通法規もなくなるでしょう。
飲酒運転を制限する事もとんでもありません。
事故を起こさなければ「何も問題はないでしょう。」と言う言葉がまかり通る事になります。
「事故」が起こって初めて裁ける様にする方が正しいと言う考えなら、
私はそれを「そうなのね」としか言いませんが、実際、そうしてしまうと難しい場面はしばしば存在すると思われます。

そう言った事を考えた時、「目の前」の事だけ考えれないのが「法律家」なのではないでしょうか?
大体、「入国管理法」「就労規制」はそれ自体では権利の侵害でしかありません。
ですが、何処の国も、何故か廃止しようとはしません。
それは「国家主権制度」の中で「一国だけが廃止する」事は、
危険が伴うと言う判断があるのではないでしょうか?
では、「どう言った権利保護補助装置」として制定されているのか。
それを考えた結果、明確な答えが出せない、または、他人に明確で共通性を持って示せる形で、
根拠を説明出来ない(または根拠自体が安定した運用が難しい)場合、
その結果として「良心に乗っ取って」、自分が不完全である事を認めて、「法を優先する」とか、
逆に「良心に乗っ取って」、「特定個人の権利侵害に妥当とする」と言う事は十分にありうると思います。

多分、鳩に生きる権利がないと言う人はほとんどいないでしょう。
鳩が死ぬのはかわいそうだと思う人の方が多いと思いますが、
なぜ、「鳩に餌を上げないで下さい」と言われ納得するのでしょうか?
それは鳩が増えすぎた結果、逆に鳩たちが食料の危機に見舞われ、結果逆に多くの不幸を生む事、
また、増えすぎた鳩が人間社会と摩擦を起こせば、人間にとっては迷惑ですし、
その迷惑の結果、鳩が人間によって「駆除」される事になる事。
これらの理由が「裏」にあります。
私は「裏」を全て知っているとか、どんな「裏」があろうと知るかとか、
そう言うのもひっくるめて、「私は絶対正しい判断が出来るし正しい判断をしている」と言うのでなければ、
余り強く批判をするのは「ならあんたが全部責任を負ってくれ」と言われる様な事ではないでしょうか?
当然、間接的に関連して起こる事象も含めて、です。

これは残念ながら「結果」が完全に出た判決とはいえません。
「結果」が完全に出てそれを持って「決断は誤りだった」と言う事は可能ですが、
結果が出る時と言うのは「他の環境は変わらず他の法運用が開始された時」です。
結果の出切っていない判決を「間違った判決」「良心がない」と言い切り、攻め「私が言う名判決をするべき」と言うのであれば、
最高裁判所の裁判官の解雇請求権は民衆に有った筈ですし、
その運動をすれば良いと思います。

文句を言うのは簡単ですけど、それを決断したり運用したりする側はそんなに楽でもないと思いますよ。^^;
特にこう言う「公共の福祉」に絡む案件は…。^^;

<「善人」
なんかその言い方をするとマザーテレサとかあのクラス(言ってしまえばエゴを放棄した人々)が思い浮かぶ私としては、
「無垢な一般市民」までしか同意出来ません。(笑)<自分の生活の為に不法入国しておとなしく生活して…

世界の制度改革を考えて行動起こして、生活は顧みなければ…。
まぁ、あるいはと言う感じですけど…。

文章を全部読んでないんじゃないかなと…

>すぺーすのいどさん
>ここでついでに猫さんへの私の意見もあわせて述べてみますね。
>「国」を「会社」や「個人宅」に置き換えるのは妥当でしょうか?
>私は「県」や「市町村」に置き換えるのが妥当とおもいますけど。
>あくまで例ですけど「愛知県の治安が悪化するから、入県者全員のチェックをおこなう!」って笑い話ですよね?

残念ながら笑い話ではありませんよ。

>理由がないから入室制限をしていない会社もあるでしょうが、
「理由があれば」行われるわけです。

ここが重要です。勘違いしたら駄目ですよ。
「理由がないと思う」と言う意見は方向性としては合っています。

私が言っているのは、
>「国」を現実としながら「入室制限」は「理由がないから」ではなく、
>「他社社員って他の人から見たら自分たちの方じゃん」などと言うのは、
>「会社を【無条件、かつリスクを無視して】開放してください」と言うのと同じですよ。

と言う事です。
敢えて例外点があるとすれば、「県」や「市町村」は会社で言う「部」や「課」である事です。
「会社」が方針として「社内の移動は自由」であればそれに従うだけです。
「規制を自由に設定してよい」とすれば「問題がある」と思った時に「規制をする」のは誤りではありません。
個人宅や会社も本当は国が決めた制約の制限を受けますが、
入室の制限の決定権と言う面では国が保護してますからね。
多分、逆に開放しておけと言うのは自治体くらいの物でしょう。
嫌なら独立しろって言う話になりますしね。

まぁ、でも実は、国家の入室や就労の制限は、私がちょっと調べてみた限り、
「領域と領海の占有的権利」を持つと言うのがその根拠となりうるだけなんですけどね。
(要は国に土地の「所有権」があると言う感じですね)

面倒臭い世の中に

ちょっと補足:
>個人宅や会社も本当は国が決めた制約の制限を受けますが、
>入室の制限の決定権と言う面では国が保護してますからね。

まぁ、むしろ「保護して貰わないと困る」んですけどね。
国家は「人の為」にあるので、人の生活のし易さを阻害するだけなら「不要」ですからね。
国自体が目的になり、正当性がなく、合理性もない、
妥当性に欠けた制約が掛け続けられればそれは国が存在の正当性を失う事を意味します。

ただ現実論として現行制度では「個人は国が決めた制約の制限」を受けます。
これは現実の仕方ない所なのですが、「何で個人の持つ権利」「下位組織の持つ権利」を、
「上位組織」が定めるのかと言うと、逆にそれが「人の為」だからと言う難しさがあります。
組織と言うのは「人」が「自分たち」を守る為に作ってきた物です。
それは何故かと言うと、群れなければ「現実的」に生きられないからです。
だから「組織」は存在するし、また存在する必要が残ります。
そして、組織において下位の判断について上位が決定権を持つ事も、
「組織」の維持の為に必要になってきます。

あくまで組織と書いたのは、例えば「所有」や「所属」、
「経済」と言った観念を持たない、持ちたくない人にとって、
「国連」ですら邪魔な存在になりかねないからです。
正直、この次元になると、明確な秩序を持った「組織」が可能かは怪しいですからね。
「世界」と言う「組織」は現実には作るのは難しいでしょう。
上述のような観念を強制するのでなければ、なんとなく住み分けがされる、
と言うのが限界ではないかと思います。100%とは言いませんけど…。

アムネスティは個別案件に文句言う前に制度にケチを付けて欲しい…。(--;;
(「国連」が、現状の世界情勢では一応、「最上位組織」でしょう。
 一応と言うのは…最上位組織として法や秩序を「担保」する能力に疑念があるからです。)

判官贔屓

猫さん、

よろしくお願いします。

>裁判官はカルデロン一家に好意的だったと記憶していますよ…。

そうですか。教えてくれてありがとうございます。

ですが、猫さんが、わたしにこのことを仰る意図を、わたしは十分に汲み取ることができていません。・・・わたしの「言い方」がまずかったということですかね。その言い方では、裁判官がカルデロン一家に悪意や反感があるように受け取られかねないよ、と。それなら、その当該部分(どこにあるのかわかりませんがその部分)を「好意的であったかもしれないが味気のない仕事をするもんだね、日本の裁判官てものは」と、言い換えます。
そして、裁判官の「良心」というものが「そういう味気ない判決以外に取り得ないのだ」というのなら、あたしは、ここでの「良心」の意味を間違えていました。申し訳ない。ということも、ここで付け加えさせていただきます。

>「手続きを無視した運用」

わたしは「書類上の手続きで済ませられることを何でわざわざ金と手間をかけて強制執行するのか」というふうなことを申し上げている、のです。送還と召還の手続きを書面でのみ行うということは「手続きを無視した運用」なのですか。
たとえば、もし仮に「それは最初から専門家の間では有り得ないこと」という前提のもと、猫さんがそれをスルーしたのなら、その「有り得ないとされる前提の根拠」が提示されればいいだけのことで、上の猫さんによる長々とした裁判官への弁護のお言葉(前半部)は、ほとんど意味をなしません。ところが猫さんはそれをしなかった。それをせずに、そうしてまた猫さんは、その長々とした部分で「裁判官の職務怠慢」について否定することもなかった。ということは、やっぱりここでも「話しを聞いた人が裁判官に反感を持つような言い方を改めなさい」が真意だ、ということでで承ればよろしいのでしょうか。

猫さんはここでは裁判官の側に立つのだということで。

これはそういう類のお話だと。

それならば、わたしはずっと「心」の側に立っています。ということを確認した上で、

わたしは先のコメントで「手続きを無視した運用」をせよ、というふうなことを意図したことはございません。(そのことを誤解されるような表現があったとしたら、謝ります。ごめんなさい)むしろ手続きは法の根幹でしょうと申し上げているつもりでした。今でもまったくすべてそういうつもりです。で、その「手続き」の中には、裁判官の「良心」(ここでマザーテレサを思い浮かべてもいいし、そうでなくてもいい。みなさんが思うところの「良心」です。日本国憲法の良心とマザーテレサの良心とにどんな違いがあるのかわからないけど、みなさんの考えるところの良心)の働きも含まれているわけですよね。それはいったいこの判決(=法の名の下に親と子を引き剥がす)のどこに作用したのですか。それが、わたしには見えないのです。もし、これが法の正当な手続きとして「仕方のない」ことだとするのなら、やっぱりあたしは、ここでの「良心」の意味を間違えていました。ということにしかなりません。

猫さんは、そのことを仰っているのですか。

で、そういうふうなことを考えながら「保釈金制度」とかの「運用」を見ると法の空白についてはものすごくいびつなものに思えてきますね。地獄の沙汰もなんとやら、といった具合に。それが「裁判の本筋だ」というのなら、日本国憲法の「良心」てのは、ずいぶん安く見積もられたものですね。と申し上げておきます。

>その運動をすれば良いと思います。

「その運動」をしても家族の幸せ(追求の権利)を犠牲にすることなく暮らせる金があればその程度の範囲で、「その運動」をします。で、猫さんが、「それが良い」と仰るということは、それをすればこちらで能書きを垂れたり、カルデロン家族を実際に支援する運動をするよりはうまくいくのではないか、というふうに見積もられていらっしゃるわけですよね(違っていたらご指摘下さい)。わたしは、ここでわたしなりに「その運動」をしているつもりでしたが、やっぱりこれもまた、わたしが「運動」の意味を取り違えていたということなのでしょう。

「善人」というのは「善意の第三者」というときの「善」を想定しました。ほかに思いつかなかったもので。不適当だというのなら改めます。わたしには「無垢な一般市民」の方がよほどうさんくさい言葉に思えるのですが。
「善人」の具体は、例えば、違う名前のパスポートを悪意あるブローカーに掴まされたのかもしれない、それで入国したことを日本の法に抵触しない手続きだと思っていたかもしれない、日本で普通に生活していけるし税金も納めている、もうこの件は落着したんだなと思っていたかもしれない、無罪推定の当該人物のことです。

だらだらと長くなっちゃいました。ごめんなさい。

本当に言いたいのはひとつです。

わたしは「もったいない」と思う。
傷付いてしまった人の心。
世界から賞賛を得られたであろう日本の良心。
カルデロンさん一家を普通に受け容れていた日本。

もったいないと思う。

「ごん」様

>だから書類上の手続きで済ませられることを何でわざわざ金と手間をかけて強制執行するのか、と言っているの、でございます、よ。そんなのは交通裁判所(簡易裁判所)あたりではごく普通に行われていることでしょう。

単なる手続きミスでのオーバーステイなどの、法令違反程度ならば、書類上の手続きで済ませてもいいですが、カルデロンさんは偽造パスポートでの入国ですよ?思い切り犯罪行為なんです。これを「書類上の手続きで済ませられる」と思考することが誤りです。カルデロンさんは、いったん国外に出ることを希望しない感情や思考は、絶対に「いったんは国外に出て欲しい」というものに変更してください。これは、「ごん」さんの道義的義務です。

>今回の件であたしがずっと申し上げているのは、法の根幹であるところの、裁判官の「良心」が働いている様子が見えないことなのよ。
>その知識と技量と、そして「良心」を、目の前にいる「善人」のために使わないで、あなた(方)は何のためにそこにいらっしゃるの?日本の裁判官のみなさん。ということなの。

裁判官の最大の仕事は、行為が法令に適合しているかどうかを判断し、法令に適合する行為を促すこと。もし、罰が必要なら、法に基づいて罰を科すこと。
裁判官に保証されている「良心」とは、行政や立法等の介入がなく、自分自身の判断で適法かどうかを判断することができる、という意味。つまり、司法権の独立を保持するためにあるのであって、「ごん」さんが期待するような司法判断を下すためにあるのではない。
つまり、『裁判官の「良心」が働いている様子が見えない』あなたの思考と感情が間違いなのであって、その発言は無条件に撤回してください。

>これは日本人の良心が問われています。あなた方はそれでいいのですか?と。

「これでいいです」と思考できないのであれば、今後、日本は法治をやめるのが妥当です。法を定めることが無駄になるだけですから。

>この裁判官は今回の仕事で「世紀をまたいで残る名判決」の栄誉を逃しちゃったね、「もったいない」なあ、なんて思ってるあたしがいることも、みなさんに、お伝えしておきます。

残念ながら、あなたが求めている判決は、「世紀をまたいで残る不名誉判決」「日本から法治が消えた判決」でしかありません。つまり、あなたが求めている判決が下った方が、日本社会は危険にさらされます。

わくわくさま、

おはよう御座います。
お元気そうで何よりです。
わくわくさまにおかれましては、

何ごともお変わりなく、つつがなく、その信念と名誉にゆるぎなく、

ということで。
その調子で続けて下さい。
今後ともよろしくお願いします。

すぺーすのいど様

>私もわくわく44さんに私の価値観を押し付けようなんて気持ちはまったくありません。

私は私の価値観を押し付ける気はないですが、客観的事実を容認しない態度は糾弾します。

>「ノリコ・カルデロン」さんの不幸はもう起こってしまった事ですから、今更どうしようもありません。
>残された手段の中で最善の方法を取るのが大人達の義務だと思います。
>その最低限の行動は法務省が両親の「特別在留許可」を認め、親子で暮らせるようにすることだと思います。

何度もお尋ねしますが、あなたはカルデロンさんの不法入国と不法滞在、不法就労について、法的責任を問わず、無罪放免にするつもりですか?そうでないなら、どんな法的責任を負わせるべきだと思考しますか?「リスクやデメリットを考慮した上で」の根拠を提示して、お示しください。
そして、カルデロンさんに、何のお咎めもなしに「特別在留許可」を認めるということは、『不法入国して不法滞在・不法就労しても、子供が生まれてしまえば、無罪放免だ!』となり、ますます不法入国等が増えることになりますが、そのデメリットやリスクを回避するアイデアがあるか、あるいは、私を含めた日本国民にデメリットやリスクを背負えと要求する覚悟はおありなんですね?そこまで責任をとれる自信があるならいいですが、そんな自信はないというなら、残念ですが、私が要求する思考や感情になるように努力してください。

>つまり第1の問題の解決方法は単純で「不法入国」を無くすことですよね。
>①外国人の入国をまったく許可しない。
>②外国人の入国をまったく制限しない。
>①は密入国の可能性を否定できませんから、完璧とはいえません。
>よって完璧を目指すなら②しか選択肢はないことになります。

なんでその2択なんだ?ふざけてんのか?(激怒)
ひとりの少女を悲しませてでも、厳格に適用するからこそ、法は法として機能するのだ。(激怒)
それを間違いだと思考し、納得する気がないなら、日本国から出て行け。日本国が法治を捨てることはない。つまり、君が法治ではない人治の国にでも移住してくれればいい。

>じゃあ、わくわく44さんの杞憂の「外国人の犯罪」については、外国人の待遇改善で一定の改善を図れそうですね。よかった、よかった。

こういう言葉づかいをするってことは、確実にふざけてるよね?当方は完全に激怒した。
貧困は犯罪の原因となりうるが、犯罪は貧困のみで誘発されるものではない。待遇改善したところで、もともと順法精神がないなら、犯罪は発生する。って、こんなことを指摘する必要がない人だということは、数々のコメントから推測できる。つまり、君は匿名性を悪用して、私に対してふざけているわけだ。
違うというなら、釈明しろ。

ごんさん

はい。よろしくお願いします。

>「好意的であったかもしれないが味気のない仕事をするもんだね、日本の裁判官てものは」と、言い換えます。
>そして、裁判官の「良心」というものが「そういう味気ない判決以外に取り得ないのだ」というのなら、
>あたしは、ここでの「良心」の意味を間違えていました。申し訳ない。ということも、ここで付け加えさせていただきます。

大岡裁きは見ていて気持ち良い物ですが、ひっそり行われるから問題がないのであって、
大々的に判例として残るような事で無闇に行うべきではありません。
理由は書いている通り「恣意性」や「私的正義」の排除の為です。

なので、大岡裁きではなく、人権保護や法の枠外の運用を行うのであれば、
「制度批判」や「法改正要求」を伴うからです。
「憲法違反」なので、早急に「法改正をするべき」とした判決もありましたね?
憲法を基準に判断して「違憲なので法改正を行うべき」と言う主張であれば良いですが、
それを行う要求でもなく、今後の方向性として安定運用出来る自信がないのであれば、
その様な判決を安易に下すのは「危険」だと言う事です。
また、それをする事で、「法」が「担保」されなくなります。
少なくとも、民衆意識の中で「法」が「担保されない」物になっていきます。

私が貴方の言動に問題があると感じるのは「無責任」で「傲慢」としか思えないからです。
責任ある人間に「運用に責任を持て」と言いながら、自分がその運用が違うと思った時に、
ただ「強要」し「文句」を言い、「それをしない奴は冷たい人間だ」「情がない」と言う態度です。
「違うと思うから説明をしてくれ」と言うのであれば説明責任と言う点から考えて分かりますが、
貴方の言葉は、責任を持たない人間が、本人の悩みも考えずに決断を非難する言葉だからです。
「鳥に餌を上げない」と言う決断を、「鳥が可哀想じゃないか!」と責める発言です。
別に本人も鳥が可哀想だと思っていない訳ではありません。
記憶が確かなら、裁判官は
「法律上その様な結論しか出せないが、市民からも信頼され、地域社会にも溶け込み、長い間真面目に働いてきてもいる。なんとか日本で安心して暮らせるようにしてあげたいとは考える。」と言うような判決だったと記憶しています。

「なんとかもっと良い手続きはなかったのか?」とか「法律自体が妥当性がない不当な法だから変えた方がいいのではないか?」であれば分かりますが、
「こうすれば良かったじゃない」と言い、そしてそうしない人間を、
「情けない人間だ」と非難するような態度が、「身勝手じゃないですか?」と言っているのです。

運用者に責任がないとは言いません。
そして正しい判決や判例を積み重ねて行って貰う必要もあります。
そしてそれが出来ないのであれば「役職不適格」でもあります。
しかし、重い責任があれば、人情を絡めれば絡めるほど、
「決断は難しい」と思うのです。せめてその事くらいは理解を示せませんか?
それに理解を示せないとするからこそ「じゃあお前が全部責任持って運用しろよ。」と言いたくもなるのです。

「目の前の事」だけを考えるなら入国管理における「就労制限」と「滞在期間制限」が、
既に正当性がなく妥当性もない物なのです。
それを目の前の人権だけを考えて「正当」とか「合理的」と思う人間はいないでしょう。
ならそれを生み出した流れ・理由・制度は何なのかと言う事です。

韓国で売買春取締りの法案を通そうとした時に、デモをしたのは「売春婦」でした。
プラカードに書かれた言葉は「私たちの生活を守れ」です。
「買春」を取り締まろうとして「売春婦」に反対をされる。
皮肉どころの騒ぎではありません。
「政府が何を忘れて」「何を守ろうとした」のかが浮き彫りになったとしか言えません。
下手をすればそれと同じ状況を生みかねない状態で、決断者をただ責める。
その態度は私は「問題あり」だと判定をしたのです。

「もったいないと思う」事を否定しているのではありません。
「きっとそんな世界もあったと思うのに」と思う事を否定しているのではありません。
その感情自体は「尊い」物だと思います。
その感情がなければ意識的にすら「全ては自分の欲求を満たす道具」としてしか扱えない事を意味します。
そこは、おそらく非常に危険な世界です。
そう、それこそ全ての人が「ばれなければ何をしてもいい」と思っている世界でしょうから。

そして、その感情に伴って、「こうして行けばそんな世界を作れるだろう」と考える事も否定しません。
そうする事によってしか「制度」としての人間社会は良くなって行かないからです。
(可哀想以外に善悪判断による怒りや憎しみによる法の制定もありますけどね。
 こちらは危険な(私的正義でしかない)場合もあるので難しい所です。)

だから私が言いたいのは「感情を持つ事は良い」しかし、
何もせずに、何もしなかった人間が「運用者」を「非難」するのは止めた方が良いのでは?と言ってるのです。
まして「良心が疑われる」など人格批判その物です。
それを言う事は、その決断を苦しみながら出した人に、「ならお前が全部やれ!責任も全部お前が取れ!」
と言われても「仕方がない」思想ではないですか?と言う事です。
「こう言う運用はしたら駄目なんですか?」とか、裁判官に先に提案を出来る様な制度を作ったり、
そう言う事も考えてみても良いでしょう。
まぁ、そうなれば1人辺りの判決数は減るでしょうけど…。
でもそろそろそう言う事も必要な時代かなとも、政治を見てても思いますしね。
(8時間労働基準で、人から提案を受け、それに回答する時間をその中に含める事になると考えれば…。
 まぁ、政治家が電力施設の話をする時に電力設備関係の専門家から、
「妥当案」を提案されれば助かるでしょう。
スイスのような身勝手も出来ませんが、「何処まで許すか」とか、
考えた時に、ただ「作る作らない」の二択ではなく、「周辺にこれだけの距離を置けば」とか、そういう提案や処理も必要だと思いますから。)

せめて、そのくらいはやってから「人格批判」をしませんか?と言う事です。

ふと思った

こんな制度は如何でしょうか?

1,裁判官に「裁判」の拒否権を与える
→これによって「拒否出来たのにしなかった」と言う形で、
裁判に今より重い責任を持たせられます。

いや、中学の時の 身勝手極まる クラスメイトのやり口に辟易した私としては、
これだけ好き勝手言われるのであれば、せめて裁判の拒否権くらい与えてあげましょうと思います。
(応援団を去年やってたしやってくれ→「い や で す」→そこをどうにか→「うぜぇ」→「責任も持たない、真面目にもやらないと先に宣言しておくけどそれでもいいんだな?」
→当日にブーイング)

まさにモンスター。

申し訳ない

猫さん

うわあ、長いね。

>「情けない人間だ」と非難するような態度が、「身勝手じゃないですか?」と言っているのです。

だからそれについては「重々了解した」と言ってるよ。
(でも、猫さんがそう仰ると言うことは、そういうふうには聞こえなかったんだよね)

じゃあ、もう一度言いますね。わたしの先のコメントが、(どの部分かわかりませんが)裁判官の「人格批判」とか、そういうふうなことを言っているととらえられた。そうしてそれが猫さん(と他のみなさん)にご不快を与えたのならお詫びいたします。

ごめんなさい。

ちなみに、

増えすぎた鳩は迷惑だから餌をやるな。

というのと、今回の件と何の関係があるのかしら。こんなんばっかりだから無意味です。というつもりのことを申し上げたのですが、届かなかったみたいね。

交通戦争とか言われてる時代から交通裁判所(簡易裁判所)はあったんでしょ。というか案件が増えたからそうなったんだと思うんだけど。案件が増えるということはその違反による被害者も増えるということだよね。

だから何で大事なことをスルーして長々とお話しをなされるのかと。

「書類上の手続きで済ませられることを何でわざわざ金と手間をかけて強制執行するのか」

第76条  すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。

「今回もっとも責められるべきは、その職責に基づいて最良の方法を模索すべきであったのにそれをしなかった裁判官の職務怠慢と、人々の悪意に阿って判決を出し、それを情状酌量することなく強制執行した裁判(所)の非道だろう」

わくわくさんごめんね、聞いてくれないお人がいらっしゃるので、もう一回出しちゃったm(_ _)m

時間がないよ

もう出かけなきゃいけない。
なので、今のうちに、ひとつだけ

完成されたシステムに保護されているのだ

と安穏としていられるのも、

裁判官が表には見えないけど内部ではしっかりとその良心を働かせているのだ、

という思い込みによるものだよね。

その「思い込み」がほんとかどうか、一般の、たとえばあたしらでも検証できるシステムにしていきたいよね。裁判でも何でも。とにかく「見せて」欲しい。

最後の最後

わくわく44さん、ご苦労様です。
あなたはもっと面白い人かと思っていましたが・・・
あなたの私へのコメントは私から見れば矛盾だらけです。しかも慇懃無礼で失礼です。最悪です。

でも、この会話は私から始めたものだし、こちらから失礼の無いようにと自分なりに丁寧にコメントしたつもりですが、やはりお気に召さなかったのですね。

わくわく44さんの「外国人嫌悪」「外国人悪人説」が前提の主張に、これ以上お付き合いするヒマは私にはありませんので、あしからずご了承下さい。

ではまたいつか、別の話題で「実のある」お話が出来ることを祈っています。

ではでは

猫さんへ

猫さん、どうも。
細かい質問をありがとうございます。

猫さんは1000年後にも「国家」はあるとおもいますか?

「国家」による「人」と「財産」の固定が、将来の人類全体の利益になると思いますか?

「すぺーすのいど」へ

敬称はつけない。理由はわかるよな?
私が君に敬称をつけないのは正当だが、君は私に敬称をつける義務がある。それを認識せよ。

>あなたの私へのコメントは私から見れば矛盾だらけです。しかも慇懃無礼で失礼です。最悪です。

その発言は、私が君にやるべきものであって、君が私に対して発言する権利などない。無条件で撤回し謝罪せよ。

>わくわく44さんの「外国人嫌悪」「外国人悪人説」が前提の主張に、

こういう嘘をつくな。

>これ以上お付き合いするヒマは私にはありませんので、あしからずご了承下さい。

付き合わなくてもいいから、猛省しろ。自分自身の思考と感情を、私が要求するものに変更すること。

>ではまたいつか、別の話題で「実のある」お話が出来ることを祈っています。

私が要求する思考と感情を抱き、私に謝罪すればできるようになる。つまり、責任は全部君にある。正しく認識し、猛省せよ。なお、この発言に対して無視または拒否する権利は、君にはない。以上!(激怒)

「ごん」へ

君にも敬称は抜きだ。しかし、君は私に敬称をつける義務がある。

>わくわくさんごめんね、聞いてくれないお人がいらっしゃるので、もう一回出しちゃったm(_ _)m

不正解を根拠に批判するな。君がやってることは、言論の自由に対する冒涜だ。直ちに発言を撤回せよ。

>ごんさん
>じゃあ、もう一度言いますね。わたしの先のコメントが、(どの部分かわかりませんが)裁判官の「人格批判」とか、そういうふうなことを言っているととらえられた。

むしろ、ぜひどう言う意味で発言したのか問いたいので言いますね。
>これは日本人の良心が問われています。あなた方はそれでいいのですか?と。

暗に「その対応は良心不足」と非難をしてる様にしか見えません。
「冷たい奴だ」と言ってる様にしか見えません。

>ちなみに、増えすぎた鳩は迷惑だから餌をやるな。
>というのと、今回の件と何の関係があるのかしら。
>こんなんばっかりだから無意味です。というつもりのことを申し上げたのですが、届かなかったみたいね。

私が言ったのは「増えすぎたから」ではなく「増えるから」です。
私が言っているのは「何故外国人の就労と滞在に制限を何処も設けているのか」
と言う事を少しは考えてみましょうと言う事。
そこをすっ飛ばして「受け入れるんだ」と言う事は、
「鳩が増えすぎれば人にとっても鳩にとってもより大きな悲しみが待つだけ」と思って、
「可哀想だけど餌を上げないし、餌を上げたら駄目だ」と言う人に対し、
「可哀想じゃないか」と言う非難を浴びせるのと同じ愚かさだと言う事です。
「別に可哀想じゃないなんていってねぇよ!!」と言われてしまいます。
「なんで餌を上げたら行けないの?」とか「餌を上げても問題がないと思う」と言うのは問題としていません。
また、「増えすぎたら人間も鳩も今よりもっと苦しい思いをする」といわれて、
「それでも助けよう」と言う事も否定はしておりません。
ただ「それを受け入れろ」と言えば反論がある事、将来に対して責任を負うように言われる事くらいは予想がつきますよね?と言う事。

>交通戦争とか言われてる時代から交通裁判所(簡易裁判所)はあったんでしょ。
>というか案件が増えたからそうなったんだと思うんだけど。案件が増えるということはその違反による被害者も増えるということだよね。

その通りです。だから法の制定と運用は難しい面があります。
適せんでなければいけませんが「完全な適せんさ」というのが現実に実現が難しい(と言うか、適せんの基準が個人依存である以上ありえない)からです。

>「書類上の手続きで済ませられることを何でわざわざ金と手間をかけて強制執行するのか」
>「今回もっとも責められるべきは、その職責に基づいて最良の方法を模索すべきであったのにそれをしなかった裁判官の職務怠慢と、人々の悪意に阿って判決を出し、それを情状酌量することなく強制執行した裁判(所)の非道だろう」

非道だと思うなら本人に「こういう方法では駄目だったのか」と問えばいい。
貴方は私に「正当な対応だ」と言った理由を求めろといっているが、
私は「正当な対応だ」と断言した場所は一つもない。
「運用は難しいだろうから仕方なかったのでは?」と言っただけです。

そして「非道な行いをした」と断ずるのは「この悪人め」と言うのと同じです。
私は今回の決定を下した裁判官は「悪人」だとは思っておりません。
判決文を探してみても良いと思いますよ。
まぁ、わくわくさん的には問題がある判決文かもしれませんが…。

また、逆に言えば「間違いなくその方法を取りえた」とする根拠もむしろお答え下さい。
貴方が「非道だ」と言う論拠はまさにそこにあるのでしょう?
罰金刑でもないですし、書類上の手続きで済ませられるような物であったかも考えて下さい。
(罰金刑や徴収が含まれる罪科は「お金を払わせる」事がある為、
 そのお金を持って「履行」とする事は可能だと思いませんか?
 逆に罰金のない物は、書類手続きだけで済ませれば「実質不履行」となります。)

大体、厳密に運用するならのり子さんを含めて強制送還。
再入国は5年不可で5年後も通常の入国審査となる事を忘れてはいけません。
ちなみに本件は費用は政府からは出す事とはしていません。
「民衆の善意」と言う形が取りうる最大限の形である事もあると言う事です。
これでのり子さん支援金集めに裁判官や法務大臣が多少なりとも参加していたら、
貴方の非難が どれだけ的外れなのか と言う事にすらなりませんか?

>完成されたシステムに保護されているのだ
馬鹿を言っちゃいけない。
完成されたシステムだなどとは、私もわくわくさんも全く言っていない。
皮肉を言うなら「実質的法治主義は最悪の制度だ。ただし、今までに行われてきた他の全ての制度を抜かせば。」と言う事です。
もっと良いシステムや制度を模索する事は私はむしろ肯定しています。
ただ、それだって「システムが機能しない」のでは意味がないのです。
夢では、理念では意味がないのです。
「現実」として運用されなければ意味がないのです。
「人権主義」と詠って何かやってみた所で「権利濫用」の温床になるかもしれない、
スイスのような我侭が全ての場所でまかり通って、電気が使えなくなって、
その事を文句を言い出す馬鹿な人民が出てくるかもしれない。
それではむしろ、現実にはシステムは崩壊し、人権は今より守られない物になってしまう。
「理念」は大事です。「人の為の法」と言う考えを抜かす事は許されません。
それでは「法の意義」として順序が逆転してしまうからです。
「法の存在」ではなく「法の存在意義」から「妥当性がなく完全に不当」となりかねないからです。
しかし、「理念だけ」でも駄目なのです。「現実」は。
人が可哀想だ、人を守ろうと言う「理念」「気持ち」は大事ですが、
それは「現実」として可能なシステムにならなければ、
むしろ「害悪」になりかねないのです。


>裁判官が表には見えないけど内部ではしっかりとその良心を働かせているのだ、
>という思い込みによるものだよね。
>その「思い込み」がほんとかどうか、一般の、たとえばあたしらでも検証できるシステムにしていきたいよね。
>裁判でも何でも。とにかく「見せて」欲しい。

上記2行は「批判」として言っているなら、それはそのままお返しできる言葉でもある事はちゃんと自覚してらっしゃいますよね?
それとも、「間違いなく不当だ」「存在しない」と言うだけの材料は集めたと言う確信があると言う事でしょうか?
私は判決文を見る限り「彼なりに良心と法の間で悩んだ結果」であると判断しています。
もし正規入国であったり、間違いなくブローカーが関わった被害者であれば、
判決が違った可能性も十分にあると思います。


下2行は完全に同意します。その「理念」を持って現実的なシステムや制度、法は模索するべきでしょう。
そう、法もシステムも制度も「現実的」でなくては「危険」なのです。
理念に誤魔化され、細部を疑わないのは「危険」なのです。
ただし、その疑いは自分の中に留めて行動に反映するのは、
「法治主義」と言うシステム自体への挑戦です。
法と戦ってはいけないと言う事ではありませんが、法治主義には法治主義なりの、
「法との戦い方」があると言う事です。


>すぺーすのいどさん
>猫さんは1000年後にも「国家」はあるとおもいますか?

