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愚慫空論

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『お金2.0』

このような本が昨年の内に出版されていました。



一読して、嬉しくなった。そして安堵しました。

嬉しくなったのは、ここに書かれている内容が当ブログで書き連ねていたこととほぼ一致するからです。

時間貨幣を「お金2.0」と呼ぶ。
時間貨幣とは、新しい技術で装いを新たにしたゲゼル通貨。時間とともに減価する貨幣。

安堵したのは、「お金2.0」の構想を持ち、その実現に向けて歩み始めている若者がすでにいることに、です。




本書の「はじめに」の部分は、アマゾンのKindle のサンプルページで読むことができます。

現行の「お金1.0」は、非情に(←誤変換に非ず)大きな効用をもつツールですが、同時に、非情であるがゆえに、大きな副作用も持つ。著者は、その副作用の身を以て体験している。

そこで純粋に思ったのが、 お金をたくさん持つ家に生まれた子供はたくさんの機会が与えられ、 そうでない家庭に生まれた子供には選べる道が少ない、ということでし た。

「人生って平等じゃないんだな」



でも、折れない。

幼少期からずっと自分の人生に影響を与え続けてきた「お金」の正体を掴み、今よりも良い社会の仕組みを自分の手で実現しようと考えました。



 かつて、電気の発明が人間の生活を一歩前へ進め、医学の進歩が疫病から多くの人を救い、身分の解放が個人の一生に多くの可能性をもたらしました。
 同様に「お金」や「経済」もまだまだ進化の途中にあり、人間は今とはもっと違う存在を目指せると、私は信じています。



この「信じる」には、大きな共感を覚えます。
ぼくもそう信じているからです。
当ブログではその「信」を、また「信」に至る過程を表明してきたつもりです。


本書の内容は、目次を眺めれば大方の見当はつくでしょうか。

第1章 お金の正体
 ・お金とは何か?
 ・仮想通貨は鏡の世界?
 ・膨大なデータから見えてきた「経済システム」の構造
 ・経済とは「欲望のネットワーク」
 ・人の手で経済は創れるか?
 ・発展する「経済システム」の5つの要素
 ・ビットコインに感じた「報酬設計」の秀逸さ
 ・持続的に成長する組織の条件
 ・「小米(シャオミ)」に学ぶ経済圏の作り方
 ・経済と脳の深い関係
 ・自然の秩序に反したルールの危険性・
 ダ・ヴィンチには見えていた〝ひとつの世界〟
第2章 テクノロジーが変えるお金のカタチ
 ・今起きているのはあらゆる仕組みの「分散化」
 ・分散化する社会とシェアリングエコノミー
 ・中国がリードするシェアの世
 ・国家を代替するトークンエコノミーの可能性
 ・「自律分散」という次世代の成功モデル
 ・AIとブロックチェーンによる無人ヘッジファンド
 ・テクノロジーによって経済は「作る」対象に変わった
第3章 価値主義とは何か?
 ・限界を露呈し始めた資本主義
 ・資産経済の肥大化と金余り現象
 ・資本主義から「価値主義」へ
 ・「共感」や「感謝」などの内面的な「価値」の可視化と流通
 ・「評価経済」の落とし穴
 ・社会的な価値
 ・ソーシャルキャピタルの可視化
 ・ベーシックインカム普及後の「お金」
 ・複数の経済圏に生きる安心感・
 タイムバンクとVALUの正体
 ・デジタルネイティブからトークンネイティブへ
 「価値主義」とは経済の民主化である
第4章「お金」から解放される生き方
 ・人生の意義を持つことが「価値」になった世代
 ・「儲かること」から「情熱を傾けられること」へ
 ・人間の心は放っておくとすぐサビる
 ・「お金」のためではなく「価値」を上げるために働く
 ・枠組みの中での競争から「枠組み自体を作る競争」へ
第5章 加速する人類の進化
 ・お金にならなかったテクノロジーに膨大なお金が流れ込む
 ・電子国家の誕生:エストニア
 ・宗教と価値主義
 ・「現実」も選ぶ時代へ
 ・人類の経済圏は大気圏を突破する
 ・「お金」は単なる「道具」である



