愚慫空論

護民官

欧米の新聞などには、***** tribune (~ トリビューン)などと名乗るものが多いが、このトリビューンの語源がトリブヌス・プレビス、すなわち古代ローマ時代の護民官という公職であった。護民官の職務は読んで字のごとく、民(平民=プレブス)を保護すること。貴族から選出される執行官(コンスル)に対抗して平民を守るために創設された、と昔、歴史の授業で習った覚えがある。

こんなことを不意に思い出したのは、とあるニュースがきっかけ。そのニュースとは、関西地方で毎日毎日うんざりするほど垂れ流される私がキライな元弁護士知事のニュースなのだが


大阪府の顧問弁護士9人→5人に  こんなに弁護士いらん

 大阪府の橋下徹知事は、府の顧問弁護士を現行の9人から5人に減らすことを決めた。2008年度から実施する。月額報酬も12万円から8万円程度に減額し、年間計約800万円の削減を見込む。橋下知事による人件費カットの第1弾で、かつての“同業者”の報酬から切り込む形になった。

 府によると、顧問弁護士は、府が被告となった訴訟で弁護士業務を担当するほか、府政にかかわる法律相談に応じている。勤務は非常勤で、毎年4月に契約を更新している。民間企業の顧問弁護士の経験をもつ橋下知事が「もっと安くできる」と指摘し、人数と報酬をカットすることにした。

 他の都道府県の顧問弁護士は、愛知県が3人(月額報酬14万円)、兵庫県が5人(同10万円)と府より人数が少ない。東京都は顧問弁護士としての契約はしておらず、弁護士資格をもつ職員を活用している。
(2008年03月07日  読売新聞より)

キライというが、なかなか良いことをするではないか。そういう意見もあると思う。私もこの措置に関しては賛成である。恐れを知らぬ発言で人気を得、知事に当選した恐れを知らぬ者の所業は、既得権益者にも弱者にも容赦がない。既得権益者に対して容赦のない部分は大いに認めたいが、でも、彼への不信感・不快感はなかなか収まるものではない。民主主義の基本は為政者が民を恐れることにあるのだが、その基本を彼が理解しているとは思えないからだ。もっともこれは選挙民の責任によるところも大きいが。

いつものごとく話が横に逸れたが、ついでにもう少し道草を食ってみると、私は他人の意見や行動を、なるべく自分の好悪の印象を排除して眺めたいと心掛けてはいる。まあ、こんなことは誰もが当たり前に心掛けていることだろうから、とりたててエラソーにいうまでもないことなのだが、面白いのは、時には悪い印象があるからこそ生まれてくるものもあるということだ。橋元大阪府知事のニュースが護民官に結びついたのも、おそらくは橋元氏への悪感情があってのこと。好感の持てる人物のニュースであったなら、はじめから好感をもって迎えてしまうから逆に問題点を見過ごしてしまいがちだ。他人の意見や行動の真意を測るときには、好感を持てなければ難しいのだが...。自分の中の好悪の感情は完全にコントロールは出来ないにしても、客観視することができる程度にはなりたいものだ。(つまり「共感」と「共有」をイコールにしないということ。)


で、橋元知事への悪い印象があったおかげで何に気が付いたか? 実に素朴なことなんだけど、なぜ地方自治体の顧問弁護士など必要なのか? という疑問である。減らす減らさないに関係なく、そもそも地方自治体に顧問弁護士が必要か? という疑問。これはもし橋元知事に好印象を持っていたら、彼が費用を削減したという成果に目を奪われて、そんな疑問を抱かなかったかもしれない。

「府によると、顧問弁護士は、府が被告となった訴訟で弁護士業務を担当するほか、府政にかかわる法律相談に応じている」。納得いかない点はあるのだが、府政に関わる法律相談は、まあ、いいとしよう。問題は府が被告になった訴訟での弁護士業務だ。なぜ、これが問題なのか? 問題はその費用負担である。

訴訟は原告と被告があって成り立つ。府が被告の場合、考えられる原告は、まず府民だろう。企業という場合も考えられるがこれは除外してよかろう。問題なのは府民が原告で府が被告の場合の、弁護士費用の問題だ。

原告の住民は、弁護士費用を自前で支払わねばならない。税引き後の所得から支払わなければならない。被告たる府の弁護士費用は自治体の会計、つまり税金から支払われる。これっておかしくないか? どちらも弁護士費用も住民が支払っている。

行政に要する費用は税金で賄われる。それはいい。自治体が行政訴訟を行われるのも行政の一環。だから、自治体の弁護費用も税金で賄われる。それもまたよいだろう。しかし、ならば住民が自治体を訴えるのもまた行政の一環ではないのか? 行政は公務員が行うから行政? そういう区分けは正しくないと思う。

とどのつまり、自治体を訴える住民の弁護士費用も自治体の会計で賄うべき、と言いたいのだ。不公平じゃないか? 住民だけが自腹を切るなんて。自腹を切れなきゃ行政を訴えられないなんて。

自治体の費用で住民のために弁護活動をする者――「護民官」という言葉はここから出てきた。そしてこの言葉がでてくると、考えはさらに前へ進む。護民官を制度化できないか?

