愚慫空論

何のため、誰のための利権なのか? ~小沢一郎の場合

当エントリーは私の恣意的解釈に基づくものです...と「予防線」を張っておいて、と(笑) 世間を騒がす小沢一郎公設第一秘書逮捕の報道。検察による国策捜査の指摘も絶えないこの「事件」の成り行きがどうなるかは、市井の一庶民としては、成り行きを見守るしかない部分もあるのですが...。

ひとつの事象にはさまざまな視点があり得るわけですが、この「事件」に関して言うと、もっとも重要な視点は、国民の政治不信をかき立てるということではなかろうかと思います。この「事件」を巡る事実関係がどうであれ、事件報道によって国民にもたらされた衝撃は、もともと深い政治不信をいっそう深いものにすることは間違いありません。

先頃イギリスのフィナンシャル・タイムズ紙が「日本にもまだ政府は必要だ」という社説を発表したことが話題になっていましたけれども、“まだ”どころではなく、“今こそまさに”政府が必要な局面で日本国民が政治不信に陥ってしまうのは、民主党がどうの、自公政権がどうのといったレベルを超えた問題でしょう。

疑問を「この局面でなぜ検察が動いたのか」という所に合せ、しかも西松建設で問題になっている裏金ではなく、政治資金規正法で定められている報告書にも記載されている「表の金」であること、金額が過去の例から見ても少額であること――などの「事実」を考え合わせると、どうしても、決定的敗北が予想される現政権側の仕掛けではないのかという疑念は払拭できません。しかも、恣意的な報道内容――これは前エントリーで指摘したことではなくて、小沢氏の献金が突出しているだとか、証拠が挙がったから逮捕したとかですが、献金の事実関係――「表のカネ」ですから検察でなくても確認できます――を冷静に見れば決して小沢氏が突出していたわけではないことがわかりますし、 「証拠が挙がった」のも集中して捜査していたことの裏返しに過ぎないわけですから、どうみても頭のなかに湧き上がる疑問符を押さえつけることが出来ないのです。

しかし、今回当エントリーで“恣意的解釈”を表明したいのは、こうした「疑惑」についてではありません。そこは私などより情報の収集能力も分析能力も優れた方にお任せするとして、私が表明したいと考えるのは、小沢一郎は、なんのためにカネを集めていたのだろうか? という疑問。これは例のごとく“嗅覚”と表現すべきものですが、私は小沢一郎からは、あまり私欲といった「臭い」を嗅ぎ取れないのですね。そのあたりを恣意的に(笑)話をしたいと思います。



カネの問題に関しての小沢一郎の評価は、極端に二分されるようです。ひとつは、小沢氏自身が先の記者会見でもみずから言及していましたが、小沢氏ほどカネに関して厳格な政治家はいないという意見。それからもうひとつは、「小沢一郎はカネの亡者」だという見解です。

後者の意見を採る者は、その根拠として「陸山会」の不明朗な土地資産を挙げます。ブログ記事で検索しますと、コチラにその概要が出ていました。

『小沢一郎民主党代表の金脈を撃つ 執念の調査報道スクープ! 連続追及第12回』(たむたむの自民党vs民主党)

しかしこのような記事も、少し注意深く読んでみますと、「恣意的解釈」に基づいた推論でしかないことをわかります。この骨格をごくごく完結に示しますと

陸山会に膨大な不動産資産があるという「事実」。
小沢一郎に息子がいるという「事実」

そして、この2つの「事実」から、小沢氏の私的政治団体の資産は、息子に私的あるいは公的(政治団体の「世襲」)に相続されるだろうと「推測」し、その「推測」を元に小沢一郎は税金を私物化していると「結論づける」。こういった構造になっています。そしてさらに指摘しておかなければならないのは、この記事は、重要な「事実」を提示していないということなのです。その「事実」は、
つまり、後継者が「非課税」で小沢一郎名義の資産を引き継げる可能性を否定できないのだ。
の文章で隠蔽されています。この文章を背後を読めば、小沢一郎以外にも非課税で資産を引き継いだ人物がいるのではないかと考えられるはずで、実際そうした「事実」はあるようなのです。そのことを示すテキストがコチラにあります。

『週刊現代9月29日号/緊急ワイド/史上最低の「無責任な官邸」全真相』(「阿修羅」より)

(注釈:『たむたむ・・・』のブログ主は安倍晋三の「シンパ」のようです。というのは、両氏の同様の問題を、片方は推論をもって批判し、片方は疑惑の報道にそれは推論だと言って退けているからです。そして相続に関する事実をいえば、安倍側はそれが合法化であろうがなかろうが相続されたという「事実」があり、小沢側に現段階であるのは「推測」でしかない。そしてまた、小沢氏への「推測」が「事実」になったとしても、それは合法的なもの。つまり、批判と擁護の次元も異なっています。)

しかし、この「推測」は十分に合理的な「推測」ではないのか? そうした反論はあろうかと思います。実際、この「推論」が「現実」にならないとは断言できない。ここから先は、「推論」に推論に過ぎないと考えるのも、「推論」は「現実」となるだろうと考えるのも、どちらも「推論」に過ぎないのです。

けれども、この「推論」が合理的とするのは、私は慎重に構えた方がよいと思います。その「推論」が合理的なのは、政治家はみずからの利権を世襲させるものという「常識」に立っての合理性だからです。小沢一郎にその「常識」があるのか? ここが私の“嗅覚”なんですね(笑)

政治家が利権を世襲させるという「常識」。この「常識」を裏付ける「事実」は山ほどあります。それは世襲政治家が非常に多いという「事実」を指摘するだけで十分でしょう。

ところで世襲とは、親が担っていた役割を子が引き継ぐことを指すわけですが、引き継ぐ順位を血筋に頼るということはあっても、同時に役割を担うだけの能力もなければならない。血筋だけの能力があるなどという保証はどこにもありませんから、世襲を予定されている者は、当然役割を担うべく「修行」を積むことになる。政治家の場合、そうした「修行」秘書という形で行われるの「常識」でしょう。小渕優子のような例もありますが、あれは末期養子とでもいうべき例外でしょう。

小沢一郎には3人の息子がいるという話です。では、その3人のいずれかが「修行」をしているのでしょうか? 私も少し調べてみましたが、どうもその「事実」が出てこない。出てくるのは小沢氏の息子のひとりが派遣社員や元自衛隊というものくらいで、「修行」が出てこないのです。私の情報収集能力などお粗末なものですから、アンテナに引っかからないだけのことなのかもしれませんが。

以下の話は、小沢氏の息子たちが「修行」をしてないという「仮定」に基づいてとお断りして、進めます。この「仮定」から導き出される「推論」は、小沢一郎には世襲の意志がない、ということです。陸山会という私的政治団体の資産は、これは明らかに政治家の特権でしょうが、私的政治団体を継承しさえすれば非課税で相続できる。小沢氏が世襲を考えているならば、他の世襲議員も行っているであろう事と同様に、陸山会を息子に継がせればよい。それだけのことです。道義的に問題はありますが、現行法上は問題はないはず。そして陸山会とは「小沢一郎の政治利権そのもの」でしょう。

もし仮に、小沢一郎が陸山会の資産を私的に相続させようと考えているとしましょう。このケースは指摘されているように税金の私的な流用の批判を免れえないのですが、相続税はかかります。莫大なものがかかるはずです。となると、当然、陸山会という「利権構造」は解消せざるをえない。ここからも小沢氏は「利権構造」は世襲させないと考えていることが「推論」できる。またついでに「推論」しておきますと、「利権構造」という最大の私欲を世襲させないと考えている者が、それより小さな私欲の世襲を批判を承知で世襲させるか? しかも最大の私欲は合法的に世襲できるのです。あまり合理的とは思えません。

ここでやっとタイトルの内容に入っていきます。しかし、小沢一郎が「利権構造」を握っているのは間違いないでしょう。では、その目的は何なのか? 短絡的に考えれば、私欲でければ公のため――ということになる。そして実際、政治にはカネが必要なのです。



よく有権者は政治にカネがかかることを批判し、そのカネを集めるための「利権構造」を批判します。しかし、私は常々、これが論理が逆さまなのではないかと思っている。

政治にカネがかかるのは、有権者がそうした構造にしているからでしょう。選挙の事務所、宣伝用の車両、人員確保、カネ無しではできません。普段の活動でも、講演会や集会やそのた諸々、カネ無しで出来る活動などないでしょう。私たちは、政治にカネがかかることを批判しながら、そうした費用は政治家が負担して当然と思っている(もちろん、高価な料亭を利用したりといった部分の批判はあります)。

しかし、政治は市民のモノと捉えるならば、支持する政治家の活動は支持者がみずからの費用で支えるのが「常識」であるべきでしょう。そして、その「常識」からするならば、たとえば投票率が低くても致し方ないはず。消極的な有権者に能動的に支持を訴えるにはどうしてもカネがかかる。カネがかかるのがダメというなら、もともと能動的な支持者だけの投票になってしまうのは容認しなければならない。ところが、能動的な支持者は「組織票」だと言って敵視する。これでは論理が矛盾しているのです。

政治家に取ってみれば、これほど厄介な話もないでしょう。より積極的に支持を訴えようとすればカネはかかるし、カネを集めようとすれば人材も要れば人脈も要るし、これらの維持にまたカネがかかる。しかし、これが「利権構造」として批判される。「利権構造」を私しようとしている者には正当な批判かもしれませんが、そうではなく、正当な政治活動のために使おうとしている者にとっては手足を縛られるようなもの。それを見分けることもせずに、十把一絡げに「利権構造」を批判する。そうした有権者の「意識構造」こそが政治不信を招いているのでしょう。

小沢一郎は選挙を熟知していると言われます。当然、「利権構造」の功罪も熟知しているでしょう。「利権構造」を熟知し、かつ「利権構造」を私しようとする意志のない者。こうした者こそが、実は「利権構造」という「ちゃぶ台」をひっくり返すのには最適の人物でしょう。そして、その最適のポジションは内閣総理大臣というポジションです。



歴史を眺めているとよくわかりますが、暗殺、謀殺、といった「現象」が起こるのは、“ちゃぶ台”をひっくり返すのに最適の者が最適のポジションに着こうとしている、まさに「その時」に起こります。もうこれは、「鉄則」といっていいくらいのもの。今回の「事件」をそうした歴史的視点で眺めてみれば、「鉄則」そのもののように見える。またさらに歴史に鑑みると、こうした「現象」が起こった後に出現するのは、混沌です。「現象」によって「ちゃぶ台返し」は阻止されても、もはや「ちゃぶ台」はぐちゃぐちゃですから、収拾がつかなくなって遠からず「ちゃぶ台」そのものが崩壊し、混沌が出現する。

そこでもっとも悲惨な目に遭うのは、崩壊する「ちゃぶ台」=「壁」に押しつぶされる「卵」。これも歴史の「鉄則」です。どうせ崩壊する「ちゃぶ台」=「壁」――だれもが薄々は感じているはず――なら、ひっくり返す方がずっとよい。どちらにしても混乱は免れませんが、アチラにひっくり返るのと、コチラに崩れ落ちてくるのでは、被害の度合いは大きく違うはずです。



追加:小沢一郎の公設第一秘書、大久保容疑者の自宅
大久保自宅2
大久保自宅2

引き続き「嗅覚」の話で恐縮だけれど、これは昨日報道された大久保容疑者の自宅の画像。私はこれを見て、あっと思った。これが大久保容疑者の自宅? 報道で醸し出されるイメージでは、大久保容疑者は野党ながら大物政治家の金庫番で、準大手とはいえゼネコンの幹部にさまざまに指図できるようなポジションにいる、それなりの大物のイメージ。その自宅がこれ? 

