愚慫空論

バカバカしい金融危機と経済対策

今、世界を揺るがす大問題といえば、なんといってもニューヨーク・ウォール街発の金融危機。

10/9のニューヨーク株式市場でダウ工業株30種平均が前日比678ドル安の8,579ドル。リーマンが破綻する前の9/14には11,422ドルだったのが、10/6に10,000ドルを割ると下げ止まらず、10日の速報だと8,000ドルも割り込んだらしい。底なしの様相(結局、10日のNYは

この流れは日本でも同じで、東京での日経平均が7日に1万円割れ、10日は8,276円。このままNYが下げ止まらないと、3連休明けの14日にはバブル崩壊後最安値の7,608円をあっさりと割ってしまいかねない。金融崩壊とはこうした状況を指す言葉なのだろう。

ある経済評論家は、現在の金融の危機的状況を指して「理屈じゃない」と述べていた。、私はこれを聞いて思わず笑ったが、実際のところ笑いごとではない。このままでは確実に私たち庶民の生活にも影響してくる。いつの時代も世の中がおかしくなったときに割を食うのは弱者である。


笑った理由を記しておくと、評論家のこの言葉こそ理屈から外れているからである。現在の状況が理屈ではないなら、金融危機以前の状況も理屈ではなかっただけのこと。つまり金融市場といったものがそもそも理屈じゃないということなのだ。金融危機の前後でどのように理屈が変わったのか論理的に説明せよと迫っても、どうせ上手くは説明できないだろう。〈投資家の心理〉といったような語句でお茶を濁すのが関の山だ。


だが、〈投資家の心理〉がいくら理屈にならない言葉であっても、〈投資家の心理〉に左右される金融市場という現実は存在する。それが現在の金融資本主義と呼ばれる経済体制の実相でもある。投資家でも資本家でもない庶民も、その経済体制のなかで生活している限り〈投資家の心理〉に影響を受けざるを得ない。

今回の一連の騒動の中で米下院が金融安定化法案を一度否決するという一幕があったが、これは〈庶民の心理〉を反映としては当然のものであったろう。アメリカは日本以上の格差社会で、ウォール街といえば金持ちの街。そこが今まで散々に好き勝手をやって、その挙句勝手に転んだものに、なぜ救済の手を差し伸べねばならないのか? あまりにも当然の心理だが、現実は〈庶民の心理〉とは無視してでも〈投資家の心理〉を慮らざるをえない。そうしなければ、〈庶民の生活〉までもが暗転して行ってしまうからだ。

*****

日本は現在、政治の季節である。いや、政治の季節だったはず、と言った方がいいか? 金融危機に対応しなければならないからか、それとも自公が選挙をやっても勝てないからなのか、まもなく衆院解散→総選挙となるはずだったのが、解散権を握る麻生新総理は直ちに解散をするつもりはないらしい。では、あの自民総裁選のバカ騒ぎはなんだったんだ...という話にもなるが、これは本題から外れるから措いておこうか。

その麻生総理が表向き発言するのは「解散より景気対策」。この発言は、今の経済の危機的状況からしてみれば、間違っているわけではない。ことに〈投資家の心理〉を抱える者たちにとっては正鵠を射ていると感じられるだろう。だが、〈庶民の心理〉からすればかなり的外れである。というもの、解散・選挙・政権交代こそが、庶民にとっては経済対策でもあるからだ。

ほんの少し前まで、日本はながらく好景気にあると言われていた。それまで戦後最長だった“いわなぎ景気”を超えた“平成景気”だと言われていた。だが同時にこの平成景気は、実感が伴わない経済成長であるとも言われた。実際、サラリーマンの平均所得はこの“平成景気”の間に減少を続けたし、さらには派遣労働といった非正規労働者が急増した。いうまでもなく、非正規労働者の収入は正規の労働者であるサラリーマンよりも格段に低い。一方で、ごく限られた人間だけが好景気の恩恵を享受した。つまり日本もアメリカと同様の格差社会へと“小泉‐竹中・平成景気”の間に変貌した。

金融危機が問題になってからはさすがに「コウゾウカイカク」という言葉がメディアで踊ることはなくなったようだが、つい先月の自民党総裁選では「コウゾウカイカク」はまだまだ重要なキーワードのひとつであった。小泉・竹中が進めた「コウゾウカイカク」は「投資家の心理」のみを慮ったカイカクであって、庶民が景気の良さを実感できなかったのもその“成果”であったわけで、庶民が実感できなかった好景気――というよりも不況といった方が良かろうが、それは官製の不景気だったのである。ただし、それは庶民の選択と支持によるものであったことは明記しておかなければならないだろう。

