愚慫空論

故郷(ふるさと)はよみがえるか

 いまから五年ほど前の、ちょうど二十世紀が終わろうとする頃、群馬県の「新総合計画」である「二十一世紀プラン」の策定に加わっていたことがあった。「新総合計画」は、普通は五年に一度つくられる。ところが群馬県ではこのとき、百年計画をつくることにした。短い時間幅で将来を考えるのではなく、遠い未来を見据えながら考えてみよう、という発想である。
 といっても、百年後は、かすんでしまうほど先のことではない。おおよそ、いま生まれた子や孫が高齢者になる頃のこと、と考えればよい。
 面白かったのは、五年計画が百年計画に移行したとたん、基本的な発想が変わったことである。五年計画だとどうしても「つくる」計画になる。今日なら高度情報化社会をつくるとか、先端産業を育成する、高速交通網を整備する、環境や弱者にやさしい風土をつくる、といったことである。ところが百年計画になると、「つくる」ことのほとんどが意味を失ってしまった。なぜなら、百年後に情報がどのようなかたちで伝達されているのかも、主要な交通手段が何になっているのかも誰にもわからないからである。そればかりか、情報という概念や、移動という概念自体が変わってしまっているかもしれない。今日の先端産業など、百年後には本や映像でしかみられないものになっているだろう。現在の発想で何かをつくってみても、おそらく百年後には意味がなくなっている。このような議論をへて、「二十一世紀プラン」は、「つくる」計画から「残す」計画へと変わった。百年後の人々が破綻なく暮らしていけるようにするには、何を残しておかなければいけないかが計画の中心になったのである。


戦争という仕事戦争という仕事
(2006/10)
内山 節

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これは、またもや『戦争という仕事』からお借りしてきたものです。考える時間が五年から百年になると、計画が「つくる」から「残す」に変わる――自分の身の置き所、視点といってもいいでしょうが、それが変わると自然と発想も転換される。そういう見事な例です。

ところで、今日は、タイトルからもおわかりのように今の日本が抱える大問題――過疎問題です。昨夜のNHK・クローズアップ現代をご覧になった方はお気づきになるかもしれませんが、このタイトルは、昨夜のクロ現のタイトル。今年3月から始まる「集落支援員制度」について取り上げられていました。

今年3月、国の過疎対策が大きく変わる。これまでの公共事業中心、つまり「モノによる支援」から「人による支援」に転換するのだ。始まるのは「集落支援員制度」。過疎に悩む全国の集落に専門の相談員を置き、集落の課題や要望(例えば、高齢者の交通手段や農林業の人手不足など)を聞き取る。そのうえで対策案を作り、市町村と連携して実現を図る。その人件費や活動費を国からの交付税でまかなう仕組みだ。背景には、昭和45年の過疎法制定以来、道路や施設建設などに合計75兆円の予算が注がれながら過疎化がストップしなかったことがある。この新制度には可能性と課題が混在する。モデルの一つとなった新潟県の限界集落には、活気が戻りつつある一方で、集落支援員の人選やバックアップ体制、活性化策の継続性など解決すべき課題も多い。過疎対策の「最後の一手」とも言われる新制度を実り多きものにするために何が必要なのか、検証し提言する。
(http://www.nhk.or.jp/gendai/ より)

で、集落支援員制度とは――

市町村が集落支援員を任命。一軒一軒集落の家を訪ねて、交通手段の確保など、住民が困っていること、集落が抱えている課題や要望などを聞き、対策を考えて、市町村と連携しながら実現を目指す。

地方への「人」の支援は、EUあたりではずいぶん以前から行われていて、それなりの成果をあげているようです。ここでも日本はまたしても後進国。まあ、後進であろうが、「モノ」から「人」へ、支援の舵を切り替えたのは良いことです。日本は、世界中でもっとも急激に高齢化が進む国ですから、有効な対策を施す必要があります。