確かにこれはイメージだけの話ですけども、落差が大きすぎる。仕事柄、自宅に帰ることも少ないからこれで十分といったところなのかもしれないが、それにしても、私欲に塗れた人間にしては吝嗇に過ぎはしないでしょうか?

この画像からは確定的なことは何も言えません。しかし、伝えられ、想像されるイメージとの落差が大きいということは、頭の隅に置いておいてもよかろうと考えます。

コメント

共感派

この言葉ここで使っても言いのでしょうか?
でも私共感派です。

被疑者の自宅に、私も「えっ」

大久保さんの自宅をみて私も同様の驚きを感じました。私の住んでいる所(田舎)の相場でおよそ4~4万5千円と言ったところでしょうか。建物全体も映っていましたが、いわゆるアパートの風情であり、とてもマンションとまでは思えません(住んでる方すみません)。報道では彼の映像がこれでもかと流されますが、わざと人相が悪く見えるスティルを使っているようにも感じますが少し穿った見方すぎますかね。これからこの事件がどう展開していくかわかりませんが、虚像と実生活の落差を幾たびか思い出させるでしょう。余談ですが、共産党の市議さんはあんな感じのアパートに住んでいる方も多いです。悪い感じはしないですよ。

私欲じゃないんだよ

自民や民主の議員は、概ね個人活動の集合体であり、公明や共産のように、政党自身に集金力があって、政党本部から予算が下りる仕組みではないので、支持基盤が弱い若手議員(二世議員は除く)の場合、個人献金や企業献金、政党助成金を足しても、資金が足りない人が多いのです。
このため、資金力のある議員に資金を提供してもらうことになります。かつて田中派があれだけの勢力を誇ったのは、こうした事情があるからです。
つまり、大物議員が集める政治献金は、自分自身だけでなく、他の議員の政治活動資金をも集めている、というわけです。

実際、二世ではない若手議員の事務所は、「これが国会議員の事務所?」というような感じですよ。
「耐震大丈夫?(防災)消防の審査は大丈夫?」という感じの中古ビルに事務所を構え、見た目豪華な調度品も、よく見たら「これ、使いまわしじゃないの?」というものばかり。企業団体献金をもらっていて、この状態ですからね。

公明党は知りませんが、共産党の事務所は、零細企業並みの建物や調度品だったりしますが、それでも自民や民主の県連本部に比べたら、かなりいいものが使われていましたね。(笑)

でも、一部の議員は・・・カネあるんですよね。料亭で会合なんてできるんですから。

話は少しずれますが

apindyさん、ようこそ。わくわくさん、まいど。

私が護憲派なのはわくわくさんもよくご存知のことですけど、その私が護憲派に嫌な感じをもつのは、何かにつけ、「あの人物は改憲派だから...」というような発言をすることなんです。

護憲派なら、同じ護憲派の人間を信頼したい。そこを批判するつもりはないのですけども、その先を見ないのにはいささかゲンナリさせられる。政治資金の話も、それと同じなのですね。

例えば私がよく引き合いに出す伊勢崎賢治氏。氏は今でこそ護憲派ですけれど、以前は違った。そりゃあ氏の実体験からすればムリもないことですよ。実戦に限りなく近いところにいたのだから。戦力を放棄するなんて、戯言にしか聞こえなかったでしょう。いや、戯言ならマシ。悪魔の言にすら聞こえたかもしれない。ただ氏は、戯言を戯言のままに置いておかなかった。私は氏のどこを信頼するかって、今、護憲派であるという事実よりも、護憲派に転向した経緯です。そういうところに「人間そのもの」が出る。護憲派にとって9条は重要だけど、お題目の9条ならば要りません。少なくとも私はその立場です。9条は「人間そのもの」を守る近道だと考えるから護憲派なのであって、そこからすれば「人間そのもの」を守る改憲派だっていると思う。そして「人間そのもの」は、護憲派改憲派というレッテルからは何も見えてこないんですよ。

大久保容疑者の自宅も同じです。これももしかしたら、公設秘書にもかかわらず小沢一郎にむしり取られてこうした場所にしか住めない(共産党市議などはこれに近いかも、と思ってますが...(苦笑))のかもしれない。けれど、もしそうなら、大久保容疑者は今も検察に黙秘を続けているらしいけど、その支えはなんなのだ? という疑問になる。そういうところから「人間そのもの」をみなきゃならない。

あるいは、小沢一郎に崇拝しているのかもしないですよ。アサハラやダイサクと同様にね。それやこれや、可能性を探ると断定など何も出来ないけど、だからこそ、提供される情報で判断してしまうのはよくないと思う。またそう思うから、性懲りもなく「嗅覚」と予防線を張ってこんなエントリーを挙げるんです。

政治資金、企業献金の話も同様です。政治にはカネがかからない方がいい、企業献金はよくない、それは間違いなく「正論」です。でも、やっぱり括弧つきですよ。何をするのもカネが仇の世の中で、そんな「正論」だけを振り回したって意味がない。そう言えば少し前に内田樹が貧困論で“私は金持ちだ”などといって「精神論」だと非難を浴びていましたが、この手の「正論」も同様の「精神論」でしかない。

dan kogaiがいいタイミング(?)で二宮尊徳の言葉を引用していますけれども、まさにそれがぴったり。

「道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である」

この「寝言」は「正義」と言い換えてもいいでしょう。そんなものを振りかざすなと言いたい。

疑念

あたしは小沢一郎のことをごりごりの改憲派だと思っていた。

<だけどそれはあたしがよくいう「民主党のモリ派(=アメリカの傀儡&新自由主義&そのための改憲派&そのために民主党にいる=軍産ヴァンパイアの手先)」とは違う。ねんのためおことわり>

常々、現在の自民党の国策がアメリカの国益に直結しているとの「印象」をもっているあたしは、今回の件によって導かれる結果についてもっとも危険なことを考えている。

コイズミが党を割ってカイカクを旗印に今度の選挙を・・

郵政の悪夢の第2幕がはじまるのではないかという、、、

・・・杞憂だよねぇ(日本人はそこまでバカじゃないでしょ)

相変わらず面白いと言うか

まぁ、政治とお金の問題は常々思っていた事ですが、その一歩奥に突っ込んだ意見で面白かったです。

政治に金が掛かるのは知っているし、その状態で献金がどうのとか裏金がどうのと言うのは、
正直「ばかげているな」と思ってましたけど
(適正である必要はありますが、お金を受け取ると言う行為は変わらない以上、線引きや意識が非常に難しい物です)、
確かに、積極的に「被選挙者」の状況と意見を進んで確認しようとしない、
国民の側に多大な責任がある事は事実ですね。

まぁ、革命を起こした事がない国柄ですから、元々権力の支配者を、
「自分たちが選ぶ」と言う意識が、まだ全然低いのかもしれませんが…。

小沢氏の立場とか以前に、個人的にはこのようなネガティブキャンペーンが、
この時期に起こる事が「馬鹿馬鹿しい」と思っています。
ネガティブキャンペーンって言うのは、いわば「人格攻撃」と同じ類の物です。
まして、政治とお金の問題は、完全に清廉な者など、他者に依存している者(つまり、手を汚した別の人間からお金を何も知らず受け取っている者)でなければ居ないと思っています。
それは愚樵さんの言う「政治にお金が掛かる」構造があるからです。
その様な状態で、このような報道がされ、その事が理由で判断を変えるのは…。
正直現状では「馬鹿馬鹿しい」と思ってしまいます。

政治のアプローチにしろ何にしろ、それが政策や何かの偽りと直結しない物であれば、
ネガキャンって言うのはむしろ使う側の愚かさとか人格の低さしか見出せないと思うんですが…。
でも 多分 日本国民は そうじゃない と思う…。

政治家として、泥酔しようが金を使おうが倫理的に破綻していようが(女性問題)構わないが、
愚かである事と、(完全に社会的に悪い意味の)独裁者である事だけは許されない。(破綻する)
と言うのが個人的立場です。

倫理的に破綻している事で個人が法の制裁を受ける事と、社会の統率者・代表者として五流で、
民衆から支持を得られない事は別の問題だと思っていますからね。

愚樵さん

>例えば私がよく引き合いに出す伊勢崎賢治氏。
>今、護憲派であるという事実よりも、護憲派に転向した経緯です。そういうところに「人間そのもの」が出る。

伊勢崎さんの護憲論は、実は私の改憲論に極めて近いんです。なぜなら「目的は同じだが、アプローチが異なる」からです。
伊勢崎さんは、自衛隊のイラクやアフガンの派遣には反対していますが、巷の反対論については極めて批判的ですよ。「政治と民衆」「価値観」「理想と現実」の狭間で葛藤しながらの「派遣反対・9条護憲」なんですから。それを理解しないで、ただ単に護憲の盟主であるかのように称えるのは、実はこれほど伊勢崎さんに失礼な話はないんです。
世の護憲派も、それをきちんと汲み取ってもらいたいですね。

あと、愚樵さん、小沢代表の秘書逮捕問題は、私が言ったとおりになったでしょ?思い切り自民党の二階俊博大臣にも疑いが出てきていますよね。特捜部がどう動くかはわかりませんが、「自民党による謀略」説を思考することが、いかに拙速なものだったか、私がなぜ警笛を鳴らしたのか、それがおわかりになってくれれば、と思います。

ごんさん

>あたしは小沢一郎のことをごりごりの改憲派だと思っていた。

改憲派には違いないが、小沢さんは、あくまでも「国連中心主義」。といっても、1992年のソマリアPKF参加には反対の立場だし、イラクへの自衛隊派遣も反対。

>コイズミが党を割ってカイカクを旗印に今度の選挙を・・
>郵政の悪夢の第2幕がはじまるのではないかという、、、

まず、郵政民営化がアメリカの要望というのは、半分正解で半分不正解だね。なぜなら、郵政民営化が実現しても、アメリカからすれば、あまりおいしくはない。森永卓郎さんあたりが、わけのわからないことを言っているが、森永さんは、そんなことは百も承知なのに、嘘をついてる。

次に、郵政民営化が必要になった最大の理由は「大きくなりすぎた」から。
郵貯簡保の金融資産は350兆円だが、これは実に日本国民の金融資産の1/4というとんでもない規模であり、宅配事業も市場シェア率が、民間の宅配業者と比較しても圧倒的。三菱東京UFJ、三井住友、みずほ、佐川急便、ヤマト急便、西濃運輸が結託してもかなわないという、とんでもない規模の国営企業だという事実をわきまえれば、日本国民のためにこそ、民営化が必要なのは一目瞭然。はっきり言って、アメリカが要求しようがしまいが関係ない。

最後に、小泉再登板の可能性は「ゼロ」。
そもそも小泉さんの党内基盤自身が、国民の世論であって党内の力学ではないため、あの小泉政権は、実は「一歩間違えれば砂上の楼閣」状態だったわけ。
それに、小泉再登板といっても、右腕だった人たちは、みんないなくなったし、彼らが戻ることはもうないから、再登板したところで何もできない。だから息子に地盤を譲って引退を表明したわけだからね。

こりごり

わくわくさん、
対面でお話しするのは初めてですね。
よろしくおねがいします。

>小沢さんは、あくまでも「国連中心主義」。
>といっても、1992年のソマリアPKF参加には反対の立場だし、
>イラクへの自衛隊派遣も反対。

だから、ごりごりの改憲派なんですよ。アメリカの要求による、でなくて。ごりごりの保守の改憲派。

>民営化が必要なのは一目瞭然。

それならばあれだけの票を「コイズミカイカク」に集めるという「自殺行為」を選択しなくてもよかったでしょうに。医療、教育、福祉。あの選択によって日本国民が失ったもの(そして今後失われていくもの)の大きさははかり知れない。

