愚慫空論

経済についての粗雑な理解

前々エントリーで私は、【カネ】は3番目だと書いた。もちろんこの順位は「経済」という枠内の話である。

トップは【モノ】。当然のことだが、人間は【モノ】なしでは生きていけない。これは人間(生物種としてのヒト)だけではなくて、他の生命体にとって必要不可欠なものである。人間が人間たる所以は、【モノ】を自然の形のままに取り扱うのではなくて、人間にとってより都合のよいように生産することにある。技術と労働はその生産のための営為。

次は、治安・秩序。ここにはいわゆる「政治」も一部含まれると考えてよかろう。人間は社会を営むことで生産した【モノ】を分配する。もともとヒトが集団で生活するようになったのは、他の動物と同様、生存への戦略だったのだろう。それが農耕という技術を獲得し、共同体が一体になって労働を行い、収穫物を分配するようになって社会が営まれるようになった。他の共同体との交易も同じような時期に始まったのだろう。そしておそらく、最初は【カネ】を介しない贈与経済、あるいは物々交換経済であった。それら原始的な経済行為を行うにしても、そこには必ず治安と秩序は必要だったはずだ。

【カネ】が登場するのは、社会という土台ができてから。そうでなければ【カネ】は機能することができないし、それは現代でも同じこと。治安と秩序が崩壊して社会が呈をなさなくなった状況では、人間は生存に必要な【モノ】を求めて容易に略奪を行う。そこに【カネ】が介在する余地などない。

当エントリーでは、経済を【モノ】・秩序・【カネ】の3つの要素と、自然資本・実体経済・金融経済の3つのステージでもって解説しようと試みてみる。愚樵流の粗雑な理解を基にした解説なので、どの程度的を射ているかは保証の限りではない(笑)。


粗雑なイメージ

〔自然資本〕のステージは、【モノ】のみの世界、それも人間が人間に有用な【モノ】を〈生産〉する以前の【モノ】である。資源、あるいは自然環境と言い換えてもよい。

人間は【自然資本P】から〈技術(労働も含む)〉によって人間に有用な【モノQ】を生産する。〔実体経済〕のステージでは、社会秩序が形成されているとの前提で(図に表示はなし)、【カネX】によって【モノ】の分配が行われる。
【カネ】すなわち貨幣には、価値尺度機能と価値貯蔵手段機能の2つの機能があるといわれているが、【カネX】が発揮するのは価値尺度機能。
〔実体経済〕では、【Q】と【X】は等価であることが原則。この原則はミクロ経済学でいう“市場における需要と供給の均衡”を反映しているわけだが、そんな理論を持ち出さなくても、人間は【モノ】と【カネ】とを交換するという経済活動において、交換する【モノ】と【カネ】とを等価だとして行っているのであるし、また仮にその等価性に不満があったとしても、決済が行われれば等価であると見なされる。現実の経済では一部等価性が崩れて過剰在庫が発生して企業の倒産、労働者が失業なんて事態が起こったりするのだけれども、そういう込み入った話は粗雑な理解では割愛。

〔実体経済〕に【カネ】が流通するようになると、人間は【カネ】に備わっているもう一つの機能(価値貯蔵手段機能)を発揮させるようになる。そうして形成されるのが〔金融経済〕のステージだ。
このステージで展開されている現象の詳細な把握は、完全に私の能力の範囲を超えている。が、とりあえずはそのことを気にする必要はまったくないだろう。これまで〔金融経済〕に住まう頭脳優秀なはずの人々は、このステージで行われる現象をさまざまな手法で客観化しようと理論を組み立ててきたのであるが、金融危機に直面して、「理屈ではない」の一言で片付けられてしまった。これはある評論家が吐いた言葉だけれども、他の専門家も誰一人として客観的な言説を述べる者がいなかった。〈投資家の心理〉というだけ。なので〔金融経済〕のステージでの【カネY】は、〈投資家の心理〉によって膨張したり収縮するものだと粗雑に理解しておいて差し支えないだろう。


