愚慫空論

まだ実りは手にしていない

今年最後のブログ記事を書こうと思って、そういえば昨年はどんなことを書いたのだろう、と思って過去記事を見てみたら、こんなのを書いていた。

 愚樵空論『人類社会は衰退局面に入った』

政治の世界では、師走に入って衆議院総選挙があって、自民党が大勝。いろいろな意味でインチキ臭い選挙だと思ったが、いずれにしても、既得権益者たちが勝利したことには間違いない。

既得権益者たちの勝利を支えたものは何か? インチキではない、と私は思う。インチキはあっただろうけど、根本原因はそれではない。勝利したのは「拡大していく世界」の原理。人間の、人間による、人間のためだけの原理。

けれど、この原理に最終勝利はあり得ない。なぜなら、この世界は有限であり、かつ、人間だけの世界でないから。これは厳然たる事実。たとえSF的世界が実現して、宇宙空間に地球人類の生存範囲が拡大することになっても、変らない。

だから、今回の「拡大していく世界」の勝利は一時的なものでしかあり得ない。もし仮に、これが全面的な勝利だとするならば、それは全面的は敗北への道に他ならない――が、このようなことは、もはや誰もが感づいているのではなかろうか? 

だが。「感づく」ことと「気が付く」ことは、異なる。ヒトという生き物は、感づいていはいても、その感づいていることに気が付かないことが往々にしてある。特に文明人はそうだ。私はそうした人間の姿を常々”アタマデッカチ”といって批判しているのだが――。

今年一年の勉強の中で、教わり、気が付いたことのひとつに、「人間は感づいたことに気が付くことを無意識のうちに怖れ、気が付いても実行することはもっと怖れる」ということがある。気が付くことを怖れることは「正常化バイアス」といい、また、感づいたことを即座に行動できることを「全生」というのだろう。

確か仏教者の松原泰道の著作だったと思う。喫煙を習慣とする者がタバコを止めることができるのは、これはすでにある種の「悟り」なのだと書いていたことを思い出す。タバコが自身や周囲の者の身体に良くないものであるということは、すでに喫煙者自身が感づいている。が、そのことに気が付くことを怖れる喫煙者は、喫煙をして良い理由をあれこれと探し出しては反論を試みる。反論が追い詰められ、喫煙の害に納得せざるを得なくなっても、禁煙を実行に移すにはさらに高いハードルを越えなければならない。

喫煙者が禁煙をしてタバコをやめるというのは、体質を変えることに他ならない。体質を変えるということは自分を変える、ということ。自分を変えることは恐ろしい。実際に苦痛も生じる。だから、変えずに済むのであれば、直ちに健康に被害がないのであれば、感づいたことに気が付かないふりをしてやり過ごしていきたい――まして、自分の痛みでないのなら、尚のこと。これが既得権益者たちの本音であろうし、そこへ縋り付いていきたい者たちの本音でもあろう。そして、本音は弱音でもある。

弱音はダメだと言いたいわけではない。弱音を「正論」で封じるのは愚の骨頂である。「正論」を吐く者も、大抵は自分が変ることを怖れる者だ。自分が正しいことを、つまりは変らなくてよいことを証明するために「正論」を用いる。だが、これでは誰も変らない。変らないから、変らない者同士の争いになり...、先の選挙は「正論」よりも「本音=弱音」が勝利した。

*****

今年最後の記事なので、私自身の一年を振り返ってみると、そう、いろいろと忙しい一年だった。いろいろな人やものとの出会いに恵まれた一年だった。が、実りある一年だったかというと、それは違う。実りはまだ手にしていない。実りになるかもしれない芽が、どうにか出だしたか、というのがこの一年だったと思う。

〈暮らし〉を立て直さなければならない――と強く思う。〈暮らし〉とは、風土が織りなす生態系をメインシステムだとすれば、それに付随するサブシステムであり、私たちの身体はサブシステムのそのさらにサブシステム。そして〈暮らし〉とは、マニュアル化できる技術ではなく、マニュアル化が不可能な、人それぞれの固有の感覚を基盤においた技能によって組み立てられるもの。それが、特に日本においては、霊的回路となって〈世界〉へと繋がっている。

この〈世界〉は、マニュアル化が可能な科学技術によって「拡大した世界」よりは狭いかもしれないが、ずっと深い。この深みがあってこそ、人は「弱み」を「強さ」へと転換することができる――というようなことを、ずっと考え、このブログに綴ってきたつもりではあるのだれど、それはつまり、「感づいた」ことを言葉にすることで「気がついた」ことに転換していたということになるのだろうけれども、もう、それでは足らないことになってしまった。そんな展開が始まった一年。それは私自身にも、日本という共同体にとっても言えることだと思う。

*****

振り返りの射程をもう少し伸ばしてみようか。

私が本格的にネット住人になったのは、2005年。平成17年初め。その頃は和歌山県の本宮町というところで暮らしていた。その頃になってようやく過疎の村にもブロードバンド環境が整備されて、それをきっかけにブログを始めた。(まだ8年に満たないんだ...)

