FC2ブログ

愚慫空論

『サピエンス全史』その21~貨幣が科学を宗教にした

『その20』はこちら (^o^)っ リンク

 


科学は宗教か?

科学は宗教とは一線を画しています。
科学革命とは無知の革命です。
宗教と科学とでは、無知へのアプローチの仕方が180度違います。

それでも、ぼくは科学を敢えて宗教だと捉えてみたいと考えます。


『サピエンス全史』の第12章は「宗教という超人間的秩序」とタイトルされています。

「宗教が超人間的秩序」というのはその通り。
が、奇妙なセンテンスでもあります。

「宗教が超人間的」だということを認識するには、それを俯瞰する視点に立たなければならない。
ところがぼくたちは〔人間〕です。
宗教は〔ヒト〕を〔人間〕たらしめる方法論のひとつ。
〔社会〕の構成要因のひとつです。
〔社会〕の中で生きている〔人間〕には、そういった俯瞰ができないのが普通です。


明治維新以前の日本には「自然(しぜん)」という概念がなかったことはよく知られています。
「自然(じねん)」という言葉と概念はあった。
でも、それは英語でいうところの“nature”ではありません。

英語に“nature”の概念があるのは、超人間的な宗教があるからです。
〔人間〕が暮らす〔世界〕を相対化することができる。
「自然(nature)」は相対化され、分化された〔世界〕のなかの「区切り」です。

が、それでも「宗教が超人間的」とは言えない。
この言は、超越的な宗教をさらに超越しないと言えない言です。

この言を可能にしたのは科学です。
科学が宗教を相対化した。
ゆえに科学は超宗教といえるのかもしれせん。

似たような視点を持つものに仏教があります。
仏教には超越的な宗教をさらに超越する視点がある。
では、その仏教をなんと呼ぶかというと、やはり“宗教”と呼ぶ。

これが科学を宗教と呼ぶ根拠。その1。

一部には、仏教は宗教かという疑問があります。
その疑問は、超越の更なる超越という特徴からすれば、もっともなこと。
その場合、仏教は哲学的な思想体系だと解釈される。

科学は哲学的な思想体系ではありませんので、その点は異なります。


科学を宗教と呼びうる根拠のその2は、成立過程が宗教と同じだからです。


四世紀初頭、ローマ帝国の眼前にはじつにさまざまな宗教的選択があった。従来の多様性に富んだ多神教を貫くこともできた。だが、皇帝のコンスタンティヌスは、内膳続きだった厄介な過去一世紀を振り返り、明確な教義をもった単一の宗教であれば、種々雑多な民族が暮らす自分の帝国を統一しやすくなると考えたようだ。当時あった多くのカルトのどれを選んで国教としてもよかった。マニ教、ミトラ教、イシスあるいはキュベレのカルト、ゾロアスター教、ユダヤ教、さらには仏教さえも選択肢に入っていた。それにもかかわらず、コンスタンティヌスはなぜイエスを選んだのか? キリスト教神学のどこかに個人的に惹かれたのか、あるいはことによると、この信仰には自分の目的に利用しやすいと思える一面があったのか? 彼には宗教体験があったのか、それとも、キリスト教は急速に信者を獲得しており、その流れに便乗するのが最善だと意見する人間が側近にいたのか? 歴史学者はあれこれ推測することができるが、確実なことは何も言えない。彼らはキリスト教がどのようにローマ帝国を席巻したかは詳述できても、なぜこの特定の可能性が現実のものとなったかは説明できない。



キリスト教成立の起源は「奇跡」です。

イエスが処女懐胎によって生まれことが奇跡なら、処刑の三日後に復活したのも奇跡。
誕生から処刑までの生涯すべてが奇跡だと言いたいのなら、言ったっていいでしょう。
「奇跡」が事実かどうかはどうでもいい。それが信じられれば、それでいい。

では、どのようにすれば〔ヒト〕あるいは〔人間〕は奇跡を信じるようになるのか?

〔ヒト〕の場合、その「奇跡」を本当に信じている者に接すると、感化されて信じるようになる。
もしくは、その〔ヒト〕が何らかの「心の傷」を負っていて、その「奇跡」が「心の傷」を癒してくれそうだと期待できた場合。

キリスト教がパウロ教だと言われたりするのは、「本当に信じる者」がパウロだったからです。

〔人間〕の場合。

プジョーSAの場合、決定的に重要な物語は、フランス議会によって定められたフランス法典だった。フランスの立法府の議員たちによれば、公認の法律家が正規の礼拝手順を踏み、儀式を行い、みごとな装飾が施された書類必要な呪文や宣誓をすべて書き込み、いちばん下に凝った署名を書き添えさえすれば、あら不思議――新しい会社が法人化された。



