愚慫空論

壮大な風か、ささやかな風か

今頃、『千の風になって』をテーマにするのは気が引けるのだがけれども...
 
私が『千の風になって』と最初に出会ったとき、それは歌の歌詞として唄われていた。そう、昨年の紅白で唄われたのがブレークのきっかけになったという、あの歌である。今となっては、いつ出会ったのはかは憶えていない。紅白は見ていないから、今年になってからのことであるのは間違いない。場所はTVのブラウン管(未だ液晶にあらず)の中だ。

残念ながら、この出会いはあまり芳しいものではなかった。
とてもいい歌だという触れ込みがあったと記憶しているけれど、その期待に反して、どうにも違和感が感じられて聞いていて居心地が悪かった。
詩は、悪くないとは思った。「私のお墓の前で、泣かないで下さい」という出だしは少しショッキングで関心を引きはした。けれど、歌に集中しようとすると何かが阻んだような気がした。

そのときは、その何かに特に注意もせず、やり過ごしてしまった。

次に出会ったとき、それは本の形をしていた。『千の風になって ちひろの空』という形。この出会いははっきり憶えている。四月の下旬、夕食に招待された友人宅でだった。
上がりこんだ友人宅の部屋の片隅にこの本が置かれていた。手にとっては見たものの、あまり期待はしていなかった。先の出会いでの違和感がまだ残っていたか らだ。そして、その絵。これも有名な『ちひろの絵』だったわけだが、この絵も私の期待感を削ぐのに一役買った。というのも、そのときまで私は『ちひろの 絵』を“女子供の好みに迎合する軽薄な絵”というくらいにしか認識していなかったからだ。


まったく恥ずかしいことだと、今になって思う。この恥ずかしい先入観は、若かりし頃から引きずっていたものだった。
今でもそうだけれど、私には重厚なものを好む傾向がある。重々しく権威づけらた芸術、こうしたものを掌を指すように解する人間になりたいと若い頃は夢見ていた。要は権威主義者だったに過ぎなかったわけだ。
『ちひろの絵』は広く知られた存在だから、もちろん私も若い頃から知ってはいた。だけれど、若かりし頃の私にとって『ちひろの絵』は
“女子供の好みに迎合する軽薄な絵”としか映らなかった。そして、その先入観をつき先ごろまで引きずっていた。

その夕食には妻も共に招かれていた。妻がその本を眺めていたときに友人の奥さんがやってきて、二人は『ちひろの絵』についてなにやら話を始めた。私の妻も“女子供”であるから『ちひろの絵』は好みで、奥さんもそうだったのだけれど、それがただの好みではなかった。大の好みで『ちひろ』のコレクターでもあったのだ。
奥さんはご自分のコレクションを披露してくださった。その中には岩崎千尋の絵がいわゆる『ちひろの絵』になる以前の、もっと写実的な絵もあった。私は、最初は儀礼的にそれらのコレクションに手を伸ばし、本のページをめくった。初期のものから順番にペラペラとページをめっくて『ちひろの絵』と対面した。そこに何の期待もかけてはいなかった。

しかし、それはまさしく“対面”であった。そのとき初めてつまらぬ先入観から自由になって、『ちひろの絵』とまっすぐに向き合い、そして『ちひろの絵』を識ることになった。同時に『千の風になって』の詩も心に届、また「歌」との出会いの折に「阻んだ何か」にも見当がついた。


* * * * * * *


思うに、『ちひろの絵』の眼差しは「変わらぬもの」に向けられたものだ。変わっても変わらないもの。表面が変化しても変わらない、その人の本質とでも言うべきもの。その人をその人たらしめている自己同一性に向けられた眼差し。いや、自己同一性というと自己確認するものというニュアンスがあるから、他者同一性というべきか。けれどもこの眼差しの先にあるのは、果たして他者なのか? 自己と他者との境界も判然としないところにある「変わらぬもの」に向けられた眼差し、なのだと思う。

