愚慫空論

経済についての粗雑な理解 その2

ほとんど前回と同じような内容なのだが。

jittai-kinnyuu-1990 実体・金融2007

これらは、10月11日に放映されたNHK_SP『アメリカ発 世界金融危機』から頂戴した画像。経済についての粗雑なイメージ

名目GDP金融資産の2つの風船の中身は、いうまでもなく、どちらも【カ
ネ】。前エントリーで提示した図でいうと、 名目GDP=【カネX】、金融資産=【カネY】だと思っていただいて間違いない。【カネY】は1990年から17年の間に4倍に膨らみ、そして破裂した。これが金融危機。

NHKからの画像には大きく間違えているところがあって、それはこの2つの風船が別個のものになっていること。本当はこの2つの風船はつながっていて、
金融資産の風船が破裂して中身がどんどん漏れ出す(信用収縮)と、つながった名目GDPの風船もしぼんでしまう。この現象がいま、“金融危機が実体経済に影響する”といわれていること。

現在日本の政治では、公明党の「定額減税」から進化(?)して、定額給付が話題になっている。この目的は、破裂した金融資産風船経由で漏れだす名目GDP風船の中身を、直接実体経済風船に注入しようとするもの。給付を受け取った者がそれを消費に回せば実体経済を膨らませるように働くが、貯蓄に回すと、まだ穴が開いて中身がダダ漏れの金融資産風船に入ることになり、意味がない。そういった議論が行われている。
(2つの風船はつながっているのだから、どちらに回っても同じという議論もある。どちらが正しいか、私にはわからないが。)


金融危機に関して注目すべきは、日本国内の問題もさることながら、やはり政治的に最大の的は、11月15日に開かれていることになっているG20だろう。こちらのターゲットは破裂してしまった金融資産風船そのもの。こいつをどうやって繕うか、それが議題に上る。それしかない。

が、これがうまくいくかどうかはよくわからない。第一、その破れ方の規模がまだ判明していない上に、これからまだまだ破れていく可能性が高い。CDSという大量破壊兵器はがまだ炸裂していないが、まもなく炸裂するのは確実視されている。そうなると、金融資産風船がどれほどの損害を被るのか、ちょっと想像がつかない。


こうした事態が庶民にとって問題なのは、名目GDP風船が縮小して消費生活が破壊されるという点と、政府が行う対策の財源の問題の2点。麻生総理は、給付金とともに3年後の消費税増税に言及したが、増税とはすなわち財源。日本の国家財政はもともとから赤字だからいずれ財源は増やさなければならないのだけれど、そこにさらに金融危機対策に財源が必要になってくる。今、この財源問題に関して政府の動向に注意を払う必要があるのは、もとから問題になっている財源とこれから危機の対処に必要とされる財源を区別せずにゴチャ混ぜにされてしまうことだ。

来るG20では、風船の繕い方の議論もさることながら、その「材料」をどこがどれだけ準備するかという点が最大の争点になるはず。「材料」とは、いうまでもなく【カネ】。どこの国がどれだけ資金を拠出するかという話だ。で、今世界を見渡してみれば、一番余力がありそうなのは日本だというのが定説になりつつある。おそらく、もはや危険な米国債を日本が引き受けるという話になる。

日本はその資金を、当座は日本の国債を発行することで凌ぐだろう(埋蔵金を充てるという方法もあるかもしれないが)。問題は、その国債償還を財源を、どこに求めるかということだ。

そもそも金融資産風船の破裂に、庶民は何の責任もない。被害を被っているだけである。もし、破裂を繕うための財源――G20などで約束させられる国債の償還――に消費税が充てられることになれば、庶民は自分たちに全く責任がないことの被害を被る上に、その尻ぬぐいまでさせられるになってしまう。消費税は、100パーセント実体経済にかかる税金。主に庶民が支払う税金。金融資産にかかる税金(主に金持ちが払う)は、この期に及んでもまだ優遇されている。もしかすると、いや、もしかしなくとも、このままいけばこのような不合理な政策が罷り通ってしまう。自公政権ならいうまでもないが、「生活第一」を看板に掲げている民主党でも怪しい。その可能性は高い。