正直な所、分かりません。国家と言うシステムは早い所から数えれば、1万年以上続いてきた物ですからね。
逆に今も「国」と言う概念を理解しないだろうなと思われる、「集落暮らし」の方々もいます。
つまりそれだけ「強固な物」ですが、確かに「幻想」でもあります。

ただ、アメリカや中国の資源闘争やCO2排出量に対する会議での、
非協力的で公平性を模索しない各国の姿勢を見る限り、その態度が真剣に問題視されないのであれば、
残るだろうと思いますし、逆に残した方が良いとも思います。
また、正直な所、「少子化」などはそれ自体を問題視するような物ではなく、
むしろ「安定」した持続性を考えれば、人は基本的に増え過ぎない方がいいと思っています。

正直な所、CO2排出量は人口や産業基準にするべきだと思っています。
発展途上国はCO2の排出量は人口比として少ないでしょう。
また、エコ活動に力を入れてきた国も既にある程度減っているでしょう。
また、先進国が我慢するべきとかの意見は先進国に生まれた人間からすれば、
「なんで親の罪過を子供が払えみたいな話になるんだよ!」と言う気持ちを持ちかねません。
逆に発展途上国は「そうでもしないと技術や経済格差が広がるばかりじゃないか」となるでしょう。
と言う訳で、「人口比(と言って単純な掛け算よりは特殊な掛け算が必要だと思いますが)」で、
産業やその土地の環境(例えば寒い地方で暖房を消す事は出来ませんね?狭い土地で農業を主要産業にする事もできませんね?)などを考慮して、
CO2の排出量を定めると共に、企業なども手伝って、各国・各地域の技術レベルや教育レベル・インフラ整備を進め、
生活レベルを望む限り、ほぼ同じに引き上げる必要があると考えています。
計算の難しさや、それでも「万人が納得する計算式」のなさなどの課題はありますが、
少なくとも「現在値からどれだけ減らそう」よりは公平なシステムになると思います。
労力を払ってシステムを考え、同時に経済システムも変えなければ途中で破綻するでしょうが。
正直、こう言う事を世界が一丸となって真剣に取り組むような土台がない限りは、
「無理だし仕方がない」と思ってしまいます。
北朝鮮だって、非難決議だけ出しても仕方ない気がするのが本音です。

>「国家」による「人」と「財産」の固定が、将来の人類全体の利益になると思いますか?

多分、上述の発言の中にも考えは散見して見られると思います。
私は、人間の権利や生活が確保される為には、ある種の秩序が存在する必要があると考えています。
「社会」がなければ人は弱い存在だからです。
だから、基本的に「秩序がない」状態よりは「何でもいいから秩序がある」状態の方が、
大抵の場合は「マシ」だと考えています。
ですから、「理想」とは程遠いですが、「現状では仕方ないのでは?」と言う状態です。(苦笑)

更に言えば「理念だけ」なのは「秩序」を存在させる為だとしても運用上危険です。
理念が同じでもそこが保障する範囲・制限する範囲が個人の「ばらばらな」見解に依存するようであれば、
既に秩序は成り立ちません。
ですから、「理念」を持って「現実的なシステム」を考案する必要があると思います。
これは一国でやればどうにかなると言う物でもありません。
場合によっては世界中で「革命」でも起きないと無理なのかもしれません。
(国連が特定の人の利益の為に動いているとする意見もありますから、
 それが本当なら国連にもそれを取り纏め、仕切っていく様な役割は期待できません。)

例えば他にも「人類全体の利益」を考えた時、実現可能なのであれば、全ての書籍など電子ファイル化が行われると便利だろうと思います。
また、それを全世界共有サーバで管理するのです。
そうすると、「情報」のやり取りに必要な物資が相当減ると思っています。
少なくとも「本」の類が相当消せると思いますからね。
まぁ、当然必要な通信設備などがどの程度大規模な物になるかは分かりませんが…。
(遅ければ不便だから廃れるでしょうし、また創作者の権利保護や報酬の保護の問題もあります)
課題や有り様が正しいかの疑念はいくらでも出せます。
ちなみに、日本は個人の使う回線の質と普及率としては世界トップクラスらしいです。
光回線とかはアメリカとかでは料金的に企業用だそうです。^^;

また、国境を失くすと言う理念も、それだけでは実は課題が多々あります。
例えば、日本人は大抵の人は日本語しか話せません。
2・3ヶ国語話せる人もいますが、せいぜいその程度ですね?
そして言語が違う人同士で協力生活を行うのは「非常に不便」です。
「国境」が幻として消えても、こう言ったそこに居た「人」の持つ能力や常識や感性は残ります。
そして常識や感性や能力は「作られた物」ですが、やはり「そうなってしまっている」と言う事です。
(妙な言い方ですが世界は割とそんな物です。
 同じ「人間」でも「男女」をある領域では分けますね。
 しかしある場所では「人間」と言う括りで一括りです。
 そして人間は「動物」の中の1種に過ぎません。
 でも「人間」と「他の動物」は区別されますね?
 まぁ、最終的に行き着くと「人間」は「エネルギーの塊」の一形態に過ぎない訳です。
 しかし、現実に下位分野として分かれてしまっている事、
 性質がそれぞれに違う事もまた「事実」なので、その下位分野をどう扱っていくか?
 と言う議論がどうしても出てきてしまいます。)

これらの事への「権利と社会の維持」をどうして行くかも考えなければいけません。
全ての人が 全ての人と 全ての場所で 自国語で 意志疎通が出来る環境は多分作れません。
(全員に全部の言語を覚えろという事ですから)

じゃあ、全世界の共通語を一個作ろうかとか、そう言う話になるのだと思いますけど、
短期的にはそれによって「不利な立場」に立たされる人はありがたくはないですしね。^^;
(例えば、日本のテレビも全て英語放送になったら?
 それだけで社会的・感情的に不利な人は出てしまいますよね?
 そうじゃなくても、言語は音感と関わってくると思います。
 「日本語のはっきりした喋り」と「英語のはっきりした喋り」は違うでしょうし、
 日本語で聞きなれた人の「可愛い声」「格好いい声」と、
 英語を聞きなれた人のそれも違うでしょう。
 同じ事を話していても、私からすれば英語であるだけで「なんかイメージが違う」となりかねません。)

だから、そう言う色んな課題を見据えて「これは捨てよう」「これは残そう」「これはこうやって長い時間を解決して行こう」など、
1つ1つよく考えていかないと難しいと思います。
この辺りの私的理想は
「主言語は日本語で(エゴイズム)、文化的・感性的・常識的には、
現在の日本の日本人同士の感性が地域社会的にそれなりに残りつつ、
海外の感性も別の場所で地域社会的に残り、その感性の違いについて、
誰でも理解が出来るように上手く纏められている」状態が理想ですね。
文化間の差って結構見てると面白いんですけど、天然ボケが傍から見てれば面白いけど、
自分の活動や生活に関わってくると困るし邪魔な事も多いので…。(笑)

鳩に心があるのかしらないけど

猫さん、

長いよ。

猫さんは、あたしには裁判官の「良心」が疑われるようなことは言うな、と言いつつ、こちらが何の理もなくわあわあ言ってるかのような表現で長々と、なじる。正直むっときます。むっとくるけど、こらえますね。猫さんが,裁判官の側にお立ちになるということであれば「仕方のない」ことかもしれませんから。

じっくりといきましょう。まずは、ここから、

送還と召還の手続きを書面でのみ行うということは「手続きを無視した運用」なのですか。

わたしの提示したこれに猫さんは答えて下さらない。

なぜですか?

1.「それは最初から専門家の間では有り得ないこと」だから

2.「それは最初から専門家の間では有り得ないこと」だろうと猫さんがお考えになるから

3.それ以外

わたしが最初に思いつきで出した、「あの裁量」に噛みついてきたのは、悪意のあるみなさんだけでした。(先にも申し上げましたとおり、そういうふうにわたしは判断しております)他のみなさんは、スルーした。これは「ばかなことを言っているよ」か「そうだよね」か、あるいは、読んでもらっていない、か、そのどちらかなのでしょう。と、あの時、わたしは感じました。

それで、今、にいたるわけです。

それで、今、の話しをしましょう。今、わたしのような「無責任」で「傲慢」なものですら思いつく提案に、なぜ猫さんは即答して下さらないのですか。ということです。

先にも申し上げました。裁判官が滞りなく職務を全うしたということを仰りたいのであれば、わたしの言を否定すればいい。すぐさまそれをするはずでしょう。なぜそれをしないのですか。

それをせずに、長々と言葉を尽くして「法の運用の難しさ」をわたしに説諭なされる。そのことは、よくわかりました。ありがとうございます。

猫さん、

わたしたちの人生を裁く法律というものはそんなに難しい具合になっているのでしょうか?

わたしには、

増えすぎた鳩には餌をやるなはごもっともだけど

増える可能性のある違反者に人権をやるなは全然ごもっともじゃない、のです

鳩は人を殺すことは希だと思いますが、
交通違反者は、
その違反行為に起因する事故で、
いつでも人を殺傷する可能性を持っています。
それにもかかわらず、

事故を起こす可能性のある交通違反者からは人権を剥奪せよ、(まずはそうして見せよ)

とは思いません。

猫さん、

これがそんなに難しいことなのですか。

あともうひとつ

わたしは裁判官の「職務怠慢」にその責はある(だろう)と言いました。ここで(だろう)と言うのは、わたしの論拠が否定されれば「職務怠慢」はなくなるわけですから、これは断定ではなくてあくまでも推論です。そしてそれは、ただ、それだけのことです。わたしの考えを断定の形式を持って陳述しただけの。

しかし、非道(道理がない)のは、裁判(所)だと言っています。これ(ふたつの主体の違い)にはわたしなりの道理が含まれておりますので、あやまたず、そのようにお受け取りいただきたいのです。ですから、みなさんには、お手数ですがそのことを確認なされて、どうかご承認下さることをお願いします。

わがまま申し上げてすみません。

結論。

 1:偽造パスポートによる入国は犯罪である。ゆえに、カルデロンさんを強制退去処分にしなければならない、と現実、実態を見ないで人権を制約しようとする国家主義者がいる。法とは国家主義、暴力主義を抑圧する秩序であるということを理解していない者の発言である。

 2:偽装パスポートによる犯罪を問題視するのであれば、有印公文書偽造罪については、とっくの昔に時効を成立させて当然である。カルデロンさんは日本で約20年に渡り、生活してきたのである。ゆえに、政府・法務省の入国管理体制を職務怠慢として批判するのであれば、理解できるのであるが、約20年も真面目に生活してきた人間に対し、20年も訴求して処罰する。したがって、強制退去処分に処する、ということは、殺人罪でも時効があることを考慮にするとまったくの暴論だし、「法外」な処分だと言える。

 3:今回の事件は、時効で処罰する必要性がないにもかかわらず、単に「外国人を排除したい」という差別・暴力主義が、カルデロンさん一家を引き裂いたという結論しか出ないのである。

>ごんさん
>送還と召還の手続きを書面でのみ行うということは「手続きを無視した運用」なのですか。
>わたしの提示したこれに猫さんは答えて下さらない。
>なぜですか?

これは2の
>「それは最初から専門家の間では有り得ないこと」だろうと猫さんがお考えになるから
が近いですが、貴方はやっぱり批判の本質を理解していない。
まずここは
「専門家の間ではそれをすると安易に言えないような物と言う可能性もあるでしょう」です。
私は専門家ではありませんから、それを出来ない壁がどういうものかは分かりません。
「可能性は無いの?」と聞いて言るのです。

また、その運用が安易にいえないと思われる理由は、
前の文章でもあげましたが例えば「罰金刑や車を取り戻す時の実質的反則金」があれば、
「そんな手続き」でいいでしょうが、罰金刑ではないから書類手続きだけで出来ない可能性もあるでしょう。
例えば、駐車違反の自動車や自転車について、書類と原点、
そして、本来持って行かれていれば支払わされたお金を払わせる形はありでしょうが、
反則金などの無い物であれば「書類上だけで手続き」と言うのが難しい物もあるでしょう。
何処に「罰則」としての本質があるかです。

あと、「召還」も「フィリピン人」である事を考えれば手続きとしてはおかしいです。
それは「国家主権制度」的には、フィリピンとフィリピン人の存在を認めない事を意味します。
個人的に書類上の手続きで行うのであれば、
「正規パスポートの発行」などの料金系を「フィリピンと合同」で処理して行き、
入国費用などについては本人たちに持たせる。
(つまり便宜的に、入国・出国処理や移動費をちゃんと支払わせる)
帰国費用については、本人たちが払えないのであれば確かに日本持ちですから、
状況によってとなるでしょう。

そして、その後に批判をしているのは貴方が「そう言う方法が良かったと思う」と言う事ではありません。
「そう言う方法を取らない日本の良心が問われている」と言った事です。
「裁判官の良心が問われる」と言った事です。
私が言ったのはあくまでここです。

>交通違反者は、
>その違反行為に起因する事故で、
>いつでも人を殺傷する可能性を持っています。
>それにもかかわらず、
>事故を起こす可能性のある交通違反者からは人権を剥奪せよ、(まずはそうして見せよ)
>とは思いません。

しかし罰則を適用せよとは思うのでしょう?
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%85%92%E6%B0%97%E5%B8%AF%E3%81%B3%E9%81%8B%E8%BB%A2
酒気帯び運転の罰則金、もうちょっと考えた方がいいと思いますけどね。
人権保護を考えるなら…どこぞの国みたいに、収入に比例して罰則金を適用でもいいかもしれません。
50万取られたら私は2ヶ月分の給料が飛びますよ。(--;
「罰則は適用せよと思う」のであればそれが答えです。


>増える可能性のある違反者に人権をやるなは全然ごもっともじゃない、のです
そちらはこれから言う立場に最初から立っていると思いますが、
まずは入国管理法における「滞在期間」と「就労制限」自体が、
既に直接的に「人権」を侵害しています。
だから、そう言う意味では、合理性がない事が明白ならこの法案や制約自体を失くすべきです。
それこそ世界的に。

そう考えれば「人権をやるな」と言う単純な話ではない事は予想頂けると思いますが…?
交通法規違反の「人権」と「罰則」の話もしましたね。

>非道(道理がない)のは、裁判(所)だと言っています。
「あの裁判は十分ではなかったのではないか?」と言う疑念を持つ事は、
私はむしろ否定はしていません。
そう言う疑念を持つ事は権力の監視や法の監視に繋がる重要な意識です。
私がここでの「非道」について、そちらが考える以上に悪い印象を持った事は確かかもしれません。
また、断定的に言い表しただけですと言う表明も不適切で無責任です。
「断定する」とは「断定的に表明する」以外ないからです。
そして本来自分の意見と言う物が、最終的に主観以外に存在し得ない事が分かっているのであれば、
他者への批判の仕方に対してはもう少し慎重になった方が良いはずです。
ここを考えないのであれば、熱狂する人々を批判してはいけません。
根本的に同類だからです。十分すぎるくらいに慎重になって、
そう言う結論しか出なかったと言うのなら申し訳ございません。

>猫さんは、あたしには裁判官の「良心」が疑われるようなことは言うな、と言いつつ、こちらが何の理もなくわあわあ言ってるかのような表現で長々と、なじる。
良心が「疑われるような事を言うな」ではありません。
前にも書いて言うとおりです。
むしろどう言った意図で「良心が問われています」などといったのかと言う事です。


>東西南北さん
2,については納得しましたので「長期間滞在の場合」と言う話について、
その基準である程度許可を出すと言う法整備は考慮する余地はあると思います。
まぁ、国際的な入管手続きや入学手続きの問題についても、
システムを考慮しないと、「最初からその法律を失くせ」となりかねないですけど。
率直に言って真面目に入国している外国人にとっても、
なんとも感情的に敏感な話題です。
「俺なんで真面目に入国して滞在期間の更新してるの?」と言う気持ちを抱きかねなかった人も、
少なくは無いと言う事も現実に考慮頂きたいと思います。

ふと思った

正規入国の外国人にも配慮をして、「入国管理法」の「滞在期間」と「就労制限」を維持したまま、
法整備をするとすると、どこかで出ていた、滞在許可・就労許可は出すが、
国が指定する「ボランティア活動」をさせると言うような法整備がいいのかも知れませんね。

通常の就労以外の時間拘束などがありますから、それが嫌ならやはり正規入国をしてくださいと…。

「猫」様

まず、東西南北についてですが、こいつは私を挑発しているだけです。要するに、レスさせておいて、「ほら、わくわく44というのは、こうなんですよ。騙されないでくださいね。」とか、そんなことを狙っているわけです。なので、基本的にスルーが適切だと思います。

>正規入国の外国人にも配慮をして、「入国管理法」の「滞在期間」と「就労制限」を維持したまま、法整備をするとすると、どこかで出ていた、滞在許可・就労許可は出すが、国が指定する「ボランティア活動」をさせると言うような法整備がいいのかも知れませんね。

まぁ、ペナルティでボランティアっていうのも、ボランティアを受ける側からすれば、あまり快いものじゃないとは思いますけど(汗)、方法としては考えられるかも、ですね。

水面下の動きになる性質のものなので、「それはやってる!」と批判されるかも知れませんが、私は、こういう場合は、法務省と外務省が連携して、フィリピン大使館と協議の上で、「カルデロンさんにペナルティを与えることと、カルデロンさん一家の保護の両立を図る、トータルの措置」を講じるように動くべきだ、と主張したいですね。

その上で、ちょっとこれは、カルデロンさんを生贄にしてしまうようですが、もし仮にカルデロンさんが偽造パスポートでの入国の必要性がなかったのであれば、その必要性がないことを表に出すのがいいかと。

あるいは、これは、今思いついたことなので、私自身が詰めていないので、いろいろと課題があるでしょうが、それを前提に話せば、外国人労働者を、きちんとした待遇で受け入れることを国家の許認可案件にして、かつ、その企業に優遇措置をとることで、こうした不法入国の「必要性」をある程度潰すことができるかも知れない、と思います。
ここで許認可案件としたのは、脱法行為を防ぐためですが、許認可の手間暇をかける値がある優遇があれば、好意的に取り組む企業が出てくるかもしれません。

ふう。。。

猫さん、

問、送還と召還の手続きを書面でのみ行うということは「手続きを無視した運用」なのですか。

答、専門家の間ではそれをすると安易に言えないような物と言う可能性もあるでしょう。


ここで猫さんの仰ることが理解できないのはあたしの頭が弱いからということでしょうが、詰まるところ、猫さんは、ご自分の可能性というか思い込みで長々とわたしに対する批判を展開してきたわけですか。

恐れ入りました。猫さんのわたしに対する批判のお言葉、重々肝に銘じておきます。どうもありがとうございました。

日本人の良心が問われていますよ

わたしはそう言った。そう思ったから言った。意図も何にもありはしない。

第76条 3 すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。

日本国憲法と(現時点の)自らの心に照らし合わせて言った。

猫さんはそれを「無自覚」で「傲慢」だと仰る。

わたしはそうは思わない。でも猫さんがそうお思いになるのを否定しないし、否定しようもない。わたしの主張が裁判官に対する侮辱であるという猫さんの批判も承知した。

それでいいじゃないですか。

第19条 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。

審判

わたしは「実際に行って、帰って来る」という行為を無駄だと思う。

親子がバラバラにならなければならない。日本での仕事ができない。引っ越しを2回もしなければならない。

わたしは、ひどい話しだと思う。

(書類で済ませてはいけないということは憲法のどこにも書いていないのに、それは有り得ないということで)実際に送還と召還を強制執行させる日本はアホだと思う。

猫さんやわくわくさんやその他大勢のみなさんは、そんなわたしのことをどうとでも思うがいい。

第19条 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。

まぁ、人間なんだし意見が違うのは当然ですね…

>わたしは「実際に行って、帰って来る」という行為を無駄だと思う。

だと思う。と言う事で、私は「罰則」上そうは思わない、と言う事ですね。

>親子がバラバラにならなければならない。日本での仕事ができない。引っ越しを2回もしなければならない。
>わたしは、ひどい話しだと思う。

ここは違いがあると思っている場所を誤っていると思います。
まぁ、「仕方ない」と「どうにかしたい」、どちらが優先かの差はあるでしょうが…。
こう言う現象が起こる「制度」が「表面的に」ひどい物だと言うのは別にわくわくさんも私も同じ立場です。
(鳩が飢え死にするのは「可哀想」「悲しい」と大抵の人が思うのと同じです)

私はそのひどい事を失くすなら、そもそも制度に問題があるのだから、
制度を直す事を模索するべきだと思う。
書いてる通り、元々就労制限と滞在期間の規定自体が直接には移動の自由と居住の自由に対する人権侵害です。
それをどうにかしたいと思うのはむしろ「正当な」法整備の為に必要な感性ですからね。

ちょっと探したけど、不法入国発見時に子供が中学生以上だと特別在留許可が出る事が多いらしい。
(過去の行政処分場)
カルデロン一家は見つかった時は2年前(のり子さんが小学5年)で、
裁判所で処理待ちの「強制執行停止」を利用して、2年在留していた為に、
家族一同と言う許可が出なかったと見る向きもあるようです。
法の下の平等の考えからも、法を平等に運用する必要があると判断したのだと思います。
(法の下の平等はご存知でしょうが、国に「法を平等に運用しなさい」と言う物ですからね)

>(書類で済ませてはいけないということは憲法のどこにも書いていないのに、それは有り得ないということで)実際に送還と召還を強制執行させる日本はアホだと思う。

憲法にはそんな事はかかれる事は無いでしょう。
憲法に書いてある条文を読めば憲法は「理念書」だと分かると思います。
まぁ、国際人権宣言で「移動と居住の自由」を詠ってるのに、
何で何処の国も「入国管理」「就労制限」「滞在期間制限」してるんだよ。
って言うのと同じ物もしばしばありますけどね。
憲法上の権利は「国民」と書かれていますが、「国民」に制限しないと言う考えは、
昨今では割と一般的ですけど、それの適用は、
国家「運営」の主権や主体との関わりもあり、
「どう言った場合にどこまでの権利保護をどちらの国が行う」と言うのは、
現状の国際社会では明確な統一見解は出ないでしょう。

…フィリピンの日本人オーバーステイホームレスの保護は日本大使館が行ってますしね。
(金渡しても生活で使って帰らない奴が居るとかで、真面目に「強制」送還させろと…)

また、憲法上の法の下の平等の概念からは「片側」(平等な法を作っていきましょう)には反しますが、
もう片側(平等に法を運用しなさい)では、どちらかと言うと合っています。
そして、反する「片側」は国際人権宣言におけるなんで「移動と居住の自由」があるって書いてるのに、
「国家主権による入国・滞在・就労制限」があるんだよと言うのと同程度の物と感じる為、
一概に違憲とは「私は」思いません。

わすれもの

自らの子どもに対する保護責任と、

納税の義務、勤労の権利、

日本を愛する心、

それらの価値よりも「罰則の厳正な適用」を優先させて、

さらにはそのことを
「温情的」だ「苦渋の決断」だ「誠実な態度」だなどと
もて囃している人々を

そういうふうな人を

形容する言葉をわたしはもたない。

第22条 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。

第27条 すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。

第30条 国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ。

児童憲章

 われらは、日本国憲法の精神にしたがい、児童に対する正しい観念を確立し、すべての児童の幸福をはかるために、この憲章を定める。

  児童は、人として尊ばれる。
  児童は、社会の一員として重んぜられる。
  児童は、よい環境のなかで育てられる。

十二 すべての児童は、愛とまことによって結ばれ、よい国民として人類の平和と文化に貢献するように、みちびかれる。

「ごん」さん

君の思想や感情が「誤り」だと断言され、是正を求められている最大の原因。

事実認識が誤っている。

>自らの子どもに対する保護責任と、納税の義務、勤労の権利、日本を愛する心、それらの価値よりも「罰則の厳正な適用」を優先させて、さらにはそのことを「温情的」だ「苦渋の決断」だ「誠実な態度」だなどともて囃している人々をそういうふうな人を形容する言葉をわたしはもたない。

事実認識の誤りは、この君のコメントによく反映されている。
誰も罰則の厳正な適用を優先していないのだが、君は、君が望む司法判断や行政処分を下さないと、『自らの子どもに対する保護責任と、納税の義務、勤労の権利、日本を愛する心、それらの価値よりも「罰則の厳正な適用」を優先』していると思考してしまっている。この時点で、君はもはや理性的ではない。

単に君が無知であるがゆえに、正しい事実認識ができないというだけであるなら、私は、むしろ責める言葉を発しないであろう。私が君の思考や感情、さらには思想信条にまで変更を要求しているのは、君は「無知からくる誤解を根拠に、つまり、虚偽を根拠に他人を批判している」からだ。

虚偽を根拠に他人を批判や非難することこそが、ただの誹謗中傷にすぎず、不当な人権侵害だということに気づくように。

まぁ、「冷たい人だ」と自由に言っててください

>自らの子どもに対する保護責任と、
>納税の義務、勤労の権利、
>日本を愛する心、
>それらの価値よりも「罰則の厳正な適用」を優先させて、

厳正な運用ならのりこさんも含めて強制送還です。
また、3行目は止めましょう。
定義と範囲があまりにも曖昧な表現です。
在留許可推進派も別のエントリーでよく言っていますね。
「愛の形もそれぞれ」とか。
そうじゃなくったって「日本は私の祖国だけど日本人は要らない」と、
平然と言いのける在日朝鮮人も居るのです。(そら日本人から「国籍国に帰れ」とも言われます)


>第22条 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
>第27条 すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。
>第30条 国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ。

既にいくつか言っております。就労制限や滞在制限が国連人権規約からも外れた物です。
でもなんで何処も止めないの?
また、27条ははっきり「国民」と書かれていますので、解釈として、
外国人の権利を「何処まで保護をする」は難しいでしょう。

更に、ここに触れないのは意図的でしょうか?
>>交通違反者は、
>>その違反行為に起因する事故で、
>>いつでも人を殺傷する可能性を持っています。
>>それにもかかわらず、
>>事故を起こす可能性のある交通違反者からは人権を剥奪せよ、(まずはそうして見せよ)
>>とは思いません。

>しかし罰則を適用せよとは思うのでしょう?

…ここで「NO」とお答え出来るか、「権利優先の為に罰則から最低でも懲役刑を失くすべき」とか
言えないのであれば、貴方の論法は「おかしい」としか思えません。
子供が居たら罰金が払えなくても懲役刑ではなくなるとか、
その様に法整備をする様にと言うのであれば貴方の論法は理解出来ますけどね。

「法」を有名無実なものにする覚悟があるなら貴方の論法で結構です。
「法」は正当で合理的な物でなくてはいけない。
そうでなくては「法」の目的が失われてしまうから。
しかし、「法」は遵守され、運用されなければいけない。
「運用」されない法は実効力の担保されない法であり、「存在しない」法と変わらないからです。

貴方は「飲酒運転は罰則を受けるべき」だが「不法滞在は罰則を受けなくていい」と「思った」
この論法を常態化させる事は「法」が「存在しなくていい」と言うのと変わらない事だと言う事を、
少し考えて見て頂きたい。
「別に酔わなければ大丈夫」と思って、お酒に強い人がある程度お酒を飲んで捕まった。
「いや、だって事故を起こさない為でしょう。別に泥酔するほど飲んで無いし問題ないじゃないですか。
 実際事故だって起きて無いし」
この論法を許す事と変わらない意見なのです。
他の罪状でもいくらでも言えます。
同意の上で10歳の少女と淫行?性交?をした成人が「だって同意の上なんだからいいじゃないですか!」とか。
最悪、「私は生存権が維持されなくても良い(または保障されてると思えない)から、他人の生存権も必要だと思いません。」とか。

それでは「法」は「存在しない物」と変わりません。
ですから、私は貴方に「法や制度」を「変える戦い」をして欲しいと言ってるのです。
判例主義とかもある程度、同様の考え方だと思いますよ。
「自分の考え」「感情」だけを基準に適正かどうかを判断して運用する事が、
「正当化」され「常態化」されれば、実質「何でもあり」ですからね。

大岡裁きとか人情のある対応として

裁判所に持って行かれれば逆に白黒つけなければいけなくなってしまいます。

ですので、こう言う時に可能な最も曖昧で優しい対応は「見なかった事にする」事です。
または「見つけない」事です。

「見なかった事にした」事がばれれば、当然、
見逃した方にも罪科が出ますので、
一番良いのは疑っても「見つけない」事でしょう。

要は、「不法滞在者だって知らなかったの?」と言う言葉に、
「知らなかった」と言う答えを返す状態です。
「見つけてない訳が無い」状態でなければ、この方法でどのような法律も、
「本人達」の間で法を無視して運用が可能です。

悪い

ああ、読んでなかった。ごめんごめん。

>>交通違反者は、
>>その違反行為に起因する事故で、
>>いつでも人を殺傷する可能性を持っています。
>>それにもかかわらず、
>>事故を起こす可能性のある交通違反者からは人権を剥奪せよ、(まずはそうして見せよ)
>>とは思いません。

>しかし罰則を適用せよとは思うのでしょう?

免停でしょ。しかも1~2点の累積(これは常習ってことだよね)の場合は講習を受けることで免停期間がなくなっちゃうんじゃなかったっけ?

>事故を起こす可能性のある交通違反者

ちゃんと読んでるよね。

訂正、と、

>1~2点の累積(これは常習ってことだよね)の場合は講習を受けることで免停期間がなくなっちゃう

免停期間が講習によって免除されるのは1~点の違反の累積6点(一回目の免停に限る)だったよ。1~2点というのは間違い。訂正します。

それで、気になったんで勉強してみた。交通違反の罰則規定。

http://rules.rjq.jp/tensuhyo1.html

今回の件での再入国は「本国への強制送還された者には5年間認められない」。ほんでもって、これで見ると、交通違反の場合は5年以下の懲役が最高で該当する違反は「酒酔い運転」だけだね。

ここで、

酒酔い(酒気帯びではない)運転偽造パスポートを使った入国のどちらが悪質か?