>最後に、小泉再登板の可能性は「ゼロ」。

安心したよ。気休め程度には。ありがとうね(笑)
その調子で続けてください。

あんなのはもうこりごりなんだ。

あたしゃこりごりの護憲派よん。

ごんさん

>だから、ごりごりの改憲派なんですよ。アメリカの要求による、でなくて。ごりごりの保守の改憲派。

元々、アメリカの要求による改憲派なんてのが少ないけどね。(そもそも自民党自身が、自主憲法制定を党是として1955年に誕生したわけだから。)

>>民営化が必要なのは一目瞭然。
>それならばあれだけの票を「コイズミカイカク」に集めるという「自殺行為」を選択しなくてもよかったでしょうに。医療、教育、福祉。あの選択によって日本国民が失ったもの(そして今後失われていくもの)の大きさははかり知れない。

医療福祉もメスを入れなければならなかったのは事実。
「2200億円の抑制」っていうのは、「本来なら7000億円~1兆円増のところを、5000億円~8500億円増に抑える」という意味であって、社会保障費は「毎年増加」なの。現在、社会保障関連の予算は、国地方合わせて、特別会計も含めて90兆円ぐらいだけど、小泉改革がなければ、50年後には136兆円にもなっていたという、とんでもない状況にあるわけで、だからみんな頭を痛めていたわけ。
教育も、そもそも学生数が減っているのに、予算が増額される方が異常なのであって、「行く意味のない大学や高校」が全廃されれば、仮に私学助成金の予算を現状維持にしても、私学助成は充実して教育費も緩和されるはず。
今の日本国民のほとんどの思考と感情は、強い副作用が出る薬だが、その薬を投与しないと、もはや治療ができないほど病状が悪化しているのに、その薬を投与したら、副作用が出て文句を言っているわけ。「そもそも、お前が自分の不注意でここまで病状が悪化したんじゃないんかい!」という、実に身勝手極まりない思考と感情を国民が抱いてしまっている。
そんな思考や感情じゃ、これだけ景気も悪くなるよ。

>>最後に、小泉再登板の可能性は「ゼロ」。
>安心したよ。気休め程度には。ありがとうね(笑)
>その調子で続けてください。
>あんなのはもうこりごりなんだ。

だったら、あそこまで酷い状態になる前に、消費税を10%以上にして、貯蓄から投資へ頭を切り替え、「正しいことを言っているブサイクを称賛し、誤った思考を抱くハンサムを嫌悪する」ぐらいの良識を持ち、護憲を貫くのであれば「攻撃されたらおとなしく死のう」と思うだけの思想信条と感情感性を抱くべきだったね。
誰がいちばん悪いのか、それは日本国民がいちばん悪い。

あはは

>誰がいちばん悪いのか、それは日本国民がいちばん悪い。

いいぞ!その調子!!!

猫さん

面白がってくれて、嬉しいです。

政治とカネの問題においては私とほとんど同じ立場におられるようで、特に反論も意見もないのですが。

>その様な状態で、このような報道がされ、その事が理由で判断を変えるのは…。
>正直現状で色付きの文字は「馬鹿馬鹿しい」と思ってしまいます。

私は「馬鹿馬鹿しい」を通り越して「苛立たしい」。戦後は政治の強力なリーダーシップがなくても何とかなった「平和」(←カッコ付き)な時代でしたが、これからはそうもいかないというのに...。まあ、日本国民も遅かれ気がついて対応を始めるでしょうが、このままでは「うしなわれた10年」どころではないぞ、と。

自民党謀略説?

わくわくさん

私、自民党の謀略だって言いましたっけ? 謀略があると思っていないわけではないけど、その主犯は自民党だとは思っていません。もし、そのような表現があったら訂正します。

この手の話は疑いだしたらキリがないと承知の上で

>思い切り自民党の二階俊博大臣にも疑いが出てきていますよね。

この話が例の政府高官のオフレコ発言なしで出てきたのなら、検察に対する疑念は薄れたのですけどね。その話の後だと、かえって疑念が強くなってしまう。私の正確ですかね?

余談ですが、二階俊博は私の選挙区。なので、疑惑大歓迎なんですが(笑)

>ただ単に護憲の盟主であるかのように称えるのは、実はこれほど伊勢崎さんに失礼な話はないんです。

まったくです。こういう点ではわくわくさんと意見の一致はみるんだけどなぁ(笑)

池田信夫ブログ

『迂回献金と「逆国策捜査」』
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/15735088c0402e66c3de29421016e7ff

「だから民主党が闘うなら「小沢代表が迂回献金をやったことは事実だが、同じことは自民党の**もやっている」という事実を発掘し、迂回献金問題を徹底的に追及する「自爆テロ」を決行することだ。自民党議員を100人ぐらい巻き添えにして小沢氏が議員辞職すれば、彼の功績は歴史に残るだろう。世界の裏も表も知り尽くしている小沢氏なら、できるはずだ。」

このことを小沢一郎は、検察が起訴した時点で決行しようとしているのかも。ただし、

「小沢代表が迂回献金をやったことは犯罪と認定するなら、同じことは自民党の**もやっている」

だが。

皮肉な話だが、自殺テロで最も困るのは、「守るべきもの」を抱えている者。この場合、「守るべきもの」とは「利権構造」に他ならないから、仮に当エントリーで示した小沢一郎の「利権構造」への接し方が本当なら、「自爆テロ」の動機も十分。

ただ現時点では「自爆テロ」含みの両面作戦と見るのが妥当かも。珍しく小沢がメディアに露出するのは、「覚悟」を自民に伝えるためとも考えられる。ここのところは余裕すら伺わせるが、その態度からも推測できなくはない。

自民が小沢の「覚悟」に怯めば、「逆国策捜査」が行われる。そうなると検察は身動きを取れなくなって、小沢との闘争に負ける。すると、今度は小沢が対世論では有利になって、自民党は小沢に負ける。

「自爆テロ」を決行するならするで、民主党には「利権構造」から遠い存在もいる。そうした者たちの「動き」も出てきているみたいだし。

・・・と以上はもちろん憶測だが、さらに憶測を重ねると負けそうな側に姑息な手であればないわけではない。

その兆候は、たとえばここ。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2009030402000054.html

「西松建設の捜査では先月二十四日夕、長野県の村井仁知事の衆院議員時代の公設秘書だった県総務部参事の右近謙一さん(59)が聴取を受けた後に自殺していた。憔悴(しょうすい)していた大久保容疑者も自殺の恐れが出てきたために逮捕する方針が二日夜に固まったという。」

今、彼がいなくなったら、「自殺」の動機を犯罪意識だと宣伝した上で、真相は闇に葬ることが出来る。葬るなら本丸は小沢一郎その人だろうけど、「動機」を演出するのが難しい...なんてね(笑)

憶測を重ねるのは面白いけど、もしそれが事実になったらと思うと面白くない。またこれはあるいは不謹慎な憶測かもしれないが、私が不謹慎だと批判されることなど、べつにどうってことない。面白くないことと比べれば。

ごんさん

>>誰がいちばん悪いのか、それは日本国民がいちばん悪い。
>いいぞ!その調子!!!

こういうおちょくり方しかできない日本国民に、基本的人権は「豚に真珠」です。


愚樵さん

>私、自民党の謀略だって言いましたっけ? 謀略があると思っていないわけではないけど、その主犯は自民党だとは思っていません。もし、そのような表現があったら訂正します。

違う人だったかな?なんか陰謀だの謀略だの、変な言葉が並んだので勘違いしたかもですね。すみません。

>>思い切り自民党の二階俊博大臣にも疑いが出てきていますよね。
>この話が例の政府高官のオフレコ発言なしで出てきたのなら、検察に対する疑念は薄れたのですけどね。その話の後だと、かえって疑念が強くなってしまう。私の正確ですかね?

「正確」ではなく「性格」だと理解してお話すれば、政府高官のオフレコ話は、駆け引きの世界だということを踏まえないといけない。慎重に対処しないといけないものについては、水面下の綱引きがよく行われるわけで、そこは感情も思考も慎重になっていただきたいと思います。


scottiさん

>私も、私がどんな評価を受けようとも、まったくかまいません。それよりは、出来る限り自分で調べ、過去の経験から、この先こんな危険が待っていると警告できれば、本望と思っています。
>庶民である私が証拠など持っているはずもありませんが、推測は自由にしてもいいと思っている。

それだと、単にscottiさんが狼少年になるだけです。

愉快愉快

>日本国民に、基本的人権は「豚に真珠」です。

いよ!日本一!!!

ただの荒らしだったか

>>日本国民に、基本的人権は「豚に真珠」です。

>いよ!日本一!!!

呆れた。今後は人格を認めないので、そのつもりで。

あははは、面白~い

>今後は人格を認めないので、そのつもりで。

アッパレ!あんたが大将!!!

ってのもまあ、飽きたし、

わくわくさん、

日本国民が「一番悪い」とか
日本国民を「豚」にたとえたりするお人に
そうだよね、とか、いやそれはちがう、とか
よう言わんて

>「攻撃されたらおとなしく死のう」と思うだけの思想信条と感情感性を抱くべきだった

>日本国民に、基本的人権は「豚に真珠」です。

>今後は人格を認めないので、そのつもりで。

つくづく面白いお人だね。

なんというか…。

>>わくわくさん
消費税の増税が必要であろうことは認めます。
医療費や学費についても問題があるのも確かでしょう。
でも、貴方のその意見を見ていると、ある前提があるように見えてしまうのですが…。
「他のシステムや利権の抜本的改革をしないで」と言う事。
食料自給率、カロリー計算で40%で…。
本当に国として隔てられた範囲で生きていけるのか…。
食糧危機が叫ばれているのに…。
普通に考えれば、他国が一部の富裕層が労働層を搾取的に扱わなかった場合、
最も重要な資源が水と食料なのはちょっと考えれば明らかです。
重要で貴重な資源が不足した時にどうなるかなんて、正直、
貿易の論理で言えば火を見るより明らかです。

医療費や学費、それに伴う問題にしても、「利権の廃止」を訴えるだけでは駄目です。
贅沢の境は難しい所ですが、利権を受けている…職についている人々もまた1人の生活者だからです。
消費税の増大、結構です。それを行うには「消費税の増大」が、
「更なる格差と生活困窮」を招かないシステムである必要があります。
各国の他の税制やシステムを確認はしたでしょうか?
ただ、「消費税が多い」だけではないのです。
高消費税の欧州各国は、企業や富裕層へは日本以上の重税を科していたり、
福祉にしても切捨てではなく、保護を基本としていたり、
労働環境について、「職を持つ」事が、しっかり保護されている国の方が多いのです。
一面だけで語れる物ではありません。

<貯蓄から投資へ頭を切り替え
欧州は投資なんて言う「実質生産性」のない物より「消費」をちゃんとしてますよ。
過剰な投資がバブルを生み、それが割れて不景気となった事は理解しておられますか?
「経済的」な無限の発展が必要とされるという現状のシステムの方が問題だとは思いませんか?
景気が良ければ良いほど、不景気には景気が悪くなると言うのは、
高校レベルの経済の常識です。
しかし、「ずっと」ある程度インフレ(経済成長)し続けなければいけない、
その状態は、むしろ「異常」ではないでしょうか?
消費も生産も拡大され続けられなければいけない…。
実質的な科学技術の向上などを考慮せずに…あくまで「お金」と言う媒体だけで…。
これは異常ではないでしょうか?お金はあくまで「取引通貨」なのです。
実際に「お金自体」が必要とされているわけではないのです。

環境問題だってそうです。「消費なくして生産なし」「消費なくして収入なし」と言う状況で、
既に生産レベルは、何も考えない「生存」と言う点だけで見れば
「過剰」な程のレベルになっているのです。
過剰ではなくても、過剰過ぎるほどに過剰に生産しなければ生きて生けない人々も居ます。
生産性の向上とコストダウンと言う名の下に人の切り捨てが行われています。
切り捨てられた人々は「消費されない労働力」として、収入を得られない。
収入を得られない人は…「経済」と言うシステムに適応できない人々として生活の破綻を余儀なくされる…。

