愚慫空論

労働の権利

ブログを更新しようと思うときに、いつもいつも戸惑いを感じてしまうのは、書き出しです。書きたい内容は定まっているのに、どんな具合ではじめたものかが上手く出てこなくて、キーボードに手を添えたままモニタと睨めっこ。そんなことがよくあります。気分が乗らないときなど、それだけで更新そのものを放り出してしまったり。上手く書き出せないから、後で書こう...。けれど、そのうちに書きたい内容を忘れてしまって、結局書かずに終わってしまう。私には、そんなことがたびたびあります。

こうした傾向は、きっと、私自身の性格を反映しているのでしょうね。こう見えても、ってブログでは見えませんが、私は実は人見知りをするタイプ。人と会って話をするのが苦手ではないのだけども、臨界を越えるまでが苦しいというか、身の置き場の無さを感じてしまう。で、臨界を超えると次々と話は止まらなくなる。これは何も初対面の人に限らなくて、親しくしている人でも、暫らく会わなければそんな感じになる。ブログを書き出すときも同じ。暫らく会わない人に会ったような感じ。次々と更新を重ねられるような時はいいのだけども、滞ると尚のこと、上手く書き出せなくなる。


ならば、短くてもいいから次々と更新を重ねればいいのだろうけども、それもまた上手くいかない。始めると今度はなかなか短くできない。次々といろいろなことが脈絡なく浮かんできて、文章を削るのに苦労する。ただでさえ長くなって時間がかかるのに、それを削ろうとするから尚のこと時間がかかる。それで更新頻度も落ちる(苦笑)。

年末から年始にかけて更新出来ているのは、それだけの時間があるからなんです。私の仕事は、普段は日曜も祝日も関係なくて天気がよければ仕事なんだけど、その分というわけじゃないが、盆と正月が長い。今年は今日から仕事の予定だったけれど、昨夜の雪でダメになってしまった。休みはいいんだけど、稼ぎが...(汗)。今のところ仕事が切れることはないけど、基本的に日雇い労働者だから、働かなきゃ稼ぎは減る。今月は10日くらいかなぁ...(泣)。

更新が続いたせいか、書き出しも調子に乗って長くなりました。本日のタイトルは「労働の権利」。これも元日のエントリー「知識」からの流れでして、「労働の権利」とは〔識る〕ことのカテゴリーになります。〔知る〕ことと〔識る〕ことは似て非なるものだというのは『知識』でも書いたとおりですが、「労働の権利」の〔知る〕に当た
戦争という仕事戦争という仕事
(2006/10)
内山 節

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るのは「労働者の権利」。そう、「労働の権利」と「労働者の権利」は違うのです。このことは、こちらも先頃エントリーにあげた『戦争という仕事』に出ている話。そのあたりを、年末年始にかけて話題になっている「派遣村」のことと絡めて、本エントリーの内容とします。たぶん、また長いです(笑)




話のとっかかりは、瀬戸さんのところから。私の『知識』に呼応してあげてくださった記事で

『知っていることと識っていること』(瀬戸智子の枕草子)

コチラでは、有名な「古人の糟粕」――私は知りませんでした(汗)――の元になった荘子の文章を引いて、応えてくださっています。昔の人は〔知る〕ことと〔識る〕ことの違いをよく心得ていたんですね。だからこそ「知識」という言葉も生まれたのでしょう。現代では意味が少し違っていますが。

その瀬戸さんの記事にコメントを投稿しようと思ってコメント欄を読んでいますと、すでに技術開発者さん――HNです――がコメントを投稿しておられた。それを読んだときに『戦争という仕事』で見た「労働の権利」という言葉が浮かんできた。それでこのエントリーとなったわけです。