というので見てもいいけど、

一番わかりやすいのはこっち。

>5年以下の懲役又は100万円以下の罰金

100万円

もちろん、安い、とは決して申しません(賄うことのできない方も実際にいらっしゃるはずですから)。でも、これが5年の懲役のお値打ち。最も悪質な交通違反の価格。酒酔い運転の値段。です。

こういうのを見てると、カルデロンさんはこれまでに日本「国民」として「税金」をどれだけ「納めさせられて」いたのか、みなさんは気になったりしません。

それに比べて今回のお上の「温情」のお値打ちときたらもう、

というかわたしの心にずっとあるのは、

「これが外国人に対する差別でなく何だというのでしょうか」

ということです。

ふぅ…

わざわざ飲酒運転のWikiアドレス出したのだから一度見てください。(--;;
昨今の世論に押されたせいか結構重いですよ。

>2007年9月19日の道路交通法改正施行により、酒酔い運転の罰則が「5年以下の懲役又は100万円以下の罰金」、酒気帯び運転の罰則が、「3年以下の懲役又は50万円以下の罰金」へとさらに厳罰化された。

更に、酒気帯び運転を知った上での同乗者と言うだけで、
30万円の罰金か2年以下の懲役です。

一応、以下のような内規もあるようですけどね。
日本においては、交通飲酒検問等により飲酒運転として検挙された場合、次の条件を全て満たす限りにおいて、必ずしも現行犯逮捕されない。

* 呼気中等のアルコール濃度等や運転者の状況等が、酒酔い運転ではなく酒気帯び運転の条件に該当すること(つまり、酒気帯びの範疇にとどまっていること)
* 呼気中のアルコール濃度が軽度(0.25mg未満)であること
* 飲酒運転時の外形、また本人の挙動において危険性、不安定性が見られないこと
* 飲酒運転等の再犯歴がないこと(常習でないこと)
* 呼気中のアルコール濃度を計測した証拠を提示され、現行犯逮捕もありうる状況にもかかわらず、犯行を認めない、抵抗するなどの、悪質行為をしないこと
* 併合する交通事故、あるいは信号無視や一時停止無視、速度違反など危険な交通違反の発生等がないこと


>事故を起こす可能性のある交通違反者
ここをわざわざ書いてくると言う事は、
「個人的に」「事故を起こさない」と「思われる」
「交通違反者」なら罰しなくても良いと言う事でしょうか?
…事故を起こす可能性だけなら車に乗ってる時点でありますしね。
(だからこそ免許があり、また、交通事故の場合には対等な条件なら車の運転手の方が重い)
…まぁ、判断難しすぎて基準がなければ正直、「個人の感性依存」と成ってしまうと思うのですが…。(--;

それにカルデロン一家については、
「本人たちが別の犯罪を犯す可能性がある」と言うファクターとは無関係ですよ。
そこが本件において重要なファクターだと思われているのであれば、
話がすれ違って当然です。

「事故を起こさないと思えるので無罪」であれば、
確かにその論理になるのは仕方ないのでしょうけどね。^^;

正規入国の外国人や、他の不法入国外国人に「ちゃんと法の運用をしますよ」と言うアピールの意味が相当強いのです。
「正規入国なんて面倒なだけじゃないか」とか「よし、不法入国だが何のデメリットも危険も無いんだな」と思わせない為です。
私が考える「酒気帯び運転」に法規上の罰則を与える理由もそちらです。

まぁ、正直、個人の感情ぶっちゃけると、根本的に国際社会制度自体が問題山積み過ぎてやってらんねぇなんですよ。
めんどくせぇなんですよ。権力とか民衆が渡してる(許可してる)物なんだし一度崩壊させるか?と言いたくなる時はあるのですよ。
(金や所有だって「認め」ずに崩壊させれば「自由」にはなります)
何で国連は主導してもっと発展途上国の経済や産業・教育の保護を真剣にしないのかとか、
なんで国外に出た犯罪者をまともに引っ張れない(引き渡さない)のかとか。
国際協力?国際競争だろう。競争の過程で自分が勝つ為に協力してるだけで。と言う感じです。

ちなみに、私は外国人犯罪を理由とした、
「入国管理(存在管理)」自体には賛同しますが、
(上記の引渡しの理由から全然十分じゃないけど)

「就労制限」と「滞在制限」には賛同致しません。
「就労制限」と「滞在制限」…特に「就労制限」は「犯罪」と関係が無いので、
そちらを行うのは別の理由が必要だと考えています。
つまり、「外国人が多数日本に来て居住する・就労する事、それ自体で日本人が困る理由・困る可能性」です。
資源や貨幣の流出とかね。

国連が「世界の平等化」を図り、各国家は「地域の平等化」を図る。
法の運用についても、なんらかの平等性が地域を越えてないと続くでしょう。
(実際、軽犯罪は国を超えて逃げれば勝ちです)
このくらいの事が真剣に「されよう」としないのであれば、「入国管理」は付き纏うでしょうし、
「滞在制限」や「就労制限」も続くでしょう。
そして、続く以上は「示し」も付けなければ行けない。
ただ、「示し」と「感情」のバランスが難しいし、完全に共通の見解が、
「人々」の中にある訳が無いから面倒なんですよ。
だから判例を見て事例判断を行おうとしてみたり、
判決を下す時に理由を言ったりする。

そう言う意味では、ですから、「不法入国」のペナルティを考え直す事はありだし、
定義を見直す事もありです。
「示し」をつけながら「感情や権利」を優先させる為の方法として。

ただ「示し」を付ける事を否定する事は、言ったとおり、
「個人判断」をどんどん許容していく事です。
判例と言う影響力も失くせと言うのは、まさに、
「貴方が考える道徳と正義で法の運用をしてください」と言う事。
この危険はいくつかの返信で言ったとおりです。
「判決」を出す裁判官が「そう」だとしたら?
彼が実はキリスト教徒でしたとかだったら?
「堕胎は駄目」とか、そんな私的な正義を、裁判所で振り回されても困るのです。

なんでやね~ん

>「堕胎は駄目」とか、そんな私的な正義を、裁判所で振り回されても困るのです。

そんな話をここでされても困るのです。まあ、「困るだけ」で別に何か違反しているわけじゃないんだけど。ところであたしは、わくわくさんの文とあなたの文の共通点がわかったよ。なかなか有意義な発見だと思う。それは、何かの拍子に最後の一文を先に読んでしまうと、それ以外の部分を読む気が失せる、ということ。

第19条 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。

第20条 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。

第21条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

病膏肓に、

それにしても、この強制執行を「温情」だ、なんて。

国家による壮大なペテンというか、

これはもうカルトだよね。

さて、当面の問題は、

人々の心に入り込んだ、

この奇怪なシステムをどう解きほぐしていくか、だよね。

あたしは、みなさんに知恵を貸して欲しいんだ。

ここであたしが最初からず~っと訴えているのは、

「私的な正義」なんてものではなく、

日本の「良心」について、なんだけど

まずはみなさんにそのことを確認していただきたい。
(やたらエラそうなのは芸風じゃなくて「地」なので許してくだされ)

日本国憲法 前文

日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

「ごん」さん

>何かの拍子に最後の一文を先に読んでしまうと、それ以外の部分を読む気が失せる

その程度の器量でしかないなら、世間や社会に対する意見は持たないことだ。

さらに、君は日本国憲法を侮辱していることにも気づきたまえ。
憲法の字句を「自分なりに」解釈しているに過ぎないなら、それは憲法を理解しているとは言わない。学者レベルの憲法理解まで求める気はないが、中学生程度の日本史、1945年の降伏文書調印から1947年の憲法施行までの歴史を踏まえた上で解釈すること。
はっきり言って、一般常識レベルにも達していない。

おやくそく

>はっきり言って、一般常識レベルにも達していない。

ね、

>最後の一文を先に読んでしまうと、それ以外の部分を読む気が失せる

でしょ(笑)

「一般常識レベル」って、わくわくさんのその口が言うか、だよね。(わくわくさんはその並はずれたとこが持ち味なんだから。そんなふうに畏まって御自分の価値を貶めないでよね。あたしゃファンなんだから)

わくわくさんがいろんなとこでいろんなこと主張する権利はあるよ。でも、その主張をみなさんに読んでもらえるかどうかは、まったく別問題。それを必ず読めぇ、読む義務があるぅ、だとか、はっきり言ってバカみたいだし。日本国憲法はそんなわがままを認めてはいないんだ。というかそういうのは「憲法」というレベル以前に「常識」だけどね。

わたしたちはその人が「公共の福祉」を侵さない限り、その「自由」を奪ってはいけないんだよ。

仲良くしようね。

第14条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

>「判決」を出す裁判官が「そう」だとしたら?
>「堕胎は駄目」とか、そんな私的な正義を、裁判所で振り回されても困るのです。
堕胎は駄目、だから有罪、だから無罪。これで「困るだけだしいいじゃない」と言うのなら、
まさに貴方は「法治は不要」と言ってるのでそれはそれで結構です…。

>日本の「良心」について、なんだけど
言い換えますね。
「私的良心」と言えば少しは想像をしますか?
貴方が言ってる良心が「間違いが無いものだ」「人類共通の物だ」と思っているのであれば、
実はキリスト教や何かの「神の法」の意識に通じるので非常に危険です。
キリスト系保守と同じ考えが根本にある訳です。

>人々の心に入り込んだ、
>この奇怪なシステムをどう解きほぐしていくか、だよね。

幻想と無縁な社会もなければ、人間もいないですよ。
「自民族」「自国」の「文化」や「言語」と言う幻想への「愛着(執着)」から、
「文化保護」や「教育の権利」を訴えたりとかね。(自分もするけど)
括弧書きが全部幻想です。
問題は「幻想」だと分かった上でもそれを行うか、望むかどうか、くらいでしょう。

ムー

>問題は「幻想」だと分かった上でもそれを行うか、望むかどうか、くらいでしょう。

相変わらず判然としない(その上味も素っ気もない)お言葉ですね(それ以外は読んでいません。ごめんなさい)

やたらと思わせぶりだけど、ここで猫さんがあたし(ら)に仰るのは、たとえば下の「不断の努力」ってのを「幻想」と捉えるか、ということだろうね。

で、答えてみれば、あたしはそれを「幻想」と断じたとしても、「行うおうとするし、望む」。たとえ何にもできなかったとしても、ただ「望む」だけだとしても、そこにコミットしなければ人生なんてゴミみたいなもの。何にも食わずに寝たまま死んだ方がマシだ。

そもそも、あたしは、どんな概念に対しても「行うか、望むかどうか」なんて不可解な思索を抱いたりはしない。

目の前の事実について(それらの概念をおっかぶせて)今どうすべきかじっくりと考え込むことはあっても。

第12条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

いい加減にしなさい

「ごん」さん

>「一般常識レベル」って、わくわくさんのその口が言うか、だよね。

違う。

>わくわくさんがいろんなとこでいろんなこと主張する権利はあるよ。でも、その主張をみなさんに読んでもらえるかどうかは、まったく別問題。それを必ず読めぇ、読む義務があるぅ、だとか、はっきり言ってバカみたいだし。日本国憲法はそんなわがままを認めてはいないんだ。

こんなバカが多いから、「日本人に人権」=「豚に真珠」なの。正しいことを言っている人を「わがまま」だの「読む気が失せる」だのと思考を抱くバカに支えられる民主主義を「衆愚政治」という。
この国民にしてこの政治あり、だね。

>というかそういうのは「憲法」というレベル以前に「常識」だけどね。

こういうバカなことが「常識」になっている時点で、日本はGHQの支配下になるか、あるいは、江戸時代に戻さないといけない。もちろん、私のような人間は日本人に対して絶対的権力を保持し、不可侵の存在になるのが必須だが。

>わたしたちはその人が「公共の福祉」を侵さない限り、その「自由」を奪ってはいけないんだよ。

それは国家権力に対するもの。一部に、社会的な力関係が圧倒的に開きがある場合に「私人間効力」が発生するケースもあるが、私と君との間では、別にそんな規制はない。

>仲良くしようね。

君が、私が認めるような思考と感情を抱けるようになれば、という条件を満たせば、おのずからそうなる。がんばってくれたまえ。

ごんさんへ。

 普通の読解力があれば、もはや、ごんさんの方に軍配は挙がっています。労働者と貨幣を同列視し、労働者も貨幣も両方とも必要なのが企業経営なのであるから、労働者の人権が優先か、企業が優先か、なんてのは非現実的というような「労使協調主義者」を装う資本の権化が、わくわく44さんの経済的な立場です。これが彼の基本にあります。だから、労働者が失業するのは労働者の責任でもあるし、経営者の責任でもある。にもかかわらず、「バランス」を失い、「事実誤認」している「思い込み」の馬鹿は、労働者が失業する責任は経営者にある、と一方的な主張を展開してくる。こんな馬鹿どもに踊らされ、同調する奴らは経営者に嫌悪されるし、同じ立場にある労働者からも嫌悪されて当然である。ゆえに、失業となり出世もできないのは自業自得の自己責任である。それを覚悟して馬鹿な主張をしてるんだろ?というのが、わくわく44さんです。

 同様にして、国家への態度も同じです。国民を優先するのか?それとも国家を優先するのか?そんな議論は「事実誤認」だ。認識を改めろ、国民も国家も両方とも必要だ。どっちを優先するとか、どちらに責任があるとか、「どうでもいい」。国家にも国民にも責任がある。それを一方的に国家の責任にするな。馬鹿な国民が選んだ政府だろうが。というのが、わくわく44さんです。

 要するに、基本的人権が何であるか?を理解できない人物なのですよ。他人には理解力を求めるくせに自分には理解力がない。それがわくわく44さんです。どうして理解しないか?簡単です。わくわく44さんは卑怯者の自己本位だからですね。だから、東西は、この人物について、国家主義者、拝金主義者、暴力主義者、全体主義者だと断定しているのですよ。この理解で間違いないですよ。

 今回のカルデロンさんの件でも、もう決着がついているにもかかわらず、自分の間違いを改める謙虚さもない。

 カルデロンさんの偽造パスポートの罪なんて、とっくに時効が成立している。偽造パスポートによる入国を防止するのは法務省の入国管理局の職務でしょう。偽造パスポートによる入国についての再発防止を図るのであれば、入国管理体制を強化するという教訓になるのであって、カルデロンさんを強制退去させることとは何の関係もない。カルデロンさん一家を引き裂かないで温かく迎え入れることが国民の利益として優先する。「法治」などという国家主義者の面子のために約20年も真面目に勤労し、生活してきた人間を生活の場から叩き出す、という行為を温情だという無神経こそ日本国の利益を失墜させる愚行です。

 偽造パスポートによる入国は犯罪です。しかし、今回の事件から導く教訓は、法務省の入国管理局が取り締まり切れなかったことを恥とすべきなのです。まともな裁判所、政府であったのであれば、約20念も日本で真面目に生活してきたカロデロンさんの人権を擁護し、むしろ、入国管理局の職務怠慢こそ指弾するでしょう。

 東西は、入国管理段階での偽造パスポートによる犯罪や密入国を取り締まることには賛成です。特に、国際的にテロリスト情報などの警察情報を国際的に共有し、諸国の政府が国際テロリストの入国を水際で排除することは絶対に必要なことです。

 

とうとう、正体を現したな

私を排除するためだけに、むちゃくちゃな自己中心の妄想を根拠に、不当な言論を繰り広げている。私が東西南北のコメントを自ブログに書き込ませない(コメント禁止)にしているのも、そういう事情です。

>普通の読解力があれば、もはや、ごんさんの方に軍配は挙がっています。

普通の読解力があれば、軍配が挙がっているのは私の方だが、それを認めたくないだけの話です。よって、このような虚偽発言は無条件に削除する責任が、ブログ管理人には発生しています。

>労働者と貨幣を同列視し、労働者も貨幣も両方とも必要なのが企業経営なのであるから、労働者の人権が優先か、企業が優先か、なんてのは非現実的というような

『利益が人件費によって決まる』という大ウソを垂れ流す人物が、「非現実的」という単語を使うこと自体、科学に対する誹謗中傷に匹敵することを気づいていない。

>要するに、基本的人権が何であるか?を理解できない人物なのですよ。

少なくとも、目視できる根拠がないのに「人類が発生したときから基本的人権がある」と思考するよりは、私の方が遥かに「基本的人権が何であるか」を理解していますけどね。
もっとも、「人には、ともに生きる遺伝子がある」と、存在を確認もしていないくせに断言し、そしてその存在に疑問を抱いた人を非難するので、どうしようもないですけど。

>他人には理解力を求めるくせに自分には理解力がない。それがわくわく44さんです。どうして理解しないか?簡単です。わくわく44さんは卑怯者の自己本位だからですね。

『100人中99人が戦争を合法だと思っていても、戦争は違法です』という、これ以上ない卑怯で自己本位である東西南北が、他人に向かって「卑怯者の自己本位」とは。失笑を禁じ得ない。

>だから、東西は、この人物について、国家主義者、拝金主義者、暴力主義者、全体主義者だと断定しているのですよ。この理解で間違いないですよ。

東西南北の世界においてのみ有効です。(大笑)

>カルデロンさんの偽造パスポートの罪なんて、とっくに時効が成立している。

不法入国に関して時効が成立しても、不法滞在は継続犯なのだから、時効など成立しない。

>偽造パスポートによる入国を防止するのは法務省の入国管理局の職務でしょう。偽造パスポートによる入国についての再発防止を図るのであれば、入国管理体制を強化するという教訓になるのであって、カルデロンさんを強制退去させることとは何の関係もない。

こういう妄言を排除するのが、健全な言論の自由を維持する条件である。
再発防止には、入国管理体制の強化と同時に、不法入国や不法滞在を絶対に許さない体制を敷く必要がある。現実問題として、入国時に100%捕捉できない以上、東西南北の思考は「再発防止策として不適切」という言葉以外に適切な日本語が存在しない。

>カルデロンさん一家を引き裂かないで温かく迎え入れることが国民の利益として優先する。

カルデロンさんは、いつから「日本国民」になったのだろうか???

>「法治」などという国家主義者の面子

「法治」が国家主義者のメンツだったら、日本国憲法を無視しても良い、という論にならないといけないはずだが、東西南北は「東西南北が好ましいと主観的に思うものは法、好ましくないと主観的に思うのは法ではない」という、極めて自己中心的な思考の持ち主なので、それを指摘しても無駄なようです。

ということで、良識があるのなら、今後、東西南北の発言を参考にしないようにしてください。
愚樵さんは、ブログ管理人として、東西南北のコメントを削除する責任を果たしてください。

これについては説明が悪かったですね

>問題は「幻想」だと分かった上でもそれを行うか、望むかどうか、くらいでしょう。

これについては事前の文章が悪かったですね。

あなたは、
>人々の心に入り込んだ、
>この奇怪なシステムをどう解きほぐしていくか、だよね。

と仰ってますが、この奇怪なシステムは私から言わせれば日本だけの物ではありません。
むしろ、現状では本質的には世界中のスタンダードです。
(今回の判決についてどうのではありません)

まぁ、「奇怪なシステム」とそちらが揶揄する物が私の考える範囲と一致しているかは怪しいですけどね。

とりあえず、国家と言う物も、文化と言う物も、言語と言う物も、本来は幻想です。
「実体」を持った物(言語を話す人やその感性に偏った人)はありますけど、
始まりは全て幻想です。

でも、実体の薄い共同幻想である国家と民族についても、差別者側だけでなく、
所謂、被差別者側もこの幻想を棄てていない場合が多い。

ただ、こう言った話だけでなく、また、他の話としては、
「幻想」だと知っても尚、その「幻想」へ拘る人が居ると言う事です。
システムや存在が「幻想」だと知らせる事は出来ますが、
残念ながら「幻想」だと知っても「その幻想を選ぶ」と言う人は、諦めるしかないですよと言う事です。

まぁ、幻想の支配力が薄れるので、別の部分の考え方に多少違いが出る場合はありますけどね。
(私は「日本語」とか「日本の社会文化」と言う「幻想」は、
私が過ごしてきた社会に作られた「感性と愛着」だと分かっていても、
少なくとも現状においては棄てません。
そして、その愛着ゆえに、「排他性」を持つ事はあります。
カルデロン一家についてはこちらの思考は0です。

また、別の話として、世界が「国家経済」を「幻想」として棄てない限りは、
逆に私たちも「国家経済」の思考をしないと、残念ながら自分たちの生活に危険が及ぶと言う事です。

個人なら、私が自分を「日本人」と思わなくても、周囲が「枢軸国の日本人」と思えば、
私は「枢軸国の日本人」なりに対応しなければ「危ない」と言う事です。)

まぁ、個人としては良いのですが、
「国家主権主義」と言う「国連推奨」の主義を前提として考えると、
「国民の権利」と「外国人の権利」に差が出る事は仕方ないと思っています。
全部抱え切れるなら最初から、海外に出張って保護すれば良いですしね…。
(国連が真面目に国家主権主義の解体を目指すなら国家主権主義が前提の制度は不要ですしね)

あと、公平性と言うのは難しい問題ですよ。
国が行う時などは特に、手術にお金が掛かる為に死ぬしかない人を、
「可哀想」と思って助けても、全員、同じ条件で助けなければ、
「助けれない人にどう説明するの?」ですからね。
裁判も公的性質が強いので、それと同じ理由で、同じ様な「公平さ」を求められます。
変な言い方ですけど、全員助けれないなら一人も助けない方が「筋が通る」事も世の中にはあるわけです。^^;
いやらしいのは重々承知ですけどね。(--;;;

蛇足と知りつつ・・・

東西南北さん、こんにちは。
毎回響くコメントを拝見でき感謝しています。

>東西は、入国管理段階での偽造パスポートによる犯罪や密入国を取り締まることには賛成です。特に、国際的にテロリスト情報などの警察情報を国際的に共有し、諸国の政府が国際テロリストの入国を水際で排除することは絶対に必要なことです。

私は東西南北さんの上のコメントを部分引用させていただいた上、私の考えを述べるとともに猫さんへのお返事をしたいと思います。

私も基本的にこの意見には賛成です。
現状はこの選択しかないと思います。

私は「人」と「富(又は貧困)」を固定する道具となっている部分の「国家」を否定します。
私は「自国人」と「外国人」の区別でだけなく、差別を生む道具となっている部分の「国家」を否定します。
私は人は「国家」の中でこれらの人に不幸をもたらす部分を、今後全力で排除根絶をするべきだと思います。

もちろん、この変化を短期間で実現できるなんて思ってはいません。
何百年にも渡る長期の努力が必要でしょう。
そして、その部分を除いた「国家」がはたして、現在の「国家」という言葉で言い表す事が出来るか否かも、私には解りません。

東西南北さんもおそらく前提とされており蛇足だとは思いますが、敢えて書きます。
「テロリストの水際排除」は個別対処でしかなく、本質的に為すべきは「テロリストの平和的な根絶」ですよね。
「偽造パスポート」にせよ「密入国」にせよ、犯罪というリスクを犯すには、必ず理由(利益)があるはずですよね。
だからその犯罪行為に利益が無ければ誰もやらない筈です。
「殺人罪」という罪が「殺人犯」を生むためでなく、「殺人という行為の根絶」が真の目的であるように・・・

そしておまけでですが、出入国管理局の取締りの際には基本の「疑わしきは罰せず」を徹底して頂きたいです。
そのために、警察情報を国際的に共有することは非常に重要なことですよね。
犯罪者に法に従った対応をするためには正確な情報が必要ですから。


猫さん、ごめんなさいね。
こんな風にしかお返事できません。
私も良く解んないんです。
ただ突き動かされるように、こうですよね?、としか言えないのです。

東西南北さん、突然に失礼しました。
そして、ありがとうございました。

まわりくどすぎたね

簡素化します。

>人々の心に入り込んだ、
>この奇怪なシステム

平和に暮らしている親子を引き裂くという「強制措置」を

「温情的」という言葉に「変換」するシステムのこと

人の「心」の入力と出力のことだよ。


ファイナルアンサー。

 他人には理解力を求めるくせに、自分には理解力がない人物が約1名だけ紛れ込んでいますので、コメントしておきます。
 
 まず、偽装パスポートによる入国については時効が成立していますから、これを根拠にして国外退去処分にすることはできません。にもかかわらず、約1名は「偽造パスポートでの不正入国は、やったことがやったことだけに、無罪放免というわけにはいかない。「国外退去処分」という責任はきちんと取るべきです。」などと主張しています。これが論破だれるや否や、次に出してきたのは、「不法入国に関して時効が成立しても、不法滞在は継続犯なのだから、時効など成立しない。」という外国人を差別したいというだけの剥き出しの国家主義、暴力主義的な「法治主義」です。しかし、この点についても、既に論破されていることに気づかないで、自分が論破しているという気になって錯覚し、理解力も謙虚さもないの人がいます。

 つまり、不法滞在というが、約20年も真面目に勤労し、生活してきたカルデロンさんを国外退去処分にする理由がない、ということです。カルデロンさんは日本国籍を持っていないじゃないか?という理由だけで、約20年も真面目に勤労し、生活してきた人間を国外退去処分にするのか?そうであれば、単に「外国人を排除したい」という動機だけを優先させた国家主義、暴力主義的な法治主義である。基本的人権が何であるか、と理解しない者の発言です。

 今回のカルデロンさんの件は、もう決着がついているにもかかわらず、自分の間違いを改める謙虚さもない。

 カルデロンさんの偽造パスポートの罪なんて、とっくに時効が成立している。偽造パスポートによる入国を防止するのは法務省の入国管理局の職務でしょう。偽造パスポートによる入国についての再発防止を図るのであれば、入国管理体制を強化するという教訓になるのであって、カルデロンさんを強制退去させることとは何の関係もない。カルデロンさん一家を引き裂かないで温かく迎え入れることが国民の利益として優先する。「法治」などという国家主義者の面子のために約20年も真面目に勤労し、生活してきた人間を生活の場から叩き出す、という行為を温情だという無神経こそ日本国の利益を失墜させる愚行です。

 偽造パスポートによる入国は犯罪です。しかし、今回の事件から導く教訓は、法務省の入国管理局が取り締まり切れなかったことを恥とすべきなのです。まともな裁判所、政府であったのであれば、約20年も日本で真面目に生活してきたカロデロンさんの人権を擁護し、むしろ、入国管理局の職務怠慢こそ指弾するでしょう。

 東西は、入国管理段階での偽造パスポートによる犯罪や密入国を取り締まることには賛成です。特に、国際的にテロリスト情報などの警察情報を国際的に共有し、諸国の政府が国際テロリストの入国を水際で排除することは絶対に必要なことです。

 カルデロンさん一家を引き裂いた法務省の決定は卑劣であって、違法である。愚礁さんの言うとおりに、子供の人権を完全に保障する見地から対処する責任が日本政府・法務省に発生していた。これを認めると、今後も同じケースの際も同じ対処をしなければならないという難癖にもならないこじつけがある。しかし、結論は、同じケースなら同じ対処でいいじゃないか、ということである。なぜならば、入国管理をする責任は法務省にあるからであり、不法入国を防止する対策を取れ、というのであれば、入国管理を強化すればよいだけである。その具体的な方法を提示する責任は法務省・政府にあるのであって、国民・野党は法務省・政府に政策立案の説明責任を求めていくだけである。そのような政府に対する責任追及をしていく民主主義運動の闘いの中で国民は主権者として学習していくのである。法律も読むことであろう。

 今回の事例について法務省が特別在留許可を出せば、今後も同様のケースでは、国外退去命令を出せないから「法治」が必要であるという暴力理論は法が何であるかをまったく理解していない物の発言である。

 今回と同様のケースであれば、子供の人権を擁護するという具体的な人権保障の見地から、法律を創造的に解釈・適用していくことが真の法理論であり、人間の幸福を法治に優先させることになる。

 不法入国は政府・法務省の職務怠慢で起こったことなのであり、取締り切れなかったことに対し、国民へお詫びすることが政府・法務省のとらねばならない義務であった。

 要するに、カルデロンさんについては、国外退去処分ではなく、特別在留許可を出し、カルデロンさん一家が安心して地域で生活していけるようにすることが、日本国で生活している外国人を含めた人間の基本的人権を擁護する国家の役割なのです。そのような国家の役割を放棄し、カルデロンさん一家の基本的人権を抑圧し、引き裂いたのが裁判所、法務省であって、麻生・自公政権なのですから、主権者・国民として、裁判所、法務省を卑劣であると批判することは当然の態度です。むしろ、このようなまともな態度を示す主権者・国民に対して、裁判所・法務省を擁護する立場から、腐った発言を繰り返す愚か者を掣肘することこそ必要になっています。

 約1名は、自らの不明を恥として猛省し、すべての発言を撤回し、謝罪したうえで、自らの態度を謙虚に改める義務と責任が発生しています。

 もっとも、恥を知らないで驕り高ぶるのであれば、別だが。

すぺーすのいどさんへ。

 こんにちは。

 のいどさんの意見に賛成です。「罪を憎んで人を憎まず」です。

 人類は生まれながらに「罪」なのではなく、他人を人権を侵害する犯罪行為そのものについて反省させ、二度と繰り替えなさいように更正させることが必要です。その場合に、刑罰が必要になる場面も出てきます。社会内処遇によって更正させることが基本ですが、やむをえない場合は刑務所へ隔離したうえで、更正を図るという意味での刑罰です。

 人類は生まれながらに「罪」ではない以上、人類が「罪」を犯す原因は人類そのもの、人そのもの、人格そのものにあるのはなく、貧困という社会構造というような一人ではどうすることもできないような所に原因があるということです。

 ですから、本質的には、のいどさんの言うとおりです。

 つまり、「テロリストの水際排除」は個別対処でしかなく、本質的に為すべきは「テロリストの平和的な根絶」ですよね。

馬脚を現したね>東西南北

まず、偽装パスポートによる入国については時効が成立していますから、これを根拠にして国外退去処分にすることはできません。にもかかわらず、約1名は「偽造パスポートでの不正入国は、やったことがやったことだけに、無罪放免というわけにはいかない。「国外退去処分」という責任はきちんと取るべきです。」などと主張しています。
>これが論破だれるや否や、

はい、この時点で東西南北は「捏造」している。私は「不法入国と不法滞在」の双方を、『最初から』述べている。単に不法入国しただけじゃないのよ、残念でした。(失笑)

>「不法入国に関して時効が成立しても、不法滞在は継続犯なのだから、時効など成立しない。」という外国人を差別したいというだけの剥き出しの国家主義、暴力主義的な「法治主義」です。

違法行為を「継続中」なのに、時効とは?
もっとも、違法行為に対する措置を「国家主義、暴力主義」と思考すること自体が論外極まりないが。

>しかし、この点についても、既に論破されていることに気づかないで、自分が論破しているという気になって錯覚し、理解力も謙虚さもないの人がいます。

論破されていることに気づかないで、自分が論破しているという気になって錯覚し、理解力も謙虚さもない人とは、「東西南北」です。これは、私が客観的に証明しました。

>つまり、不法滞在というが、約20年も真面目に勤労し、生活してきたカルデロンさんを国外退去処分にする理由がない、ということです。

不法滞在が国外退去処分にする理由がない、という妄言を正当化する「法的根拠」を述べなさいね。
ちなみに、東西南北の勝手な思い込みによる捏造ではなく、きちんと法的に正当化される、目視できる証拠を提示するように。「目視できるものではない」というコメントが出てきた時点で、私に謝罪してもらいます。

>カルデロンさんは日本国籍を持っていないじゃないか?という理由だけで、約20年も真面目に勤労し、生活してきた人間を国外退去処分にするのか?そうであれば、単に「外国人を排除したい」という動機だけを優先させた国家主義、暴力主義的な法治主義である。

はい、東西南北が、捏造してまでも私を排除したいと躍起になっているだけだということを、見事に自白してくれました。
日本国籍の有無を問題などしておらず、また「外国人を排除したい」という動機もないのに、何を勝手に捏造しているんだか。
正当な手続きで入国し、滞在を許可されているなら、50年滞在しても問題はない。カルデロンさんが問題になっているのは、不法入国と不法滞在、そして不法就労。つまり、「違法行為がある」から問題になるのであって、正当な手続きであったなら、20年生活しているところで、何ら問題にすらならない。

>基本的人権が何であるか、と理解しない者の発言です。

余談だが、東西南北というのは、自分が思い込んでいるものを「基本的人権」の定義に掲げているので、「基本的人権が何であるか、と理解しない」というのは、単に「東西南北が信じているものと異なる理解をしている」という意味でしかないので、閲覧者のみなさんには、誤解なきようにお願いいたします。

>今回のカルデロンさんの件は、もう決着がついているにもかかわらず、自分の間違いを改める謙虚さもない。
>約1名は、自らの不明を恥として猛省し、すべての発言を撤回し、謝罪したうえで、自らの態度を謙虚に改める義務と責任が発生しています。
>もっとも、恥を知らないで驕り高ぶるのであれば、別だが。

これは、東西南北のことであって、私のことではないことは、今まで述べてきたことで証明されています。
東西南北、いい加減に私に対して実名で謝罪し、発言を全部撤回し、ブログも閉鎖しなさいね。それが言論の自由に対する君の最低限の償いです。

謙虚になれ。

 カルデロンさんの強制退去処分を肯定する理由は、不法入国じゃないね?時効が成立している。不法滞在が理由ですか?それなら、初めから、みんなが言っているよ。カルデロンさんは、確かに法律違反の滞在をしている。しかし、具体的な事実を見れば、約20年も不法行為もしないで真面目に勤労し、生活してきた。今はささやかではあるが、子供と一緒に家族生活をしている。

 こうした事情の下で、杓子定規にカルデロンさんを国外退去処分にすることが、果たして法なのか?それが基本的人権を実現する法治なのか?ということが問題となっている。子供の人権とカルデロンさんが約20年も真面目に勤労し、生活して日本へ貢献してきた実態、事実、現実を重視、優先して、特別在留許可を出し、カルデロンさんの国外退去処分こそ不法である、という主張をしているのが、良識派です。これに対し、形式的な法律違反のオーバーステイを論拠にして、規則なんだから守れ、と繰り返している愚か者が国家主義者であって、国家のメンツや法律は具体的な人間の生活を優先して解釈・運用されねばならないという法の支配の原則を放擲している。

