愚慫空論

経済はディープラーニングである

前記事はこちら (^o^)っ 『【教育】が阻害するもの』

結論はタイトルに書きました。
〔経済〕そのものがディープラーニングと同じ構造をしてます。



〔貨幣〕は、〔経済〕というディープラーニングによって出力された「特徴値」。


〔経済〕はさまざまなモノやサービスなど、〔人間〕が〔価値〕があると考えるものの「やりとり」です。
さまざまな〔価値〕はラーニング回路に入力されます。
サピエンスは生体的ラーニングマシンですから、
 モノやサービスに〔価値〕を見出すこと、
 〔価値〕をラーニング回路に入力することを、
無意識下で全自動でやってのけます。
そして、しばらく時間をおいて、一定の「特徴値」を出す。

「特徴値」はシニフィエ、愚慫の言葉でいうと〈霊〉です。
それがなんらかの「記号(シニフィアン)」と結びつけば〔言葉〕として完成する。
歴史的に見て、ユーラシア大陸では金銀がその「記号」として最も適していた。

そうして誕生した〔言葉〕が〔貨幣〕です。

金銀が〔貨幣〕になったのは、巨大なディープラーニングの成果です。
その巨大さが実現するには、ユーラシア大陸という広大な経済域が必要だった。
ユーラシア大陸におけるディープラーニングは、さらに進んで、コインを鋳造するようになった。

このディープラーニングには『銃・病原菌・鉄』で指摘されていたユーラシア大陸の特徴も関係しているのかもしれません。

 

つまり、ユーラシア大陸は東西に長いという特徴。


〔経済〕が入力で〔貨幣〕が「特徴値」であるようなディープラーニングは、他にも種類があります。
たとえば、〔世界〕が入力で〔神〕が「特徴値」であるようなディープラーニング。

これらのディープラーニングの特徴は、わけがわからない、通常のサピエンスの知性では理解不能だということです。
〔貨幣〕も、〔神〕も、〔人間〕が創造した概念、虚構です。
なのにわけがわからない。

現在、AIは、同じ「わけがわからないもの」にまで発展しています。
AIが超一流の棋士と将棋で対決をすると、AIが勝ってしまう。
AIの指し手は、超一流の棋士でも理解ができない。
なぜその差し手になるのか、思考過程の想像がつかない。
だけど、現実として、AIが勝つ。
AIは人間が作ったものなのに、AIが勝つ。

「アルゴリズム」です。

が、このことはサピエンス自身についても言えます。
サピエンスはディープラーニングをしますが、ディープラーニングの過程は当人にもわかりません。
わけはわからないけれど、何らかの「出力値」は出てくる。
わけはわからないけど「知」になっている。
だから、この現象は「暗黙知」と言われています。



さらに。
ディープラーニングは、サピエンスの脳と脳を模した人工知能のなかでしか起きないわけではない。
生体的ディープラーニングマシンである〔人間〕が営む〔社会〕でも起きる。
歴史的に、時間をかけて。


経済活動はユーラシア大陸全域に広がった。
ゆえにユーラシア大陸全域でのディープラーニングが起きて、金銀が〔貨幣〕となった。
〔神〕のほうは、〔経済〕ほど広くはなかった。
なので、地域に風土にあったディープラーニングが起きた。
乾いた地域では一神教。
湿潤な地域では多神教。


〔経済〕はサピエンスの物理的活動を間接的に規定します。
〔帝国〕はサピエンスの物理的活動を直接的に規定します。
〔宗教〕はサピエンスの精神的活動を間接的に規定します。

ちなみに、サピエンスの精神的活動を直接規定するのは、薬物。
なので、科学がサピエンスの精神的活動を直接規定するものになってしまうかもしれません。

身体は物理的ですから、〔経済〕の方が〔宗教〕よりも強い。
そして、物理も精神もサピエンスの身体的活動、愚慫語でいう〈からだ〉を規定してしまう。


〔貨幣〕も〔皇帝〕も〔神〕も、わけはわからないけれど、「クオリア」があったりします。
社会的ディープラーニングの成果を、サピエンスの個体が後追いでディープラーニングすることは可能です。
そうした場合には「クオリア」が生まれる。

神への崇拝。
日本であるなら天皇への愛着。
一部の人にとっては、これらは「生き生き」したものであることに疑いはない。
彼らは、その方面のディープラーニングを成し遂げたのでしょう。


けれど、ディープラーニングには時間がかかります。

〔社会〕は歴史的時間をかけて、〔貨幣〕や〔神〕といった「特徴値」を出力した。
これはサピエンスが根源から社会的な生き物だからこそ為しえた離れ技でしょう。
それを個人が追体験することはできる。
できるけれど、時間がかかる。

一方で〔社会〕はすでに、〔貨幣〕や〔神〕によって秩序づけられています。
そうした〔言葉〕がなければ、大きな〔社会〕を維持することができない。
そして、そのような〔社会〕の中に、子どもは生まれてきます。

子どもも、いずれ、すでに成立している〔貨幣〕や〔神〕による秩序に従わなければなりません。
けれど、自身のディープラーニングで〔貨幣〕や〔神〕に至るのは容易なことではない。
多くの個体はそこにまで至らない。
時間がかかるどころか、時間が足りない。
ゆえに、〔貨幣〕や〔神〕は【貨幣】や【神】になってしまいます。


【貨幣】や【神】にわけもわからず従うことは【教育】に他なりません

現代の社会では〔神〕の領域は減少しました。
代わりに〔貨幣〕の領域が増大した。
生活の隅々にまで〔貨幣〕は浸透してしまっています。

ですが、ほとんどの〔人間〕にとって〔貨幣〕は【貨幣】です。
そうなると、生活することそのものが【教育】になってしまいます。
経済活動をすればするほど、【教育】されて霊性が阻害されます。
生活が生き生きとしたものにならない。


【教育】から逃れる術のひとつは、貨幣を潤沢に所持することです。
【社会】で生きて続ける限り、それしか方法がありません。

もうひとつは、【社会】から一旦、離脱することです。
一度【社会】から離脱し、【教育】による阻害から免れて〔神〕や〔貨幣」という「特徴値」を出力するディープラーニングを達成すること。
これが為しえれば、【社会】へと復帰しても、もはや【教育】は受けなくて済みます。

そういった個体は、稀には出現するでしょう。
しかし、多数がディープラーニングを達成するのは、理想として想定はできても現実的には不可能です。


では、どうすればいいか?



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