技術開発者さんに失礼して、文章をお借りします m(_ _)m
労働運動は産業革命と共に生まれた民権運動であった」なんて事を良く書きます。産業革命によって工業が大規模化し、家内制手工業の労働者が工場労働者になり、厳しい搾取にあえいだときに、最初に起きたは「機械打ち壊し」だったなんて事を何度も書いていますが、「知」によらず、自分の経験的な感覚に従うなら、自分を苦しめているのは目の前にある工場の動力装置である訳です。そして、それでは解決する事ができないと分かったとき、「知」が必要と成ってきた訳です。普通選挙を求め、労働者の代表を議会に送り込んで、自分たちの生活を守る法を作ろうとする動きをするのには経験的なものだけではできなかったのです。社会の成り立ちを「知」として表し、その認識を共有して力を合わせなくてはならなかった訳です。
整理しますと、産業革命そのものも「知」による「識」の破壊をもたらしたんですが、それに対しての抵抗運動も「知」を用いなくては成らなかった訳です。
抵抗運動に「知」を用いなくてはならなかった。それはその通りでしょう。しかし、そこがそんなに単純なものではなかったということを内山氏は指摘します。抵抗運動に「知」を用いる過程で「識」が忘れ去られていった。しかもそれは「労働者の権利」を守ろうとする抵抗運動そのものに原因があったとしています。
人間的に働ける社会。誇りを持って働ける社会。それがなければ、幸せに生きることなどありえない。この気持ちを出発点においた人々は、「労働の権利」を重視し、「労働の権利」を実現していくためには、「労働者の権利」も必要だと考えた。
ところが、自分自身が労働者ではない社会思想家たちは、必ずしもそうは考えていなかった。たとえばマルクスも職人出身の労働者たちの発想を、職人社会時代の郷愁にすぎず、経済が発展していくという歴史の歯車を逆に回そうとしていると退けている。人間が幸せになるためには経済の発展が必要であるという立場を、マルクスは持ちつづけた。資本主義社会では、労働者が不当に扱われていることが問題で、だからこそ「労働者の権利」は実現されなければならないし、社会主義社会こそが「労働者の権利」を完全なかたちで成立させると彼は考えていた。マルクスの著作『資本論』には、余暇時間の増加が人間の自由をもたらす、という意味のことが書かれている部分があるが、それは裏を返せば、労働それ自体が自由で誇り高き営みになることはない、という意味になる。
「労働者の権利」とは、マルクスが提示した〔資本家-労働者〕という図式において、労働者にも公平な配分がなされる権利といったものです。具体的には適正な賃金・適正な労働時間・職場環境等の福利厚生の向上・労働組合の承認、といったところでしょう。これらは大切なことです。けれども、ここからは労働行為そのもの――私の表記に従うなら【仕事】――を尊ぶ精神は抜け落ちてしまっています。すなわち「労働の権利」は含有されていない。こうみると、労働者を疎外したのは実は資本家ばかりではなく、マルクス自身もその共犯者だったということすらできます。マルクス主義は労働者から生きていく誇りを奪った「近代」という構造の重要な一部なのです。

ですので、彼らが自らの思想を「科学的社会主義」と名乗ったことは的外れではありません。もちろん、科学の厳密な意味においては彼らの思想は――ポパーが反証可能性がないと指摘したとおり――科学とは言えないでしょう。けれども〔知る〕こと(=「労働者の権利」)のみを取り上げ、〔識る〕こと(=「労働の権利」)排除したという意味では、マルクス主義は、デカルトの懐疑に端を発した理性万能主義の系譜につながる「科学」です。


ここでまた、例のごとく寄り道です。再び瀬戸さんのところへ立ち戻らせていただきます。といっても別の記事、1ヶ月ほど前の

『科学の大衆化』
(瀬戸智子の枕草子)

瀬戸さんは、ここで戸坂潤の『科学論』を取り上げられました。実は瀬戸さん(&技術開発者さん)とは、「科学」というものの意義について――件の水伝騒動から派生したのですが(笑)――ずっと【対話】を続けていまして、私の当エントリーも、そして『知識』も、その流れのなかにあるものです。
科学の大衆化とはとりもなおさず階級闘争であると言うのです。
科学はいまだ、大衆・庶民のものではない。
なお獲得の為の闘争を必要とする。
そして、大衆化において注意すべき事は通俗化ではない、と申し添えています。
これは瀬戸さんご自身が『科学論』、そのなかでも「五 科学と社会」のエッセンス抜き出されたものです。

これだけ見ても戸坂潤がマルクスと同じ「科学」の系譜の中にいることが見て取れます。そして大衆に科学を普及すべきだと考え、その運動を闘争と捉える。しかし、これは私の目には“自分自身が労働者ではない思想家”のものとしか映りません。また、戸坂潤は「プロレタリア科学」といった言葉も用いますが、「プロレタリア」を「労働の権利」を希求する人たちだとすれば、「プロレタリア科学」という言葉そのものが定義矛盾です。となれば、「プロレタリア」とは「労働の権利」を捨て、「労働者の権利」のみを追い求める人たちとするしかない。なるほど、戸坂潤もそうとらえたからこそ“闘争を必要とする”と考えたのでしょう。しかし、その論理は、皮肉に見れば「労働の権利」を奪われてしまったがゆえに闘争への道を行くしかないと解釈することもできるでしょう。そして、それは内山節の文脈に従うと“戦争という仕事”へと繋がっていく...。
(そのようなことを私は「蟲毒の壺」という言葉を使って表現しました。)