というのも、それが資本主義という経済体制の本質だから。庶民は賃金労働者&消費者という形でこの経済体制の中に組み込まれている。いわば人質になっているようなものだ。国家主義者が外敵の存在を強調して、「普通の国」の意義を説くのと同じ。ともに、現実にそうした危機は存在する。外敵が攻め込んでこないという保証はないし、資本主義経済体制が崩壊すると庶民は生活できなくなる。

この問題は、大変に悩ましい。が、このままでいられないのも間違いない。

コメント

ひとつだけ注意

確かにCDSが破裂したときの損失は、おそらくとんでもないことになるでしょうから、私は証券会社や大手銀行への公的資金注入には、今回は賛同できません。
やるなら、地方の中小企業対象の地銀や信金等に注入して、健全経営や技術を維持している中小企業の経営安定や創業の促進に向けるべきだと思っています。


>金融資産にかかる税金(主に金持ちが払う)は、この期に及んでもまだ優遇されている。

に関してですが、配当課税や株譲渡益課税のことを指しているのか、それとも他のことを指しているのか、どちらですか?
現行の税制度の基本認識からすれば、株譲渡益課税はOKですが、配当課税は「本来はNG」であり、「でも、社会の安定のために原則を曲げた」という認識は必要ですが、このあたりの話なのかどうか、一度解説をお願いします。

一般的な認識にそって書いてしまったのですが。

>現行の税制度の基本認識からすれば、株譲渡益課税はOKですが、配当課税は「本来はNG」であり、「でも、社会の安定のために原則を曲げた」という認識は必要

ほほう。配当課税は所得に カウントされないんですか? それは知りません。


現状では、配当は所得にカウントされ、分離課税で課税対象になっています。

私が述べているのは「本来は、『二重課税』になるので、課税すべきものではない」ということです。
というのは、配当は法人税を支払った後の最終利益を出資者に分配するものですが、現在の法人税体系は「法人擬制説」にのっとっているわけで、理論的には「法人税は出資者が払った」のです。

「配当」とか「出資」という単語を使うから疑問に思うのであって、身近な話でみればわかります。

最初、開店資金を用意し、それを元手に商売を開始するわけですよね。
お店は売上と経費の差額(=利益)に対して、税が課されるわけです。その税負担分を差し引いて、最後に残るお金について、一部は店の運営資金に、一部は生活費に充当するわけです。

「出資」は「開店資金」です。「配当」は、その「最後に残るお金のうち、生活費に充てる分」です。税を払った後の残額を処分したのに、自分の懐に入れるお金についてはさらに税が発生する。こんなおかしい話はありません。
なので、「本来は、配当課税は、あってはならない」のです。

しかし、配当を受け取る人は、出資ができるほど裕福な人が多く、「社会的な見地からみて」、富が多い人が富が少ない人をカバーするということが適切であるとしているため、「あえて原理原則を逸脱して、例外として」、配当に課税をしているのです。

さらに言えば、「配当に課税」するなら「内部留保にも課税」しないと、それこそ「不公平」となりますが、「法人税を二回かける」なんてことは考えられないのですから、これもおかしい話となります。

従って、配当課税が10%であっても、『大資産家への証券優遇税制』なんていう思考や感情が「誤った思考・感情」なのであって、投資家に対しては、われわれは「本来払ういわれのないものを払っている」と感謝する感情と思考を抱く責任と義務があると言っても過言ではありません。

「ここがロドスだここで跳べ」

権力はべつに税金を必要があれば二重でも三重でも課税します。ヘゲモニーは権力のがわにあるのだから。そして、世界中の「賢人」は天晴れ見事な能書きを編み出してそれを賛美してきたしこれからもそうするでしょう。

