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愚慫空論

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仮想通貨は、「禁酒法」時代の「アルコール」のようなものだ

またしても『NewsPicks』より。



まずはお詫びより。
ネタ元の記事は『NewsPicks』のオリジナルで有料の記事です。
ですから、お金を払っていただかないと、元記事を読むことができません m(_ _)m

そのような記事を取り上げるのは、自己顕示のためです。
ぼくが考えているようなことを、その筋の専門家も考えているんだなというww





記事の小見出しと、最後の部分だけ紹介させてもらいます。

・ブロックチェーンというパンドラの箱
・5000年続いた「中央集権」
・ブロックチェーンは、世界を救わない


ブロックチェーンができるのは、ただひとつ。
われわれ一人ひとりに、自分自身を変える力を与えるということなのです。




さすがにこれだけではなんのことかわからないか。
では、ぼくの言葉で。

ブロックチェーンがパンドラの箱だという意味は、その技術が5000年続いた「中央集権」を解消させることができる技術だということです。


パンドラの箱の寓話が登場してきますが、この記事において示された展望は"希望”と言っていいと思います。

人間の認識には「正しい」ことと「都合のいい」こととがあります。
理想はこのふたつが一致することですが、残念ながら、ほとんど一致しない。
だから政治が必要になるし、中央集権も必要になります。

中央集権は「正しい」こととされていはいますが、これは甚だ疑問です。
ぼくは「都合がいい」ことに過ぎないと常々考えています。
ええ、アナーキストです(笑)

人間は150人までの「群れ」だったらば取り立て秩序を必要としない。
生来的に持ち合わせている情報処理能力だけで群れを維持できる。
ところが何らかの理由で150人以上のメンバーからなる「社会」を営むようになった。
社会は情報量が多すぎるので、処理するには"圧縮”をしなければならない。
多過ぎる情報量の圧縮が「ルール」です。

ところが"圧縮”では省略されてしまうところがどうしても出てくる。
だから「正しい」ことと「都合がいい」ことが噛み合わなくなる。
中央集権はその齟齬を大きくしてしまうけれど、でも、社会が人間にとって「都合がいい」ものである以上、甘受するしかない。

チェーンブロックの技術は「正しい」ことで秩序を組み上げることができる技術です。情報の圧縮なしですから、ルールもない。厖大な計算があるだけ。

中国のような国家がこのシステムを「都合が悪い」と感じるということは、「都合がいい」ことで成立しているという事実を反映していると思います。どの国家にも多かれ少なかれ「都合がいい」ことは必要で、だから中央集権なのですけれど、中国はとりわけ「都合がいい」ことの要素が多いのでしょう。

ハイエクが唱えた自生的秩序というのは、「正しい」ことで組み上がっていく秩序のことなのかな、と思ったりもします。



上は、ぼくが記事に寄せたコメント。
これは全文でもかまわないでしょう。

なお、上の文章での「正しい」とは〔正義〕のことではありません。
〔正義〕というのは、「正しい」ことと「都合がいい」こととが合致した場合のことを指します。

〔正義〕は不完全な"情報圧縮”によって出現する現象に過ぎません。
不完全に圧縮された〔正義〕は中央集権によって出現する権力者に【都合がいい】ように取り扱われる余地がある。
ですから、〔正義〕は多くの場合、【正義】であるというのが現実に起きる現象になる。


〔正しい〕というのは、ただ単に正しいというだけのこと。

 1+1=2

が正しいというレベルの〔正しさ〕です。


技術によって中央集権が解消されると、そこに出現するのは〔剣呑な世界〕です。

もう少しだけ、引用をさせてもらいます。

個人は、愛憎を併せ持っています。希望や慈悲の念もありますが、憎悪の感情もあります。世界というのは、このように長所と短所を併せ持つ様々な個人の寄せ集めです。



「世界というのは」は、「社会というのは」が正しい表現だろうと思いますが、そんな訂正はどうでもいいことです。
意味は十分に通るでしょう。


様々な感情を持つ〔ヒト〕が、その感情を自在に発露しても壊れることがない〔秩序〕。
情報が圧縮されず〔正しい〕ことのみで出現する〔秩序〕は、そういったものであるとぼくは予想しています。

