愚慫空論

建国記念の日とバレンタインデー

そういえば昨日はバレンタインデーだった。

昔、バレンタインデーは嫌な日だった。この日に女性から贈られることになっているチョコレートになど、縁がなかったからである。

もう少し正確に記述しようか。実を言うと、まったく縁がなかったわけではない。さほど望んでいなかったチョコレート(義理チョコってやつ)には若干だが縁がないわけではなかった。だが望んでいたほうにはまったく縁はなかった。ミジメダッタ。クヤシカッタ。望んでいないチョコが、その悔しさを余計にかきたてた。だからバレンタインデーは嫌な日だった。

バレンタインデーの3日前、2月11日は建国記念の日。こちらのほうは、昔はわりと好きな日だった。


こんな書き方をすると、いかにも私は建国記念の日なるものに特別の価値を見出す人間だったようだが、さにあらず。単に休日になるから好きだったというだけのこと。私にとっては2月11日はそれ以上の意味はない。現在は休日としての意味すらない。現に今年の2月11日は仕事だった。天気が良かったから。天候という自然のご機嫌に翻弄されながら暮らしている現在の私には、社会の制度として定められている祝祭日なんてあまり意味をなさない。世間並に休日になるのは、盆と正月。あとは春分の日、秋分の日くらい。GWも関係ない。

昼夜の長さが一致する春分の日、秋分の日に私の仕事が休みになるのは、日本国という社会の制度に準じているためではない。私が暮らす共同体――古い風習が息づく田舎―の慣習に基づいてのこと。それらの祝日はお彼岸の中日だから休みなのである。正月や盆も、その意味では同じであろう。これらの日は、日本国という社会の制度としての休日と私が暮らす共同体の休日とが一致しているというだけのことだ。では、日本国という社会の制度とは関係のない休日、世間が休みでなくても小さな共同体独自の慣習に基づいて休みにする日があるのかといえば、ある。それは田舎よりももっと小さな共同体、つまり樵の世界の慣習によるものだが、山ノ神の日というのがそれ。

(私の暮らし地域では、山ノ神の日は11月7日。2月7日にする地方もあるし、その両方を山の神とするところもあるようだ。月は異なっても7日というのは共通しているようだが、これは西日本中心のことのようで、かつて静岡県大井川の源流部にいたときには17日が山ノ神の日だった。一昨日視たTV番組『秩父山中 花のあとさき・ムツばあさんの秋』でも1月17日が山の神の日になっていた。)

あと、こちらは休みと決まってまではいないのだが、6月1日、鮎の解禁日。なぜかこの日は仕事に人が集まらずに休みになってしまうことが多い。樵であると同時に釣り人である人が多いのがその理由だが、この説明はこの日が休みになる十分な説明にはなっていない。鮎釣り愛好家が多い⇒鮎釣り愛好家が仕事を休む⇒作業を行うメンバーが足りなくなる⇒仕事が休みになる という論理なわけだが、都会ではこんな論理は通用しないだろう。ポイントはここ、「鮎釣り愛好家が仕事を休む」。これが許されるのである。休むことができるのである。ゆえに上記論理が通用する。都会的な感覚では考えられないかもしれないが、田舎はまだまだユルいのだ。

私はこの田舎のユルさこそが風習や伝統を育む土壌になっているのではないかと、最近思うようになってきている。鮎釣り愛好者が解禁日に鮎釣りを愉しみたい。その気持ちはよく理解できる。だが都会的感覚では、楽しみはあくまで楽しみであり社会的な義務を放棄して個人的な愉楽を優先するのは社会人として失格だ、ということになろう。それはその通りで、実際に鮎解禁日には愛好家でない人間も休まざるを得なくなる、つまりその日の収入がなくなる、という事態が起こる。これを許容できない、となれば理由は十分あることだし、田舎においても正当な主張であると認められるだろう。ただ、認められるが嫌われる。共産党が嫌われるみたいに...(苦笑)。田舎にそうしたユルさを許容してしまう、というより逆に許容するものなのだ、という空気がまだ生きていて、もっともらしい理由をつけて拒絶することが逆に許されない。じゃあ、おれたちも休もうか、というのが正しく田舎的なのである。