(もし仮に「労働の権利」に基づく「プロレタリア科学」といったものがあるとすると、それは〔識る〕ことによる体系ということになります。内山氏は、そのことを「時間的普遍性」という言葉で表現しています。対して「ブルジョア科学」は「場所的普遍性」。まさにグローバリズムです。
「時間的普遍性」は、人々が暮らす風土――自然環境と社会環境――との【対話】を通じて獲得していくもの。ですから、限られた場所でしか通用しない普遍性です。そして、「思想」が〔識る〕ことを記述し〔知る〕こととして表現したものとするならば、“思想はローカルなもの”でしかありえないということにもなります。他文化の思想などといったものは、「古人の糟粕」ならぬ「他人の糟粕」でしかありません。)

そして、この図式は逆に見れば、日本の庶民がなぜ闘争しないかということの説明にもなります。日本ではごく最近まで、終身雇用制といった日本の慣習に裏打ちされた制度が「労働の権利」を支えていた。日本の高度成長を支えた工業技術は、「労働の権利」を保持していた労働者、いえ、仕事人(≒職人)によって実現されたものです。そういった仕事人は、決してマルクスが定義したようなプロレタリアではありません。そして、この図式はまた、大きな声を上げることがない非共産系の護憲保守――かつての自民党支持者――が多くを占めた、それも地方で根強く支持されたことの説明にもなる。闘争を好まない庶民たちが護憲なのは、ごく自然なことです。
(ただし、ここには戦前の好戦的日本国民への視点が抜けています。これは「カルト」との関連で説明できると思っていますが、それはまた別の機会に。)

貨幣の思想史―お金について考えた人びと (新潮選書)貨幣の思想史―お金について考えた人びと (新潮選書)
(1997/05)
内山 節

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もう少し寄り道を続けましょう。以上のように書いてしまうと、西欧の社会主義-共産主義の思想も「労働の権利」を奪うものであったかのように見えますが、内山氏によると、草創期の社会主義はそうではなかった、ということらしい。例えば、「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る社会」を唱え――私は、これを永らくマルクスのものだと思っていましたが――貨幣廃絶論を唱えたモーゼス・ヘスや、ヘスが支持したヴィルヘルム・ヴァイトリングといった人たち。日本ではほとんど知られていませんし――wikipediaで検索しても名前が出てくるだけ――、私とて彼らの思想の内容は、内山氏の著述の範囲内でしか知りません。が、その範囲内でも、彼らの思想には心躍るものがあります(貨幣廃絶論はさすがに極端ですが)。具体的な内容は紹介した本にあたっていただくとして、印象的なところを少しだけお借りします。

ヴァイトリングは、職人労働者であり、青年ヘーゲル派から生まれたいわゆる哲学派の理論家ではない。そのヴァイトリングの功績を誰よりも高く評価したのはヘスであった。もっともヘスも、ヴァイトリングが、社会主義をキリスト教的理念の実現であるかのごとく説明することに対しては、異議を唱えていた。といっても、それは、後にマルクスがヴァイトリングを「無知」と批判したような卑劣なものではなかった。現実に闘っている労働者を、いわば思想的エリートたちが、思想的家高台から批判するような作法は、ヘスにとっては容認できるものではなかったのである。人々が自由な生命の展開を妨げられ、その結果肉体と精神が分裂し、労働者と理論家が分離してしまわざるを得ないような疎外された社会、ヘスが問題にしていたのはこの現実社会である。本当なら誰もが労働者であり、誰もが思想家であることが出来るはずなのに、現実の社会はそんな自由を人間から奪い取ってしまっている。とすれば、このことを批判しているヘスが、どうして思想家的高台から、労働者の思想を批判することができようか。



さて、“高台からの批判”という言葉が出たところで、話を「派遣村」の方へ移しましょう。

「派遣村」にからむ話で“高台からの批判”といえば、なんといってもこれでしょう。

『坂本哲志氏の失言は自民党政治そのもの』(村野瀬玲奈の秘書課広報室)

「派遣村」について、坂本哲志氏の失言については、多くの方が言及されていますから、私が付け加えるべきことはありません。私も「派遣村」が設けられることになった状況、坂本哲志氏の失言は酷いと思います。ですが、ここまで読んでいただいた方には察しがつくかもしれませんが、私の批判は「派遣村」で過ごさざるを得なかった人たち、「派遣村」に救いの手を差し伸べた人たちの一部にも向けられます。