 法律違反で滞在している外国人については、いきなり国外退去処分にするのではなく、その実態、具体的な現実を考慮して、他の在留外国人と同じような手続きを取るように促せば足りる。本人が続けて日本で生活したいと希望しているのであれば、国外退去処分にする必要性がどこにあるのか?それを示せないままに、単に日本国籍がない、単に形式的な滞在手続き違反というだけを理由とするのであれば、法の下の平等に反するのであって、法の支配とは言えず、剥き出しの国家主義的、暴力主義的な法治主義である。

 
 

感謝

東西南北さん、素敵なお返事ありがとうございました。
今後ともよろしくお願いします。m(_ _)m

参考。

 カルデロン・アラン・クルズさん一家の在留特別許可及び
法制度の改善・整備を求める会長声明

 法務大臣及び東京入国管理局は、「在留特別許可」を求めてきた埼玉県在住のカルデロン・アラン・クルズさん一家に対し、昨日、のり子さんにのみその在留を特別に許可したが、それは、強制送還の威嚇を背景に、アランさんとその妻サラさんにのり子さんを日本に残して帰国することを承諾させたうえでのものであり、当会は、政府当局のかかる対応について、以下の理由から強く抗議する。

1.今回の政府当局の一連の対応は、カルデロンさんたち家族全員に対する退去強制令書発布処分の取消等請求訴訟に対する請求棄却判決が2008年9月に確定したことを契機としたものではある。しかし、そもそも、この当局の対応は、「子どもの権利条約」9条1項の「締約国は、子どもがその父母の意思に反してその父母から分離されないことを確保する」とした「父母からの分離禁止」規定に抵触するものである。同条につき日本政府は、「出入国管理法に基づく退去強制の結果として児童が父母から分離される場合に適用されるものではないと解釈する」との解釈宣言を出しているが、国連子どもの権利委員会より、1998年及び2004年にわたり当該解釈宣言の撤回を求める趣旨の勧告が繰り返されているように、かかる日本政府の解釈は国際社会で受け入れられるものではない。

2.また、子どもの権利条約は、その3条で「子どもの最善の利益」の考慮について規定するとともに、12条で、子どもに影響を及ぼすすべての事柄について「自由に自己の意見を表明する権利」を保障し、併せて、表明された意見がその年齢および成熟度に従い正当に尊重される旨規定している。

 日本で生まれ、日本の普通教育を受け、良好な社会関係を形成してきたのり子さんにとって、両親とともに日本での生活が保障されることが最善の利益であり、それを望んでいることは明確に述べられているところである。これに対して、政府当局は、この間、のり子さんの両親にはフィリピンに退去する以外選択肢を与えないまま、専ら、満13歳に過ぎないのり子さんに単独での在留か両親と一緒の退去かという過酷な選択を迫ってきたのであり、それ自体がかかる「子どもの意見表明権」の保障と矛盾するというべきである。

3.さらに、「自由権規約」は、その17条1項で家族への恣意的な干渉の禁止を定めるとともに、23条1項で「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位であり、社会及び国による保護を受ける権利を有する」ことを保障し、且つ、24条1項で、家族、社会、及び国による子どもの権利保障を規定して、子どもに各人が属する家族という単位での保護の権利を認めているところである。この点につき、国連自由権規約委員会は、2001年7月、豪州における「出入国管理法」違反の事案について、当該事案の子どもが同国で出生後、同国の学校に通い、そこで社会関係を築きながら13年間同国で育ってきたという時間の経過を考慮すると、その両親の国外退去処分は「出入国管理法」違反を理由とするだけでは正当化されないとして、自由権規約の当該各条項違反を認定しているのである。

 この認定判断はまさにのり子さんの両親の場合にも妥当するものであり、日本も自由権規約の批准国としてかかる判断を尊重する義務があることに鑑みれば、両名を出入国管理法違反のみを理由として退去させることは、本来、同条約に抵触するものとして許されないはずである。

4.よって、当会は、法務大臣及び東京入国管理局長に対し、自由権規約及び子どもの権利条約の諸規定に抵触する結果を招来することのなきよう、方針を転換して、アランさんとサラさんについてもその在留を特別に許可するよう強く求めるものである。

 併せて、改めて政府・国会に対し、直ちに、同種のケースにおいて子どもの人権が侵害されることなく、その最善の利益が確保され得る法制度の改善・整備を求める。              
以 上

2009年(平成21年)3月17日
埼玉弁護士会 会長  海老原 夕美

出所:http://www.saiben.or.jp/chairman/2009/090317_02.html

Q 「不法残留」とは、どのような罪ですか。

A 外国人が正規に日本に入国・在留するためには、特別な場合を除いて、必ず在留資格が必要です。在留資格には、外交、興行、短期滞在、就学、定住者等27種類があり、それぞれに活動できる範囲と在留できる期間が定められています。この定められた在留期間を超えて日本に在留することを「不法残留」と言い、出入国管理及び難民認定法第70条第1項第5号違反として3年以下の懲役若しくは禁錮若しく

謙虚になるのは君

東西南北、いい加減にしろよ。

>カルデロンさんの強制退去処分を肯定する理由は、不法入国じゃないね?時効が成立している。不法滞在が理由ですか?それなら、初めから、みんなが言っているよ。

不法滞在でも、手続きミスによるオーバーステイとかならば強制退去にはならなかっただろう。
ところが、カルデロンさんは、そもそも不法入国、すなわち、滞在や就労そのものの権利を当初から持っていないのだ。不法入国そのものは時効が成立しているが、不法滞在の経緯からすれば、情状酌量の余地はない。
従って、強制退去処分は正当な措置である。

>カルデロンさんは、確かに法律違反の滞在をしている。しかし、具体的な事実を見れば、約20年も不法行為もしないで真面目に勤労し、生活してきた。今はささやかではあるが、子供と一緒に家族生活をしている。
>こうした事情の下で、杓子定規にカルデロンさんを国外退去処分にすることが、果たして法なのか?それが基本的人権を実現する法治なのか?ということが問題となっている。

これに関する情状は、法務省も森法務大臣も酌量している。それが「両親には子供に会うため1年を待たず上陸特別許可を出してもよい」というもの。通常5年間の再入国禁止のところを、特例でこのように措置したのである。それをわかれ。

>子供の人権とカルデロンさんが約20年も真面目に勤労し、生活して日本へ貢献してきた実態、事実、現実を重視、優先して、特別在留許可を出し、カルデロンさんの国外退去処分こそ不法である、という主張をしているのが、良識派です。
>法律違反で滞在している外国人については、いきなり国外退去処分にするのではなく、その実態、具体的な現実を考慮して、他の在留外国人と同じような手続きを取るように促せば足りる。

不法入国を「子供が生まれれば無罪放免」「長年住んでいれば無罪放免」というのは、正当な手続きで入国し、滞在し、就労している外国人にしてみれば「こんな不公平はない」というものだ。

>国家のメンツや法律は具体的な人間の生活を優先して解釈・運用されねばならないという法の支配の原則を放擲している。

そんな原則などない。勝手に作るな。

>本人が続けて日本で生活したいと希望しているのであれば、国外退去処分にする必要性がどこにあるのか?

本人が日本で生活したいと希望するのは本人の勝手であるが、不法入国と不法滞在という、完全に故意による悪質な違法行為を行った以上、国外に退去させるのが大原則。つまり、「必要性がどこにあるのか?」と思考すること自体、法を侮辱している思考でしかない。

>単に日本国籍がない、単に形式的な滞在手続き違反というだけを理由とする

「形式的な滞在手続き違反」ではない。「悪質な不法滞在そのもの」である。

>法の下の平等に反するのであって、法の支配とは言えず、剥き出しの国家主義的、暴力主義的な法治主義である。

まず、「法の下の平等」は、日本国民に対するものであって、外国人には基本的には適用されない。これを誤りだと思考するのは、東西南北が信奉してやまない日本国憲法違反である。
次に、法に基づく手続きを経て処分が行われている以上、法の支配はいささかも崩れていない。むしろ、東西南北が唱えるように、「明確な法的根拠もないのに、当該処分を不当とする」思考の方が、法の支配を崩壊させる。
つまり、東西南北が私に対して発言したことは、ことごとく「誤り」でしかなく、よって、東西南北は私に対して発したすべての発言を撤回の上、私に対して「~~せよ」と命令調で発言したことを猛省し、実名で謝罪するように。

以上。

>平和に暮らしている親子を引き裂くという「強制措置」を
>「温情的」という言葉に「変換」するシステムのこと
>人の「心」の入力と出力のことだよ。

なんだろうね。なんか貴方は「話してる基準(場所)が違うのではないか」と言う事は全く考慮しないんだなと思った。
完全に個人の感情で言えば「保護して上げよう」だけで良いかもしれないけど、
公的立場で公にやるとなれば、色々問題がある事もある訳です。

私の記憶が確かなら「国外退去」を「違憲とするか」の裁判で、
裁判官の判決は「違憲とは言えない」「だが寛大な処置を希望する」だったと記憶しています。

それをして「裁判官」としてはそこまでで、「個人」の感情との間で葛藤はあっただろう。
と言う意味で「苦渋の決断」と私は言っただけです。
また、温情的も「十分な措置」を意味するのではなく「司法上」「温情的」と言う話かもしれないでしょう。
そうなれば、大岡裁きで普通は島流しの所を江戸を追い出されるだけなのを、
温情的と見るか酷いと見るか程度の差です。

まぁ、私からすれば、一番奇怪で歪なのは、オリンピックやWBCの熱狂ですけどね。(ああ言うのは昔から興味が無い)
なんであんなのにアレだけ一喜一憂できるんだか分からない…。(--;;

>人類は生まれながらに「罪」ではない以上、人類が「罪」を犯す原因は人類そのもの、人そのもの、人格そのものにあるのはなく、貧困という社会構造というような一人ではどうすることもできないような所に原因があるということです。

正直、一点だけわくわくさんに賛同するので突っ込ませてください。
そもそも罪とはなんでしょうか?
1,犯罪
2,社会的罪・社会道徳的罪
3,道徳的罪・倫理的罪

1→法律が制定されなければ「犯罪」は存在しません
2→一番妥当でしょうが、言い始めると基本的に「エゴ」は社会生活維持に邪魔です。
「怠惰」「憤怒」「嫌悪」以下略辺り
3→貴方は人を殺さなければいいと思うかもしれないけど、きっとベジタリアンの人はそうは思わないよ。
もっと言えば「生き物は罪を犯しながら生きている」と言う人も居ますよ。(生きているだけで他の命を殺すから)

まぁ、何に賛同してるかと言うと、「意見表明」は良いのですけど、
なんと言うか、聞こえが良いと言うか、理念を掲げて話すのはいいんだけど、
曖昧な理念は人によって違うので気をつけましょう。(苦笑)

あと、法の支配については、「法を私的基準に照らし合わせて運用をする」事ではなく、
「法の内容は問われるが、所謂権力はこれに拘束される」が通常。
まぁ、英国の論理で言えば裁判所は「正当かどうか」の判断機関でもあるから、
恣意性が混ざってもいいのかも分からんですけど。^^;(判例の積み重ねが法となる)
恣意的に憲法でも何でも正当性を疑って判決下して良いなら、所有権すら疑えますからね。(全てを共有にしろとか)
ちなみに、憲法の多くは条文は「国民」です。
それだけでは色々不都合や説明が付かない場合もある為、
現在、議論されてる部分ではありますけどね…。
(ただ、同時に全ての外国人に全ての権利も保障できないでしょう。
 国の能力的限界と言う物がありますから。)

外国に逃げられたら裁けないのも「憲法」なら「外国人」と「日本人」で、
国の保護や対応が違うのもまた「憲法」と言う状態ですね。
正直、この辺りは一国だけでどうのと言うレベルではないと思いますよ。
正当性だけを問うなら「滞在期間」と「就労制限」が問答無用で違憲でしょうからね。世界各国で。
外国人と自国民の間で何らかの区切りがあるのは何処の国も同じです。
その範囲は違いますけどね…。
イギリスの永住資格(帰化ではない)なんか本国の方も知らないような文化クイズに合格しないといけないですし…。
最近は欧州はポイント制が多いようですけど。

>すぺーすのいどさん
>「人」と「富(又は貧困)」を固定する道具
意図は分かるのですが「悪い意味で固定」ですね。
貧困の固定は人間の生存上、悪い意味にしかならないでしょうが…。
ちなみに、国家間の富の流動の自由化は新自由主義なので、どうなるかはお察し下さい。
(今以上の苛烈な競争と大きな格差・貧困が生まれるだけです)

人の移動などの懸念も主にこの辺りだと思われます。
(日本で働いてお金を溜めた人が海外に戻ると貨幣が流出します。
本人にはあんまりその意図は無いのでしょうけどね。
そこで国際的経済協力体制が確立されていなければ、
過剰な外国人労働者の流入は、日本国民にとって危険となります)

そして、国家対国家が本質的に「利己的」で「非協力的」な様子しか、
あらゆる情勢から見えないのが最大の問題です。
まず、そこが変わらない限り現状は続きます。
一国だけで止めたとしても「割を食う」「被害に遭う」だけで何も変わりませんよ。
(そして私はそんな被害を受けたくありません)

誰だって被害を受けたくないでしょうから難しいのですけど、
そこで音頭を取るべき国連が動いてくれないのでどうしようもないと言う感じです。
(日本の経済も同様です。誰かに「破産覚悟で金使えよ」と言うだけではどうにもなりません。
国が音頭を取って変えるしか無いでしょう)

国籍「差別」

外国人「差別」を騒ぎ立てたり、「外国人」との「区別」と「差別」と分けている方へ、
非常に基本的な問いなんですが…。

「差別」と「区別」の差はなんでしょう?

まぁ、予想してる答えなら、この後にも数回突っ込み返しますが…。

猫さんへ。

 1:差別と区別の差とは、差別=人類はどんな人でも人類であることを認めない勢力と思想。それ以前に、人類と動物・植物を同列視する勢力と思想。人権は人に存在する権利だという真理・真実を認めない勢力と思想。区別=人類には肉体的にも精神的にも生まれながらに個性があって多様だということ。

 2:犯罪とは違法行為の内でも刑罰を与える必要のある勢力であって法定されているもの、違法行為であって刑罰を与える必要のある勢力であっても法定されていないのであれば、まずは法定させる運動が必要になるということ、違法行為とは人類の肉体的・身体的な生命と健康を断絶したり、侵害したりする勢力、違法行為とは人類の労働力を貨幣や設備などと同列視し、人間の労働力を「物」扱いするような勢力のこと、違法行為とは国民・人間を国家と同列視したり、国家を優先したりする国家主義、全体主義、独裁主義などの勢力のこと、以上の勢力が物理的な力となって実現することが違法行為の条件。単なる言論段階に留まるのであれば、一般論としては、当該、言論勢力自体は権力を発動し防止するレベルでの違法行為とまでは言えないが、それでも、当該、言論勢力が物理的に実現するという見地からの実践的な言論による批判は必要。
 
 3:外国人と国民の人権については、基本的、原則的には、どの国の憲法でも外国人でも国民でも人類として平等である、つまり、法の下に平等であるということ。しかし、猫さんのいうように人権の性質によっては、民族自決権の保障の見地からの制限はある、ということ。

犬や猫じゃあるまいし

>「話してる基準(場所)が違うのではないか」

やっとわかってくれたかい。

わたしは人の心の話をしてるんだよ。

最初からず~っと言ってる。


平和に暮らしている親子を引き裂くという「強制措置」を

「温情的」という言葉に「変換」するシステムのこと

あなたの「心」の入力と出力のことだよ。


何度も言わせないでね。

外と内の区分け

>それをして「裁判官」としてはそこまでで、「個人」の感情との間で葛藤はあっただろう。

「あっただろう」って、そんなんしらんがな、見えないし。
(などと、お約束で突っ込んでみてもいいんだけど、こういうのも飽きてきたから、)

あなたのお話しでは、裁判官は「違憲とは言えない」と仰ってるわけよね。ということは「違憲と言えなくもないが(必ずしも)違憲とは言えない」ということでしょ。ここで裁判官殿は、御自身の「判断」を明確化するのを避けてるし、さらには、「だが寛大な処置を希望する」って、「処置」を他所に投げてるじゃん。

(つまり、ここで猫さんご紹介の裁判官のお話しは、)

国外退去処分は「違憲と言えなくもないが(必ずしも)違憲とは言えない」ので、わたしとしては「違憲である可能性」については言及いたしません。だがだから、後々違憲との判断が下される可能性についても考慮に入れて「寛大な処置」しといた方がいいかもよ。

(というふうにも読み取れるし、そう読み取っても間違いだとは「言えない」よね。)

そもそも自分では「しようがない」から、他所に任せる。って、その程度の「葛藤」なら誰でもできるがな。あたしでもできるよ。

だからあたしは「裁判官の職務怠慢」といったの。

そして、親子を引き裂くという「強制措置」をしたのは、今、「温情的」と形容されている日本の(裁判なのか政治なのか社会なのかわからないけどとにかく)システムこと。

だからあたしは「裁判(所)の非道」といったのだし。

>最近は欧州はポイント制が多いようですけど。

(例の如く)これ読んでそれ以外の部分を読む気をなくしたんだけどね。

日本人と外国人は区別しなきゃと言っておいて、他所の国の話をする。あたしゃお聞きしたいが、あなたの仰る「基準」てのはなんだい。てか、答えをもらわなくてもわかってるけど。自分の言い訳(ごまかし)に都合がいいかどうか。ってことだよね。その長々とした解釈論。

そんなのは御自身のお心の中でおやり下さい。(見てられねえよ)

赤ペン入れます

誤りを放置しておくことはできないので、間違いを指摘しておきます。

まず、東西南北は話にならない。完全に自分の勝手な思い込みを、根拠の提示もなく述べているので論外。


「ごん」さんの猫さんに対する発言で、この部分は明確に「ごん」さんが誤っている。

『あなたのお話しでは、裁判官は「違憲とは言えない」と仰ってるわけよね。ということは「違憲と言えなくもないが(必ずしも)違憲とは言えない」ということでしょ。ここで裁判官殿は、御自身の「判断」を明確化するのを避けてる』

「違憲とは言えない」という文言は、「違憲と言えなくもない」という意味は含まれていない。まさに「違憲ではない」のである。
では「合憲」なのか、といえば、これもNO。

今回のカルデロンさんの国外退去処分については、外国人の国外退去処分について憲法に規定がないため、「合憲」「違憲」という司法判断を下す根拠が存在しない。
つまり、カルデロンさんに国外退去処分を科すか、特別在留許可を与えるかは、憲法上の問題ではない、ということで、司法は判断したわけだよ。

『さらには、「だが寛大な処置を希望する」って、「処置」を他所に投げてるじゃん。』

「寛大な処置を希望する」というのは2つの意味があって、1つめは「裁判官の個人的の意見」であるという意味、2つめは「カルデロンさんに何らかの形で特例を下しても、それもまた憲法違反とはならない」という意味。
では、なぜこのような表現になるのか、といえば「憲法違反ではない以上、司法が行政や立法にこれ以上立ち入ることができない」からであって、三権分立の原則を守れば、こういう言い方になるだけの話である。

「ごん」さん、せめて最低限の法知識を身につけてから、批判をするように。裁判官や法務省をバカにするのもいい加減にしなさい。

>東西南北さん
>3:外国人と国民の人権については、基本的、原則的には、どの国の憲法でも外国人でも国民でも人類として平等である、つまり、法の下に平等であるということ。しかし、猫さんのいうように人権の性質によっては、民族自決権の保障の見地からの制限はある、ということ。

ただし民族自体が本来、きっぱり幻想ですけどね。
それをありとしてしまうと、民族自決権と言うのを「どこまで」と見るかによって対応は変わるでしょう。
また、この見地から「権利の保障」を抑止するのであれば、
「権利の保障の抑止」に公平性が無いといけない。
この2点が難しい所だと思いますよ?
「民族自決権」を優先順位として何処におくかとかもね…。
「区別」は「事実」でしかないとするなら、二次的な物なのでこれも差別ですしね…。

>ごんさん
ふぅ…。

>平和に暮らしている親子を引き裂くという「強制措置」を
>「温情的」という言葉に「変換」するシステムのこと
>あなたの「心」の入力と出力のことだよ。

ふぅ…。だからそれだけを言ったら「日本で暮らしたい」と言う気持ちを裏切って、
「滞在期間」や「就労制限」を設ける制度自体が「冷酷」で、
それの執行を「和らげた」措置も「執行」する以上、「冷酷な措置」と言ってるのと変わらない。
まぁ、今回の件は執行は法務省以外では完全にされた為、
態度が温情的かは別として、対応自体は「厳正」な物でしたけどね。
温情的とか苦渋の決断と言う人の前提は「制度の上」の物。
貴方は純粋に感情的な物。その差を言ってるの。

酒酔いではなく酒気帯び運転での懲役もほぼ同様に言えてしまう。
事故も起こしてないし意識もちゃんとしてる様子で捕まって自由を奪われたらやってられん。
貴方の意見は、上場の酌量や、危険性が無いから刑罰は軽めとしても、
刑が多少でも執行される以上「冷酷」だとか「非道」だとか言っている。
感情的に刑を執行される側に立っていても刑が執行される事が「非道」だと言っている。
私は「個人として」執行される側に寄っているかとかそう言う話をしてるだけ。
そこが「話している場所が違う」と言ってるの。
(大体、酒酔い・酒気帯びでも貴方の認識が理解不能。
 国外退去5年 と 懲役5年 で同じ量刑の刑罰と考えたり、
酒気帯びの方は触れなかったり…
酒酔いは認知能力が危険なのが前提なのでまだ分かるが、
酒気帯びは残念ながら認知能力判断は付与されていない。
貴方の理屈で言うなら便宜的に言う「事故を起こす可能性のない」人物も含まれる。
よって今すぐ消すべきと言う理屈になる。)

<職務怠慢
あらゆる判決に私見を大幅に盛り込むのが裁判官の仕事だと言う事ですね。良く分かりました。
誰かが滞在期間制度と就労制限制度や酒気帯び運転による量刑に違憲判決でも出してくれると良いですね。

再見

猫さん、こんばんは。

私は人にしたことは必ず返されると思っています。
だから、自分が人からして欲しくないことはなるべく人にはやらず、自分が望んでいることはなるべく人にしようと思っています。
もちろん、私は未熟ですから失敗もしますけど・・・(>_<)


上記の理由からもあまり人の文章を否定的に引用するのは本意ではないのですが・・・猫さんの以下のコメント、何度か読み返してみてください。

>そして、国家対国家が本質的に「利己的」で「非協力的」な様子しか、
>あらゆる情勢から見えないのが最大の問題です。
>まず、そこが変わらない限り現状は続きます。
>一国だけで止めたとしても「割を食う」「被害に遭う」だけで何も変わりませんよ。
>(そして私はそんな被害を受けたくありません)

猫さんのこの文章、最後が最初につながって否定の(負の)スパイラルになっていることがわかりますか?


前にも書きましたけど、私は世界中の全ての人と一緒に笑えるにはどうすればいいか?をいつも考えつつ、先ずは身の回り人から幸せになるように少しずつでも実行していきます。それ以上でもそれ以下でもありません。

それでは猫さん、また機会がありましたら別の場所・話題で意見を交わしたいと思います。
この話題は少々飽きました。(^^ゞ

極論、「経済」と「所有」の制度上で優位な人に、経済的弱者が「金を全部寄越せ」とか、
「金を全部ばら撒け」と言って、それが当たり前として、
そこまでせずとも多少お金を出したりした場合に対応が「温情的」とか言う人を、
「何言ってるの?」と言うのと変わらない。

制度自体が間違ってるから変えましょうと言うのは良い。
経済や所有だって所詮制度です。そう意識して無い人が多いようですけどね。
だけど、「経済システム」の上で「あの人の対応は温情的」とか、
「個人として経済的弱者に理解がある」と「その制度の執行者」に言う人に対して、
「制度の執行者が温情を示したとか言ってるよ」と言ってるのと同じ事をやってるの。

だから「話がすれ違う」
「入国管理、及び、滞在制限・就労制限」と言う「法制度」の上からは、
裁判官と言う「法制度の担保者」と言う立場を超えて個人としては「温情的」だと言ってるの。
しかし、執行は「厳正」な物でした。
ただ、その執行は個人の感情と合わせた場合、「苦渋の決断」だったと思われると言ってます。
貴方がその最終判断を「不当」な判断だと言う事には確かに反対している面もありますが、こちらは前提付きの物です。
さらに「苦渋の決断」はあくまで「個人」の感情に対する物で、最終決定が「感情的」に正当かどうかは評価していません。

最終判断だけを「温情的ではない」「苦渋の決断とか」と言ってる貴方とは
「話している場所が違う」と言ってるの。

話し合いなどない国連に(違)

>すぺーすのいどさん
だから最後に「音頭を取るべき組織が音頭を取れ」と言ってるのですけどね。<負のスパイラル

自分が率先してやると言う考え方は素晴らしいと思いますけど、
色々覚悟を決めないと、予想以上に「自分たち」にとって悪い結果にもなりかねませんからね。

確かに、世界的に見て、この「率先して行う」事を実行して来た偉人たちは、
「長期的に見れば」世界に大きな影響を与えてきました。

しかし、その実現の間に、「割を食う」事で苦しい時間を味わってきた事も事実です。
その「割を食う」覚悟を、最低でも自分が行い、また、集団をどうこうすると言う場合は、
「反対者」「拒否者」への責任も一緒に背負う覚悟が無いのであれば、
正直言って「危険」だと言わざる負えません。

貴方は予想される苦しみや問題が現実となった時に、まず自分の結果に責任を負い、
そして、同時に反対者への責任も負う覚悟はおありですか…?

猫さんへ。

 そうですか?特に難しいことなんてないと思いますよ。

 権利制限の公平性の点でいえば、今回と同様のケースであれば、特別在留許可を出すという判断をルールにすればいいだけです。他の在留外国人との関係でいえば、カルデロンさんに対して、手続きをきちんと取るように促せばよいでしょう。カルデロンさんの場合は、不法入国という経緯がありますので、滞在申請手続きが出来なかったわけです。偽造パスポート、密入国などの不法入国は、国際テロなどを排除しねければなりませんから強化すればいいのです。それは教訓です。ですから、今後は不法入国者は完全に無くしていくという体制を政府はとらねばならない。とはいえ、今回のカルデロンさんのように入国管理体制を突破してくるケースも出てくる。時効が成立していないのであれば、不法入国者について、入国管理局が責任を持ってチェックすることが必要です。犯罪者が国外逃亡してきている可能性もあるし、国際テロリスト関係者かもしれないし、国際的なスパイかもしれない。薬物事犯、銃の密輸入組織に関係する人物かもしれない。それ以外にも日本の組織暴力団に関係している人物かもしれない。それらは、入国管理局が責任を持って証拠に基づきチェックする責任がある。

 しかし、そのような犯罪に無関係であるような人物で、何故、不法入国してきたのか?という理由が明らかにならない場合がある。その時には、何度も述べていますが、正規の手続きをしなさい、と促せば足りると考えます。特に、刑罰を与えたり、行政上の処分をしたりする必要性がありません。

 では、これにて。

 
 




 
 
 

みなさんはどう思いますか

>最終判断だけを「温情的ではない」「苦渋の決断とか」と言ってる貴方とは
>「話している場所が違う」と言ってるの。

最終判断は示されていない。出たのは「違憲とは言えない強制措置」という結果だけ。その事実だけ。

それを裁判官の「職務怠慢」、

裁判(所)の「非道」と言ったの。

それと、そのことを「温情的」だと持て囃す(一部の)日本人のなさけなさ、だね。(自国の「非道」を「温情的」と言い換えて、それで安穏としちゃってるんだよね)

いみじうこそ、ものすさまじきこと、かな、と

ああ、酒気帯びに触れなかったのは、

危険性が低い違反の場合(酒気帯びは違う)は、減点、それで(常習者にもかかわらず)一回目の免停(減点の累計で6点)の時は、講習を受けることによって免停期間を文字通り、免じる、

この例を先に出してあったからだよ。罰則の適用のされ方として最高と最低のレベルが示されればそれでいいのだと思った。んだけど違ったみたいね。

それで猫さんは何が仰りたいの(とはもう聞かないでおくよ。その長広舌。言い訳にしか聞こえない。そういうのはもうやめてくれないかな。「言い訳」をしたくなる気持ちもわかるから、正直、つらいんだよ)

>誰かが滞在期間制度と就労制限制度や酒気帯び運転による量刑に違憲判決でも出してくれると良いですね。

すべて人任せなんだね。これを無責任というんだよ。「市民社会」という枠組みで言えば最大級の悪徳とされるね。

それにしても自身の判断を人に阿ることに恥を感じないなんてのは。

いい加減にしなさい

「ごん」さん

あなたの猫さんへのコメントについては、私が説明しているはず。
まさか「読む気をなくす」という逃避をしているのか?

