愚慫空論

わくわく氏をどう扱いましょうかね...

すっかりわが愚樵空論の住人となられたわくわく氏なんですが。多数コメントを寄せていただいて、エントリーをアップする者にとってはありがたい存在ではあるのですが、残念ながらありがたくない面も多々おありの方で、私も正直なところ、対処には少々困っております。ホント、どうしたものか...。

いろいろと考えた末、思い至ったのは、ええい、いっそのこと、少数だが間違いなくいらっしゃるらしいわが愚樵空論の読者の方々に、どうしたものかとお尋ねしてみようということ。それで、当エントリーをアップした次第です。


本来、こうしたことは当ブログの管理人である、わたくし愚樵が判断すべきことだとは重々承知しております。実は、私自身は、あるひとつの判断は下しております。それは、私自身はわくわく氏との対話は継続するということ。わくわく氏は確かにいろいろと困った面をお持ちなのは間違いないのですけれども、勉強量も豊富なようですし、十分対話をする価値のある方だというのが私の判断ではあるのです。

それより何より、私は切り捨てたくないのです。いろいろと困ったことはあろうとも、対話する価値があると判断した以上、良くない面を持ち合わせていることを理由に切り捨てたくはないのです。少なくとも“自分の判断で”。こうした姿勢は、管理人としては情けない、腰抜けな態度だとご批判を頂戴するかもしれません。それでは個人運営のブログとはいえ、秩序が保てないと言われるかもしれません。わくわく氏以外の読者に不快な思いを与えると言われるかもしれません。それを承知の上で、敢えてそのように私は判断いたします。秩序の混乱を理由に、対話の打ち切りという選択をしたくはないのです。


ただ、この選択には副作用が伴います。わくわく氏が勝手に当ブログのコメント欄を仕切るという事態に陥ってしまうことです。いえ、私自身は、わくわく氏であろうがだれであろうが、勝手にコメント欄を仕切っていただいても構わないと考えています。コメント欄は小さいながらも「対話の場」であってほしいというのが私の考えであり、私が管理するブログのコメント欄であるから私が仕切らなければならない、なんて考えは持ち合わせていません。エントリーにおいては私の方から考えを述べさせていただき、問題提起はさせてもらいますが、コメント欄は読者のものであり、それはエントリーと同等の価値を持つものだと考えています(だから、エントリー本文とコメント欄の文字の大きさ等も同等に設定してあります)。だが残念なことにわくわく氏は、私と同じような考えを持ってはおられないようです。

コメント欄を独善的に仕切るわくわく氏は、コメント欄が「対話の場」であってほしいと希望する私の考えとは裏腹に、読者のみなさんの自由な対話を阻害してしまっています。私は今までに何度もわくわく氏(と東西南北氏)に注意を促してはいるのですが、なかなか聞き届けてもらえません。それで、怠慢な管理人たる私は、対話を閉ざしたくないという希望と、自由に対話してもらいたい希望との狭間でジレンマに陥っている。わくわく氏の存在は、私にとってはジレンマなのです。


ジレンマとはいっても、私はそのジレンマに対しては、ひとつの判断をしているということは、上で述べました。対話は打ち切らないという判断です。これはジレンマそのものの対話するということでもあります。ただ、そのことに伴う副作用はなんとか最小限に押さえ込みたい。皆さんの意見をお聞きしたいというのは、その副作用を押さえ込む方法、わくわく氏の独善的な仕切りに対してどう対処するかという問題なのです。つまり、私とわくわく氏との対話の問題ではなく、わくわく氏とその他の読者との対話をどのように制御するか、という問題です。この問題をアクセス拒否のようなブログ上の設定で解決できればいいのですが、ブログはそれほど柔軟な設定が出来るようにはなっていないようです。ですので、少々知恵を絞る必要が出てきます。

おそらく、読者の皆さんの中には、私の上げたエントリーのコメントはしたいけれども、わくわく氏が絡んでくる可能性が高いためにコメント見送る、という方もおられようかと思います。そうした方に対して管理人たる私がどうバックアップできるのか。そこを探りたいのです。こうしたことでコメントを遠慮されることがあっては、私にとっては損失だからです(といって、いただいたコメントにいつも返事をお返しいているわけではないのですが...m(_ _)m )。