「派遣村」を上で述べた「労働の権利」「労働者の権利」という言葉でもって語りますと、「派遣村」で過ごさなければならなかった人たちは、「労働者の権利」を奪わることで「人間としての権利」まで奪われてしまった人たち、いうことが出来るでしょう。そして「労働者の権利」喪失が直ちに「人間としての権利」喪失に繋がってしまう社会――“溜め”のない――社会これを「すべり台社会」という。日本の社会がまさしくその「すべり台社会」だと指摘したのは、「派遣村」村長の湯浅誠氏。氏の洞察力と行動力には、私とても一も二もなく敬服します。ですが、敢えて批判をさせていただきますと、その湯浅氏にも「労働の権利」という視点はないように見受けられる。これはまた機会を改めて指摘したいと思いますが、
反貧困―「すべり台社会」からの脱出 (岩波新書)反貧困―「すべり台社会」からの脱出 (岩波新書)
(2008/04)
湯浅 誠

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湯浅氏は著書『反貧困』において、アルマティア・センの貧困論――ここには「労働の権利」「労働者の権利」双方の視点が含まれる――を引用しながら、それを「労働者の権利」にのみ矮小的に解釈しています。それは、「派遣村」で過ごさざる得ない人々の実態には即しているのかもしれませんが、「人間としての権利」が「労働者の権利」のみに依存しているような印象を読者に与える。「労働の権利」をマルクスのように割愛してしまうことは――湯浅氏は意識的にそうしたわけではないでしょう。またマルクスも、どの程度意識的に割愛したかは確定的には語れません――、結果としては仕事人を疎外して、労働者にしてしまうことに結びつく。


私は「派遣村」の現状に接してはいないので、断定的なことは言えませんが「労働の権利」を追い求めている一労働者として、次のように推測します。「派遣村」には、「労働の権利」を追い求めている人は、皆無とは言わないけれども、ごく少なかったのではなかったのか? 私自身の感触でいうならば、今の時代、「労働の権利」を求める者、労働を単なる労働ではなく【仕事】と捉えて生きていく喜びを見いだそうとする者は、まずいないだろうと感じます。そんな労働に生きる喜びを見いだすことが困難なのは、わかりきったことだからです。そんな者たちにとっては、貧しいことは「派遣村」の人々ほど直ちに貧困にはなりません。すべり台社会であっても、どこかに引っかかる鈎(かぎ)を持っています。その鈎は湯浅氏の表現に従えが“溜め”でもある。すべり台社会で底まで滑っていく人たちは、鈎を捨ててしまった人たちだとも言えるのです。

東京に、鈎を持っていたにも関わらず、不運にも底まで滑り落ちた人がいるとするなら、日比谷ではなくむしろ上野でしょう。こちらの記事↓をご覧になってください。

『不況の中倒産するまで雇用を維持し続ける中小零細企業の矜持』(木走日記)
『越年派遣村』のニュース報道を見つつ、しかし私はまったく別の炊き出しのことを考えておりました。
 『越年派遣村』の日比谷公園ではなく、同じ東京の上野公園では、派遣村より人数の多いおそらく500人規模のホームレス対象の炊き出しが行われています。

・・・

このようなホームレスと化した元零細企業家やその元従業員たちですが、少なからずの彼らの中には派遣切りと同様な、下請け切りや貸し渋り・貸し剥がしなどの要因のせいで破綻した会社もあるだろうと想定できるにもかかわわず、彼らの声はメディアでは派遣村の住人に比し目立って取り上げられてはいません。
「労働の権利」を求める人が、派遣労働者よりも中小零細企業の従業員に多いだろうことは、容易に想像がつきます。また、不況のなかで小さな会社を倒産させざるを得なかった経営者に至っては、持っていたはずの鈎を放り出さねばならない人もいたはずです。けれども、そういう人たちのことは、この年末年始、取り上げられもしなかった。取り上げないメディアもですが、救いの手を差し伸べるとして日比谷に現れた政治家達はどうなのでしょう? 