『ちひろの絵』の題材の多くが幼子であることは、このことと深く関係している。こうした「変わらぬもの」に向けられた眼差しを“純粋無垢”と形容して差し支えないと思うが、幼子だから純粋無垢なのか、純粋無垢だから幼子なのか、この両者はとても切り離すことなどできない。そしてこの幼子の眼差しの先には、ごく自然に母の存在が感じられる。

この眼差しは『千の風になって』と共通する。風になった“わたし”はお墓の中で変わり果てた遺体となって眠っているのではない。死んでしまったからといって変わったわけではない。形は「風」になっても、変わらず“あなた”のそばにいる...。「変わらない」というメッセージだ。

では、「歌」と出会ったときの「阻む何か」とは何か? 前々回のエントリーで語った「表現への意志」がそれだと言いたいのだけれど、そこへ行く前にもう一度『ちひろ』に戻ろう。

もし『ちひろの絵』が歌の形をとるならば、どのような歌になるのか? それはおそらく子守唄だろう。 眼差しの先にごく自然に想定される母の存在からして、子守唄がもっともふさわしいと思う。
ただ、母と子の位置関係は逆転している。眼差しは子から母であるのに対し、子守唄は母から子である。だが、このような逆転など気に掛からないほど、「眼差し」と子守唄は近いところにある。

ついでながら、では『千の風になって』はどういう歌かというと、鎮魂曲だと考えられる。ただしこちらも通常とは逆転した鎮魂曲だ。通常は生者が死者の魂を慰めるのが鎮魂曲だが、『千の風になって』は死者が
生者を慰める鎮魂曲だ。逆縁でないとすれば死者は親ということになるから、『千の風になって』は子守唄であるといえなくもない。
鎮魂曲か子守唄か? このように考えを進めてみると、両者の区別は間に「死」が挟まるかどうかということになるが、「変わらないもの」は「死」をも超えるのならば、鎮魂曲も子守唄も本質は全く同じだと考えられる。


「歌」と出会い『ちひろ』を識った直後のことだが、これもTVで「歌」の歌手が語っているのに接する機会があった。そこで彼が言うには、『千の風』は“壮大な”風なのだ、と。なるほど確かに、彼の歌いぶりそれにふさわしい歌いぶりではある。その歌いぶりもあいまって、『千の風になって』の「歌」は大きな支持を獲得したのであろうか。
だが、やはり私には違和感が拭えなかった。拭うどころか違和感を再確認することになった。
 
同じ『千の風になって』であるのに、なぜ「歌」と『ちひろの絵』では印象が違うのか? その違いは何処にあるのか?
それぞれが想定される「場」にあるにある、というのが答えではなかろうか。
『ちひろ』の方は private な「場」、「歌」は public な「場」。

「歌」が public なのは明らかだ。歌手は public な舞台設定で歌い、それにふさわしい表現をする。表現者も表現の受信者も public な「場」にいる。
一方、『ちひろ』の方も表現は出版物という pubulic な媒体を通じて行われるが、その表現を受容しようとするなら受信者は「場」を private な所へ移さなければならない。幼子の純粋無垢な眼差しが想起させる母の存在、そして母子の関係ほど private なものはない。

もちろん違いは「場」だけではない。想定される「場」の違いは、表現
そのものの違いに及んでくる。表現されるテキストは同一なのにもかかわらず、「場」のもつベクトルの違いによって、表現そのもののメッセージ性が変わってしまう。

上で見たとおり、private な「場」で伝わってくるのは「変わらない」というメッセージである。ところが public な「場」では、「変わりなさい」というメッセージになってしまう。

『千の風なって』が大きな支持を得たためであろう、最近は葬式等で流されたりすることが多いらしい。そしてそのことに反感・違和感を抱く人も少なくないと聞く。”死んだ者を早く忘れてしまえと言うのか“、と。