実際問題、行政を相手に住民が訴訟を起こすことは費用の面ばかりでなく、法律の知識の面から言っても難しい。住民は日々仕事に追われている。その仕事の大半は、法律の範囲内での活動とはいえ、法とは直接関わらない範囲内で仕事をしている。対して行政は法に則って業務が遂行されるし、されているはず。行政にとって法律は日常である。樵にとってはチェーンソーが日常であるように(笑)。

行政訴訟を起こすと言うことは、住民にとっては相手のテリトリーに入って戦うことを意味する。これは住民にははじめから不利な戦いだ。現実に起こされる行政訴訟はそうした不利にも関わらず起こされたもの、それほど住民は耐えかねての訴えだということ。住民には住民の味方になる護民官が必要である。

護民官は、行政訴訟の時には住民側の弁護にまわるのは当然のこととして、普段は住民と行政の調停役といったところを業務にする。訴訟に至るまでに住民と行政との軋轢を解消する仕事である。それなりの権限も与えられてしかるべき。


世の中には、護民官なる制度が設けられていなくても、実質護民官として活動されている弁護士の方もたくさん居られる。ニュースになったところでは、薬害の肝炎訴訟とか、ハンセン病訴訟とか、水俣病、原爆症、いろいろな場面で護民官は活躍されている。反面、これほど大きな問題にならずに埋没してしまった比較的小さな住民の苦痛も数多くある。小さな、といっても苦痛が小さいわけではない。苦痛を受けた人の数が少ないだけのことで、苦しみの度合いは人数とは関係ない。規模が小さいがゆえに救われなかった住民もたくさんいるだろう。護民官が制度化されれば小さな問題にも救いの手が差し伸べられるだろうと思うのだが。

*****

まあ、護民官はともかくとしても、弁護士の費用は再考する必要があるだろうと思う。刑事裁判での国選弁護人なんてもの甚だ評判が悪いし。裁判員制度が始まって司法改革が行われると言うけれど、ならば国選弁護人もなんとかしろ! 

ハリウッド映画の影響じゃないけれども、必要に応じて弁護士の弁護を受けられるってのは、病気になれば医者に診てもらえるのと同じように、国民になるべく平等に行き渡らなければならない行政の基本的なサービスではないのか? 金持ちだけが病気になるわけではないのと同様、金持ちだけがトラブルに巻き込まれるわけではない。カネがなきゃ味方もいないなんて、民主主義の世の中ではおかしい。

*****

追記:

そうそう、橋元知事は泣いたんだそうな? ニュースでいっぱい報道されていた。報道されていたけど、不愉快なのでそのニュースになるたびチャンネルを換えていたので、経緯は知らないんだが。

恐れを知らぬ者が壁にぶち当たって泣いたのか? それとも恐れを知らないんじゃなくて、純粋だったから泣いてしまったのか? 真実のほども、どのようなニュアンスで報道されたのかも知らないけれども、わかることは、この男、視野は大して広くないということ。想定内の出来事で覚悟が出来てれば泣くことなんてないでしょう、普通。で、恐れを知らぬ者ってのは、たいてい視野は狭いもんだ。井の中の蛙。

コメント

誰かと似ているこの涙

意見交換会での弱気を挫くヨン様知事の涙は、法廷で羽賀研二被告が流した涙と似ている。自分を救済するための都合のいい涙。実はヨン様知事過去にもテレビで泣いている。例の中国での日本人の売春はODAだの発言で、テレビで謝罪する時にも涙を流して見せている。でもこの時も、この発言は大阪読売テレビでも同じ発言をした後に、TBSの番組で再度発言した確信犯なのに、TBSの番組では批判を浴びた為に、その後この番組だけで流した涙。大阪の読売テレビでの同じ発言では何も謝罪もしていないはず。この男都合のいい涙を流す所は、被害者に批難されていた羽賀研二の法廷で流した嘘つきの涙と同じに見えます。ペテン師の涙?

