愚慫空論

戦争という仕事

戦争という仕事戦争という仕事
(2006/10)
内山 節

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今日は、本の紹介記事をあげたいと思います。内山節著『戦争という仕事』。

本のタイトルからすると、戦争という現象についていろいろと考察していると想像されるが、さにあらず。そう思ってページを繰ると期待は裏切られます。この本が重きを置いているのは「仕事」。いや、当ブログでは、前エントリー、前々エントリーの表記方法を踏襲して【仕事】とした方がよいでしょう。そう、私と似たような労働観をもって書かれている本なのです。でも、まぎれもなく戦争について考察された本。

本の紹介と言いましたが、その前にちょっと寄り道をさせてもらいますと、私はこの著者の文章を読んでいると、その文章に表現されているものの考え方が、果たして著者のものなのか、自分自身のものなのか、よくわからなくなることがあります。もちろん、知識の量と思索の深さにおいて私など内山氏に及ぶところではないのですが、思索の「量」ではなく「質」が非常に似通っていると感じる。まあ、そんな経験は誰しもあることなのでしょうけれども。

もうひとつ、私が内山氏と似ていると感じるのは、環境です。内山氏も森の人であるらしい。1950年の東京生まれで都立新宿高校が最終学歴だそうですから、1968年の東大紛争あたりが影響したのかどうか、制度化された学問への道を、おそらくは敢えて捨てて、森へ入ったのでしょう。私も似たようなものです。一応、大学の門はくぐりましたが、ろくに学ばず山へばかり出かけていて、挙げ句の果ては樵です。私にとってこの道が敢えてであったかどうか、そうであったとしても、それは苦い挫折感とともにあったことは認めなければなりませんが...。


それはさておき。『戦争という仕事』の書き出しは、次のように始まります。
二〇〇三年三月、アメリカ軍がイラクへの侵攻を開始したとき、一人の女性兵士がイラク側の捕虜になった。その事実が伝えられたとき、女性兵士の母親が報道陣を前にして次のように語っていた。〈戦争は田舎娘にとっては千載一遇のチャンスだったのに〉
 出世の機会が少ない田舎の娘にとっては、戦争はチャンスだった。その女性兵士は後に救出され、手記を発表して巨額の富を手にする。
 この母親の発言に、人間としての頽廃をみるのは容易である。だが、と私は敢えて問うてみようと思う。私たちの時代は、この発言を本当に批判することができるのだろうかと。
 兵士として働くこともひとつの仕事を得ることだと考えれば、同じようなことを現代の仕事の世界は大なり小なり内包させている。仕事を私たちの暮らす世界をつくるための有用性や有効性からとらえるのではなく、自分の利益や出世の道具にしてしまったのが現代ではなかったのか。
 だとすれば、「戦争という仕事」を出世の道具としてとらえる人々と似たような仕事観を、私たちの時代は持っていることになる。自分の利益のために、自然をふくむ他者の世界を破壊してきたのが現代人の姿である。この母親と共通する仕事観を現代の仕事の世界は持っている。

これは、第一章 戦争という仕事 の最初の文章。「頽廃」と題されたものの書き出しです。この本は、信濃毎日新聞に連載したものをまとめて刊行したもののようで、八〇〇字程度のエッセイをまとめたような形になっています。

戦争という現象は、さまざまなところでさまざまに語られていますが、この文章のように、自分自身を出発点において始まる文章は少ないでしょう。たいていは、戦争という現象を分析し、責任を自分以外の誰かに求め、そして戦争を抑止する責任は我々にある、といったような形を取るのが普通です。そうした意味で、この戦争についての考察文は異質でしょう。ですが、現在の民主主義社会においては、すべての責任は主権者である私たち自身にあるわけですから、こうした視点からの考察は、一般的なものではなくても的外れとは言えないはずです。

『戦争という仕事』という本は、戦争の責任を現代に生きる自分自身に問うところから出発して、【仕事】という人類が誕生してこのかた、途切れることがなかった営為を通じて考察していきます。その過程の概略を、この本の目次を引用することで示してみますと、次のような具合です。
第一章 戦争という仕事
頽廃 熱狂 虚構 正義 記憶 テロリズム 問い 剥離 観察 建国 秩序