君みたいなのがいるから、問題が逆にややこしくなるってこと、わからない人が多いんだね・・・。

>危険性が低い違反の場合(酒気帯びは違う)は、減点、それで(常習者にもかかわらず)一回目の免停(減点の累計で6点)の時は、講習を受けることによって免停期間を文字通り、免じる、

…酒気帯び運転が「危険性が低く無い」とする根拠がわからない…。
それで良く人の判断を間違ってるだの言い切れるなと思う…。

酒気帯びは判断低下などの判断はされていない。
正常な判断が出来ないと判断された場合は「酒酔い」です。
だから体質によっては「酒気帯び」前でも「酒酔い」と言うパターンもありえます。
酒酔いは「判断力に問題あり」「挙動に難あり」が基準なので、
「危険だ」と「判断される」と言うのが前提です。
でも酒気帯びはそちらは含まれて居ません。

で、法律以外に酒気帯びが「危険性が高い」と言え切れる「根拠」をどうぞ提示して下さい。
一般論として、お酒で判断力がある程度鈍る事は否定しませんけど、
「で、どの程度危険なの?」
更に言えば、多分、体質で相当変わりますけど?
「人間共通でこの血中アルコール濃度だとこれだけの能力の差が出る」と言う事を言わない限り、
「酒気帯び運転が危険性が高い」と言い切る根拠になりませんよ。

>最終判断は示されていない。出たのは「違憲とは言えない強制措置」という結果だけ。その事実だけ。
>それを裁判官の「職務怠慢」、裁判(所)の「非道」と言ったの。

貴方が望む判決ではない、貴方が望む量刑ではないから「非道」と言ってる様にしか見えない。
まぁ、非道だと思うのも職務怠慢だと思うのも確かに自由ですけどね。
最悪、どこまでが「職務」範疇かも人によって考えが違う物ですから…。
主観が混じらない事は人間にはありませんからね。

>東西南北さん
ある種の公平性はそれ(今後も同じ判断)で保たれるのですけど、
それで正規入国をしてきた外国人が納得するかと言う問題もあります。

あと、もう一つの問題は上げた。
「民族自決権って「具体的に」何で、それを守る為に「具体的に」何まで許すのか」
と言う所で共通の認識が醸成出来ていないと思いますよ。
日本文化とか日本人とか言う認識が実は明確に共有されていないのも同じですけどね。
(元々曖昧な物をなんとなく区切った物なので共有が難しくて当然なんですけど…)

あと、そもそも国外不法就労・不法入国の最大の要因は経済格差だと思いますよ。(苦笑)
経済格差以外で何か必死になる理由があるとすれば相当な執着だと思いますしね。
ちなみに、不法入国に刑罰は不要だと言う考えのようですが、
私は逆に「時効」を有りにするからこそ必要だと思います。
何故なら、デメリットがないと、結局、「何度もやればはいれる」になりますからね。^^;
それこそ、なんか有った時に問題にならない「不法入国」の方が便利だと思われるようでは、
それこそ何の為の入国管理か分かりませんしね。
(どれだけ整備しても大小は別として穴は出ますし、
 母数が多くなればそれだけ穴を抜ける数も多くなってしまいます)
経済格差から来る窃盗団とかも居ますしね。(苦笑)
ある程度「疑わし気を罰する」事も必要だと思います。
(ここで言う「疑わしき」は「不法入国自体を罪科と刷る事で、正規の管理を行い易くする、意味ですね。
ちなみにそれでも、麻薬とかは不正規より正規入国の方が多かったはずです。)
銃やナイフや刃物と同じですね。(あれは「疑わしきを罰する」法だと思っております)

あと、言っている通り、犯罪防止だけであれば、滞在期間と就労制限は実際要らないでしょうから、こちらの解決も図りましょう。
特に滞在期間については、更新忘れも通常の罪状として処理されるようなので、
最低限そこはどうにかした方が良いと私も思いました。
少なくとも「更新忘れ」は「明らかに故意で、何らかの判定を避ける為」の運用で無い限りは、
その場で正規手続きを行わせる形の方が良いと思いますしね。
(その後に判定を避ける為で有った事がばれて「合法滞在」が剥奪されて「不法滞在」「お帰り下さい」となるのは仕方ないでしょうけどね)

あと、自国の問題で正規手続きが難しい入国者(フィリピンはやたら面倒らしい)は、
入国時点で事情を「自分から」訴えるようにとか、
そう言う事は真剣に考えなければなとは思います。

不法入国に対する意識の違いも国や人、社会の差であるようなので、
空港とかにはその辺りの張り紙も張っておく事も必要でしょうけどね。^^;
(個人個人に聞いてたらさすがに正規入国者に不愉快に思う人も出るでしょうし)
「不法入国」を白状する事、その物のデメリットを減らして、
その上で「不法入国」を知っていて行うようであれば、「悪質」と断じられても仕方ないと思いますしね。
それこそ「疑わしい」と言われても「いや、当たり前だろう」と言う感じです。

まぁ、入国管理法はそろそろ1度大々的に見直すべきだとは思います。はい。
って言うか、正直、国連で国の有り方や国際「協力」の仕方をもっと真剣に、
「根本」から話し合って欲しいと言うのが一番の本音ですけどね…。
解決課題としては
経済格差と貧困問題>外国人問題(各国どこも就労と滞在の制限あり)
と思っているので…。(苦笑)

・・・・

>(苦笑)

あたしは笑えないよ。悲しいなあ。

=======================

鳩は人を殺すことは希だと思いますが、
交通違反者は、
その違反行為に起因する事故で、
いつでも人を殺傷する可能性を持っています。
それにもかかわらず、

事故を起こす可能性のある交通違反者からは人権を剥奪せよ、(まずはそうして見せよ)

とは思いません。

=======================
読んでないんだね。(別に読まなくてもいいけど)

あたしが言ってるのは、

実際に人を殺す可能性の高い(し毎年たくさんの犠牲者を出している)酒酔い運転の罰則100万円



平和に暮らしていたカルデロンさん親子を5年間引き裂くという強制措置

のことだよ。

何度も言わせないでよね。

ていせい

>平和に暮らしていたカルデロンさん親子を5年間引き裂くという強制措置

赤字の部分を削除。

で、「平和に暮らしていたカルデロンさん親子を引き裂くという強制措置」、に訂正します。

ごめんなさいね。

ついでに

以下も追加。

児童憲章

 われらは、日本国憲法の精神にしたがい、児童に対する正しい観念を確立し、すべての児童の幸福をはかるために、この憲章を定める。

  児童は、人として尊ばれる。
  児童は、社会の一員として重んぜられる。
  児童は、よい環境のなかで育てられる。

十二 すべての児童は、愛とまことによって結ばれ、よい国民として人類の平和と文化に貢献するように、みちびかれる。

>あたしは笑えないよ。悲しいなあ。
真面目な顔して涙でも流しててください。
残念ながら私は「あほな世の中だ」って言うのは常にこのスタンスの感性ですからね。

>実際に人を殺す可能性の高い(し毎年たくさんの犠牲者を出している)酒酔い運転の罰則100万円

あくまで酒酔いの言及でかつ罰金100万の方しか考えてないのは分かりました。
(酒気帯びであれば次に交通事故が「実際にどの程度が酒気帯びが原因なのかを最低限示して貰う所でした。
酒飲んでようが飲んでなかろうが起こった事故を「酒気帯びが原因」とするのは「不当」ですからね。)

>平和に暮らしていたカルデロンさん親子を引き裂くという強制措置

その環境が不法行為の上に立つからややこしく考えられるんでしょう。

まぁ、でも、確か窃盗や強盗で得た物も時効になると所有権を取得出来てしまった気がするので、
(調べても、この例の厳密な刑事・民事処理が出てこない)

それを考えると、今回の強制措置は「不法滞在」と言う、
「状態」に対しては厳しすぎるかもしれないと言う気もしますけどね。
周辺社会との関係も良好なようですし…。
(周辺社会が民族自決権やらに照らし合わせて正当な集団社会であると言う認識の上で)

ただ、就労とかどうなんでしょうね…。
表面的には「誰も損をしてない」んだけど、実際には、まぁ、一人、日本国民から「就労」はずれが出てるんだろうなとか思ったりもします。
そして、日本が基本的に日本国民の保護を最優先とする国家である事を考えると、
一概に日本国として「誰も損をしてない」とは言えないのかなとか。
余計な事と言えば余計な事なんですけどね。
国内の経済の体制や制度を上手く整えるのも政府の役割ですし…。
(政府と言っても民衆の信託が有ってこその存在ですし、我々にも責任がありますが)
まぁ、昨今の国際経済だと自国だけで済まないから経済調整は面倒なのでしょうけど。

正直、表面だけでどうのと言ってもこう言う問題って次から次へ出て来て、
その度に認識の違いや立場の違い、感覚や感性の違いから、
いくつかの意見が出て、簡単には収集がつかない問題だと思いますけどね。
あの一家を在留させると言う同じ決定も、行き着くまでの過程は違うでしょうしね。
(「民族自決権」と言う観念で、「問題の有無」と「妥当性(権利衝突における優位性判断)」の判断と、
ここだけで簡単に二分割で考えて見ても3ヶ所、存在します。
実際にはアナログである事や要素が複数複合される事を考えると、まさに簡単に十人十色と。)

わくわくさんの言う「正規入国・正規滞在の外国人」の感じる、
「自分のやった事の馬鹿馬鹿しさ」も実際にあるでしょうしね。
逆に子供の人権もありますし、国家間経済格差問題に対する考慮もあります。
外国人の持つ人権もありますし、国家が守るべき「国民」の人権や生活もあります。
また、格差問題は、国家内部の格差もありますし、国家毎の内部の労働力問題もありますから、
外国での受け入れを全面賛成と言うのはまた問題もあったりしますしね。
(要は下手すると国家観格差の固定や増加を助長しかねない)
フィリピンに金持ちがいないかと言うと、金持ちは日本の大富豪並かそれ以上と言う話も良く聞きますから、
そちらはそちらでフィリピン内部で解決して貰わないとですしね…。
(国連主導で政府討伐とかでも行われれば面白いですが)
今後の制度運用や制度自体をどうして行くかと言う問題もありますしね…。

また、根本的に「民族・国家・文化否定派」などからすれば、話にもならない件でしょう。
(国家がありえない、民族がありえないだから、それに伴う手間とか不便がありえない)

まぁ、無駄の多い世の中(世界情勢)だとは思いますけどね。正直…。

個人的には制度を
「不法入国する事のメリットを減らす(出身国による正規入国の手間の差を埋める)」のと
「不法滞在への対応についての差別化」を制度的に制定して、
特別在留許可以前に、正規の滞在許可を得れる環境を持つ方が良いのかなと言う気もしましたけど。
(法務大臣に一任する事で、色々な手間が省け、情報が上手く集められるので、
 現行のやり方で在留許可の内規を作る方が良いと言うのであれば、
 それも確かに手なのかもしれませんが…。
 ただ、現場視察はした方が良いと思うのですけどね。
 増して不法状態の合法化・無罪化の規則な訳ですし)

心の引き出し

>まぁ、でも、確か窃盗や強盗で得た物も時効になると所有権を取得出来てしまった気がするので、
(調べても、この例の厳密な刑事・民事処理が出てこない)<

それは菩薩心かな(なんちゃって 笑)

< 気になった方は「安養の尼の小袖」で引いてみてね >

>それを考えると、今回の強制措置は「不法滞在」と言う、
「状態」に対しては厳しすぎるかもしれないと言う気もしますけどね。
周辺社会との関係も良好なようですし…。
(周辺社会が民族自決権やらに照らし合わせて正当な集団社会であると言う認識の上で)<

この言葉が聞けてうれしいよ。

< 民族自決というは(意味的にも語呂的にも)好きではないのだけど。あたしならたとえば、故郷の島の環境保護に関する沖縄の人の自己決定権というふうに、具体を見てから言う >

でもやっぱり、これだけで十分。

今回の強制措置は「不法滞在」と言う、
「状態」に対しては厳しすぎるかもしれないと言う気もしますけどね。<

ありがとう。

<気になった方は「安養の尼の小袖」で引いてみてね >

いや、私がしてるのは単純な法律上の話ですよ。
やってる事の問題の重さの認識は違うでしょうが、
「不法入国」の上に立つ「滞在」と言う状態と、
「窃盗」の上に立つ「所有」と言う状態と言う考えからです。
窃盗の上の所有と言う状態が許されながら、「不法入国」の上に立つ、
「不法滞在」と言う状態と考えると、問題は不法滞在だけですからね。

正直、妙な話だと思いますけど…。
でも、窃盗犯の子供とかだと本当になんとも言えない状態になりますしねぇ…。
この辺りは限定しきれないのが「現実」と言う奴でしょうね。


<民族自決というは(意味的にも語呂的にも)好きではないのだけど。あたしならたとえば、故郷の島の環境保護に関する沖縄の人の自己決定権というふうに、具体を見てから言う>

民族自決権は便宜的に敢えて使ってるだけです。
何が正当で何が不当で何が妥当かは人によって違うと言う認識を持たせる為ですね。
>「民族自決権」と言う観念で、「問題の有無」と「妥当性(権利衝突における優位性判断)」の判断と、
ここだけで簡単に二分割で考えて見ても3ヶ所、存在します。

「民族自決権なる物が存在するのか」
「あるとしてそれに対して問題があるのか(自決権とは何なのか)」
「他の権利侵害と比較してその権利を保護するべきなのか」
と言う3要素です。人によって容易にこれだけの差が出るのに認識が同じで無いと、
と言うのはむしろ現実に無理と思った方が良いと思います。
ただ、法律運用上は出来るだけ明確にされ統一された運用がなされないと問題ですけど。

沖縄の例で言えば「琉球の人」なら民族自決権と言う意味は非常に近いと思います。
逆に「沖縄の人」なら「住民の決定」になるのでしょう。
まぁ、住民だってどこまでよとか、大まかには共有されても
実際細かく見ていけば違う場所も出てきますからね。
(法律上定義された言葉で法律として運用するようなものでなければ)

>厳しすぎるかもしれない
私のこの判断も非常に微妙な物です。
最後の方に書いてる通り、考慮するべき問題はいくつもありますしね。
だからわくわくさんも「対応としては法整備上仕方ない」
「対応としては妥当」だが、一家に対しては出来るだけ、
早めに日本で一緒に暮らせるようにしたいと言う言葉も出て来ている訳です。
私はそれを「温情的と囃し立てる」と揶揄する人を「理解のある人間」とは思いませんしね。
なんて言うか、「熱狂」してる人には「頭冷やせ」と言うのは私も分かるんですけどね。
(関係BBSのコメント欄で、冗談でも止めてくれと思ったのは、
 「やらせてくれたら居てもいい」とか、開いた口が塞がらなかった)

それに「正規滞在」している外国人に「面倒臭い手続きして正規入国した私って馬鹿?」と思わせる事は、
私は「問題ない」とは思いませんしね。
権利も国が今の形と状態である以上、「どこの国が誰を保護するのか」と言う問題については、
ずっと付き纏う問題でしょうしね。
(海外で日本人が事件に巻き込まれた時に、
 誰が「保護」の為の対応するかと言ったら現地政府ではなく日本政府です。)
国は体力も権限も限定的だから、ですけど。(苦笑)
残念ながら「住民」と言う区切りも「国民」と言う区切りも「便宜的」に区切るくらいで、
本質的には「世界各国」が「全人類・全世界」の保護に真剣になるようでなければ、
「この人の権利はどこまで」とかそう言う話になるのは止むを得ないと考えます。

また、「法整備」上は「温情」を「含めた」「措置」であったとは今でも思っています。
ただ、権利の侵害や生活環境の破壊があった事は事実ですし、
それが必要な物であったかは色々な観点から見ると、
「現状の法整備や世界情勢・前提制度から見ると仕方ないかな」と言う気持ちと、
「別に許してあげればいい」と言う気持ちが半々と言った所です。
一家離散や国外退去自体「酷い結果」である事は事実ですしね。
また、今回の場合は、「酷い結果」が「国籍」と言う「理不尽(「不当」ではない)」な物が元となっている物ですからね。
ただ、私の言ってる「酷い結果」が、現行の前提制度上、
「仕方ない」のか「不当」なのか、また、「前提制度をどこまで切り崩せば結論が変わるのか」は、
人によって違うでしょうしね。「国と言う制度が悪い」まで行かないと駄目な人も居れば、
「入国管理法が間違ってる」と言う人も居るでしょうし、
「今回の案件は受け入れても問題ない」と言う人も居るでしょう。

正直、個別案件で見ていくと今回以上に全然温度の違う案件が多分、いくつも出てきますよ。^^;
社会環境についてはゴリゴリの保守派ですからね。

ちなみに、子供の権利についても、腹立ち紛れかも分かりませんが、
「親の転勤で転校や海外移住をさせられる子供はどうなんだ」と言うのを見た時、
考えなければ行けない課題はまだまだ多いなと思いましたけどね…。
(今回のケースののりこさんの決断を考えれば、その決断すら許されない子供も居ると言う現実ですね)

承知

>私はそれを「温情的と囃し立てる」と揶揄する人を「理解のある人間」とは思いませんしね。

了解した、よん。

でも今回の「強制措置」を「温情的」と言い換えるのは「奇怪」なシステムですね、というのは揶揄でも何でもありません。

それは、他に対する「思いやりのなさ」の為せる業だと、わたしはそう思っています。

それを(わくわくさんではなくて)猫さんのようにのらりくらりと「言い訳」したら、そんなことは「見苦しい」からおよしなさいな。

ということになるわけですよ。

>「法整備」上は「温情」を「含めた」「措置」であったとは今でも思っています。

これをして「温情的」と表現してるので、ここを否定されないと、実は同じ意見のループだったりします。

「言ってる場所が違う」も、もし「>~」の部分を非難はしないけど、
「温情的」と言う言葉を非難するのであれば、まさに「その差」の事ですからね。
「>~」の部分が違えば根本的に考えている因果の順番や重さが違うのでしょう。


他に対する思いやりも人ぞれぞれに違います。
それは「衝突する権利や実利。権利と現実」に対して「何を妥当とするか」が違いますからね。
私は医療ミスに伴う、激しい裁判や民衆のクレームが、今の医療萎縮を生んでいると思っています。
医療ミス被害者の「感情」を重んじる事が「思いやり」ならば、
夜間勤務や、重労働の看護士などに十分な環境が配備されていないと言う問題を考えるのも、また「思いやり」でしょう。
そう言う意味で、激しく非難される犯罪者に対して、擁護的感情を持つ事はしばしばあります。
産地偽装問題も、「競争」としては「不当」でしょうが、
その前にある問題は、会社の存続だろうと思われる例も見られますしね。
(会社が存続に失敗しても経営者と社員の生活が保障されない制度に問題は無いのかと言う事)

そう言う意味では世の中には民衆を含めて「皮肉った」笑いを浮かべる事は多々あります。

「外国人は去ね!」や「不法滞在者は去ね!」と言う「熱狂」への批判は、
「幻想」を破壊し、「幻想」を「幻想」だと教える意味では有効ですが、
(また、この「幻想」を「幻想」だと認識しない上での「十分温情的」と言う断定は私も否定します)
「幻想」を「幻想」だと知りながら選び、「酷い結果」だが、
「その幻想が存在する」事は何らかの形(現在において、とか、世界がどういう状態では、とか)で、「仕方ない」、
そしてその仕方なさの上である中で、「そこが限界だろう」「それが妥当だろう」「温情を含めてそんな所だろう」と言う人には、
貴方の言い方は何も意味を持たないですし、
また、「思いやりがある」「理解がある」とは逆に思えないと言う事です。

結果は酷い、では、その結果を生み出した物は何なのかと言うのは、
残念ながら日本だけに由来する物ではありませんからね。
(労働力の観点から言えば、技術者が増える分にはある程度いいのですが、
単純労働者の数は限りがあるのが現実かもしれませんね。
各国の移民受け入れの法案とか見てるとそう言う考えがあるのは間違いないかなと思います。)

「傷付けたくない」だけなら非常に楽なのですが(よしお前が犠牲になれ)、
大抵の人は「傷付きたくない」であって、更にその上に「出来れば傷付けたくない」と言う程度ですからね。
そう言う意味で人間はほとんどの場合、「傷付けられる」可能性がある事には冷淡ですからね。
動物虐待は良くないと言ってたって、容易に怒りに変わるのも見てますしね。

まぁ、それでもどこかで割り切らなければ「決断」なんて出来ませんけど。

超法規的措置

>>「法整備」上は「温情」を「含めた」「措置」であったとは今でも思っています。

>これをして「温情的」と表現してるので、ここを否定されないと、実は同じ意見のループだったりします。

別に否定なんかしないよ。だから、最初から「猫さんが裁判官の側に立つのなら仕方がないことかもしれません」、と申し上げているのだし。あたしゃ、日本人のひとりとして自分の心を言い訳する気にはなれないから、それでいいのですか(わたしは全然よいとは思いません。むしろ非道い話しだと思う)、と主権者であらせられるみなさんに直訴しているわけです。

それにしても、「人命は地球より重い」と仰った政治家がいた時代と比べれば、ずいぶんと日本の「温情」てのは、お安くなったものですなあ。

=========================

ダッカ日航機ハイジャック事件では「人命は地球より重い」として犯人側の人質解放の条件を飲み、身代金の支払いおよび、超法規的措置として囚人の引き渡しを行ったことで、テロリストの脅迫に屈したと国際的な批判を浴びることとなった。しかし在任中を通じて福田内閣の支持率は徐々に持ち直し、日中平和友好条約の締結や積極的な東南アジア外交の展開を行う。その姿勢はフィリピンのマニラで発表された福田ドクトリンへと結実することとなった。

   現在wiki先生より(いつもごめんねwiki先生)
==========================

「福田ドクトリン」

・軍事大国とならず世界の平和と繁栄に貢献する。

・心と心の触れあう信頼関係を構築する。

・対等な立場で東南アジア諸国の平和と繁栄に寄与する。


決断

>「人命は地球より重い」

あたしはこの言葉とその「超法規的措置」が、テロリストの大義を封殺し、当時のテロリストを黙らせるきっかけになったのだと、信じているよ。

民衆の支持のない「テロリスト」は文字通り、人殺しだ。

戦争と同じくね。

猫さんへ。

 ここまで議論してきて法務省、裁判所及び、その立場を擁護する勢力の「本音」が理解できませんか?それは「温情」などと呼べる代物では決してないと断言する必要があります。カルデロンさん一家の基本的人権を擁護する立場に立てば。裁判所、法務省、自公政権の「譲歩」「温情」を理解しろ、「それをわかれ」という勢力の本音は明らかですよ。「本音は一家丸ごと国外へ強制送還、国外退去だ。でも、それを強行したら世論の反発から自分たちが不利になる。ゆえに、多少は譲歩する姿勢を見せたほうが自分たちの保身に有利だ。絶対に相手のカルデロンさん一家に特別在留許可を出すという要求だけは飲まない。しかし、「譲歩」はしてやる。ここまで世論も盛り上がり注目しさているし、譲歩はしてやる。しかし、本音は一家丸ごと国外退去なんだよ。それをわかれ。」

 これが本音なんですよ。本音は一家丸ごとの国外退去です。それを自分たちの保身で誤魔化して、「子供を残して尾お前らだけ帰国するか」それとも「一家全員で帰国するか」どちらかを選べ、という「卑劣な」選択を迫るのが法務省、裁判所、自公政権、及び、それらを擁護する勢力です。このコメント欄では、わくわく44さんが際立って悪質ですね。

 裁判所、法務省、自公政権の本音は温情にあるのではなく、本音は一家丸ごとの国外強制退去にあります。猫さんは、そのことを理解すべきでしょう。

 

いい加減にしな

東西南北、自分が好むものと異なる発言や態度に対して、根拠なく誹謗中傷を行い、それを他人に求めるという卑劣な行動はやめろ。

『ヒト遺伝子ですから共に生きていく遺伝子があるんですよ。それとも、共に殺し合い、死なし合うヒト遺伝子があるんですか?あるならそれこそ出して欲しいです。物質ですからね。ちなみに、人の本能には殺し合い、死なしあいの本能はないですし。食欲、性欲、睡眠欲を実現しながら共に生きていくのが人類ですし。医学の常識でいうまでもないと思いますがね。この事実を根拠なく懐疑するから「思う、思わない」の議論になるんじゃないでしょうか?』という、科学的に何ら証明されていないことを、「科学的に証明されている、それを信じろ。」という傲慢な人間の発言など、価値はない。

敗北を認めよ。

 わくわく44さんのように「好き嫌い」で戦争を合理化する勢力を何というか?好戦主義者と言うんですよ。社会科学の話をしている時に、「好き嫌い」、「善悪」、価値観の話をする時点で非科学的ですね。社会科学を学習してください。

 ちなみに、性欲、食欲、睡眠欲の遺伝子は未だ発見されていませんが、ヒト遺伝子の実証研究が進んでいけば、必ず睡眠を司どる遺伝子、性欲を司どる遺伝子、食欲を司る遺伝子は実証されます。なぜなら、性欲、食欲、睡眠欲は人間の三大本能であって、真実として存在している。それを根拠にして、ヒト遺伝子に性欲、食欲、睡眠欲の遺伝子が存在するとして、因果関係を洞察することは科学的な法則です。同じように、人類は一人では生存できない。人類は共に生存するしかないという真理・真実がある。それを根拠にして人類には共に生きる遺伝子があると洞察し、因果関係の必然性が存在するということは「好き嫌い」「善悪」ではなく、科学的な価値観です。

 何度でもいう。人類には殺し合い、死なしあいの肉体的な本性、性質、本能などは絶対に存在しない。それは、わくわく44さんの脳内にだけある妄想、好戦主義なる宗教的な価値観にすぎない。

 自然に対して人類として人類が共に共同して生き、生活するということが科学的な真実です。殺し合い、死なしあうことが人類の肉体的・身体的な真理・真実だということはありえないと断定することが科学です。

 人類は肉体的・身体的には共に生き、共に生活することがなければ、一人では「生きる」ことすらできない存在である。これが真理・真実です。

 思う、思わない以前に殺し合い、死なしあうことは非科学的だということには、人類の肉体的・身体的な生命力、生活に根拠があるのですよ。

 人間は共に人類として生きるという真理・真実を何故、認めたくないか?何故、留保するか?あなたが暴力主義、好戦主義者、国家主義だからでしょう?

 日本国憲法は人間は共に人類として生きるという真理・真実の価値観、したがって、社会科学上の正しい価値観を国家へ強制したものです。

 憲法前文と憲法9条の「行間」を読むことだな。

>それにしても、「人命は地球より重い」と仰った政治家がいた時代と比べれば、ずいぶんと日本の「温情」てのは、お安くなったものですなあ。

人命と生活環境では一概に言えないでしょう。
前の返信でも書いてる通り、生活環境の変化は別の子供も受けている「現実」があります。
書いたとおり、のりこさんの選択した選択肢すら「与えられない」子供が現実に居ますからね。
「そう感じる」事は批判しませんけど。
ちなみに、倫理的価値観で言えば「人命は地球より重い」とは私は思ってません。
便宜的に「そうして置いた方が社会生活上便利」だと言う事は否定しませんから、
社会的に「人命は地球より重い」とする事は別に否定しませんけどね。
ちなみに、「現状」の「現実」は「地球が消えたら人類絶滅だから地球は地球上の生物全部の重さ」と思います。
ついでに言えば、福田首相は別にテロリストの人命にも重きを置いた死刑廃止論者でも無いでしょうからね。

多分本質は、人が一人で生きていけず、淘汰を社会的な基本とすれば、
「淘汰」される中に誰が何時入るか分からないからだと思いますからね。
(私は人間の「創造性」は面白いと思いますが、だから特別とか、
それ系の事は全く思いません。
だから人間の為に動物が殺される事・生活の場所が奪われる事は、「正しい事だ」とは言いません。
でも、「残念だけど生きるって戦いなのよね」と思って居ます。
その上で「人間社会最強」が現代の現実であり、それを維持する為に、
「人間同士の協力」が必要不可欠とも思っていますから、「人間は特別」とする事は重要だとは思っています。
選民思想もくすぐれるし、世界の嫌な所(動物が生活の場所を追われ人間の生活と衝突した時の非情な対処)をどうとでもいえるし、
「人を殺す」と言う意識も抑えれて、「人間社会」にとっては良い事だらけですしね。)


>あたしはこの言葉とその「超法規的措置」が、テロリストの大義を封殺し、当時のテロリストを黙らせるきっかけになったのだと、信じているよ。

この判断にも、私はこのテロリストたちの政治思想や社会思想を調べてみた結果、「関係ない」と判断させて頂きます。
日本赤軍って思想を見る限り我々が考える「宗教原理主義」と言う言葉の思想のそれに近いですよ。
「自分たちがそうすればいい」ではなく「異教徒」=「悪」的な。
民衆の支持は必要とはしなかったとも書いてますしね。
(何故なら革命に賛同しない一般衆人は「日帝の手先」=「悪」だから)

昨今は宗教界も社会協調主義や他宗教協調主義が一般的になっていて、
昔のような宗教戦争はほとんどなくなりましたけどね。
(イスラム原理主義も本当に我々が言葉から考えるような「原理主義」かは怪しいですしね。
 テロリストとしての活動はただの生活困窮者の代弁者と言う属性が強いでしょうし。)

でも、自分の宗教(戒律)が絶対の正義と信じる人は少なくありません。
つか、普通にキリスト教とかも、「マジでそう思ってる」人は結構居ます。
「他宗教は劣った宗教」「本質的に間違った宗教」で、「神が裁く」とか言う人は普通に…。
正直、理解出来ない世界ですけどね。(^^;
つか本当に居るなら顕現して「裁いて」下さいと言う感じです。
ある意味じゃ人間同士で調整付けるよりずっと楽だし。
(ある意味ではそんな神いらねー。ですけどね。
 でもそれは社会の抑圧や不便も同様なので、どっちがマシかと言うだけの話。
 本当に全知全能なら「間違い」はないと言う意味で安心でしょうし、
「力」で言っても勝てないので、
 嫌な統治ならさっくり「消滅」または「変更」希望。そうでなければ下手な人の統治より安心と言う感じですけどね。)

そう言う人にとっては
「神の法(永遠の法・自分たちが信じる正義の法)」は所詮、すぐ消えるちっぽけな「人の命」などより重いですから、
ここについては「最初から関係が無い」ので「意味が無い」と思いますよ。

あと、福田ドクトリンも全面的には賛同しかねます。
現在のアジア各国政府の有り様等を含めて考えると、言葉面だけ追って、
現実の解決策を考慮して無いようにも思いますしね。
理念自体は結構ですが、対外的な外交と言う点では個人的には「20点」と言う感じです。
国内の政策についてはある程度評価しますけどね。
アピールとして計算された宣言であるなら「70点」ですけどね。
(あくまで自国のありようの宣言に収まったので、外交的に周辺各国との間に、
調和と秩序を築いた訳では有りません。)

言ってしまえば
「非暴力」の理念を自国の物として「なんとなく」唱えた。→20点
「非暴力」の理念を自国の物として「アピールする意図(このアピールは色々な意味がありますが、要は、
 現実的問題や不公平と、理念を別に考えて居るという意味です)」で唱えた。→70点
「非暴力」を数ヶ国との対話の上で、共通の理念とし、各国と条約を締結した→100点

基本は「内政干渉をしない」なので、現実には他国民に対してはある程度、
「自己責任」と言ってるような物ですしね。
福田元総理自身の考えは、靖国神社も私的参拝をしていますし、「アピール」の色が強いかもしれ無いと思いますけどね。

あと、あの図太さは素晴らしいと思います。
文鮮明(統一教会教祖)との話のネタとか。
ある程度、政治家にはああ言う面も必要でしょうしね。

>東西南北さん
実際そう言う考えの人も結構多いのは見てるんですが、どうなのでしょう?
法務省や裁判所・わくわくさんの本音がそこにある事を「YES」と判ずる十分な材料も私の感覚では無いので…。
「可哀想だけど」と言うのは全て偽装だと「断定」出来るだけの材料は私の中には有りません。

遺伝子と言うか

脳科学では?(^^;

そう言えば、昔からいくつか考えてた下らない事があるんですが、その中の一つで、

「人間の脳を好きに弄って人の人格を変えれる様になったら犯罪者はそれで変えてしまった方がいいのかね?」

それは嫌だなと思いつつも、でも、行動を制限したり強制を行うよりは
「幸せ」を感じる事を変えてしまった方が、
「幸せ」だし「優しい」のかなと言う考えもありますしね。
(死刑を含むなら「死刑」と「人格の強制変換」どっちの方が優しいか)
「人間社会」的にも「人類一般」的にもその方が平和ですし。

…当時も今も、まぁ、きっとそれでいいとは思いませんけどね。
現在の結論は10年位前から変わらず「人格」や「想い」と言う
「幻想」もまた良い物だと言うだけですけど。<犯罪者や悪人・悪意や苦しみも含めて

猫さんへ。

 「可哀想だ」というのが偽装だという意味は、本音はカルデロンさん一家を国外退去処分するにすることが法治である、ということですよ。しかし、情状を酌量して「子供だけは残してやるけどどうするの?」、裁判所、法務省、わくわく44さんの本音は、カルデロンさん一家の丸ごと強制国外退去処分ですよ。今までの議論を見てきたら証拠十分じゃないですか?だいたい、わくわく44さん自身が本当ならカルデロンさん一家を丸ごと国外退去処分でも文句は言えないし、法治というものはそういうものだ。しかし、情状酌量して、子供だけは国内に残していやるし、1年経てば再入国もさせてやる。しかし、あくまでも「原則」「本音」はカルデロンさん一家丸ごとの国外強制退去だ」

 ここまで譲歩して妥協してやってるのだから、素直に帰国して1年経過してから再入国すればいい。わかりましたか?というのが、わくわく44さんの本音です。

失笑しかない

ほんと、東西南北は「根拠なしの、ただの自分の好き嫌い」を「科学」と、どうしようもない。
これでも、人のことに触れないなら失笑だけで済むが、人の評価などをするからね。悪質極まりない。

>わくわく44さんのように「好き嫌い」で戦争を合理化する勢力を何というか?好戦主義者と言うんですよ。

私が、いつ、どこで「好き嫌い」で戦争を語ったんだろうね?まぁ、東西南北は自分で示さないのよ。「君は犯罪者だ。犯罪の証拠は君が出せ。」って、すごいことを言う人だからね、こいつは。

>社会科学を学習してください。

社会科学を知らない東西南北が、他人に社会科学を学習してください、って。(大笑)

>ちなみに、性欲、食欲、睡眠欲の遺伝子は未だ発見されていませんが、ヒト遺伝子の実証研究が進んでいけば、必ず睡眠を司どる遺伝子、性欲を司どる遺伝子、食欲を司る遺伝子は実証されます。なぜなら、性欲、食欲、睡眠欲は人間の三大本能であって、真実として存在している。それを根拠にして、ヒト遺伝子に性欲、食欲、睡眠欲の遺伝子が存在するとして、因果関係を洞察することは科学的な法則です。

これを遺伝子研究の学者が聞けば、たぶん激怒するだろうね。
第一、「人の本能や欲求が遺伝子に起因するものである」ということ自体、科学的な証明がなされているわけでもないってのに、それを超えて「遺伝子があるはず」だからね。これのどこが「科学」なんだか。

>同じように、人類は一人では生存できない。人類は共に生存するしかないという真理・真実がある。それを根拠にして人類には共に生きる遺伝子があると洞察し、因果関係の必然性が存在するということは「好き嫌い」「善悪」ではなく、科学的な価値観です。

科学ってのは、仮説と検証であって洞察ではないし、第一、「価値観」と言っている時点で「科学的」ではなくなるんだが。(失笑)

>何度でもいう。人類には殺し合い、死なしあいの肉体的な本性、性質、本能などは絶対に存在しない。それは、わくわく44さんの脳内にだけある妄想、好戦主義なる宗教的な価値観にすぎない。

東西南北ごときが何度言っても、それが真理になるわけがない。なぜなら、科学的な証明がまったくなされていない、単に東西南北が勝手に思い込んでいることだから。

>自然に対して人類として人類が共に共同して生き、生活するということが科学的な真実です。殺し合い、死なしあうことが人類の肉体的・身体的な真理・真実だということはありえないと断定することが科学です。

これも、単に東西南北が勝手に思い込んでいるだけで、何ら検証がなされていない、ただの妄言。君は科学を侮辱するのが好きなんだねぇ。

>人間は共に人類として生きるという真理・真実を何故、認めたくないか?何故、留保するか?あなたが暴力主義、好戦主義者、国家主義だからでしょう?

