愚慫空論

「愉氣の会」がふたつ

先日の14日と15日。地元富士吉田で、二日連続して「愉氣の会」が催され、ふたつともに参加してきた。

ひとつは、アキラさんを講師に招いての愉氣の会。14日。そちらについては、アキラさんご自身がブログ記事を上げておられるので、

 ⇒ 愉氣の会@富士吉田(光るナス)

タイトルでは「ふたつ」といいながら、当記事で取り上げてみるのは15日に行なわれたもうひとつの方。こちらは「愉氣の会」と銘打って行なわれたわけではないし、「愉氣の会」として良いのかどうかも定かではないのだけれども、その思想は愉氣の思想そのものだと感じるので、私の独断で、ふたつとも「愉氣の会」としてみた。

*****

15日の紹介に入る前に回り道。愉氣とは、なんなのか。わが「空論」でも何度も取り上げているけれども、改めて。

野口整体(以下、整体と記す)には、4つのステージがあるという。1.自働運動(活元運動)。2.行氣 3.愉氣 4.型(操法)

整体の基本は1.の自働運動。人間の運動には意識の思い通りになる随意運動と、思い通りにならない不随意運動とがある。随意運動も不随意運動もどちらも自然な身体の運動なのだけれども、自働運動にはとある方向性があって、それは、随意をできるだけ外してみましょう、というもの。随意を外すと随意運動も意識がコントロールしない“自然な運動”に戻る。

自働運動の典型的な例は、寝相(ねぞう)。就寝中で意識が休眠状態にある時に、身体が勝手に動く。内臓のような部位はもともと意識が及ばない領域だけれども、意識が覚醒しているときは随意で動く部位が、無意識のうちに勝手に動く。この勝手な動きが実は、意識のコントロールによって身体に生じた「歪み」を自然に解消しようとするもの――自薦治癒力――という観察が、整体にはある。

つまり。自然な「歪み」の解消を、意識的に行なおうとする方向性。「自働運動」という名辞は、普段は意識されない「身体の自然」を意識してみよう、という思想である。

で、自然を意識するのは、意識を淀みのないものにする必要がある。それが2.行氣。禅で行なう瞑想とは異なるけれど、似たところもあるようだ。私には詳しく説明できないで、これ以上は割愛。

そして3.愉氣。愉氣は基本、二人で行なう。淀みのない意識(これを「氣」という)を相手の身体に向けることによって、身体がもともと持っている自然な歪み解消能力を引き出そう、とするのが愉氣。氣だけではなく、相手の身体に接触するのだけれども、その接触の仕方が問題。

相手の身体への接触は相手の身体にとっては負荷になる。負荷には反撥が生じるのが身体の自然な反応。適切な負荷を与えてやると、自然な反撥が「歪み」の解消へと作用する。それを導くのが愉氣の技法。

4.操法は、そこからもう一歩進んで――ということになるのだが、これは割愛。

*****

話は戻って15日の会。この日の講師は矢野智徳さんという方。(会の名前は何と言ったか、忘れた)

「地球の庭師」という名称で呼ばれている方がおられるが、ピッタリだと思う。

  ⇒ 地球の庭師に出会いました(メダカのがっこう:中村陽子のコラム)

アキラさんの整体の愉氣は対象が身体という自然だったが、矢野さんの場合、対象は自然そのもの。

自然には、自然の循環がある。それは人の身体でも、森でも、あるいは田畑でも同じ。我々が暮らす住居でも、心地の良いと感じられる環境になっているときは、自然な循環が上手く巡っているとき。自然な循環は自然治癒力になり、そこで暮らす生命――人も動物も植物も――を豊かにしてゆく。

ところが。人間社会の人間の都合による利便性追及の営みが、大きな自然の循環をズタズタに切断してしまっている。そのために至るところで不自然な不具合が発生しているわけだけれども、その不具合をまた不自然な方法で処置しようとし、ますます不具合を広く深いものにしていってしまう。これは、人の身体が持つ自然治癒力を無視した医療が、しばしばもともとの生命力を奪ってしまって、薬漬けにしてしまうのとよく似ている。

