愚慫空論

「文脈」と卑怯・人格攻撃のフレーム

このテーマは、現在、当ブログで議論になっているテーマと少なからず関係しています。

どことどう関係しているかは、敢えて示しません。正直、実りの少ない議論になってしまっていると思っていますので、興味をお持ちでない方にまで紹介する意義を認められないのです。残念なことですが。

その議論の場では、卑怯であるとか人格攻撃とかいったことが話題に上っています。どういった場合が卑怯でどういった場合が人格攻撃になるのか? 私、愚樵というブログ人格の文脈を示す一環として、私の主観を披露させていただきたいと思います。


今朝、今日も雨で仕事は休みなのでTVを見でもなく眺めていましたら、小向美奈子なる女性が画面に登場していました。 (この文章は2月27日に下書きをしてあったもの。表現を変えるのは面倒なので、当注釈にて済まさせていただきます。)

「小向美奈子」をgoogleしてみるといろいろと情報が出てまいりますが、そちらは各々でご覧頂くとして、TV画面に映し出された様子は、彼女が彼女の侵した罪についての判決をうけ、記者たちに囲まれて受け答えをしている場面でした。

彼女は涙ながらに次のようなことを語っていました。

覚醒剤を始めたきっかけは、昔つきあっていた男性に勧められたから。断るとDVを受けたりすることもあって、そんなきっかけで覚醒剤を始めた。今回の使用は、仕事の解雇等でストレスが溜まり、酔った勢いで使った。今後は普通の生活を送りたい...。

私は、このように語る見ず知らずの女性を眺めながら、「まあ、人生いろいろあるものだな」と、他人について抱くごくごく普通の、そして無責任な感想を抱いていたのですけれども、驚いたのは彼女に浴びせた記者の質問。どこの記者かレポーターかは知りませんが、そんな彼女に、

「誓えますか!?」

と問いかけていました。もちろん「誓うこと」の内容は、「覚醒剤を再び使用しない」ことなのでしょう。あるいはこれも、ごくごく普通の問いかけなのかもしれません。しかし私は、この問いかけを卑怯だと感じた。その理由は、その問いかけを為した人物に、彼女に向かって「誓えるか?」といった類の言葉を発する「文脈」などありえないと感じたからです。

彼女は罪を犯した。それは議論の余地がありません。では、罪を犯した彼女の「文脈」――DVもあった、さまざまなストレスもあった――は、情状を酌量する余地のあるものなのか? こちらについては私個人の立場からすれば「知りません」としか答えようがない。私と彼女とは無関係だからです。情状を酌量するもなにも、無関係な間柄に情状などが存在するはずがない。

そういった意味では、彼女に問いかけた記者も彼女とは無関係なはずです。無関係な者が「誓えるか?」と問いかける。これはどういうことか?

「誓う」という行為は関係性を前提にしてます。誓った者は誓った相手に対して誠実に行動することが要求されます。無関係な相手に「誓う」ことなど無意味です。ところが彼女は、その無関係な相手から「誓う」ことを要求されています。このことは、彼女が一方的に関係性を要求されているということを意味します。一方は無関係なのに――問いかけた記者にとって、彼女が誓いを守るか否かなど、彼自身にはまったく無関係でしょう――、一方は誠実な関係性を要求される。この非対称な要求を卑怯と言わずして何というのでしょう? 

もしかしたら、この記者は「視聴者の知る権利」などといったものを持ち出してくるかもしれません。しかし、無関係な相手のことを知る権利など認めてよいものでしょうか? そんなものを認めてしまったらプライバシーの概念だと吹き飛んでしまいます。

彼女は無関係な相手に知ることを売る――つまり芸能人として生きていたから仕方がないという答えもあるでしょうが、彼女が裁かれたのは芸能人としてではない。ひとりの人間として裁かれている。であれば、彼女に接するのは、プライバシーを売ることを生業にしている芸能人としてではなく、プライバシーを守る権利をもつひとりの人間として接するべきでしょう。

彼女がひとりの人間として裁かれた時点で、芸能記者たちと彼女との「文脈」は断ち切られているはず。私はそのように捉えたので、記者の一方的な関係性要求を卑怯だと感じたのです。



しかし、これはあくまで私の主観でしかないのですね。では、当の彼女がかの記者の要求を卑怯だと感じたのかといえば、どうもその様子はなさそうです。彼女の方は、彼女が芸能人で会った頃に生じた「文脈」がいまだ断ち切られていないと考えていた様子が見て取れます。そういった彼女にしてみれば記者は卑怯でもなんでもないでしょう。正当な「文脈」から正当な要求がなされたのだと彼女は解釈しています。

では、私の主観的判断は誤りなのでしょうか? 彼女が取ったであろう判断とは異なっているという意味では誤りでしょう。しかし、仮定の話ですが、私が彼女の立場に立ったとすれば、私の判断で記者を卑怯と判断することは誤りとはいえない。結局の所、卑怯か否かの判断は、判断を為す者それぞれに委ねられるということになる。もちろん、なんでもかんでも卑怯と判断すれば卑怯になるといったものではなくて、そこには関係の非対称性がなければなりなせん。非対称性なき卑怯の判断は、かえってその判断が卑怯と呼ばれかねません。関係の非対称性が存在した上で、それを卑怯と判断するかどうは、各人の自由ということになると考えられます。



それでは、当事者でない第三者は卑怯の判定はできないのでしょうか? 上で私は、小向美奈子さんに向けられた「誓いますか?」の問いかけを卑怯と判定しましたが、これは越権行為だったのでしょうか?

もし私が「卑怯と感じない小向美奈子はバカだ」といったような発言をしたとするなら、それは越権行為と指摘されるでしょう。彼女の「文脈」を無視しているからです。けれども、私が私の「文脈」を明らかにしつつ、私の責任において卑怯と判定することは認められるべきだと考えます。もしこれが認められないというならば、卑怯云々の判定のみに留まらず、言論の自由そのものが担保されなくなることになるでしょう。



卑怯に関する以上の記述は、ほとんどそのまま人格攻撃ということにも当てはまると考えます。つまり人格攻撃も「文脈」依存であり、「文脈」の判定は、各人がそれぞれの責任で為すべきもの、ということです。

たとえば、です。ある人Aに“(最近聞かなくなりましたが)社会の窓が開いている”という「事実」があったとします。それを発見したBはCにその「事実」を伝えた。このBの振る舞いをAが知ったとき、Aには、BがCにむかってAの人格攻撃をした、と解釈する権利がある、ということです。このとき、「事実」は存在するのだから人格攻撃に当たらない、というBの反論は通用しません。重要なのは「事実」そのものではなく、「事実」を解釈する「文脈」なのですから。BにはAの解釈を認めつつそのつもりではなかったと釈明するか、人格攻撃を認める以外に選択肢はありません。

また、第三者Dにも、このAとBとの「やりとり」を解釈する権利はあります。その際には、DはDの「文脈」――Aの側に立つか、Bの側に立つか、あるいはどちらの側にも立たないか、etc――を明らかにした上で、Dの責任において発言しなければなりませんが、それらさえ担保されているのなら、だれにもDの発言を遮る権利はありません。

AもしくはDが批判に曝されることがあるとするなら、それは各々の「文脈」に整合性がない場合でしょう。科学者を標榜しているのに非科学的な主張をしているといった場合は、 明らかに「文脈」に整合性がないわけですから、批判の対象となるでしょう。けれども、そうでない者が非科学的な文章を持ち出したからといって、「文脈」がおかしいとはいえないのですね。

科学的な証明は普遍的な「事実」であるとされます。そこに私も異存はない。けれども、「事実」も「文脈」によっては人格攻撃になる。「社会の窓が開いている」という「事実」も「水は言葉を解さない」という「事実」も、誰もが確認できる、もしくは普遍的とされる「事実」です。

ということは、です。非科学的な文章を持ち出したとしての批判は、「文脈」によっては人格攻撃だと解釈されうる、そう解釈する恣意的な権利は批判を受けた者にはある、ということになり、また第三者もそう解釈する権利がある、ということになる。普遍的な「事実」だけでは、各々の「文脈」を完全否定することはできません。

これは当たり前の話であって、人格と深く関わりがあるのは「事実」よりも「文脈」だからです。「事実」はいかなる人格の前でも平等な事実。しかし「文脈」は各々の人格によって違います。

現代社会は、各々の人格は平等だということが前提になっています。そうはいっても実社会では様々な制度があってその前提がそのまま当てはまることは少ないのですが、実社会のような制約のないネット空間では、その前提が強く作用する。ネット空間の中では実社会よりも各々の「文脈読解の自由」が強く認められるということです。そうした空間のなかで、科学を解読する人格と非科学を信奉する人格に、人格としての差があるがごとき記述は、人格攻撃と解されてもやむを得ない。「社会の窓」が開いているという指摘が、事実の指摘に留まらず人格の差だと解釈されうる要素があれば、人格攻撃と解されてしまうのと同じです。
(この「要素」は多くの場合、非対称性です。当人に知らないところで批判したというのも非対称性に当たります。)

確認しておきますが、「やむを得ない」は可能性があるの意味で、そうであると断定するものではありません。ここでも「解する」のは各々の人格の「文脈」読解に依存します。なので、同じ表現を巡っても意見の対立が出てきてしまう。これは避けようのないことなのです。各々が別人格なのですから。そして、人格が平等であるという前提を認めるならば、意見の対立は容認しなければならないということになります。「対立の構図」はあって当然のものなのです。



もうひとつ、言及しておきます。それはニセ科学批判に対する批判についてです。

私はニセ科学批判の一部に対して、「科学が宗教と化している」「科学が制度になっている」といった批判をしてきました。このことは、冒頭で触れた記者の小向美奈子さんへの「問いかけ」と共通のものがあります。

私は、上で「視聴者の知る権利」を背景に各々の「文脈」を無視して一方的な関係性要求することを卑怯だと称しました。それは科学でも同じなのです。科学の普遍性を根拠に、各々の「文脈」無視の一方的な関係性の要求――これは、一般的、普遍的であることを利用してのイジメに他ならない。自分の「文脈」を明らかにせずにそうした主張を行う者は、卑怯なのです。

科学とどう接しようと、それは各々の人格の自由――とまで、私は主張するつもりはありません(いえ、実は主張しているのですけどね。私は『水伝』を道徳教育に使用することを認めるべきだと発言していますが、これは科学に対する絶対的自由の要求と受け取られても仕方がない。ただしこれは、科学があまりに制度と化していることへの反発の意味合いの方が大きい。)しかし、科学の普遍性を盾に「文脈」解釈の自由を奪うべきではないのです。私はそのように考えます。 /font>

コメント

ありがちなのが

「道徳教育」としての「論理性」をいえば、

「ありがとう」は美しい言葉で「ばかやろう」は汚い言葉だから、
使う言葉によって、人間が美しくなったり、汚なくなったりするよ・・・

という「前提」の問題があります。

前後の場面も考えずに「ありがとう」が美しくて「ばかやろう」が汚いのか?
そんなことで、人間性をAかBかに分けていいのか?