カギは、「経済は人の手で創れるか?」でしょう。
これまでの経済は、人間の活動でありながら、人間の手で創ることができない、つまりは人間がデザインすることができないものでした。アダム=スミスの有名な言葉、「神の見えざる手」です。神がデザインするものだった。けれど、現在に至って人類は、経済をデザインするだけの能力を手に入れることができた。

お金をいくつもデザインすることができる。
そうなるとお金を選ぶことができるようになる。
自分にとって都合のいいお金を選ぶことができるようなれば、経済活動の中心は「お金」から別のものへと移っていく。

著者はそれを「価値」といいます。

若干をツッコミを入れれば、その「価値」についての考察は甘いと感じます。漠然としている感がある。
もっとも、そもそも「価値」とは多様ですから漠然としているのが道理です。著者が想像する「新しい経済」は、「価値」の多様性をダイレクトに担保する社会です。

「ダイレクトに担保」とは、国家や企業、あるいは共同体といった組織や集団を介せず、直接に個人を担保する事を指します。そうなると個人は、【社会に適応する】ことから〈社会をつくる〉ことへと活動の主軸を移すようになります。

 参考 (^o^)っ 







当ブログは、ぼくのなかでは、そろそろ役割が終わったという感を抱いていました。その感は、本書との出会いで確信に変わった。

「新しい経済」は、紆余曲折はあるでしょうけれど、いずれ到来するでしょう。人間は「新しい道具」を手に入れたなら、それを使わないではいられない生き物ですから。「新しい経済」の到来は間違いないといっていい。

ただ。
「紆余曲折」があまりにも曲折過ぎて、新たな到来の前に人類社会が大ダメージを受けてしまい、復興よりも復旧から始めなければならないという事態は予想できます。人類は「使うに使えない道具(核)」も手にしてしまっているから。それはそれこそ、「人間を信じる」しかない。

人間を信じる。
人間は信じるに値する。
そのことをぼくは「性善説」と言ってきました。
といって、漠然とただ信じよ、信じるものは救われるでは、旧来の宗教と同じです。だから、信じるに値する根拠が欲しかった。根拠をささやかながらでも提供できたら、いや、提供できるような根拠を考えることができたらと思っていました。考えることはぼく自身のため、という意味も含めて。

考え書き続けることは今後も辞めるつもりはありません。ただ「根拠を提供する」ことは、もはや不要でしょう。そうしたことを考える者が出現し、考えるのみならず、構想し実現に動きだす者が現れた。

ぼくにとっては「実現する」ことよりも「考える」ことの方が、どうやら重要のようです。そういう生き方が性に合っている。だから書き続けることは辞めないけれども、やはり舞台は移そうと思います。現に主戦場はFC2から NOTE へと移っています。

次に考えていきたいのは、「新しい経済」が来ることを前提に、「価値」のあり方を考えて言語化していくことです。すでに幾分かはここで展開しているつもりだし、ぼくのなかでは大筋ですでにまとまってもいます。なので課題は言語化。主軸をそちらへ、舞台の引っ越しとともに移そうと思います。

最後の更新、というわけでもないつもりですが...。

コメント

想像的繰り返しを恐れないで

久しぶりの訪問だったのですが、随分と達観したお言葉が並んでいます。
さいごにある、
>「価値」のあり方を考えて言語化していくことです。すでに幾分かはここで展開しているつもりだし、ぼくのなかでは大筋ですでにまとまってもいます。なので課題は言語化。主軸をそちらへ、舞台の引っ越しとともに移そうと思います。
言語化を続けていただきますように。オクタビオ・パスだったと考えますが、「創造的繰り返しを恐れるな。」言語の繰り返しこそ、それを少しずつずらしながらの繰り返しこそ、読む者に新たな希望と力を与えてくれるはずです。

薬の理屈の追求者さん

コメントをありがとうございます。
そうですか、達観と受け止められましたか。ぼくとしては希望を綴ったつもりだったのですが。

「繰り返し」は、飽きることなく繰り返しております。舞台を移して。
本文にリンクがある note.nuが今の舞台です。当ブログを舞台にしていたころよりも、よほど「繰り返し」を重ねておりますとも。

もしよろしければ、いえ、ぜひ、そちらもご覧くださいませ。

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