〈庶民の心理〉と〈庶民の生活〉を無視し〈投資家の心理〉を優先した政策を庶民がなぜ支持をしたか、これは敢えてペテンに引っ掛かったのだと表現しておこう。ペテンにかける権力者とペテンにかかる国民という図式は民主主義に相応しくないものだけれども、しかし、民主主義の理念そのものが内包している問題であるともいえる。ペテンにかかった庶民は代償を支払い、次の選択をしたいと望んでいる――それが昨年の参議院選挙の結果と、「民主党に一度、政権任せてもよい」という声となって表れている。

民主党が政権を取ったとして、それが本当に〈庶民の生活〉を重視した政策へと繋がっていくかどうかは大いに疑問は残るところではある。また麻生・自民党が選挙を目前にして〈庶民の心理〉を慮った政策(これは〈庶民の生活〉ではない。心理は騙せるが、生活は現実があるだけ)を掲げるだろう。現在、日本の有権者の前に提示されている現実的な選択肢を選ぶことは、国民による景気対策に他ならないのである。

だがやはり、今、有権者の前に示されている景気対策は、どれも真の意味で〈庶民の生活〉のための景気対策とはいえないように思う。というのも、現在の経済の仕組みそのものが〈投資家の心理〉に左右される仕組みになっているからである。〈庶民の生活〉は、どうしても〈投資家の心理〉によって翻弄される。現在の各国政府の経済対策とはいかにして〈投資家の心理〉をコントロールするかというところに主眼が置かれているが、これはそもそもバカげた話であって、心理などといったものは容易にコントロールできないから心理なのである。上の評論家の言葉ではないが、それこそ「理屈ではない」のだ。一部の人間の「理屈でない」心理に左右される経済体制――ここを根本的に改めなければ、〈庶民の生活〉のための経済対策を施そうとしても、それは一方でバラマキと批判されるような政策にしかなり得ない。これは構造的な問題なのである。アメリカや日本の政府、およびG7等が出す政策や声明は、〈投資家の心理〉のための経済体制を繕う弥縫策でしかない。たとえそれが、巡り巡って〈庶民の生活〉の安定に寄与しようとも、〈投資家の心理〉が主であって〈庶民の生活〉は従でしかない。現在の経済体制は、経済体制そのものが「トリクルダウン」なのである。


■トリクルダウン理論

ト リクルダウン理論(trickle-down theory)とは、富める者が富めば、貧しい者にも自然に富が浸透(トリクルダウン)するという経済理論あるいは経済思想である。「金持ちを儲けさせれ ば貧乏人もおこぼれに与れる」ということから、「おこぼれ経済」とも通称される。

コメント

こんにちは。陰ながらいつも拝見させていただいております。

>「おこぼれ経済」とも通称される。
なんともうまい表現の仕方があったものですね、し、知らなかった!感動しました!
国会でもこの表現を使い、堂々と国民を説得していただきたいもんですね(^^)

結果 支持率がどうなるかは知りませんけど。

真逆

基本的には、富める者はお金を使わないからお金持ちになるのです。
貧しい者はお金を使うから貧乏人になるのです。
だとすれば、貧しい者にお金を与える政策が、お金の循環を促進し、経済を効率的に活性化すると考えられます。
富める者が一方的に富める政策では、経済が失速し、循環しないのは当然ですよね。

コイズミコウゾウカイカクは経済が循環しないジリ貧になる政策です。

だから、日本は、米国発の金融危機以前に、実体経済は大失速しています。
実体経済は先進国でも一番悪い部類です。

今こそ、政権交代して、内需拡大、消費拡大出来るように、国民の可処分所得の増大とセーフティーネットの拡充、そして何より老後の安心が大切です。

必要な財源には、赤字国債発行が嫌なら、日本政府保有の米国債100兆円を使えばいいだけの話です。

コイズミコウゾウカイカクの真逆ですね。

「おこぼれ経済」=「上げ潮派」

ママちゃん

>>「おこぼれ経済」とも通称される。
>国会でもこの表現を使い、堂々と国民を説得していただきたいもんですね。

いや、まったく。永田町界隈では、「おこぼれ経済」を指して「上げ潮派」とか言うそうですが、うまく言葉を考える者もいるものです。

scottiさん

>貧しい者にお金を与える政策が、お金の循環を促進し、経済を効率的に活性化すると考えられます。

ケインズですね。うん、でも、これはやっぱり一時的でしかないと思います。一時的に応急処置としては必要なのかもしれませんが、いずれ「上げ潮派」が指摘する財源の問題等、行き詰るのも確か。効果は限定的です。