法人擬制説も法人実在説も、私的な利潤の追求を動機として諸個人の資本家の起業からはじまる資本主義の勃興が、成熟期をむかえ株式=利子生み資本を梃子に資本家個人の手をはなれ、資本が社会的なものへと転化してゆく過程が、私的な利潤の追求という動機と衝突したとき資本主義的生産様式の枠内にそれを位置づけるべく登場してきたものであります。
てなわけで、どちらの説にしても所詮階級的バイアスかかりまくりですから愚樵さまが金融資産が生みだす不労所得の優遇へ疑問を投げかけられることは、たんに立ち位置のちがいによるものであって「誤った思考・感情」であるといえるものではないと私はおもいます。

資本主義経済体制が崩壊しても庶民は生活することはできます。一時の貧乏と困難は覚悟しなければならないだろうけど、後進性をかかえた革命ロシアと我が「神の国」ニポーンは違います。ありあまる社会的富と生産力にすでに次の社会へ移行するための諸関係の成熟がみてとれるのであります。人民の支持のもとほんのちょっと周到に準備された暴力的な一撃を捻れたコアにぶちかませばOKです。

大切なのは、国家崩壊が国民の死を暗示する暗い深い谷を跳び越える勇気です。「ここがロドスだここで跳べ」「ここにバラがあるここで踊れ」ってね。

ドリン・ドリン!

僭越ながら、「ドリン・ドリン!」すごくいいです。今年読んだ本でいまのところ一番です。愚樵さまにもお勧めいたします。m(_ _)m

「投資」と「投機」は明らかに異なりますが、「区別がつきにくい」ということで、困難はあります。
しかし、「投資」を「金融資産」として「不労所得」としている時点で、実は中小零細の事業者を敵にし、開業や創業のモチベーションを下げているのです。

「投資家」とは『カネはあるが技術がない。技術はあるがカネがない。この2つの存在を補完し、将来性のある若者に資金を提供して育てる』人です。人脈や経営ノウハウの提供等を行って、将来性のある有望な人をサポートすることもあります。
そして、投資家は「リスクを請け負う」のです。投資は『10の事業に投資して、成功して回収できるのは1つのみ』という覚悟がなければ、とてもやれるものではありません。さらに、成功するといっても、1年や2年で成功する事業などほとんどなく、最低でも3年はかかる(3年んで単年度黒字など)ようなものが非常に多い。
これだけの長期戦で、9の失敗を1の成功で補ってもらうのですから、これに対する「優遇」は、決して「優遇」とは言えないですし、これだけのリスクを背負う人たちに対して「不労所得」とは失礼千万です。

現実とかけ離れた「本の中だけの世界」で現実を非難するほど愚かしいものはありません。

愚者のつぶやき

「投資」と「投機」は明らかに異なりますが、「区別がつきにくい」ということで、困難はあります。
しかし、「投資」を「金融資産」として「不労所得」としている時点で、実は中小零細の事業者を敵にし、開業や創業のモチベーションを下げているとはどういう意味でしょうか?

「投資家」とは『カネはあるが技術がない。技術はあるがカネがない。この2つの存在を補完し、将来性のある若者に資金を提供して育てる』人です。人脈や経営ノウハウの提供等を行って、将来性のある有望な人をサポートすることもあります。なんてあしながおじさんみたいなことはありません。

なぜなら、投資家は「リスクを請け負う」のです。投資は『10の事業に投資して、成功して回収できるのは1つのみ』という覚悟がなければ、とてもやれるものではありません。
それゆえ、たとえ話にせよ、そんな”すぺしゃる”ハイリスクな投資をする人は機関投資家はもとより個人投資家でもめったにいません。なにより投資の窓口となる証券市場への上場すらなしえない圧倒的多数の中小零細事業者への投資など問題にもならないことくらい考えるまでもないことです。

さらに、成功するといっても、1年や2年で成功する事業などほとんどなく、最低でも3年はかかる(3年んで単年度黒字など)ようなものが非常に多いのでますます投資を呼び込むことが困難なのは「不労所得」云々の問題ではないことは自明の理なのです。