キリスト教の場合、決定的に重要な物語は、ローマ皇帝の権威でした。
コンスタンティヌスの決定に従い、元老院の議員や貴族たちは、ローマの世紀の手順を踏んで儀式を行い、みごとな装飾が施された書類必要な呪文や宣誓をすべて書き込み、いちばん下に凝った署名をコンスタンティヌス自らが書き添える――
きっと、このような儀式があったに違いありません。

株式会社であれ宗教であれ、〔虚構〕です。
そして、〔虚構〕を〔虚構〕たらしめるのは、これまた〔虚構〕です。
プジョーやキリスト教の場合には、帝国という〔虚構〕がそれぞれを〔虚構〕として認証した。

もちろん、認知が為される以前にもキリスト教は存在しました。
アルマン・プジョーが存在していたのと同様に。


ではでは、科学はどうなのか。

科学は〔虚構〕ではありませんが、科学が科学たり得るのは〔虚構〕は不可欠な要素です。
科学における〔虚構〕は、「仮説」と呼ばれる。
科学技術者は仮説を立て、立証するのがその任務です。

これは科学以前の技術者もほぼ同じです。
信じる宗教の教義に基づいて仮説を立て、それを立証ではなく、実現せしめる。
時に強制力をもってして。
宗教を認知した帝国が、その実現に力を貸します。

科学も頻繁に、仮説と実現を為します。
強制力をもってするのも同じです。
強制するのは、貨幣です。
科学を宗教だと認知した〔虚構〕こそ、貨幣なのだから。


科学には「仮説立証」の側面と、「仮説実現」の側面の両方があります。
「立証」は「無知の革命」によって得た性格。
「実現」は、科学が宗教となることによってそれ以前の宗教から引き継いだ性格。


おっと、これは科学が宗教である根拠その2とすべきです。
成立過程はその3です。


科学はコロンブスの新大陸「発見」という「奇跡」から始まりました。
そこに、新大陸には厖大な銀があったという「奇跡」が重なった。
「無知の革命」を起こしたのは後者のほうの「奇跡」です。

無知の革命によって、無知を拓くことは重要なことになった。
重要なこととだと認証したのは貨幣です。
貨幣の認証によって「無知は重要ではない」という宗教を宗教たらしめていた“セントラルドグマ”が書き換えられて、無知は重要だということになった。

これは、「なぜ」です。
ゆえにぼくの憶測でしかありません。
でも、なかなか有用な「なぜ」だと思います。我ながら。
なんとなれば、後知恵の誤謬を引き起こしてくれるからです。

じつは、その時期を最もよく知っている人々、すなわち当時生きていた人々がもっとも無知だ。コンスタンティヌスの時代の平均的なローマ人にとって、未来は霧の中だった。(中略)

その時代の人にとって、とうていありえそうもないと思える可能性がしばしば現実となることは、どうしても強調しておかなければならない。西暦306年にコンスタンティヌスが帝位に就いたとき、キリスト教は少数の者しかりかいしない東方の一宗派にすぎなかった。当時、それが間もなくローマの国教になるなどと言ったら、大笑いされ、部屋から追い出されただろう。



コロンブスは、最終的には部屋から追い出されはしなかったけれど、それは最終的にであって、幾度も部屋から追い出される経験をしています。
でも、そのコロンブスも無知でした。
彼が発見したのはインドではなかった。新大陸だった。

もしアメリカに銀がなかったら、今日の人類社会は現在とは似ても似つかない様相になっていたはずです。
科学技術がこれほど発展していたかどうかもあやしい。
ヨーロッパが世界システムの中心となることは有り得なかったと、これは断言してもよいでしょう。


『サピエンス全史』の第15章は、「科学と帝国の融合」と題されています。

科学は貨幣に認証されて〔虚構〕に、すなわち宗教になったのだと物語を組み立てこの章を読み直すと、同じ文字の羅列から全く別の風景が見えてきます。

これこそ後知恵の誤謬というやつです。

第15章は、帝国という舞台において、科学が貨幣によってどのように宗教として認証されていったかの記述です。
別の言い方をすれば、宗教と化した科学が、貨幣の力を借りて、どのように仮説を現実化させていったか、という記述。


『その22』へと続きます。


コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事へのトラックバックURL
http://gushou.blog51.fc2.com/tb.php/1057-44d33e41

 | HOME | 

 
プロフィール

愚慫

Author:愚慫
“愚樵”改め“愚慫”と名乗ることにしました。

「空論」は相変わらずです (^_^)

      

最近の記事+コメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

QRコード
QRコード