ひとつの方法としては、コメントを書き込んでいただく際に、わくわく氏には絡んでほしくないと意思表示をしていただく、という手もあるでしょう。「No Thank you Wakuwaku」と最後に表示していただくとか(笑)。冗談みたいですが、私はかなり本気でそんなことを考えています。(その表示があってもわくわく氏が絡んだ場合には、私が管理人として当該コメントを削除します。)


方法は他にも考えられると思います。どんな方法がよいか、どのような方法を希望するか、読者の方にお尋ねしたい。これが私が当エントリーを上げた目的です。皆さんの意見をお聞かせ願えないでしょうか?

ご意見、ご希望があってコメントを下さる場合には、基本的には非公開コメントが良いだろうと思います。名乗った上で公開コメントにてご自身の希望を述べられるのはもちろん構わないのですが、やはりはばかられるところもあろうかと思いますので、私以外には見えない非公開コメントがよろしいでしょう。ただし、匿名コメントは参考には致しませんので、あしからず。名乗られてもはじめての方も同様です。匿名でも、こうした点を考慮すべきといったような公開すべき意見は大歓迎です。


このようなやり方、このようなエントリーは、スマートでない、非常に無様なものだと私自身自覚しております。こうしたやり方そのものへのご批判はもちろん、受け付けますので、どうかご意見をお寄せください。もちろん、わくわくさんもご自身の意見をコメントしてくださって構わないですよ。私のやり方が不当だ、と訴えられるのも自由です。その意見が拝聴に値するものなら、謝罪の上、こうしたやり方そのものを撤回することもやぶさかではありません。

コメント

一つの参考に

この問題を、先ごろ「情報流通促進計画」のヤメ蚊さんも話題にしていました。そこにあった「管理者とコメンターは、講師と聴衆の関係」というのに同感しました。会場からの質問は大事にするし、対面して話す程度の礼儀をわきまえてほしいが、コメンター同士の論争は場違いということになります。杉浦ひとみさんのコメント欄に「軒先を 貸して母屋が 火事になり」という川柳を入れたら、沈静したこともありました。お客さま同士の論争は別室でどうぞ、ということです。ご参考までに。

志村さんの意見に賛成です

私もあくまで「管理者」は「講師」(並みの学識と知識があり)で,「コメンター」は「聴衆」の立場とみなして,自らのブログのコメントやトラックバックを管理しています.

だから,乱暴な内容のコメントや日本語の文章になってない(つまり幼稚な)コメント,広告に誘導するトラックバックや攻撃の個人メールなどはすべて表に出さず,削除することもあります.これはブログ管理者の「言論の自由」であり,絶対に守られなくてはならない「表現の自由」でもあります.

そして,どうして俺のコメントを載せないんだと脅迫してくる連中や,2ちゃんねるなどにありもしないデタラメ話を載せたりする連中に到っては,もうたまりません.

最初から判っていた事柄ですよ

批判の為の批判、議論の為の議論は、普通は誰でも嫌がりますよ。
時間の無駄。そのような議論からは通常良い結果は生まれません。
議論の為の議論を好きな人がいると、愚樵さんは思いますか。?
そんな物好きは人は、わくわく君唯一人ですよ。そのことは、私が言わなくとも今の『脅迫?』でのわくわく君との遣り取り(議論??)でも証明済みです。
議論のようで議論になっていない。相手の主張を理解していないのか、?其れとの理解していて単に反対の為の反対を主張しているのか、どちらかでしょう。?
あとはブログ管理者の判断しだいです。
わくわく君の嫌がらせを耐え忍びながらコメントする勇気の有る人は可也のMですね。

君には言われたくない

>議論のようで議論になっていない。相手の主張を理解していないのか、?其れとの理解していて単に反対の為の反対を主張しているのか、どちらかでしょう。?