これだけの長期戦で、9の失敗を1の成功で補ってもらってよしとする投資家などごくごくごくごく希にしかおらず、それゆえ銀行資本に土下座して融資をお願いしてやっとこさ事業を展開している中小零細事業主を引き合いに出して、白馬の貴公子がごとく投資家を描き上げるのは日々苦闘しておられる中小零細事業主さんたちに失礼千万です。

投資家の原則は”ハイリスクハイリターン”” ローリスクローリターン”ただそれだけです。今日日小学生でも知ってます。


現実とかけ離れた「願望だけの世界」で現実を非難するほど”すぺしゃる”愚かしいものはありません。

『投機』についての知識をもって、『投資』を語っている人がいます。だからこそ、投資を不労所得だと勘違いして、『優遇税制』などという誤った感情と思考を抱くのです。

『なにより投資の窓口となる証券市場への上場すらなしえない圧倒的多数の中小零細事業者への投資など問題にもならないことくらい考えるまでもないことです。』という「誤り」を堂々と述べるところに、その根拠があります。

こういう思考や感情を抱く愚か者が多いようでは、開業率も上がりませんし、中小零細企業が「成長」することも困難です。
いい加減に「投資家」というものが、「事業」「経営」をどのようなものと考え、そして何を思って「投資」し「サポート」するのか、「カネ儲けとは何ぞや」ということを含めて勉強しなおす義務がある人が、このブログで投稿しているようです。

法体系がダブスタ

わくわくさん

>現在の法人税体系は「法人擬制説」にのっとっているわけで、理論的には「法人税は出資者が払った」のです。

なるほど。仰りたい意味は理解できました。「出資」は「開店資金」であるとの例えもわかりやすいのですが、疑問も生じます。理論的に「法人税は出資者が払った」のであれば、法人が抱える負債も出資者の負債とならなければウソですよね? 出資金が開店資金であるといった個人商店規模の企業であれば、店主=出資者で、出資者は店の経営に対して無限責任を負いますから、法人擬制説もスジが通る。しかし、今日の大規模な企業の出資者=株主は有限責任です。自分が投資した金額だけしか責任を負いません。企業がどれほどの負債を抱えて倒産しようが、出資者は出資金を失うだけです。ここの理論は「法人実在説」のように思いますが、違うのでしょうか?

私は法には詳しくないのでよくわかりませんが、これは商法と税法の法理論の違いなんでしょうか? そうだとすれば、これは国家の法体系そのものが狂っているという話ですね。

>「でも、社会の安定のために原則を曲げた」(coment 1704)

といった話ではないように思います。もとから原則がダブルスタンダードなのではないのでしょうか? 

さらにいうならば、こうした法体系そのもののダブルスタンダードは、出資者に有利なように組み立てられているのではないか、という疑念にまで至ることになります。

理不尽と思われるかも知れませんが、民法と税法では私法と公法の違いがあります。民法は「私人間」ですが、税法は「私人と公権力の間」ですから、国家の法体系が狂っているわけではありませんし、ダブルスタンダードがむしろ「当たり前」なのです。(ちなみに、商法は民法の特別法なので、「法人」については民法でも商法でも同じです。)

これで国家の法体系が狂っているとかダブルスタンダードと批判されたら、刑事責任と民事責任を同じテーブルで話さないといけないことになり、「過失であっても刑事責任を負うの原則だ!」なんてことになるか、あるいは「民事も原則、過失は責任を負わない」になってしまいます。

「法人実在説」「法人擬制説」に関しては、民法においては権利能力や行為能力に関しての問題が主な論点であって、そのために、判例では「実在説」の傾向にありますね。
さらに、そもそも「法人実在・擬制説」そのものが『民法が制定された後、「法人」をどのように位置づけるべきか?』ということから論じられ始めたわけで、『まず法・条文ありき』ですね。

税法は、「(条文からみて)そもそも法人擬制説に基づいて制定されている(と考えられる)」状態にあります。なので『まず法人の位置づけ(定義づけ)ありき』です。
このため、配当課税は本来は「二重課税」になってしまいますから、『本来は取られるいわれがないもの』となり、この配当に対する出資者の利益を理由に負債を背負わすことを正当化するのは、『法理論としては』誤りです。
ただし、『政治的理由(社会的理由)による措置』として、「例外として」行うことまで否定するものではありません。