私には、彼らに坂本哲志氏の失言を非難する資格があるとは思えません。確かにあの失言は酷い。しかし、見方を変えると酷いから、その酷さがわかりやすいとも言える。日比谷に集まった政治家達のパフォーマンスは、「労働者の権利」「人間としての権利」を奪われた人たちからすれば正当なものです。しかし、彼らは「労働の権利」の視点に立てば、むしろ奪う側ではないのか? だとすれば、わかりにくい分だけ悪質だと言えなくないかもしれません。

そして、さらに「労働の権利」の視点に立てば、坂本哲志氏の失言にも三分の理が認められなくはない。「派遣村」に集まった労働者達は、「労働者の権利」を求める労働者としては、十分に働く意欲を持っているでしょう。しかし、「労働の権利」を求める仕事人としては疑問を抱かざるを得ません。“本当に働こうとしているのか”――坂本氏だけではなく、いわゆる「勝ち組」と称される者たちが頻繁に口にする発言――の意味が「労働の権利」を指しているのなら、決して「勝ち組」とは言えない私も同じ感想を持っているわけです。

共産党のいう“ルールなき資本主義”の社会とは、「勝ち組」が「労働の権利」を独占し、「負け組」から「労働者の権利」「人間としての権利」をも奪っていく社会のことです。「勝ち組」は【仕事】の喜びを知っているかもしれないが、それは「戦争という仕事」に繋がる奪っていく【仕事】です。「勝ち組」からしてみれば、求めないから奪ったのだと言いたいのかもしれませんが、それの言い分は卑怯です。「労働の権利」を「生きる喜び」だと知っていながらそれを奪っていいという考えを、私は健全な人間のそれとはとうてい思えない。けれども、自ら手放す方もどうかしているのです。

ただ、ひとつ感じるのは「派遣村」で過ごした人たちの中には、「派遣村」で人の情に触れたことで、「労働の権利」を追求しようと感じた人も多数いただろうということ。私は性善説を信奉する者ですから、人間とはそもそもそういった存在だと思っています。そして、もしそうならば「派遣村」は、単に年末年始を生き延びられたということ、および「労働者の権利」を訴える政治的パフォーマンス以上の意義があったと思います。ですから、そこで労働者達が求めようと感じた「労働の権利」を「労働者の権利」に矮小化してしまうことは人間性に対する犯罪だとすら思う。しかし、日比谷に集まった政治家のなかに、その犯罪を犯さなかった者がいたのでしょうか? 



長くなりましたが、もう少し。どうしても、書いているうちにどうしてもコチラに触れたくなってしまいました。それは↓

『新年、そして・・』(関係性)

ブログ「関係性」のmorichanさんは、企業経営者でおられるようです。ご自分で零細企業と仰るので、そうなのでしょう。そのmorichanさんが紹介されているのが、銀行員とのやりとり。銀行員は、
ついに消費者は知ってしまった、どれだけ無駄な買い物をしてきたか
といい、さらに
不況の底を打つのにこれから2年はかかり、その後は低迷し続け、その不況感にみんなが慣れるだけ
と付け加えた。つまり資本主義の成長論を否定した。そして、
この銀行員の言葉を他の経営者に伝えたところ、

“じゃあ、俺たちは何を作ればいいのか!”

とみんなで肩を落として忘年会を解散した。
この方々こそ、膨張し続けた資本主義の最前線で働いていた方々です。資本主義という虚構を膨らませたのは銀行や証券会社ですが、それを様々な弊害――そのもっともたるものが環境問題――はありますが、実体のあるものにしてきたのはこれらの方々です。ところが、資本主義の虚構の部分を、銀行や証券会社が私欲に走って自壊させてしまった。滑稽で悲しいのは、虚構は単なる虚構ではなくて実体を支えていた虚構――この逆転が金融資本主義の「成果」――だったので、虚構の崩壊とともに実体も持たなくなった。それで前線は縮小を余儀なくされていて、この方々は、その最前線の司令官。戦いで一番難しいとされる殿(しんがり)の司令官なのです。しかも、少なくない部下を抱えている。

そんなmorichanさんに、私は次のようにコメントしました。
>“じゃあ、俺たちは何を作ればいいのか!”

資本主義社会に入りきれていない私などが返答するなら、

“必要なモノを必要なだけ作ればいい”

となってしまいますが、これは膨らみすぎた資本主義最前線におられる方々には冷たく響くでしょうね。でも、申し訳ありませんが、私たちの未来に思いを馳せたとき、やっぱり最前線から撤退していただくしかない、と思います。どう考えても、必要でないモノを作り続ける社会に未来はありえません。
これに対するmorichanさんのお答えは、こうです(morichanさん、引用させてもらいますm(_ _)m )
愚樵さんの指摘はまさにその通りだと思います。
少量生産で僅かな売上をみんなで分け合う以外にありません。この行動を続けられれば、新規の需要も見つけられ、新製品を作り出し、そこでまた少量生産を続ければよい訳です。
問題は、家族の生活だけでなく、マンションのローンに追われている社員たちです。彼らも少量生産の状況を続けることが不可能になってきています。
企業の生産には仕入、販売、借入が複合的に混ざって動いていますが、実は、個人の生活も同様な状況にあるのです。
このことも汲み入れて企業の永続性を考えていますが、50歳前後の人たちには余りに暗い状況ですので、「撤退」を口にすることがなかなかできません。
このmorichanさんのお答えに、私は木走さんが仰っていた「矜持」を感じないではおれません。