 …というのが、「水伝」の危険性(道徳的)なんですよ。

いろんなことをごっちゃにして、
実験の正確さが云々するから、問題がややこしくなる。

(科学的を叫ぶ人が、論理的には科学的な考えといえなかったりすることはよくありますが)

珍しく共感しました

愚樵さん、なんだか大変そうですね。
いつもは、愚樵さんのニュアンスとはズレの多い私ですが、今回はまずまず共感できましたよ。

で、「科学的」態度についての私の考えですが・・・

私も「ニセ科学批判」をよくしますが、そうした批判をする人の中には、「自分の科学は、間違いはなく完璧に正しい」という前提での主張がよく見られる気がします。私は、そういう「ニセ科学批判」は「ニセ」だと思っています。「自分には間違いはない、間違っているのはやつらだ」と吼え続けている困った方にも、同じ匂いを感じます。

最近典型的だったのが、「ムペンバ効果」を自ら実験もせずにニセ科学だと決めつけた人たちです。
本来の科学的態度とは、科学的知見の未熟さを常に意識し、明らかとなった事実には謙虚であることが求められます。「ムペンバ効果」を頭ごなしに否定する態度は、とても科学的態度とは言えないのですね。これまでの常識では考えられないかもしれないが、本当かも知れないから実験で確かめてみる。そして事実なら、なぜそうなるのか?を突き止める。これが科学的態度だと思っております。

ただし、思考実験だけで反証が出来てしまう「水伝」は、ニセ科学以前のデマであることは間違いありませんが・・・(笑

ある意味、科学もニセ科学も同じ

第二名神さん

>…というのが、「水伝」の危険性なんですよ。

はい。結局ですね、言葉とは「文脈」を通じて解釈されるべきもので、その「文脈」を絶対的に規定できる「事実」など存在しないということなんだと思います。

その意味では科学もニセ科学も同じでしょう。人には「文脈」読解の自由と責任が与えられていて、それには己の人格をかけて当たらなければならない。寄りかかれる普遍性などどこにもないということですね。

*****

Looperさん

なんだかそちらも大変らしいですねぇ(笑)

>いつもは、愚樵さんのニュアンスとはズレの多い私ですが

ははは。そうですよねぇ。けれど、今回は共感していただいたということで、素直に嬉しいと表明させてもらいます。

>本来の科学的態度とは、科学的知見の未熟さを常に意識し、明らかとなった事実には謙虚であることが求められます。

はい。鍵は「謙虚」なのだろうと。科学に対しても他の人格に対しても謙虚でありさえすれば、「水伝騒動」などといった現象はなかっただろうと思います。けれども一部の人間が、科学を他の人格を貶めるために使った。また使えてしまうのですよ。科学の普遍性は強力ですし、ほとんどの者がそのことを理解していますから、「科学的ではない」の言葉は容易に「黄門さまの印籠」と化してしまうのですね。私の科学に対する態度は、「黄門さまの印籠」に悪態をついているようなもの、です(笑)

>ただし、思考実験だけで反証が出来てしまう「水伝」は、ニセ科学以前のデマであることは間違いありませんが・・・

ぼちぼち「「水伝」を学校道徳で使うことは許される」の立場は撤回しましょうかね。「美しい言葉を使いましょう」を教えるのに、優れた教材は他にいくつもあるはずですし。

なるほど。

関係の非対称性というのは、重要な視点ですね。

ブロガーは公共メディアで発言しているのだから、全ての発言に責任を持つべきで、間違いは容赦なく糾弾してよい、という考え方もありますが、私はそこに「非対称性」を感じることがしばしばあります。

また、悪人は死刑にするべきだと声高に主張する人たちにも、同じものを感じたりします。

非対称性により安全を確保された場所からのこうした「正義の後出しじゃんけん」は、卑怯でもあり、下品でもあるなと感じます。

トラックバックありがとうございます。

ここは「7%理解しました」と言えばいいのかな。

とりあえず、
本エントリーに私に対する言及はないようですね。
自分について書かれてないことについて
「おれのことだ」というような「読み込み」は
「共感派」の皆さんが一番嫌うことだと記憶しています。

たんぽぽさんが「アク禁でないアク禁」になり、
安全を確保された瞬間に書かれた
上の水葉さんのコメントも、
当然、私(たち)のことではないのでしょう。

ゆえに、コメントすることは何もありません。


愚樵さんも私のエントリーに対して「何もいうことはない」と
おっしゃられていたので、
これからも、安心して
「水葉さんがセクハラの二次加害者になっている」という
たんぽぽさんの問いかけについて
「質問があったことすら無視しつづけた卑怯者」
と公言させていただきます。

※当家にいただいたコメントについては、当家のコメント欄で回答
させていただきます。

(不快なものを見るのは嫌なので、今後、こちらに返事を書かれても、読む保証はできません。ゆえに、このコメントも黙殺いただいても結構です。御用のせつは、当家にコメントまたはトラックバックいただければ、と、思います)

では、失礼します。

Looperさん。根本的な認識に間違いがあります

エントリーされた記事の趣旨からは、外れていますが基本的な間違いなので訂正しておきます。
Looperさんの仰られる『「ムペンバ効果」を自ら実験もせずにニセ科学だと決めつけた人たち』 は何処にもいません。
大槻義彦名誉教授が氷の早作りの裏技としてNHK放送を『物理学の法則に反しているのでニセ科学で有る』と自身のブログで書いて、
2008年7月22日 (火)7月 第2回 【ムペンバ効果】
http://ohtsuki-yoshihiko.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/72_2893.html
多くの人々に『自分で実験もせず批判するとは何事か』とか『それでも科学者の端くれか』と非難されたのは事実です。
その後、あまりの非難の大きさに、大槻氏は『馬鹿馬鹿しいが一応念のため』と実験し、そのことは後日記事に成っています。2008年7月31日 (木)7月 第5回 【ムペンバ効果、再び】
http://ohtsuki-yoshihiko.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/75_8f39.html
私もこの「ムペンバ効果」については幾つか連載記事書いていますが、理由はLooperさんの様に余りにも誤解が多いからですね。
其のせつは×第二迷信さんにも参加して実験して頂き、誠に有り難うございました。
残念ながら、NHKが有ると主張した『熱湯からの方がムペンバ効果で早く凍る、氷作りの裏技』は実際には存在せしません。
×第二迷信さんの『氷が早急に入用ならムペンバ効果ではなくコンビニに買いに行く方が早い』は素晴らしい名言でした。

『「ムペンバ効果」を自ら実験もせずにニセ科学だと決めつけた人たち』は居なかったが、その反対の例、
『NHKの放送で「ムペンバ効果」を自ら実験もせずに本物の新しい科学だと決めつけた人たち』が大勢いたのが真実です。
アンヌ・モレリの『戦争プロパガンダ10の法則』が指摘した、
『現代人は、かつてのように何でもかんでも信じてしまうわけではない。
彼らは、テレビで見たことしか信じないのだ』という言葉の見本のような話です。
現実に、可也の日本人がNHK放送のデマを信じたらしいですよ。
>ただし、思考実験だけで反証が出来てしまう「水伝」は、ニセ科学以前のデマであることは間違いありませんが・・<
などとは決して言えない危機的な状態です。
『水からの伝言』が今のように口コミ程度の話ではなく、NHKの科学番組で『現代科学では未解明な「水からの伝言」、美しい言葉が美しい結晶を作る未解明現象』などと放送したら如何なる事態に成るか想像してみてください。
ムペンバ効果以上の絶大な『効果』があると思いますが、如何おもいますか。?
NHK放送当時、ムペンバ効果をネット検索しても全部で十数個しか有りませんでしたよ。
日本中で知っていたのはその程度。
ましてやムペンバ効果を完全に信じていた人なんかは(今とは全く反対に)多分ゼロです。

>「ムペンバ効果」を頭ごなしに否定する態度は、とても科学的態度とは言えないのですね。<
、などと不思議な言葉が書いてあるが、マサカLooper さんはNHKが主張した氷作りの裏技(ムペンバ効果)があるなどと、今でも信じている訳ではないでしょうね。?
それでは科学的には五十歩百歩。水からの伝言をニセ科学と笑っている場合では有りませんよ。
NHKの裏技(ムペンバ効果)が実際に有るか無いかは×第二迷信さんのように実際にご自分で実験されれば1~2時間程度で正しい結論が自ずと判るはずです。

いや

>×第二迷信さんの『氷が早急に入用ならムペンバ効果ではなくコンビニに買いに行く方が早い』は素晴らしい名言でした。

 いや、私は、そんなことは言ってませんよ。面影さんが勝手に『引用』しただけで。

あれは「物理学的に、お湯から冷やすほうが確実にたくさんのエネルギーを必要とする
ことは前提としながら、
「実際に氷を作る速さ」は、エネルギー効率その他の要因があるから、
 それだけをもって「ニセ科学だ」と決め付けるのは科学的でないよ
ということです。

(綱引きで、体重の重いプロレスラーを、体重の軽いオバチャンがひっぱっていくようなもんで)

 ちなみに、私の実験では、カップの底のほうは、お湯のほうが先に凍りました。
(低温実験室があれば、数を並べられて、時系列に調べられるけれど、家庭用冷蔵庫では「2個」で比較するしかなかったため、「片方が先に凍った瞬間」を捉えられなかった)

http://plaza.rakuten.co.jp/akatamago/diary/200807260002/

正直、逝きし世の面影さんとの対話は難しいだろうなと思っているのですが、一応反論しておきます。

> Looperさんの仰られる『「ムペンバ効果」を自ら実験もせずにニセ科学だと決めつけた人たち』 は何処にもいません。
> 大槻義彦名誉教授が氷の早作りの裏技としてNHK放送を『物理学の法則に反しているのでニセ科学で有る』と自身のブログで書いて、

あのー、ご自分でご自分の説を否定されてますよ。大槻教授は「実験もせずに決めつけた」一人ですよね。しかも、あとの実験とやらも、ちょこっと2回ほどやってみたけど起きなかったという程度のもので、科学者の実験としては失格ですね。あと、他にも見ましたよ。実験もせずにデマだと決めつけていた人。

>今でも信じている訳ではないでしょうね。?
はー、とても科学を語っているとは思えない言葉を使うのですね。
「信じる」などというのは、神様相手に使う言葉で、科学的検証事項について使う言葉じゃないですよ。

ある常識的にはあり得なさそうな不思議な現象が報告されている。
しかし、これが真実かどうかまだ分からない。
その場合、科学者のとる態度は、
「慎重に実験し、それが本当に起きるかどうか確かめる」
「起きたなら、そのメカニズムを突き止める」
です。

「どうせ起きるわけがないと適当な実験をして、反証したつもりになっている」
というのは実にまずいです。

>ご自分で実験されれば1~2時間程度で正しい結論が自ずと判る

科学実験ってものをされた事ないんじゃないですか?そんな簡単に結果が出るはずがないでしょう。それでは最初から結論ありきの「911自作自演説」と同じですよ。そんな安易な実験で結論はでません。
で、あなたがたはどれだけ初期条件を綿密に精査・変更して実験を検討したのです?私は、あんないいかげんなNHKの放送の話なんかしていませんよ。いわゆる「ムペンバ効果」があるのか、ないのかの検証です。

不思議な現象報告を、これまでの常識から外れるように見えるからとか、自分がちょこっとやってみて再現できなかったからという理由で、「偽」だの「インチキ」だのというのは科学的態度でしょうかね。それこそ、真実と科学の未熟さに「謙虚」であることを忘れているのではないですか?