考えるほどに理不尽だ

民法と税法では私法と公法の違いがあるとは言いますが、経済活動においては、法人は自然人と同様の権利主体として認められているのではないのでしょうか? 税は、国家が人(自然人・法人を含む)に対しての負担を定めるものですから、人の権利主体についての解釈が私法と税法で異なっているというのは、どう考えてもおかしいですね。私法の大本である民法が法人実在説に立っているのなら、税法も法人の解釈は民法に拠るべきです。

それにですね、法人税が法人擬制説に立つというのなら、公法である税法のなかでも矛盾が生じて来ませんか? 法人擬制説によると、法人の財産は出資人の資産ということになります。出資人は自然人ですから、寿命を迎えて死を迎える。自然人が死去すると、税法によれば相続税の対象になる。自然人の所有する有価証券は、その市場価格に基づいて資産が算出されるという話だったはずで、出資した法人の資産(もちろん、出資分の資産)まで相続税の課税対象になるとは聞いたことがありません。しかし、税法全般で法人擬制説に立つのなら、法人の資産にまで課税対象にならなければおかしいですね。

>税は、国家が人(自然人・法人を含む)に対しての負担を定めるものですから、人の権利主体についての解釈が私法と税法で異なっているというのは、どう考えてもおかしいですね。

いや、おかしいことはありません。
「法人」は、「本来、人格を有しないもの」を、「あえて法で人格を付与した」わけですから、民法は民法で、税法は税法で、それぞれで定めても特に問題は発生しません。あとはそれに「社会的に妥当かそうでないか」「賛同するか、賛同できないか」という政治的な話になると思います。

>私法の大本である民法が法人実在説に立っているのなら、税法も法人の解釈は民法に拠るべきです。

民法は法人実在説に立っているわけではなく、あくまでも「法人実在説を前提にした判例が多く、それが主流になっているきらいがある」というものです。
また、「法人」の解釈が民法に拠る「べき」といっても、税法の仕組みそのものが法人擬制説に拠っているのであって、今のところはそれで解釈しないといけないです。もし、法人実在説に拠る税体系を実現するのであれば、税法を改正することになります。

>自然人の所有する有価証券は、その市場価格に基づいて資産が算出されるという話だったはずで、出資した法人の資産(もちろん、出資分の資産)まで相続税の課税対象になるとは聞いたことがありません。しかし、税法全般で法人擬制説に立つのなら、法人の資産にまで課税対象にならなければおかしいですね。

出資した法人資産を「処分する」ことができるのであれば、それでもいいですが、それができない=現金化できない以上、「何をもって、その有価証券の価値とするのか」という命題は出てきます。
最も現実的かつ妥当なのは、「その有価証券を処分=現金化したときに、どうなるのか」ということでの算定、ということになりますから、特におかしいとは思いません。

法人実在説や法人擬制説を出しましたが、原理原則を踏まえることも重要ですが、社会はそれだけでは健全に機能しないわけですから、現実的には「最も妥当なもの」を採用していくことになるのであって、それゆえに、「本来あるのがおかしい『配当課税』」も、日本では採用されているのみならず、積極的消極的はともかく、国民は「容認」しているのです。

格差社会について批判的であるがゆえに、私のコメントに疑問を呈しているのはわかりますし、強者は弱者と比較して、経済的にも権力的にも余裕がありますから、強者がより多くの妥協と負担をすることそのものには異論はありませんが、だからといって、あまり一方的に妥協と負担を求めるのも、今度は「成果に比べて報いが少ない」ということでモチベーションが下がり、また、「あまりにも不公平だ」ということになりますから、その点も含めて思考するべきだと私は思いますよ。

ピュシス ピュシス ゾーエ ゾーエ

>こういう思考や感情を抱く愚か者が多いようでは、開業率も上がりませんし、中小零細企業が「成長」することも困難です。

やれ思考だ感情だ、それが原因だなどという観念論なんぞ聞きたくないですな!