1.「人間は共に人類として生きる」というのが真理・真実であるという証明自身がなされていない。証明がなされていないものを真理・真実と思考するのは、それこそ非科学である。

2.「人間は共に人類として生きる」というのが、仮に真理・真実だとしても、それを信じない理由が暴力主義、好戦主義、あるいは国家主義であるという因果関係が科学的に証明されていない。つまり、「信じる信じない」とイデオロギーとの関連性についても、東西南北は勝手な思い込みしかしていない。

>日本国憲法は人間は共に人類として生きるという真理・真実の価値観、したがって、社会科学上の正しい価値観を国家へ強制したものです。

その証拠を東西南北は一度たりとも提示したことがない。従って、私に対する批判の根拠となりえない。

>憲法前文と憲法9条の「行間」を読むことだな。

1.東西南北ごとき嘘つきが、私に命令する権限など有しない。
2.東西南北の今までの発言は、すべて東西南北の勝手な思い込みにすぎないのだから、憲法前文と9条の行間をいくら読んでも、東西南北の身勝手な妄想に合意することはありえない。

よって、敗北を認めるべきは東西南北という、極めて身勝手な愚か者であることは、私が科学的に証明しました。(失笑)

猫さん

東西南北の相手なんてしていたら、キリがないですよ。

>「可哀想だ」というのが偽装だという意味は、本音はカルデロンさん一家を国外退去処分するにすることが法治である、ということですよ。

これ、東西南北の思考が「かわいそうだと思うなら、親子で特別在留許可を出すはずだ。出さないなら、本音は、一家を国外退去処分にしたい、ということだ」という、「人間」をわかっていないことに起因しています。
証拠は、東西南北のブログに山ほどあります。

それはともかく、東西南北がこのエントリーにコメントした目的は、私の排除だけですから、こんなのを相手にしないことをお勧めします。

度し難い奴だな。

 価値観の時点で社会科学ではないって?ぜんぜん違う。自然に対する人間の価値観には科学的な価値観と非科学的な価値観がある。わかりますね?自然観について科学的な価値観と非科学的な価値観があるのです。同様にして、人類社会に対する人間の価値観にも科学的な価値観と非科学的な価値観がある。人類社会に対する科学的な価値観のことを社会科学と言う。わかりますね?その上で、大前提となることが人類は一人では生きられない。自然の中で共に共同して生存していくしかないという肉体的・身体的な真理・真実なんです。よ。人間は人類として共に生きて、生活していくことでしか生存することができない。にもかかわらず、殺し合い、死なしあいが社会現象として存在しているのは何故か?その原因はどこにあるか?これが社会科学の見地です。問題所在です。わかりますか?戦争は最大の殺し合いであって、殺し合いとしては最大の社会現象です。人類は一人では生きていくことすらできない。共に生きて生活していくことが人類の心理・真実である。にもかかわらず、戦争が起こるのは何故か?その原因は?

 日本国憲法の前文と9条の行間だけではなくて、眼光紙背に徹して謙虚な姿勢で「人間」に向き合いなさい。自分の保身を第一に考えないで真理・真実の探究を第一にすれば、君も国際平和に貢献することは可能である。しかし、現状の君の態度は、不誠実であって卑怯者の自己保身の三流学者の態度にしか見えない。

 

 

度し難いのは君

そもそも「価値」というのが、思いきり主観なのであって、科学に必要な客観性とは無縁の世界なんだがね。
主観を基礎とする「価値観」のどこが「科学的」なのか。
まぁ、東西南北自身が、具体的に何がどういう理由で「科学的」「非科学的」としているのかを説明しないで、「自然に対する人間の価値観には科学的な価値観と非科学的な価値観がある。」「人類社会に対する人間の価値観にも科学的な価値観と非科学的な価値観がある。」として、「人類社会に対する科学的な価値観のことを社会科学と言う。」と、そもそも『科学と言えるのか?』と疑問視されている「社会科学」について、「科学的価値観と非科学的価値観がある」と断言しているのだから、始末に負えないが。

第一、社会科学の範疇でで戦争の原因を考査することはあるが、人が「共同で生活していくことしか生存することができない」かどうかなどは、別に前提にもなっていないし、考慮なんかもしない。
そもそも、共に生きて生活することが人類の真理・真実かどうかも、東西南北が勝手に思い込んでいるだけであって、道徳や宗教的な講話としては聞いたことがあっても、科学的な検証がなされた話は耳にしたことがない。

また、「戦争」は必ずしも相手を殺傷することを目的としているわけではない。相手の存在や生命の消滅を目的としたものであれば、「殺し合うことが目的」となるが、自己の要求を相手に受け入れさせるための「手段」として行われる「戦争」は、戦闘方法や使用装備の破壊力による「結果的に殺傷することがある」という範囲から超えるものではない以上、「殺しあい、死なしあい」が社会現象として存在しているというのは、あくまでも「検証結果の1つ」でしかないことも述べておこう。(目的よりも結果を重視するのであれば、「殺しあい」となるが、目的を探っていく過程においてなされる結論は「殺しあい」ではない。)

>謙虚な姿勢で「人間」に向き合いなさい。自分の保身を第一に考えないで真理・真実の探究を第一にすれば、君も国際平和に貢献することは可能である。しかし、現状の君の態度は、不誠実であって卑怯者の自己保身の三流学者の態度にしか見えない。

これは東西南北のことであって、私のことではない、というのが科学である。(大笑)

つくづく面白いお人だ

あたしは「人命は地球より重い」を支持した日本人の心の話しをしてるのになんで福田首相の評価の話しになるんだかわからない。

おかしなお人だよ本当に。

どこまでも責任転嫁の判断保留でのらくらのらくら。証人喚問での政治家の答弁みたいだね。

で、何よりも猫さんの人間観のこういうの↓があたしには有り得ない世界。

>それに「正規滞在」している外国人に「面倒臭い手続きして正規入国した私って馬鹿?」と思わせる事は、
私は「問題ない」とは思いませんしね。<

マジですか?

小学生の学級会じゃないんだから今回の件でカルデロンさんの強制退去を回避したとして、そんなことを言う外国人(滅多にいないと思うけど)に猫さんのほんの少ししかない「情」を割く必要はないと思うよ。

あたしらは、日本にいらっしゃる外国人が、日本の何を目当てにここにいらっしゃるのかについて、もう少し考えてみた方がいい。

まさか『日本は「金(=経済力)」しか誇るものはない』なんて仰らないよね。


「福田ドクトリン」(1977年8月フィリピンのマニラにて提唱)

・軍事大国とならず世界の平和と繁栄に貢献する。

・心と心の触れあう信頼関係を構築する。

・対等な立場で東南アジア諸国の平和と繁栄に寄与する。

ごめんね

訂正します。

>猫さんのほんの少ししかない「情」

これを、

>猫さんの、

次から次へと頭にわいてくる多くのことに配慮しなければならないため、「親子を引き裂く」という今回の件程度のことには「問題はない」という「苦渋の決断」で済ます以外に「仕方がない」というような

そんな希有な「情」<

に、訂正します。

長くなっちゃってごめんなさい。m(_ _)m

>ごんさん
>あたしは「人命は地球より重い」を支持した日本人の
心の話しをしてる

了解しました。
ただ、当時は「国際」世論だけでなく国内世論も賛否両論だったと思いますから、
「福田元総理個人の」と言った方がよいと思います。

なんせ解き放つのはテロリスト・テロ思想家ですからね。

次のテロを防げなければ被害は逆に拡大しかねませんし、
お金も現状では、「経済が安定してこその生活保証」だと思いますしね。
更にテロ活動資金の提供にもなる訳ですからね…。
責任もない一般庶民が被害者になると言う事で同情的意見が多数派ではあったかも知れませんが…。
また、書いてる通り「環境」と「生命」と言う差や、状況への本人たちの責任など、
違う点はいくつもあるので、「福田総理なら受け入れただろう」と言うのも推察の域は出ないと思います。

あと「在任中を通じて福田内閣の支持率は徐々に持ち直した」のは政策評価だと思います。
これもダッカ日航機ハイジャック事件の見解が「福田総理個人」だと思われる理由です。
つか、それ自体を支持したなら徐々に持ち直したなんていう表現にはならんでしょう。(苦笑)
支持率の上昇が政策による物=政策の裏に流れる方針も含めての物ですけど。

>あたしらは、日本にいらっしゃる外国人が、日本の何を目当てにここにいらっしゃるのかについて、もう少し考えてみた方がいい。
>まさか『日本は「金(=経済力)」しか誇るものはない』なんて仰らないよね。

うん。ごめん。別に誇る物とかじゃなくて、現実的に発展途上国の人はそれが主要目的だと思ってます。
それ(お金が主要目的)が「悪い事」だなんて思ってませんけどね。


<福田ドクトリン
それが海外に誇る物だと言うのは別にいいんですけど、「9条」信奉みたいに…。
それが国内に来る外国人に誇るような物って言うのは違うと思いますよ。

・アジア諸国との連帯を目指し「福田ドクトリン」を提唱。

アジア諸国「での」連帯を目指し「福田ドクトリン」を提唱。

なら素晴らしい業績と称えますし誇れると思いますけどね。^^;
また、こう行った外交的「アプローチ」は「国内に来る外国人」に対するメリットや愛着には関係ないと思います。(苦笑)

>次から次へと頭にわいてくる多くのことに配慮しなければならないため、「親子を引き裂く」という今回の件程度のことには「問題はない」という「苦渋の決断」で済ます以外に「仕方がない」というようなそんな希有な「情」

>小学生の学級会じゃないんだから今回の件でカルデロンさんの強制退去を回避したとして、
>そんなことを言う外国人(滅多にいないと思うけど)に猫さんのほんの少ししかない「情」を割く必要はないと思うよ。

お好きにお考え下さい。二つ目の意見をこう考える時点で最初から相容れません。
大分の裏金教師問題は「本人が預かり知らない」物もあり、
その上で教師として児童や保護者から信任の厚かった教師も止めております。
まぁ、本人があずかり知らない物はかなり同情しますけど、
(保護者の物も結果を知った後での物でも無いですしね)
本人が知ってやった教師だったらかなり評価や感情も分かれて当然でしょう。
全ての教師(10年以上勤めた)は解任しないとかでは当然「馬鹿らしい」と思うでしょう。
保護者や子供の信任と言う要素がある為、「むしろそのままの方がいいかな?」と言う気持ちもありますけど、

それだって、それで教師になれなかった人からすれば「やっぱ努力なんて馬鹿らしいんだな」と思う人が居ても不思議ではありません。
「そんな奴はほっとけ」と言う方が私には気味が悪いです。
それこそ「全ての人が自由に教師になれる体制を整えてから言え」となります。

また、私は基本は自分の自由になる範囲で好き勝手出来る事しか考えない方が楽なので、
(出来ない事も妄想としては好きですが、現実に立脚した上でと言うのは正直面倒です)
「政治判断・未来への展望は丸投げ。
 間違った結果の混乱や生活環境の悪化は全部誰かが負ってどうにかしてくれる」
のであれば、正直その方が楽なので、そうであれば「何も考えず」にGOサイン出しますけからね。
9条の完全実施にしろ何にしろね。今回の件にしろ。^^;

ごんさんは多分、
http://www.jicl.jp/hitokoto/backnumber/20040802.html
こう言う意見は大好きだと思いますけど、

私は上半分は賛成ですけど、下半分は論理が破綻しているとしか思えません。

「実は全然本質的なことではなく、極めて政策的な事柄なのです。」と言い(知り)ながら、
その政策的な意味や、逆にその政策的な意味の合理性や非合理性を問う事を、
「個人」として同時に行わないと言う、なんとも間の抜けた対応だからです。
「「政策上」非合理でしかないと思うなら在留資格って言う制度をなくす為の運動すれば?」となります。
私は貴方の意見は「これと同じ様にしろ」と言ってるようにしか見えません。

また、この人の意見の「在留資格が法律上の要件となっている場合を除いて、「在留資格がないから権利が認められない。」という言い方は明らかに誤っているのです。」と言うのは「論理的」にどう考えても誤りです。

「在留資格」とは文字通り「土地にとどまって住む資格」、つまり「権利」の事です。
「そこに居る権利」がないのに「そこに居る時の権利を要求」などと言うのは狂ってますからね。
まずは居る権利資格からに決まってるだろうと言う話です。
正直、こんな奴の考えが「一人」で実行されたらと思うと突っ込み所しかありませんからね。
法の一面はそう言う面もある訳です。

また、憲法条文は何度も言いますが「記述上」は「国民」です。
一律適用が色んな意味で難しい(外国人は強姦や殺人に巻き込まれても知らんなどと言えない)から物によって判断が分かれるだけです。

それを無限に許してしまえば、全ての人権(外国在住や外国民も含めて)を、
日本は保護を行えと言う、逆説的内政干渉説まで行きかねません。
そして、現実にそれは二重の意味で無理ですし、四重の意味で問題があります。

そう言った事を顧みれば、それこそ、本来であれば、
「国交上」の外交で「国」と「国」でお互いに取り決めた外交条約で、
「外国人」の扱いが国籍ごとに「大きく」違うのが本来の形とすら言えるのです。
(そしてそれがほぼ全国家的に本来の対応だと言う事)

最初から国における管理と保護制度が世界中どこでも「歪」だと言う事です。
(これらの課題を全て矛盾の無い形で解決してる国はあるのか?
少なくとも欧州はほとんどNGのはずだけど)

在留資格制度や入国管理制度に問題点が「国家主権制度」を認めた上でも多々ある事は認めますけどね。

わくわくさんと東西南北さんの意見について

自分も簡単に血が上るけどどっちも頭がHOTな状態かと思われます。
今回に関してはどちらかと言うとわくわくさんの方が。

>わくわくさん
>大前提となることが人類は一人では生きられない。自然の中で共に共同して生存していくしかないという肉体的・身体的な真理・真実なんです。

これは社会科学ではなく理系科学(食物連鎖とか)として現状の「真実・事実」であったと記憶してますよ。
人間が一番上に居るのは社会や文明の力が大きく、それらが抜ければ
ライオンや熊・狼と同等、または下のはずですしね。

また、
>自己の要求を相手に受け入れさせるための「手段」として行われる「戦争」は、戦闘方法や使用装備の破壊力による「結果的に殺傷することがある」という範囲から超えるものではない

との事ですが、東西南北さんのレスを見る限り、同じ事を言ってるように私は理解しましたよ。

これですね。
>殺し合い、死なしあいが社会現象として存在しているのは何故か?その原因はどこにあるか?これが社会科学の見地です。問題所在です。わかりますか?戦争は最大の殺し合いであって、殺し合いとしては最大の社会現象です。人類は一人では生きていくことすらできない。共に生きて生活していくことが人類の心理・真実である。にもかかわらず、戦争が起こるのは何故か?その原因は?
ちなみに、「人類の真理」はちょっと誤りだと思います。
人間は「社会的動物」ですから、「社会」の敵に対しては容赦が無い方がむしろ自然です。
他の動物の群れと一緒ですね。
ただ社会を変容させる事が出来るので、社会をより強いものに、
より生きやすい物にと考えた時に、集団を大きくして行き、
協力し易い関係を作っていく事は方法論としては「正解」だと思いますけどね。

>東西南北さん
もしわくわくさんの言うとおり
>これ、東西南北の思考が「かわいそうだと思うなら、親子で特別在留許可を出すはずだ。出さないなら、本音は、一家を国外退去処分にしたい、ということだ」という、「人間」をわかっていないことに起因しています。

であれば、牛が可哀想だから牛を食べないのかとなりますし、ちょっと違うと思いますよ。

5つの質問

>うん。ごめん。別に誇る物とかじゃなくて、現実的に発展途上国の人はそれが主要目的だと思ってます。

何で謝るの?誰に?意味わかんないし。しかも「誇るもの」って言ってるのに何で主語が「発展途上国の人」になるんでしょ。

問1 猫さんが外国の方に誇る日本の良さってのを、教えて?


>なんせ解き放つのはテロリスト・テロ思想家ですからね。

そう「テロリスト」の身柄なんざあいつでも確保できるし、でも人質の命は取り返しはつかないからね。そのために公安の方々は仕事をしている。

問2 日本の誇る公安の仕事ってのは、悪党を懲らしめ、人を救うための(もちろん、「人を救う」の方が主要任務であり、悪党に懲罰を与える前提となる)ものだよね?


>あと「在任中を通じて福田内閣の支持率は徐々に持ち直した」のは政策評価だと思います。

賛否が割れたって当たり前じゃん。支持する国民がいないとあんな政策「超法規的措置」はとれないよ。

問3 それで、その後、福田総理の在任中テロリストは増えたの。そしてその犠牲者は?


>また、こう行った外交的「アプローチ」は「国内に来る外国人」に対するメリットや愛着には関係ないと思います。(苦笑)

あはは「関係ないと思います」って言い切っちゃったよ。この人はもう。なんなんだろうねえ。

でも、あえてお尋ねしてみますね。

問4 猫さんが「関係ない」と思し召しになる、その根拠は。(理由ならしってる。猫さんが関係ないことにしておきたいから 笑)


最後の質問。あたしは最初から言ってる。日本人の心が問われている。これでいいのですか?と。わたしは全然いいと思わないから、こうやって頑張ってる。

問5 で、猫さんは何でこんなに頑張るの?(3行くらいで答えてもらえないんだったらいいよ。読む気がしなくなるので。たくさんお書きいただいてそれでは申し訳ないからね)


ここで猫さんは、あたしの質問に答える義務もないし、読まなかったことにする権利もあるよ。そんなの当たり前だけど。とりあえずことわっとく。(笑)

問1,知らんがな。他の人にとって興味の対象となるのは主に日本の伝統文化やアニメ・たけし映画くらいだと思いますよ。
むしろ「まさか『日本は「金(=経済力)」しか誇るものはない』なんて仰らないよね。 」と言ったのは貴方の方。
答える義務は貴方の方に存在しませんか?
更に言えば「あたしらは、日本にいらっしゃる外国人が、日本の何を目当てにここにいらっしゃるのかについて、もう少し考えてみた方がいい。 」
と言ったのに対して「誇るものは無いなんて」と言ったのは貴方。
そして「「誇るもの」って言ってるのに何で主語が「発展途上国の人」」
「外国人」と言ってるのに「何故発展途上国に絞り込むの?」と言う意見は別にいいですけどね。
むしろ「日本に来る外国人の目的は難なのか考えてみては?」と言ったのは貴方の方ですよ。


問2,「政策上の法律」と「社会上の法律」があります。
まずそこを勘違いしてます。政策上の問題を守らせるのも公安の仕事です。
「運転技能は十分でむしろペーパードライバーなんかよりずっと安全な運転だけど、
免許書なしで運転したら無免許運転。そしてそれを捕らえて守るように懲罰をするのも仕事」です。
貴方は「政策上の犯罪だから罰は要らない」と言いたいのかもしれませんけどね。

問3,その後に繋がらなかったからこそ支持率も上昇したのでしょう。
その意味で福田総理の判断は正しかった。
テロリストの(テロリストの中にある)大義名分を奪ったかは不明。
再逮捕は普通にされてるしね。

「日本人の心の問題」と言うから考えられたであろう問題点と、不支持者の不安を上げただけ。
「日本人」ではなく「総理」の判断であり、それの実際の支持者の数は「明確には不明」であったと言うのが正しい。
敢えて言うなら、直前直後に行われた世論調査の比較結果が誤差がかなりあるとしても、一つの指標になるだけでしょう。

問4,ない物を上げろと言うよりある物を上げた方が簡単だと思いますけど?
残念ながら「9条が素晴らしいから日本に来たんだ」とか。
「福田ドクトリンに憧れて日本に来たんだ」とか、
「非核三原則が素晴らしいから日本に来たよ」と言うのを、
全くそれ系のアンケートや発言・コメントで見た事がございません。
逆にそう言う「それらがいいと思って」と言う意見が多数ある場所があれば、
「うわ、影響力実はあったんだね」となりますけどね。
せいぜい「治安がいいらしいから」とかその程度でしょう。

問5,偶に居るじゃないですか?論争で勝つか自分が納得するまで続ける奴。あれ。

答え

問1 答える義務は貴方の方に存在しませんか?

答え 日本人の心。


問2 「政策上の法律」と「社会上の法律」があります。

答え 仰ることがよくわかりませんが、

猫さんは、あの時、公安は『テロリストの「懲罰」のためにテロリストに「人殺し」をさせるべきだ』という人々の支持に従うべきだったと

仰るわけですね。承知いたしました。


問3 テロリストの(テロリストの中にある)大義名分を奪ったかは不明。

答え 不明と言うのは正しいね。あたしは信じていると言っただけだし。了解です。


問4 ない物を上げろと言うよりある物を上げた方が簡単だと思いますけど?

答え 日本が発展途上国だったころ(今もそうであって欲しいけど)、南米に渡った方々や、戦後に、夢を持って北朝鮮に渡った方々がいらしたけど、あれなんかも、主目的はやっぱり金目当てだったということですね。承知しました。


問5 偶に居るじゃないですか?論争で勝つか自分が納得するまで続ける奴。あれ。

答え ああ、論争に負けたくないから頑張っているのですね。なら、わたしは負けました。だからもう話しを他所に逸らさないでください。

お願いします。

猫さん

『大前提となることが人類は一人では生きられない。自然の中で共に共同して生存していくしかないという肉体的・身体的な真理・真実なんです。』←これ、私のコメントではなく、東西南北のコメントですよ・・・。

>東西南北さんのレスを見る限り、同じ事を言ってるように私は理解しましたよ。

いえ、ぜんぜん違いますよ。
私の発言は「戦争では、結果的に、人員を殺傷することがあるが、人員の殺傷それ自体は戦争の目的ではない」と言っているに対して、東西南北は「戦争は相手を殺すのが目的だ」と言っているのです。

ちなみに、東西南北は自分のブログで、私を攻撃するためだけのカテゴリーを作成しています。別のブログで何度かあったのですが、私に論破されたことが、相当悔しかったんでしょうね。

もうひとつだけ質問

問、、、 

猫さんは、

「アメリカ建国の精神(の中の重要項目で『開拓者魂・フロンティアスピリッツ』などと呼ばれるもの)」

< わたしはそれをアメリカの根源的な大義(=「自由」)だと思っています >

その「精神」についても、やっぱり「幻想」だとお考えですか?

ひとつの答え

アメリカの根源的な大義(=「自由」)

わたしはこれが、

当のアメリカによって「人殺し」の言い訳として使われている

そのおかげで、世界中の人々の「自由」が「鴻毛」ほどの軽さに堕してしまっているのだと考えています。

わくわく44さんへ。猫さんへ。

 いい加減にしろ。殺し合いの動機・目的が存在しないで、どうやって戦争を起こすんだ?君は超能力者か?素直に認めたらいい。単に国際紛争を解決することを目的・動機にするのであれば、戦争という殺し合いではなく、外交手段で平和的に解決すればよい。外交手段によって国際紛争を解決する動機・目的が達成できないと判断し、外交を失敗させた時に、国際紛争の解決手段として、殺し合いを目的・動機とする戦争ということになる。戦争は、その本質において、殺し合いを動機・目的とする国家の行為であり、政治の継続である。ゆえに、国家が戦争原因者であるから、日本国憲法は人類の真理・真実の力で国家の戦争を抑止し、防止するという社会科学上の価値観を国家へ命じたのである。

 悪あがきはやめなさい。真理・真実の前に謙虚になれ。

 猫さんへ。

 わくわく44さんは、自分のブログを持っています。わくわく44さんのブログで、猫さんの疑問をわくわく44さんへぶつけてみてはどうでしょうか?わくわく44さんと議論を積み重ねればわかると思いますが、この人は、通常の庶民ではありませんよ。自分でも自慢していますが、自他ともに認める学者レベルの人です。それは東西も認めています。わくわく44さんは学者レベルであって、通常の庶民ではありません。しかし、東西は学生レベルです。そのような力関係が現実にあります。東西が、わくわく44さんを特別に追究しているのは、学生が大学教授に噛み付いているという構図、あるいは、庶民が大学教授に説明責任を求めている構図と理解してください。わくわく44さんの専門は国際法のようですから、今回の外国人の人権の問題なんてのは、この人の専門領域になるかと思います。

 追記:東西がカルデロンさん一家の特別在留許可を要求する原因は、もちろん、子供の発達する権利を第一にする時に、子供が可哀想だ、ということがあります。今回と同様のケースであれば、同様の措置で法的な安定性は保たれるし、不都合は生じません。

 残余の点は、もう繰り返しになりますから、これまでの議論の経過を読み直してください。すでに回答してあります。

 特に、不法滞在について、刑罰、行政処分を与えないでも正規を手続きを促せば足りるということですね。例え、すべての在留外国人が「ほんなら正規の在留手続きするとアホくさい」と考えたとしても、警察、入国管理官などが常日頃のパトロールで正規の手続きをとるように促せばいいんじゃないですか?在留外国人も正規の手続きをとっていなければ、ハローワークで職業を紹介してもらえないなどの実生活の支障を生じれば、その時に正規の手続きを採れば足りるのではないでしょうか?在留許可の手続きは外国人の人権を国家が保障する法なのであって、国家が外国人の人権を管理し、抑圧する「法治」であってはならないでしょう。

>わくわくさん
>『大前提となることが人類は一人では生きられない。自然の中で共に共同して生存していくしかないという肉体的・身体的な真理・真実なんです。』←これ、私のコメントではなく、東西南北のコメントですよ・・・。

ああ、すいません。わくわくさんの否定してたのは
>共に生きて生活していくことが人類の心理・真実である。

こちらだけで上の発言は否定していませんでしたね。
私は上の方の意見であれば「生態系科学」「自然科学」として正解ですからね。
上を否定しているのであれば「むしろ自然科学の勉強もした方がいい」ですけどね。^^;

>私の発言は「戦争では、結果的に、人員を殺傷することがあるが、人員の殺傷それ自体は戦争の目的ではない」と言っているに対して、東西南北は「戦争は相手を殺すのが目的だ」と言っているのです。

後半は多分理解のすれ違いでしょう。
「殺し合い」と言う「結果」が起きるのは「何故」なのかと書いてるようにしか理解出来ませんでした。
わくわくさんの言う東西南北さんの意見を明確に裏付ける箇所は見つけれませんでした。

>ごんさん
問1,それは文化に含めるかどうかと言うのもありますけどね。(社会文化とか)
本当に海外からその様に期待されていると言うのであればなんともやり難いですね。
でも韓国や中国・北って信用してるように見えな(ry

問2,ああ、ここは質問の意図の認識がずれていたようですね。
ではもう一つ。「毅然とした態度を見せる事と被害者を救済する事」のバランスが難しいと加えましょう。
銀行強盗はなんとしても捕まえないといけませんが、人質の解放も当然考えなければ行けません。
まぁ、裏技言えば、紙幣って番号振ってあるはずだから、
直後に貨幣を変えて換金を「強制」すれば、ある程度、足が着くと思いますけどね。
市民的にすごく面倒は面倒ですが…。

問3,と言うかむしろ、日本赤軍関係の思想くらいはWikiレベルでも、確認をした上の発言なのかなと正直疑問でした。
特に「狼」とかの思想の過激さはかなり一般レベルから逸脱してますよ。^^;

人間は貴方の考えるような価値観の人間だけじゃないですよ。
宗教の持つ権力組織の暴走としての宗教的戦争や弾圧もあるけど、
単純にそう言う「思想」自体を宗教がしてる場合は少なく無いですしね。
宗教は「信仰」する人間が居なければ「個人の考え」でしかありませんからね。

その辺りを考慮したうえで「日本赤軍は違う」とか「日本赤軍の人は改心したんだよ」とか、
「Wikiの情報が実は間違い」と言うのであれば「まぁ、そう思うのは自由だし仕方ない」ですけど。^^;

問4,私が言ったのは「外交的アプローチ」なのに、内政の制度や社会文化全般にまで話が及んでるとしか思えません。
話が飛べば結論も当然変わります。
「外交的アプローチ」とはあくまで「国対国における対外的関係性の強い主張・理念」です。
内部的主義の主張ではありませんし、国家の構成要員の民衆の人格も含まれません。
実際には国にその様な状態はありませんが、外が無い・実体として独立している(干渉が出来ない)状態なら、
意味が無い・ほとんどないような主張って結構ありますよ。

その意味で福田ドクトリンは対外的主張であり外交的アプローチです。9条もそう。
また非核三原則も「ほぼ外交的アプローチ」だと思いますよ。
「社会主義」とか「共産主義」は「内部的制度の主張」。

問5,文章のまとまりがなくて悪いね。


>その「精神」についても、やっぱり「幻想」だとお考えですか?

ごめん。ぶっちゃけ、その前の文章を含めていまいち的が見えないから外れるかも。
「そう言う精神を持つ人が居た」事は事実でしょう。
「そう言う精神を持つ人が居る」事も事実です。
しかし、その精神の前提は「自由」と言う完全な共有がされない「幻想」であり、
「実体」を持たず、根源的に保障も無い「幻想」だと思います。
本質的には自由も生存も、言い方は悪いでしょうが「勝ち取る物」です。
それらを人間が勝ち取る過程を既にある程度済ませ、
維持するだけである程度良くして来た結果が今の社会だと思いますよ。
(それでも不足や問題はまだまだ山積みですが)
ついでに、精神や物質の本質は「空」なので、そう言う意味では、
「自分の精神」と言う物であれば「幻想」でもありますけどね。

>当のアメリカによって「人殺し」の言い訳として使われている

つか今のアメリカって経済的に搾取体系を合法的に作ってるだけじゃ(おっと、これ以上は言えない)
そしてそれを「自由だ」と叫んで「新自由主義」の先駆者になってるだけでしょう。

本当の自由なだけの自由を目指すなら、
経済を消すが良い、法を消すが良い、
政府を消すが良い、国を消すが良い、
所有を消すが良い。ですしね。
ここまで来ると自由は自由ですが、行き過ぎて「混沌」と言われそうですが。(笑)<究極の自由は混沌ですよ

>警察、入国管理官などが常日頃のパトロールで正規の手続きをとるように促せばいいんじゃないですか?
これは現実的に「経済」「生産」的にきつくないですか?^^;
その為にどれだけの警官が必要になるのかと言う事もありますしね。


ちなみに、私は一度書いてる通り、入国管理法その物は一度大きく見直した方が良いと思っています。
ちなみに、人権保護の為だけの物と書いていますが、これについてもちょっと違うと思いますよ。
ちなみに、税金関係も、調べたら「多分、所得税以外払ってない」と言う意見ばかりでしたしね。^^;<不法滞在者の税金について

もし、そうであれば、それを明かすと一気に感情も変わる方も居る可能性がありますしね。
「国家」「自治体」は「民営」ですからね。

「きっちりするべき所はきっちりする」でなければ、「公平性」は破綻しているも同然です。
それを守らないのがその公平性を守りたくないとか、守る気が無いのが主要な理由であれば、
「うん。お帰り下さい。つか一緒に暮らせるか。」となっても仕方ないですしね。

だから「手間は減らせど処理はちゃんとしろ」が限界かなと思います。
ただ、「忘れてた」人にまで厳密に適用すると、やはりおかしな事になると思うので、
その辺りの法整備も必要だと思いますけどね。

大体、「政策的な意図」をどう考えるかも違います。
「外国人が嫌いだから」と言うだけなら鎖国をすればいい、
「外国人受け入れ自由」であるなら何故どこの国もわざわざ制限を設けるのか。
それは単純に「国の限界」と言う問題だと私は考えます。
国が現在定義される国であり、協力者と民衆が領土で限定され、
経済的な問題や土地の問題も限定される存在である以上、
他の国との間で「誰でも」「無限に」受け入れる続ける事が出来ない。
これが単純な理由であると思います。

そこに「国籍と言う理不尽」の元があるとも思います。
そう言う意味では「国」が「各自治体」を真剣に守り、
国連やそれに類する組織が「各国」を真剣に守る。
そう言うシステムが出来ない限りは「国」は「国」と言う限界の中での民衆を守る。
そしてその時に優先して守るのは「国民」だと思います。
(国家が自治体住民に保障する保障に比べて国連の保障のなんと小さい事かと…。
まぁ、国家の補償もすごく微妙ですが。)

発展途上

>究極の自由は混沌ですよ

アメリカのフロンティアスピリッツだけは、「金目当て」ではなかったということですね。

わたしはただ、猫さんが、「アメリカ」に対して「も」、

あなた方の「建国の精神(=開拓者魂)」てのは「金(「きん」ではなくて「かね」目当て)なんだろ、

と言えるんですか、という文脈で話しをしただけですよ。

まわりくどかったかな。

でも、「現実的に発展途上国の人はそれが主要目的だと思ってます」の猫さんなら普通にわかってくれると思ってたんだけどね。

で、こっちは、

>日本が発展途上国だったころ(今もそうであって欲しいけど)、南米に渡った方々や、戦後に、夢を持って北朝鮮に渡った方々

やっぱり金目当てかい?