私は、愚礁さんとは科学に対する捕らえ方はかなり違いますが、科学者も事実に「謙虚」であらねばならないと考える。この点は一致していると認識しております。

ちなみに「ムペンバ効果」に対する私の立ち位置は、北大の前野先生や以下の方とほぼ同じでございます。
http://ch08371.kitaguni.tv/e587726.html
前野先生も、その真偽の検証には
「測定と理論は相当精密かつ網羅的あるいは系統的でなければなりません」
と述べておられます。きちんとした科学的実験とはそうしたものです。

ご参考まで。

ja e w ckさん

>本エントリーに私に対する言及はないようですね。

なにを仰る。当たり前じゃないですか(笑)。私はja e w ckさんの提示した論点の回答は示したつもりですが、ja e w ckさんその人に言及する必要は感じていません。いけませんか?

>ゆえに、コメントすることは何もありません。

なら、それ以上はお黙りなさい。

ja e w ckさんのところへもコメントしましたが、どうもあなた方(←敢えて複数形です)は、論点をむやみに拡大させたがる傾向があるようですね。申し上げておきますが、無駄な論争にお付合いするつもりはありません。が、為すべき論争から逃げるつもりもありません。

端的に申し上げておきましょう。いわゆる「水伝騒動」は、たんぽぽさんのぶいっちゃんへの人格攻撃から始まった。そう考える論拠が当エントリーです。本文中では固有名詞は挙げませんでしたが、そう認識して読んでいただければ「文脈」から誰が誰に相当するか、ご理解できるでしょう。

Looper さん。長い反論有り難うございます

しかし、残念ながら根本的な誤解が有り、話が擦れ違っています。
Looperさんは科学的な疑問としての『いわゆるムペンバ効果』なるモノを想定して御自分の論を進めておられますね。
しかし、Looper さんの想定した『いわゆるムペンバ効果』なるモノは残念ながら存在していません。
そう。NHKが放送ででっち上げるまでは。
だから、
>ある常識的にはあり得なさそうな不思議な現象が報告されている。 しかし、これが真実かどうかまだ分からない。
その場合、科学者のとる態度は、 「慎重に実験し、それが本当に起きるかどうか確かめる」
「起きたなら、そのメカニズムを突き止める」 です。 <

、などと私が論じている(みんながが知っている)、家庭の主婦向けの裏技(ムペンバ効果)とは何の関係もない発言できるのでしょう。
先にコメントした様にNHK放送以前には、誰も科学的な不思議な現象としての『ムペンバ効果』を知らなかった。
日本国中で数十人が、酒場談義かジョークのネタに知っていた程度です。
何しろ氷雪学会の権威も知らなかったし、その弟子たちの科学者の卵たちも知らなかった。
私が議論しているのは、実際に放映された日本最大の放送局の一般家庭向けの科学番組の中で氷作りの裏技『ムペンバ効果』です。
誰でもが一般の市販の電気冷蔵庫によって、家庭の主婦でも行える『氷作り』の話ですよ。
前野氏の指摘したのは『きちんとした科学的実験』で、私が問題にしている『NHKの氷作りの裏技』とは直接には何の関係も無い話のようです。
両者を混同すると、全く話が噛み合わなくなるでしょう。

あの放送はインチキですよ。
そういう意味では『水からの伝言』と全く同じ話です。
インチキの水からの伝言とムペンバ効果、どこに違いを見つけれるか、どこに違いがあるのか実に不思議。
違いが有るとしたら片一方が私事で、もう一方が巨大マスメディアが肯定している事ぐらいですよ。
水からの伝言に対して、
>ただし、思考実験だけで反証が出来てしまう「水伝」は、ニセ科学以前のデマであることは間違いありませんが・・・(笑 <
と言えるなら、当然、思考実験だけで反証が出来てしまう「NHKの氷作りの裏技ムペンバ効果」は、ニセ科学以前のデマであることは間違いありませんね。

大槻義彦名誉教授が『明確に物理学の法則に反する』ので『実験するまでもない馬鹿話』と笑い飛ばしたのは一科学者としては当たり前のことだと思いますよ。
物理法則と言われるものは今までに何度何度もも試され結果が認められているから物理『法則』なのであって、『実験するまでも無い』としたとしても普通は非難されるいわれは無いと思いますよ。
結果が判っている実験でも、再現して見せた大槻義彦氏の方が余程良心的だと思いますが如何でしょうか。
因みに、北大低温科学研究所の前野紀一名誉教授も大槻義彦名誉教授も『NHKの氷作りの裏技』に対しては全く同じ事を主張しています。
まあ確かに、前野氏はNHK放送を監修する立場なので、無関係な大槻氏のようにはっきりと『インチキである』とは言えない様で、言葉を濁して態度を明確にしない様に気を使っていますが。
基本的に裏技として成り立たないのですよ。勿論山形大のapjさんも同意見ですね。
他の科学についての態度は知りませんが、Looper さんの『いわゆるムペンバ効果』に対する態度はまさに『信じている』との言葉がぴったりのようです。
そして『信じる』は宗教とかに対する言葉で『科学』する態度でない事は、ご指摘のとおりですね。

やはり無理だったか・・・

逝きし世の面影さん、
予想通り、対話は難しいなと感じます。
なぜなら、事実よりも議論の勝ち負けを優先し、平気で嘘をつけるのですからね。
そのような方と、まともな議論は無理です。

>しかし、Looper さんの想定した『いわゆるムペンバ効果』なるモノは残念ながら存在していません。

嘘をおっしゃってはいけません。
前野先生は、以前からこの現象の存在をご存じでした。
以下の前野先生の文章を読めば、疑いの余地はありません。

> Mpemba Effectとは、お湯と水をそれぞれ同じ容器にいれて低温のもとに放置したときお湯の方が早く凍ることがある、という現象です。この現象は西洋では2000年も前から知られていましたが1960年代にムペンバというタンザニアの高校生が「再発見」するまであまり話題になりませんでした。私はその頃カナダの大学にいましたからそれを知っていましたが、自分自身はその詳細を調べることはまったくせず、また日本の雪氷や物理の学界にも紹介することを怠り今日に至りました。

2000年も前から知られていたとおっしゃってますよ。1960年代に再発見された時の事も、前野先生は知っていたと述べています。

>これまでMpemba Effectを調査したという報告は数え切れないほど多数発表されています。
と、多くの実験報告の存在も認めています。

そして、
>一方で、この一見不思議な現象に対して完璧な調査研究がまだ行われていないのは残念でもあります。
と、この現象のきちんとした科学的検証の必要性を述べておられます。

>まあ確かに、前野氏はNHK放送を監修する立場なので、無関係な大槻氏のようにはっきりと『インチキである』とは言えない様で、言葉を濁して態度を明確にしない様に気を使っていますが。
前野先生は、単なるインチキではなく、現実に起き、科学的な研究を要する現象だと明確にご存じだから、インチキであるとは言わないのですよ。なんなら、先生のメアドを知っていますから、どちらが正しいか聞いてあげましょうか?

>他の科学についての態度は知りませんが、Looper さんの『いわゆるムペンバ効果』に対する態度はまさに『信じている』との言葉がぴったりのようです。
>そして『信じる』は宗教とかに対する言葉で『科学』する態度でない事は、ご指摘のとおりですね。


この議論相手に対する下品な態度なんか、だれかさんにそっくり・・・ orz

やはり、具体的に言わないと伝わらないようなので

自分は騎士団メンバーではないという自己認識の基に書くのですが、愚樵さんの言うようなレイヤーで両成敗かどうかを見ているのではないのです。


ニケ氏は、熱いうちに打ち直せるタイミングで憎しみを煽り、たんぽぽ氏とぶいっちゃん氏の関係修復を限りなく困難にした上、「決して交わることは無いけどそんな意見もある」と認識するのが不可能な罵倒を繰り返しました。

ごん氏は、いきさつに同情の余地があるとはいえ、利用規約に抵触するほどの一人コメントスクラムをしました。

やつらだ氏は、具体的な被害が容易に予想できる恫喝をしました。


これらは議論上の人格攻撃に当たる批判とは比べ物にならない程度の、ネットコミュニケーションそのものを破壊する行為です。

そして彼らはその点を反省することなく、騎士団の非を糾弾する。そこが騎士団と違うところだと思います。

例えば、かつ氏は今でも内心はtakaをボコボコにしてやると思っているでしょうけど、実際に文章で上げたことの不明を、コメント上で認めた上で削除しました。

でも彼らはそうしていませんし、そういう人物を愚樵さんの周辺では擁護しています。

そういう人たちのコミュニティから発せられる「他者を踏みにじるな。9条を守れ」というメッセージは、ひどく空虚なものに見えるのです。数の優位を保つために問題議員を擁護する自公政治とどう違うのですか?



愚樵さんの言うレイヤーではどっちもどっちを完全否定できるとまでは言えないと思うので削除を求めたりはしませんが、これらのことは心にとめて欲しいと思います。

愚樵さんの田崎氏を批判したエントリーは、タンペペファンクラブを批判したたんぽぽ氏のエントリーと同じ構造でニセ道徳者のレッテルを貼っているので、確かに「双方」だと思います。




>逝き氏世の面影さん

>検索しても全部で十数個しか有りませんでした

その数少ないサイトの中に小学生向け科学実験サイトがあったと思うのですが、そこでは対流と4℃の水の比重が一番重いことをうまく利用する工夫がされていましたが、その実験と逝きし世の面影さんの実験ではどんな条件の違いがあったのでしょうか?

具体例

>そういう人たちのコミュニティから発せられる「他者を踏みにじるな。9条を守れ」というメッセージは、ひどく空虚なものに見えるのです。

この方は「非戦の誓いを掲げる権利」が存在するとでもお思いなのかな。

それとも「人権派」の座り込みを不法占拠とでも言い換えみるか。

さあさみなさん。

とっくりと御覧じろ。

これがあたしのいう「当たり屋」の例さね。

takaさん、ようこそ。

愚樵さんの言うようなレイヤーで両成敗かどうかを見ているのではないのです。

なるほど、それはそうなのかもしれません。けれど、「双方」というのは、レイヤーの違いの話なのでしょうか? また、ja e w ckさん(←覚えました(笑))のところで為されていた議論は、そのレイヤーを混同した話ではなかったのでしょうか? 