前提の相違

愚樵さん、こんちは
嫌われ者ですが、読んでいて矛盾を感じた事が有りましたのでちょこっと失礼をば、

>原告の住民は、弁護士費用を自前で支払わねばならない。税引き後の所得から支払わなければならない。被告たる府の弁護士費用は自治体の会計、つまり税金から支払われる。これっておかしくないか? どちらも弁護士費用も住民が支払っている。

原告全てが善意の住民との前提をお持ちの様ですが。
訴える人はみんな虐げられた人との前提で考えられてる様にお見受けしますが、そうでしょうか?。
裁判前から早くも判決を決め付け様としてる気がします。
そして思い通りの判決が出なければ不当判決、司法の怠慢と罵ることになるでしょう。それは間違いと違いますか。

>不公平じゃないか? 住民だけが自腹を切るなんて。自腹を切れなきゃ行政を訴えられないなんて。

もう一点、個人の訴訟はそれが幾らか多人数でも、公と個に分類するならば、直接的には個に属す。個の利害の為に公のお金を使うことは正しい選択でしょうか?。
訴える人が公の利益の為に訴える人もいるかもしれない。でもそれならば、議員という職務が既に有り、請願という制度も有るのでは?。

護民官を弁護活動する人と言えば居ないでしょうが、
擁護活動するひと置きかえてみると、議員なども広義の誤民官と言えるのでは?。そちらで議論し決めことで、安易に護民官制度を作ると、何でも裁判沙汰にする道筋を開くだけの気がします。そして議員を疎かにし、議会を疎かにし、みんなの政治を軽んじる事になると思います。

民主主義はエゴを自由に平等に発露させる制度

scottiさん お久しぶりです

ペテン師といったところに同意はしたいのですが、とりあえず保留。仮にも府民によって選べばれたお人ですからね。

いずれにせよ、器の小さなお人であることは間違いないようで。

******

はむれっとさん

はむれっとさんの問題意識は、各人がエゴを発露させることで一体性が損なわれるというところにあると思うんですよね。

民主主義は、一面で各人のエゴを自由平等に発露させる制度です。が同時に、各人のエゴを許容できるほどの一体性が社会になければ成立し得ない。各人がエゴを主張しても、最後の線では全員が踏みとどまれるという信頼感がなければ崩壊してしまう制度でもあるんですよね。

そうした一体感は、ばらばらの人間が寄り集まったって出来ない。そこに一体感が生まれるには長い時間が必要で、そこで歴史とか伝統とか言われるものが生まれることになる。自由・平等はその上に立つものなんですね。

さて、護民官という制度についてですが、私は各人のエゴを発露させるためのシステムとして考えています。つまり民主主義的な方向ですね。それをはむれっとさんは一体感を損なうものだと捉えられる。その懸念は的外れではないと私も思います。

しかし、一体感ということでいえば、金持ちだけが自己のエゴを発露できる(訴訟を起こせる)というのもまた、社会の一体感を損なうものになりえますね? また、裁判での決定は社会の最終ラインという暗黙の了承があるはずなんですが、それを政治家がないがしろにしたり。

一体感というのは難しいんです。それを強調するほどにかえって損なってしまうという性質があるし、それを訴える者にはある種の「資格」が要るんですね。私には、その「資格」がない人ほど一体感を訴えているような気がして仕方がありません。

エゴって何?

愚樵さん、こんちは
私には論理の飛躍が大きすぎてよく分かりませんが、
一つ確認させて貰えますか?。

「エゴ」という言葉が沢山出て来ますが、普通「エゴ」という言葉は否定的概念というか
領域を含む褒められるべき言葉では無いと思いますが、どういう意図かどういう定義で
使われてるのでしょうか?。

>民主主義は、一面で各人のエゴを自由平等に発露させる制度です。

ここでは一応エゴは平等の範囲に含まれる様な使い方をされてますが、そうでしょうか?。
エゴというのは、平等を侵す行為を含むのでは?。平等を侵しながら平等であると言ってる様で
矛盾を感じます。言いたいことの意味が掴めません。

>しかし、一体感ということでいえば、金持ちだけが自己のエゴを発露できる(訴訟を起こせる)というのもまた、

こっちのエゴは通俗観念に近い使い方で、金持ちが金権で侵すことは間違いだと言ってる様にも聞こえるけれど、
使用法が一定ではない様で意図が掴みきれない。

それは置いといて、
護民官は貧乏人だけを対象にして金持ちは対象外にするということですか?。
うーん、何を基準に平等を判断するのでしょうか?。金銭の多寡ですか?。
誤り多そうな気がします。

私も意図が掴めないのですが

はむれっとさん

「民主主義は、一面で各人のエゴを自由平等に発露させる制度」。
このセンテンスは、はむれっとさんへの試金石なんですがね。あなたは自分の立場を明確に表明されないから。