これは「お金」を「力」とした「弱肉強食」に過ぎません。
角で押し合う力が、殴る力が、牙を突き立てる力が、
爪で切り裂く力が、槍で突き刺す力が、「財力」に変わっただけにすぎません。
それは「社会」として「安定した望ましい社会」と言えるのかと言うと…。
それならば集落を作って、集落の中で自給自足を行い、自給自足を仕切れなくなった時に、
「槍で突き刺し」「剣で斬り裂き」「弓で射殺す」方が、
余程「公平で現実味のある」生活だと、私は思います。

まぁ、法律を基礎とした「所有」もある程度はその面はありますけどね…。
(ある集落がある程度大きくなって来た為、ルールを決めて、
 共同生活をする為に、酋長を決める事となりました。
 ある年寄りは言いました。
 「年寄りには長く生きてきた経験がある。
  年老いた人間が酋長となるべきだ。」
 ある腕っ節の強い青年が言いました。
 「あんたみたいなじじいじゃすぐくたばっちまうし、荒くれ者が言う事をきかないだろう。
  ルールを守らせる為の力が必要だ。
  だから一番強い奴が酋長になるべきだ」
 ある知識人が言いました
 「貴方みたいな野蛮人が酋長では外敵と環境の変化に対応出来ません。
  最も知識のある者が酋長となるべきです。」
 ある若く精悍で知的な青年が言いました。
 「その全てをもっともバランスよく所持する人間が酋長となるべきだ」
 ある平凡な少年は言いました。
 「経験も知識も力も必要だと思う。
  けど、どれも半端では足りない。
  人間一人の出来る事なんてたかが知れてるのだから、
  協力して話合うべきだと思う。」
  …男性だらけの中に女性を入れようとすると。
  魅了とかの分野になるので女性は省きました。

  ルールはどれだけ広く通用するルールでも、
  「共同幻想」「共認」でしかないのです。
  「定理」ではなく「定義」でしかないのですから。
  「固有の領土なんて昔からない」とある右寄りサイトで言ってましたけど、
  「事実」はそちらです。
  それでも国際社会のルールに沿って某島が自国領土だ。と言う主張でしたけど。
  まぁ、「共同幻想」でしかないから、否定するのは可能ですけどね。
  別に「正しい」訳ではないですし…。
  社会からは潰されるでしょうが…。共有されない認識と幻想は…。
  正義と正義の殺し合いですね。) 

>>愚樵さん
まぁ、私は小沢さん自身を信じるかはまた別の問題ですけどね…。
愚樵さん以上に保守派ですから…。
苛立ちまでは…もう諦めてる部分もありますし、
まぁ、その緩い愚かさも含めて人間だよねと言う感じなので。
元々他人の「意見」「行動」を批判する人はまだしも、「人格攻撃」をして喜んでる人は、
なんか抵抗感を感じる人間なので…。
ネガキャンで判断を変えようと言う事への嫌悪感が先に立ってるかもしれません。
意見がどれだけ真っ当でも、なんか嫌悪感が先に立つ…。

馬鹿猿麻生!馬鹿猿麻生!KY!KY!みたいにわざわざ主張されてもねぇ…。
私も麻生は嫌いですが、同類の匂いしかしないというか…。

ごんへ

「さん」づけは今後しない。
理由はわかってるよな?

>日本国民が「一番悪い」とか

国会議員を選ぶのは有権者だ。

>日本国民を「豚」にたとえたりするお人に

「豚に真珠」という諺を使っているんだが、まさか、それが理解できていないという嘘をつくつもりでもあるまい。

>そうだよね、とか、いやそれはちがう、とか
>よう言わんて

「正しいものは正しい」「言ってることは正しいが、あいつが言うのは気に食わない」という思考や感情を抱いたり、それを容認する人が、基本的人権のような崇高なものを持つ権利も資格もない。

猫さん

>「他のシステムや利権の抜本的改革をしないで」と言う事。

そんなことは言っていませんが。
システムの抜本的改革や利権構造の廃絶と、税制とは、そもそも別の話です。ただし、モチベーションという意味で、税制改革の前に、システム改革や利権構造の廃絶をしないといけないのならば、それはわかります。

>「消費税の増大」が、「更なる格差と生活困窮」を招かないシステムである必要があります。

私は、「更なる格差と生活困窮を招いてもいい」とは述べていません。

>各国の他の税制やシステムを確認はしたでしょうか?
>ただ、「消費税が多い」だけではないのです。
>高消費税の欧州各国は、企業や富裕層へは日本以上の重税を科していたり、福祉にしても切捨てではなく、保護を基本としていたり、労働環境について、「職を持つ」事が、しっかり保護されている国の方が多いのです。
>一面だけで語れる物ではありません。

その程度のことは、あなたのご指摘を受けずとも、私はすでに承知しています。

>>貯蓄から投資へ頭を切り替え
>欧州は投資なんて言う「実質生産性」のない物より「消費」をちゃんとしてますよ。

話をすり替えて批判しないでください。従って、発言の撤回を要求します。
私は「貯蓄から投資へ頭を切り替え」と言いました。「消費から投資へ」とか「消費から貯蓄へ」とは述べていません。わかりますか?私は「ストックの在り方」を述べているのであって、消費には触れていないのです。

>過剰な投資がバブルを生み、それが割れて不景気となった事は理解しておられますか?

そんなことを言われる必要はありません。なぜなら、私はそれを十分に理解しているからです。

>「経済的」な無限の発展が必要とされるという現状のシステムの方が問題だとは思いませんか?

「経済的な無限の発展」なんて、私は特に必要ないと思っています。人々が生きていくのに困らない社会であれば、経済大国である必要もないとも思いますし。
私が問題視しているのは、「小泉構造改革を批判している人の中で、自分たちの原因を棚上げにする卑劣なバカどもの、バカな思想と感情」です。
私は「バカ」と言い切ります。あまりにも思考や感情が酷すぎて、それ以外に適切な日本語がないからです。
もし、私の言葉づかいに反発したいのであれば、私の論を完全否定しても、ちゃんと社会が健全に動くことを、今、懸念されていることを、全部払拭「してから」にしてもらいたいものです。

あとの猫さんが提示された話は、猫さんご自身が肝に銘じるべき話であって、私に対して言う話ではありません。
社会保障は、高齢者が増えたり、乳幼児が増えれば、「量」が増えるのですから、それだけコストはかかることになります。それ自体を批判しているのではない。ただ、コストが増えれば、当然「どうやって賄うのか」という話になる。50年後に136兆円なんて大金をどうやって賄うのか、確保することができるのか、そもそも現状に無駄がないのか、それを精査して「できるだけ負担は軽く、でも手厚い措置を講じよう」ということで話しているのです。
小泉構造改革は、確かに「劇薬」です。その副作用で、派遣切りやその他の問題が起こっている。でも、その「劇薬」を投与しなければならないほど、事態は深刻だったわけです。
そして、その深刻な事態を招いた最大の責任は国民にある。

政権与党を批判するのはいいですよ。でも、与党を与党たらしめるのは「議席」です。では、その「議席」の源泉となる国会議員の選挙の選挙人は、いったいどこの誰なんですか?

派遣切りや下請けいじめを批判するのはいいですよ。でも、消費者は「高くて質が悪いもの」を選択してくれるんですか?どんなに「支出」をカットしても、売上がなければ「収入」はないのですから、「ない袖は振れぬ」、つまり、給料を払うことはできないんですよ?

配当を批判するのはいいですよ。でも、株主は、無配当でも株を保有してくれるのですか?会社が倒産したときに運命を共にしてくれるのですか?「少しでも被害を防ごうと思わない。だから、株を手放すなんてことをしない」、というのであれば、いいですよ。でも、そんなことはないわけですよね?

経営者の報酬を批判するのはいいですよ。じゃ、聞きたい。経営者の報酬を減額するのであれば、経営責任はその分免除されるんですよね?まさか、報酬は従業員並みにしておいて、責任だけ背負えというのではないんでしょうね?

すごく挑発的なコメントが並びましたが、そういうことなんですよ、私の論を批判したり嫌悪するというのは。
あまりにも一方的すぎるんです、この国の人たちは。

話はずれますが、死刑廃止論だって同じです。
死刑廃止を唱えるのはいい。じゃ、死刑を望む被害者遺族にどうアプローチするのか、という課題を突きつけられたら、「被害者遺族を金科玉条にしている」「死刑を望まない被害者遺族もいる」などと、『逃げ』ている。「それに応えうるものはないが、被害者遺族に恨まれてでも、私はカクガクシカジカの理由で死刑は廃止すべきだと主張する」というのであればいいですよ?でも、そんなことを言う人はほとんどいませんよね。
菊田幸一教授が本村洋さんに対して暴言を吐きましたが、私は菊田さんに批判的ですが、見解の相違はともかく、菊田さんは立派だったと思いますよ。本村さんや世論を敵に回す覚悟があるんですから。その覚悟がないのに、主張だけして逃げようとする人こそ、私に言わせれば「卑怯卑劣」です。
そういうことです。

わくわく44さんへ

>>日本国民が「一番悪い」とか

>国会議員を選ぶのは有権者だ。

わくわくさんは違うと思うけど、国権側がそれ(=有権者の責任)を言うのは究極の責任転嫁だよね。文脈の問題。現在の状況で誰が悪いかってのは、司法と行政(あたしは立法府、国会は辛うじてその節を保ってると思っている。もちろん選挙があるおかげで)。でも、国会議員を選ぶのは有権者。そうだね。反省しなきゃ。わたしたち。

>基本的人権のような崇高なものを持つ権利も資格もない。

基本的人権というのは「崇高な」なんて形容されるものではないんだよ。今の日本ではいささかぜいたくなものになってしまったようだけどね。(一定レベルの経済的基盤がないと剥奪されるものになってしまった。日本国籍も法的に資格化させようという動きも出てきているし。これも本来はそうではないはずだよね)とにかく、基本的人権に「利」や「格」といった言い回しは不似合いだよ。権利だとか資格だとか。概念自体を読み違えてる。

わくわくさん、

あなたは、日頃多くのことについて思いをいたし、並々ならぬ知識量をお持ちのようだ。でも、そんなあなたが、

平和な日常を生きて、学校に行ったり、子育てをしたり、親の介護をしたり、朝から日暮れまでとっぷりと働いたり、そんなこんなで政治のことに気を回す余裕があまりない。しかし、税金はきちんと納めている。そういうふうに生活している人々を「一番悪い」と仰る。「嘘つきだ」と。「権利も資格もない」と。

もったいないなあ、と思う。「猫に小判」とまでは言わないけど。今のままじゃ、行政府の言い訳(それも進退窮まったときのやぶれかぶれの)にしか聞こえないようなあなたのその答弁が、もう少し、人の心に寄り添うような形でなされるようになれば、みなさん好きになると思うんだけどね。

今のままじゃ壁の一部だよ。利権や資格(既得権益)を守るために反論を排除するのに汲々としている。そんなふうにしか見えない。

もったいないよ。

なんか微妙認識がずれてるので

<利権廃絶とシステムの抜本的改革?
私は利権を「廃止せよ」とは言っていませんよ?
勘違いしてらっしゃるようですが、例えば、ある生き残る必要のない大学の教師陣が、
ある大学が潰れる事でどうなるかは容易に想像出来ますよね?
ここで不必要な権威に居る人は「利権」を得ています。
私の意見はそれを否定していますか?「彼らも一人の生活者なのだから、生活の保証がされない状態で利権の廃止を詠っても仕方がない」と言っているはずです。
生産活動に対して柔軟性を持たせるのであれば、利権を持たなくて済む環境が必要だといっています。

<小泉のやり方を批判する人々
やり方が間違ってる事と自分が投票した事は別問題です。
投票をした責任は国民にありますが、誤った政策を取った責任はその政治家の物です。
愚痴を言っても始まらないし、責任を誰かになすっても何も変わらないのは事実ですけどね。
また、印象操作を行った人間が、印象操作に動かされた人間に言う言葉としても不適切です。
「(操られるとは)愚かですね」とは思いますけどね。

<経営者の報酬批判
何時したか教えて下さい。
まぁ、でも、その理論で逆に聞けば、年収2億とか貰ってる輩が世界情勢と合わさったとは言え、
経営や企業の社会的責任として問題が起こったら、それだけの責任負わせてもいいですよね?
1人500万の収入として人40人分…過失致死だとしても一生刑務所行き?
個人的には大企業の役員は利権過剰だと思いますけどね。
利権も責任ももっと軽くていいと思いますよ。
法的犯罪を犯したわけじゃないですし。
「経営者も一人の生活者」ですからね。
生活の為に必死なら経営が苦しくなれば違法行為にも手を出すでしょうから。(苦笑)

<株の配当
そもそも株式のシステムの役割と本質論からでは?
配当自体は否定はしません。確かに買ってもらうのにそ
の必要があるでしょうから。
既に株式証券は「株を持たせる」事と「株で儲ける事」が目的化してる、
生産不在の市場だと思いますけど?
(株って言うのは、資金を受け取って「事業」を始める為の物じゃないんでしょうか?)