レイヤーをここ、というのなら、つまりは共感派の論理派への感情的な攻撃、というのであれば、これはまた違う話になるでしょう。ですが、ここについて私は自分の見解を表明したはずです。「ハラスメントだ」と。

しかし、それもこれも、もとはいえば、たんぽぽさんがらんきーを攻撃したことに始まったのです。takaさんも私とたんぽぽさんとのやりとりをご覧になったと思いますが、たんぽぽさんは正常にネット・コミュニケーションをする意志もなければ能力もない。つまりはネット・コミュニケーションを破壊してまわっている。そんな人物を擁護しておいて「片方」はないだろう、というのです。共感派に反省がない、というのなら、それも「双方」だ、という話にしかなりません。

でも彼らはそうしていませんし、そういう人物を愚樵さんの周辺では擁護しています。

「周辺にいる者」として話をさせてもらいますが、彼らに反省の意志がないわけではありません。しかし、それは表明できない。なぜだか理解できませんか? それは「対立の構図」が引き続き存在しているから、です。この構図が残ったまま反省を表明すれば、相手は自分の都合の容易ようにしか解釈しないだろう。そういった心理が働いている。現に「対立の構図」を未だ強く引きずっているのは論理派の方でしょう。ja e w ckさんの登場は、そのことの裏付けになってしまいました。これでは共感派は、たとえ反省していたとしても、それを表だって表明することはない。共感派の反省は、彼ら、いえ、私も含めて私たちと言っておきましょう、私たち内輪での反省材料にはなっても、論理派とは共有されることはない。その意味でも「双方」です。

さらに続けましょう。今回、私は表だってたんぽぽさんを非難することになりましたが、これとて、らんきーのぶいっちゃんへの攻撃と同じ事を性懲りもなく行おうとしたからです。私の「双方」発言がある以前から、たんぽぽさんは私へ攻撃を始めていた。まともに取り合わずにいたところへ「双方」発言で、これ幸いとばかりに押しかけてきた。

確かに私は論理よりも共感の人間だし、他の共感派の人達にもシンパシーは感じています。けれども、上記の経緯でたんぽぽさん批判を始めた人間に、takaさんが仰るようなレイヤーは、それはそれで意味があるにしても、筋違いというものでしょう。

>愚樵さんの言うレイヤーではどっちもどっちを完全否定できるとまでは言えないと思うので削除を求めたりはしませんが、これらのことは心にとめて欲しいと思います。

諒解しました。心に留めておきますし、次の状況へ踏み出せるよう方策も考えてみます。同時にtakaさんにおかれましても、私および共感派のレイヤー優先順位について思いを致していただきたい。どちらが先にではなく互いの優先順位に思いを致すことが、結局、相手から求めることを引き出す近道になろうかと思います。

いやはや、まいったなあ~^^

どこかでtakaさんと接点があったのかな?さっぱり思い出せません。
が、袖擦り合うも何かの縁ということでtakaさんにお返事。(愚樵さん場所を借ります。)

何から話し始めたらいいのかなあ~。よくわかりませんが、

>ニケ氏は、熱いうちに打ち直せるタイミングで憎しみを煽り、たんぽぽ氏とぶいっちゃん氏の関係修復を限りなく困難にした上、「決して交わることは無いけどそんな意見もある」と認識するのが不可能な罵倒を繰り返しました。

そういう見方もあるし、私もそうだったのかなあと思ってはいますよ。結論は出てませんが。

しかしたった一箇所を見ていただくだけで十分ですが、私とたんぽぽ氏との直接的な接点はぶいちゃんのところしかなかったように記憶してます。
私はあなたにあちこちを見てくださいとURLをいくつも貼り付けてあなたの貴重な時間を使わせるようなことはしたくないから、ぶいっちゃんの「明けましておめでとうございます」のエントリを読んでください。
http://rankeyblog.blog68.fc2.com/blog-date-20080101.html

ま、「いまさら言われなくとも其処は読んだ」といわれるかもしれないけど、読んで時系列を考えたうえでもあのときの私の発言が
>たんぽぽ氏とぶいっちゃん氏の関係修復を限りなく困難にした

というなら、これはもう私は諦めるより仕方が無いです。

ひとつ言っておきますが、私は「たんぽぽ氏とぶいっちゃん氏の関係修復」なんて考えていませんよ。
私は、私対たんぽぽ氏、でしかありません。
あなたはご存じないでしょうが、私の行動はぶいちゃんには大きな迷惑だったのです。

で、もう一度言いますが、私は私のために私のやり方で行動したのです。

そして私はこう書いています。
>私がぶいっちゃんのところでコメントした内容から名指しでコメントを返されたことは初めてなのかな?忘れてしまったのでどうでもいいがこれを延々とするつもりはありません。続けるなら私がそちらへ伺うか私が別の場所を案内します。ぶいっちゃんに迷惑ですからねm(__)m

そして私は「別の場所」として一旦やめたブログを再度立ち上げて、主にたんぽぽ氏を標的に書き始めたわけです。
私はたんぽぽ氏との関係の中でしか頭に無かったが、いろいろ別の方から意見を頂戴しました。その中で、私としては新たに敵を作りたくなかったが、やむなく敵とする人たちが増えていきました。もちろん自分の妄想も加わって敵認定する人がだんだんと増えていったわけですが、最初からそうであったわけでは有りません。もちろん仲間も増えていきましたが・・・。(^^)

ここでもひとつ言っておきますが、愚樵さんは別に敵でも味方でも無かったですよ、当時は。最近のことです、興味が持てる発言をするお方がいるなあと思ってお邪魔するようになったのは。

takaさんあなたが私に対してどのように感じているのかなどはあまり関心がなかった。割といいことを言う人だなと思ってたぐらいです。でも、失礼ながら、あまりあなたの発言を読んでいなかったかもしれません。印象が無いのです、何故か分からないが。

でも、
>ニケ氏は、熱いうちに打ち直せるタイミングで憎しみを煽り

といわれると、先にも言ったようにそうだったかもしれないとは思いますが、何故あなたが名指しで言うのかについては良く分からないのです。
しかしいいのです。どの道私の評価が「極悪人」であっても甘んじて受け入れます。

だが不思議なのですよね。私は「別の場所」を用意したけど、ただの一度も訪れてはくれなかった。いろんな人が私のことをあれこれ言ってましたが、(名前は書かないが)来た人はたった二人だけ。(さびしかったね^^)
今思えば私が出向けばよかったのか。とか思わないでもないけど、takaさん。よそ様のコメント欄で有意義な会話をするのなら出かけてもいいけど、罵倒と中傷のために飛び込んだこの騒動では遠慮せざるを得なかった。

あなたは私がブログを閉じた理由などわからないよね。分かったからといっても「知ったことか!」の世界でしょうけど、私は私なりに私のようなやり方で、しかも公開での不毛な論争は止めようと思ったからです。
でもよく読んでくださいね。論争をやめるというだけでたんぽぽ氏に対する言及までやめたというわけではありません。陰でやってるか電話やメールで話しているか、ま、想像に任せますが。

そして付け加えるなら論争はしたことが少ない。というかやった覚えもない。しかも私は論争が苦手w
ほとんど罵倒中傷をすぐにやりだす男なのでね。
そもそも私はトンデモ叩きをやっていたので、どちらかといえばたんぽぽ氏タイプなのですよ。(笑)
しかしあのやり方ではない。「笑い」が出るように出来るだけ心掛けてたトンデモ叩きです。

久しぶりにtakaさんというあなたとこうして縁が出来たので論争というものもしてみたいと思っています。
ブログは休止状態にしてあります。場所はすぐにも開放できます。なんなら過去ログも読めるようにします。

如何でしょうか?お返事をお待ちいたしますが。

あ、このタイミングというのも面白い。(笑)

>愚樵さん

ぶしつけな提言に耳を傾けてくださり、ありがとうございます。

ここに至るまでの状況の推移そのものが9条の精神を胸に抱き続けることの難しさの顕在なのではないかと思います。

人が二人集まれば派閥が生まれ、三人集まれば多数派工作が生じてしまうのではないか?そして多数派の抑圧と少数派のねたみが同時に発生してしまうのではないか?と。

さめ氏とえぼり氏のブログも論理派の雑談コメ欄もガス抜きの役は果たせなかったし、思う存分やりあった結果が埋める事の極めて困難な亀裂になったわけです。

争いの火種は尽きないのだから森を焼き尽くす大火になる前に鎮火する努力が必要で、延焼の責は焚き火を始めた者にではなく、火にガソリンをまいた者に問うべきだと思います。

その意味で一対一のブロガーのいさかいではすまない状況を作り出した三人の責は甚大だと思います。

愚樵さんは理解しろといいますが、基地や珊瑚とは何も関係ない自身の発言に対するクレームについての攻撃的言辞を、市民運動に無理やり同化させる発言にはあきれ果ててしまいます。自身の責任で解決すべき問題ではないのですか?たんぽぽさんや、その周辺に言いたいことがあるなら、市民運動を道連れにしないでいただきたい。

それとも「ごんの敵は沖縄の敵」あるいは「セクハラではないと言ってくれる、さめさんの敵は沖縄の敵」が真理だと言いたいのでしょうか。

こういう人がいるから緩やかに、そして広く浅く運動を支持する人が逃散してしまうのだと思う。民衆の支持はいらない、コアを固めれば十分というならあえて止めはしませんが。

この点は、たんぽぽさんにも当てはまります。



というわけで、>たんぽぽさん

自身に完全賛同しないものは政敵で、平伏するまで徹底的に叩かなければならない、とか思っているのではないでしょうね?譲れないものを守るための言動は何をやっても受け入れられるというわけではありません。

たんぽぽさんは、さめ氏にタンペペのラベルが貼れる可能性を最大限に提示することで、タンペペの攻撃を防ぐ盾としてさめ氏を犠牲の羊にささげることに、倫理的抵抗が無いことを示しました。これは、それを示す別テキストが存在するとか、然るべき文体鑑定に出して確認したという裏付けがあって敢行したのでしょうか?

光るナスのことがあるから先に言っておきますが、結果としてタンペペは閉鎖したというのは時系列を無視した言い逃れですよ。

こういうテキストを書き続ける限り、ことさらに敵に恨みを植え付け、たんぽぽさんに対する反応の分布曲線を敵対的は方へ押しやります。自らの行動が、積極的支持者と積極的敵対者を同時に作り出しています。

その状態に我慢できないなら、融和策をとるか、手加減をするか、もっと狡猾な方法をとるしかありませんが、現状維持を含めてどんな方針を採るかは、たんぽぽさん自身がリスクと効果を秤に掛けて選ぶことなので選択肢の提示にとどめます。


ごん氏については、あの場では、ああでも言わなければごん氏は引かなかったと思うので仕方ないとは思いますが、ごん氏の論理の例示として挙げた地下猫氏の例示は強烈過ぎたのだと思います。結果としてごん氏は恨みを持ち、たんぽぽさんと地下猫氏を秤に掛けて、クレームを付けやすい相手を選んだわけです。

いずれにしても、コメントラッシュそのもの、セクハラそのものもは、各氏の自己責任で行われたものですが、そこに至る道は、たんぽぽさんが自ら敷いたものです。

各行為自体の責は自分も各氏に求めますが、その前段階の責は、各氏の感情的わだかまりに無頓着だったたぽぽさんの自己責任であり、たんぽぽさん自身が責任追及以外の方法を同時並行で用いて解決に乗り出すべき問題です。

たんぽぽさんのコメント3つ削除しました

 

ニケさんへ

批判者に対して過分な評価をしていただきありがとうございます。

残念ながら、らんきーの該当コメ欄は削除されていました。

光るナスでのコメントで二割くらいは薄れましたが、悪いですが、ニケさんへの人物評価は閉鎖されたブログでの印象を引きずっています。


批判されれば、誰でもいやな気分になるのは当たり前で、その時ごく近くにいる人がその問題にどう反応するかは、その後の当人の判断に大きく影響を与えてしまいます。

コメント欄では、やはりニケさんのコメントがその後に大きな影響を与えて元々あった反感を増幅させ、ぶいっちゃん氏だけでなく他のコメンターにも波及し、一つ前のエントリーのコメント欄から乗り換えたたんぽぽ氏に対して新年のエントリーにふさわしくないとかコメントが付いたと記憶しています。

