愚慫空論

「アメリカよ、決断せよ」 by 小林よしのり氏

小林よしのりさんの言説を、気まぐれにウオッチしています。

目を惹いたのが、これ。

 『アメリカよ、決断せよ!』


軍隊を持たない国家は、主権がないのだから、外交だって自由にできないのは当たり前のことである。
そもそも金正恩が日本なんか相手にしない。

韓国だって、北朝鮮問題では主権を持たない。
決定できるのは、アメリカ、中国、ロシアしかいない。



まさにその通り――だと思います。


「その通りだと思う」ということと、その「言説を支持する」ということは違います。
ぼくは小林よしのりさんの主張を支持はしません。
現実的にはそれしかない、と思っていても。


主権とは何か。
つまるところ、暴力の独占権です。
主権国家は、暴力の独占権を持っている。
暴力は物理的なパワーのことですから、物理的な「暴力装置」がいる。
警察、軍隊がそれです。

日本国には警察はあります。
対内的には主権国家。

けれど軍隊はない。
対外的には主権国家ではない。
対外的には主権国家ではないから、決断を為すだけの要件を欠いている。

実にシンプルです。


北朝鮮が核兵器を持とうとするのも、この論理で理解できます。

主権は、とどのつまりは、「暴力装置」によって担保される。
「暴力装置」の強弱によって、主権が左右される。

挑戦人民主義共和国(北朝鮮)は、内実はどうであれ、対等な主権国家たらんと欲している。
対等な国家たることを批判することは、建前においては、誰もできない。


そうなれば韓国も核保有国になる。
アメリカがそれを認めざるを得ない。
そして当然ながら、アメリカに許されて、日本も核保有国になる。
核不拡散の体制が崩れるから、中東諸国もこぞって核保有を目指すだろう。
いつか必ず核戦争が起こるな。
それが対話と和平主義の行きつく未来だが、それでいいのか?
対話主義者よ!




よいわけがない。

だけど、小林よしのり氏の論理で対話主義を語って欲しくない。


小林氏の主体は主権であり、国家です。
対話の主体は個人でしかありえない。

主権や国家は、対話を阻害するものでしかありません。
ゆえに、対話主義者はアナーキストでなければならない。


もっとも、ぼくのいう「対話」には暴力の行使も含まれています。
暴力の独占を仕方がないというのであるなら、アナーキストたる資格はありません。


暴力の独占なくして、どのように秩序を保つのか?

薔薇色の話をしなければなりません。
徹底的に薔薇色の話を。
限られた条件において出現する「お花畑」とは異なる話を。

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