なぜ“一面で”という語句を挿入してあるか、わかりませんか? もう一面あるからですよね? 「民主主義は個人の自由と平等を最大限尊重する制度」で、「個人の自由と平等」を「人権」と言ったりする。これがもう一面で、普通はこちらの言い方がされるわけです。

世の中にはいろいろな人がいます。中には人権をエゴイスティックに解釈する人もいる。

>原告全てが善意の住民との前提をお持ちの様ですが。

とのはむれっとさんの言葉を受けて、その見解を“一面で”承認する形で
「民主主義は、一面で各人のエゴを自由平等に発露させる制度」
と書いたのです。人権が正当な権利と捉えているのかエゴと捉えているのか、はむれっとさんを試したかったのですね。で、どちらなんですか?

>護民官は貧乏人だけを対象にして金持ちは対象外にするということですか?

それははむれっとさんの拡大解釈ですね。私の基本構図は「官対民」なんですよ。これは民主主義の基本構図。民の人権は官の国権への対置概念だし、憲法も民が官を規制するためのもの。その構図を元に、民が官と対立することの困難さを書いています。知識も時間もカネもない、と。

そんな民の中でも富裕層は、カネの力で全てをカヴァーできるわけです。弁護士なんてのもそのための専門職でしょう? カネをもらって知識と時間を提供する。自由になる金銭の多寡で知識と時間を変えるかどうかが決まってしまう。そうなると同じ民の中でも対立の構図が生まれるではないか、といっているだけのこと。

私は民同士の対立は否定していて、だからこそ護民官なんて発想も出てくるのですが、その否定しているものを肯定していると受け取ってしまうのは、拡大解釈にしてもひどい。このような批判は、批判のための批判に過ぎないと受け取られてしまいますよ。

灰色だから

愚樵さん、こんばんは

>このセンテンスは、はむれっとさんへの試金石なんですがね。あなたは自分の立場を明確に表明されないから。

別に試金石はいらんけど、
あなたにとって私はその他大勢でしょう?、明確な立場が必要とも思えないけれど、まあ努力してみましょうか。

人はアナログ、デジタルじゃない。
人は灰色、白い奴も黒い奴もいない。白に近い灰色の人と黒に近い灰色の人が居るだけ。
なにか白と黒に分けて考えてるようで前提違うのじゃないと言わせて貰っただけ。
平等というわりには初めから差別してるじゃん?。

>私の基本構図は「官対民」なんですよ。これは民主主義の基本構図。民の人権は官の国権への対置概念だし、憲法も民が官を規制するためのもの。

官も民も同じ国民じゃない、対立概念で捉えるのは間違いでは?。民の立場と官の立場の人が居るだけ。
「民が官を」じゃなくて「官が民を」でもなくて
「官も民も互いに」じゃないの?。

>人権が正当な権利と捉えているのかエゴと捉えているのか、はむれっとさんを試したかったのですね。で、どちらなんですか?

選択肢は2つしかないのですか?。
陰でのぞいてる人が喜びそうな言葉を言いましょうか。
賑やかになるかも。
人権に人格は無い、人が尊ぶは人であって人権では無い。勿論エゴでもない。

灰色はみな同じ

はむれっとさん

灰色なのは皆同じ。あなただけじゃない。私だってそう。“「官対民」が私の基本構図”なんて書いたけれども、これはこの記事の趣旨がそうであって、私がいつも官対民の考えで動いているわけじゃない。私にだって公務員の知り合いはいますよ。その知り合いに、私が民間人だからといっていつも敵対意識をもっているわけがない。ある場所では人間対人間。ある場所では公務員対民間人。状況において使い分ける。これ、普通の大人ならみなすることです。

それにねぇ、人の意見を批評するに当たって、“私は灰色”なんてのはおかしいでしょう? そんなのははじめから反撃を食らわないための煙幕ぐらいにしかみえないですよ。ちゃんと議論する気があるかどうかも疑わしくなる。

まあ、しかし。灰色だと誤魔化しつつも、しっかり自分の色は出しておられる。
>「民が官を」じゃなくて「官が民を」でもなくて
>「官も民も互いに」じゃないの?

これも時と場合によりますね。で、ここで取り上げているのは官と民との利害が対決する場合を取り上げている。そこを把握せずに「官も民も互いに」なんて言ったって、話は通りません。

私は官と民とが対立する構図として、薬害訴訟などを例に挙げましたが、こうした場合に「官も民も互いに」とは、具体的にどのようにすればよいのですか? 官の不作為かどうかは知らんけれども、とにかく民に損害を与えた。損害を与えられた民に、官だって同じ国民じゃないか、争うな、というんですか?