その後、ブログのほうで罵倒や予断で行動する宣言を見て、話しかけないことに決めました。ちょちょんまげさんのところで書きましたが、異論を持つ者の間の友好関係を築ける相手とは思えなかったからです。自分は中庸と具体的に役立つことに答えがあると考えているので。

そういう考えだから、偽科学批判はご近所トラブル解決のために必要なことなので応援するけど、論理派の人たちとは馴染めない。共感派もそうですが、政治的な関心が強い人は、極端だったり闘争的だったりするから。この騒動がいい例だと思います。

たんぽぽ氏と交友を持つ気はないというのは、人それぞれの判断だし、強要されれば反発するものなので、それはそれでいいと思います。時には辛辣な批判をしたっていい。でも、そこには言論人としての矜持があってしかるべきだと思います。反論するならきっちり相手に伝わるように反論する。黙るなら黙る。謝るなら謝る。

ブログ再開は、気が向いたらお邪魔するというのでよければ再開してください。閉鎖の判断は尊重しますので過去ログには拘りません。

takaさん

>ここに至るまでの状況の推移そのものが9条の精神を胸に抱き続けることの難しさの顕在なのではないかと思います。

同感です。その上で申し上げれば、9条の精神を支えるのに必要なのは、内に向けては自省、外に向けては共感であると改めて強く思う次第です。
(上の「共感」と「共感派」を同一視してくださいませぬよう、お断りしておきます。)

>争いの火種は尽きないのだから森を焼き尽くす大火になる前に鎮火する努力が必要で、延焼の責は焚き火を始めた者にではなく、火にガソリンをまいた者に問うべきだと思います。

これも同感ですが、そう仰るtakaさんが、ガソリンを撒いていることにお気づきになりませんか? ニケさんの登場は、takaさんのガソリンに反応してのこと。そして、

>愚樵さんは理解しろといいますが、基地や珊瑚とは何も関係ない自身の発言に対するクレームについての攻撃的言辞を...

もまたガソリンです。私はja e w ckさんにむやみに論点を拡大させるなと申し上げましたが、同じ事をtakaさんにも申し上げなければなりません。私のこのブログにおいて、いつ、どこに基地や珊瑚が出て参りました? またそれ以前、ミルクがどうのとか言った話もここでは一切登場していないのです。私が言及したのは「双方」というだけのこと。それ以上に話を膨らませていったのはどなたでしょう? そしてその行為は「ガソリンを撒く」ことにならないのでしょうか? 「対立の構造」という火種が燻るなかで?

>その意味で一対一のブロガーのいさかいではすまない状況を作り出した三人の責は甚大だと思います。

まだそれ「のみ」を言い立てますか? takaさん、あなたがどういった意図でここへいらしたのかは分かりません。「自分は騎士団メンバーではないという自己認識」というのを好意的に解釈するなら「中立」ということになりますが、もしそうであるなら、もう少し配慮をなさって発言をしていただきたい。そうでなければ、私はtakaさんへの好意的解釈を放棄せざるを得なくなります。再度言いますが「対立の構図」はまだ生きているのです。

また、上記の事実から解釈しても、ガソリンを撒きに来たのだと考えざるを得なくなる。

どうなのですか? 

*****

ニケさん。

ようこそ、と申し上げたいところですが、ごめんなさい。ここでのご登場は、私にとっては少し困りものです m(_ _)m

仰りたい気持ちは重々承知しているつもりですが、ここで述べてもラチは開かないだろうということは、予想できるはずです。

私は、自分の主張を明確にするためにも、無用の混乱を招くような事態は避けたい。善意、悪意は関係ありません。わがままで申し訳ありませんが、どうか私の意図を汲んでください。よろしくお願いします m(_ _)m

takaさん、もうひとつ。

takaさんのたんぽぽさんへの態度は、私にとっても評価出来るものです。

先のコメントでは、このことへの言及を失念しておりました。

ここへ言及しておかなければ、私も公平性に欠けると言われても仕方ありません。

遅れての言及になってしまいましたが、どうかご容赦を。

我が窮状

トンクス。愚樵さん。

「九条」や「沖縄」を出されたら、あたしは飛び出さずにはいられない。

こればっかりはどうしようもないんだ。

またやっちまったかと悩んでいた。

涙が出るほどうれしい。

takaさん、

あなたがあたしを挑発したのでなければここで詫びる。
(本気であたしに同情したのだとしたら)

ご免なさい。

あたしはあなたのやり方を好きではない。

だが、詫びる気持ちは本心だ。

愚樵さん、其の他の真面目に主題を論じているみなさん。すみません。

×第二迷信さん。
私が書いた>×第二迷信さんの『氷が早急に入用ならムペンバ効果ではなくコンビニに買いに行く方が早い』は素晴らしい名言でした。<
は当方ブログでのコメント遣り取りの中で出てきたものですが、全くの記憶違い。ご迷惑をかけました。
しかし氷作りの早業の『裏技』(ムペンバ効果)なら誰にでも実験して成否が判定出来るのですが、実際に再現実験する人は少ない。×第二迷信さんには改めて敬意を表したいと思います。



愚樵さん。
話が盛り上がっているのに何やら場違いなコメント。『少し不味かったかなあ』とは思っています。しかし記事の題名が「文脈」と卑怯・人格攻撃のフレーム、ですよ。
ところが困った事に『珍しく共感しました』という Looper さんのコメント内には(個別の人物名こそ記入されていませんが)「文脈」を理解できない(無視した)卑怯な人格攻撃(個人攻撃)が唐突に入っている。
Looperさんは、専門の科学者が行う純粋に学術的な『科学的に未知の領域』の話と、家庭の主婦等が利用する『裏技』の真贋の話を、意識的にか無意識的にか混同して、『NHK放送の裏技は偽者である』とする人たちを『科学的な態度に対する無知』であるかのように非難する何とも理解出来ない事をしている。

この態度は、「文脈」と卑怯・人格攻撃のフレームの記事の趣旨とは正反対の恥ずかしい態度です。
そして今回問題になっているニセ科学批判を個人攻撃の材料にしたたんぽぽ騎士団(自警団)と似た構図になっている。
Looperさんは、滅多に起こらない『未知の科学領域』の現象と、誰でもが日常的に利用する『裏技』の話が同時に話せないことを私がいくら説明しようとしても、聞き入れる素振りも見せない。
今回、北大低温科学研究所の前野紀一名誉教授の優柔不断の不可解な態度、発言によって混乱させられていますが、事の顛末を追って行けば自ずと起こった事実は明らかです。
前野氏は『ムペンバ効果』の放送に反対して監修を拒否しています。(通常の当該番組では科学者の厳密な監修がある)
その為に当該番組では通常ある化学的な解説が全く行う事が出来ず、反対にオカルトや超常現象、超能力番組では常用されている『未だ科学的に未解明な○○効果』『科学的未解明現象』なる不思議な言葉が繰り返される始末。
NHK側ではあるが一科学者でもある前野氏は、放送が「まずい」と知っていたのです。
しかし、監修は拒否できても放送は中止出来なかったし、立場上NHKを批判する事も出来ない。
NHK放送は弁護しなければならないし、裏技がインチキだとも表明できない。それで冷蔵庫のオーバーシュート(暴走)だろうと誤魔化そうとする。
前野氏はNHKの裏技に対しては一貫して反対しています。
それにしても、2000年前のアリストテレスが電気冷凍庫を持っていたはずも無いが、前野氏のNHKの納豆ダイエット程度の大失態を『科学的に未解明な領域』として何とか誤魔化そうとする態度は可也苦しいですね。
-20度以下の低温下で空中に散布された熱湯が瞬時に凍結する事は経験的に知っていますが、極低温下での凍結時間の逆転現象が起こるかどうかの科学的に厳密な測定は山形大のapjさんも『簡単には無理である』としていますし、私自身であれ誰であれ専門家以外には手に余る事柄でしょう。
極めて限られた条件下で起こる『滅多に起こらない科学現象』に対しては、私であれその他の一般市民であれ、通常その様なことには興味はないし、有ったとしても能力が無い。

私が最初から最期まで一貫して主張している事柄は、Looper さんが一貫して書いている、その道の専門家が扱う『学術的な未知の領域』の話では無く、名称だけは同じ『ムペンバ効果』ですが全く関係ない、誰でもが行う事が出来る『裏技』のインチキ話です。

それにしてもLooperさん。最初のコメントの前文が言わずもがなの、
『正直、逝きし世の面影さんとの対話は難しいだろうなと思っているのですが、一応反論しておきます』
普通、このような事を真面目に討論する気持ちがある人が、書きますか。?
内容は、『NHKの裏技』と何度も、何度も念押ししているのに、そのことに対しては一言の言及もなし。
完全無視。
二回目のコメントは題名からして、『やはり無理だったか・・・』
基本的に議論を回避したい時に常用される台詞で、真面目に議論する態度とはいえない。
内容は、前回と全く同じで今回もNHK放送の裏業に対して一言の言及も無く完全無視を貫く。
そして最期に、『この議論相手に対する下品な態度なんか、だれかさんにそっくり・・・ orz 』で終わっている。
自分から一方的に突然卑怯な人格攻撃をしておいて自分の行動の意味が判らない。
『話している対象、主題が基本的に違っている』事を無視する。
名前が同じでも『実際に合った納豆ダイエットと同等の事件』と、Looperさんが主張する『これからの解明が待たれる科学的な事象』との違いが分らない。
自分の意見を支持しない他人とは『討論をしたくない』事だけは理解しました。これってたんぽぽ氏の態度とソックリですね。

護憲左派のブログ界で、人数的には極限定した小さな集団のたんぽぽ氏とその自警団が大暴れ出来た背景には、 Looperさんのような善意から偽科学を追求している科学者グループや一般の読者が大勢居たからですね。
だから、これほどまでの大騒ぎに成ってしまった。
一時期たんぽぽ集団は『ニセ科学退治の十字軍』気取りで、すき放題に暴れまわっていた。
今回の『水騒動』は、科学がイジメの道具にもなるし、宗教にもなる見本のような話です。

このエントリ内では最後です。^^

愚樵さん

申し訳なかった。ここはこれで打ち切ります。<(_ _)>
ちょっと長い文章を書いていたのですが、最終的に投稿をやめる判断をしました。


takaさんへ

>残念ながら、らんきーの該当コメ欄は削除されていました。

それは申し訳ないことをしました。
で、ここに投稿する予定だったコメントは
http://nikemild.exblog.jp/9416575/
に追記の形で貼り付けておきます。
(私のコメント欄は文字制限があるので)

気の向いたときにいらしてください。永久に開けておくわけでもないのでその点はご理解の程。

面影さん、Looperさん

おふたりの「対話」(←敢えて言いますね)を拝見しながら、ネット・コミュニケーションの難しさを改めて実感していたのです。

ムペンバ効果の程度の話は、同じ実験室で同時に検証すれば、なんら問題は生じないはず。でも、顔を合せずにネットでやると、こうなる(笑)。

やはり、特にネット上では、「互いの人格は対等」。ここには留意を払うべきでしょうね。少しでも「人格に差」があることを臭わせてしまうと、話が通じなくなっていく。これは如何ともし難い「法則」のようなものでしょう。