コウゾウカイカク=新自由主義の最大の問題点は、【カネ】に自由を与えたことだと思うのです。富める者は、自由になった【カネ】を駆使して経済を活性化させた。GDP等の経済指標が指し示した好況は、それはそれで事実だったでしょう。でも、それが【モノ】の活況に結びつかなかった。【カネ】に【モノ】の場(実体経済)以外に自由に活動できる場を与えてしまったから。金融工学がその自由度を飛躍的に高めてしまいましたし。

こうした【カネ】の動きを抑えるのは、政府の機能を強化してさまざまに制限を加えたり税制を改善するのもい一手だろうとは思いますが、根本解決の決め手にはならないように思います。やはり規制は少ない方がよいというのも、これまた確かなんです。

循環すれば税収は上がります

経済が活性化し、景気が循環すれば、税収は上がります。初期投資が継続して必要なわけではありません。
企業の分配比率の見直し等のお金が循環しやすい制度が必要だということでしょうか。後は税金の使い方とか。
みんなが幸せになれる制度があるはずです。
亀井静香は貧乏人を作る社会ではなくて、貧乏人を金持ちにする社会と予算委員会で言ってました。
一極集中で誰かが得するだけの社会は持続出来ないと思います。

物価もあがります

貧者にカネをばら撒いて景気を一時的に上向かせると、確かに税収はあがります。ですが同時にインフレも進行して物価が上がります。大雑把な議論ですが、たとえば5パーセントの名目成長率があったとして、物価が5パーセント上がれば実質の経済成長は0です。残るのは国の借金だけということになり、借金を解消しようとすれば増税しなければならなくなる。

これが新自由主義陣営が財政発動をバラマキと批判する論拠ですが、私はこれは論理としてはスジは通っているようです。実証的にも証明されているようで、ここは経済学の進歩として受け止めてよいかと思います。

問題は、やはり富の再分配でしょう。それも【カネ】が実体経済へまわるか、金融経済へまわるか、その配分なのだろうと思います。実体経済へまわる【カネ】は巡り巡って需要を刺激しますが、金融経済へ回った【カネ】にその効果は少ない。確かに企業経営上の問題等から【カネ】のストックとしての金融経済は必要です。先立つものがないと経済がまわらないのは事実ですし、その先立つものとしての【カネ】は金融経済から供給されるのですから。ですが、そちらへまわる【カネ】が過大になると実体経済へまわる分が減る。一方でカネあまりといわれながら、実体経済ではデフレが進行し格差が生まれたのは、金融経済と実体経済の間の【カネ】の配分比率に原因があると考えています。

「地球環境対策」

地球環境を守るためには、地球環境を今まさに破壊している人々の生活をエコなものに転換しなくてはなりません。そこで現在、地球環境破壊を一番行っている人々、すなわち先進諸国の人々を経済破綻させ、生活水準を発展途上国並に引き下げる必要があります。

つまり新自由主義はエコなのです。しかし全員の生活水準を引き下げてしまえばこれまで人類が築き上げてきた文化文明は永遠に失われます。
そこでごく一部の人たちが、文化文明を維持する使命を帯びた人々として豊かなまま残されることになりました。それが「富裕層」です。

・・・てなことを本当に思っているのかもしれませんね。トリクルダウンなんて建前でしょうから。

よいエントリです

景気対策(というか、麻生氏がやろうとしているのは株価対策)は弥縫策に過ぎないというご指摘はもっともです。

手持ちのカネの量や株価が気になるのは、そのような数字が実体経済を支配しているからですね。日本円をドルに替えて食料や資源を買いあさることが前提になってしまっているわけです。

ここから抜け出すには、物的条件を改善(自給率の向上など)するしかないのですが、それにはまず農村や地方にマンパワーがなくてはいけません。そのためには農家や林業に所得補償をするしかありません。

私が嫌いなカイカク派が巣くう民主党を現時点で勝たせるべきだと思っているのは、彼らが農家への戸別所得補償と裁判員制度の見直しを謳っているからだったりします。自民党では絶対に無理ですからね。

人さえ集まれば、地域通貨を使えるだけの生産力の裏付けができてきます。まずは、農村に人を残すことからです。早く選挙やらないかな。

ろろさん

お褒めいただき、光栄です。

>ここから抜け出すには、物的条件を改善(自給率の向上など)するしかないのですが、それにはまず農村や地方にマンパワーがなくてはいけません。そのためには農家や林業に所得補償をするしかありません。

ふう。まず、それからでしょうね。

私が林業に転向したきっかけは「緑の雇用」という政策があったからですが、これ、ここに応募した者たちのなかでは「棄民政策」だという声も上がるくらい、あまり評判がよろしくない。期間が短すぎますしね。けれど、やはりこうした政策を推し進めなければならないのでしょう。内容はもっと充実させてもらわなければなりませんが。

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