メディアの報道を眺めていると、政治家も評論家も、景気対策だと声を張り上げています。が、いま、それが本当に必要なことなのか、私には甚だ疑問です。彼らのいう金融政策や景気対策とは、破裂した虚構を取り繕って再び膨らませ、実体の崩壊度のダメージを少なくしようとするもの。ダメージを軽減させることは重要なことですが、膨らんだままの状態では、いつかは自然資本である地球環境そのものが耐えられなくなって、決定的な崩壊を迎える。そこを考えれば、今は好機なのかもしれないのです。“必要なモノを必要なだけ作る”社会にまで撤退するチャンス。そう捉えれば、みんなが安全に撤退するための方策とは、政府や経済学者達が主張するような施策とは思えない。もっと別のもののような気がします。

私たちは歴史の過程のなかで、もともとは一体であったはずの「労働の権利」と「労働者の権利」と「人間としての権利」を分解してしまいました。“働かざる者食うべからず”という諺は、これら3つの権利が一体であったときのものですが、現代は、この諺の教えの有効期限が切れてしまったかのようです。ですが、私には、この教えの重要性は増しこそすれ、有効期限が切れたなどとは思えない。

3つの権利のうち、どれかが突出してしまうような社会のあり方を、私は健全だとは思えません。別れてしまった3つを統合することはもはや不可能にしても、それらを均衡させることはできるはず。そして、そんな社会はきっと“必要なモノを必要なだけ作る”社会だと思います。いえ、もしかしたら
「必要なモノを必要なだけ、各々能力の応じて作り、各々の必要に応じて受け取る社会」
かもしれません。それとも、これは単なる空想でしかないのでしょうか?

コメント

悪魔の碾き臼

「人間としての権利」は全員が持っていますが「労働の権利」とは、愚樵さんは仕事人と表現していますが基本的には産業革命以前にはたくさんいた職人の権利の事ですね。
ところが産業革命以後には職人は絶滅危惧種でほとんどは賃金労働者なので「労働者の権利」しか考えられなくなってっているんですよ。
江戸時代は職人全盛の社会で、明治以降も日本は例外的に職人が最期まで生き残っていた社会らしく、その伝統はつい最近まで残っていた様で、愚樵さんなんかは最期の生き残り(トキとかヤンバルクイナ)ですね。だから労働者の権利だけではなく労働の権利を知っているが、多分普通の労働者には無理ですよ。

>“必要なモノを必要なだけ作ればいい”

可也不正確な表現で、誰にとって『必要なだけ』なのかとか、何に対して『必要』とかの条件が付いていません。
これが一番の問題点で、1929年の大恐慌時には飢えた大勢の民衆(貧民)と売れないので価格維持の為に大量廃棄された農産物。
着る防寒具が無くて寒さに震える失業者(民衆)と売れないので工場を閉鎖する被服工場(資本)という悲惨で残酷なデフレスパイラルが起こっています。そして今でもデフレスパイラルの小さなものは起こりつつあり危険性は十分に存在しています。
一般市民の『必要なもの』と資本(企業)が『必要なもの』とは全く違う性質のもので、資本主義の『必要なもの』とは『売れるもの』のことで、必ずしも一般の人々が『必要としているもの』とは同じではありません。
需要(消費)と供給(生産)とこの二つの歯車が回ってこそ経済が上手く回っていく。
しかし資本主義では根本的に問題が有り『需要と供給』は貨幣によって辛うじて繋がっている危うい関係で有る事をケインズは発見していますが、ケインズ信奉者を含む近代経済学者達ははこのことには触れたがりません。
特に新自由主義者はサプライサイド(供給・生産側)だけで経済が成り立つと考える、間違った観念論的な経済学です。
資本主義では必ず需要と供給の間に齟齬が生じるので、『誰に』『誰が』を抜かして考えるととトンデモナイ事が起こります。
新自由主義全盛の現在。実は大恐慌は新自由主義と良く似た考え方(制度)から引き起こされているので70年前も現在も、このことに注意しないと全く同じ事が起こるでしょう。