値踏みしますか

愚樵さん、こんばんは

>それにねぇ、人の意見を批評するに当たって、“私は灰色”なんてのはおかしいでしょう?

発言を全部批評と捉えるのですか?。
私の立場が知りたいという事に答えただけですが。
別に批判も非難の意図もなく述べたつもりですが
それがおかしいですか?。

>ちゃんと議論する気があるかどうかも疑わしくなる。

それはこれから考えます。
私を試金石にかけたと言われましたから、それって失礼なやっちゃと思いましたよ。
まあ、私の登場のしかたがあまり褒められない様で、おあいこ、かもしれないですね。
一応訊いても良いでしょうか、人を値踏みしますか?。
議論は発言者のレッテル貼り合戦とは違うと思いますので、あまり試金石にかけて欲しくはありませんので。

>私は官と民とが対立する構図として、薬害訴訟などを例に挙げましたが、こうした場合に「官も民も互いに」とは、具体的にどのようにすればよいのですか? 

レッテル貼られたくないので、お答えしないことにします。

(独り言)
私のベーシックバリューって幾らなんだろう?、ちょびっと興味が無い訳でもないが、二束三文と言われそうだし嫌だな。(/_;)
ベーシックインカムというのは人間の値踏みと言えるかもしれないな。

値踏みは基本

はむれっとさん

値踏みは対人関係の基本、出発点です。『人は見た目が9割』なんて本、売れてますよね? これは人間が互いに値踏みする存在という前提があってのこと。あなただって、リアルな場ではそれなりに装うでしょう? 値踏みを前提にしているからですよ。

それからね、レッテルだって効用はある。企業人などが名刺交換なんてやりますが、名刺ってレッテルでしょう? 私はこういう立場の人間ですと、自らレッテルを貼ってまわる。そうすることで対人関係がスムースにスタートするんです。それにね、自らレッテルを貼る人間には他人はレッテルは貼らないもんです。レッテルを貼られたくない、なんていう人ほど他者からレッテルを貼られてしまう。

>発言を全部批評と捉えるのですか?

だからね、それがわからないんですよ。いわばあなたのレッテルがないから。だからこちらが勝手にレッテルを貼ってしまって、全部批評だということになってしまう。それを批判されたって、あなたが最初からそういう方向に誘導してるんです。だからまず、立場を明確にしろと言ってる。まず立場を明確にして、それから対話を続けるうちにあなたが灰色であることは自然とこちらも飲み込みますよ。灰色ったって、いろいろと濃淡はあるわけでしょう? 私はその濃淡をつかみたいんですよ。灰色という言い草は、その濃淡をつかませないためというふうに映るということ。

愚樵さん、こんちは

 発言の内容と発言者の資質は別物と考えます。
泥棒が「嘘ついたらいかんよ」というのは間違いで、警官が「嘘ついたらいかんよ」というのは正しいのでしょうか?。
自民党が「ガソリン1L100円が正価だ」というのが間違いで、民社党が「ガソリン1L100円が正価だ。」というのは正しいのでしょうか?。
私の資質に興味がお有りの様ですが、
レッテル貼りたければ貼っても構いませんよ、止める術もないし。
でもそれは私の人間性だけにするべき事で、貼ったレッテルで話の中身を決め付ける様なら聞かない方が良いのではありませんか。
そういう意味で値踏みは不要と考えます。
対人関係は出来上がるかもしれないけれど、意図的に作る気は有りません。議論をしてみようと思ってるだけです。議論に特化する時に発言者の値踏みは不要と考えます。
それに、私は「こんな人間です」と言った所で素直に信じる気はないでしょう?。
安易な値踏みは失敗の元だと経験ありませんか?。
愚樵さんのレッテルに囚われない眼力も見せて欲しい所です。

>>発言を全部批評と捉えるのですか?
>だからね、それがわからないんですよ。

だから、私は唯提示しただけですってば。存在を示しただけです。
5つ前から引用>あなたは自分の立場を明確に表明されないから。
あなたは「立場」と言ったのですよ、これは場所と言うことでは?。だから場所を示しただけ。
それに対して、
3つ前から>それにねぇ、人の意見を批評するに当たって、
「批評」というのは「場所」ではなく「行為」の事でしょう。「批評になってない」、「行為としておかしい」、と言われてもどう答えて良いのか分からない。
場所を聞かれたから場所を言っただけなのに、行為になってないと言われても、
私から見れば、あなたの言い方がおかしい。

はむれっとさん

>泥棒が「嘘ついたらいかんよ」というのは間違いで、警官が「嘘ついたらいかんよ」というのは正しいのでしょうか?