妻は今でも、和歌山で暮らした頃の暮らしを折に触れて懐かしむ。今まで暮らしてきた中でいちばん良かったという。妻の両親の事情があって山梨に越してくることになったのだけれども、それは当時は致し方のない選択だと思えたのだけれども、やはり地に着いた〈暮らし〉を展開することができたあの頃が一番だったという。

それは私も同じ思い。特にブログを始めることで「考えること」を始められてからの生活は充実していたと感じている。「感じること」と「考えること」が両立させることができ、しかも、収入を得るための「稼ぎ」にも、共同体を維持するための「仕事」にも恵まれていた。ただ、この頃は、「感じること」よりも「考えること」の方に比重がかかっていたように思う。つまりは"アタマデッカチ”。

私の中で「感じること」が大きな比重を占めるようになってきたのは、山梨へ移住後のことだ。当地では残念ながら、和歌山でできたほどの〈暮らし〉の展開は為しえなかった。文明のなかでの消費生活の比重がとても大きくなってしまった。逆にそのことが、私の中で「感じること」への欲求を高めることになったように思う。

そして、来年は、日本海の小さな島へ移り住むことになる。その地で再度、〈暮らし〉を一回りも二回りも大きな規模で展開させる。そんな巡り合わせになった。

果たして上手く行くのだろうかという不安は、ある。だが、ここを上手く成し遂げることができなければ、「実り」を手にすることはできないだろう。

*****

そうそう。もう一つ触れておかなければ。

そんなこんなで、今年で私は林業からは卒業することになる。ということは「樵」ではなくなるということになるのだけれど、ネット上でのハンドルネームとしての「愚樵」をどうしようか、改名すべきかどうか、しばらく思案していた。

結論。改名はしない。「愚樵」のままでいく。従って、ブログも『愚樵空論』のまま。

林業を始めた頃は、私も樵=林業労務者だと安易に思っていたが、今は違う。樵は「百姓」というカテゴリーに属するものだが、林業労務者は百姓ではない。これまで私が用いてきた「樵」は、林業労務者であるが百姓になりたいな、という希望を表すものだったが、今後は百姓に軸足を移そうと思う。「愚樵」はネット上でのハンドルネームであると同時に「百姓ネーム」である。いや、そうありたい。

*****

そういうわけですので、来年もよろしくお願いします。


粟島の情景

ここのところバタバタしていて、ブログを更新する時間がなかった。前回の更新が4日で、今日は既に21日。

いや、時間がなかったというのは嘘だな。この間、書くとなるとどうしても選挙のことになる。それがいやだから書かなかったんだ。選挙結果は、予想はしていたけれど、呆れたもの。日本の「終わり」の始まりの第二幕が上がった、という感じか。

それはさておき。

また粟島を訪問してきた。当初は家内を連れて、7~9日の間で訪れるつもりだったのだが、ちょうどその頃爆弾低気圧が日本海を通過して、船が出なかった。船会社から情報を聞きながら、8日の午前の便は出られそうだというので新潟県村上市の岩船の港まで向かったら、やっぱりダメ。直前まで出られそうな感じで、現地(岩船)の人も、これだったら大丈夫だよと言っていたのに、いきなり風が強くなり始めて欠航。

こうなるとしばらく出られそうにないというので、仕方がなく帰還。山梨から村上まで、往復千キロ弱の出戻り。マイッタ。

(けど、9日は船が出ていたんだよな。前回は粟島にフラレタというより、弄ばれたという感じ...(^_^;) )

で、今回は14~17日まで。今度は予定通り、船が出てくれた。

前日13日の夜に山梨を発って、途中仮眠をとりながら、朝8時前に港に到着。10時30分の出航まで時間があるので、粟島と距離的に最も近い、村上の笹川流れというところあたりまで足を伸ばしてみた。

