愚慫空論

プラトニック・シナジー理論についての雑感

最近、プラトニック・シナジー理論なるものに関心を寄せています。

「プラトニック・シナジー理論(旧不連続的差異論)のページ」
「Japonesian Trans-Apocalypse:Trans-Modern New Platonic Trans-Creation」
「『海舌』 the Sea Tongue by Kaisetsu」

まだ関心を寄せているという段階でよく理解できていないのですが、私の感覚的な体系と非常に近いものがあるように感じています。

不連続的差異論から発展したプラトニック・シナジー理論(PS理論)では、イデア界⇒メディア・ポイント⇒現象界と見ます。複素平面で虚軸がイデア界、原点がメディア・ポイント、実軸が現象界となります。
これは「プラトニック・シナジー理論(旧不連続的差異論)のページ」に掲げられてあるPS理論のごく簡単な説明です。一見するとラカンの心理学と数学の虚数空間の概念とを融合させたもののように見えます。

以下、簡単にPS理論についての雑感を記しておきます。

「メディア・ポイント」とは、「自我(ego)」あるいは「自己(self)」と呼ばれているもののことのようです。そして

所謂、ガウス平面において、実軸の「ゼロ」と虚数軸の「ゼロ」は、異なる位置にある。
「『海舌』 the Sea Tongue by Kaisetsu」より)

「ゼロ」とは「メディア・ポイント」でイデア界、現象界それぞれの原点のことのようですから、それからすると、複素平面での「0」の概念とは違い、「メディア・ポイント」は2つの「ゼロ」を持っていることになる。これは私には 意識構造無意識の構造 (1977年) (中公新書)

を連想させます。特に西洋人の意識構造。
こちらに同様の記述があります。)
「自我」がイデア界での「ゼロ」であり、「自己」が現実界での「ゼロ」になります。

根源的エネルギーの源泉は、所謂ガウス平面における実軸の「ゼロ」と虚数軸の「ゼロ」の差異による。
「『海舌』 the Sea Tongue by Kaisetsu」より)

これは、簡単な例としては、「夢」の実現に向かって人が発揮するエネルギーを考えてみればよさそうです。「夢」はイデア界であり、実現は現実界。イデア界と現実界に差異があるから、「夢」実現へのエネルギーが湧き出てくると解釈できます。

さらに、PS理論では「差異共鳴性」といったことを唱え、それを東洋的と捉えますが、東洋人の意識構造からすると、正しいことのように思えます。



続けます。

PS理論でいうイデア界・現実界は、私が表現するところの【virtual】【real】に近いもののような印象を受けます。

【virtual】ナワバリと土地所有【仮想=実質】(愚樵空論)
virtual という単語には、「事実上の、実質上の」という意味と「仮想の」という意味の、両方の意味がある。これら2つの意味は一見相反するようだけれども、実はこれは人間という存在の“in virtual”本質的なところを示しているのではないか? と思うのである。

人間には、「実質上の」と「仮想の」の区別がつかないところがあるのではないか。

ただし、これはPS理論でいう「差異共鳴性」ではなく、「同一性」でしょう。そして「差異共鳴性」志向・「同一性」志向は【private】志向・【public】志向に対応すると思われます。

『【private】志向、【pubulic】志向』(愚樵空論)

意識構造

コメント

難しいです...

>PS理論のイデア界*メディア・ポイント*現象界は、基本的にラカンやジジェク(=フロイト)の〈想像界〉〈象徴界〉〈現実界〉とは関連がないように感じます。

もともと私はラカンやジジェクもよく知りませんから、アキラさんにそう言われれば、そうかなぁ...という程度の認識です。以前、PS理論の元になったという不連続差異論にチラと接したことがあるのですが、そこではラカンやフロイトのことが論じられていたはずで、まあ、どっちにしてもその程度です。