一般的には、正しいように見えるでしょうね。それがレッテルの効用というヤツですね。でも、その泥棒なり警察官なりと深く付き合ってみれば話は違ってきます。私が言う「灰色」はそういう意味。はむれっとさんは泥棒や警察官は関係ないよ、「嘘ついたらいかんよ」という言葉が重要だ、というわけでしょう?

ははあ、なるほどね。だから立場は灰色なんていうわけね。ようやくつながって来たような気がしますよ。

最初に戻りましょうか。

>原告全てが善意の住民との前提をお持ちの様ですが。
>訴える人はみんな虐げられた人との前提で考えられてる様にお見受けしますが、そうでしょうか?。
>裁判前から早くも判決を決め付け様としてる気がします。

ここですね。この言葉も、どこか明白な立場に立っての発言なのではなくて、灰色の立場のもの。だから、この言葉のみを謙虚に受け入れろと、という意味で言っておられるわけだ。

違いますか?

愚樵さん、こんばんは

一言一言に楯突くようで悪いが気になるもので失礼する。

>それがレッテルの効用というヤツですね。

「効用」というと、「この薬の効用は○○だ」と言う風な語句を連想する。これは薬の長所利点を主眼とした言葉。「レッテルの効用」と言った時はレッテルにはこんな長所が有るよと言うのがあなたの主張ですね。
でもね、薬には副作用という短所も有る。そっちの方が大きいのじゃないの、副作用に良く注意して服用した方が良いのじゃないの。と言うのが私の主張。
「レッテルの効用」という言い方は私には奇異に聞こえる。

>この言葉のみを謙虚に受け入れろと、という意味で言っておられるわけだ。

そうです。私が泥棒でも警官でも関係無いでしょ。

>違いますか?

違わない!?。
言葉の使用法が違うようだから、付ける必要のない疑問符だけど、付けとく事にしとく。

老婆心です

コメントを付けるときには対象の記事を熟読する必要があることはもちろんですが、その他の関連しそうな記事、(全て読めれば良いですが)最近の記事などを読まれると作者の用語法、明示されたあるいは隠された意図、反語的な表現を好むとかのくせなどを知ることが出来ます。
身のある議論に入りやすいと思いますよ。

私は認めません

>>この言葉のみを謙虚に受け入れろと、という意味で言っておられるわけだ。

>そうです。私が泥棒でも警官でも関係無いでしょ。

はいはい。はむれっとさんの「立場」は理解しましたが、あいにく私にはあなたの「立場」を認めるつもりは毛頭ありません。そんな立場を認めてしまうと、フリーハンドにイチャモンをつける「権利」をあなたに手渡してしまうことになりますからね。そんなバカなことはしません。

実際、あなたのコメントは私にはイチャモンとしか受け取れないのですよ。イチャモンでないと考えたいので、何度もあなたの立場、あなたが私と異なる考えをする根拠を明らかにせよとと要求しているのに、そのつもりはないときた。言葉だけを受け取れ、ですと? 批判のための批判を正当化するためでとしか思えませんな。

何かを主張するときには、拠り所があるんです、必ず。それを「立場」と言った。特定の立場に立てば、見えてくる風景は自ずから限られてくる。主張する側にはそういう「縛り」があるわけです。そうした主張を批判する側は何の立場にも縛られないなんて、そんな不公平なことがあるわけがない。「立場」があって主張がなされている以上、その批判にも「立場」がなければ有効な批判とはなりえない。「立場」なき批判はイチャモンでしかありませんし、そんなものを受け付けるつもりはありません。

というわけですので、はむれっとさん、ここに何かを書き込むのはこれからも自由ですが、そのときにはあなたの「立場」を明らかにしてください。そうでなければ、こちらからレッテルを貼り付けることになってしまいます。あなたの言葉にね。それが嫌ならここへこない自由もあなたにはありますよ。

失礼

早雲さま、初めまして

老婆心ありがとうございます。
あなたのお言葉に御意見申しましても
私の言葉は全てイチャモンと受け止められる様なので
控えさせて貰います。
細かい話になって誰も読んで無いと思って居りましたが
我慢強く読んで下さった様でありがとうございました。
謝意のみお受け取り下さい。