まあ確かに、みんな今あれもこれも不必要なものまで持ちすぎているのは事実のようですね。
我が家のような小さい家でも今テレビが三台も有るし、PCも入れれば4台になるが、昔一台しか無かった時代の方が今よりも家族の結びつきとか会話とかの大事なものは有った様に思う。いま色々と余分なモノが有る分だけ、精神的には貧しくなっている。
『消費を抑制する時季』に来ているのかもしれません。
新自由主義は、個々の個人一人一人の欲望を最大限解放して、そのことによって個人の消費を大幅拡大する。
それによって個人の集合体であるところの社会全体も大幅に拡大(景気がよくなる)とする考え方ですが、
この考えが間違いであったと皆さん気が付きだしている様です。
今の日本は、新自由主義で金持ちがより金持ちになった結果、
貧しい人はより貧しくなって日本全体が『消費を抑制』する社会になり『景気を冷が冷え込み。』『経済を停滞』しています。
新自由主義とはその様な、目指していた目的とはまったく逆の『正反対の効果』が有るが、その原因は社会の現状を科学的に正しく把握していないで、自分の思い込み(観念的な理論)で解釈しているからですね。

>ところが産業革命以後には職人は絶滅危惧種でほとんどは賃金労働者なので「労働者の権利」しか考えられなくなってっているんですよ。

私は日本の高度成長を支えたのは職人の精神――本文に仕事人(≒職人)と表記しています――だと思っていますので、面影さんとは認識が異なりますね。ただ、このような認識はあくまで主観的なものですから、客観的に正誤は判定できません。

しかし、おわかりになっていただいていると思いますが、私にとってはこの認識は、この文章の根幹にあるものです。護憲保守は職人の精神に近いものでもありますから、これが異なるならば、戦後の庶民の共産党嫌いに説明がつかなくなってしまいます。

>>“必要なモノを必要なだけ作ればいい”

>可也不正確な表現で、誰にとって『必要なだけ』なのかとか、何に対して『必要』とかの条件が付いていません。

さすがは面影さん。こうした指摘はありがたいです。私の問題意識の焦点が露わになってきます。

ご指摘の通り、不正確な表現です。言わんとすることはなんとなく伝わるのでしょうが、では、具体的に何を言っているのかというと、よくわかならい。そんなところでしょうね。

申し訳ありませんが、この疑問には新たなエントリーでお答えするということでご了承ください。

が、少しだけ申し上げておきますと、実は私は、この回答の一部を『情報の価格』の記事にて示しています。この答えへの回答は、“個々の権利の追求”という視点では見えてきません。共有物の価値という思考法が必要です。

職人の心

欧米以外の国で、それも非キリスト教国で唯一先進国に成れたのは日本唯一カ国ですが、その原因は最大の謎とされている。
これは日本だけが例外的に職人(職人精神)が最期まで生き残っていた社会らしく明治維新後の近代化も、戦後の高度経済成長も職人(職人精神)が一番有効に働いたらしい。
このこと(職人精神)は今でも僅かではあっても痕跡は有るようです。
世界で一番日本に近いのは地理的にも文化的にも精神的にもお隣の韓国なんですが、韓国人知識人が日本に来て驚く事はこの職人精神ですね。
例えば韓国を含む外国ではすべての職業に上下が有るのが常識なので能力の有る人は、同じ仕事(会社)を一生続けることは無いが、日本ではどんな仕事でも一つの仕事を続けて極めることこそが一番大事で有ると考えられている。
今の派遣労働なんかは、その日本人が一番大事にしてきた精神をないがしろにするトンデモナイ間違ったやり方ですね。



『戦後の庶民の共産党嫌い』の説明はこの事とは関係有りません。
戦前は徹底的な反共教育をしていたのですが誰も共産主義も共産党もを知らなかったのでほとんど何の意味も無かった様です。
ですから戦後共産党組織がほとんど無い状態でも35人もの共産党国会議員が誕生するわけですが、松川三鷹下山と言う、今の9・11事件ソックリの三大謀略事件が引き起こされる。
もちろん皆さん知っているように共産主義者(イスラム原理主義者)の仕業と判明して逮捕・起訴して何人もが死刑判決になる。
20年ほどして被告が無罪である証拠を警察が隠していた事が発覚して全員無罪になるが、それでも20年もみんなが信じていたので何となく怖い共産党のイメージは定着してしまう。
『戦後の庶民の共産党嫌い』は政府やアメリカによって作られたもので最初からあったわけでは有りません。ましてや職人精神とは最初から最期まで関係有りません。