で、金融危機という現象。これは〔金融経済〕のステージで起こった現象である。〈投資家の心理〉で膨らんだり縮んだりする【カネY】が、突然大きく縮んだ。原因はアメリカのサブプライムにあるとかデリバティブが悪いとか言われているが、ここも膨らんだものはいずれ縮む。膨らみ方が大きいほど縮み方は急激だとくらいに考えておけばよい。

(もう少し言うと、金融工学というシロモノがクソとミソとを一緒にしてしまったのが金融危機の傷を大きくしている。〔金融経済〕のステージには庶民も銀行にカネを預けるという形で素朴に関与しているわけだが、ここのステージの作動原理は庶民の生活感覚による理解とは大きくかけ離れている。ここは相手を信用することで【カネ】が創造され、膨らむという世界。金融工学がやったのは、信用のリスクをリスク分散という名の元に他へ売り飛ばしたということ。
信用には裏切られるかもしれないというリスクが伴う。裏切られると損失が出る。このリスクを証券化して分散して、リスクの少ないものと高いものとを混ぜ合わせた。で、この混ぜものをリスクが少ないとして売った(このあたり、汚染米を混ぜ合わせて販売した○○フーズあたりとやり口は同じ)。ところがその商品偽装のめっきがはがれ、誰も混ぜものを買わなくなった。誰も買わなくなったから値がつかなくなったところへもって、誰が混ぜものをどれだけ持っている変わらない状況なものだから、誰も信用できなくなった。信用できなくなるとカネを動かせない――こうして金融の機能が縮小し【カネY】も小さくになった。)


金融危機が〔金融経済〕のステージで起き、その範囲内だけで収まるのなら問題は小さい。だが、そうはいかないところがやっかいなところ。〔実体経済〕に影響が出るといわれている。実際に出るだろう。

粗雑な理解によると、理由はカンタン。

金融危機で【カネY】が縮小 
   ↓
〔実体経済〕の【カネX】が縮小(別のステージにまたがっているとはいえ、同じ【カネ】だから)
   ↓
〔実体経済〕の【モノS】が縮小(【X】と【S】は等価なので(この「等価」はそんなに単純ではないのだけれど、ここではあくまで粗雑に))
   ↓
【自然資本P】から【モノS】を生産する技術・労働の必要性が少なくなる=失業
   ↓
労働者が困窮


たったこれだけのことである。

金融危機に突入する直前は「カネ余り」といわれていた、つまり資産バブルだったのだけれど、いわゆる「バブル」で景気がよくなるのは上の逆で、【カネY】の膨張が【カネX】を膨張させ、それが【モノS】に及ぶという構造。80年代後半から90年代初めにかけての日本のバブルはこれで景気がよくなった。逆につい最近までの資産バブルが格差を生んで一部で不況を生み出したのは、【カネY】の膨張が【カネX】の膨張をもたらさず、それどころか【カネY】が【カネX】を吸収するような事態になっていた。【カネ】というものの基本性質に加えて政策の誘導――新自由主義――によるものが大きい。

資産バブルの果ての金融危機は、いずれも【カネX】を犠牲にした。20世紀の日本のバブルで膨らんだ【カネY】は少なからず【カネX】にも恩恵をもたらしたが、21世紀に入ってから、経済のグローバル化が進んでからのバブルは膨らんでも弾けても【カネX】に被害を及ぼした。新自由主義の旗印は市場原理と自己責任だったはずだが、金融市場の危機は庶民の暮らしに影響を及ぼし、その後始末を自己責任で行うことができなった。新自由主義は終焉を迎えたと言っていいだろう...か?