愚樵さま、おはようございます。

なかなか分かって貰えない様で残念です。

>フリーハンドにイチャモンをつける「権利」をあなたに手渡してしまうことになりますからね。

フリーハンドに意見を述べる場が欲しいですね。
無闇なレッテルは薬より毒になるとの思いを強く致しました。

>あいにく私にはあなたの「立場」を認めるつもりは毛頭ありません。

と言うことなので「席は無いよ立っとれ」ということですね。

>ここに何かを書き込むのはこれからも自由ですが、そのときにはあなたの「立場」を明らかにしてください。

私には必要性を感じない立場ですがあなたは必要だと言われる。だから私はあなたの主張を受け入れ述べさせて貰ったんです。私は無用の争いを避ける為に謙譲したのですが、それを分かって貰えて無い様です。
人権を尊びて人を尊ばないお方とお見受けしました。
自らの主張を突っ張るばかりでは深慮遠望は無理でしょう。
言い争いにしかならない。そう思っています。

>「立場」なき批判はイチャモンでしかありませんし、

だから批判というレッテルを貼らない事が肝要。
あなたに為した言は全て「批判」なのですか。
「こんにちは」という言さえ批判なのですか。

教師に意見をして席を立たされた生徒の気分ですね。
どうやら此処には居ない方が良いみたいだ、わくわくさんの気持ちが良く分かった。

>それが嫌ならここへこない自由もあなたにはありますよ。

はい、ありがとうございます。
自由を制する自由があなたには有りますので、
それを普通は「エゴ」と呼ぶのですけど、
わたしには有りませんので失礼することにします。
どうも、長らく、イチャモンを付けてお心煩わせてしまい申し訳ありませんでした。
諫臣遠ざけ佞臣侍られんことを、、
失礼仕りて候。

はむれっとさんへ。

 お疲れ様でした。ずっと見ていましたよ。笑。あなたがいっていることは、こうです。

 「私には何もわからない。だから、みんなの判断にお任せします。立場なんてありません。」

 あなたは誰なんですか?

東西南北さん

ウォッチしていただろうとは思っていましたが。

結果として私がはむれっとさんを拒絶した形になってしまいましたが、少しだけ言い訳をしておきます。

正直なところ、私ははむれっとさんをさほど不快に感じていたわけではなかったんです。面白いとすら思っていた。彼は言葉のみを受けろと言ったが、これはこれで一理あると思ったし、そう主張する彼の立場もあるんだろうとも思いました。

ただ、私にも彼の立場を受け入れられない理由があった。

彼が悪意の人間かどうかは知りません。それは東西さんがよくご存知でしょう。ただ私は彼を悪意の人間と判断するまでに至ってはいなかった。にもかかわらず彼の言葉をイチャモンと決め付けたのは、そうしなければならない理由があったからです。

この理由は新たにエントリーを設けて書きます。

宜しければ

こんばんは、早雲様
老婆心有り難うございます。
私ことハムレットははむれっとと生物学的には同一人物です。しかしはむれっとは思わぬ否認の目に遭い、むくれてしまいました。はむれっとの残念と憤念をハムレットが引き継ぎます。言葉が多少棘立つかもしれませんが
お許し下さりたく存じます。

さて、仲介の労をとらんと口出しした人を巻き込むのは少し気が引けるのですが、あなたの言葉に少々はむれっとが疑念を持っておりましたのでお聞き致したく存じます。

>作者の用語法、明示されたあるいは隠された意図、反語的な表現を好むとかのくせなどを知ることが出来ます。

はむれっとは作者に興味は無いのです。
この議論の出発点は護民官ですね、これは新法・新制度についての議論をするということです。
これの影響は、(実際はないでしょうが)国の制度の議論です。国民みんなに関わる事です。
これに発言者の立場の表明が必須でしょうか?。
国民というのは不特定多数の人と言い換える事が出来ると思います。農民だけとか労働者だけとかということではありません。特定の立場の人ではなく不特定の人々の立場を考える時に一発言者の立場が必須なのでしょうか?。寧ろ立場に囚われぬ意見が必要なのではと考えます。

またこういう事も言える。
発言者の立場を必須にして、発言と発言者を同一視することに繋がる。議論の過程で発言全てが合意をみれば良いがそんなことは殆ど不可能だろう、取捨選択が必須となるだろう。
人は自分の言ったことを傷つけられたら自分の事の様に感じるものです。取捨選択は差別と感じるでしょう、取り上げる者と取り上げない者との間に大きなさはないのだから。
一つの良いかもしれない制度でも、立場の明示はその裏側に着実に差別を明示するでしょう。

いま一つ、
立場を必須とすれば立場のない人は参加できない。
参加した者だけで作る法・制度になる。
参加した者だけのエゴが通るだろう。
参加できるのは今の国民だけ、未来の国民は含まれない。
それで出来上がったのが今の日本の借財だとも言える。
いえないかも知らないが・・・