少なくとも、自分よりも知識がある人に向かって、「君は知識がないね。話にならない。」という不当な感情を抱く君に、そんなことを言う資格も権利もない。
外交記録文書(公式のやつ)を参考にして発言した私に対して、不当極まりない思考及び感情を抱いたことを真摯に反省し、謝罪し、自分のブログを閉鎖することで誠意を見せよ。

以上、反抗は一切禁止する。(激怒)

愚樵さん。強情を張るのは止めた方が

コメント欄に有る、上記のようなこんなコメントを見たら普通の正常な感覚の読者なら、そんなブログには近寄りません。
別にに頼んだわけではないが、私の主張を証明する理想的なコメントを残してくれました。わくわく君に感謝。
もともとの出発点は、愚樵さんの判断ミスですよ。
今まで、ネットウヨに対してさえ寛大な対処をしていたのが愚樵空論の良いところですが、今回はいけません。
対話を拒否して、議論の為の議論や批判の為の批判を繰り返す人物は、それ以外の読者と同列には論じるべきではない。
今の『脅迫?』の文章を、冷静に読めば私の言っていることが分かるとおもいますよ。
数行で済む主張をエントリー記事より長く書く始末。ダラダラと牛のよだれのような文章が並んでいるだけで内容が殆ど無い、わくわく君の主張を読まされる読者こそ迷惑千万。
愚樵さん。もう一度言いますが、最初の出発点が間違っていました。私が付き纏われて迷惑がっているのを面白がった罰があたったんですよ。
何ヶ月も前の話なのに、わくわく君は、今でも私に論破されたのが余程応えて根に持っているようですよ。
削除したエントリー記事を完全復元するべきですね。

反省してないのね

>数行で済む主張をエントリー記事より長く書く始末。ダラダラと牛のよだれのような文章が並んでいるだけで内容が殆ど無い、わくわく君の主張を読まされる読者こそ迷惑千万。

そう感じることが不当な感情だと言っているのが、まだわからないらしい。

>何ヶ月も前の話なのに、わくわく君は、今でも私に論破されたのが余程応えて根に持っているようですよ。

嘘をつかないように。
私が君を論破したのであって、君が私を論破したと思い込むこと自体、不特定多数が閲覧する場で言論をしてはいけない証拠でもある。
サンフランシスコ平和条約に関する資料を読んだ上で、まだ私の発言が間違いで、君の発言が正しいと思うなら、君は日本語が理解できないだけなんだろうが。

補足

>私が付き纏われて迷惑がっている

君の不当な性格からすればそうだろうね。
自分の説が木っ端微塵になるんだから。
まぁ、正確な資料から評価を下した私に対して、不当な感情を抱き、不当な発言をし、不当な扱いをしようとしたことについて、人間としてきちんと反省し、自分のブログでも謝罪文をきちんと書くように。

食べ物にたとえましょうか

逝きし世の面影さん

私は悪食といいましょうか、なんでも食ってしまうところがあるんです。見てくれなんかゼンゼン関係ナシ。ゲテモノであろうがなんであろうが、食えるものは何でも食う。何でも食ってやる、何でも食える、っていうのが私のポリシーでもあり、自負しているところでもあるんです。

このたとえで言うと、わくわく氏はゲテモノでしょう(笑)。このたとえにわくわく氏がどう感じるかはわかりませんが、大方の意見は一致するだろうと思います。そのゲテモノを私は喰らいたいんですよ。いっぱい口の中にトゲが刺さったりしますけどね。食ってみれば栄養がないわけでもない。

ただね、私はゲテモノ食いでも皆さんはそうではないだろう、と思うわけです。そこが悩みのタネで、このエントリーという次第。他人が食っているものでも、ゲテモノを食べている姿は不愉快だろうなぁ、と。それにこのゲテモノは、自ら読者の口の中へ飛び込んでいく性質も持ってますから(笑)。やっかいで。でも、中には
“イケルじゃない?”なんて人もいるから、世の中面白い(爆)。

私はまだまだ楽しんでます。スミマセン。

*****

わくわくさん

ゲテモノ呼ばわりして申し訳ありませんね。あくまでたとえですから。それに、この程度のことで堪える神経の持ち主でもないでしょうし?