この反感を抱くのは残された生者である。では、反感を抱く相手は誰か? あの世に行っても「変わらない」死者にではない。「変わらない」と表現している生者、つまり『千と風になって』の関係に則っていうと、死者たる“わたし”と生者たる“あなた”以外の生きている第三者に向けての反感である。

private な「場」において、「変わらない」という言葉が 変わってしまったと思われた相手(死者)から直接届いたと感じられたなら、その言葉は額面のとおり信じることができる。信じられない、ということも当然あろうが、信じたとするならば、生者も死者もそのままで生者と死者との関係は従来と変わっていない、少なくとも生者はそう信じるということである。
だが、同じ言葉が public な「場」を通じて第三者から伝えられ場合、この場合は「変わらないと思いなさい」というメッセージであるから、もしこれ生者がこれを信じようとするならば、変わらなければならない。「変わらないと思う」ように変わらなければならないのである。そのように変わって初めて、死者と「変わらない」関係を結べるようになる。

あ~、難しい。どちらも「変わらないと思う」ように変わったではないか、という指摘があると思う。客観的に見ればその通りだが、問題は客観性ではなくて、残された生者の主観である。変わっていないと感じたまま「変わらない」関係を結べるか、変わったと感じて初めて「変わらない」関係を結べるか。客観的に見れば同じ事実のようでも、第三者が仲介するかしないかで、主観的な感じ方は全く変わってしまう。


* * * * * * *


public な「場」において、と言うより public な「場」を志向して発せられる(personal な)メッセージは、いずれも受信する者に対してなんらかの「変わりなさい」のメッセージを発している。上記の記述は「変わる」「変わらない」の言葉が入り乱れてしまって理解しがたいが(自分でもよくわからん、もう一度書けと言われても書ける自信が無い)、例えば「愚樵」ことこの私が『愚樵空論』と題した当ブログを通じて他者に向って表現するとき、この表現の中には私(愚樵)の表現を理解して変わりなさいというメッセージが暗黙のうちに込められている。この発信者の public な志向性を私は「表現への意志」と呼びたいと思うわけなのである。

private な「場」では、自己と他者の区別は判然としない。自己と他者の区別がないがゆえに“変わらずに「変わらない」関係”を結べるとも言える。ということは、”変わらなければ「変わらない」関係”を結べない public な「場」では自己と他者の区別は判然としているかというと、全くその通りである。そしてまた、
public な「場」において表現すべき何かを持っているのは自己のみ、いや他者も持っているのだけれど、自己が持っていると確信できるのは自己のみである。だからpublic な「場」でなされる表現は自己のpersonal な表現であり、personal な表現がなされるのは「意志」があるから、ということになる。

このことは、例の「歌」の歌手が“壮大”と形容したことと深い関係があるように思う。つまり、もともとは
personal な表現でしかないこととである。
思うのだが、personal な表現な表現でしかないがゆえに、“壮大”とか“偉大”とか“美しい”とか“崇高”とか、ご立派な形容詞を用いることによって正当化しようとするのではないか。たいていの思想信条が、もともとはpersonal な表現でしかなかったはずなのだかれど、いつの間にやらご立派形容詞で飾られることになるのは、その思想信条そのものがご立派ということよりも、ご立派でなければpublic なものとして通用しないという心理的な強迫観念みたいなものがあるのではないのか、と最近は疑っている。

private な「場」においてあなた”と”わたし”は必要欠くべからざるもので、いうなれば「かけがえのないもの」である。けれど、だからといってご立派形容詞は不要だ。private な「場」では、『千の風』は壮大である必要などない。どこにでもある、ごくささやかな風で十分だ。ささやかな風であっても、「かけがえのないもの」であることに変わりはない。

コメント

『千の風』は嫌いだ。

あの偉そうな歌い方が嫌いです。
自分は正しいのだ。という態度が嫌いです。
純真そうな、真面目そうな眼差しが嫌いです。
私は本当のことを言っているのだ、みんな真面目に聞け。としか聞こえない歌い方が嫌いです。
誰も知らない本当の真実を、自分だけが知っているかのような態度がたまらなく嫌いです。
なにやら気持ちの悪い、あの姿勢が嫌いです。