<消費問題
私はそもそも価格競争が既に過剰だと思っています。
ある種のカルテルも必要なのだろうなと言う認識です。
ある物は生産性に見合わない収入しか得られなかったりしますしね。
私は市場至上主義ではありませんので。

<死刑廃止論
一番近いのはフランスの死刑廃止論の意見ですね。
「神の裁き」ならぬ「人の裁き」ですから、色々細心の注意を払う必要性がありますからね。

ごんさん

おふざけが過ぎたコメントがなくなったので、再び「さん」づけします。

>わくわくさんは違うと思うけど、国権側がそれ(=有権者の責任)を言うのは究極の責任転嫁だよね。

私は国家権力の側じゃありません。有権者の1人として、有権者自身(自分自身を含む)の心がけを話しているだけです。
それは責任転嫁でも何でもありませんが。

>基本的人権というのは「崇高な」なんて形容されるものではないんだよ。
>今の日本ではいささかぜいたくなものになってしまったようだけどね。(一定レベルの経済的基盤がないと剥奪されるものになってしまった。日本国籍も法的に資格化させようという動きも出てきているし。これも本来はそうではないはずだよね)

基本的人権が剥奪されるのは、「自業自得」。これしか正解はない。「権利と身勝手」「自由と無責任」を思い違いするような人に「人権」などという崇高なものを与えるのは間違いである。なぜなら、「自由を獲得するために命を賭けた人たち」に対する侮辱でしかないからだ。

>とにかく、基本的人権に「利」や「格」といった言い回しは不似合いだよ。権利だとか資格だとか。概念自体を読み違えてる。

そういう理解しかできないから、「豚に真珠」なの。
私が、もし、フランス革命やピューリタン革命などで命を落とした人ならば、今の日本国民を見て思うのはただひとつ。「私は、こんなバカのために命を落としたのか」という、悔しさ。それだけ。

>もったいないなあ、と思う。「猫に小判」とまでは言わないけど。今のままじゃ、行政府の言い訳(それも進退窮まったときのやぶれかぶれの)にしか聞こえないようなあなたのその答弁が、もう少し、人の心に寄り添うような形でなされるようになれば、みなさん好きになると思うんだけどね。

そんなくだらない条件がつかないと、みんなが好きにならないし好きになれない、というレベルだから、「日本人に基本的人権」は「豚に真珠」と、客観的にみて、それしか正解がない状態なのだ。
もっとも、私に対する批判や嫌悪が肯定されるという、極めてレベルの低い日本人のメンタリティをみたとき、民主主義じゃなくて、封建社会の方が適切な状態であるのだが、これを肯定する要素はあっても、否定する要素は存在しないからね。

猫さん

>私は利権を「廃止せよ」とは言っていませんよ?

『でも、貴方のその意見を見ていると、ある前提があるように見えてしまうのですが…。』とあなたが話したので、私は『利権廃絶とシステムの抜本的改革』に言及したのです。つまり、猫さんの私の発言に対するが間違いだ、ということを述べたわけです。それ以上の意味はありません。

>やり方が間違ってる事と自分が投票した事は別問題です。
>投票をした責任は国民にありますが、誤った政策を取った責任はその政治家の物です。

いえ、小泉構造改革に関しては、第一義的に国民にこそ最大の責任があります。これは何人も否定しえない、客観的事実です。もし、これが誤りだと思考するならば、もはや、日本で行われているのは、「民主主義」ではなく「衆愚政治」である、というだけの話です。
2005年の総選挙、当初は自民党に不利だったということを、もうお忘れですか?
国民が政府のプライオリティで求めているものの中で、はっきり言ってぜんぜん重要でもなんでもないことを、前面に押し立てるのみならず、シングルイシューで問うてしまった。こんなの、本来なら「自爆行為」以外のなにものでもない。
ところが、自民単独でも300議席近くの議席を獲得し、連立政権では2/3を超えてしまった。得票率と議席との乖離はあれど、それでも自民がトップの得票率である。
2001年の参院選のような、まだ小泉構造改革も始動したかどうかっていう時期ならばともかく、もう4年も経過したのに、国民の感情は9.11ですからね。
全責任は国民が負うべきであるというのは、もはや覆すことができない歴史的事実であり、これに否定どころか疑念を抱く人が0.1%でもいる時点で、もはや日本は民主主義を廃止しないといけません。

あとの話は、猫さんが発言した内容ではありませんが、日本人のメンタリティの自己中心的かつ理性の欠如を示したものです。
「言ってることは正しいが、あいつには言われたくない」とか「言ってることは間違いだが、あいつなら許す」とか、そんなレベルの低いメンタリティを持つ人がいる時点で、法治国家も廃止すべきです。

これを批判するようならば、日本人に最もふさわしい政治体制は、GHQ支配下の、GHQが超憲法的権力を有する状態ですね。
私はもちろんGHQの権力者の1人として入ることは、絶対かつ最低の条件ですが。

んー、こちらもずれてましたが、そちらもずれてますね…

<利権の件について
確かに元は構造改革については考えていると言う反論でしたね。すいません。

>やり方が間違ってる事と自分が投票した事は別問題です。
>投票をした責任は国民にありますが、誤った政策を取った責任はその政治家の物です。
「自民党に投票した愚か者」である事と、「自民党が失策を進めた」事が別だと言っているだけです。
ついでに、責任と言うのは今回のような事件の場合、社会的に誰が取るか等と言うのは全く別次元の話。
「必然的に全員に降りかかる事」ですからね。
失策を選ばないからと内閣を引き摺り下ろそうとした訳でもないですしね。
「愚かである」事と「社会的責任がある」事もまた多少意味が違います。
それは「騙された奴が悪い」と言う理屈と同じですからね。
「愚かな集団に民主主義政治は無理」である事は同意しますけどね。
誰が悪いかと言えば、ナチスの時代も今も「選んだ国民の選択」には非があります。
しかし、それが理由で最終的な決定者の責任がないのかどうかと言えば、
「それだけ弱い立場」でなくては「決定者」の責任がないとは言えません。

しかし、決定者の責任と、民衆が他人のせいにするだけで、
自分には責任がないと言うだけである事の正当性もまた別の問題です。

ヒトラーを永久的にではなくとも、選んだ事は当時のドイツ国民の間違いであり、責任です。
しかし、ヒトラーの政策の一つ一つは国民の支持を得た物も多かったでしょうが、
強制された物ではありません。ヒトラーの責任です。

その上で、出来る事は、第二・第三のヒトラーを生まない事だけです。
…ついでに言いますが、報酬と責任論を掲げるなら、国会議員の収入・報酬・地位・権力の問題も考えましょう。
責任をとる気がないなら報酬や権力はそこらのサラリーマンと同じにしなさい。
その上でなら責任と報酬論の上で「私に(1国民以上の)責任を求めるな」と言う事が許されます。

愚衆政治である事は否定しませんけどね…。
「騙される奴・乗せられる奴が悪い」と言うのは法治国家としても不適切ですよ。
「騙される奴の愚かさに問題はある。しかし、騙す奴は道徳的に問題がある。」が最低限のラインです。
そうでなければ詐欺師は捕まえられませんからね。
「選んだ奴の愚かさは問題。しかし、選ばれた人間が愚かなのはまた別の問題。」です。
大体、本当に賢い人間と言うのはどう言う人間だと言われているのか考えてみましょう。
「難しい事を平易に説明できる」ですよ。それぞれにそれぞれの責任があるのです。
それによって選択した「自分たち」の責任が全てなくなる訳ではないですけどね。

資格と権利

わくわく44さま、

>有権者の1人として、有権者自身(自分自身を含む)の心がけを話しているだけです。

「現行政府の専横はわたしたち有権者の責任だ」ということですね。承りました。

>フランス革命やピューリタン革命などで命を落とした人ならば、今の日本国民を見て思うのはただひとつ。「私は、こんなバカのために命を落としたのか」という、悔しさ。それだけ。

承知いたしました。あなたは日本国民の現況をお嘆きになるわけですね。「崇高なる人権」を勝ち取った「革命の徒」に自らの思いを託して。わくわくさまの悔しいお気持ち、そのお気持ちは本物なのでしょう。こんなあたしでも、受け取れますよ。いくばくかは。

でも、あたしがお話ししているのは、先にも申し上げましたとおり、そのような高尚なお話しではないのです。そんな何処にいるのかわからない「市民の権利」など、わたしは求めていません。わたしは「基本的人権」の話しをしているのですよ。日本国憲法に記されている。これのこと。

『われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する』

わたしの「基本的人権」とは、ここで「確認」された、「平和のうちに生存する権利」のことです。だから、わたしが申し上げているのは『フランス革命』や『ピューリタン革命』といった、そんな神話のような「崇高なお話し」のことではなくて、繰り返しになりますが、日本の「基本的人権」(途中で「人権」というふうにぶち切らないでください。あくまでも「基本的人権」です)のことです。あの人類史上最悪の、世界最大の愚行、わたしたちの記憶から幾ら拭っても拭い去れない、血塗られた戦争の、その厖大な血をもってあがなわれたものです。そこで流された血は何も唯、「革命の徒」だけのものではなかったはずです。

わくわく44さま、

あらためてお尋ねいたします。

今現在、もっとも責められるべきは、日本の行政府ですか。それとも、選挙民一般ですか。

今現在、基本的人権を「真珠」とたとえた場合における
「豚に真珠」の「豚」に擬せられるのは、

今現在、政を行う資格を剥奪されてしかるべきは、
今現在、法を司り、人を裁く資格を剥奪されてしかるべきは、
今現在、政治を語る資格を問われねばならないのは、

われわれ主権者に今、その責を咎められてしかるべきは

どちらですか。

言い忘れ(笑)

上に追加で、、、

今現在、世界中から「嘘つき」の誹りをうけてしかるべきは

日本ですか、それとも日本国の行政府ですか。

・・・いつも肝心なことを忘れちゃうのよ。

猫さん

>「自民党に投票した愚か者」である事と、「自民党が失策を進めた」事が別だと言っているだけです。

2001年の参院選の時点であれば、それは正解です。
しかし、2005年の総選挙の結果、そう言う資格を日本国民は喪失しています。4年間の小泉政治の結果を見て、国民はあんな投票行動をとったわけです。つまり「小泉政治を認めた=小泉内閣、自民党、公明党が進める政策を容認した」のですから、国民自身が推進したのと同じです。

