愚慫空論

国のかたち(1)

今日は気分を変えて、ですます調で。

ここで言いたい「国のかたち」とは、統治機構の法体系といったもののことではありません。そういった表に出ていて明文化された国家としての体裁のことではなくて、国という枠組みの中で暮らす人々――国民――が暗黙のうちに了解しているもの。私が言いたい「国のかたち」とは、そうした曖昧模糊としたもののことです。

曖昧模糊としているが、そこを敢えて言葉にして表現してみますと、まず浮かぶのは【アイデンティティ】という言葉でしょうか。自分が所属しているという意識を持つことによって、自分が自分であることを確認する拠り所となるもの。

しかし、【アイデンティティ】だけでは不足だと感じています。もともと曖昧模糊としたものなのだから、それを【アイデンティティ】だけで代表させてしまうのは無理があるのだけれども、そういう意味だけではなくて、【アイデンティティ】が意識されクローズアップされるのなら、同時にあるものが意識されなければバランスを崩す――そんな意味で、ある言葉が見逃されているという気がしている。そして、その言葉は、【和解】ではないかと思っています。


それはそうですよね。国というのは、大勢の人の集まりです。大勢の人間が、何かしらの一体感を持とうとすれば、そこには“所属している”という感触――【アイデンティティ】――がなければ不可能です。けれど、“所属している”だけでは、ひとりよがり。自分が所属しているだけではなくて、自分と同様に所属している他の人たちと、うまくやっていかなければならない。【アイデンティティ】は自我ですが、自我だけではダメなんですね。自我が自然に抑制される「かたち」がないといけない。その「かたち」が「国」であって、【和解】である――そんなふうに思います。


ナショナリズムというイデオロギーがありますね。これは【アイデンティティ】が意識化が広く共有されたものだと捉えることが出来ます。【アイデンティティ】とか【和解】とかは、いつも意識化されているとは限らないんですね。【アイデンティティ】の意識が広く共有されることはよいことなのですが、それがナショナリズムとまでなってしまうと、やはりどこかバランスを欠いた感じが拭えません。つまりナショナリズムは【アイデンティティ】が暴走しているのです。【アイデンティティ】のみが意識化されて【和解】が忘れられると、自我が肥大していきます。個々人が所属意識を抱えながら肥大した自我を肥大化させていくと、同じ所属意識を抱えた他の人とうまくやっていくには、どうしても【アイデンティティ】を強調しなければならない。が、強調すればするほどに自我が肥大して、ますます【アイデンティティ】を強調しなければならなくなる。ナショナリズムはどうしも他国との摩擦とセットで語られてしまいますが、国民の【アイデンティティ】の肥大暴走がナショナリズムだとすると、周囲との摩擦は必然の結末です。

「国のかたち」というと、よく歴史だとか伝統といった言葉が用いられて【アイデンティティ】が強調されがち。けれど、【アイデンティティ】と【和解】とがバランスよく保たれている「国のかたち」では、あまり歴史・伝統の言葉は必要ないのでしょう。あ、これは歴史がない、ということではありません。あっても意識されないということです。だから「国のかたち」も意識されることもない。「国のかたち」という輪郭、周囲との接点が意識されるのは、それは周囲と交流・摩擦があるからなんでしょうが、そのときに【アイデンティティ】だけが強調され【和解】が忘れられると、紛争に陥りがち。周囲と和解するには、まず、自分たちの「国のかたち」のなかに【和解】がしっかり機能していることが必要なのだと思います。
【和解】とは「国のかたち」の中身なんです。

そうしますと、歴史を意識し学習するのなら、【アイデンティティ】の部分だけではなくて【和解】の部分も学習しなければならないということです。けれど、残念ながら今の歴史の体系は、そういうものになっていませんね。【アイデンティティ】に偏ったものになっているし、そもそも【和解】の側面を意識化する方法論すら確立していないようにすら思えます。いえ、この方面は、民俗史といったような形で言語化されていますが、これは歴史の傍流どころか、別のジャンルといったようなポジションに位置づけられている。義務教育で学習の課題に上ることもほとんどない。これでは【アイデンティティ】と【和解】とが均衡した歴史を学ぶことは難しいですね。学ぶことは出来なくても、人々が築き上げた本当の歴史は、人々の【アイデンティティ】と【和解】とによって織りなされたものであることに間違いはないはずなんですが。


ところで、私は今、このエントリーを前エントリーを念頭に綴っています。前エントリーでは、アメリカのオバマ次期大統領の誕生と9条とを同じところに置きましたが、それは当エントリーでも同じです。それらは、どちらも「国のかたち」、それも【和解】という側面での「国のかたち」になるのではないかと思っています。アメリカではこれまでにないものの実現、日本ではこれまでにあったものの再確認という形で。