まあ、かくいう私も現在進行中の論争では、「差」を明らかに臭わせてはいるのですけどね(苦笑)。もちろん、そのことへの批判は全面的に受け入れるということで。またこのエントリーはそういう趣旨でもある。

エントリーの趣旨に沿うと、ここで私が私の見解を表明することも出来るのですが、そこは遠慮させてもらいます。そのあたりは普通の日本人ということで(苦笑)。

逝きし世の面影さん

> 前野氏は『ムペンバ効果』の放送に反対して監修を拒否しています。

orz...ほら、また嘘をつく。
前野氏:私は初めは反対していたのですが、面白い現象なので、メカニズムについてはまだ信頼すべき精密な測定が行われれていないと説明する、という条件で放映に同調することにしました。
と、放送に同意され、番組を監修されたのですよ。

正直、あーまたか・・・という感想しかないのですが、それだから議論は最初から無理だろうと思っていたのです。

>『NHK放送の裏技は偽者である』とする人たちを『科学的な態度に対する無知』であるかのように非難する何とも理解出来ない事をしている。

どこが?
私は最初から「ムペンバ効果」についてしか言及していない。NHKの放送の話なんかしていません。そうわざわざ明言すらしている。そこに無理矢理NHKの「裏技」にすり替えようとしているのはあなたですよ。

>前回と全く同じで今回もNHK放送の裏業に対して一言の言及も無く完全無視を貫く。

当たり前です。最初からそんな話はしていないからですよ。

では、聞きますが、NHKの「裏技」ではなく、ムペンバ少年によって再発見された「ムペンバ効果」については、あなたはどのように考えているのです?
大槻教授がデマだと言っているのは、この効果の自体の事であり、NHKの「裏技」限定の話ではありませんよ。で、私が批判したのは、「裏技」ではなく、この「ムペンバ効果」をろくな検証もせずに「デマだ」「インチキだ」と決めつけた大槻教授のような方たちですよ。
で、あなたはどういう立場なのです?

>『話している対象、主題が基本的に違っている』事を無視する。

無視して違う話をねじ込もうとしているのはあなたじゃないんですか?

>愚樵さん

>ガソリンを撒きに来たのだと考えざるを得なくなる

コメント番号2156を読んで、腹を割って話せると思い、考えをストレートに書きすぎました。後、まさに、ごんさんの行為について話している最中に、当のごんさんから座り込みが引き合いに出されたので、反応してしまいました。ご容赦ください。

自分も騒動に口出ししている以上、新たな火をつけているという自覚はあります。自分でつけた分は自分て消すよう心がけてはいますが、至らない点はご協力ください。そして極所での鎮火が、ほかの場所にも広がっていくといいなと思っています。

自分は双方が非を認めるだけでは沈静化は難しいと思います。それに加えて互いの義、または互いの理を認め合う必要があると思います。何も全面服従する必要はありません。認められるところだけを認めて、ほかは反論しても拒否してもしていい。

ただし、はっきり言葉にすること。「ごめんなさい」も「ありがとう」も、水なんかに語りかけるよりは、敵に語りかけたほうがよっぽど実用的です。そして自らの矜持に賭けてその後の行動を律することが出来れば、信頼できる敵になれるのではないかと思います。

あと、ネゴシエイター役も必要かも。



>ごんさん

こちらこそすみません。

ごんさんから先のような反論が出されると、どうしてもあのときのことを想起してしまう。沈黙しろとまでは言いませんし言う権利も無いですが、ちろさんやnaokoさんの忠告に、もう少しだけ注意を払ってもらえたら、と思います。

ごんさんの平素の文体のコメントは貴重な情報源にしています。

愚樵さん、面影さん

>やはり、特にネット上では、「互いの人格は対等」。ここには留意を払うべきでしょうね。少しでも「人格に差」があることを臭わせてしまうと、話が通じなくなっていく。これは如何ともし難い「法則」のようなものでしょう。

そうですね。
その点は、私も自分らしくなかったと反省すべきですね。

面影さんの記事や他所での議論を見て、絡めば必ずこうなるだろうと目に浮かんでたので、つい最初からそういう態度を取ってしまいましたね。でも、例えそう思ってたとしても、結果そうなったとしても、こちらからそういう態度はとるべきではなかったと反省しております。
済みませんでしたね。面影さん。
きっと面食らったでしょう。

ただし、人にあんな下品な事言ってて、「人格攻撃だ」などと騒ぐ資格は無いと思いますよ。

あと、愚樵さんの上から目線も半端じゃないですよ。
まー、お互い注意していきましょう。(笑

謝謝

愚樵さんごめんなさい
一度だけ
お許しください

takaさんへ

>先のような反論が出されると、どうしてもあのときのことを想起してしまう。

1度目は、
『あの居酒屋談義で、あたしは人を差別したおぼえはないし、ストーカーなどと形容されるような謂われはない、ということを釈明しに行った。もちろん「ギスギスイヤミババア」という口汚い言辞で特定の人物(言われたと思った本人のことです)を中傷はしたことは認める』

2度目は、
『「あたし(たち?)」と、「あたし(たち?)と論争したみなさん、(特にgegengaさん)」との間に辛うじて残っていた「節」を、たんぽぽさんが踏みにじったことを批判しに行った。最終的には、アクセス禁止をしてもらって「ね、こういうふうなこともあるんだよ」と、みなさんに知らしめに行った』

ご覧の通り、そのどちらも失敗に終わりました。あたしの「やり方」が、反感を煽ったのでしょう。うまいやり方ではなかった。このことは、あたしの責任です。認めます。

その後の「騒動」の広がりについても、わたしの責任です。

ご免なさい。

・・・だから、

あたしの思いは上記2点以外の何ものでもないことを、どうか認めていただけないでしょうか。あたしの思いは(自分でも得体の知れないものですが)やっぱりあたしのものです。それを、そろそろ返してもらいたいのです。

<そして、できうるならばもうひとつ。件の「地下に眠るM」というHNの「もの」は、あたしの中では形容のしようがないほど邪悪な存在です。これは恨みでも蔑みでもありません。あたしはかの「もの」のことを対話に値する人として認めていないだけです。このことを承認いただきたいのです。たんぽぽさんと、かの「もの」を同列に扱ったことは御座いません。これもあたしの本心です。このことを認めるというのは、takaさんのおこころにかなりの飛躍を要求することだというのは承知しています。ですが、信じて、認めてもらえればありがたいことです>

愚樵さん、みなさん、

これは、takaさんとわたしとの個人的なやりとりです。なのでtakaさんがわたしの云いを認めてくれるかどうかが問題であって、それ以外の何ものでもありません。そうして実は、takaさんがわたしの云いを認めてくれなくても、(矛盾するようですが)わたしにとってはそれでいい、のです。

この機会をつくってくださったtakaさんに感謝します。
そして樵さん(とここの読者のみなさん)に、

どうもありがとうございました。

ごんさんへ

あまり気に病まなくていいですよ。

今回のことはコメントの流れがあってのことですから。

ごんさんが、そのことをきちんと言葉にしようという心境になってくれたことがうれしいです。

Looperさん

>あと、愚樵さんの上から目線も半端じゃないですよ。

いや、まったく(苦笑)。

コメント欄にいろいろな人が出入りしてくれるのは嬉しいのだけど...、本性暴かれてしまいます(爆)。

...「人格は平等」なんて、所詮はタテマエなんですよね。でも、絶対必要なタテマエ。

タテマエとホンネは、使い分けてもいいと考えています。但し、使い分ける人の責任において。自分のホンネをホンネだと認めないのは卑怯です。そこだけは気をつけないと、と思っています。

takaさん

誠実な返答をありがとうございます。

これまでのやりとりについて、また上のごんさんとのやりとりも、私としては申し上げることはありません。

たとえわずかでも通じ合えるところがあったように見受けます。ならば、場を提供できた私にとっても喜びです。

ニケさんには、もしかしたら、その「場」から閉め出すようなことをしたのかもしれませんが、あの流れでは致し方なかったでしょう。ニケさんはニケさんで「場」を設けられたようですし、そこでの「対話」も進んでいる様子。なによりです。

あと、ついでですから(笑)、この部分について

>自分は双方が非を認めるだけでは沈静化は難しいと思います。それに加えて互いの義、または互いの理を認め合う必要があると思います。

義あるいは理を認め合うのは、不可能な場合もありそうです。今回のものを含めての「騒動」は、相手が義あるいは理が認めるものという「前提」があったからこそ起こったのだとも言える。相手への非難は、もとからこの「前提」がなければあり得ないことですからね。

私はニケさんのところで「悪意」という言葉を出しましたが、この「悪意」とは、その「前提」を逆用することを指しています。つまり、相手には「前提」を求め、自分には「前提」を適用しない。もちろんあからさまに「前提」を適用しないことは隠蔽します(それをすると誰も相手にしなくなる)が、「前提」は「前提」であるがゆえに、相手は「前提」があると思い込む。そこを利用するのですね。

これをやられるとコミュニケーションは破壊されてしまいます。それも「前提」を守ろうとする者の方が痛手を受ける。かのような「前提逆用の悪意」を駆使しているのがたんぽぽさんです。だからこそ「双方」をムキになって否定する。「双方」を認めてしまうと、「前提逆用の悪意」が無効になってしまうからです。

私がたんぽぽさんを「反社会的」と表現したのは、この「前提逆用の悪意」を認めざるを得なかったから。もしかしたらこの「悪意」はたんぽぽさんのなかで意識されていなのかもしれない。けれども、意識されていようがいまいが「前提逆用」をされてしまうと、された相手方には「悪意」が生まれてしまう。たんぽぽさんの相手はみずからの中に生まれた「悪意」ゆえに、たんぽぽさんを「悪意」だと認定する。

論理派vs共感派と別れてしまった最大の理由を私は、たんぽぽさんへの「悪意」を共有したかしなかったかの差だと認識しています。共有した者は共感派となり、しなかった者は共感派の「悪意」の方を共有して論理派となった。そこから「悪意の連鎖」が始まったのだと考えます。

ですから、ここを解きほぐそうと思えば、まず「前提」を取り払うことが必要です。相手の理と義を認めるという「前提」を取り払って、自分の中に生まれた「悪意」を見詰める必要があると考えます。それが「自分の非を認める」ということです。

それが済めばまた「前提」に戻ればいいのでしょうが、あまり「前提」にこだわってしまうとまた「悪意」が生まれかねない。「前提」は「前提」の位置から退いてもらって、「希望」くらいのものに留めておくのがよいかと思います。