笹川流れから

荒れていないとはいえ、冬の日本海。多少晴れ間が見えるが、粟島は雲の下。

予定通り10時30分の船にのって、1時間半の船路。昼食を食べて、少し散策に出かけた。雨が降り始めていて、薄暗くて、重苦しい雰囲気。

後から島の人に聞いたのだが、今の季節が一番憂鬱なんだそうだ。天気は悪いし、日も短い。一月も後半になって日が延び、鱈などの漁が始まると島にも活気が出てくるというのだが、11月終わり頃からそれまでの間は観光客も来ず、あまりすることもなくてどうしても落ち込み加減になる。他所から移り住んで島で暮らし始めたばかりの人は、最初はとても辛いというらしい。この季節を乗り越えられるかどうかが、島で暮らし続けることができるか否かひとつの関門になっている、と。

なるほど、それはよくわかる。だが、私はこの重さ、決して悪くない、と感じていた。

カッパを着て雨の中を歩きながら、見つけた〈暮らし〉の断片。

風景

漁具が並んでいて、軒先に大根がぶら下がっている。こんな風景から、人々の〈暮らし〉が垣間見える。

粟島に限らず、それぞれの風土にはそれぞれの生態系がある。現代人が求める【快適な暮らし】は、時として、そした風土から切り離された人工的な空間を求める。時としてではなく、それが常態になっている。多量のエネルギーを消費して人工的に【快適な空間】をつくり、そこが快適だと思っている。確かに快適は快適だ。

だが、それは〈暮らし〉ではない、と思う。〈暮らし〉とは、風土が織りなす生態系をメインシステムだとすれば、それに付随するサブシステムである。さらにいえば、私たちの身体はサブシステムのそのさらにサブシステムなのだ。

【快適空間】に慣れてしまった者には、つまり、アタマが要求する快楽を追い求める者には、天候から来る重苦しさは堪えるだろう。けれど、風土→〈暮らし〉→身体という生態系の循環に沿うならば、辛いということはあっても、不快ということはない。他所から着た私の身体はまだ粟島の風土に馴染んでいない。ここで〈暮らし〉を展開していない。その順応の差は負担に感じる。けれど、その負担を解消すべく身体が勝手に順応を始めることを感じることができれば、その負担はむしろ快感だ。

もう少し言い換えてみよう。身体が風土に馴染むというのは、風土に身体が〈依存〉していくということだ。そして〈依存〉することが〈自立〉への第一歩。〈暮らし〉を自立して営むことができるようになれば、立派に〈自立〉である。〈依存〉と〈自立〉の二項同体

風景風景

畑。これも〈暮らし〉のある風景だ。

さらに道を歩いていると、雨の中でおばあさんに遭遇。

風景

声を掛けてみたら、雨の中にもかかわらず迷惑そうな顔もせず親切に、いや、それ以上に、話をしてくれた。大正月、小正月に使う木を取りに行った帰りなんだそうだ。大正月に門松の横に添える木。小正月に団子をぶら下げる木。風土と〈暮らし〉の中から生まれた風習が生き残っている。もっとも、話す言葉は訛りが強くて、あまりよくわからなかったけど。

(後で聞くと、本当は木を取りに行くのにも日が決まっているそうだ。まだその日よりも随分早いらしく、ばあちゃん、横着をしたな、と別の人は笑っていた。)


私たちは今、岐路に立っている。私たちはアマタが要求する【快適空間】を実現するべく尽力してきた。そのように文明を発達させることが社会の進歩だと信じてきた。そうした進歩は一時の幻想であり、それが綻び始めていることは少なからぬ人が気がついていたけれども、それでも大勢はまだまだ進歩は継続できる、しなければならない、と思い込んでいた。

2011・3・11は、その綻びが、大きな裂け目になった瞬間だった。だが、【快適空間】への願望は止まない。その裂け目はもう取り繕いようのないところまで来てしまったのに、目を背けて見ようとしない。先の総選挙の結果は、その現われだと私は見る。

日本の人間社会は、その「終わり」に向かってますます重苦しいものになっていくだろう。だからこそ、〈暮らし〉を再建することを始めなければならない。

選挙について

11月16日に衆議院が解散。本日4日は、12月16日に行なわれる衆議院選挙の告示日。すなわち、候補者が出揃う。

ツイッターやフェイスブック経由で私のところへ流れ込んでくる情報は、その多くが選挙関連になっている。今回の選挙は前回2009年にも増して大きな意味を持っている。だからもちろん投票には行くつもりでいる。