政治という仕事
デマゴーグ 腐敗 映像 自由 国民国家 理念 国民 呪縛 鳥 

第三章 経済という仕事
雇用  維持 家業 労働観 自然価値説 視点 風土 成り上がり 労働証書 地域 異端 貨幣愛

第四章 自然に支えられた仕事
共振 思考回路 身体 待つ 間 魂 蛙 時間 無事 他者 文明

第五章 消費と仕事
「物」 イデオロギー 労働力商品 蓄積 倫理 永遠 ゆらぎ 関係

第六章 資本主義と仕事
翻弄 没落 摩擦 一元化 危惧 親和性 スピード 評価 皮肉 マネーゲーム 悪事

第七章 社会主義が描いた仕事
個人 官僚主義 未来 転換 労働の権利 反グローバリズム 組織労働

第八章 近代思想と仕事
知性 価値 諒解 和讃 普遍性 専門性 江戸 合意 信仰 居心地 労働組合

第九章 基層的精神と仕事
基層的精神 役割 日本的経営 循環 大地 劣化 火振り漁 金山様 断片化 解読

第十章 破綻をこえて
清算 偉人 分業 平和 仕事歌 納得 風合 観念 百年 模索 錯覚 春

これらをざっと眺めてみても想像できるとおり、この本で進められる思索は筋道だって論理的なものではありません。それはエッセイ集といった本の体裁からも容易に想像されることですが、それにしても、ここに並んでいるエッセイのお題から、どうして『戦争という仕事』という本になるのか、不思議なくらいです。最初の方こそ戦争に関係のありそうなお題が並んでいますが、結論に至るはずの後の方には、第十章に「平和」とあるくらいで、あとはほとんどそれらしきもの見当たりません。

それでも「どうすれば私たちから戦争をなくせるのか」という問いに立てば、この本は紛れもなく戦争についての本です。そしてその問いは、上で引用した出発点からすれば、当然の問いでしょう。

しかし、その答えもまた風変わりではあります。

例えば「平和」と題された文章のなかで、内山氏は「いのち」をやりとりをすることが平和なのだといいます。それはつまり「農の営み」――けっして農業ではない――です。田や畑で作物を育て、収穫し、その「いのち」を頂くという循環が平和の基礎なのだ、と。そうした「いのち」のやりとりの仕事が無事に行われ、さらにはもの作りといった仕事にも「いのち」が展開されていく。「いのち」は土にも金属にも見いだされて、鍛冶屋や焼き物師といった職人達は、それらの「いのち」を生かすために技を磨いたのだ、と。

ところが今日の市場経済の社会では「いのち」が感じられなくなってしまった。消費者にとって「いのち」はお金で商品に置き換わった。生産者にとっても、仕事の意味が変わってしまった。市場でいかに勝てるかが仕事の目的になった。
 そのとき、ものづくりのなかに、無事な営みを感じ平和を感じることが出来なくなっていったのだと思う。だから、私たちの社会は、無事でも平和でもない。現実に戦争が行われているから、という理由だけではなく、日々の経済活動も仕事も、無事でも平和でもないからである。「いのち」をみつめることを仕事のなかでやめたとき、私たちは無事や平和の原点にあるものを捨ててしまった。
 ただし、一度だけ、日本の人々はこの歴史の歯車を止めようと決意したときがある。それが敗戦後の日本だった。このとき人々は、平和な仕事、平和な暮らし、平和な社会を希求し、「いのち」のあり方をみつめた。だがその心情を、高度成長以降の社会が風化させた。その歴史をへて、私たちの気持ちはいま再び、農業などの「いのち」と結ばれた仕事に対する憧れを育み始めている。今日では、作物を育ててみたいと思う人は、驚くほど多い。市場経済のなかで失ったものを、取り戻したくなったのである。

非論理的で風変わり。しかし、この答えを風変わりと感じる方こそ、風変わりではないでしょうか?


コメント

いいタイミング

いいタイミングで、いいものを紹介していただきました。この対極に来るものとして、「今どき経営者にとっての理想的な労働力」のことを、明日書いてみる予定でした。

こんばんは

面白そうだったのと、愚樵さんが
>私はこの著者の文章を読んでいると、その文章に表現されているものの考え方が、果たして著者のものなのか、自分自身のものなのか、よくわからなくなることがあります。
<
と仰るので、愚樵さんのことももっと理解できるかも?と思って入手、半分くらいまで読み進めています。
分かりやすくて面白い本ですね。

これを読みながら「あ、なるほど」と思ったのが、僕の思考の中には経済の観念がまったくない、ということです。 (^_^;)
僕も似たような感覚は持っているのですが、そこがないがために、内山氏の書いていることがとても新鮮です。
なおかつ分かりやく平易に書かれているので、ありがたい。 (^o^)
後半が楽しみです♪

お読みいただいているのですね

ありがとうございます。この世の中に疑問を感じておられる方には、ぜひとも読んでもらいたいと思っていますので、嬉しいです。

> これを読みながら「あ、なるほど」と思ったのが、僕の思考の中には経済の観念がまったくない、ということです。 (^_^;)

それはしあわせなことだ~ (^∇^)

> 僕も似たような感覚は持っているのですが、そこがないがために、内山氏の書いていることがとても新鮮です。
> なおかつ分かりやく平易に書かれているので、ありがたい。 (^o^)

平易なのはもともと新聞掲載のエッセーだったというのもあるでしょうが、内山さんのはどれを読んでも平易な文章です。どこかで読みましたが、もはや角張った論文形式で文章を書くつもりもないみたい。やはり「理」になにか欠けているものを感じておられるんでしょうね。

> 後半が楽しみです♪

『光るナス』でも取り上げていただければ。リクエストしておきます(^~^)

もちろん!

そのうち取り上げるつもりでいます。
僕が自覚していなかったことに気がつけたりもしたので、そういうこと含めて思考のヒントにさせてもらおうと思ってます♪

Re: もちろん!

楽しみにしています。きっとまた違った視点で読み解いてくれるでしょう。

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