武力による解決を放棄した9条の精神と【和解】の精神とが近いところにあるものだということは、簡単にイメージできることでしょう。だが、オバマの当選ということになるとどうでしょうか? これが【和解】だとは少し想像しにくいかも知れません。というのも、アメリカ大統領選は選挙という「戦い」だったからです。マケインとオバマの両候補が競い合って戦って、その勝敗がアメリカ初の黒人大統領という結果だった。和解してオバマが当選したわけではない。

現時点では、その通りでしょう。まだ【和解】が成立しているわけではない。私が言いたいのは、オバマの勝利は【和解】の契機になるのではないか、ということです。勝敗の結果が【和解】となるには、勝利した方が譲歩する必要がありますね。私は勝利した側のアメリカ国民の表情を見て、譲歩の余地があるのではないかと感じた。これは決して論理ではなく、直観なんですけどね。だから当然、大きく誤っている可能性はあります。いつものことですけど(笑)。


アメリカという国は、特殊な国です。いろいろな意味で特殊ですが、「国のかたち」ということに関していうと、実に特殊な「人工国家」だといいます。

歴史とはなにか (文春新書)歴史とはなにか (文春新書)
(2001/02)
岡田 英弘

商品詳細を見る


憲法だけによって作られた国家というものは、アメリカ合衆国が世界で最初である。実を言うと、それ以後も例がない。(P.28)

 アメリカが歴史のない文明であることは、7月4日の独立記念日の祝賀行事のテレビ中継を見ればすぐわかる。この日には、全米各地の主なところの祝賀会の実況中継がある。祝賀行事が一番盛り上がる瞬間は、合衆国籍を取ったばかりのもと外国人が壇の上に上がって、自分がアメリカ人になることを決断した理由を、なまりのある英語で語り、「私はアメリカ人になれて、いまはほんとうに幸せだ」と宣言すると、会場の群衆が感動してわーっと歓呼して、「アメリカ万歳」を唱える、その瞬間だ。この現象は、アメリカ文明の本質を示す、重要な意味を含んでいる。
 つまり、「アメリカ人」には、基本的に自分の意志でなるものであって、生まれついてのアメリカ人は、本来の意味での「アメリカ人」ではない。こういう国は、アメリカ合衆国のほかには世界のどこにもない。(P.25,26)

生まれついてのアメリカ人は、本来の意味での「アメリカ人」ではない。生まれついての日本人である、いや、生まれついての日本人であると信じ込んでいる私などから見れば、これは“信じられない”ことなのですが...。ここにあるのは、【アイデンティティ】だけです。しかも、自分の意志で獲得し、周囲に承認される。これでは自我の肥大に抑制がかけられるわけがない。自我を抑制しようとする【和解】は、独立記念日の祝賀行事の場では、場違いのものであるように感じられます。祭りの場での自己抑制が場違いなのは日本でも同じですが、これは抑制する必要を強いられる日常生活から解放のためで、抑制と解放とがセットになっている。そうした日常からの解放的な祭りはアメリカにもあるのでしょうけれど、独立記念日のそれは違うように感じる。肥大した自我が「国のかたち」になってしまっていて、抑制がかかる構造になっていないように思えます。


ここで話を少し日本の方に持ってきますと、肥大した自我を「国のかたち」とする――この構造は、昨年から今年にかけて、主に左側で話題になったある言葉を連想させます。「戦争は希望」というやつです。もっとも、日本のそれは、アメリカのように無条件に周囲に承認されるようなものではなくて、むしろ正反対に、厳しい経済状況、周囲から承認を得られない状況からの反発として、生まれてきた。抑圧され続けた自我を、国家というものに仮託することによって拡張しようと試みたんですね。これは“抑圧され続けた”という側面からみれば、やむを得ないことであり同情すべきことなのですが、“自我の拡張を国家に仮託した”という点においては、やはり非難されなければならない。国家という強大な権力機構に自我を仮託してしまったということは、【和解】を拒否するということにもなってしまいます。私は以前、「戦争は希望」と言った人を「分断する人」と評したことがありますが、これは今でも的外れではないと思っています。彼の心情はわからないではないものの、結果的に「ジコセキニン」と宣う人たちと同じなってしまっている。「ジコセキニン」論者もまた【和解】を拒否する人たちです。


長くなりそうです。この続きは改めて。

コメント

こんにちは

たまに遊びに来ます。いつも更新凄いです。私も頑張ります。ここのところ寒いので風邪などに気をつけて下さい。また覗きに来ます。

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事へのトラックバックURL
http://gushou.blog51.fc2.com/tb.php/184-9f2c0236

陰謀論が嫌いな人の心理

良識派ブログDendrodiumの11月2日(陰謀論が嫌いな人の心理)と11月4日(「陰謀論と断ずる事が如何して言論封殺になるのか」との抗議を受けて)の連載記事が面白い。 http://dendrodium.blog15.fc2.com/blog-entry-508.html http://dendrodium.blog15.fc2.com/blog-e...