けれど、もうひとつ選挙に関心のない自分がいる。選挙は私たちの暮らしに大きな影響を及ぼす国家の行方をさゆうするものだから、とてもに大切。でも、もっと大切なものがある。選挙関連の情報に接するたびに、もっと大切なものへと想いを募らせてしまう自分がいる。

そちらについては、最後で少し触れるとして、ここでは今回の国政選挙について、思うところをざっと記してみる。

*****

選挙の争点は、まず第一に原発。第二に消費税。続いてTPP。主に沖縄の米軍基地問題。中国・韓国との領土問題――といったところだろうか。表向き、というか、第一層。

第二層は、対米従属か否か。体制派か否か。原発推進・消費税増税・賛TPPは、体制派。脱原発・消費税増税反対・反TPPは、アンチ体制派。官僚組織、経済団体、マスメディア等は体制派であり対米従属。沖縄問題・領土問題は第一層への現れ方にバリエーションはあるけれど、第二層の視点で抑えておけばいい。

そして第三層。体制派vsアンチ体制の闘争が顕著に現れたところ。すなわち、一連の小沢問題。

2009年の衆院選で国民が下した政権交代という審判は、一応、アンチ体制の勝利と見ることができよう。「国民の生活が第一」というスローガンは、体制の利益よりも、という意味を含意している。

体制の利益より、国民の生活。高度成長期の日本は、幸いにも、この2つが両立した。しかし、現在は両立しない。経済成長が限界に達したことが明らかだからだ。体制の利益をこれまで通り維持しようとすると、国民の生活が犠牲になってしまう。それは格差問題として現れる。原発、消費税増税、TPP、沖縄問題。いずれも体制派の利益維持のために国民を犠牲にしようというものだ。

2009年民主党を政権交代に導いたのは小沢一郎である。民主政治の順当な流れ行けば、小沢総理大臣だったはず。だが、それを司法が阻んだ。検察・マスメディア・政界を巻き込んだ小沢問題は、結局小沢完全シロで決着がついたが、小沢の動きが阻まれていた3年間の間に2009年に示された国民の審判は完全に反故にされ、そこへ2011年3月11日の震災と原発事故。この災厄を機にさすがの体制派も「国民の生活が第一」へと舵を切るかと思いきや、ますます体制の利益維持の動きが露骨になった。そんな最中での国政選挙が、今回の衆院選。

以上のようにザッと整理をしてみれば、焦点は自ずから明らかだろう。見るべきは第三層である。小沢を敵視してきた体制派に審判を下す。これが此度の選挙の意義だと私はみる。

だから投票すべき筆頭は、小沢率いる「国民の生活が第一」が解党・合流した「日本未来の党」ということになる。ここへ投票するのが体制にもっともダメージが大きいからだ。

*****

体制にもっともダメージが大きいところへ投票する。これが此度の選挙の意義。そのことが私の選挙への関心を鈍らせている。否定的な意味へ積極的にならねばならない。その態度がもっとも合理的だ。だが、その合理性にカラダが動かない。

否定的な意味へ積極的に身体を動かそうとするには、アタマによってカラダを騙すことが必要になってくる。今回の場合でいうと、「小沢一郎は素晴らしい政治家である。だから応援しよう!」といった類の暗示を掛けること。

小沢一郎が卓越した政治家であるということは、間違いない事実であろう。しかし、「卓越した政治家」だと認識することと「素晴らしい政治家」だと認識することは、似ているようだがまったく違う。「素晴らしい政治家」は必ず「素晴らしい個人」である。「卓越した政治家」は必ずしも「素晴らしい政治家」であるとは限らない。

昨今は、Ustreamなどのネット中継で、小沢一郎個人の姿にもかなり迫ることが出来るようになってきてはいる。そこから小沢一郎個人の「素晴らしさ」は垣間見られる。日本未来の党代表の嘉田滋賀県知事についても同様。体制派を代表する人物たちと比較すると、天と地ほどの差があるのは間違いない。

参政権を行使するのに「卓越」は十分な動機である。だが、それでアタマは動いてもカラダは動かない。選挙であれなんであれ、カラダが動かないものは面白くないのである。

*****

長年の自民党政権に終止符を打った2009年衆院選は、日本の憲政史上という観点で見れば、革命的出来事だったといって良いはずだ。だが、一部を除き、国民は大して喜びはしなかった。カラダが大して動かなかったからだ。

参政権を行使するのは国民の義務である。まことにごもっとも。けれど、そうした義務感につられて動かしたカラダは鈍いもの。勝利しても大して喜びもしない。だから、自らが下した審判があっさり反故にされてしまうし、反故にされても怒らない、。それ以前に気が付かない。

では、今回はどうか。私自身はあまりカラダが動いていないと感じる。周囲もそういう感触。メディア(マスメディア・ネットメディア)だけが騒いでいる、という感じ。

日本未来の党の結成の、タイミングをみはからった動きは、そうした鈍さに少しは動きをもたらすものになるだろうか。そう期待したいが...

