愚慫空論

意志薄弱なれど

長らく沈黙してしまいました。

申し訳ありませんでした。
特にUTSの皆様には、何の連絡も差し上げずに約束のコラムをすっぽかしてしまって、お詫びの言葉もありません。
はい、せめて連絡ぐらい差し上げるべきだったのです。愚かな樵であるとはいえ、その程度のことはわかっていました。わかっていながら何も連絡しませんでした。

「言葉」が出てこなかったのです。
出てこなかっただけでなく、「言葉」が嫌になって逃げ出したくなってしまいました。
それで逃げたのです。

いっそのこと、もうブログなんかやめてしまえばよかったのですが、それも出来ずにいました。

私は意志薄弱です。
「言葉」から逃げ出していた間、裏腹に体の方はとても元気でした。“逃げ出している”という自覚からは逃げ出すことはまでは出来ず、自責の念に苛まれることもしばしばでしたが、それでも体は元気でした。
私は肉体労働で日々の糧を得る身ですから、体が元気でなければ生活に困ってしまうという事情はあります。そういった事情あるがゆえに、であったのかもしれません。「言葉」から逃げ出した私の薄弱な意志は、なぜか「労働への意欲」「日々の生活と向き合う気力」には全く影響しませんでした。

肉体を使役する労働は、心地の良いものです。
もちろん、肉体の使役は辛いものでもあります。肉体を使役するに当たって頭脳が肉体から最初に受け取るメッセージは、むしろ“辛い”の方です。けれど、“辛い”に慣れてしまうというか、そこを通り抜けると何か突き当たるものがあります。それが心地よいのです。
暑気払いに熱いお茶を飲む、といった行為がこれに似ています。

こうした心地よさの中で、私は私が
「言葉」から逃げ出した理由を考えていました。いえ、考えていたというよりも、そうした理由と出会うのを待っていました。
そして、出会いました。出会ったように感じました。

出会ってみると、私が逃げ出していたのは「言葉」ではあるのだけど、それよりむしろ「意志」の方でした。それを言い表すならば考えたとき、「表現への意志」という言葉に行き当たりました。

私が逃げ出していたのは「表現への意志」からでした。
そして同時に、当たり前のことなんですけれど、「表現への意志」と「日々の生活への気力」は別物だと気がつきました。
似てはいても、「意志」と「気力」は別物です。

このことに気がつくきっかけを与えてくれたのは、『千の風になって』でした。今、私はその経緯を次エントリーで示そうと考えていますが、そうであるなら、一度は逃げ出し放棄した「表現への意志」ともう一度う向き合わなければなりません。

ですが正直なところ、あまり自信はないのです。また逃げ出すかもしれません。私にとって「私の意志」は、私の一部でありながらどうも座りの悪い一部であるようです。時によっては、まるで自己免疫疾患のように、私の一部に私が攻撃を仕掛けるような事態に陥ってしまいます(躁鬱病の気があるのかな、と自分で思ったりしてますが)。


いずれにせよ、どんな理由があろうとも、何の連絡もなく果たすべき約束を守らなかったのは、一個の人間として恥ずべきことです。
大変申し訳ありませんでした。

コメント

去年から愛読していたブログの更新が
つぎつぎ止まり、何か黒い影がひろがるような
不安な気持ちで、ときどき立ち寄っていました。
また、戻ってこられて元気な様子でほっとしています。
そのことだけとりあえずお伝えしたくて
ずっとロムでしたがコメントしました。

兎に角、お帰りなさい。

お久しぶりです。
エントリーが突然途切れたときは「死んだかな」と思ってました。いや、ブログでの繋がりというのは「突然死んで」とぎれても、確認のしようも、連絡のしようもないよな、ということをずっと考えていました。でも、そこの何が問題なんだろう?とも……。
そんなことを考えていると、たとえ身も知らずの「生活としての愚樵さんが死んで」いてもワタシにとっては何の問題でないのかもしれませんが、過去にされた「表現」は、ワタシのなかで愚樵さんとして生きていることに気づきます。「表現」とはそんなものかもしれませんね。
今、ちょうど「体と心」とか「肉体と精神」みたいなことを考えています。なんとなく愚樵さんの「生活と表現」と繋がるのかなとも思ってます。
またワタシの思索を刺激するエントリーを期待してます。いろいろご教授ください。
では、あらためて、よろしくお願いします。
あ、そうそう最近ウエブリからFC2にTBが通らなくなってます。ガクっ!!

TBしてみます。

正規のTBは通りませんので、コメント欄にて
http://dr-stonefly.at.webry.info/200706/article_16.html

お帰りなさい! また宜しくお願いします(ペコリ)。
愚樵さんのエントリ読むの楽しみでした。
楽しみがひとつ復活して嬉しい限りです。

ご復帰に感謝です。
ありがとうございます。!

あ~よかった!

お帰りなさい

おかえり!!昨日リンクを見やすく整理していて、愚樵さんのブログのアドレスが古いままなのを直そうとしていたところでした・・・帰ってきてくださって嬉しいです。(*^_^*)

お久しぶりです。
愚樵さんの声を聞いて、なんだかホッとしました。

僕にそんなこと言う資格もないのですが、UTSのことは、本当に気になさらないで下さい。

エントリー、凄く良く分かるような気がします。

みなさん、ありがとうございます

暖かいお言葉をいただいて、とても感激しています。できる限りがんばってみます。

実は現在、仕事の都合で自宅に帰れないことが多く(泊り込みで仕事してます)、皆さんのコメントに返事差し上げるのが遅くなってしまいました。

そんな調子なのであまりペースは上がらないと思いますが、これからもよろしくお願いします。

がんばらないでください

気ままに、書きたいときに書きたいことだけを書いてください。
ついでに、気が向いたらTBしていただければうれしいです。

はい、無理せずがんばります

早雲さん、ご無沙汰しておりました。休止していた間もたくさんTBを頂いていたようで、申し訳ありませんでした。また私のほうからもTB送らせてもらいます。

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城山三郎より結城昌治

 しばらく休みだった「愚樵空論」が再開された(教えてくれたdr.stoneflyさん、ありがとう)。かすかにでも繋がり続けているのはむろん嬉しいことなのだが、はぐれてしまったた友人と再会できた喜びはそれにまさる。愚樵さん、またよろしく。◇◇◇◇◇◇ 佐高信の『城山

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 駅頭で「九条の会」の署名をしたら、「日本の青空」上映のチケットが送られてきた。そういえば、どこかのブログに載っていたことを思い出し、女房と出かけた。[画像] インディーズ・ホームページでストーリーを次のように書いている。 「沙也可(田丸麻紀)は『月刊アト

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