ほいなら唯物論的現実として、わくわくさんのいう「投資は『10の事業に投資して、成功して回収できるのは1つのみ』という覚悟」があり、「成功するといっても、1年や2年で成功する事業などほとんどなく、最低でも3年はかかる」のも気にしない、「将来性のある若者に資金を提供して育てる』人です。人脈や経営ノウハウの提供等を行って、将来性のある有望な人をサポート」してくれるという仏様のような投資家さんをこの場で明らかにしてくださいな。

星の数ほどいる投資家と企業にくらべたら無きに等しい数だが50人50社ほどで良いから、実名と住所、連絡先、そして育て上げた企業をね。もちろんそれ以上多ければ多いほどわくわくさんの論は強固なモノとなることはいうまでもないだろう。もちろん起業を志していても銀行資本の融資を望めない将来性のある若者たちにも福音だ。2chにスレでもたてて大いに宣伝させていただくつもりだ。

あいにく若者じゃないがワタシも愚樵さまと一緒に開業させていただくよ、わくわくさんが教えてくれた投資家に投資をしてもらってね。まさに戦争と革命の時代にマッチした護憲マスコット人形”キュージョー君”を間伐材で生産して販売しよう。愚樵さまが生産、私が昔のツテをたどって労組とか市民団体に販路をひらこう。一発当てて愚樵さまはFiat社製耕耘機、ワタシはベンツでも買おうか。そうなったらわくわくさんに足など向けて寝れないことはいうまでもないwww

最後にもういちど言う。たったの50人50社ほどで良いから、実名と住所、連絡先、そして育て上げた企業を明らかにして下さい!それだけでいいそれで完全に黙る。 せっかくのご高説が脳内孟宗竹でなければ簡単なことだろう。

追記 わくわくさんはやたらと強調の意味なのか「」で括りたがるけど、「」でくくった単語は”本来の意味とは異なる”という意味を込めているのをご存じか?

>『なにより投資の窓口となる証券市場への上場すらなしえない圧倒的多数の中小零細事業者への投資など問題にもならないことくらい考えるまでもないことです。』という「誤り」を堂々と・・・

この場合の「誤り」は音読するとき”括弧付き誤り”と読んで、誤りでないことを意味するのだよwww 論文書いてるような人なら常識だが。

管理人さまたいへん失礼致しました<(_ _)><(_ _)><(_ _)>

資本主義経済を人類社会の「原理・原則」する法解釈は非人間的です。

 これに尽きますね。わくわく44さんは、資本主義経済を原理・原則とし、資本主義経済を擁護する国家体制による法解釈を原理・原則として、何もおかしなものではない、としています。
 
 まったくの論外、暴論ですね。法とは何か、が全く認識できていない。剥き出しの資本主義、資本主義的国家体制を擁護する人権抑圧の法解釈、法理論、したがって観念論です。

 人権を擁護し、実現する法の原則・原理から言えば、資本主義経済を規制し、資本主義経済を擁護する国家体制を変革していく法理論、法解釈こそ必要な原理・原則です。

 わくわく44さんの法解釈は非人間であって、反民主主義の手本です。

 本来というのであれば、諸企業の経営が経営者の独裁となっている点に問題があるのですよ。恩着せがましく「高額所得者に感謝しろ」などという不正な思想をにじませるのであれば、諸企業の経営を民主経営としたらどうでしょうか?

 わくわくさんのいう様に現実の高額所得者が聖人君子のような「投資家」であれば、自ら進んで社会保障、教育費の財源として国家に納税するのではないですかね?ところが、現実は、諸企業の経営は独裁で行われており、高額配当を財産所得とする高額所得者は自ら進んで国民・労働者への社会保障、教育費への納税、社会的責任を放棄しているのです。ゆえに、高額配当に対しては、課税強化することが原則となるのであって、例外ではないのです。

 

いいですね、それ!