それにしても、あなたの反応も変りませんね。おそらく逝きし世の面影さんは、私の優柔不断さへの当てこすりも含めて敢えて公開コメントにされたのでしょうが、そうしたテクニックを学ばれてはいかがかと思います。いつもいつも謝罪要求一点張りでは、観衆は白けてしまいます。こんな空間でも他の人が見ているという意識は常にしておいたほうがいいと思います。

皮肉やホメ殺しなんてテクニックを会得されたら、いままで敵に回りがちだった観衆を味方につけることが出来るかもしれませんよ?

******

志村さん、kaetzchenさんをはじめ、みなさん、コメントありがとうございます。皆さんの意見を参考にして、もう少しわが愚樵空論のあり方を模索してみます。

重ねて一言、申し添えておきたいのは、私は皆さんのように勉強を重ねた知識のある人間ではないということです。ですので、講師および聴衆というあり方は、私ごときには不遜に過ぎるという思いがあります。私が吐けるのは、せいぜい他人と違った観点からみた意見でしかありません。違った観点から見た意見を、同じ立場で(講師・聴衆といった上下関係ではなく)批評していただきたいと思っているのです。

やはり削除した記事を復活すべきですね

わくわく君は、私が説明するまでも無く、上記のとうりですよ。
自身が論破された厳然たる事実にさえ、背を向け、自分の世界のなかで生き続ける事が出来る特殊な才能の持ち主ですね。
前にも言ったように、愚樵さんの最初の判断ミスが後々に禍を残す典型例ですね。
わくわく君が、何か一つ、私の大きな思い違いの指摘して下さるなら、謝罪でも土下座でも何でもするんですがね~え。
命を取られるわけでもなし。近頃の若者と違い、謝罪することは、それほど苦になりません。
わくわく君の主張は、・・・・誰でも知っていることをダラダラ説明されても白けるばかり。

対米従属論議で、議論(勝敗)の先が見えた段階で、わくわくに赤っ恥ををかかせては気の毒だと、情けをかけたのが、私の失敗でした。
そんなに恥をかきたいのなら仕方がありません。
愚樵さん。もう一度言いますが、削除した記事を再掲載すべきですね。

えっと?

逝きし世の面影さん

お言葉ですが、私には記事を削除した憶えはありません。逝きし世の面影さんの記憶違いでは?

愚樵空論のエントリー『逝きし世の面影』に付けていただいたわくわくさんと布引さん(現在、HN逝きし世の面影さん)のコメントは削除いたしましたが、別のエントリーにていただいた文章を再掲載してあります。特に布引さんの文章は、ほとんど削除していません。わくわくさんの文章については、罵詈雑言で埋め尽くされるようになった分は再掲載しませんでしたけど。

エントリー『コメント欄の整理』をご確認ください
http://gushou.blog51.fc2.com/blog-entry-90.html

愚樵さんへ

>それにしても、あなたの反応も変りませんね。おそらく逝きし世の面影さんは、私の優柔不断さへの当てこすりも含めて敢えて公開コメントにされたのでしょうが、そうしたテクニックを学ばれてはいかがかと思います。いつもいつも謝罪要求一点張りでは、観衆は白けてしまいます。こんな空間でも他の人が見ているという意識は常にしておいたほうがいいと思います。

嘘つきに迎合する必要は微塵もありません。
私に対する感情や態度がこのようでは、「日本人に人権=ブタに真珠」です。

やれやれ

わくわくさん

>嘘つきに迎合する必要は微塵もありません。

なにも迎合しろと言っているのではないのに。モノいわぬ観衆を意識しろと言っているだけなのに。

嘘つきが事実なら、その人は確信犯だから翻意させるのは困難でしょう? しかし、みなみなが確信犯というわけではない。多くの者は最初は懐疑的なんですよ。その人が真実を語っているかどうかを見極めようとしている。

その際に重要なファクターになるのが「態度」です。わくわくさんの「態度」は、わくわくさん自身の言説の理解を妨げている。そういう事実を指摘しているだけなんですけどね。

