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愚慫空論

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子ども性格はこうしてできあがっていく

またしても『NewsPicks』で見つけた記事から。

今回はオリジナルの有料記事ではなくて、ダイアモンドオンラインの記事。

 『子どもの性格はこうしてできあがっていく』

アルフレッド・アドラーの心理学に基づく記事です。


アドラーは「性格」のことを“ライフスタイル”という呼び方をします。

一般に“ライフスタイル”という言い方は、「選択の可能性」を想起させます。
が、アドラーの言い方は逆で、「選択の不可能性」ゆえの“スタイル”です。

これは“動物のライフスタイル”という言い方をしてみると理解しやすい。
イヌにはイヌの、ネコにはネコの、ウマにもウシにも、それぞれの身体がある。
それぞれの身体に基づいた生存戦略がある。
身体性を基盤とした生存戦略に沿った行動様式は、動物の場合は“本能”と言われます。

そう、アドラーのいう“ライフスタイル”とは、サピエンス以外の動物においては「本能」です。
サピエンスの場合、他の動物で観察されるような本能はないように見える。
でも、動物と同様の機序は働いている。
つまり、生存戦略によって獲得した行動様式。
それは一般に“性格”と呼ばれる。

アドラーは、性格は変えることができるといいます。
なぜなら、〔人間〕は「生き方」を変えることができるから。
「生き方」とは、つまり、生存戦略です。
成長をし、柔軟な身体性を獲得した〔人間〕は、他の種とは違って、生存戦略を変更することができる。

アドラーによれば、「性格」いや「ライフスタイル」は、生存戦略ゆえに行動様式なのだから、
生存戦略が変われば自ずと行動様式も変わる、ということです。

が、これは成長したいわゆる“大人”の話です。
未成熟の子どもは、そうはいきません。
身体が未発達で、生存能力に乏しいサピエンスの子どもにとって可能な唯一の生存戦略。
それは、大人(親)の愛情を獲得するということです。

 

子供にとって家族は「世界そのもの」であり、 
 親から愛されなければ生きていけない。
 そのための命がけの戦略が
 そのまま性格の形成につながるのだ。



ぼくの個人的な所感ですが。
こうしたアドラーの「ライフスタイル」の発想は、〈裡なる欲求〉を軸に考える野口晴哉師の思想に近いものがあります。



子どもにとって家族は「世界そのもの」。

この記述が当てはまるのは、3才までの乳幼児期でしょう。
乳幼児期の子どもの生存戦略がいかに成功するかは、当然、後々に大きな影響を及ぼします。

乳幼児期の生存戦略に成功した子どもは、“根拠のない自信”を獲得することができる。
“根拠のない自信”とは、「自愛」です。

学童児期になると依存と反抗の間を揺れ動きながら、自立の準備を進めていく。

学童児期に獲得していく能力は、感性と意志でしょう。

 この世界には、「楽しいこと」と「つまらないこと」ことがある
 この世界には、「やりたいこと」と「やりたくないこと」がある

思春期に入り、第二次性徴が現れるようになると、自立への第一歩を踏み出す。
その頃には、世界は家族から〔社会〕へと広がりつつある。

思春期に獲得する能力は、知性と理性。
知性と理性は〔社会〕で生きるための能力です。

 この世界には、この世の中には「大事なこと」と「くだらないこと」がある
 この世界には、自分に「出来ること」と「出来ないこと」がある。 


思春期に性欲が発動を始め、同時に〔社会〕へ適応する能力も発達を始まる。
半面、それまでの生存戦略の失敗が露わになるのもこの時期でしょう。
それは、現代人の場合は、「恋愛」という形になって現れることが多い。


恋愛は誤解であり、錯覚です。
「恋に恋する」のが恋愛というものの本質だとぼくは考えます。
ごくごく平凡な意見と同様に。

誤解が生まれるのは「理想像」が生じるからです。
心の内に生じた理想像が性欲によって押し出されて、現実の相手に投射されてしまう。
現実の人物が理想像であることは稀ですから、ここに誤解と錯覚が生じる。



が、そもそも、理想像が生じなければ誤解も錯覚もありません。
では、「理想像」はどこから生じるのか?

ぼくの個人的な体験によると(笑)、それは【心の傷】です。
思春期に至るまでに満たされなかった欲求の瑕疵。
これが【心の傷】です。

「理想像」は【心の傷】の逆転写像。

ええ、ということは、【心の傷】のない人は恋愛をしません。
(エビデンスはありませんがww)

恋心の深さは【心の傷】の深さ。

恋愛はしばしば命がけに、相手が「世界そのもの」になることがあります。
これは甚だ危険な状態ですが、乳幼児期に成功しなかった生存戦略への再挑戦だと考えれば得心がいきます。



思春期になってからの生存戦略が成功する可能性は、さほど高くありません。
けれど、成功した場合には「生き方」が変わり、「ライフスタイル」が変わり、「性格」が変わる。
「心の傷」を負ってしまった〔人間〕は、その可能性を見出すからこそ恋愛に憧れずにはいられないのだと思います。

とはいえ、多くの場合が失敗の終わるのは【心の傷】ゆえにでもあります。
自身の「理想像」と現実の相手は違う。
違うものをフィッティングさせるには、相手に変化を促すことはもちろん必要だけれど、自身も自分の【心の傷】をどうにかしなければならない。【心の傷】を抉ることも必要になってくる。

が、皮肉なことだけれど、【心の傷】を抉るような冒険をできるのは、“根拠のない自信”を抱くことができている者...。


コメント

なんか久々この歌を聴いたなぁ。

思春期のころセンチメンタルに浸って聴いたときよりかなり冷淡な耳で聴いてる ^^;

たぶん壊れたベッドのうえの心の傷を持ち寄った二人は別れる、ちゅうか上手くいかない気がするのだけどどうだろう。

【心の傷】を抉るのが必要であるとして、抉るのは自分自身だけど、一人でできる作業なのか? やはり他者の関わりが必要のような気はする。

さて、【心の傷】を持ち寄った者同士という関わりで、互いのライフスタイルを変えることができるのか? 無理だろうなぁ〜 orz

ふたりは別れる。まあ、おそらくはそうでしょうね。
けど、そうでない未来(?)を望む自分もいたりしませんか?

この歌が響くのは、そうした切ない願望を抱えているからですよねぇ...?

この「願望」こそ【心の傷】なんですけどね。

互いのライフスタイルを変えることができるのか?
大変困難だとは思います。
でも、不可能だとは考えません。
そういう方法論はあるはずだと、敢えて考えることにしています。

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