>日本赤軍

知ってるも何も、あの事件のいきさつによって、日本赤軍は、日本の人々にとって「テロリスト」以外の何ものでもなくなったわけで。

そして、もちろん、その最大の功労者は「人命は地球より重い」を支持した日本人だよね。

たとえどんな思想がそこにあったとしても、それを言い訳にして「人殺し」をするのを、その当時の日本人は許さなかったということ。

歴史を紐解けば、時代の節目に際して「日本」人はけっこうこういう選択をしているよ。それが事実なのか、それとも歴史を紡いだ日本人が「そういう(人命を何よりも尊重する)日本人であった」ことを望んだのか、そのへんは定かではないけどね。

それはもちろん、戦争でも、死刑でも、派遣切りでも、まったく同じ。

為政者は、民衆の支持があるからそういうこと(=人殺し)ができるんだよ。

だから、この場合人殺しをしているのは、それ(戦争や死刑や派遣切り)を支持するその国の国民、ということになるね。

あたしはそう思ってる。

そして、日本はそんな国じゃないでしょう、とみなさんに言いたいんだ。

ああ、あと、わくわくさんのブログは検索掛けた事があるんですが、
HNからは他のページばかりが引っ掛かり、持って居ないのかなと思ってました。
ブログ持ってたのですね。^^;;

>ごんさん
<アメリカのフロンティアスピリッツ
ゴールドラッシュって知ってるよね?あれこそ最初は金目当てだと思うけど。
金(きん)と金(かね)は違うって言うけど、貿易とかそう言う事考えよう。

独立はイギリスの横暴にぶち切れただけでしょう。
それだって「生活が脅かされる」とか「理不尽な搾取だ」と言う、
一種のエゴイズムが始まりだと思いますよ。

その後の理念自体は本人たちが考えて生み出した物ですけどね。

幻想と言う言葉は、扱い難しい言葉ですから、こういう場所には向かないかもしれないですね。^^;
基本的に私のように根源的意味でニヒリズム(虚無主義)がないと、
私が言う「幻想」の意味は生まれて来ないのかもしれませんけど。
「意味も価値もなくても肯定するには十分だ」と思える人間になりたい物です。

シェークスピアとか、アインシュタインとかの言葉や、人道主義・理性主義と感情主義否定型の自己啓発本などを読むと感覚が掴めるかも知れません。

>日本が発展途上国だったころ(今もそうであって欲しいけど)、南米に渡った方々や、戦後に、夢を持って北朝鮮に渡った方々

求めたのは生活の安定でしょう。
金と言う言い方は悪いけど、経済社会において生活の安定と機っても切り離せないだけで、
「生活の向上と安定」がほとんどの場合は理由だと思いますよ。
一部、極端に自分の考える「理想郷」を求めてそこに行く人も居るでしょうけど。

>たとえどんな思想がそこにあったとしても、それを言い訳にして「人殺し」をするのを、その当時の日本人は許さなかったということ。

ああ、そう言う点についてね。了解です。


>為政者は、民衆の支持があるからそういうこと(=人殺し)ができるんだよ。
>だから、この場合人殺しをしているのは、それ(戦争や死刑や派遣切り)を支持するその国の国民、ということになるね。
>あたしはそう思ってる。

まぁ、権力の構造を考えれば程度の差や、予見の有無は別として「賛同者」が居る事は間違いはありません。


>そして、日本はそんな国じゃないでしょう、とみなさんに言いたいんだ。

昨今は各所で言われてますけどそうでも無いし、割と前から、
「学校は行く物」とかそう言う点については厳しい社会でした。
そう言う意味では日本社会の常識からみる「おちこぼれ(?)」には結構昔から厳しかったですよ。^^;
まぁ、そろそろ「常識」を1から見直すべきだと言うのは日本に限らず、
世界情勢からして思いますから、そう言う意味では
「日本はそんな国じゃないでしょう(そんな国にしたくないよ)」とか
「世界はそんなに冷たくないでしょう?(そんな冷たい世界は嫌だ)」
と言うのは否定しませんけどね。^^;

ちなみに、意味がいまいち理解できずにスルーしてたけど、
>日本が発展途上国だったころ(今もそうであって欲しいけど)
大丈夫。世界がまだまだ余りに多くの意味で発展途上だから。

猫さん

>ああ、すいません。わくわくさんの否定してたのは
>>共に生きて生活していくことが人類の心理・真実である。
>こちらだけで上の発言は否定していませんでしたね。

いや、特に否定しているというわけではなくて、『道徳や宗教的な講話としては聞いたことがあっても、科学的な検証がなされた話は耳にしたことがない。』ということですよ。つまりは、肯定も否定もない、ということですね。
ただ、東西南北は、科学的な検証がなされていない「共に生きて生活していくことが人類の『真理・真実』」を、さも科学的に証明されたごとく話ますから、こんなのは論外です。(道徳的観念ならば、まだいいですが。)

敗北を素直に認め、猛省すること。

本当に、東西南北というのは、こうも自爆が好きなんだね。(失笑)

>戦争は、その本質において、殺し合いを動機・目的とする国家の行為であり、政治の継続である。

こういう明確な間違いを、不特定多数が閲覧できる場で述べるところに、東西南北の愚かさが露呈されている。

戦争というのはだね、軍事拠点の破壊、兵器の破壊、軍事組織の機能不全などの軍事的抵抗力の無力化を図り、それで不十分ならば、領地の占領、物資輸送ルートの遮断、都市機能の壊滅等の経済基盤の壊滅を行うという、実力行使なのよ。わかるかね?
つまり、必ずしも人員を殺傷することは「目的ではない」し、あくまでも理論上の話だが、仮に「死傷者ゼロ」であっても、自陣営の要求が相手に受け入れられれば、目的は達成されるので、ぜんぜんOKなのよ。(笑)
従って、「殺し合いを動機・目的とする国家の行為」という東西南北の発言は「0点」(大笑)。

>ゆえに、国家が戦争原因者であるから、日本国憲法は人類の真理・真実の力で国家の戦争を抑止し、防止するという社会科学上の価値観を国家へ命じたのである。

1.「戦争原因者」が「国家」である必要などない。戦時国際法を読めばよくわかる。
2.「人類の真理・真実の力」って何?東西南北の勝手な思い込みではなく、きちんと目視できる証拠を提示して説明しなさいね。
3.日本国憲法が東西南北の言う価値観に立脚しているという、目視できる証拠を提示しなさいね。これも、東西南北が勝手に思い込んでいることはNGよん。

>悪あがきはやめなさい。真理・真実の前に謙虚になれ。

悪あがきをしているのは東西南北の方だということは、私が何度も何度も客観的に立証しているよね。早く謙虚になり、反省しなさい。
第一、「真理・真実の前に謙虚になれ」って、東西南北が唱える「真理・真実」って、別に「真理・真実」でも何でもない、東西南北が勝手に思い込んでいる妄想・夢でしかないんだから、そんな愚かなものの前に謙虚になる人なんて、東西南北の信者でもない限りいないよ。(失笑)

>東西がカルデロンさん一家の特別在留許可を要求する原因は、もちろん、子供の発達する権利を第一にする時に、子供が可哀想だ、ということがあります。今回と同様のケースであれば、同様の措置で法的な安定性は保たれるし、不都合は生じません。

「不法入国をしても、子供が生まれて育ったら無罪放免」なんて、どこが法的安定性なんだ。(失笑)

>例え、すべての在留外国人が「ほんなら正規の在留手続きするとアホくさい」と考えたとしても、警察、入国管理官などが常日頃のパトロールで正規の手続きをとるように促せばいいんじゃないですか?

「いくら入管や警察が促したところで、刑罰も行政処分も受けないのに、何が楽しくて面倒な手続きを取るんだろ?」って、一応、東西南北の卑劣さを証明するために釣ってみる。

>在留許可の手続きは外国人の人権を国家が保障する法なのであって、国家が外国人の人権を管理し、抑圧する「法治」であってはならないでしょう。

いかん、マジでツボった。ここまで思いこみ100%で、不特定多数が閲覧できる場で述べるとは。

外国人の人権保障ってのはだね、その前提として「入国申請者の国籍を有する国家が、当該申請者に対する人権の保障を日本国に要請し、その要請を日本国が受け入れて、日本国憲法を準用した形で、できる限り当該外国人の人権を保障する」というものなのよ。

在留許可の手続きが外国人の人権を保障する法って、いかん、涙が出てきた。

ちなみに猫さん

東西南北が、私に関して『自他ともに認める学者レベルの人です。それは東西も認めています。わくわく44さんは学者レベルであって、通常の庶民ではありません。』と言っていますが、これ、学者が聞いたら大笑いですよ。
学者や専門家に言わせれば、私程度のことなど、入口にしかすぎません。

その入口レベルの私にですら、完膚なきまでに論破される程度の東西南北が、他人様に向かって「人類の真理・真実」を断定的に定義することの傲慢さを自覚できていないことに、私は文明国家の一員として義憤を感じるのみです。

理解力がない奴だね。

 確かに、本物の大学教授からすれば、わくわく44さん如きは、どのレベルなんでしょうね?講師レベルくらいですか?評価基準がわかりませんので知りませんが、そんなことが趣旨ではありません。

 少なくとも、わくわく44さんが出没するブログ周辺における、わくわく44さんに対する共通認識としては、通常の庶民ではなく、学者に近いレベルだという評価でしょう。それを東西は認めて、わくわく44さんに対しては、通常の庶民や同年齢や年下と思われる人よりも、厳しく説明責任を求めています。実際はどうか知りませんが、東西よりは確実に年上でしょうし、通常の庶民ではなく学者に近いレベルの人です。東西は、おそらく年下であろうし、先にも述べたように学生の東西に対して、大学の先生であるわくわく44さんという力関係でしょう。それゆえ、東西は、わくわく44さんには特に厳しく、その不誠実な態度を指弾しています。「こんな奴がいるから社会がおかしくなる」、って思わざるをえないですからね。

 東西は、基本的に年功序列を重んじますから、年上だと思われる人には説明責任、教育責任を強く求めます。それが自然だと思っています。

 ちなみに、学問の入り口に立っていないのが、わくわく44さんだから小学生レベルの真理・真実を教えているのに頑なに理解しないし、認識しないのは何故でしょうね?どうしても認めたくない不正な動機がありますね。それを東西は見抜いて指摘するから苛立っているのでしょうか?

 小学生レベルの真理・真実。

「大前提となることが人類は一人では生きられない。自然の中で共に共同して生存していくしかないという肉体的・身体的な真理・真実なんです。」
 
 小学生レベルを踏まえた中学生レベルの真理・真実。

 「戦争は最大の殺し合いであって、殺し合いとしては最大の社会現象です。大前提となることが人類は一人では生きられない。自然の中で共に共同して生存していくしかないという肉体的・身体的な真理・真実なんです。にもかかわらず、戦争が起こるのは何故か?その原因は?」

 「殺し合いの動機・目的が存在しないで、どうやって戦争を起こすんだ?君は超能力者か?素直に認めたらいい。単に国際紛争を解決することを目的・動機にするのであれば、戦争という殺し合いではなく、外交手段で平和的に解決すればよい。外交手段によって国際紛争を解決する動機・目的が達成できないと判断し、外交を失敗させた時に、国際紛争の解決手段として、殺し合いを目的・動機とする戦争ということになる。戦争は、その本質において、殺し合いを動機・目的とする国家の行為であり、政治の継続である。ゆえに、国家が戦争原因者であるから、日本国憲法は人類が自然の中で共に生存し、生活していくしかないという真理・真実の力で国家の戦争を抑止し、防止するという社会科学上の価値観を国家へ命じたのである。」

 このような義務教育レベルの真理・真実について、学者入門レベルのわくわく44さんが肯定も否定もしないで目を塞いでいるんです。余程、真理・真実を越える自分の宗教的な信念を守りたいのでしょう。その宗教的な狂信の正体については、このブログのコメント欄の議論の経過だけでも十分にわかるでしょう。

戦争原因者は国家である。国家の起こす戦争を抑止する力は人類にある。

 人類と国家を同列視することは非科学的であり、国家主義である。国家以前に人類が存在することを認め、人類の基本的人権を実現するために国家がある。国家のために人類がいるのではないし、国家と人類を同列視することは事実誤認であって、非科学的である。

 「これまであった憲法は、明治二十二年にできたもので、これは明治天皇がおつくりになって、国民にあたえられたものです。しかし、こんどのあたらしい憲法は、日本国民がじぶんでつくったもので、日本国民のぜんたいの意見で、自由につくられたものであります。この国民ぜんたいの意見を知るために、昭和二十一年四月十日に総選挙が行われ、あたらしい国民の代表がえらばれて、その人々がこの憲法をつくったのです。それで、あたらしい憲法は、国民ぜんたいでつくったということになるのです。

 みなさんも日本国民のひとりです。そうすれば、この憲法は、みなさんのつくったものです。みなさんは、じぶんでつくったものを、大事になさるでしょう。こんどの憲法はみなさんをふくめた国民ぜんたいのつくったものであり、国でいちばん大事な規則であるとするならば、みなさんは、国民のひとりとして、しっかりとこの憲法を守ってゆかなければなりません。そのためには、まずこの憲法に、どういうことが書いてあるかを、はっきりと知らなければなりません。

 みなさんが、何かゲームのために規則のようなものをきめるときに、みんないっしょに書いてしまっては、わかりにくいでしょう。国の規則もそれと同じで、一つ一つ事柄にしたがって分けて書き、それに番号をつけて、第何条、第何条というように順々に記します。こんどの憲法は、第一条から第百三条まであります。そうしてそのほかに、前書が、いちばんはじめにつけてあります。これを「前文」といいます。

  この前文には、だれがこの憲法をつくったかということや、どんな考えでこの憲法の規則ができているかということなどが記されています。この前文というものは、二つのはたらきをするのです。その一つは、みなさんが憲法をよんで、その意味を知ろうとするときに、手びきになることです。つまりこんどの憲法は、その前文に記されたような考えからできたものですから、前文にある考えと、ちがったふうに考えてはならないということです。もう一つのはたらきは、これからさき、この憲法をかえるときに、この前文に記された考え方と、ちがうようなかえかたをしてはならないということです。

それなら、この前文の考えというのはなんでしょう。いちばん大事な考えが三つあります。それは「民主主義」と「国際平和主義」と「主権在民主義」です。「主義」という言葉をつかうと、なんだかむずかしくきこえますけれども、少しもむずかしく考えることはありません。主義というのは、正しいとお思う、もののやりかたのことです。

みなさんの中には、今度の戦争に、おとうさんやにいさんを送りだされた人も多いでしょう。ごぶじにおかえりになったでしょうか。それともとうとうおかえりにならなかったでしょうか。また、くうしゅうで、家やうちの人を、なくされた人も多いでしょう。いまやっと戦争はおわりました。二度とこんなおそろしい、かなしい思いをしたくないと思いませんか。こんな戦争をして、日本の国はどんな利益があったでしょうか。何もありません。ただ、おそろしい、かなしいことが、たくさんおこっただけではありませんか。戦争は人間をほろぼすことです。世の中のよいものをこわすことです。だから、こんどの戦争をしかけた国には、大きな責任があるといわなければなりません。このまえの世界戦争のあとでも、もう戦争は二度とやるまいと、多くの国々ではいろいろ考えましたが、またこんな大戦争をおこしてしまったのは、まことに残念なことではありませんか。

そこでこんどの憲法では、日本の国が、けっして二度と戦争をしないように、二つのことをきめました。その一つは、兵隊も軍艦も飛行機も、およそ戦争をするためのものは、いっさいもたないということです。これからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。これを戦力の放棄といいます。「放棄」とは、「すててしまう」ということです。しかしみなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、ほかの国よりさきに行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません。

もう一つは、よその国と争いごとがおこったとき、けっして戦争によって、相手をまかして、じぶんのいいぶんをとそうとしないということをきめたのです。おだやかにそうだんをして、きまりをつけようというのです。なぜならば、いくさをしかけることは、けっきょく、じぶんの国をほろぼすようなはめになるからです。また、戦争とまでゆかずとも、国の力で、相手をおどすようなことは、いっさいしないことにきめたのです。これを戦争の放棄というのです。そうしてよその国となかよくして、世界中の国が、よい友だちになってくれるようにすれば、日本の国は、さかえてゆけるのです。

みなさん、あのおそろしい戦争が、二度と起こらないように、また戦争を二度とおこさないようにいたしましょう。」

 出所:「あたらしい憲法のはなし」http://www.nginet.or.jp/box/newkenp.htm#index

日本のこころ

猫さん、

>大丈夫。世界がまだまだ余りに多くの意味で発展途上だから。

素敵な言葉です。こんなことを言うニヒリストは居ませんよ(笑)。それは無常観というようなものでしょう。

すべてのうつろいゆくものに対峙する人の

最後の、のぞみ、もののあはれ、

そこに涙する人のこころです

ダッカ事件の時、福田総理は半ば苦し紛れで「人命は地球より重い」と言ったのかもしれません。でも、その言葉が真実の響きをもって日本の、そして世界のみなさんに届けられたのは、日本が「日本国憲法」の第9条をいただく国だからです。わたしは今ここにある社会で「人命は地球より重い」という言葉を誇ることのできる、いつまでもそんな日本人でありたいと願っています。

日本国憲法の保障する「自由」のもとに、

第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

わたしは沖縄に生まれ、沖縄に育ち、今、沖縄に居ます。そんなわたしが日本を誇るのは、日本が「日本国憲法」をいただく国だからです。

その「戦争放棄の自由」これが、世界に誇るべき、「和をもって貴しとす」日本のこころです。

いや。本質的にはニヒリストですよ。
「世界には特に意味も価値も無い」が本質だと思ってますから。

虚無主義・ニヒリズムを調べて見ましょう。
>ニヒリズム (Nihilism)、あるいは虚無主義とは、この世界、特に過去および現在における人間の存在には意義、目的、理解できるような真理、本質的な価値などがないと主張する哲学的な立場である。名称はラテン語の Nihil (無)に由来する。

>上位の支配者、創造主の存在を示す理にかなう証拠はない、「真なる道徳」というものは存在しない、世俗的な倫理は実現不可能;だから我々の存在には結局真理はなく、好まれる行動など存在しない。

「残念だけど生きるって戦いなのよね」と言ったでしょう。
あれが私の世界に対する見方ですから。
「世界が発展途上」って言ったのは「無駄が多いね」と言う事。
そしてその無駄から生まれる「理不尽」が多いと言う事。
ちなみに、このニヒリズムでも更に私のスタンスにと違う点がある。

>世俗的な倫理は実現不可能
違う。世俗的倫理に「絶対的共通の認識が無い」が最初。
人間が「現実」をねじ伏せる力を持ったとして、「どこまでが正しいのか」「どちらが正しいのか」
なんて「どっちも間違ってる気がする」様な事はいくらでもある。
(そうなってしまう事を含めて「実現不能」と言うのなら同じスタンスだけど)

とりあえず、シェークスピアも「善とか悪と言う物は存在しない」だからニヒリストでしょう。
ニューエイジ思想や仏教も言ってしまえば「ニヒリズム」に含まれるっちゃ含まれる。
(ニューエイジは世界は一つだけど、だから善とか悪とかは意味が無いだし、
 仏教も「一切皆苦」「物事一切是空也」だからね)

「家族や友人・ペットが死んで悲しむとか人間って馬鹿だよねぇ。
 嫌いじゃないけどさ。」が私の本質的スタンスですよ。
だから勝手に希望を見出されても「そう思ってもいいけどね。別に。基本的に違うよ。」と言うのが私の答え。

>大丈夫。世界がまだまだ余りに多くの意味で発展途上だから。

ちなみにこの言葉だと誤解を与えるかもしれないから言うと、
「完成」は基本的にしません。何故なら「完全」な形が無いから。
より「マシ」な形を模索してそれを「とりあえずこれで満足」とするのが限界。

あと、ちょっと権力について訂正
>まぁ、権力の構造を考えれば程度の差や、予見の有無は別として「賛同者」が居る事は間違いはありません。

賛同者じゃなくて「許認者」とか言った方がいいかもしれませんね。
あと、予見の有無だけでなく「騙されてるか」も含めるべきでした。
「王は生まれた時から王なのではなく、人々がそう思うから王たりうる」ですからね。

人々と言ったのは、そう思ってなくともそうある事を強要される
社会生活上、周囲と合わせる必然が生まれるパターンがあるから。

ちなみに強要と合わせる必然は別の物です。強要は明確かつ恣意的な強制力がある事。
(官憲による暴力的支配など)

必然は「人と関る必要がある」と言う必然の中で、
自然かつ、必然的に一定の範囲で要求される
「協調(所有や経済・犯罪も同じ、同じルールの中で生きる)」の事。
「王を王とは思ってないけど、社会生活がその上(王政政治)で行われており、
それを人々が「許認」している以上、「許認」された制度の社会の中で生きるしかない」
と言う「必然性」の事。
(言ってしまえば周囲の人々の生活の関係で合わせなければいけない部分)

>「戦争放棄の自由」これが、世界に誇るべき、「和をもって貴しとす」日本のこころ

そう思うのは自由だけど、正直、中国とか信用出来ないんで、
私は誰かが「安全」と言う「担保」を用意してくれないとやる気が起きません。
ジュネーブ条約に批准した時に何してくれるの?と言う所が無い。
「攻めたら駄目だよ」と言うけど「そこに攻めた相手への即時的対応」が明記されて無い。
それは私は「NG」です。

>人命は地球より重い
ここは結構難しい判断だったと思います。
ただ、天秤の賭け方が正しかったのは「結果」から認めます。
結果として被害者が0であったと言うのは間違いないですからね。
(事件だけでなく事件後も含めて)

逆に解放した受刑者による死者の数が事件の人質より多ければ、
また考えは変わったかもしれません。
(とは言え、ここも明確には断言できませんが。
 起こらなかった可能性の結果は予想は出来ても正確には分からないままですからね。)

>戦争放棄
基本的にどの要求の場合も戦争は最終手段です。
何故なら、基本的にメリットを大きく削る事になるからです。

特に昨今の戦争はそれが大きく、それ故に第一次世界大戦の後に、
連合やそれに伴う条約がなされたのが歴史的経緯だったと記憶しています。
でも、それでも正義の為とか大義が付けば「十分」なので、
一概には言えませんけどね。
例えば北朝鮮と中国が世界中に政権を広めようとしたら抵抗する必要はあるでしょうしね。
戦争の最大の悪は「無駄の多さ」であって、交渉が決裂した場合には十分に起こる可能性があり、
同時に起こってしかるべきだと思いますよ。
それは「革命」も同じですからね。<認め得ない故に革命やクーデターを起こす

「殴り合いしても疲れるし痛いだけだし、出来れば話だけで調和的に解決出来るならその方がお互い楽だよね」
と言うだけで、それ以上でも以下でも無いですからね。

>東西南北さん
…be COOL!HOTになった頭を冷やすんだ!
>殺し合いを動機・目的とする国家の行為
これを本気で言ってるならこれは間違い。
「動機・目的」は「別の物」で戦争は「手段」。

確かに「絶滅」自体が目的の戦争・虐殺もあるけど、
それだって遠まわしに見れば、「清浄なる世界の為に」です。
基本は土地や人の支配であったり、外交の不平等条約であったりが普通。
(宗教戦争は「異教徒」の殲滅の為、「改宗」すればいいのでこれは「人の支配」が目的)
また、領土紛争(どちらの土地かはっきりしない土地の奪い合い)などは、
尚更、目的は「領土紛争において自分たちの要求を飲ませる」事が目的。
基本的に、本当の意味で「殺したいから殺す」と言うのはレアケースです。
(復讐ですら、じゃあ、例えば相手が懺悔して来たらどうなんだとか考えたら、
 望んだのは「罪を償わせてやりたい」が動機とも言えます。
 自ら償えば殺そうなどと思わないのにそれをしないから「殺す」と言うのが順番ですしね。)

また、よく言われる言葉で「ペンは剣より強し」と言う言葉がありますが、
ペンは剣程度ならつよいかもしれないが(鎧の間から首に突き立てれば殺せるし)
爆撃機よりはどう考えても弱い。

正しい事自体は別に「強く」はありません。
(便宜上)正しい事は「賛同者」「協力者」を作ると言う力であって、
その力が最終的に大きな力になりうると言うだけ。
ただ、その大きな力は最終的に担保は「強制力」です。
強制力って言うのは基本的に「物理的実体」が必要です。
「民衆の数の暴力」が最終的な担保なのであって、それを駆逐しうる「暴力」の前には叶いません。

まぁ、ナイチンゲールの逸話とか知ってれば、長期的に見れば起こる事も含めて、
「ある意味では確かに強いよね。敵がいなければ無敵と言うのと一緒で」と言うのはありますけど。
でも「敵をなくす」までに失われる物や奪われる物の事を考えなければ「夢物語」ですよ。^^;
何かを「勝ち取る」際に使う物として「強い」かと言うと「微妙」と言わざる負えません。

ニヒリズムについて追記、主に二つの立場があるらしい。
私は1の立場を推奨してます。
でも「諦観」も必要だと思いますけどね。(と言うか、それが無いと1が実行できない)

1. すべてが無価値・偽り・仮象ということを前向きに考える生き方。つまり、自ら積極的に「仮象」を生み出し、一瞬一瞬を一所懸命生きるという態度(強さのニヒリズム、能動的ニヒリズム)。

2. 何も信じられない事態に絶望し、疲れきったため、その時々の状況に身を任せ、流れるように生きるという態度(弱さのニヒリズム、受動的ニヒリズム)。

素直に敗北を認め、猛省しなさい

東西南北、お前、ほんとにバカじゃないの?
東西南北が語る「真理・真実」について、どこに目視できる根拠や証拠があるの?
根拠や証拠がないのに理解し、納得しろだと?それこそまさに『宗教』そのものじゃねぇか。どこが『科学』だ。まさか、『東西南北の妄想=科学』って勝手に定義しているわけじゃないだろうな?

『大前提となることが人類は一人では生きられない。自然の中で共に共同して生存していくしかないという肉体的・身体的な真理・真実なんです。』←その理由は?根拠を出して説明しろ。
 
『外交手段によって国際紛争を解決する動機・目的が達成できないと判断し、外交を失敗させた時に、国際紛争の解決手段として、殺し合いを目的・動機とする戦争ということになる。』←外交も戦争も、「手段」だろ?なんで「手段」が変わったら「目的」まで変わるんだ?話おかしくないか?

『戦争は、その本質において、殺し合いを動機・目的とする国家の行為であり、政治の継続である。』←国家がなぜに「殺しあい」を動機・目的を設定するんだ?国家が敵国の人民を殺傷しなきゃいけない理由って、どこにあるの?

『ゆえに、国家が戦争原因者である』←戦争って、国家じゃなきゃやんないの?

『日本国憲法は人類が自然の中で共に生存し、生活していくしかないという真理・真実の力で国家の戦争を抑止し、防止するという社会科学上の価値観を国家へ命じたのである。』←だから、それが事実なら、証拠や根拠が目視できる状態で存在するはずだが、いつ、どこで、誰がそんなことをしたのか、はっきり示せ。

『人類と国家を同列視することは非科学的であり、国家主義である。』←だから、なんで「非科学」なの?理由がまったく書いてないし、根拠も書いてない。論外。

『国家以前に人類が存在することを認め、人類の基本的人権を実現するために国家がある。』←これも理由・根拠の記載なし。根拠も証拠もないのに、これを理解し納得しろって、まさに宗教そのもの。どこが「科学」だ。

『国家のために人類がいるのではないし、国家と人類を同列視することは事実誤認であって、非科学的である。』←人類が国家のために存在しようがしまいが、「国家と人類を同列視するかどうか」とは、そもそも関係ないが。

「あたらしい憲法のはなし」のようなプロパガンダを長々と記載して、何をしたいんだかよくわからんが、どうせ東西南北のことだから、持説の正当化を図りたいだけなんだろうね。プロパガンダを使って。(大笑)

スタンス?

>独立はイギリスの横暴にぶち切れただけでしょう。
それだって「生活が脅かされる」とか「理不尽な搾取だ」と言う、
一種のエゴイズムが始まりだと思いますよ。<

>とりあえず、シェークスピアも「善とか悪と言う物は存在しない」だからニヒリストでしょう。<

>ニューエイジ思想や仏教も言ってしまえば「ニヒリズム」に含まれるっちゃ含まれる
(ニューエイジは世界は一つだけど、だから善とか悪とかは意味が無いだし、
 仏教も「一切皆苦」「物事一切是空也」だからね)<

そんなカンタンなものかいな。ちゃんちゃらをかしくて、おへそが茶を沸かさあ。

とりあえず、自分のしみったれさ加減を言い訳するために「仏教」や「シェイクスピア」や「アメリカ建国の精神」やといったものをこき下ろすのはやめた方がいいよ。

まあもちろん、そんなことを「人前」で言えるようなお人ではないだろうことは、察しがついてるけど。

「生活の安定」のために「新世界」へ船出する人々がいらっしゃると考えるようなお方だからねえ。「生活」の意味すら理解してないのでしょうね。本質的には。

>「家族や友人・ペットが死んで悲しむとか人間って馬鹿だよねぇ
 嫌いじゃないけどさ。」が私の本質的スタンスですよ。<

すごいスタンスですね(マンガやらに出てくる「アヤシイ」高校生みたい)。それでここまで頑張ったのか。感服いたします。(棒読み)

わくわくさん…

東西南北さん批判に行き過ぎて、正直、訳が分からん回答がいくつかされてます。
一度頭を冷やした方がよろしいかと…。説明の仕方が下手だと言う批判ならわかりますけどね…。


>『大前提となることが人類は一人では生きられない。自然の中で共に共同して生存していくしかないという肉体的・身体的な真理・真実なんです。』

「何も食わずに生きていけない=自然がなかったら生きていけない」のが現在の現実です。
また、植物がいなければ現在では酸素が作り出されませんので呼吸も出来ません。
なので、まず「自然と共に生きるしかない」は現状正解です。
また、人間間の協力についても、動物への対抗も、集団で襲ってくる猿にすら、
「複数の人間によって作られた文明の利器」を使わなければ、
単体では容易に殺されるでしょう。
家は現在のような家にはどれだけの人の手が使われているでしょう?
鉄の加工や火薬の製造などを一人で全て行う事が現在の現実で可能かどうかを考えれば自ずと答えは出ます。
「人は一人では生きれない」「生き抜くことが難しい」と言うのは現実です。

>『国家以前に人類が存在することを認め、人類の基本的人権を実現するために国家がある。』←これも理由・根拠の記載なし。根拠も証拠もないのに、これを理解し納得しろって、まさに宗教そのもの。どこが「科学」だ。

前半と後半の部分を分けないとですが、
前半の部分はまず歴史的に見て「人類誕生」から数千年経ってから初めて国が「人によって」作られました。
また、国の構成要素を考えれば「民衆」「人間」は物理学における「原子と分子」の関係と同じです。
原子がなくて存在できる分子は無いけど、原子は原子だけで存在できます。
よって「国家以前に人がいる」のは正解で否定する要素はありません。

ここからは東西南北さんへの意見になりますが、後半部分は
確かにいくつか問題があるので説明が要求されると思います。

「基本的人権」を「実現するため」に国家があると言うのは、
歴史的、国の成り立ちから見ると当初の国の性質とか見て「微妙に違う」としか言えませんしね。

「国」が「社会・組織」の形式の一つでしかないと言う事が頭から抜け落ちていると思います。
基本的には社会や組織・集団は社会や組織・集団の構成員の協力的生活の為の物であって、
それ以上や以下は周辺の他の社会や組織・集団との関係の中で必要とされてきただけです。
更に基本的人権は時代や環境によって認識が変わると思いますよ。
知的財産権とかなんて、その内消える可能性も無いとは言えませんしね。
(所有とは更に別の財産と言う概念ですから、そちらが消えるような事があれば一緒に消えますしね)

と言う訳で、現代の国家主権制度から見ても、正直「適正」とは言い難い考えです。
「そうあるべき」と言う意見には別に反対しませんけどね。
国って言うのは基本的には「ただのでっかい組織・社会」ですよ。
ただ、組織や社会・集団が出来た理由を考えれば「基本的人権を守る為」ではなく、
「人間(しかし本質的・根源的には主に構成員・所属者)の為」に生まれた物であり、
その「人間の為」と言う目的を果たすのに、「基本的人権」と言う概念が有効である。とは思いますけどね。

また、昨今は「構成員」の「移動」も少なくない事。
周辺との関係性が無視出来ない物になっている事(国際化)。
そして、また、「人間が自分達の生活を守る為」作る物が「組織・集団・社会」である事を考えれば、
「本質的」意味や目的ではなく、「状況にあった」意味や目的として、
その考え方はありだと思います。
集団が大きくなって行ったのは、その方が群れとして「強い」ですし、
「群れが強い」事は基本的に、「自分達」もその安定性や強さの恩恵に預かれますからね。
暴走されたり一部に利用されると面倒ですが。

猫さん

大変申し訳ないですが、猫さんは東西南北という卑怯者を誤解しています。

『大前提となることが人類は一人では生きられない。自然の中で共に共同して生存していくしかないという肉体的・身体的な真理・真実なんです。』 という東西南北の発言は、残念ながら、「何も食わずに生きていけない=自然がなかったら生きていけない」などの趣旨ではなく、「そもそも殺し合う存在ではない」という結論のためのこじつけで使っているのみです。

『国家以前に人類が存在することを認め、人類の基本的人権を実現するために国家がある。』についても、「国家や法は、人権を保障するためにある」という結論のためだけのこじつけにすぎません。

つまり、東西南北の発言の趣旨は、専ら私を排斥したいがためだけに行われているのであって、「訳が分からん回答がいくつかされてます」最大の理由は東西南北の発言の動機にあります。
なので、「一度頭を冷やした方がよろしいかと…。」をはじめとした、私の東西南北への発言や態度に関しては、批判してはいけません。

>ごんさん
Wikiとかあるんだから定義とか調べましょうね…。
つかわざわざ出したのに読んでないのかな?