感情は【正当化】を生み出します。
【正当化】とは〔正しい〕ことと〔都合がいい〕こととを恣意的に一致させて【正義】を生み出すこと。
〔正しい〕ことのみで成立する〔秩序〕は、【正当化】を受け付ける余地がない。
となると、秩序と感情は別次元のものへと切り離されることになる。

ぼくたちが現在棲んでいるのは【残酷な世界】です。
【正当化】が機能してしまう世界は、〈平穏な世界〉を求めれば求めるほど【残酷な世界】になってしまう。
もうこれは、絶望的にどうしようもありません。


【残酷な世界】が〔剣呑な世界〕へと移行していくことは、自然な流れだと思います。
技術の進展は止められません。
一度開いた"パンドラの箱”は、もう、もとには戻りません。

だけど、〔残酷な世界〕を【都合がいい】としている人たちは〔剣呑な世界〕へ移行することを阻もうとするでしょう。

それは権力者だけではない。
現状の社会にうまく適応することができている〔人間〕も抵抗する。
それどころか、適応できずに阻害されている【人間】ですら抵抗します。
その抵抗は〔剣呑な世界〕への移行を妨げようと、【残酷な世界】をさらに残酷なものにしてしまうかもしれません。

これは危惧すべきことです。
ぼくたちは、そのようにすることができる技術を持ち合わせています。
残念なのは、「ぼくたちは」とは言っても、現在の【システム】においては、そのような技術は権力者の所有物であるということです。

だからといって、権力者を批判して追い詰めていいかどうかは甚だ疑問。
追い詰められた権力者といえば、良い見本が現在の世界に存在します。
キムジョンウンがまさにそれ。


だったら、どうすればいいか。

上機嫌になること、だと思います。

〔剣呑な世界〕において都合よく過ごす方法が〈上機嫌〉です。
〔ヒト〕は【ハラスメント】さえなければ、自然に〈上機嫌〉な生き物です。
サピエンスだけではない。
あらゆる生き物は、基本、みな〈上機嫌〉です。


〈上機嫌〉は「平穏」ではありません。

嬉しいときには嬉しいように。
怒っているときには怒っているように。
悲しいときには悲しいように。
楽しいときには楽しいように。

素直に自分自身を表現することが〈上機嫌〉。
感情を素直に体現できる状態が〈上機嫌〉で、それを〔正しい〕ことによって【正当化】された"正義という名の【都合】で抑圧すると【不機嫌】な状態になる。


【不機嫌】を脱して〈上機嫌〉になる。
言葉で言うのはカンタンですが、これはなかなか難しい。
難しいのは、サピエンスがもつ環境適応能力の高さゆえ。
【残酷な世界】では、どうしても適応してしまって【不機嫌】になっていってしまう。


では、どうしたらいいのか?

希望を持つことだろうと思います。
絶望せずに希望を持つ。
希望はあります。
技術が希望を生み出します。
今までサピエンスがそのようにして生きながらえてきたように。


希望から〈上機嫌〉へと至って自身がそれを体現できれば、周囲は〔剣呑な世界〕になります。
そうやって生まれた〔剣呑な世界〕は、【不機嫌】な人たちからは危険だとして攻撃されることになる。
〈平穏な世界〉を希求するその攻撃は、しかし、【残酷な世界】をさらに残酷にするだけ。

今は確かに【残酷な世界】が現実です。
その現実に適応しようとする〈からだ〉があって、【オノレ】が生じる。
でも〈からだ〉には、〈からだ〉にとって都合が悪い適応に抵抗しようとする働きもある。
その抵抗を見出して、希望へとつなげること。
そういう〈わたし〉になること。

そういう〈わたし〉が生まれれば、希望は〈からだ〉とつながって〈希望〉になります。
〈希望〉が生まれれば、もう、【不機嫌】な攻撃に負けることはありません。



追記という名のお詫び。

まだまだ文章のスタイルが【不機嫌】な苦闘スタイルになってしまいます。
そのつもりではなくても、染みついたスタイルを抜き取るのはなかなか骨の折れる作業で、すぐにどうなるものでもないようです。
ですけど、その骨折りは、ぼく自身にはとても楽しいことだったりします。

自分で言うのも変ですが、いずれ実を結ぶでしょう (^o^)v

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