>まさに戦争と革命の時代にマッチした護憲マスコット人形”キュージョー君”を間伐材で生産して販売しよう。愚樵さまが生産、私が昔のツテをたどって労組とか市民団体に販路をひらこう。

こういう夢、いいですね。本来、投資家とはこうした他人の夢を、自分の夢とする人たちのことですよね。逆に投機は、あくまで自分の利潤なんだな。

さて。お3人さんの議論、相成りますやら。管理人としては建設的なのを希望です。ま、あくまで希望ですから、ご随意に。私の興味の主体は“人間そのもの”です。議論の内容もさることながら、“議論のやり方”にその人間の度量が映ると思ってます。そういう視点で眺めているということを意識していただいて、存分に議論なさってください。

わすれもの。

いま金持ちがなすべきこと、してほしいこと。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20081022/174762/?P=1

投資も結構ですが。

愚樵さん

東西南北と薩摩長州に関して、特にコメントするつもりはありません。

薩摩長州については、相変わらず『50人50社ほどで良いから、実名と住所、連絡先、そして育て上げた企業を明らかにして下さい!それだけでいいそれで完全に黙る。』という発言をしていますが、これこそが「『投機』『投資』そして、『寄付』をの区別がつかないし、また、理解する気すらない」ということを自白しただけであって、こういう人が「投資」を語ってはいけないのは言うまでもありません。
ついでに言えば、どうでもいいことまで持ち出して、なんとか私に「勝ちたい」という発言までしている。こうまでになると、もはや『言論の自由を保障されてはいけない存在』でしかありませんから、そのような人と議論することはありません。

東西南北については、『基準は自分の妄想という愚か者』ですから、元々「言論の自由を保障されるべき存在」ではありません。しかし、放置しておくのは、東西南北の「嘘を認めた」に等しい行為になりますので、誤りを指摘して公衆に注意喚起をしているだけですが、私も人間なので、時には厳重注意を直接してしまうこともあります。
ついでに言えば、東西南北は、自分自身が護持しようとしている「日本国憲法」を侮辱している最大級の存在であり、むしろ改憲を唱えている私の方が、皮肉にも日本国憲法を評価しているというのが現状です。東西南北は日本共産党支持者だということなので、彼らのお得意の「自己批判」をきちんとして、早くこれらのことを正しく認識し、思想信条を正常化することを期待します。

>こういう夢、いいですね。本来、投資家とはこうした他人の夢を、自分の夢とする人たちのことですよね。逆に投機は、あくまで自分の利潤なんだな。

なかなかいい表現ですね。
投資家とは、自分自身が事業を立ち上げたり、あるいは継承して、苦労して財をなしたり守ったりしてきたからこそ、「投資家」になるのです。
もちろん、ボランティアではないのですから、当然、キャピタルゲインを期待するわけですが、それが獲得できるまでのことを熟知しているのですから、長期戦を覚悟し、事業成功のために必要な側面支援もします。
そういう気持ちがない人が「投資家」になることはありません。株式市場で証券会社なりファンドなりを通じて「投機」するだけです。現在は、なぜか「投資」ではなく「投機」をしている人たちを「投資家」と呼んでいます。だから証券税制を誤解されるのです。

精霊の三位一体

「特にコメントするつもりはありません。」って、してるじゃんおもいっきりww
「なんとか私に『勝ちたい』」ってか、笑わせてくれるね。まさに笑いの唯物論だね。レーニンのように体全体を波打たせて大いに笑わせていただいたよ。ベーダー卿は最高のお笑い芸人だな。でもね、対話っていうのは、互いのリスペクトを大切にしながら、正・反をぶつけ合い揚棄して合にに至る思考の場だと私は思っている。そこには矮小な「勝ち負け」なんていうくだらないこだわりはないのだよ。まったく気の小さい男だな!