Looper さん。

時間はかかりましたが、やっと話が噛み合ってきた様ですね。
Looperさんは、NHKの裏技(Aのムペンバ効果)の話には興味が無い。
(>私は最初から「ムペンバ効果」についてしか言及していない。NHKの放送の話なんかしていません。そうわざわざ明言すらしている)
しかし反対に私は、学術的意味合いでの低温化での凍結現象での温度の逆転(Bのムペンバ効果)には興味はない。有ったとしても時間も能力も無い。
(私のコメントでは必ずNHKのとか、氷の早作りのとか、裏技とかをの枕詞を付けて混同しない様に区別している)
私が一番興味が有るのは日本人全般のメディア・リテラシーの問題です。
お互いの誤解の元は、大概は立ち位置の違いに因るものが殆んどで、今回のは言葉(ムペンバ効果)の定義(認識)の違いです。だから話が擦れ違っていた。
今回、これが明らかにされたのは大収穫だった。
これでこれからは今までと違い少しは建設的な話が出来そうです。
Looperさん。
『>そうわざわざ明言すらしている』とお書きですが、最初のコメント『>最近典型的だったのが、「ムペンバ効果」を自ら実験もせずにニセ科学だと決めつけた人たちです。』には具体名は出て来ませんが、大槻氏がこの場合には一番有名なので大槻氏を指していると理解しました。(多分その他の読者も同じ名前を思い浮かべた筈です)
この時点ではLooperさんは、残念ながら『NHK放送とは関係ない』とは明言していない。
そして大槻義彦氏は、氏のブログを読めば明らかなように『NHK放送の裏技』に対して『物理学の法則に反していてバカバカモノである』と批判しているが、それ以外(Bのムペンバ効果)に対しては何ら言及していない。
最初のLooperさんのコメントが大槻氏を指しているのでしたら事実と違い、何かの誤解が勘違いですね。
それで『多分大槻氏のブログ記事を読んでいないで書いたコメントであろう』と判断した訳です。
ですから私の最初のコメントでは、わざわざ大槻氏のブログの住所まで書き入れる等の、知っている人に対してなら失礼に当たる行為を行った訳ですね。
最初にボタンのかけ間違いが有ったようです。
私の言葉遣いや態度に以前から問題があるとの指摘ですが、痛いところを突かれました。
他の人からも『内容はともかく、言葉遣いがアブナカしい』との言が有り、思い当たる節があるだけにお恥ずかしい限りです。
基本的に、誰かが自分と違った意見を持っていても直接相手にモノを言う事は有りませんが、此方の意見に対して名指しの反論、質問なら答えないわけにはいかない。
その場合には、真面目な疑問質問なら大歓迎なんですが内容の無い(実りの無い)反論の為の反論の場合には態度が横柄になる。

幾等内容的に正しい注意でも、自分が『敵である』と看做している相手からの注意は、非難、攻撃と看做される。

今回、Looperさんには誤解されたようですが、これまでの新自由主義反対や9条擁護、護憲に対しての正しい見解、態度に敬意を持っているからコメントしたのであり、その反対では有りません。
尊敬している人物か、親近感を感じている人達にしか、幾等正反対の主張でも、その人の持っている意見、主張に対して注意したり反論したりはしませんし、あえて実行(注意)したとしても実りある会話には通常ならない。
Looper さんなら十分にマトモな会話が(何時かは)出来るであろうと思うから長々とコメントしている訳です。

Looper さんへの答え

二回目のコメントで、>『私は、あんないいかげんなNHKの放送の話なんかしていませんよ』
と仰られていますが、Looperさんや私やその他大勢がムペンバ効果なる名前を知ったのは、その『いいかげんなNHKの放送』が有ったからです。
放送が無ければ日本国中でも、たかだか数十人程度の物好きが知っていた程度の話で、誰もここでLooper さんとムペンバ効果の話はしていないはずです。
全ての出発点は、NHKの放送でありLooperさんが『あんないいかげんな』との認識ならお互い全く同意見です。

前野氏の件ですが、Looperさんは肝心の当該NHK放送を御覧になったのですか。?
御覧になっていれば、通常の科学的な監修が入った番組編成とは全く違っていたことに気が付いてもらえ、『明確な嘘』が見抜けたのですが残念です。

学術的な意味でのムペンバ効果(B)に対する私の見解ですが、何度も言っているようにLooperさんがNHK放送のムペンバ効果(A)に興味が無いように、私にはムペンバ効果(B)に対して興味はないし、有ったとしても時間も能力も無い。
ムペンバ効果に対しては、関係性のmorichanさんが実に面白い見解を述べています。
NHK放送の内容は犯罪行為に近いとした上で、
曰く、NHKには期待している。自分は昔科学で苦しめられ苦手だが、今まで習ってきた科学法則が全部『実は間違いでした』となったらこんな楽しい事は無い。
昔の学生時代に科学に苦しめられた多くの人々、あるいは今科学に苦しめられている多くの学生達の(隠された)偽らざる心境です。
私も関係性のtokuchanさんと同じ心境です。ムペンバ効果が本当に有ったら楽しいでしょうね。

ムペンバ効果は一つです

面影さん、

>時間はかかりましたが、やっと話が噛み合ってきた様ですね。
申し訳ないですが、私はそうは思えません。

>最近典型的だったのが、「ムペンバ効果」を自ら実験もせずにニセ科学だと決めつけた人たちです。』には具体名は出て来ませんが、大槻氏がこの場合には一番有名なので大槻氏を指していると理解しました。(多分その他の読者も同じ名前を思い浮かべた筈です)
はい、その通り、大槻教授もその一人です。実際彼は、最初実験もせずにデマだと言いました。その後の実験とやらも、とても科学者の実験とは言えない代物です。で、彼が否定したのは、NHKの裏技だけではありませんよ。

「ムペンバ効果」=「特定の状況下では高温の水がより低温の水よりも短時間で凍ることがある現象のこと」

この現象自体の存在を頭から「ナンセンス」と否定したのです。

大槻教授:海外の一般科学誌がこの『ムペンバ効果』を取り上げ、相転移など議論をしているのですが、ナンセンスでしょう。

で、端的にいいますと、「ムペンバ効果」というのはこれ一つしかありません。あなたの言うようなAもBもありません。NHKは、「ムペンバ効果」の紹介の仕方が不正確であっただけで、「ムペンバ効果」という現象はこれだけです。

で、これが実際に起こることがあるというのは、多数の方がすでに確認しています。

で、質問です。これには必ず答えて欲しいです。
1.この現象が起きるというのはデマだ。
2.実際に起きたという報告が多数あるのだから、きちんと科学的に検証されるべき事柄だ。

あなたは、1.2.のどの立場ですか?

大槻教授は、物性屋さんじゃないから、水一つをとってもその物性が如何に未知に溢れているかを知らないのでしょう。そんな簡単に白黒がつくなら、4℃問題なんかとっくに解明されているはずなんですよ。前野先生は氷と雪の研究では第一人者ですから、水が如何に不思議な物体なのかは一番良くご存じでしょう。ちなみに、前野氏の「氷の科学」は名著です。

自分は批判の存在意義や議論の技術に価値を見出しているので、らんきー批判の最初のエントリーを含めた上での「反社会的」という表現や「悪意」という表記には抵抗があるのと、特定の局面でという限定つきではありますが、愚樵さんの状況分析に同意します。特に連鎖は一段限定を解除しての同意です。

前提の欠落は、扱うテキスト量が増大する局面で、読み込み(もしかしたら速読術?)や論理構成の精度、説明の不足といったところにしわ寄せが来るので起きているのかな、と思います。で、その点を反論されたときに最も精度が落ちてしまう。無理からぬこととは思いますが、その部分で完璧な論理を組もうとしても論が歪むだけだと思います。

そして

>「希望」くらいのものに留めておくのがよい

には、完全賛同します。やはり対人関係には適度な「あそび」がないと軋轢ばかり増えてしまうと思うので。

完璧な論理なんてない

takaさん

自然科学の分野は別として、人間同士の関係に「完璧な理論」なんてないと私は思っています。また、そのことが当エントリーの趣旨でもある。

たんぽぽさんについての私の「論理」は、「仮説」と表現する方が正確だと思います。ただそれはtakaさんにとってであって、私にとってはそうではない。「仮説」は行動指針であり、また行動している以上は「論理」そのものです。たとえ後付であろうとも。

複数の人間の行為が完璧に論理化できないのは、各々の人間が「仮説」を検証することなく「論理」にしてしまうところに原因があるのでしょう。

AがAの「仮説」を元に行動して「論理」を構築する。BがAの行動に「仮説」を立てて、その「仮説」を元に行動し「論理」を構築する。Cが...

と連鎖していったときに、A以下の人間の「論理」を矛盾なく統合するなど、はじめから不可能でしょう。

また、この〔「仮説」→行動→「論理」〕の論理体系において「悪意」とは、他者の〔「仮説」→行動→「論理」〕を承認しないことを指します。

愚樵さん。

本店で売っているモノと違う別商品を、店の軒下で売っているみたいで、みなさんには御迷惑をおかけしていますが、出来る限り記事の主題に戻すよう努力してみますので『お目こぼし』を御願い致します。


Looperさん。
いえいえ、少しは噛合って来ました。大分進歩してきましたよ。
以前にはあった本来の議論の為には不必要な意味の無い罵倒語の数々が無くなり、随分と文が読みやすくなった。格段の進歩です。
Looperさんは以前から『水伝』に対して偽科学と追求するキャンペーンをやっておられ、科学の真贋に人一倍関心がある。
それに対して私は『科学の真贋』は科学者がやってくれれば良く、その事に関しての関心は人並み程度に薄い。
関心が有るのは科学の真贋論争ではなくメディア・リテラシーや 戦争プロパガンダ の問題についてです。
今回、同じ文章(大槻氏のブログ記事)を読んでも全く違った印象(受け取り方)をしている訳ですね。メディア・リテラシーの観点から見れば実に面白い現象です。
人は誰しも、自分にとって関心のある問題については敏感になるものです。
同じ文章を読んで、Looperさんは『科学の真贋』の問題と捉え、私は基本的に『メディアの誤情報』の話を語っていると捉えた。
私のような偽科学退治に余り興味が無い普通の一般人にとっては大槻教授の文章を素直に読めば『NHKの偽裏技』の話と読むと思うが、Looperさんの説が正しい可能性も絶対に無いとは言えない。
今回の様に短い文章でも其々色々な解釈が出来ます。
この場合、肝心なのは、どちらの解釈が正しいかではなく、本人がどの様な意図で書いたかではないでしょうか。
今回に限らず本人の意思とかに関係なく、表現力が悪く実際の考え方が正しく伝わっていない事は良くある話です。
この話は此処で議論するより直接本人(大槻義彦氏)に聞いてみるのが一番正確な答えが分るでしょう。
大槻さんは個人メールを受け付けておりLooperさんが事の真相を知りたければ直接メールする事を勧めます。
筋の通った質問なら本人から直接答えてくれるはずです。私は回答を受け取って十分に氏の考え方は理解していますが、Looperさんは多分自分自身で無いと信用しないようですから。
今のままではこのブログタイトル「文脈」と卑怯・人格攻撃のフレーム其のものの恥ずかしい行動をLooperさんはとっています。

Looperさん

アメリカの科学専門誌には、『世界は4500年前に出来た』と言う説が真面目に論じれていましたよ。
Looperさんは、エラク海外の一般科学誌を信用しておられるようですが、何とも理解に苦しむ態度です。
何故無条件に、其れほどまでに信じられるのですか。?
kafukanoochanさんが、「水よりもお湯の方が早く氷になる」騒動 の記事の中で、
>欧米には、新聞記者とグルになったエセ科者が、たくさんいて、変な説がよく記事になります。
まともな学者は、いいかげんな事は言いませんから「否定するデータ」がないと口出しません。
「否定するデータ」というのは、上記の通り、まず、ありません。
仮にデータがあっても、誤差もあります。雑音の影響もあります。