風習や伝統の源流は、このようなユルさゆえの許容の積み重ね、既成事実にあるのだろう。きっかけは様々あるだろうが、一部の人間の愉楽の許容(あるいは辛苦への共感ということもあるかもしれない)の既成事実化から共同体構成員の共有へと進んだ、その表象が風習とか伝統といった名辞で呼称される。伝統なんて言葉は、最近は重々しい響きを伴って語られることが多いが、本質はその程度のものなのではなかろうか。


バレンタインデーも、これが一種の伝統になってしまったのは同じような構造があるからだろう。バレンタインデーの愉楽は、オトコ釣りである(笑)。そうした愉楽が始まったきっかけは菓子メーカーのマーケティング戦略にあるのだろうが、いかにそうした戦略があろうとも、その戦略が愉楽を呼ばなければ意味がない。オトコであれオンナであれ、異性は釣り上げたい。現在はそうした空気は皆無だが、バレンタインデーの黎明期にはオンナのオトコ釣りはハシタナイという雰囲気、オトコ釣りを容認しない空気があった。それが菓子メーカーのマーケティングによって、「解禁」された。“年に一度だけ、この日だけはチョコレートに託して女の子から男の子に恋を告白してもよい。欧米にはそんな習慣がある”なんて理由付けがなされて。

もっともらしい(?)理由付けがされて、一旦解禁されれば、許容するものだという空気が広がる。義理チョコなるものはオトコ釣りの愉楽を求めていない者(理由はオトコ釣りが嫌いではなく、釣り上げたいオトコがいないだけ)も、それを許容するものだ、という空気がなせる業だろう。じゃあ、ワタシたちもそうしようか、ってなわけである。


さて、ここからは建国記念の日に話を移す。ここまで当愚論を読まれた方は、建国記念の日にも同じ論理を用いるつもりだな、と思われるに違いない。あたり。正解である。

現在、建国記念の日については賛否両論さまざまな議論がある。好意的に捉える人と反感を感じる人とに別れてしまう、そういう類の「記念日」だ。建国記念の日は戦前は紀元節と呼ばれ、日本国初代天皇とされる神武天皇が即位した日なのだとされていた。日本は万系一世の天皇の国なんだから初代即位の日=建国の日も当然といえば当然であろうし、かつてはある「愉楽」と共に広く日本国民に受け入れられていた。

その「愉楽」とは何か? “日本国民になった”という愉楽である。当時の言葉でいうと“天皇の臣民となることができた”という「愉楽」。なぜ、こんなことが「愉楽」になってしまうのか、現代の感覚ではなかなか想像できないかもしれないが、これも「解禁」された「愉楽」であったというと理解し易かろうか。

明治維新以前、江戸時代までは大部分の日本国の住民は国民でも臣民でもなく、領民だった。日本は幕藩体制であり、領民は殿様に、殿様は幕府に支配されていた。殿様と幕府は、確たる上下関係があったとはいえ、お仲間だった。けれど、領民は殿様のお仲間ではない。殿様・武士と領民とは、同じ人間ではなかったのである。

明治維新は将軍様の替わりに天子様が登場してきて(江戸時代の庶民は天皇の存在なんて知らなかったらしい)、武士も領民もみ~んなわが臣民だ、天皇は神だけど、それ以外はみ~んな人間だ、とやった。武士と領民の間の壁を取り払った。それが“天皇の臣民”になった“日本国民”になったということであり、「愉楽」であったのだろう。紀元節はいわばバレンタインデーのチョコレートのようなもので、それまでは将軍もしくは殿様から一部の者(武士階級)にしか配られたなかったチョコレートが領民にも配られるようになったと、いうわけだ。

チョコレートをもらうのは嬉しい(あ、想像です。もらったことがないから、その嬉しさは想像するしかないが、なぜか容易にその嬉しさは想像できてしまう。悲しい)。だがその嬉さに舞い上がってしまうと、そのあと大変な目に遭う。これは今昔変わらない。

天皇からチョコをもらった明治の国民たちは、直ちに舞い上がったわけでもないようだ。チョコ程度で舞い上がるほど純情バカでもなかったらしい。だが、次の「贈り物」には舞い上がってしまう。戦争での勝利という「贈り物」。

国家を性悪女に喩えるといろいろなところから非難の礫が飛んで来そうだが、悪乗りして続けよう。

性悪女の「贈り物」に舞い上がった哀れなオトコは、もっともっと「贈り物」をもらおうと欲して性悪女に貢ぐ。性悪女に“そんな根性じゃ、「贈り物」はあげられないわよ”なんて言われて、“欲しがりません、「贈り物」を頂くまでは”てな具合でわが身を削って貢いでその挙句、身も心もボロボロになったところで“耐え難きを耐え、忍び難きを忍び”、贈り物はやっぱりダメと言われてしまう。

いつの時代もオトコなんてのはこんな程度のシロモノ。甘さに釣られて、バカをみて、。チョコ嫌いになる。そして、まだバカをみていないバカなオトコがやってきて、またチョコに釣られて性悪女に貢ぎ始めようとする...。かくして歴史は繰り返されるのか?