これは事実ですよ。「態度」に惑わされるものは愚か者なのかもしれませんが、だとすれば、世の中愚か者ばかりです。皆が皆、他人の言葉の真意をすぐさま理解できるならば、こんなわけのわからない世の中になってないでしょう。

わくわくさんはね、相手をやり込めることに夢中になってしまっていて、その他大勢の人を視野に入れていない。だから私はこのようなエントリーを立ち上げなければならなくなるんですよ。あなたもここの住民だと認め、その住民が好き勝手な振る舞いをするがゆえに。

いいかげん、そのあたりの「現実」を理解してください。わくわくさんのコメントにはしばしば現実論がありますが、大きな現実論をぶってみても、己の足元の「現実」が見えないようでは信用に値しないという話になる。信用なくしては、そもそも話を聞いてもらえません。そういう「現実」をです。

わからない者は放っておけ、というなら、私も話が通じないものは切り捨てる、ということになるのですが?

愚樵さん。

表現に正確さが欠けて誤解を与えたようです。
前前回>削除したエントリー記事を完全復元するべきですね。
前回>削除した記事を再掲載すべきですね。
の意味は記事と揃いのコメント欄の完全復元の意味です。
確かに、わくわく君のコメントをそのまま自分のブログ掲載することは、正常な判断力があれば誰でも躊躇います。
躊躇する 理由を考えてみましたか。?

>わくわくさんの文章については、罵詈雑言で埋め尽くされるようになった分は再掲載しませんでしたけど。<

公開に値しないコメントだからですよ。
>罵詈雑言で埋め尽くされるようになった・・・
からでは無い事に気が付くべきです。
世の中に核心を突いた、気が利いた、『悪口』、『罵詈雑言』ほど、読んでいて爽快になるものはありません。
古今東西その様な読み物が名文として歴史にも残されています。
一定の形式から外れなければ、褒めたことになるので、人を褒めたり煽てるのは誰でも出来る。
しかし逆に、簡単なようで相手を罵倒するのは、容易ではない。
相手を貶める心算が、相手以上に自分自身を貶めてしまう。
小さい子供のはやし言葉『アホ言うものがアホじゃ』
この言葉、案外大人の方が、より当てはまります。
大人同士の討論においては、意味の無い罵詈雑言を言った人物は、その段階で討論の資格が無い、或いは其の討論に敗北したとみなされます。
こんな事は、ブログの品位を保つ為、ブログ管理者の愚樵さんが言うべきことです。
このままわくわく君を放置すれば、愚樵空論が早晩わくわくブログに変質するは必定。
このコメント欄も本来ならこそこそと秘密(非公開)にせず討論形式にすれば今よりもっと実が有る内容が議論が出来たはずだか、空論読者諸氏は、わくわく君を怖がって公開形式では投稿出来なかったことに、愚樵さんは少しは責任を感じるべきでしょうね。
このままでは普通の神経の人は、怖くて記事にコメントできませんよ。
公共投資や道路暫定予算の話でも、馬鹿馬鹿しいわくわく路線しか話は進まない。
地方の道路建設は、7割の国からの補助が有っても3割は地元負担で、その半分が地方債で賄われる。
地方交付税の削減で今や全ての自治体が夕張市状態の中で、破産目前で一円の金でも欲しい自治体にとっては、道路予算は喉から手が出るほど欲しい代物。
しかし一時的には助かっても、やればやるほど債務を膨らまい、地方財政を破綻させる。麻薬と全く同じ仕組みですね。
わくわく君、悪行の為に、あちらこちらのブログを出入り禁止になっているので、少しは懲りてブログ管理者に阿る技術は取得したようですが、道路予算のような毒物であることに変わりは無い。

逝きし世の面影へ

>大人同士の討論においては、意味の無い罵詈雑言を言った人物は、疎の段階で討論の資格が無い、討論に敗北したとみなされます。

はい、だから君は私に謝罪する義務があるのです。
それに気づかないようでは、君に言論の自由は「ブタに真珠」でしかありません。
私への数々の不当な発言及び感情を真摯に反省すること。

愚樵さんへ

私がブチ切れた理由をご存知ですか?