まあ、管理人さまより建設的にとのことであるから、それくらいにして

>そういう気持ちがない人が「投資家」になることはありません。株式市場で証券会社なりファンドなりを通じて「投機」するだけです。現在は、なぜか「投資」ではなく「投機」をしている人たちを「投資家」と呼んでいます

だから、”そういう気持ちがない” 投資家と現在呼ばれている投機家にたいしてゴッポリ税金をかけたらいいんじゃないの。わくわくさんのこの最後の言説はそれを否定してはいないはずだ。だから、そうしていない現在の証券税制は証券優遇税制といえるんじゃないの。

なにも起業家を支援しようという奇特な投資家さんがいれば大いに結構、そういう投資家さんの投資には税金をかけるべきではない、というより無配続きでかけようがないわな。
でもね、そんな奇特な投資家さんがいないとは思わないがとても少ないだろうと私は言っているのだよ。だから、わくわくさんに「50人50企業の実名をあげること」を要求した。答えは返ってこなかったね。おそらくタモ・ツン糖酒だったら50人50企業とはいわないけれど個人名は別として(明らかにしたら速攻でその個人投資家さんの家には投資要望の行列ができるだろうしww)、企業名は数社あげてくるだろう。でも、失礼ながらもわくわくさんでは答えがかえらないことは十分予想していたよ。つまり、それほど少ないということだ。

そんな、ごくごく少数の、問題にもならないような特殊な事例を普遍的なありかたのように言い放つわくわくさんの言説はロマンはあるかもしれないが、現実の経済原理にてらしあわせて妥当であるかということだ。わくわくさんの想定している小資本家さんが形作る小商品経済は、資本主義経済では上場大手企業が形作る独占的な経済機構の一階層したに位置づけられる。まあ、あまりむずかしいことを展開しても理解しっこないから簡単に言えば、同列に扱うことはできないし、してはならないということだ。経済のヘゲモニーは上場大手企業にあるのだから。

といっても、わくわくさんはどうせ罵倒しかかえしてこないだろうからここらでおひらきにして。

ところで、愚樵さまはいまごろ「ドリン・ドリン!」を読んでおられるだろうから、関心を煽る意味で、ちょっとだけ弁証法とやらをかましてみるのだが、投資と投機を機械的に分離して論じるのは形而上学的な捉え方なのです。それでは、投資のダイナミックな運動論理はつかめない、弁証法でいえば、投機は投資の内的要因としてあり、投資は投機によって否定される。だが同時に、投機は投資を肯定する。具体的にいいかえるとバブルの崩壊のように過熱した投機は投資というありかた自体をを破壊してしまう。だが、投機なき投資は証券を金庫の中に退蔵させ投資の自己運動を阻害してしまう。てな具合にかんがえるわけなのですよ、弁証法とやらは。投資は投機によって否定され市場へと揚棄され新しい投資へとたちかえる、精霊的三位一体なのであります。


敗北を認めろ

謝罪するどころか、まだ誤魔化して嘘をつく薩摩長州に対して、私の名誉を弁護するために投稿します。

>でもね、対話っていうのは、互いのリスペクトを大切にしながら、正・反をぶつけ合い揚棄して合にに至る思考の場だと私は思っている。

「対話」についてはそれが「正解」だが、薩摩長州は「リスペクトに値しない」愚か者である以上、「対話」は成立しえない。
ましてや、薩摩長州が建設的な議論ができるような能力や感情を持ち合わせていないことは、私に対する薩摩長州の態度が見事に証明しているので、私がここで列挙することはしない。

>そこには矮小な「勝ち負け」なんていうくだらないこだわりはないのだよ。まったく気の小さい男だな!

こだわりがないのであれば、どうでもいいことを持ち出して攻撃することはない。つまり、その発言は明らかに「嘘」である。

>失礼ながらもわくわくさんでは答えがかえらないことは十分予想していたよ。つまり、それほど少ないということだ。
>あまりむずかしいことを展開しても理解しっこない

「数が少ない」のではなく「規模が小さくてデータの収集が行われていない」ということである。また、この薩摩長州という馬鹿は、「むずかしいことを展開」しているつもりで、実は「この上ない誤りを流布しているだけ」なのである。
これがわからないくせに、私に対して批判したり非難したいという感情を抱くことが、「日本人に人権とは、猫に小判を与える」という事実を証明している。

以上、薩摩長州が、今なすべきことは、私に対して謝罪し、私に対する批判や非難を撤回することである。

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