*****

「国民の生活が第一」が「未来」へと繋がる。その動きそのものはいい。けれど、私からすると、「もっとも大切なこと」が未だ国政や選挙というステージに上ってきていない。それは、生活→未来の線上にあることだけれども。

もっとも大切なこと。それは「生活の質」。

「生活の質」というと、これまでは経済成長を前提とした物質的に豊かな暮らしがイメージされてきた。だが、もはや経済成長が限界に来たことは明らか。豊かな生活を支えた潤沢で安定的なエネルギー資源の供給が限界に来ている。夢のエネルギーであった原発の夢が潰えたというのは、物質的に豊かな暮らしはピークを過ぎた、ということ。すなわち、「生活の質」のイメージが変っていくということ。

生活→未来の線上にあるのは、「生活の質」のイメージの書き換えであり、具体的な暮らしの再建。アタマが追い求める快楽よりも、カラダが感じる愉悦を求める暮らし。それを子どもの聴きながら、再建していくこと。

もっともこの課題は、選挙というステージに乗るかどうかも怪しい。子どもに選挙について聞いてみても、仕方がないから部分がある。せめて子どもに信頼される人物が選挙で選ばれるようになって欲しいが。


『海辺のカフカ』を読んでみた

海辺のカフカ


私はあまり小説は読まない。だから村上春樹もあまり読んでいない。『1Q84』に続いて2冊目。

『1Q84』もそうだったけど、読了するのにずいぶん時間がかかった。たぶん、読み慣れていないからだろう。

面白かった。時間がかかったにも関わらず、途中で投げだそうと思わなかった。早く続きを読みたい、と惹き込まれる感じもなかったけど。

『海辺のカフカ』を読んでみようと思い立った理由。それは「海辺」という言葉に惹かれたから。私自身が山中から海辺へ活動拠点を移すことになるので。今は富士山の山麓にいるわけだけれど、年明けに粟島へ移る。“海辺のキコリ”になってしまうなぁ、と思ったら、そういえば『海辺のカフカ』なんちゅう小説があったな、と思い出して、読んでみようか、となった (^_^;)

取っついた理由はふざけたものだが、結果としては、私にとってはタイムリーな読書になったと思う。

*****

先日、ネット友達だったすぺーすのいどさんが名古屋からわざわざ富士吉田まで、私に会いにやってきてくれた。ツイッターで「粟島へ行く前に会いたかったですね」とメッセージをもらって、「じゃあ、会いましょう。私が名古屋へ行きます」と返したのをきっかけに話が進んで、なぜかすぺーすのいどさんがこちらへ来てくださることになった。

すぺーすのいどさん、どうもありがとう。

で、いろいろな話をしたのだけれど、そのなかに「萌え」についての話もあった。二人ともアニメが好きだったりするので、共通の話題だということもあって。さらに私は安冨チルドレンなので、話は安冨先生の著作へも及ぶことになる。『幻影から脱出』、第四章の「なぜ、世界は発狂したのか」の終盤に「妄想から現実へ」というセンテンスがあって、それに沿った話をした。(あれ? 著書そのものは話題にならなかったかもしれない...)