今後しばらくは、これまでのような野放図な【カネY】の膨張は抑制されることになるだろう。だが、【カネY】が〔実体経済〕を左右する構造そのものには変化はない。現在行われている金融安定化や経済対策は、当然のことながらこの「構造」を安定化させるためのもの。「構造」の安定が庶民の生活の安定に繋がるのは間違いないけれども、【カネ】の基本性質はそのまま変わりはないので、この「構造」はつねに【カネY】の膨張縮小によって揺らぐ「構造」も引き継ぐことにも変わりはない。新自由主義という潮流は一旦は終焉してもそれを育む土壌は依然として健在のまま。3番目のはずの【カネ】が1番目になってしまう「構造」に何の変化もなく、【カネ】を握る投資家=資本家たちの〈心理〉のままに経済が揺らぎ庶民の生活が左右されてしまう。

それに対抗するためには、庶民は市民となって自ら政治的な活動に積極的に関与しなればならなくなる。【カネ】の活動に政治権力をもって介入すべきしという考えになる。これが経済左派ということになるのだろうが、この考えにしても1番目のはずの【モノ】が1番ではない。2番目の秩序が1番になるだけのこと(3番目の【カネ】を1番にするのが経済右派)。

1番が1番であるような体制はないのだろうか?

コメント

日本島宣言!

ただの‘島’でいい。

そこは国ではない。‘モノ’があって‘ヒト’がいる。
ただ、それだけ。

それから、
人生があり、喜びや悲しみがある。
文化があり、精神がある。
学問があり、技術がある。
愛があり、友情がある。
信仰があり、祈りがある。

自然を作り変えて「モノ」を生産する、ということくらい、ほかの動物でもやっているでしょう。きつつきは、木の幹に穴を開けて巣を作る。それは、原始人が洞穴を見つけて住処にしていたことより、ずっと高度な生産行為でしょう。
あなたは、「交換」という概念を見落としている。それは、「所有」という概念が発生したときよりずっと前から行われていたはずで、あなたは、「所有」という概念の伴わない「交換」という行為を想像することができますか。

お言葉ですが...

naokoさん。

>ただの‘島’でいい。

ってわけにはいかないでしょう、残念ですけど。良くも悪くも人間が他の生命体との間にはある一線がある。この一線をもって優越感を抱くのは愚かだと思うけど、一線を無視するのもまた愚かなこと。ヒトは今更、文明・文化を捨てることはできません。

とはいうものの、基本に立ち返る姿勢は大切だと思います。現在のような混乱期は特に。そうしたときに、

>ただの‘島’でいい。

という視点は重要だと思います。現実にここに戻ることはできないけど、ここに戻って考えることはできる。それが人間という生き物の特性でもある。その特性を活用したいものですね。

*****

遊行寺さん。はじめまして。

>あなたは、「交換」という概念を見落としている。

え? そうですか? 私は図の中に「等価」という文字を掲げていますが、これはもちろん「等価交換」の意です。【モノ】と【カネ】とが等価だと認識された上で交換される。ここを〔実体経済〕だと申しております。


>それは、「所有」という概念が発生したときよりずっと前から行われていたはず
>あなたは、「所有」という概念の伴わない「交換」という行為を想像することができますか

上の「それ」とは「交換」のことですよね? また下の文章は、「所有概念を伴わない交換は不可能」の意のように読めますが、そうするとこの2つの文章は矛盾します。深い含意があるのなら、どうかご説明ください。

たとえばレヴィ=ストロースは、「女を交換する」といった。そのとき交換される女は、どちらにとっても性欲の対象にならない、心理的にはすでに追い出してしまっている女でしょう。女自身の心も、すでに外にある。とすれば、それは、「所有」していないものを交換したことになる。そして、「所有」という概念は、交換した後にはじめて発生する。
「交換」という行為は、もともと「等価交換」などではなかった。「価値」という概念は存在しなかった。交換することによって人間は「価値」という概念を持つようになっていった。まあ、そういうことを考えているのですけどね。ただの勝手な思い込みです。