矢野さんの思想と技法は、そうした悪循環を絶ち、自然がもともと持つ自然治癒力を引き出していってやることで自然環境を改善し、ひいては人間の暮らしを豊かにしていこうというもの。

これは「里山の思想」と呼ぶに相応しいものだが、それは同時に「愉氣の思想」でもある。技法的思考により愉氣に近い。それは、ふつうに暮らしている分には見えない部分に関心を持ち、見えない部分を感得することで自然治癒力を引き出そうというところ。

整体の場合、随意運動から意識のコントロールを外していく方向性(思考)で、見えない部分を見ようとする。矢野思考では、具体的には見えない地面の下。地面の下の見えない循環を感得し、整えることで自然の生態系全体の循環を整えていこうとする思想であり、技法。

地面の下の循環は、そこに根を張り巡らす植物に直接影響を与える。生態系の基盤は植物だから、植物の調子こそが要。植物の調子を観察して根の具合を察し、根の具合から地面の循環の様子を推し量る。また、地面の感触、雨の際に表面を流れる水量などからも、様子を窺い知る。

矢野思想の要諦は、「大地は呼吸をしている」ということ。私たちの目には見えないけれども、地面には空気の出入りがある。土中には、水の流れとともに空気も流れている。空気の流れが滞ると、水の流れも滞る。また、嫌気性細菌が多くなって、植物にとって具合の良くない有機ガスが発生する。ドブ臭い有機ガスは根を弱らし、植物の勢いを弱めてしまう。

土地の呼吸を妨げるのは、まず、舗装。あるいは治山工事。これらによって地面からの空気の出入りが遮断される。次に泥。細かい泥は土の間隙を塞いでしまい、空気が動く道を塞ぐ。そうして固くなった土は水を吸収することができず、雨に削られて泥を発生させ、発生した泥は水の流れに乗って他の土地へ侵入し、その場所の環境を悪化させていく。

現在、日本では空気の動きが止り、病んだ土地が広がっている。都市部だけではない。地方に行っても舗装、治山工事で土地が病んでしまっている。そこから発生する泥の量は膨大で、それが雨のたびに川に流され海へ至り、海の自然環境を悪化させてしまっている。

矢野さんの技法は、そのような病んだ土地を診断し、空気の流れ、水脈を読み、急所に適切な「処置」を施して、自然の循環を甦らせ、生態系の自然治癒力を引き出していこうとするもの。「処置」といっても(私の観た範囲では)大がかりなものではなくて、溝を掘る、穴を掘る、といった程度のもの。そんな程度の「処置」で、草木の様子が徐々に、しかしはっきりと変わっていく。

矢野さんの活動と技法を紹介してあるHPがあるので、リンクを貼っておく。

 ⇒風土を再生する ~里山整備の視点」(私の森.jp)


別の講演会で動画もあるので貼り付けておくが、かなり長い。

*****

矢野技法そのものは、愉氣よりも、上では説明を割愛した操法に近いのかもしれない。病んだ身体・土地に、一歩、積極的に「処置」を施すことで、自然な循環を回復していくきっかけを与えてやる。

が、愉氣の思想なくして操法はない。身体が持つ活元運動が土台にあって、その自然治癒力を引き出す思想が愉氣の思想。矢野思想も同様に、自然には自然の循環があって、そこに自然の治癒力がある。自然の治癒力を引き出すことが、環境改善に繋がっていくという思想。そして技法。

このふたつには共通する部分が多いと感じる。

技能は霊的回路である

現在の日本は、破局の真っ最中。なぜそうなってしまったのか。「ニッポン・イデオロギー」すなわち「頽廃したアニミズム」だというのが『8・15と3・11 戦後史の死角』の主張だ。

8・15と3・11戦後史の死角

この主張には同意できる。しかし。

「本来のアニミズム」は残されているのか
 現存する「神道の神々」は、日本列島では不適切な稲作と天皇制の圧力によって二重に屈折し、二重に疎外された霊(アニマ)の頽落形態である。福島原発事故をもたらしたのは、ユダヤ・キリスト教の絶対神ではない。「神道の神々」を基層とするニッポン・イデオロギーこそが、8・15に続いて3・11の大惨事を必然化した。(p.210)