話が真夏のチョコレートみたいになってしまった。これにてオシマイ。

コメント

お師匠、秀逸ですよ!バレンタインと紀元節を結びつけるのが、「贈り物」につられるオトコの心理とは。
ぱちぱちぱち

殿様と領民の間が取り払われたことが「愉楽」だったとまでは思い至ったことはありませんでしたよ。

戦争での勝利が次なる贈り物だった、というのはなるほど、と思いました。そうなると、その後第一次大戦後軍縮をせいと言われるなど、「俺たちの贈り物を奪い取ろうとするのか」ということになるんですねー。



紀元節の根拠

紀元節が、なぜ2月11日なのか、神武天皇即位の記述には日付はありません。その年の1月1日だろうということにしておいたら、明治の太陽暦採用で2月11日になりました。今さら、どうということはありませんが。

中途半端な田舎に住むもののグチ

はじめまして。こんばんは。

田舎のゆるさが通じなくなった。たとえば祭り。「地元で祭りがあるので今日は休みます」が通用しない。風習や伝統を放棄して極力日常生活に支障をきたさない程度の「ハレ」を求めるとしたら、バレンタインのようなイベントしかないと思うのです。
この土地にずっとある家に生まれて地元のイベントに参加せざるおえない私は、休日が稼ぎ時の店で働いているので辛い。新しい住民も増えてきて地元のイベントに参加しない人も増えてきて、余計地元の人間に負担がかかってしまう。「鮎つりが解禁になったんで休みます」一度言ってみたい。

こんなことを思い浮かべたのではじめてコメントさせていただきました。またロムに戻ります。

葛藤の真相?

おお。面白い展開ですね?! 愚樵さん。
>それ以外はみ~んな人間だ、とやった。武士と領民の間の壁を取り払った。
欧米の強力に対抗するために、天皇さんを神と戴く(統一国家を作る)のは好いけど、何で、下々と同格やねん?!っていう『情けなさ』がもたらす無念さが元特権階級にとっては腹立たしかったのかもしれませんね。だから『忠誠と反逆』という形で、丸山真男氏が分析しなきゃなんない『葛藤』が生じたのかも? なんだかだと理屈を並べているようでいて、実は『けったくそ悪い』っていうのが、本当のところだったのかも?って気がしますよ。

遅まきながらのレス

遅まきなのはいつものことなんですが...、スミマセン。

みーぽんさん、おひさしぶりです。

>殿様と領民の間が取り払われたことが「愉楽」だった

この「愉楽」を、「FREEDOM」という言葉で呼んだのではないでしょうか? アメリカ人はこの「FREEDOM」の「愉楽」を大切にしますよね。

「愉楽」のきっかけなんて、ほんの些細であることが多いです。ほら、福井県小浜市が民主党オバマ氏を応援するというアレ。これも「愉楽」のなせる業でしょう。たまたま“OBAMA”と“おばま”の発音が類似しているだけで、後はな~んも関係ないのに。

*****

志村さん

>今さら、どうということはありませんが。

後世から眺めると、ホント、どうということないのですが、その当時の人たちからすると確たる理由はなくとも“大切なこと”だったんだと思います。現在の私たちは、その当時の人たちの“大切なこと”をもはや共有できないのですね。

*****

nobuさん、はじめまして。

>田舎のゆるさが通じなくなった。

そういう状況、想像がついてしまいます。“通じなくなった”ところから生じる齟齬が、かえって辛い。通じないなら、祭りなんてないほうがマシ、と思えてしまうこともあるかもしれませんね。

*****

三介さん

>なんだかだと理屈を並べているようでいて、実は『けったくそ悪い』っていうのが、本当のところだったのかも?

なんだかんだといっても、論理なんてものは所詮そんなものなのではないでしょうか? 私にはそう思えて仕方がないんです。

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