初めまして。
とても奥深いお話で、興味深く読ませていただきました。
この記事の筋とはちょっと違っているのですが、昔小泉総理が出たての頃、しきりに「痛みに耐える」と言う事をいっておられましたが、
私はこの痛みに耐えるという言葉を善意に解釈して、
現代人のやっている無駄遣いを止めて、
皆が必要最小限の物だけで我慢する事によって、
資源の浪費を抑え、
環境への付加を軽減させる事だと解釈して、改革は必要だと小泉総理を応援していたのでした。
しかし小泉改革とはは、そんなものとは全然違っていました。

やっぱり仕事に生きがいを感じながら(時には頑張る必要もあるかも知れませんが)仕事は人生の一部としてすると言うのが、理想的でしょうね。
機械生産は便利なのですが、チャップリンではありませんが、
人間が機械の奴隷になるような事になり、
ある時間は自分を切り売りしている事になるのかもしれませんね。

話が長くなりますが、
私は結婚前10年間ほど、和裁を仕事としていました。
始めた動機は、縫い物に少しでも慣れておかなければ困るかもしれないという、裁縫できない事への劣等感からで、それまで縫い物をめんどくさいと思って、避けてきていたのでした。
しかし長い間、仕事として1日中着物を縫っている内に、段々その作業が嫌でなくなっていました。
時間を追うにつれて、確実に出来上がっていくことに、喜びさえ感じるようになっていました。(しかし手間賃が安くて、とてもその収入だけでは生活は出来ませんでしたが。)

仕事とは、本来喜びを伴うものかもしれませんね。

ふむふむ

拙ブログのほうへのコメントはコメントでのちほどコメントさせていただきますが、とりあえず、こちらに。
このエントリーは長い!! 長過ぎる!! あまりに長いので前回開いたときは時間切れになり読み切ることができなかった。で、思い出して読み直しました。
結論から言いますとこのエントリーに異議はありません。と、いうか同じ様に思っています。それをちゃんと深く検証しつつ書くと(ワタシには書けませんが、)長くなるんだなぁ、と思いました。
ほかのブログの派遣村批判で「ただ生きているだけでいい、という前提からはじめてないか?」というのがありましたが、その批判への批判はありません。その視線はワタシも感じています。ただ愚樵さんも書かれてますが、ワタシは派遣村が村民に「ただ生きているだけでいい」かということを問い直す場になると思っています。願ってますかな?

労働については、ワタシは多分生活の糧(金)を得る為の労働者なので、というかそこに甘んじているので、愚樵さんのように自信をもって言い切ることができませんが、言いたい事はよくわかります。
まどろっこしいけど、労働とは別の部分で「生きて」いこうかな、と思ってます。……っていうのは、本来の人間としての在り方と違うのかしら?

それが仕事でしょう

和久希世さん、こんにちは。初めましての挨拶は、そちらにお邪魔させていただいたので済んでいますね。

>しかし長い間、仕事として1日中着物を縫っている内に、段々その作業が嫌でなくなっていました。
>時間を追うにつれて、確実に出来上がっていくことに、喜びさえ感じるようになっていました。

これこそが【仕事】の心だ思います。

“【仕事】とは“事に仕える”ということです。“ 仕える”のは、もちろん「私」、仕事を為す私です。では、「事」とは? 仕事は、そもそもが「私」が外部に働きかけを行ってなんらかの成果を得るための行為です。その「行為」を「事」と称する。してみれば“事に仕える”とは、「私」よりも「事」を上位において、そこに没入していくということになります。”

この記述は、私の『知識』というエントリーのものですけれども、和久希世さんも縫い物に仕えて、「私」を下に置いたのでしょう。

こうした心は、“収入が少ない”といったような「私」が勝ってしまうと、すぐに見失ってしまいます。おカネはすぐに「私」をもたげさせてしまいますからね。みんながおカネに飲み込まれないで【仕事】ができる世の中。そんな世の中がきっと幸福なのでしょうが、小泉純一郎が進めた社会はそれと正反対のものでした。

長くてスイマセン

dr.stoneflyさん。スミマセン。長くなったのは、余計なことを書きすぎたから。なんだか、削るのがイヤでσ(^_^;

私の記事の意図をバッチリつかんでいただいたようなので、特にお返事することもないのですが...、ちょっとだけ(←これでいつも長くなる(苦笑))

>まどろっこしいけど、労働とは別の部分で「生きて」いこうかな、と思ってます。

う~ん、生きていくことも、これまた【仕事】ではないですか? ただ生きていくだけでも、時にはとても辛いじゃないですか。楽しいときもあれば、苦しいときもある。やり甲斐を感じることも、意味を見失うことも【仕事】と同じですよ。「生きていく」という「事」に仕えれば、「生きていくこと」もまた【仕事】。

なんだか禅問答みたい?

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