外務省の公開文書を根拠とした発言について「勉強不足だ」「知っている者にはごまかせない」という不当な発言をした上に、謝罪どころか開き直ってこの態度ですからね。

私を出入り禁止にするような人間が、何のペナルティも受けることなくブログをできる状態だからこそ、「日本人に人権=ブタに真珠」なのです。

逝きし世の面影さん

>このままわくわく君を放置すれば、愚樵空論が早晩わくわくブログに変質するは必定。

わはは。そうかもしれません。まあ、けれど、そんなにご心配召されませんように。この『愚樵空論』の最終的な権限は私にあるのですから。わくわくさんを締め出すのはいつでも出来ること。

そりゃ、ズルズルと引き伸ばせば、コメント欄を対話の場にしたいという私の希望からは遠ざかるばかりかもしれません。まあ、しかし、希望が叶わないなんてことは良くあること。私は、私が独裁者になって希望を叶えるか、独裁者であることを諦めると同時に希望をかなえることも諦めるか、と問われれば、間違いなく後者なんです。もともとブログは管理人が独裁者というシステムですが、そうでないブログがあってもいいじゃないですか(笑)。

******

さてもさても、わくわくさん(笑)。

どんな言葉を投げかければあなたに通じるんでしょうね?

>私を出入り禁止にするような人間が、何のペナルティも受けることなくブログをできる状態だからこそ、「日本人に人権=ブタに真珠」なのです。

ブログなんて、玉石混交でいいんじゃないですか? 今、この日本にいくつブログが開設されているかは知りませんが、大半は“石”なのは定説でしょう。ブログ開設者ばかりでなくコメンテーターも、ね。その現実を“ブタに真珠”なんて呪文を唱えてみたところでどうしようもないでしょう? 問題は、あなたが“玉”なのか“石”なのか、ということです。

わくわくさんの認識では、わくわく=玉、逝きし世=石なんでしょうね、きっと。で、玉が石に傷つけられたから謝罪せよ、というわけで(笑)。

しかしねぇ、石に傷つけられる玉なんて、玉であるとしても大した玉ではないわけです。あなたが謝罪を求めて傷つけられたと叫ぶたび、あなたは自分自身で自分が大した玉ではないと宣伝していることになる。逝きし世さんのように、軽くあしらってしまった方が立派な玉のように見える。私が言っているのはこうしたことなんですが、ね。

わくわくさんは、自らを大した玉だと自認するなら、それらしく振舞いましょう。安いプライドほどすぐに傷つく、ともいいますしね。

このブログで起こったこと。

悪貨(=「逝きし世の面影」とそれを排除しない輩)が良貨(=「わくわく44」)を駆逐する。

まさに、日本国民に日本国憲法が「ブタに真珠」であるこれ以上ない証明がなされている。

終わり。

わくわくさん

またまたおかしなことを。ここへコメントできると言うこと自体が、あなたが駆逐されていないことの証明なのに。

それともご自分から駆逐されたことを認めるんですか?

『逝きし世の面影』という愚か者の言動を「正しい」と評価し、「間違い」だと断定せず、私の言動を批判することだけでも『悪貨が良貨を駆逐する』状態。

私の言動を「聞きたくない」「受け入れない」という人がいる時点で、『日本人に基本的人権』とは『猫に小判』である。

『逝きし世の面影』や『東西南北』という、言論の自由の敵が二度と言論行為ができないような状態にならない限りは、「日本人に民主主義」とは「ブタに真珠」である。

終わり。

おや

わくわく44さん、こんなところで、こんちは

アルファベットをひらがなに変えたのですか?。
経緯はさっぱりですが、お久しぶりです。
彼の箇所はアクセス制限された様で、追い出されてしまいました。

> (前略)「日本人に民主主義」とは「ブタに真珠」である。

一票!。

(追加)
少し読み返してみました。わくわくさんはあまり好感を持たれて無い様ですね。
見識のある良い方だと思うのですけれどね。
多分白黒のメリハリを期待されては無理だと思います。
そういう話はあまりしない人だと記憶してる。
誤解されると思います。

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“愚樵”改め“愚慫”と名乗ることにしました。

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