>ついでに、責任と言うのは今回のような事件の場合、社会的に誰が取るか等と言うのは全く別次元の話。
>「愚かである」事と「社会的責任がある」事もまた多少意味が違います。
>それは「騙された奴が悪い」と言う理屈と同じですからね。

その思考と感情が肯定される唯一のケースは、「主権在民の放棄」です。つまり、その思考を持った時点で、猫さんは「日本は国民主権にすべきではない」と思考したのです。猫さんが実際にどう考えたかは、関係ありません。社会的には、そう思考したということになります。

>ついでに言いますが、報酬と責任論を掲げるなら、国会議員の収入・報酬・地位・権力の問題も考えましょう。
>責任をとる気がないなら報酬や権力はそこらのサラリーマンと同じにしなさい。
>その上でなら責任と報酬論の上で「私に(1国民以上の)責任を求めるな」と言う事が許されます。

理論的には正解ですが、そんなことを要求する資格も権利も、今の日本国民にはありませんね。
この発言に嫌悪するならば、まともな投票行動をとれ、ということです。主権在民である以上、最初に国民が実施して、はじめて為政者にそれを要求することができます。自分たちがまずやらないで、相手に要求することほど無責任な思考と感情はありません。

>「騙される奴・乗せられる奴が悪い」と言うのは法治国家としても不適切ですよ。
>「騙される奴の愚かさに問題はある。しかし、騙す奴は道徳的に問題がある。」が最低限のラインです。
>そうでなければ詐欺師は捕まえられませんからね。

基本的に「詐欺」は犯罪ではありません。契約が無効になるとか、損失補填の必要が生じるなど、民事的な責任は発生しますが、刑事的な責任は、原則「ない」のです。
誤解をしてもらいたくないのですが、これは、「法律論」ではありません。あくまでも「詐欺とは何ぞや」という「論理」の話です。このロジックを、考えてみてください。
そうすれば、主権在民を保持するために必要な「国民側が抱くべき感情と思考」が明白になります。
しかし、これは、バカな日本国民は肯定しません。だから衆愚政治がはびこるわけですが。

もっとも、私から上から目線で接しられて嫌悪をする愚か者が0.1%でも発生する時点で、日本は衆愚政治から脱却する可能性がゼロですけど。

ごんさん

>でも、あたしがお話ししているのは、先にも申し上げましたとおり、そのような高尚なお話しではないのです。そんな何処にいるのかわからない「市民の権利」など、わたしは求めていません。わたしは「基本的人権」の話しをしているのですよ。日本国憲法に記されている。これのこと。

残念ながら、あなたが話している「基本的人権」とは、あなたが「市民の権利」だと思考した私の発言の数々そのものです。

>わたしの「基本的人権」とは、ここで「確認」された、「平和のうちに生存する権利」のことです。だから、わたしが申し上げているのは『フランス革命』や『ピューリタン革命』といった、そんな神話のような「崇高なお話し」のことではなくて、
>そこで流された血は何も唯、「革命の徒」だけのものではなかったはずです。



完全に不正解。
あなたが言う「基本的人権」とは、『「フランス革命」や「ピューリタン革命」などで、「革命の徒」が血を流してまで獲得した「崇高なもの」』です。
その「崇高なもの」を、日本は1947年5月3日に憲法で「保障する」と定めたのです。

>あの人類史上最悪の、世界最大の愚行、わたしたちの記憶から幾ら拭っても拭い去れない、血塗られた戦争の、その厖大な血をもってあがなわれたものです。

話が脱線しますが、あの戦争が「人類史上最悪の、世界最大の愚行」と思考する時点で、あなたは国際政治を論じる資格はありません。そんな愚か極まりない感情を抱くぐらいなら、「大東亜戦争肯定論」の方が幾分かマシです。

と、こう言えば、戦争を肯定すると思考するバカがいますが、戦争に肯定も否定も、最悪も最善もない。「戦場の悲惨さ」だけで感情的に話すことほど、戦争への理解から最も逃避する方法はありません。
戦争で最も考えるべきことは、戦争突入以後ではなく、戦争突入までの経緯です。そして「いったんは戦争を肯定する」感情と思考を抱く必要があります。その上で戦争を否定し、二度と戦争を起こさないためにどうするべきか、を思考するのが、本当の反戦です。
もっとも、今の日本国民のほとんどは、学者も含めて「弱い者いじめと同じ感覚での反戦」という、「まだGHQに支配された方がいいな」という思考と感情しか抱けていませんが。

>今現在、もっとも責められるべきは、日本の行政府ですか。それとも、選挙民一般ですか。

日本は主権在民の国です。それが答えです。

感情

「人類史上最悪の、世界最大の愚行」は形容ですよ。
わたしの頭ではそれ以外の形容を思いつかなかっただけです。

>愚か極まりない感情

そのことがこういうふうに形容されるとしたら、
あたしはその愚かさをもって自らを恃むだけのことです。
たとえその対極に位置するものが何だろうと、
そんな邪悪なものをありがたいとは思いません。

いらぬ賢しさは捨てるだけのことです。

自らの心に正直に生きるだけです。

ねえ、みなさん。

ダメだ、こりゃ。

>いらぬ賢しさは捨てるだけのことです。

そう思う人ほど「必要な賢さ」を捨てているのが実態だが。

>自らの心に正直に生きるだけです。

それを要求するというのは、人権侵害を容認することを意味するのだが、まぁ、これも認識できてないだろうね。

やはり、日本人に基本的人権は高価すぎる。

誰がために鐘は

・日本国憲法の「基本的人権」は、

  ヨーロッパの市民革命によって「勝ち取られた」ものですか

   それとも

  第2次世界大戦によって流された
  大量の血の反省の下に
  「確認された」ものですか



・今現在の日本の社会システムの混迷と行政執行の為体は、

  現行政府がまともに仕事をしてこなかったことによるものですか

   それとも

  平和な日常を生きて、学校に行ったり、子育てをしたり、
  親の介護をしたり、朝から日暮れまでとっぷりと働いたり、
  そんなこんなで政治のことに気を回す余裕があまりない。
  しかし、税金はきちんと納めている。
  そういうふうに生活している人々によるものですか



・今現在、世界中から「嘘つき」の誹りをうけてしかるべきは、

  「日本」ですか、「日本人」ですか

   それとも

  「日本国の行政府・裁判所」ですか



『われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する』

   日本国憲法『前文』



話にならない

ごんさん

まず日本語を学んでください。

>・日本国憲法の「基本的人権」は、
>ヨーロッパの市民革命によって「勝ち取られた」ものですか
>それとも
>第2次世界大戦によって流された大量の血の反省の下に「確認された」ものですか

まぁ、期待する返答はわかりますけどね。
それで、ごんさんの勘違いと誤りを正当化し、あわよくば私の論を覆したいという、不正な願望があるのでしょう。

まぁ、お答えいたしますよ。唯一無二の正解ですから、これで納得できないのであれば、日本から出て行ってください。

『日本国憲法の基本的人権とは、ヨーロッパの市民革命によって「勝ち取られた」ものを、日本国民は、第2次世界大戦によって大量の血が流された挙句に敗北して、連合国(アメリカ)の占領下にあって、大幅な政治介入と協力の下に制定されたもの。これを継承してきた。』

つまりは
『ヨーロッパの市民革命によって「勝ち取られた」もの』=基本的人権とは何ぞや
『第2次世界大戦によって流された大量の血の反省の下に「確認された」』=いつ日本に導入されたか(=時期)

これを別のものと思考することこそが、基本的人権への理解不足を決定的に自白しているのです。


>・今現在の日本の社会システムの混迷と行政執行の為体は、
>現行政府がまともに仕事をしてこなかったことによるものですか
>平和な日常を生きて、学校に行ったり、子育てをしたり、親の介護をしたり、朝から日暮れまでとっぷりと働いたり、そんなこんなで政治のことに気を回す余裕があまりない。しかし、税金はきちんと納めている。そういうふうに生活している人々によるものですか

これも卑怯卑劣な質問です。
小泉改革が「まともな仕事ではない」と思考すること自体が不正かつ不当なことですが、それは一万歩譲って言えば、『主権在民の意味を理解すれば、私に質問することなく、ごんさんの思考と感情が誤りでしかなく、私の発言が全面的に正しいことがわかる』とだけ言っておきます。
こんな卑劣な質問に返答する義務も責任も私にはありませんが、ごんさんは主権者の1人として、ご自分で調べ、私の発言に合致する感情と思考を抱く義務と責任があります。これを否定するなら、もはや主権者たる資格も権利もありません。日本国から出て行ってください。

>・今現在、世界中から「嘘つき」の誹りをうけてしかるべきは、
>「日本」ですか、「日本人」ですか
>それとも
>「日本国の行政府・裁判所」ですか

「嘘つき」って、誰がいつ、どこでどんな嘘をついたのかが書かれてないので、返答できません。私は超能力者ではないので、ごんさんの意識を完璧に理解することは不可能ですので、ごんさんの責任できちんと記載すること。

>『われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する』  日本国憲法『前文』

それで?だから何?
ちなみに、平和的生存権なる「概念」については、判例があるよ。憲法前文の法的拘束力も最高裁の司法判断が下っている。こんな変なものを出してまで、無理やりに言論し、私に楯つくぐらいなんだから、私に説明責任は発生せず、ごんさんに証明責任が発生している。従って、ちゃんと自分で調べること。できないからといって、私に対して、私が望まない評価をする権利と資格はないので、あしからず。

結審

わくわく44さま

>こんな変なものを出してまで、無理やりに言論し、私に楯つくぐらいなんだから、私に説明責任は発生せず、ごんさんに証明責任が発生している。

今一度確認いたします。ここでわくわくさまの仰る「こんな変なもの」とは、上でわたしが提示した以下の文言のことですよね。

『われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する』

ならば、わくわくさんとわたしとのこの件についての議論はここで終了です。
双方にとってのすべての答えは出たようですから。
これまでお付き合いいただき有り難うございました。
楽しい議論でしたよ。わたしにとっては。

>私が望まない評価をする権利と資格はないので、あしからず。

ご心配なく。
ここでの議論に関してはここにお集まりのみなさんが評価して下さっていますよ。
これはそういう類の議論ですから。
(お互いの価値観だの知識だの人格だのを品定めするような議論ではないということです)
では、また別の機会に。

>2001年の参院選の時点であれば、それは正解です。
>しかし、2005年の総選挙の結果、そう言う資格を日本国民は喪失しています。4年間の小泉政治の結果を見て、国民はあんな投票行動をとったわけです。
>つまり「小泉政治を認めた=小泉内閣、自民党、公明党が進める政策を容認した」のですから、国民自身が推進したのと同じです。

多分、政治家を「何と見てるか」が割と「認識」が違うと思います。
私は国民の代表であると同時に、政治のプロであると思っています。
政治のプロであると言う事は、弁護士に法律に対する能力の責任がある様に、
政治に対する能力の責任が発生すると思っています。
「国民が愚かである事」の責任(国民が受ける結果ですから責任と言うより結果でしょう)と、
「政治家」が「政治家」の責任を果たさなかった責任は、「別の物」であると考えます。
(だから責める権利がない、とは思いません、責めても何も変わらないし、
自分の責任は完全に棚上げと言うのは馬鹿らしいと思いますが。)

>ついでに、責任と言うのは今回のような事件の場合、社会的に誰が取るか等と言うのは全く別次元の話。
>「愚かである」事と「社会的責任がある」事もまた多少意味が違います。
>それは「騙された奴が悪い」と言う理屈と同じですからね。

>その思考と感情が肯定される唯一のケースは、「主権在民の放棄」です。
>つまり、その思考を持った時点で、猫さんは「日本は国民主権にすべきではない」と思考したのです。
>猫さんが実際にどう考えたかは、関係ありません。社会的には、そう思考したということになります。