思い込みではないと思いますよ

遊行寺さん、レスありがとうございます。

>「交換」という行為は、もともと「等価交換」などではなかった。

前段の「女の交換」云々は私にはよくわかりませんが、交換が等価交換ではなかったというのは、その通りだと思います。

現在でも、親密な関係、たとえば家族内とか、恋人同士友人同士とか、そういった間柄で行われる交換は「等価」ではありませんね。こういった間柄に「等価交換」を持ち込むと、関係はむしろ壊れます。これは多くの人が体験的に知っていることだと思います。

貨幣経済が発達する以前の経済は、等価交換ではない贈与経済が主体だったはずです。ただしこれは共同体内部での経済の話で、異なる共同体間では貨幣が仲介しなくても等価交換は行われていた。市場(イチバ)が出来て物々交換が行われたわけですが、ここで交換が成立するには、双方ともが双方の差し出す物資を「等価」と合意する必要があった。物々交換では取引の都度「等価」を巡って交渉をする必要があったわけですが、貨幣の登場で市場(シジョウ)が成立することで、こうした個別交渉が必要なくなる。それは大変な合理化でもあったわけですね。

ファンタジーの題名です(笑)。

大昔、右とか左とかたけなわだった頃、ふと頭に浮かんだファンタジー小説の表題なのです。ロバート・ネイサンの「夢の国を行く帆船」的なイメージでしょうか。

おっしゃるとおり、非現実的な夢幻の領域の言葉です(笑)。

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事へのトラックバックURL
http://gushou.blog51.fc2.com/tb.php/181-bd33599d

日米密約『米兵1次裁判権を放棄』

日本に駐留する米兵らによる事件について日米両政府が1953年10月、「日本にとって著しく重要と考えられる事件以外は1次裁判権を行使するつもりがない」との密約を交わしていたことを裏付ける文書が明らかになった。 国際問題研究者の新原昭治さん(77)が23日

微笑と虐待~当事者が語るアブグレイブ刑務所虐待事件~

BSドキュメンタリー「微笑と虐待~当事者が語るアブグレイブ刑務所虐待事件~」 の再放送を見た。 強い印象を受けた。

「一殺多生」と「不殺生」戦争は罪悪である~ある仏教者の名誉回復~

戦争は罪悪である~ある仏教者の名誉回復~ の再放送を見た。 「一殺多生」という言葉で侵略戦争が正当化された時代に「不殺生」という仏教の原理で立ち向かった僧侶がいた。

汚染米転売「極力主食用に」農水省が通知

残留農薬やカビなどが混入した(輸入)汚染米転売問題で、農水省が「事故米穀」(汚染米)を「主食用」として売却することを容認していたことが二十四日までにわかりました。 同省が日本共産党の紙智子参院議員に提出した総合食料局長通知「物品(事業用)の事故処理要領

10月27日の“Aldermaston Big Blockade”に連帯を!

駐日英国大使ディビッド・ウォレン殿宛に以下のメールを送りました。(日本語訳付き) 内容は10月27日に英国で行われる“Aldermaston Big Blockade”という英国の核兵器工場に対する非暴力の封鎖行動への支持を訴えるものです。

麻生さんのおうちを見にいっちゃいけないの?

昨日は久しぶりに記事を書かなかった。 従ってアクセスは少ないと思ったがいつもより多かった。 アクセス元を見てみると原因はこの記事に弊記事が紹介されていたからだった。

虚業に“俺のせいじゃない”と若者は言う

 ついに、バブル後の株価最安値更新をしてしまった。そして、株価少し戻すも景気悪化がヒシヒシと生活を脅かしていることを感じない者はいない。  わが社のやる気十分の若い社員が次のようなことを言い出した。   社員:社長さ! この景気や販売不振は俺のせいじゃな...

最低輸入米が食管圧迫

『在庫膨らみ赤字1374億円』 日本共産党の紙智子議員は十六日、参院農林水産委員会でコメのミニマムアクセス(最低輸入機会)について、「現在、在庫が百七十万トンにもなり、それにかかわる食管会計の累積赤字が千三百七十四億円にものぼる。 国民の重い負担になっ...