そうか、私の立場は未来からの使者だな、おーい愚樵。
聞いてるかー、これが儂の立場や。

また一つ・・・やめとこ、、

再掲>作者の用語法、明示されたあるいは隠された意図、反語的な表現を好むとかのくせなどを知ることが出来ます。

あなたの勧めてる事は、こういう見方も出来ます。
 言い出しっぺの底根を考えろ、
 言い出しっぺの癖を考えては、
おかしいと思いました。暗黙の容認を促されてる様な気がしました。世は情報公開の時代に暗黙の了解を是認するの?、と感じた。
発案者を蔑ろにするつもりはありませんが、発案者の癖まで勘案しながら発言しなくちゃならないなんて窮屈だ。御免被りたいと思うがいかが。
そこは失礼とは思うが発案者にエゴを引いて貰いたい。
発案者のエゴにままの制度を国民に押し付けるのが本意なのでしょうか?。
それで良き制度が出来るのでしょうか、
アンダー・ザ・サンが泣いているぜ。

これはイチャモンだ、愚樵が言うんだから間違いないだろう。従って、早雲さんに答える義理は無い。
返答ご随意に

いやはや

ハムレット殿

>そうか、私の立場は未来からの使者だな、おーい愚樵。
>聞いてるかー、これが儂の立場や。

はいはい、聞いてますとも。

あなたの立場は未来からの使者であると同時に、「愛国無罪」を叫ぶ人たちの立場でもあるんですね。

老婆です

暗黙の了解を求めているのではありません。
作者は、一つのエントリー毎に、全てを語ることはできませんから、以前のエントリー内容や、コメントでのやりとりなども前提とせざるを得ません。

新規にコメントをつけようとするなら、それらも理解の上でつけなければ、議論は先に進まないことを指摘したまでです。

また、愚樵さんには、一般的な価値基準からは ? という言葉をあえて使用して読者の脳みそを揺さぶろうと言うようなくせがあることも、以前の記事をたどれば理解できます。

純粋に「論理」だけを議論するのであれば、言葉のみで判断して議論を続けることができますし、そうできるような言葉を選んで議論すべきです。

しかし、価値判断を含む議論は、自分の価値判断と比べて善悪や、優劣を論じること自体そもそも無意味です。

相手の背景を知った上で共感するとか、無視するとか、へー そんなこともあるの とか感じればよいのです。

まして、自身の価値基準の依って立つ基盤も不明確のままでは議論にすらならず、も言葉の遊びでしかありません。

早雲さん

>また、愚樵さんには、一般的な価値基準からは ? という言葉をあえて使用して読者の脳みそを揺さぶろうと言うようなくせがある

自分でも意識してはいますが、改めてそう言われると、私は天邪鬼なヤツなんだなぁとの思いを新たにしてしまいます(笑)。

これからも天邪鬼に磨きをかけていきます。

パン、パン

早雲さん、お出ましありがとなー

そうか、そんな癖持ちか、、、
ほんとに癖か?、てな要らん詮索は止めておく。
人間、多少の癖は有るからな、、、

>これからも天邪鬼に磨きをかけていきます。

この野郎、多少と言ったんだ、多々とは言ってない。(`o´)/゙
過ぎたるは及ばざるが如し、という言葉を知らないか!。
付き合いきれん、このツリーお終いや。
長崎で待ってろ、氏神にお参りして行くから。

(ー人ー)
おら、信心深いんや

愚樵さんへ。

 1:「ハムレットさんの立場は未来からの使者であると同時に、「愛国無罪」を叫ぶ人たちの立場でもあるんですね」

 まあ、正確にはハムレットさんは自分では「未来からの使者であると思い込んでいます」が、実際には「愛国無罪」を叫ぶ人たちと同じ立場である、ということなんです。

 一度、ハムレットさんと議会制民主主義の話をしてみてください。彼の本質、すなわち、自公政権擁護の立場が、よくわかります。

 一言でいって、選挙で自民党・公明党が多数なんだから、選んだ国民の責任じゃないの?って立場です。ハムレットさんは、何を選んだんでしょうね?ちなみに、東西は自民党・公明党を選んだ記憶がないのですが(笑)
 

ハムレットさんへ。

 1:「(ー人ー) おら、信心深いんや 」

 そんなものはいらんから、形式的平等と実質的平等について、述べてみてください。それとね。その関連で労使関係についても述べてみてください。労働者と使用者には弱者と強者の違いがあるかないか?あなたは、どっちも人類だ、と形式的な平等を叫んで、労働者に賃下げ、労働条件低下の責任を転嫁しますが、それでいいのですか?

 

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