私は実は制度上の主権の所在については、実はあまり気にしていません。
また、責任については何度か書いていますが、政治家と言う立場についての見方があります。
率直に言って、完全に国民主権にするなら、情報開示と国民投票の法整備が必要だと思っています。
(何故なら、政策だけでなく、政治家の人格を気にして投票しない人が多いから)

社会的責任がある事や社会的責任を誰が取るかについてはが別、
と言うのも書き方が悪かったですが、
まず「国民が受けるべき」と言うのは責任論としておかしいからです。
「所在」がおかしいのではなく、「責任を取る対象がない」からです。
ですから、「対象」が存在する、つまり執る「べき」社会的責任があるのは、
「政治の執行者」だけだと言う考えです。
政治の執行者に多少なりとも責任があると言う理由は「政治家」=「プロ・エリート」論と関わってきます。
「主権を健全に運用する責任」「政治を監視する責任」があった事について否定は致しません。
そして、その結果として苦渋を国民が味わうのは「当たり前だし仕方ない」とは思います。
ただし、仕方ないと言うのは動物の世界で弱い生き物が強い生き物に食べられるのと同じ意味です。
「食べられるべき」ではありません。これからどうするかは別の問題です。
新しい制度を作って社会の有り様や自国経済・社会保障の形を変える事は自由です。
その際の新しい制度で既得権益を持つ誰かの権益が阻害されるかどうかも全く別の問題です。(責任論としても)

>理論的には正解ですが、そんなことを要求する資格も権利も、今の日本国民にはありませんね。
>この発言に嫌悪するならば、まともな投票行動をとれ、ということです。
>主権在民である以上、最初に国民が実施して、はじめて為政者にそれを要求することができます。
>自分たちがまずやらないで、相手に要求することほど無責任な思考と感情はありません。

「まともな投票行動」の範囲の認識が間違いなく私と異なると思われます。
私の認識ではそれを言い始めると、現在の政治不信の状態において、政府と政治が一旦は破綻し混乱しようとも、
「不信任」票の投票と言う制度を設けて(いくつかの大きな課題がある事は認めます)
政治家を「当選させない」制度がある事が前提だと思われます。
架空被選挙者(言ってしまえば「その他」)と言うのもいいかもしれませんね…。

>基本的に「詐欺」は犯罪ではありません。契約が無効になるとか、損失補填の必要が生じるなど、民事的な責任は発生しますが、刑事的な責任は、原則「ない」のです。
>誤解をしてもらいたくないのですが、これは、「法律論」ではありません。あくまでも「詐欺とは何ぞや」という「論理」の話です。このロジックを、考えてみてください。
>そうすれば、主権在民を保持するために必要な「国民側が抱くべき感情と思考」が明白になります。

嘘はそれ自体では犯罪にはなりません。
説明不足も犯罪ではありません。
誇大説明もそれが即犯罪に繋がる訳でもありません。
誤解や理解不足・解釈相違から生まれた誤りの説明も同様です。
ただ、そこに「果たすべき責任行為の不足」や
「恣意性や不公正性」「規範からの乖離」などがあると認められた場合に、
「詐欺」として、補填や賠償、契約解消が行う様に指示が出る。
と言う理解ですがよろしいでしょうか?
抱くべき感情や思考、また、それに伴う制度の問題はありますが…。
私は「週【最低】40時間拘束で更に政治監視の為に労力を割け」と言うの
「金持ちで暇人な奴の論理だよね」と言う気はしてしまいます。
まぁ、その制度を許し続けたのが誰かと言えば「それも国民であり住人だけど」と言う事実はありますけど。
(権力と決定は常にそれを「受容」または「肯定」した人間が居ます。
騙されたとしても、幻想を現実と信じ込まされていたとしても…。
それは制度の問題ではなく、「社会」として付き纏う「事実」ですけど。
…権力は「人」の「許さない」所には存在出来ないですからね。)

>私から上から目線で接しられて嫌悪をする愚か者が0.1%でも発生する時点で、日本は衆愚政治から脱却する可能性がゼロですけど。
自分が0.1%側であるかどうかの問題は別として、0.1%の為に残り99.9%を切ると言うのは、
色んな意味で「如何な物」でしょうか?
あくまで比喩ですよね…?

人間、素直がいちばんだね

ごん殿

まったく反省しないんだね、君は。
匿名で投稿できることに感謝しなさいね。

私は、わざと「憲法」に触れなかったの、わかってる?
ピューリタン革命やフランス革命なんて出さずとも、君が完全に誤っていることなんて、日本国憲法に書いてあるのだよ。第97条に。第97条を読めば、私の論が正しく、君の論が間違いだということがわかるんだが、なぜか「平和的生存権」を出してきたからね。
あまりにかわいそうなので、97条を出さなかったっていうのに、その態度って、あまりにも哀れだよ。

まぁ、もっと勉強してから、不特定多数が閲覧できる場で意見を述べてね。

猫さん

日本国民は、日本国の「主権者」です。主権者が主体的に政策を決定し、遂行して、国民の福祉(広義の福祉)を実現する。これが主権在民です。
そして、衆議院議員のことを「代議士」と呼ぶことをご存じだと思います。
主権在民にあっては、基本的には直接民主制であるのが原則なので、本来は国会議員や政治家というものは存在しえない。しかし、猫さんご指摘のように、普通の国民は、政策に関して十分な知識も能力も余裕もないわけで、このため、「代議」を立てて政策を決定、すなわち、間接民主制を適用しているのです。

つまり、政治家は、国民の代理としての責任を負う立場ですが、政治に関する責任は、本来的には主権者たる国民自身にもあるのだ、ということになります。
なので、「国会議員や政治家と国民は、同時に、同じ責任を問われる」ということへの異論が認められる状態とは、残念ながら『主権在民』の原則を喪失しても文句はない、という言葉にしかならないのです。

どちらの側に立つか

ほいさ!

第97条 この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。

あたしゃ上のコメントでわざと論点をぼかしたけど、最初から言ってるんだ。

 憲法は誰のためものか。

  → 人類

 人権(「基本的人権」じゃないよ 笑)はどのようなものか。

  → 永久不可侵

そう、この話しの論点はそこにある。

誰のための政治であり、社会であり、そして法であるかということ。

われわれがどちらの側に立って話しをしていくか、ということ。

まず、守るべきは人か、国か、と問われたら、

迷わず「人」と答える。ということ。

日本国憲法に書いてある。

<「♪その答えは風の中さ~」なんて唄わなくてもいいんだよ。ここに「日本国憲法」がある限りね。日本人でよかった>

わくわくさん、ありがと。最高のコラボだね。
今後ともよろしく。

そして素直に

<ああ、あたしが「基本的人権」の歴史について勘違いしてるというご指摘ならありがたくいただいとくよ。「基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」。そうだよね。あたしのいけないとこ。いつも肝心なことを忘れちゃう。これを忘れちゃいけない。でも、人類は、その「人権」を前提にしつつ、その「人権」を守るという口実の下、国家による大量殺戮「戦争」をし続けてきた。だから日本人は、「日本国憲法」で、「第2次世界大戦」という人類最大の愚行への「反省」を踏まえて、まずは「全世界の国民」が「平和のうちに生存する権利を有することを確認」したんだよね。わくわくさんの仰りたいことはそういうことでしょ。教えてくれてありがとう>

肝心なこと

また肝心なことを忘れてる(笑)

「現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたもの」

ここで「信託された」主体は、国であったり裁判所であったり行政府であったりするんだよね。(わくわくさん、それでいいかな?)で、この「託」された「信」を違えることを、わたしは「嘘つき」だと思うんだ。それで、上の質問をしたんだよ。みなさんにね。

もう一度書いておきます。

・今現在、世界中から「嘘つき」の誹りをうけてしかるべきは、

  「日本」ですか、「日本人」ですか

   それとも

  「日本国の行政府・裁判所」ですか

>「国会議員や政治家と国民は、同時に、同じ責任を問われる」ということへの異論が認められる状態とは、残念ながら『主権在民』の原則を喪失しても文句はない、という言葉にしかならないのです。

えっと、「同時に同じ責任を問われる」と言う事の意味がこちらで正確に受け取れて居ない、
または認識がわくわくさんとは違うと思われます。
まず、国会議員や政治家の政策に対して、国民が責任がない。とは言っていません。
権力を与え、政策推進を可能とし、それを止めようとしなかった責任は、
現行制度的にも相当部分、権力を与えた国民の物です。
(任期中の解散を民衆は国会に対して提出出来なかったと思いますが)

ただ、「政治家としての責任は更に別にある」と言うのは、また別の問題です。
政治家は「プロ」であり「専門家」なのです。
個人対個人の場合には、何かを聞いて信託をしたのが「ある人」であっても、
こう言った道のプロには、その人に対していくつかの責任が付き纏うと考えます。
弁護士が依頼人が依頼して来たとは言っても、説明が不十分であれば、弁護士側にも責任がありますよね。
建築士であれば、建築関連の法律と耐久性について、「ユーザーの要望だから」だけでは、「建築士として無責任」でしょう。

政治家をこの立場と全く同一視する訳ではありません。
異なる前提が何点かある事は確かです。
ただ、これに該当する部分の「責任」がまた別にある、と考えます。

私にとって、政治家と国民の関係は、実行犯と共犯者です。
ただ、実行は国民が幇助しなければ成り立つべくもないのですから、
「あいつのやった事は俺のせいじゃない」などと言う事はまかり通りません。
ましてその幇助は恐怖により「強制」された物ではなく、
「選択」を許された物です。
そこに多大な責任がなかったとは思いません。
まして、「政治を監視する」権利と責任がある制度なのですから、
自分たちの「政治を監視する」責任を無視する事は出来ません。

あと、「他者不在の為、「べき」と言う社会的責任は成り立たない」については、
特に意見を書かれていませんが、そこは共通認識が持てている、と考えてよろしいでしょうか?
多分、ただの書き方の問題かと思われますが、言い方も時に重要です。
「べき」と言えば「権力者」からの「制度の押し付け」ととられる事もありますからね。
(これが海外への責任であれ「国民」の「べき責任」がある程度成り立ちます。
 もっとも、日本の政策失敗で米国が損をしたとか言い出したら、
 むしろ米国の経済政策失敗による経済危機で世界中大混乱だと皮肉りますが。
 まして新自由主義を進めてきた第一人者ですしね。
 お互いガキじゃあるまいし、そんな事でいがみ合ったら馬鹿ですが。)

いい加減にしろ

ごん殿、もう、いい加減にしなさい。

>第97条
>あたしゃ上のコメントでわざと論点をぼかしたけど、最初から言ってるんだ。

嘘つくな。そこに触れることができれば、私の発言が正しく、君の発言が間違いであるという答えしか出てこないはずだ。

>憲法は誰のものか。 → 人類

憲法はその国の主権者のものだが。

>人権(「基本的人権」じゃないよ 笑)はどのようなものか。  → 永久不可侵

「人権」というのは、「人として保有する権利」のことだ。人権が永久不可侵かどうかとは、直接的には関係ない。だいたい、「基本的人権じゃないよ」って、なに、それ?