死人が喋りますか。?死人が歌いますか。?
そんなことがあるなら火葬場は喧しくてしょうがない。
死人は亡くなった者のこと。なくなったものが存在するなら死人は『なくならなかったもの』と言うことになる。

布引さん、お久しぶりです。

しかしまあ、ストレートな仰りようだこと(笑)。私も「違和感」などと記さず、はっきり「嫌い」と書けばよかった(笑)。

仰るとおり、死人は喋りません。喋るための機能が失われてしまったのですから。だけど、私は思うのです。機能が失われた=存在が消滅したとは必ずしもいえないのではないかと。

このようなこと、真実は誰にもわかりません。だが、生者がそう信じ込めば、それは現実的な力です。そして未だ、その現実的な力は世の中に満ちています。

死者は存在しない。確かにそうなのかもしれないのですが、そう考えることで思索に枠をはめてしまいたくありません。

私もキライです。

歌詞も歌い方も、受け口の暑苦しい顔もキライ。
「私はそこにいません」って、お墓の前で泣いている人にとったら「いろよ!」って話ですよね。

でも、顔立ちがちょっとだけ夫に似ています。
娘はテレビを見て「あ、パパだ~」と言います。
いえ、夫は、彼よりも男前ですが。ええ、たぶん。

キライな方がお二人も

安心しました(笑)。

あのCDとっても売れているらしいので、み~んなあんな歌が好きなのかと心配していました。

あ、でも私、今では歌詞の方は好きですよ。あの詩はアメリカンネイティブの信仰を元に作られたって話ですが、日本にも同じ思想は元々からあるんですよね。

「死ぬ」ということについて

愚樵 さん、お帰りなさい。
今日復活しているのに気がつきました。
久しぶりに愚樵節を読みながら、少し嬉しくなりました。
私はあの歌はすきでもなんでもないです。歌い方も、結局歌舞伎の口上なので、形式に依り心を伝える方式だと思う。あんなものかな、と思ってます。あまりにも当たり前のことを歌っているので、形式が必要なのでしょう。
復活記事に誰かがコメントで「死んだかなと思った」と書いていました。これはある意味ありうることです。そして、ブログの記事と言う「ささやかな風」が残っていることで、死ぬ者も楽しみながら死ねるし、残ったものも楽しみながら生きていけるのです。そう思いませんか。ブログの記事というのはおそらく数十年のうちには、プロバイダーなりの事情で消え去る運命のものです。だから残された人の思い出の寿命とほぼ同じようなものです。
私としては、「人知れず死ぬ」と言うのもかっこいいけど、「実は本名○○は死にました」と言う記事を誰かに書いてもらって死ぬ方法をとろうか、といまから楽しみにしています。とはいっても、いまのところはあと何十年後の話になりますが。

人知れず死にたい、というのはウソです

KUMA0504 さん、失礼しておりました。またお越しくださってうれしいです。

私としても死ぬ予定はまだ数十年先のつもりですが...、まあ、予定はあくまで予定ですからね。
タイトルにつまらんことを書きましたが、これは私の死が例えばニュースとして報道されるようになりたい、という意味ではないんです。人知れずにしたい、と素直に思えるようになりたい。今現時点では、人知れず死にたいなんてセリフを吐いたって、それはまだまだウソが混じっているということなんですね。
ああ、やっぱりつまらんことを書いている。

いずれにせよ、また、よろしくお願いします。

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誰が『異常な円安』にした

 ブログを開設して以来、1年と2ヶ月が経った。そして、エントリーの中でかなりの割合を占めてきたのが、「円安」問題である。 意図的な政府の円安誘導は大手製造業を助け、これに乗って都市銀行が外貨投資(投資信託や外貨預金)に庶民のお金を誘導し、郵便局から地方銀

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