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愚慫空論

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マル激トーク・オン・デマンド・選挙特番



選挙前に放映された番組なのでイマサラ感が....。

前半の最高裁国民審査についてはありますが、後半はないんですねぇ。
いろいろと考える材料を提供してくれて、面白いです。

前原さんや小池さんの「器」の話。
共産党の立ち位置の話など“今の政治”を理解、というより解釈するのには大変面白いです。

そのあたりにクダグダ絡むのもいいけれど、どうせ収拾はつかないし、宮台さんたちの対話にも終着点があるわけでありません。話は拡大して、世界的な政治状況の大枠の話題になっていきます。



これが、その「大枠」を示す図です。
縦軸に 市場主義―再分配主義
横軸に 参加主義―権威主義 を配したこの図は、「大枠」を理解するには有効な補助線になると思います。


 第一象限には、新自民
 第二象限には、リバターリアン
 第三象限には、民主党
 第四象限には、旧自民党

と、それぞれ記入されていますが、ここはスルーです。
「大枠」に映し出した日本政治の現状ですけれど。

注目したいのは、世界の現状のほうです。

 第一象限には、米国的伝統
 第二象限には、Eガバメント
 第三象限には、欧州的伝統
 第四象限には、日本的保守

とそれぞれあります。
これらを歴史的な流れで見てみたい。
もちろん、ぼくの勝手な解釈です。

歴史的といっても、出発点は科学革命以降。
それも18世紀以降の、ヨーロッパが中心となった世界システム構築以後です。

ヨーロッパを中心に世界システムが運営されていた時代には、再配分主義もなければ参加主義もまだ出現していませんでした。つまり、市場主義と権威主義の第一象限しか存在しなかった。
参加主義と再配分主義が確立するのは20世紀になってから。

ヨーロッパこそがながらく第一象限の本場だった。
20世紀になってから確立といっても、実はそれらが出現したのはヨーロッパのなかでも後進国だったドイツ。
男女とも参加することができる普通選挙の実現、社会権を確立したワイマール憲法、ともに第一次世界大戦後のことです。

ヨーロッパの長い伝統に比べれば短いものでしかない第三象限での立ち位置が、なぜ欧州的伝統なのか?

理由その1。本場を米国に奪われたから。
理由その2。日本における9条のようなもの。


「その1」は説明の必要がないでしょうが、「その2」は少し説明が必要です。

第二次大戦までは、ヨーロッパが第一象限の本場でした。
帝国主義の列強国が並立していて、広大な植民地を経営していた。
それが戦後、次々と独立して、ヨーロッパの没落が始まった。

第一次大戦から二次大戦までの間、ヨーロッパは悪あがきをしていました。
なんとか本場を維持しようとしていた。
顕著な例は、世界恐慌を発端に始まったブロック経済でしょう。
各々の国が抱える植民地で、それぞれの経済を閉じようとした。

もともと市場主義は参加主義と相性がいい。
アメリカなどは人権思想を盾に中国などに参加主義を強要するくらいです。
けれど、市場主義の大失敗で大恐慌が起こると、ヨーロッパ列強は閉じようとした。
権威主義、国家主義です。

けれど、それが第二次世界大戦への導火線になった。
閉じられてしまうと貧しくならざるを得ないドイツやイタリアや日本が列強のブロックを破ろうと野望を抱いた。

ドイツの第三帝国。日本の八紘一宇がそれです。

それらの野望は第二次大戦で決着が付いた。
日本とドイツは敗れ、大勝利のアメリカが第一象限の本場になった。
ヨーロッパは戦勝国ではあるけれど、別の意味では敗戦国でもあります。

日本は名実とも敗戦国となって平和憲法を掲げた。
現在の日本保守のいう伝統とは異なるけれども、多くの日本人は平和憲法を日本の伝統的なものだと感じた。
そのような層が、第二象限の「日本的保守」であり、旧自民党。
旧経世会で、護憲で、再配分主義です。

これはいささか屈折した感情ですが、同様の感情が名目はともかく事実上の敗戦国だったヨーロッパにもあって、それが第三象限という形になった。
帝国主義は強権的ではあったけれど、参加主義ではあった。権威主義的参加主義です。
敗戦ゆえの反省にたち、権威主義は改めて参加主義になった。
同様に市場主義も敗戦ゆえに改めて、再配分主義へと鞍替えした。
伝統と感じられるのは、敗戦ゆえです。

が、移民問題等で、現在は立ち行かなくなっています。
元を正せばヨーロッパが蒔いた種なのですが。


次は現在第一象限の米国です。
米国が市場主義で国家主義なのは、その出自からそうであったから。
米国はヨーロッパ世界システムの落とし子です。
ヨーロッパから追い出された市場主義主義者たちが、ネイティブアメリカンたちを追い出して建国した国家。
その基本性質は現在も変わりありません。

それはつまり、ダブルスタンダードだということです。
内政的には国家主義。
対外的には権威主義的参加主義です。
現在でいうところの「グローバル」とはアメリカ中心世界システムに他なりませんが、「クローバル」なのだから参加主義でなくては成立しない。
そして参加主義は、しばしば強権的になって、軍事行動を引き起こす。
「世界の警察」なんて、お為ごかしです。


第四象限の日本的保守も実はダブルスタンダードです。
内政的には国家主義。かつ権威(強権)主義的参加主義。
“強権”はどこへ向けられているかというと、国土へです。

戦勝した米国は、民主主義と人権の名の下、権威主義的な参加主義を広めた。
パックスアメリカーナです。
パックスジャポニカに失敗した日本は、その矛先を「国土」へと向けた。
経世会の旧自民の主流が、日本列島改造計画をぶち上げたのは(後知恵的には)必然です。

アメリカは一見平和的に、けれど裏では強権的に参加主義を外に進めた。
日本は、国民には平和的に、けれど国家の基盤である国土には強権的に参加主義を進めた。
強権的な参加主義は内実は収奪であり、そしてそれが資本主義の特性です。



世界の情勢は、現在、どんどん第一象限が広がりつつあるというが宮台さんの見立てです。
資本主義が拡大したからです。

第三象限がほぼ空っぽなのは、科学革命に端を発する資本主義に人類社会が席巻されているからです。
本当の意味での参加主義は、資本主義とは相容れません。

本当の意味での参加主義というのは、人間が「労働者」として〔社会〕に参加することを指します。
ここでいう「労働者」とは、マルクス経済学がいう意味に留まりません。
資本家に労働を提供して賃金を得るという限定された意味ではなくて、自然に働きかけて価値を生産するという意味です。
自然は大地に限らず人間自身もを指します。

それが「Eガバメント」、しかもエストニアのような弱小国(失礼!)で起きてくるのは興味深いことですが、これはまた別の機会に触れることにします。


日本やヨーロッパが、資本主義下において再配分主義であることが可能だったのは、「負けしろ」があったからです。
日本の場合は自然です。
ヨーロッパは過去の蓄積です。
けれど、どちらも、これ以上「負けしろ」を取り崩すと国家が存立しなくなってしまっている。
逆に「負けしろ」がないエストニアのようなところから、第三象限が生まれてきている。


以上の独断に基づく歴史俯瞰が『サピエンス全史』シリーズで展開しているところと地続きなのは言うまでもありません。

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