ただ、関連がないといえば、ガウス平面の話なども自我や自己などといった心理学(こちらはユングかな?)とは全く関連がないのですね。

>ラカンやジジェク(=フロイト)の言うところの〈現実界〉は、おそらくそういう【virtual】を基本的には含まない「端的なもの」なんだと思うんです。

「端的なもの」のニュアンスが私にはよくつかめないのですが、【virtual】【real】の差を端的に言うと“時間を含むか否か”なんです。犬の「ナワバリ」ですと、【今】マーキングした臭いがある。もしくは鳥の記憶でもいいでしょう。ある木の梢でさえずることで「ナワバリ」を主張するんですが、それも【今】記憶しているから――それはもちろん過去からの積み重ねがあっての話なんですが――「ナワバリ」を主張できるし、また「ナワバリ」をさらに拡張したり、他の個体との競争に負けて「ナワバリ」が縮小したりする。

ところが人間の所有権という「概念」は、そうした時間が切り離されたところで成立しているものだと思うわけです。もちろん、人間の働きかけがあれば所有権の境界線は変更されますけれども、それがなければ“時間の経過と共に”所有権が消滅するようなことは考えない。貨幣などはその典型ですね。そうした時間から切り離された概念的なものを私は【virtual】だと感じている。そしてそれは、チンパンジーあたりはどうか分かりませんが、おそらく人間特有のものなのだろうと思っています。

【real】は、東洋的な表現をすると“うつろいゆくもの”で、それがフロイトなどがいうところの現象界なのかは分かりませんが、PS理論で言う現象界には近いように感じています。まあ、「嗅覚」ですが(笑)。

アキラさん、ごめんなさいm(_ _)m

せっかくいただいたコメント削除してしまいました。

けど、おかしいな? そんな操作してないんだけど。

いえね、スパムTBが届いていたので、それを削除したのですよ。コメントやTBが届くとメールで通知があって、そこから削除できるのですが、今、TBの通知のメールから削除した・・・はずが、なぜかコメントの削除になってしまいました。

なんにせよ、申し訳ありませんm(_ _)m

再送します♪

あ~、ビックリした。 (^o^)
でも、ちょうどページを開いたままスリープさせていて残っていたので、再送しますね。ラッキーでした。

☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆
僕のところで話題になったときに言っておけばよかったと思ってるんですが、PS理論のイデア界*メディア・ポイント*現象界は、基本的にラカンやジジェク(=フロイト)の〈想像界〉〈象徴界〉〈現実界〉とは関連がないように感じます。

術語として扱われているものが、何を意味しているのかを精査する必要があるでしょうね。
僕はPS理論で「現象界」と呼んでいるものが、どのへんのところまでを含んでいるのかが、今ひとつ分からないんです。
同様に、愚樵さんが仰る【real】がどのへんのところを指しているのかも、ちょっとよく分からないんですよ。

例えば『【virtual】ナワバリと土地所有【仮想=実質】』の記事での「ナワバリ」は、犬なら犬の、小鳥なら小鳥の【virtual】なのではないでしょうか?
犬的な認識・判断機能が前提になければ、犬の「ナワバリ」は意味を持ちません。というか、存在しないでしょう。
これは【real】なのではなくて、【virtual】なのではないでしょうか?
なんてことを想うんですよね。 (^o^)

ラカンやジジェク(=フロイト)の言うところの〈現実界〉は、おそらくそういう【virtual】を基本的には含まない「端的なもの」なんだと思うんです。
ですから、いわゆる現実とか現象とかとはニュアンスが違うんだろうと、僕は理解してます。
☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆

なるほど

・時間から切り離された概念的なものを【virtual】だと感じている。
・【real】は、東洋的な表現をすると“うつろいゆくもの”。

何となくニュアンスは分かってきました。ありがとうございました。
〈現実界〉≒「端的なもの」というのは、人間の認識によっては容易に判断できないもの、あるいは認識・判断する以前のところのもの、という感じでしょうか。
例えば、野原に立っていて、強い一陣の風がビョウッと吹いたとします。僕はそれを身に受けて、なにがしかの感覚をします。
ここまでの「知覚」でピックアップされるものが〈現実界〉的なものだと、僕は今のところ理解しています。あるいは、その「大気の局所的・限定的な強い流れがあった」という出来事自体。

なにがしかの感覚をしたあとに引き続いて、「強いな」とか「風だ」とか「いきなりだな」とかいった認識判断が入ってくると、それは〈象徴界〉や〈想像界〉にスライドして移行していく・・という感じでしょうか。
そうして、そのような認識判断が出来るものは、逆に〈現実界〉的なものではないということでもあると思います。

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