もっとも、この集落支援員制度が構想された背景には、モデルとなった成功事例を全国的に展開させるということももちろんあるのですが、本当は小泉三位一体改革による地方行政の縮小が一番でしょう。公務員が出来なくなったので、民間に肩代わりさせる。集落支援員に任命されるといっても雇用期限は限られていますから、正社員に対する期間工か派遣社員という位置づけです。それでも、番組を見る限りは期待が持てそうな気はします。こうした制度が設けられれば、【仕事】に生き甲斐を見い出したい若者などは飛び込んでいくものです。安定しか頭にない公務員よりよほど良い仕事をするでしょう。ただし、これは番組でも指摘されていましたが、支援員として働いたキャリアが正当に評価されなければ、いずれ制度自体が行き詰まるでしょう。国や地方は、支援員としてキャリアを積んだ人を積極的に採用すべきでしょう。

少し極端なことをいえば、いわゆるキャリア官僚になるための国家公務員上級職試験は支援員経験者に限ればいい。司法試験の司法修士生のようなものですが、司法試験のように試験が先ではいけない。それでは絶対に良い結果は生まれません。私が保証してもいい。高校の入学試験のように、支援を受けた地域から内申書のようなものが上げられるようにすれば、なおのことよいでしょう。
こうした制度を採用するだけで、日本という国は格段に良い国になるような気がしますが...。

そういえば、最近“100年”という言葉をよく耳にします。そう、言わずとしれた“100年に一度の金融危機”というやつですね。此度の金融危機は1929年に始まったそれとは違って恐慌ではないという意見も目にしますが、“100年に一度”クラスの経済危機であることは間違いない。人が100年という時間単位では「残す」ことを考えるようになるというならば、私たちの社会はもしかしたら残してはならないものを残してしまったのかもしれません。そして、そのことが経済危機のみならず、過疎問題最大の原因でもある。

過去の経済危機の時には、人類はおそらく100年という時間単位で考えることはしなかったのでしょう。それは仕方がなかったことなのかもしれません。世界恐慌などはじめての経験でした。ですが、今回は、100年ということが盛んに言われています。ならば、私たちはそれを意識の俎上に上げて「残す」ということを考えていかなければならないのではないでしょうか? そう考えたとき、金融危機よりも過疎問題、故郷がよみがえるかどうかの方がずっと大きな問題であるようにも思えます。

話を集落支援員制度に戻しましょう。こたび国が創設するというこの制度は、100年を単位とする思考で発想されてものでないことは、まず間違いない。ですから、その発想がが「モノ」から「人」に変わったとしても、まだまだ「作る」視点に縛られてしまうのも致し方ない。また、過疎の現状は、あまりにも失われてしまっていますから、そこからも「作る」という発想が生まれるのも無理はないのでしょう。支援が「モノ」から「人」に変わっても、キャリアといった発想が根底にあると「作る」視点からはなかなか逃れることが難しい。

しかし、やはり故郷は「作る」よりも「残す」ものです。私は、支援員として活動する人たちは、自ずからそのことに気がつくだろうと思います。人間とは、そもそもそういった存在だと思っていますから。ですが、支援員を支援する制度が「作る」発想しかなれば、「残す」発想は生かし切れないかもしれない。そこに課題があるような気がします。

コメント

本文とは関係ありませんが。

もち占い「100年に1度のひび割れ」 秋田

秋田県にかほ市の小滝集落で7日、室町時代から続く「曼荼羅(まんだら)餅占い」があり、「100年に1度」という大きなひび割れが三つも見つかった。

 年男がこねた直径約50センチの餅の上に紙を乗せて燃やし、形状で1年の吉凶を占う。ひびが大きいほど「悪い知らせ」とされ、「こんなひび割れは見たことがない」と騒然となった。

 世界的な不況がもっと広がるのかと不安がる声も上がったが、切り分けられた餅を食べた氏子総代は「味はおいしいから、希望はある」。
http://www.asahi.com/national/update/0107/TKY200901070255.html

「100年に一度」で検索すると出てきました。
オカルトですな...(笑)

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