英国では抗議行動を容易にする為に警察は出動

BBCのニュースで英国のオルダーマストンでの新核ミサイルシステムへの抗議行動が報道されています。

フィラデルフィアの秘密兵器は秘密のまま終わってしまった

このブログでははじめてアメリカの野球の話を書きます。 フィラデルフィア・フィリーズがワールドシリーズの優勝チームになった

NHKが沢田研二大キャンペーン

NHKではsongsの反響が大きかったので大特集をすることになったようです。 FMラジオでの12時間の生放送から昔の映像の特集をやり、年末には 東京ドームのコンサートも放映するようです。

現在価値革命の暴走と挫折

『計算を間違った会計学』 投資銀行のビジネスモデル崩壊の教訓は、高レバレッジ(負債によるテコの原理)経営の失敗だけではない。 投資銀行が担った金融文化の特徴は、あらゆる資産を市場取引の対象とするために、価格を時価で評価する会計思想である。 市場価格がない...

アパホテルに泊まるのは止めよう!

アパホテルの懸賞で1位になり300万円もらったという更迭された航空幕僚長田母神俊雄論文を読んでみた。 憲法解釈の制約などで十分な活動ができない自衛隊の現状に一石を投じる狙いがあったのだろう。 このブログにもよくこういった書き込みが来る。

新しく三つのトラックバックリストを作成しました。

新しく三つのトラックバックリストを作成しました。 国民が主人公 http://member.blogpeople.net/tback/10158 短歌の座 http://member.blogpeople.net/tback/10156 俳句の座 http://member.blogpeople.net/tback/10157

今日は1日ジュリー三昧

昼の12時からNHKFMで「今日は1日ジュリー三昧」を聞いて居ます。 夜中の12時まで12時間やるそうです。

[シリコンバレーは私をどう変えたか]を読んだ

梅田望夫さんの[シリコンバレーは私をどう変えたか]を読んだ。

黒人初のアメリカ大統領が誕生した。 Yes, we can 

黒人初のアメリカ大統領が誕生した。 8年前の一日中開票速報をやっていた日を思い出す。

「定年後はパソコンと暮らす」を読んだ

「定年後をパソコンと暮らす」(加藤仁著)を読んだ。 加藤仁さんは3000人以上もの定年退職者の取材をしており多くの著書があります。 本書では22人のケースを紹介しています。

日本でもyes we can.

アメリカ大統領選挙に勝利したオバマ氏の支持の内訳を%で見てみると男性が49に対し

戦後日本が生んだ最大なジャーナリスト逝く(筑紫哲也さん)

筑紫哲也さんが今夜肺がんで亡くなった

日本の未来がわかる文書?

フジテレビ「年次改革要望書」特集に波紋

弘法大師釈放さる

2008年10月28日 (火)の麻生さんのおうちを見にいっちゃいけないの?で紹介

年次改革要望書を批判しよう!

年次改革要望書の事を書いた。 その中で(外務省のホームページには英文しかありません。)と書きましたが 米国大使館のHPに和訳が出てますよ。と山形の住人に教えていただいたので見て見ました。

あらゆる「反対派」はこの言葉を胸に刻んで「これから」に備えよう

人間は負けるようにはつくられていない。 人間は殺されるかもしれない、 しかし負けはしない 『老人と海』ヘミングウエイ 「沖縄・泡瀬干潟埋め立て訴訟:支出差し止め命令 経済的合理性欠く--那覇地裁」 http://s03.megalodon.jp/2008-1119-2229-30/mainichi.jp/l...

 | HOME | 

 
プロフィール

愚慫

Author:愚慫
“愚樵”改め“愚慫”と名乗ることにしました。

「空論」は相変わらずです (^_^)

      

最近の記事+コメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

QRコード
QRコード