手作りの政治運動(DIYの政治)を新しいムーブメントに!

永瀬ユキという人のブログを初めて見た。 性同一性障害を公表されている元男性今女性の人だ。

虚業の後始末・・『緊急保証制度』

 9月の決算を終えて、経費や在庫の現状把握を基に次の素材仕入れの方向性を見ている中で、税理士との会議や銀行との打ち合わせが多くなっている。  税理士:社長、どう!  社長:ひどいね。本来ならというか今まで業界内での競争と異業種への進出で大きくし維持してき...

?

?ä?Ĥ?ξ?

アパ ホテルに泊まるのは止めよう2

週刊朝日 2008年11月21日号に「アパ グループ代表の F-15搭乗に裏あり  賞金 300万円論文に「原作」あり? 」という論文があった。

続、陰謀論の嫌いな人の心理

「陰謀論」という言葉の胡散臭さ、不正確さ。 困ったことに若者では、『陰謀論』が「援助交際」なんかと同じような極最近に作られた「流行語」だと言う事を知らない人が多い。 最初「援助交際」の言葉を「足長おじさん」の話かと思っていたんですが単なる少女売春じゃあ

紅葉と月の座と風のガーデン

冷泉家の八百年という番組を見ておりまして「星の座」というものを知り、庭に出ましたら月がきれいでうたごころが沸いてきましてこんな俳句が出来ました。 そのあと富良野が舞台の緒方拳の最後のドラマ「風のガーデン」を見ました。

あまり日本人を舐めないでね、麻生さん

 今回の「定額給付金」ほどムダなお金の使い方はないでしょう。大方が貯蓄に回って終わりだと思います。ちなみに私は、こんなお金をもらうのは辞退させていただきます。給付金というのなら、「年収250万円以下の世帯を対象とした「負の所得税」として、所得の低い世帯ほ

クーデター危ぶむ声も 前空幕長問題で自民幹部

田母神俊雄前航空幕僚長が歴史認識に関する政府見解を否定する論文を公表した問題をめぐり13日、自民党の各派総会で、青年将校らがクーデターを企てた2・26事件などを引き合いに「シビリアンコントロール(文民統制)をしっかりしないといけない」と危ぶむ声が相次い...

十六夜の月(11月の俳句)

昨日は満月で綺麗な月でしたが今日は短歌八首です。で月におぼろがかかってますがいい月です。 短歌八首です。

漢字読めない「KY」か「天然宣言」か?

麻生さんの漢字読めない病は日中首脳会談等国際舞台で活躍を始めた。 今まで出てきた読み間違いはこんな漢字。

明日は沖縄の那覇市長選の投票日

那覇市の市民の戦いの歴史はのちのちまで残るでしょう。 明日の市長選で選ばれる市長の活躍も加わって・・・

泡瀬干潟関連 NEWS(11/15)

2008年4月に護岸でぐるっと取り囲まれ、閉じ込められてしまった泡瀬干潟の第一期区域内のサンゴ群集とそこに生きる貴重な生き物たち。これまでの事業者側の説明では「サンゴの被度ガ10%以下であるから埋め立てる」とのことでしたが、私達の主張が少しは届いたのかサン

桂敬一さん 湯山哲守さんをNHK経営委員にする署名に参加を!

「開かれたNHK経営委員会をめざす会」は「NHK経営委員候補者の推薦に関する申し入れ」を内閣府および総務省に提出しました。 それへの賛同を呼びかけておりますので、ご協力ください。

「チェンジ那覇」ならず

「本土大企業中心ではなく、市民の悩みや不安を聞いて、夢と希望を実現させる市政にしたい」と昨日の打ち上げで述べた平良氏が当選した。

何時までも終わらない『水からの伝言』の不思議

関東地区女性校長会による『水からの伝言』(美しい言葉が美しい氷の結晶を作る)の江本勝氏が7月4日「平成20年度 関東地区公立小・中学校女性校長会総会・研修会」として関東地区の女性校長約120名が参加して埼玉県南浦和にあるさいたま市文化センターで開催される。 また...

希望は革命

毎日新聞の「現在を読む」が面白い。日頃目にする TV新聞報道からはネグレクトされた真実、意見が開陳される。 寄稿という体裁を取っているのが、ま、限界ではあるが。せめてもの良心、 なけなしのジャーナリスト魂の発露であろう。がんばれ毎日。ガンガン行け。 憂...