定義的に見ればニヒリズムとは「本質的・根源的価値の否定」だけですよ。
貴方は根本的に定義が分かってないとしか思えない。

まぁ、貴方がそれらが「絶対的に素晴らしい」と思うのは勝手ですから、
ニヒリズムの定義も調べる気が無いなら好きに騒いでればよろしいかと。

大体、アメリカ独立前の人たちのほとんどは最初の移住理由は、
「自由を求めて」よりは「一山当てよう」ですよ。
最初から「自由」と言う「夢」を求めてきたと思ってらっしゃるなら、
アメリカのプロパガンダに騙されてるとしか思えない…。

>「生活の安定」のために「新世界」へ船出する人々がいらっしゃると考えるようなお方だからねえ。「生活」の意味すら理解してないのでしょうね。本質的には。

文句を言われたので調べてきましたよ。
確かに狭義に考えていたみたいです。
安定と言う言葉は適切ではなかったです。
「自らが望む生活を求め」と言う言い方の方が正しかったですね。
ただ、ここに「自分の生存活動の安定」「時間的・物理的豊かさの追求」が相当部分占めていると思いますけど。

>「家族や友人・ペットが死んで悲しむとか人間って馬鹿だよねぇ。
 嫌いじゃないけどさ。」が私の本質的スタンスですよ。

すごいスタンスですね(マンガやらに出てくる「アヤシイ」高校生みたい)。それでここまで頑張ったのか。感服いたします。(棒読み)

お好きに言ってればよろしいかと。もうちょっと正確に言えば、
価値や常識って言う「幻想」を信じて、家族や友人・ペットが死んで悲しむとか人間って馬鹿だよねぇ。」が正しいけどね。
「価値も意味も無くていい、私はそう生きる」と言うのなら「格好良い」と思いますけどね。
ドラマとか 馬鹿さの塊だけど それがいいんじゃないですか。

仏教は元々どちらかと言うとその辺り激しいですよ。
「愛」を否定してるからね。家族愛とか含めて。
執着全般否定。

追伸

猫さん

猫さんが東西南北に向かってなさっている指摘に関する東西南北のレスポンスの特徴としては、次の3つです。

1.東西南北の主観に合致しているならば、全面同意。

2.東西南北の主観に合致していないが私への批判を猫さんに求めたいときは「猫さんも正しいが、東西南北も正しい」という玉虫色の返答か、もしくは優しい言葉づかいで否定。

3.東西南北の主観に合致せず、敵と思っているときは、「学習してください」「冷静に考えてください」など、抜本的な発言の訂正を求める。

もちろん、1~3のいずれも、主張に際して行われる根拠は、すべて客観性ゼロです。

それが通用しないとなると、東西南北のブログで私に対する批判エントリーをリンクして「こちらを参照してください。わくわく44さんの正体がわかります。」です。

こう言えば、私か東西南北のブログでやれ、と言われそうですが、私は東西南北のような言論の自由を冒涜する輩に言論の自由を与えてはいけないという、至極当然の思考をしていますので、東西南北のコメントは私のブログでは禁止ですし、そもそもブログの閉鎖義務がある東西南北ごときのブログに私がコメントすることもありません。(私に対して、東西南北が実名で謝罪するならば、検討を開始します。)

ごめん。追加。

>価値や常識って言う「幻想」を信じて

「価値や常識や自分の感情や想いと言う「幻想」を信じて」

に追加して変更

「悲しいと思うのはその有り様を貴方が選んだから」ですからね。
自分の感情や思い・価値観は一つは「縁」で一つは「決断」ですからね。
「自然と変わる」とかそう言う領域じゃなく。
「貴方の想いや価値観は縁と無意識的・意識的決断によって作られた【幻】ですよ」と言う意味で。

>わくわくさん
私はそう言う形での拒否はしない様にしてるので。^^;
まぁ、荒らしにも反応してやらかす可能性があると言えば確かにそうなんですけどね。
なんでしょうね。興味が無いと諦めれば放って置くのは確かですけどね。
この辺りは、私が持つ価値観にも寄る物なのでご容赦下さい。
今の所、その価値観を変えようとも想っていませんしね。^^;
面倒と言えば面倒かもしれませんけどね。
面倒も多少はあって当然だし、有ってもいいと思ってますからね。

意志と無明

>アメリカのプロパガンダに騙されてるとしか思えない…。

「アメリカの『自由』は後乗せの理屈だ」、って、wikiに載ってるようなことをそんなふうに大上段に仰られてもねえ。

┐( ̄ヘ ̄)┌

>「価値や常識って言う「幻想」を信じて、家族や友人・ペットが死んで悲しむとか人間って馬鹿だよねぇ。」が正しいけどね。<

>この辺りは、私が持つ価値観にも寄る物なのでご容赦下さい。 <

>今の所、その価値観を変えようとも想っていませんしね。<

>「貴方の想いや価値観は縁と無意識的・意識的決断によって作られた【幻】ですよ」と言う意味で。<

いったい何をこの方は仰っているのだか。

┐( ̄ヘ ̄)┌

ところで、

推し量る才を持つものは大勢いるが、
決断する力を持つものは少ない。


これは誰の言葉だったっけな。

ふぅ…。

>ごんさん
そちらも話す気はなくなったようだし、とりあえずこちらは締めますか。

私はアメリカ建国の精神は元々はそんな崇高な物じゃないと想うけどね…。
後付だと分かってるなら「一種のエゴイズムが発端」と言うのに、
そこまでムキになる事の方が理解が出来ない…。
http://sun.ap.teacup.com/souun/


あと、価値観って言うのは確かに語呂上おかしいね。
「自分はその方が良いと思う」程度に変えさせていただきますよ。

>推し量る才を持つものは大勢いるが、
>決断する力を持つものは少ない。

グーグルさんで検索してみたけど見つけれませんでした。
誰でしょうね?

生きてはたらく

>そこまでムキになる事の方が理解が出来ない…。

別にムキになってはいないけどさ。
あたしは「後付けの理屈」だと決めつけていないだけ。
そこまで「アメリカ建国の精神」というものをバカにしてはいないんだよ。

今、「『アメリカ』はその精神を自ら貶めている」とは、思うけど。

>誰でしょうね?

ああ、知らないのならいいよ。いずれ行き当たるでしょう。猫さんは勉強熱心みたいだから。

で、以下はインドの詩人、タゴール
(アジア人初のノーベル文学賞受賞者)の詩。
なんとなく、紹介します。

 私は眠り夢見る、
 生きることが喜びだったらと。

 私は目覚め気づく、
 生きることは義務だと。

 私は働く―――すると、ごらん、
 義務はよろこびだった。

   タゴール


>ごんさん

>あたしは「後付けの理屈」だと決めつけていないだけ。
>そこまで「アメリカ建国の精神」というものをバカにしてはいないんだよ。

ここは見解の違いですね。
確定的証明はタイムマシンでも無いと無理ですからこれ以上話せませんが。(苦笑)

>以下はインドの詩人、タゴール
うん。ごめん。その詩人さんがえらい詩人さんである事は分かったけど、
基本的に2つめの文章で思考的に既に相容れない。

ニヒリズムを誤解している様だから言いますけど人間が生きている事に意味も価値もない。
人類が存在する事も同様。別に絶滅したって良い訳です。
でも生きていても良い、生き続けようとする事、生かそうとする事も否定しない。
存在していても良い、存在し続けようとしても良い、
存在させようとするのも自由。
そしてそのまた逆も「倫理的」意味では自由だと言う事。
これがニヒリズムの考えですよ。

完全に哲学の領域で社会学とかはもう関係が無いです。
敢えて言うなら「なら何故、特定の勢力や有り様を攻撃するような事があるか」と言った時に、
「生きよう」とする意志と「殺そう」とする意志が衝突する事は当たり前だし、
「殺そう」と言う意志が下手をすれば自分の「生きよう」と言う意志と力を害しかねなければ
「戦う」でしょう?と言う非常に単純な帰結です。

その詩は生きる義務とか出てる時点でニヒリズムとしての思考からも圧倒的に相容れない。
「社会学」ではなく倫理上の「義務」は何も無いとするのがニヒリズムですからね。

感性的にも押し付けがましいのは、昔から「理由を言ってみ」でしたからね。
自殺する人を「生きれない人もいるのに自殺するなんて」と言う子供の作文に、
「うん。多分、死んだ人は上げれるならくれてやるよと想ってるよ。
って言うか、どうせ何時か死ぬし、死んだ分だけ食糧消費減って、
動物が生きれる様になるかもしれないし良いんじゃない?」と想ってましたから。

独善や偽善を「そう」と知りながら「自分はそれでも良い」と思えない人は、
あんまり触れない方が良い思考かもしれませんけどね
そう言う意味で「生きるべきだ」などと言うのはまさに私は「残酷な独善」としか想ってませんからね。
「生きて欲しい」も執着であり、一種のエゴイズムに過ぎません。
まぁ、そう望むのは私は「嫌いじゃないけど」で済ませます。
それが人生のドラマですからね。ただ行き過ぎて正義感や独善が出てくると嫌悪感を持ちますけど。

私は「生きる事に疲れた」と言う人に生きる望みを与えるのに十分な能力も無いし、
それを赤の他人に対して「労力」を割いて実践しようとする意志も大して無い。
そして、その人のどんな有り様もそのまま受け入れるのが「私が美しいとする美しさ」ですからね。
(ここは現実的に「全ての望みは叶えれない」と言う現実世界の制限が有りますから、
高校から考え続けている悩ましい部分もありますけどね。
「人格を自由に出来てもどんなに自分の考える善と違っても、
どんなに「幻想」の苦しみに悶えていても、それを「偽り」と知って尚選ぶなら、
否定したくないのが私の選ぶ「感情」です。)

そう考えた時に、せめて「お疲れ様」と言って許す事が私なりの有り様ですから、
感性的にも思考的にもその詩人さんの文章は「相容れない」ですよ。

つか、知り合いから「友人の一人が彼氏の後追い自殺しかけた」と聞いて、
「ん~…。それは止めるのがいい事なのかね…?本人の気持ちも考えてさ。」と言った人間ですからね。
知り合いもそこは倫理的問題は省いて「感情」と「決断」で対処するしかないと心得た人間でしたが。
(それでも、死んで欲しくないと想ってるからと断言しきったし)

だから、生きるのを「義務だ」と言うのが前提にある時点で私には何も訴えかけませんよ。^^;;
ぶっちゃけ私が後追い自殺するような状況であれば、「放って置いて欲しい」ですからね。
大学は高校3年から続く「捨てたくない」恋愛感情で潰した人間ですから。
(捨てれば楽だし、もしも「捨てれない」と言ったとしても、
それは言い訳だと分かった上で、報われるはずも無い恋愛感情で1年潰しきったのだから、
冷静に考えれば「馬鹿だろう?(笑)」ですけどね)

ニヒリズムって言うのは「全てを否定しながら全てを肯定する」哲学ですよ。

猫さんへ。

 国家論については、国家というものは、基本的人権を実現する公共的な役割と基本的人権を抑圧する暴力的な役割を持っているということです。国家の本質は暴力性にあり、他方、人類の力で国家の公共性が保障させているのです。これが、国家と人類を同列視しないで区別するという科学です。

 そのわかりやすい例として、戦争原因者として国家の暴力性を挙げたわけです。そして、国家の公共的な役割を拡大していく力は人類にある、ということです。これを国民主権、民主主義政治といいます。
 
 要するに、国家が起こす戦争の原因として、そもそも、人類そのものの肉体・身体、もっといえば、遺伝子に組み込まれている「宿命」「運命」なのかもしれない、というオカルトを批判しているのが東西です。戦争の原因は国家にあるのであって、人類そのものにあるのではない、という当たり前の真理・真実を述べているにもかかわらず、真理・真実の前に謙虚にならないで、自分の主観を優先する不誠実で学問を冒涜するわくわく44さんを批判しているのです。

 「人間間の協力についても、動物への対抗も、集団で襲ってくる猿にすら、 「複数の人間によって作られた文明の利器」を使わなければ、 単体では容易に殺されるでしょう。
家は現在のような家にはどれだけの人の手が使われているでしょう? 鉄の加工や火薬の製造などを一人で全て行う事が現在の現実で可能かどうかを考えれば自ずと答えは出ます。 「人は一人では生きれない」「生き抜くことが難しい」と言うのは真理・真実です。 」

 この真理・真実について肯定も否定もしないのが、わくわく44さんなのですよ。こんなの中学生レベルの科学的な真理・真実ですよ。

 それを認めないで誹謗・中傷を繰り広げ、それこそ無意味・無価値な言動な汚物を撒き散らしているのが、わくわく44さんです。

 殺す動機・目的ななくて戦争なんて起こりようがない。ころ動機がないなら、平和的に外交手段で解決すればいいんですよ。戦争は国家による殺意のある殺し合いの行為である。

 それを人類の力、諸個人で協力、共同して共に生きるしかないという真理・真実の力で平和な国際社会を形成、確立sる不断の努力に社会の科学的な法則があるということです。

 現状は、国家の公共的な役割が不徹底ですから、基本的人権を抑圧し、蹂躙する国家が起こす戦争の危険があるということです。戦争の原因は国家にある。そして、国家の戦争を防止、根絶し、平和な国際社会を形成・確立していく民主主義運動、平和運動が国家に基本的人権を実現させていく力だということです。

 今回のカルデロンさんの件についても、国家には、そもそも基本的人権を抑圧、蹂躙する暴力的な本質がある。しかし、同時に、公共的な役割もある。その国家の公共的な役割である基本的人権を保障させることへ向けて人類は連帯していかねばならない、ということでしょう。

補足。

 「国家には、そもそも基本的人権を抑圧、蹂躙する暴力的な本質がある。しかし、同時に、公共的な役割もある。その国家の公共的な役割である基本的人権を保障させることへ向けて人類は連帯していかねばならない、ということでしょう。」

 これが国家と法の区別と関連。国家と人類を同列しないということです。国家の本質である暴力を規制する力が法であり、その根源は人類そのものの力にある。人類が国家に対して、人類が保持する基本的人権を国家へ実現させていく民主主義運動そのものの中に法というものがあるのです。

 法とは国家の暴力性を規制し、基本的人権を実現させる人類の力を言います。国家と法は決して同列ではありません。国家と法を同列視すると国家主義になります。

 国家の強制力が存在しなくても生活レベルで基本的人権が実現しているのであれば、それは法的な安定性があるし、何も国家の強制力などなくても人類の生活権として基本的人権は実現しているのです。カルデロンさん一家は、国家が暴力的に介入したことが原因で、基本的人権を侵害され、法的安定性を奪われました。ここに、国家の暴力と人間の基本的人権の闘争があるわけです。法は人間の基本的人権を実現させる手続きであり、結果です。国家も基本的人権を実現させる公共的な役割を発揮して初めて法の支配を実現していると言えます。法の支配を蹂躙する国家権力の行使は、剥き出しの暴力であって、国家の本質を曝け出したというより他はありません。国家は法によって縛られねばなりません。これが国家と法の区別と関係だし、国家と人類の区別と関係であって、国家・法の科学だと言えます。

 

祈りつつ生きる

>報われるはずも無い恋愛感情で1年潰しきったのだから、
>冷静に考えれば「馬鹿だろう?(笑)」ですけどね

そうでもないぜ。

http://www.youtube.com/watch?v=NXABQ4JGfsU

♪忘れなくちゃ まだ頑張らなくちゃ

  「別に忘れんでもええやろ!無理矢理頑張らんでもええし・・・」

 バカサバイバー!生き残れ、バカサバイバー!勝ち残れ、

  ウルフルズ

>ニヒリズムって言うのは「全てを否定しながら全てを肯定する」哲学ですよ。

あたしのしってる「ニヒリズム」とはだいぶ違うみたいだけど、まあ、(標榜してる本人がそう仰るのだし)そういうことにしとくよ。あたしは今回の「強制措置」はまったく全然「肯定」できないけどね。カルデロンさん親子に「平和な生活」が戻るまで、

せめてカルデロンさん親子の心労の日々が一刻も早く終わることを祈ってる。

みなさんと一緒に。

なんで、こう嘘つくかな~

国家と人類を分けること自体、「国家」を知らない証拠なんだが、それ以前に、またもや、根拠も証拠も出していない。

真理・真実だと断言するなら、それを断言するに足る、目視できる根拠や証拠が必要です。

それをしないままに、物事を断言し、さらに他人様を非難するとは、もはや良識のある人間とは言えません。

>国家の本質は暴力性にあり、他方、人類の力で国家の公共性が保障させているのです。これが、国家と人類を同列視しないで区別するという科学です。

ほら、これも証拠がないでしょ。
東西南北は、いつも「証拠も根拠もない」のに、「科学」だとして、科学を貶めている。

>国家の公共的な役割を拡大していく力は人類にある、ということです。これを国民主権、民主主義政治といいます。

これも、東西南北が勝手に作り出した妄想でしかない。どこでどういう研究をした成果が、これなのか。持論に責任を持っていない悪質な思考です。

>要するに、国家が起こす戦争の原因として、そもそも、人類そのものの肉体・身体、もっといえば、遺伝子に組み込まれている「宿命」「運命」なのかもしれない、というオカルトを批判しているのが東西です。
>戦争の原因は国家にあるのであって、人類そのものにあるのではない、という当たり前の真理・真実

そもそも遺伝子情報のメカニズムを解明せず、真理や真実を目視できる状態での客観的な証拠を提示しない、ただの希望的憶測でしかないことを理由に、「オカルト」だと「批判」することのどこが「科学的」だというのだろうか。上記の発言は、単に「東西南北が信じるもの、思っているものは、科学的だ」としか日本語で解読できない。

>を述べているにもかかわらず、真理・真実の前に謙虚にならないで、自分の主観を優先する不誠実で学問を冒涜するわくわく44さんを批判しているのです。

東西南北のただの妄想を「真理・真実」としなければならない根拠も理由もない、そんなものに謙虚になれとは、まさに「宗教的信仰心」でも持たない限り、何人も不可能である。
また、私の発言が「主観」であることも、東西南北という輩は、『東西南北が妄想していることが根拠だ』としか述べていない。こんな輩が他人様に向かって「学問を冒涜している」などと思考する権利も資格もない。

>それを認めないで誹謗・中傷を繰り広げ、それこそ無意味・無価値な言動な汚物を撒き散らしているのが、わくわく44さんです。

従って、この発言は不法行為であるばかりか、人道にももとる重大な事犯である。東西南北は自分の実名を顔写真を提示して公表し、私に対して誠実に謝罪せよ。
あまりの酷すぎるため、東西南北に関しては人格を認めないので、そのつもりで。

>冷静に考えれば「馬鹿だろう?(笑)」ですけどね
「ですけどね」って言うのは間違いですね「ですからね」ですね。
要は「無駄だけどその無駄がいいんじゃない。気に入らない無駄も有るけど。」と言う事です。

ニヒリズムについては本当に
「Wiki見て来てみなさい。如何に当初の定義から外れて認識されてるか分かるから」と思います。
そんな手間の掛かる物ではないですし、「ニヒリスト」と言う言葉を「批判」「貶める」
とだけ言わずに一度見てみる事をお勧めしますよ。

書いたけど、多分以下の物も見て無いでしょう。^^;;
二ヒリズムにはその上に立つ二つの有り様があります。

>1. すべてが無価値・偽り・仮象ということを前向きに考える生き方。つまり、自ら積極的に「仮象」を生み出し、一瞬一瞬を一所懸命生きるという態度(強さのニヒリズム、能動的ニヒリズム)。

>2. 何も信じられない事態に絶望し、疲れきったため、その時々の状況に身を任せ、流れるように生きるという態度(弱さのニヒリズム、受動的ニヒリズム)。

私が「人間の創造性が好き」と言ってるのも1の立場に立つからです。
ニヒリズムやニヒリストを2の意味でしか捉えていない人が多いですけどね。本当に。^^;
知った様に振舞ってニヒリズムを否定する人は2だけがニヒリズムだと思ってる人が多い…。
ぶっちゃけ、今の日本や世界は無意識的にもニヒリストは非常に多いと思いますよ。
だからこそニューエイジ思想や何かが広まる。
(ニヒリストでない生真面目な人は逆にカルトに引っ掛かり易いかと)
つまりは「根源的道徳や根源的倫理と言う存在の否定」を行ってる人ですからね。

「人間が死んだ?だから何?悲しい?うん。泣けばいいと想うよ。
 で、悲しむのに飽きるまで悲しんで飽きたら止めればいい。」
って言うのが基本。
ただ、その悲しみは「真実」でも「あなた自身」でもないし、
悲しむのが嫌なら悲しむのを止めれば済むだけだけどね。
と言う事である意味で「価値を否定する」「馬鹿にする」と言う事です。

だから人道主義も「哲学」「道徳」としては否定する。
「社会学」としては一度言った通り「目的としては便利だしいいんじゃない?」と言う風になる。
「人道主義」を哲学として、道徳として「信仰」する立場は「馬鹿にする」。
でも、「人道主義」と言う「行い」は否定しない。
これが本来のニヒリズムですよ。

「嫌だ」「リスクなども含めて社会的に嫌だ」は否定して無いので、
変な正義感でなければニヒリズムの立場としても「正しい」接し方ですよ。
ただ、正義感や良心と言う言葉とは、ニヒリズムは無縁なので、
その立場になるとニヒリズムと言う哲学的見地からも否定させて頂きます。

また、「リスクを考えてない」とかの意見は「ニヒリズム」とは全く関係がありません。
これは「道徳・倫理」の話じゃないですからね。
制度に対する「馬鹿じゃね?」とかの批判は「望んだ事と選んだ制度が不合理だ」と言う
道徳でも倫理でも無い「判断」なので、この見地もまたニヒリズムとは関係ありません。
100人の人間が同じ事を望んでるのに、1人の別の事を望む人間が強ければ、
100人の人間のやり方・在り方に「馬鹿じゃね?つか1人を100人で潰すとかどう考えても余裕だろう。」と言うのは「ニヒリズム」とは関係ないですからね。

そう言う風に考えると、基本的に本来の仏教はニヒリズムと非常に近い立場ですし、
シェイクスピアの「善とか悪と言う物は無い」と言う言葉が、
「ニヒリズム」と関係の深い価値観である事も理解出来ると思いますよ。
(善因善果・自業自得と言う考えは「自己責任論」ですよ。
 種を蒔かずに木が生える事は無いとか、放置し続けた結果、横暴を許すとか、
 そう言うのの事ですからね。
 その上に立って精神的な「苦しみ」から逃れる方法を説いただけです。)

ちょっと用語について追加

>2. 何も信じられない事態に絶望し、疲れきったため、その時々の状況に身を任せ、流れるように生きるという態度(弱さのニヒリズム、受動的ニヒリズム)。

まぁ、ニヒリズムの一つとしては正解だし、根っこがニヒリズムから切って離せないんで、
こちらはここに分類するしかないんですが…。

多分、良く考えられているようなニヒリズムの意味ですが…。
多分、「何をしても無駄だ」と言う「立場」かと思いますけど、
これは本来の定義のニヒリズムが前提にある物で無い場合は完全にペシミズム(悲観主義)です。
つまり「自分じゃ何も出来ないし人類は何も出来ない」と言う立場は「ペシミズム」です。

ニヒリズムは本来の定義で扱うなら、あくまで「無価値だ」「(長期的・道徳的意味で)無意味だ」であって、
「無駄だ」ではありません。いや、ある意味では「無駄だ」も正しいのですが…。
(例えば、100年生きるのと生まれてすぐ死ぬのの差に「何の価値がある」?と問い、
「だから無駄だ」と言う帰結はあります。
人類だって何時か滅亡するだろうし、そんな物の存続に拘ってどうするの?
と言うのもニヒリズムとしては間違いではありません。
ちなみに、そう言う立場はどこかで「感情」「思考」を「無駄でもいい」と反転させるかで、
能動的か受動的かに分かれる事になります。)

だから一般に想われてる「ニヒリズム」「ニヒリスト」への批判は、
言葉の定義としては少なく無い場合に「ペシミズム」「ペシミスト」と言う罵りが正しい物です。
または正しく限定するなら「受動的ニヒリスト」とかですね。
能動的ニヒリストは変な言い方ですが「好き勝手生きる」と言うだけで、あとは頭の問題ですからね。
(人を殺す人間に他の人間がどう言う行動を取るかくらい予想付くだろう。とかそう言う事。)

説法

だからそうやって「釈明」すればするほど本来から遠ざかるんだって。

ニヒリズムというのはそういう類の言葉なんだよ。

だいたい抽象に絶望を見せつけられたのなら、自らの信じる具体物をえぐり出して、その価値をまずは自らに問うてみればいいだけの話しじゃん。猫さんの仰る「無価値な世界」というのが事実だとしても、あたしらはこうやって生きているんだからさ。「無価値な人間」が「無価値な言葉」を発して。だからそうやって猫さんの「ニヒリズム」の価値について長々と説教するんでなく、猫さんの心をとらえて離さない「もの」をこの世に問うてみればいいんじゃないの。

それが、(それなのに、)

「人命は地球より重い」

「私は眠り夢見る、
 生きることが喜びだったらと」

「日本国憲法の(国家として戦争に参加しないという)平和」


なんで人の言うそれらの本体を認められないのかな。

何故にこの言葉があるのかについて考えを巡らせることをしないのか。

具体から抽象へと導かれる言葉の生成過程において、
その本源。そこに立たされた人間の絶望をみることなしに、

何が(仏教の、シェイクスピアの)ニヒリズムだよ。

だいたい、「仏教」やら「シェイクスピア」やらの価値がwikiで説明つくわけないじゃん。
だからあたしは全然あなたの仰るニヒリズムってのがよくわからないけど、

あたしはあなたに以下の「生活態度」を見るよ。


シニシズム【cynicism】(はてなキーワードより)

社会風習や道徳・理念などを冷笑・無視する生活態度をさす。犬儒主義。冷笑主義。


お話しを続けるのなら、ここでのあなたの「態度」と「シニシズム」の違いを、(ご自分の中だけでも結構ですから)3行程度にまとめて、それを確認してからにしてよね。というか、してください。お願いします。

だから、別に個人の欲望を否定してる訳じゃないって。
むしろ個人の欲望は善悪通り越して「道徳的」には全肯定。
「個人的な感情」としては別としてもね。

むしろ「人道主義」の方が現実に対して言い訳がましいでしょう。

>人命は地球より重い
「私は人間が簡単に死ぬ世界であって欲しくない」が本当は正しい。
「価値がある」「重い」と言う方が「言い訳がましい」でしょう。
何かを切り捨てるのに(道徳的・倫理的)理由がないと切り捨てれないなら、
生きるのを止めれば何も切り捨てないで済むよ。と言う皮肉は「心の底から」感じるからね。

>「私は眠り夢見る、生きることが喜びだったらと」
その後が激しく個人的嫌悪感の対象(生きる義務)だったからこっちには触れなかったけど、
「どうせ生きるなら喜びたい」と言うのは別に自由ですよ。
そっちは否定して無い。

>「日本国憲法の(国家として戦争に参加しないという)平和」
平穏に生活を送りたいと言う欲求を別に否定してる訳ではない。

「現実に行うにはシステムや環境がないと、危険だよ。
言い方はなんだけど、銃等の為に人間に抵抗出来ない、動物と同じ状況に追いやられかねない。」
と言ってるだけ。その覚悟があるのであれば「どうぞ」と言う事。
あと、社会的に、失敗だった場合には、「反対派」は、
その責を「賛成派」に求めるだろう事も容易に予想が付きますよね?と言う事。

理念だけで現実は淘汰出来ないし、理念の保障もされない。
言い方は悪いけど「存在的に現実が先で理念はただの欲求」これが現実。

どちらかと言うと、私の立場はこちらです。

==============
人はいつでも
何かを求めて動いているわ。
昔からそうだった。

望み、奪い、与え、殺し、足掻き…
争いも憎しみも、
すべては人の欲求から生まれている。
でも、それでいいの。
求めればいい。欲しがればいい。
生きている限り挑んで、挑んで、
それでだめなら、
挑みながら死んでいけばいい……
===============

ついでに言うが、本当なら政治に関りたいとも労働をしたいとも思っていない。
本当なら放って置いて大丈夫なら放って置きたい物です。
ただ、放って置くと変な方向に行くのが世の常で、更に言えば、
「割と洒落にならん」状況になりつつあるから関ってるだけ。
正直言えば、選挙行く時間すら勿体ない・面倒くさいのが本音。(--;

http://note.masm.jp/%A5%B7%A5%CB%A5%B7%A5%BA%A5%E0/

シニシズム本来の意味と違い
1,欲望「自体」は肯定です。
2,貴方が言う物だとして、冷笑は目的ではなく結果。あなたも私を冷笑したでしょう?

私が嫌ってるのは「そこに価値がある」とする態度の事。
「それが(限定なしの)道徳的に正しい事だ」とする態度。
「そうしたい」とか「そうした方が得だ」とかは別に「道徳的」には否定してません。
「ヒトラーの行いは酷い悪だ。だからもう起こってはいけない。」と言う事と、
「ヒトラーと同じ行いが起こるのは嫌だ」「起こると迷惑だし勘弁」と言う事は違う態度です。

源泉

>絶望をみることなしに、

ここを平然とスルーしてくるから猫さんの「ニヒリズム」ってのは軽いんだよね。そしてこの読み換え、

「私は人間が簡単に死ぬ世界であって欲しくない」

「どうせ生きるなら喜びたい」

「平穏に生活を送りたい」


わかりやすくて素敵な言葉だね。だけど、もともとの言葉とは違うよ。全然別もの。で、猫さんはなぜかこの「差」に気付かない。実はわたしはこのことが証明しているものを知っているのだけど。それはあたしからは言わないでおくよ。

猫さんがご自身で見付けてくれるのを期待する。

>生きている限り挑んで、挑んで、
>それでだめなら、
>挑みながら死んでいけばいい……

格好いいじゃない。なんだか「よだかの星」を思い出した。ということは猫さんの仰る仏教は「法華経」に近いのかな。

だとするとやっぱり「菩薩」に行き着くのだけど。

今回の強制措置は「不法滞在」と言う、
「状態」に対しては厳しすぎるかもしれないと言う気もしますけどね。<

そうそう、

私は、親切にしすぎて間違いを犯すことのほうが、
親切と無関係に奇跡を行うことより、好きです。

   マザーテレサ


マザーテレサの言うように現実はよくよくあたしらを裏切り続けるよ。だから現実が無価値であろうがなかろうがそんなことは猫さんとそしてあたしにとってはちっとも問題じゃない。問題はあたしらが、「それでも(移り変わる今に際して)人の心を信じることができるか」、ということだと思う。

推し量る才を持つものは大勢いるが、
決断する力を持つものは少ない。

  ショウペンハウエル



猫さん、もしよかったら、うちにも遊びに来てね。
http://teagon.seesaa.net/

まぁ、こっちに書くよりはそちらのブログに行く方が良い気がしてきた。^^;

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