>そう、この話しの論点はそこにある。

嘘が論点になるわけがない。

>誰のための政治であり、社会であり、そして法であるかということ。
>われわれがどちらの側に立って話しをしていくか、ということ。
>まず、守るべきは人か、国か、と問われたら、
>迷わず「人」と答える。ということ。
>日本国憲法に書いてある。

どこに書いてあるのか、具体的に記せ。

>だから日本人は、「日本国憲法」で、「第2次世界大戦」という人類最大の愚行への「反省」を踏まえて、

『人類最大の愚行』という言葉は無条件に撤回しろ。単に君が思っているだけだろ。一般の認識でもない、単にお前が勝手に思い込んでいることを、さも一般の認識でもあるかのように書くな。

>まずは「全世界の国民」が「平和のうちに生存する権利を有することを確認」したんだよね。

『まずは』の部分は明確な誤り。従って、この文言も無条件に撤回しろ。

>ここで「信託された」主体は、国であったり裁判所であったり行政府であったりするんだよね。

受身の側を「主体」とは言わない。
中学生レベルの日本語もできないお前が憲法を語るな。

>・今現在、世界中から「嘘つき」の誹りをうけてしかるべきは、
>「日本」ですか、「日本人」ですか
>それとも
>「日本国の行政府・裁判所」ですか

ごん、お前だ、お前。

猫さん

>まず、国会議員や政治家の政策に対して、国民が責任がない。とは言っていません。
>権力を与え、政策推進を可能とし、それを止めようとしなかった責任は、現行制度的にも相当部分、権力を与えた国民の物です。

それがすべてであり、それ以外の理論はありません。最大の責任は国民自身にある、これを踏まえて物事を考えないと、主権在民が崩壊するか、あるいは衆愚政治を継続するか、どちらかしか道がなくなります。
主権を有することは、それなりの覚悟と努力を要します。

猫さんがその後に話したことは、上記を大前提にした上での話であって、それを正しく認識できた上での発言ならば、参照する価値はありますが、それができないでの発言は、そもそも思考および感情としての正当性を有しません。

まずは深呼吸してみようか。。

わくわくさんホント面白いね。
そのキャラって本物?
おいらファンになっちゃいそうだよ。

・今現在、世界中から「嘘つき」の誹りをうけてしかるべきは、

 「日本」ですか、「日本人」ですか

  それとも

 「日本国の行政府・裁判所」ですか

>ごん、お前だ、お前。

なんでやね~ん!(笑)>わくわく44さま


『われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する』

そっちの違いでしたか…

<最大の責任は「国民」にあります
ここに異論を挟んでいる訳ではないのですね。

1,最大の責任が「どの集団」にあるか
>>権力を与え、政策推進を可能とし、それを止めようとしなかった責任は、現行制度的にも相当部分、権力を与えた国民の物です。
>それがすべてであり、それ以外の理論はありません。最大の責任は国民自身にある、
>これを踏まえて物事を考えないと、主権在民が崩壊するか、
>あるいは衆愚政治を継続するか、どちらかしか道がなくなります。
>主権を有することは、それなりの覚悟と努力を要します。

最も重い責任がどこにあるかで「国民」と言う事を否定している訳ではありません。
「それがすべてであり」は範囲や程度によって変わります。
意味合いも位置的にいくつか考えれる意味があるので、理解が違っていれば仰ってください。
まず、究極論は「権力」は「民衆の許容なくしてありえない」です。
このレベルであれば制度も法の制約もなく、その権力を容認し、幇助した者達の責任です。
これは「権力」と言う存在が何であるかが、そもそも「純粋な暴力的力による恐怖」か、
「社会的」「他者との関わり」の中でしか存在しないかからです。
他者との「共認」「共同幻想」「契約」「同意」、
そして例外として「恐怖」、これらによってしか存在しないからです。
(と言っても、当然、現代社会の科学力と世界の性質から、如何に、
「単独の人間による恐怖支配」が無理かは想像に難くないでしょう。
恐怖支配を幇助する人間が絶対に必要です。この幇助する人間が居る関係は、
私は「社会的」「他者との関わり」の方に含めています。
…ファンタジー世界なら一騎等惑星クラスの完全に個人管理できる兵器や個人も居たりで可能ですけど。
現実には社会的でもなく、他者の許容もない権力は存在しません。)
ただ、「制度的に」と言う縛りをつけたので、究極論の事ではなく、
あくまで現行制度です。その上でも「完全に」とは言わないのは…。
まぁ、「直接民主主義にするべきなのだがそれは無理」と仰っている通りです。
もう一つ別の理由もありますが、それは次に任せます。
…いや、「直接民主主義ではない」事も含めて、究極論や責任の本質論を持ち出すと、
「全てそれを許して来たお前らのせい」なんですけどね。
それこそクーデターや平民の集団で一人の代表を立てて*議席数と言う話になるので。
(立候補程度に金掛かり過ぎだろうと)
それを「現実的」かと言うと…そう言う意味では「完全に全て」と言う気は起きません。

2,「国民」の責任と「一人一人」の責任
国民と言う「集団」が一番の責任を有する事は間違いありません。
では、何故、「政治家が責められるのは仕方ない」となるのか。
これは「責任の細分化」や「個々の責任」と言う「次の話」になります。
良い例が想い浮かばないので、少し変になるかもしれませんが…。
まず、関わりそうな責任の内容をずらっと上げて見ましょう。
「正しい判断の元に権力を委任する責任」
「(あらゆる意味で)権力を監視する責任」
「委託された権力を正しく運用する責任」
「専門家として正しい判断をする責任」
「正しく情報を公開し、伝える責任」
まぁ、ぱっと思い付く所だとこの辺りですね。

では、主権が国民にあるとしている居る場所で、
どこの責任が一番重いかと言えば…。
当然「権力の監視」と「権力の委託」ですよね?
この二つが「上手く出来ない」と言うならば、主権在民の制度と言うのは「無謀」ですね。
ちなみに、監視するには情報の正当な公開や開示・伝達が必要だと言う人も居るかもしれませんが、
それは私は「それをさせる事」も含めて「権力の監視」と言う責任だと考えています。
前にも書いた「最低8時間働いて、その上で政治の事を良く勉強して正しい判断を下せ」と言う論理は、
「8時間働く必要のない、または仕事自体が政治に近い部分にある、時間を割ける金持ちや特権階級の言い分」であると想いますが、
「それを許してきた」「唯々諾々と受け入れてきた」のもまた、「私たち」だと言う事です。
それを(現実的・一般的に)変革出来る制度であったかと言う問題点はありますが、
繰り返しますが「許して来たのは我々です」。

そこまで言った上で、何故「別に小泉氏を批判する事が不当だとは思わない」と言っているかと言うと、
国民が持つ責任に「加えて」、更に「専門家としての正しい判断」「正しく十分な説明」を行う責任があったからです。

当然、人間のやる事です。受け取る側も人間です。
「完璧で完全な」説明や判断などないでしょう。
しかし、その責任が「不在」であるなら…私は政治家・議員と言う役職や権力は「不要」であると思います。
役職や組織には存在意義があり、その意義に伴って、「責任」「職務」が割り振られると思います。
その意義を果たさず、責任も持たないと言うのであれば、その「組織や役職」は不要です。
だからこそ、「小泉氏への批判」や「メディア批判」などを「一概には否定しない」のです。
「国民全体」の重い「最終責任」を理解した上で、「貴方がたの責任・能力不十分」を責める事は「有り得る」し、
パフォーマティブな宣伝しかしなかったあの政権に対し、
「不十分があった」と言う事はそう不可解だと思わない。と言う事です。
そして、個人としては、「国民」と言うのは「個」がないのに対し、
「政治家」には「個」と「対外的責任」がある為、「国民」から、
「過失」を「個人」として非難を受ける事はあるだろうと言う事です。
(国民が国民に持っている責任は、原則的に対外的責任ではなく、
対自の責任だからです。「国民」と言う集団の日本政治への責任は、
影響も結果も権利も、「自分達」に負う物だからです。
海外に影響が出てその責任を問われたら別問題ですけどね。)

おつかれさま

日々の生活に追われる国民は政治などに関わっているような暇も、能力も有りません。まして肝心な情報を知らされているわけでもない。
民主主義は国民に完全性を求めます。
くそくらえ「民主主義」。

調べましたけど…

>早雲さん
多分、国民主権と民主主義の辺りは…難しい問題を含むと思いますよ。
「暇も能力もなく肝心な情報も知らされていない」これには同意です。
教育制度が整っているかどうかも怪しい物です。
本気でやるなら最低でも、政治学や経済学を義務教育に含むべきでしょう。

ですが、国民が権威を持たなければ「権力の暴走」を抑える事が「制度外」の事柄になってしまう。
それは不味い。と言うか、そう言った問題が有ったからこそ、
わざわざ「国民主権の制度」「民主主義」と言う物を、形は違えど推し進めてきたはずです。

Wiki衆愚政治の項目にある、
チャーチルの「民主主義は最悪の政治といえる。これまで試みられてきた、民主主義以外の全ての政治体制を除けばだが」が私は思い言葉だと思います。
哲人政治が現実化すれば一般大衆にとっては最も良いのでしょうが、
「哲人」が恣意的・個人的判断に基づく物である限り、独裁政治・衆愚政治(民主主義)などと隣り合わせでしょう。
(制度としての制定が難しいと言う意味です)

現行制度上の民主主義や国民主権に課題があるとしても、
そちらを解決する方がまだ現実的な道に見えます…。
課題は民衆の関心と教養自体もですし、政治的教養を付ける制度もでしょうし、
より強く民意を反映する制度もでしょう。
また、民衆が直接に少数で議論を行う場がなく、議員が民衆の一時的感情によって当選し、
その後の「民主主義(議論)」においても、自分の立場や公約、
そして利権から離れられない事も問題でしょう。
(率直に言って民主主義の正しさの前提としてある「議論」の意味が形骸化しているかと)
立候補制で立候補に多くのお金が掛かったり、国会議員のリコールや、
逆に不信任票の投票(政治家不信において、政治家を空洞化させる事も権利でしょう。
不信任票は問題がある為、多分架空候補者がいいと思いますが…。
まぁ、それもそれで少数の権力者が力を持つ問題がありますけど…。)
が出来ない事も問題があると思います。
(結局立候補出来る組織力や財力のある人が決定権を握ります)

まぁ、社会の権力の決定と生活基盤や政策の決定なんて、
それこそ単純で小さな集落でなければ問題や歪さがあって当たり前なんですけどね…。
複雑化した社会は分業するのが当たり前になりますし、
そうなると今度は専門家以外は正しい(目的に沿った)判断が難しくなる。
だからと言って専門家に任せれば専制や少数支配になる可能性が常に付き纏う。

責任を逃れて独裁を許すか、責任を請け負って独裁を避けるかと言う二択以外に
「現実的」選択肢はないのでしょう。
あくまで、「現実的」選択肢の問題であり、罪と罰・社会的・法的に規定される責任とは別の問題で。

正直、独裁制(専制政治)への魅力をつよーく感じますけど、やっぱそうなったら名君よりは、
独裁者や支配欲の強い者・独善的な者が上に行くだろうと言う気持ちはあります。
「まだマシ」と思って、自分たちで政治を監視し、判断を下して行くしかないでしょう…。
「責任を共にして」

制度や社会的問題点は別として、国民主権や民主主義を打ち立てるなら、
「政治の最終的責任は国民が負う」事に納得出来る様にしないとですしね。
(最終的責任と言うのは、「騙したな!」とか「職務怠慢!」とか、
 そう言う事を言っても「でも最後に決めた・許したのは国民ですよね?」
 と言われたら納得すると言う事)

そして日本は制度上・社会的問題は別として、
「国民主権で行きましょうね」
「民主主義で決めましょうね」
と言ってる訳ですから、現行制度に納得出来ないのであれば、
変えて行く事は必要でしょう。
そうして行こうと行ってるのですから、「そうしない」のも無責任で憲法違反ですからね。^^;;
憲法を論拠に裁判やデモやクーデター起こすのもある面では必要です。

国民主権も民主主義も「理念」でしかないですからね。
制度や社会体制がそれを十分に保証しているかは、監視していないと…。

基本的人権も法律で詠っていても、「守らせる」のは国民ですからね。
最悪、最高裁判所の裁判官が納得行かない判決を出したら…退職させる事は出来たはずですしね。

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