続、何時までも終わらない『水からの伝言』の不思議

本当に『水からの伝言』はニセ科学か? 宗教と科学についての基礎知識ですが、 原始時代に弓矢が発明された当時。弓矢を技術的(科学的)に改良しようとしたグループには獲物という現実の利益が有り、改良をサボり神様への祈りとかまじないとかに頼っていたグループは飢え

その日のまえに(M男の映画評論最終回)

最終回は 「その日のまえに 」です。

アパホテルに泊まるのは止めよう!3

以上の感想を今夜(11・17)FMのj-waveのam the worldという番組を聞いた感想として番組に送りました。

ブッシュさんの前では、笑壺に入って相好を崩し、目を細めて、破顔一笑のアソウ太郎氏

Fugafuga Lab.の村井理子さんが書くジョージのブログ。 もうすぐお終いかなあ、などと考えていると、 「太郎とジョージ。普通の名前対決」と...

道徳としての『水からの伝言』

『科学』ではなく『宗教』或いは『道徳』モドキ 『美しい言葉が美しい結果(結晶)を招く』と主張する「水伝」を科学として人々に紹介することは、近頃流行りの食品偽装とか産地偽装とかの偽装行為、詐欺行為である。 それなら「水伝」に対するニセ科学との呼び名は敬称に...

麻生太郎氏不信任宣言

ここで麻生太郎氏不信任宣言を発表します。 この宣言は「あそうたろう君読み」となっていますので念の為

『水からの伝言』VS宗教(科学教)のニセ科学批判

『五十歩百歩どっちもどっちの似たもの同士』 美しい言葉が美しい結果を得られるという安っぽい宗教(道徳)が科学的で有るはずがないんですが、如何いうわけか偶々科学的な装いを凝らすと一部の世間から大歓迎された。 此れが所謂『水からの伝言』です。 科学を偽装するも...

2008年の漢字と2008年の流行語大賞

今年の漢字というものがあります。流行語大賞というものがあります。

藤村靖之の『発想転換セミナー』と不況

 11月5日に川崎で「起業家・経営者のための発想転換セミナー」が開催され、副題が「愉しい起業・愉しい発明」というもので、「非電化」で有名な発明家・藤村靖之さんの講演であった。   [画像]       藤村靖之氏  最近の著作では「テクノロジー革命」(大月書店...

みさと早稲田九条の会開催案内と11月の俳句

みさと早稲田九条の会の案内です。11月の俳句です。

芥川龍之介、寺山修司を語るの会と湯浅誠さんと考える格差・貧困問題

会の案内二つです。 ? 万葉九条の会(神奈川県川崎市)  ? 「湯浅誠さんと考える格差・貧困問題」

第二の加藤の乱?

2次補正予算は1月の通常国会に先送りにすると麻生首相は表明した。 麻生首相は25

党首討論・航空自衛隊の撤収・「雇い止め」・内定取り消し・イラク戦争

党首討論・航空自衛隊の撤収・「雇い止め」・内定取り消し・イラク戦争

9条世界会議とコスタリカ(みさと早稲田九条の会)

みさと早稲田九条の会の第二回目の会議に参加しました。 内容は二本立て 一本目は9

認知症の母親殺害事件

youtube映像(新版)温情判決≪介護のはなし≫(認知症の母親殺害事件)に心が動きましたので紹介します。 認知症の親を持つ私には人ごとでなく涙が出ました。

軍隊のない国コスタリカ

コスタリカは非武装・中立宣言をしている。 コスタリカはのアリアス元大統領はノーベル平和賞を貰っている。 コスタリカは現在も戦車一両、機関銃一丁ない

消費税は増税でなく「減税」を!

英国にはVAT英国(Value Added Tax)という名のかなり高額な付加価値税がある。 しかし貧しい人の生活に直接影響する食料品などには非課税だ。

「現代」「読売ウイークリー」休刊の意味を考える

月刊オピニオン誌「現代」(講談社)が12月1日発売号を最後に休刊するという。 読売新聞の週刊誌「読売ウイークリー」も12月1日発売号をもって休刊するという。

クラスター爆弾廃絶なった が

クラスター爆弾の廃棄条約に日本も加わることになった。この為に努力をされて来た多くの方に敬意を表します。

あなたは死刑を言い渡せますか

あなたは死刑を言い渡せますか ~ドキュメント裁判員法廷~  とそれに続く討論番組をNHKで3時間に見た。

宣誓

わたしは、自分が言う人間の共同体のなかに、 もはや建築家としては住んでいなかった。 その平和、その寛容さ、その安寧の利益を受けているだけだった。 そこに住まわせてもらっているということを除いて、 それについて何も知らずにいた。 香部屋係か貸椅子係..

 | HOME | 

 
プロフィール

愚慫

Author:愚慫
“愚樵”改め“愚慫”と名乗ることにしました。

「空論」は相変わらずです (^_^)

      

最近の記事+コメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

QRコード
QRコード