妄想から現実へ

 本田透さんという作家がいます。いわゆる「萌え」という概念を確立し、世に出した人です。『電波男』(講談社文庫)という本がよく売れたことで知られています。私は彼の著作のいくつかを読んで、その思考の深さと独創性とに感心しました。彼は、現代という狂気に満ちた妄想の時代を打ち破るためには、更なる妄想が必要だ、という興味深い議論を展開しています。

 (略)

本田さんの答は、三次元空間には愛がない、という絶望的なものでした。そして彼が採用した手段は、愛が失われた三次元空間を去って、「萌え男」となって二次元世界に旅立つことでした。しかしそれは、二次元世界に逃避するためではなく、そこで徹底的に愛を「妄想」し、その力によって三次元世界に愛を取り戻す、という崇高な戦略を実現するためなのです。

 (略)

私たちは、妄想の世界に生きています。しかし、核問題と地球環境問題といった、人類の生存そのものを脅かす現実は、それをもはや許してくれません。本田氏のように、妄想に妄想で対抗するのは、私は無理筋だと思っています。妄想によって生じた愛の喪失を回復するには、妄想から醒めなければならないのです。


第四章はここで終わり、第五章の「子どもに聞くこと」へと跳躍する。

すぺーすのいどさんと話をしたのは、「萌え」は跳躍しなければならない。「萌え」というのはまことに絶妙なネーミングで、生命力は外から「燃える」のではなく裡から「萌える」。「萌え」が臨界点を超えれば、妄想から現実への跳躍が起こる。我々のような「萌え」に惹かれる中年男の役割は、子どもたちの「萌え」を臨界点にまで高めることではないか――と、こんなような話だったと思う。

*****

「萌え」の力によって、妄想から現実へと跳躍する。『海辺のカフカ』の構成は、まさにそのようになっている。私の読むところによれば。

主人公田村カフカの妄想への入り口は、「オイディプスの呪い」である。父を殺して母と交わるという、著名な悲劇。カフカは父の元から逃走し、母がいる図書館へと辿り着き、そこで妄想世界へと深沈し始める。夢で父を殺し、母と姉と交わり、さらには時間の止った三次元空間へと潜り込んでいく。

もうひとりの主人公であるナカタさんは、戦争によって、妄想の世界で暮らすことを余儀なくされた人物だ。ナカタさんの猫との会話能力は、「現実的な妄想力」とでもいうべきか。

カフカの父はジョニー・ウォーカー。この名は、もはや陳腐化した「オヤジの憧れ」を意味するのだろうか。ジョニー・ウォーカーは妄想の源である猫を惨殺する者であり、妄想を抑圧する者。妄想を始めなければならない少年カフカは、親父の元から逃げなければならない。抑圧する父性からの逃走。

(猫を魂を集めて作るという笛は、妄想を撃退する武器なのだろうか? 最終盤でカフカの妄想の初期形であるカラスとジョニー・ウォーカーとの対決の場面があるが、そこで笛の効能がそれとなく語られる。)

カフカを妄想へ導く役所の大島さんが、父親にも母親にもなれない存在として設定されているところが興味深い。

ジョニー・ウォーカーは、妄想世界で暮らすナカタさんに殺害され、同時にナカタさんの妄想世界での暮らしも終わる。ナカタさんには、最終ミッションが残される。妄想世界への入り口を開くという役割。

カフカは図書館で母と交わる。図書館とは、象徴界的妄想世界なのだろうか。だとすれば、森は想像界的妄想世界だろう。カフカは、ナカタさんとは異なる形だけれども、戦争によって妄想世界で暮らすことになった兵隊ふたりに、「妄想世界の故郷」とでも呼ぶべき場所へと導かれる。

表面には出てこないが『海辺のカフカ』において、戦争は重要な下地になっているように思う。ナカタさんも兵隊も、戦争被害者である。カフカの父であるジョニー・ウォーカーもそうではなかったか。戦争から生まれた狂気が連鎖して、少年から妄想を奪う。

「妄想世界の故郷」は時間が意味を為さない三次元空間だ。本田氏の妄想が三次元から二次元への逃走であるのに対し、村上春樹の場合は四次元から三次元。しかし、構図は同じだ。

カフカが「故郷」で体験するのは、ささやかではあるが母と子の「暮らし」である。まだ少女である母(佐伯さん)が、カフカに食事を作る。それはカフカの現実世界ではなかったことだ。

妄想を養う母との暮らし。それは戦争によって奪われるものでもある。妄想世界の故郷で暮らしを体験した少年カフカは現実世界へと帰還し、青年カフカへと脱皮する。

最後にカフカは、

でも僕にはまだ生きるということの意味がわからないんだ


という。妄想に生きる少年は生きることの意味を問うことはない。問うのは現実世界に生きる準備が整った青年である。「妄想=萌え=性の発露」が臨界点を突破し、生命力が外へ向かって溢れ出して初めて、意味が生じる。

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プロフィール

Author:愚慫
“愚樵”改め“愚慫”と名乗ることにしました。

「空論」は相変わらずです (^_^)

      

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