エセ学者は、99.7%無視できる部分を採り上げて、私の説は正しいとかいいはり、
論破されると、「現代科学では説明できない」と言って逃げます。
TVの視聴者も、99.7%じゃ「絶対」じゃないという意見に組します。
まぁ、連中は、結果はどうでもいいので、有名になるだけも、記事が売れるだけでもいいのです。
しかし、
説を否定する学者の方は、こんな連中と係わり合いになるだけで、不名誉ですし、
へたをすれば、学者生命を失います。

で、日本のマスコミは、欧米人で且つPhd.がついてさえいれば、
「視聴者に信用させるような」とりあげ方をします。

これは、「現代の迷信」の作成・流布であり。
「反社会的行為」である、と思います。


このkafukanoochanさんの記事が今回のNHKムペンバ騒動に対する一番的確な客観的判断ではないかと考えています。
欧米の学術誌だけでなく日本国内でも事情はそれ程違いは無いかも知れません。
常温核融合に成功した大阪大学教授がいたとか。
科学には全く相反する学説が幾つも複数存在しているのが常ですが、相反するどちらかが間違っている。
あるいは両方共に間違っている可能性があるでしょう。

学術的なムペンバ効果の有る無しは科学者に任すとしても、NHKのムペンバ効果は駄目ですよ。
何しろ『氷が急いで欲しい時の裏技』で完全なインチキです。
冷蔵庫で凍らしたらヤッパリ熱湯より冷水の方が早く凍る。
家庭の主婦向けの裏技ですから、運が良い人だけが成功するでは駄目で、誰でも間違いなく成功しないといけない。
Looperさんは数百~数千人が読む程度のブログ記事が問題だと思っておられるようですが、圧倒的に活字メディアより映像メディアの方がインパクトが有る。
影響力が圧倒的に違う。
ましてやNHKは日本国中の数千万人に視聴されている日本最大の巨大マスコミです。
>NHKは、「ムペンバ効果」の紹介の仕方が不正確であっただけで・・・。程度では済まされないと思いますよ。二重基準の最たるもので不可解極まりない。

ご質問の答えですが1.2.両方ともNOです。
1については有る事は簡単に証明できても、無い事は簡単ではなく無限の証明が必要で、原則的に証明できない。
例えばUFOや超常現象はこれまで何回も否定されてきましたが、10000回否定しても10001回目に本物があるかもしれない。
ですから何事であれ『○○現象が起きるというのはデマだ』とは私のような素人でも安易に断定できない。(『デマらしい』『多分デマだろう』程度くらいなら判断できますが)
ましてや大槻教授のような科学者なら絶対にデマであるとは断定しない筈で、現に判断していない。(デマらしいとは判断しているようですが)
『デマである』と断定出来るのは過去にあった証明済みのUFO騒動だけですね。

2については基本的にはNOですが、理由は原発とか地震や温暖化などの一般市民にも直接影響する問題ではなく『きちんと科学的に検証されるべき事柄』かどうかは我々素人が判断すべき問題ではない。
個々の科学者が、其々判断するべき問題です。
しかしNHKの放送した氷作りの裏技なら一般市民レベルの生活に直結している身近な問題で、この真贋ならこの話には我々一般市民でも参加する資格が十分あるでしょう。
それにしてもLooperさんは、
>『2.実際に起きたという報告が多数あるのだから、きちんと科学的に検証されるべき事柄だ。』
のような不思議な質問を、今回わざわざ討論相手に する必要を、何故感じたか、?が何とも不可思議です。
理解できない。

『で、質問です。これには必ず答えて欲しいです。』

この問い2、の質問の真意は何なのですか。?
この質問の台詞は、残念なことに限りなくニセ科学信奉者と同一のものです。
彼らはUFOや宇宙人やミステリーサークルやその他超能力、超常現象が『2.実際に起きたという報告が多数あるのだから、きちんと科学的に検証されるべき事柄だ。』と常々、主張しています。

愚樵さんへ

そのあたりのことも同意します。

今回の解釈論に参戦したのは、直前のBLOG BLUESさんとの議論において、そのあたりについて愚樵さんの答弁のバランスが少し傾いているかなと感じ、それを引きずったままたんぽぽさんとの議論に超戦闘モードで突入していると感じたためです。それで「そこまでいうなら」とカラミました。

自分の挑発的な発言に寛容に応対して下ったことに感謝します。

今までの経緯があるのでたんぽぽさんとの間では難しいとは思いますが、BLOG BLUESさんとの間では、早期の和解が叶うといいなと思います。

再度 面影さん、Looperさん

おふたりの「対話」、興味深く拝見しております。

今のところ私はおふたりの「対話」に割ってはいるつもりはないのですが、ただ「論点の拡大」という面から言うと、いささかエントリーの主題から離れたかな、とも思います。

そこで、よければ別に対話用のエントリーを立てますが、いかがでしょう? 面影さんもブログをお持ちなので、そちらで引き取って頂いても、もちろん結構ですが。

「対話」は興味深い点も多いので、もう少し目立つようにしておきたいな、という私の希望も提案の理由のひとつです。

takaさん

いえいえ、こちらの方こそtakaさんには挑発的に問うた場面もありました。冷静に対処してくださって感謝しています。

もしよろしければ、今後ともお付合いください。

>BLOG BLUESさんとの間では、早期の和解が叶うといいなと思います。

早期は難しいかもしれませんが、その方向へ行きたいです。BLOG BLUESさんはクセの強い方だと思いますが、クセをいえば私も同じかそれ以上(笑)。また、決してキライでもないですし。意見が合う場面も多いですからね。

意見が割れるのは致し方ないとしても、それで合意できる意見を無駄にするのももったいない話です。

愚樵さん

>そこで、よければ別に対話用のエントリーを立てますが、いかがでしょう? 

いいですね~
この際、ニセ科学批判といいながら筋違い個人批判をしたり、ニセ科学批判者が実は一番非科学的だったりという、「間違った科学の使用」問題を明らかにする良い機会かもしれません。

愚樵さんの科学嫌いの原因も、そうした科学の悪用の横行にあると思いますので、「正しい科学の使い方」について議論するのは、愚樵さんにとっても有意義なんじゃないでしょうか?

すでに前野先生からは知り合いを通じてお返事を頂いていますし、今は大槻教授からのお返事を待っている段階ですから、エントリーを作って頂いたらそちらに報告させていただきます。

Looperさん、ちょっとお待ちを。

まだ面影さんからお返事をもらってませんので。

たぶん応諾していただけると思いますので、準備はしておきます。

準備といってもいただいたコメントをコピペするだけですけどね(笑)

モノサシのすれ違い

 そもそもは、「道徳教材」という、「価値観の問題」を、科学的にどうこう、という別のモノサシで論ずることで、問題がずれていってる。

「道徳教材」に「イソップ童話」を引用したときに、
「なんで、北風と太陽が会話できるんや」
「ウサギとカメならいいのか」
「アリとキリギリスなら昆虫どうしで現実的だろうか」

  ってな論議をするようなもの。

「お湯が先に凍る」問題は、
物理的事象の問題よりも、
 いまどきの視聴者のレベルでは、番組として
「お湯を完全に凍らすためのエネルギーのほうが大きい」という前提をはっきりさせた上で、
「こういう裏技があるよ」という紹介をすべきだった、
という問題。
 「お湯が早く凍る」こと自体が非科学か否か、
の問題ではない。
(じっさいに空中に散布した場合、水よりお湯が早く凍ってるわけだから)
  
 論点をずらしたままで、いくらやっても、意味がない。

ちなみに
>科学もニセ科学も同じでしょう
なんていうことを言っちゃあいけません。
「科学といえば解決すると思ってる人」が「科学的」なわけではありません。
 モノサシの使い方です。

アルキメデスが発見しようとすまいと、浮力は働くし、
ケプラーが発見しようとすまいと、惑星は楕円軌道で公転してます。

お手数をおかけします。

×第二迷信さんの『モノサシのすれ違い』との考え方は、其れはその通りなのですが、物差しが擦れ違う原因は『其々が持っている価値観の違い』だろう、と思いますよ。
何が自分にとって最優先課題であるか、何が一番大事だと思っているか、と言う様な『価値観の違い』が混乱の根底にある。
こだわるものが人それぞれ、個人個人で違っているのです。だから揉める。

今回の『ムペンバ効果』については、『モノサシのすれ違い』『価値観の違い』『科学に対する認識の違い』とかそんな大袈裟なものではなく、単なる言葉の違い『同じ言葉の表す対象が違う』と言うコミュニケーション・ギャップの話だろうと思いますよ。
Looperさんに対する私の最初のコメントの趣旨は、
「文脈」と卑怯・人格攻撃のフレームと言う表題へのコメントとしては、余りにも相応しくない。
記事の「文脈」から飛躍している上に『卑怯・人格攻撃のフレーム』と他の読者から見られかねない、と注意を喚起したモノです。
それに対して、私のコメントの「文脈」には反応しないで『卑怯・人格攻撃のフレーム』にすっぽり嵌ったままのコメントを繰り返す。
これも『価値観の違い』が原因している。
私は極平均的な日本人の発想である一番大事なことは『恥をかかせてはいけない』であると考えて『其れは主題の「文脈」と卑怯・人格攻撃のフレームにソックリですよ』、『気が付いていないようだが、実は恥ずかしい事ですよ』と言いたいのだが相手には伝わらない。
Looperさん。
最期の質問に、答えて頂いていません。
何故自分がこのような不思議な質問をしたのか。?質問の真意とは何か。?
今一度立ち止まって、冷静に考えてみて下さい。
基本的に、『正しい質問は、質問を発した時点で、粗正しい答えが出ている』ものです。

愚樵さん。
対話用のエントリーを立てるとの提案は、お手数をおかけしますが御願い致します。
当方のブログでも掲載したい、とは思っているのですがLooperさんの物言いは不必要な罵詈雑言や意味不明の当て擦りの類いが数多くあり、当方のブログのコメント欄の倫理規定に抵触し『真面目に議論する姿勢が見られない』として本当なら削除対象です。
まあ、私が勝手に作った基準ですから何時でも変更は可能ですが。

面影さんへ

私は今、愚礁さんの新しいエントリー作成を待っていて、そちらにお返事しようとしていることを、ご理解くださいね。

第二迷信さんへのお返事も保留しておきます。

> Looperさんに対する私の最初のコメントの趣旨は、
> 「文脈」と卑怯・人格攻撃のフレームと言う表題へのコメントとしては、余りにも相応しくない。

私としては、表題とぴったりだったんですけどね。簡単に言えば、「ニセ科学批判」の名を騙った、非科学的な「人格攻撃のフレーム」について述べているからです。
詳細は、新エントリーの方で。

>不必要な罵詈雑言や意味不明の当て擦りの類いが数多くあり

他の方ならともかく、あなたがそれを言える資格はないと思います。ここでの文章もそうですし、「ムペンバ効果」についてなど、あなたのブログ記事が、いかに下品な攻撃と他者に対するレッテルや決め付けに溢れているのかにお気づきになっていないようです。ご自分の文章をじっくり読んでみられることをお願いしておきます。

ちなみに、自分はそうした「気に食わない言い方」は一々反応しないようにしたいと思っております。時間の無駄ですから。

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