日本の里山が美しいように、吉田嘉七の「妹に告ぐ」の感性もまた繊細で美しい。この「兄」のような兵士を大多数の日本人は見棄て、裏切ることで第二次大戦を生き延びた。しかも裏切ったという事実までも隠蔽し、忘却した。
 問題は戦死した「兄」を四十九日で極楽へ送り出し、忘れることを自分に許す「妹」もまた、同じ心性の持ち主であることだ。(p.212)


私は著者のこの心性に屈折を感じる。「識者」に共通する、西洋文明に対するコンプレックス。

日本の里山は美しい。ゆえに日本人の感性は繊細である――これは、里山で暮らしたことのない者の言だ。里山が美しいのは、自然の生態系と人間の社会とが同じ循環のなかで回るから。だから、里山は人為でありながら、自然な美しさを持つ。

しかし、これは逆の見方をすると、里山では自然と同じ(文明人にとっては)厳しい暮らしを強いられるということだ。笠井氏からはこの視点が抜け落ちているように私は思う。ゆえに、日本人のアニミズムはずっと以前から頽廃していた、といった主張を唱えることになる。

現在の日本社会が「頽廃したアニミズム」に支配されていることには同意できても、元来、日本人のアニミズムは頽廃していたのだという主張には同意できない。繊細なだけで、厳しい自然とやり合っていくことなどできるわけがないではないか。日本の里山は、もとから里山ではない。膨大な労力が投入されてこその里山なのだ。

元来南方系の稲を、亜寒帯地域もある日本全域に適応させようという試みには無理がある。この主張は、客観的にみれば説得力がある。無理な努力は屈折をもたらす。これも論理的に思える。しかし、ここも大切な視点が抜け落ちている。その努力は強いられたものであったか、否か。

人間はアタマデッカチで、自分自身を欺すことができる生き物だ。自ら進んで破滅的な行いをすることは多々ある。そういった人間が屈折していくことは、間違いない。が、美しい里山の維持――同時に厳しい暮らしの維持――に膨大な労力をつぎ込むことができた人々が屈折していたという主張には、どうしても私の感性が納得しない。屈折し頽廃した人間が、美しいものを保とうと自ら進んで努力することなどできるはずがない。人間はそこまで屈折した存在ではない。

過去、人々の暮らしが厳しいものであったのは、環境が厳しいものだったからだ。共同体が抑圧的だったためではない。厳しい環境に適応するために人は共同体を作った。人が人間たる所以だ。そうしてできた共同体が、そもそも抑圧的であったと考えるのは論理的ではない。むしろ共同体は開放的であったはずだ。開放的であったればこそ、人々は屈折から免れて厳しい暮らしに耐えることが出来る。人とは、もとよりそのようにできている生き物のはずである。

人間が屈折し始めるのは、共同体が抑圧的なものに変質したときだ。そのような変質は、環境が変化したときに起きる。より厳しい方へ変化しても、緩やかな方へ変化しても起きる。これは、人が環境変化へ対応するのにようする時間のズレから生じる、一時的なタイムラグのようなものと私は考える。ヒトほどの自然環境への適応力は、

近代日本の共同体が抑圧的なものへと変質したのは、西洋文明の流入で、環境が緩やかな方へと変質しだしたことが原因だろう。人が緩い環境の方へと流れるのは自然なことだが、西洋文明はそれ以上に、自然環境を人為的に改変する力に優れていた。化石燃料を用いる「科学技術」が発達していた。

アニミズムの頽廃が始まるのはここからである。「科学技術」の普及が「技能」を駆逐した始めたところから。アニミズム的霊性は、「技能」と深く結びついている。

「霊性」とは「彼岸」と「此岸」とを結びつける回路である。そうした回路は宗教によって担保されるというのが一般的な認識だろうが、私はそればかりではないと思う。「技能」によっても担保されうる。「技能」によって「彼岸」への回路が機能している宗教世界が、アニミズムの世界ではないのか。
日本農業への正しい絶望法

「技術」と「技能」の違いを一口で言えば、「マニュアル化できるか」だ。マニュアルといって多くの人が思い浮かべるのは、電気製品を買うと付いてくる、使い方が細かく書いてある冊子だろう。マニュアルに書いてあるとおりに操作をすれば、製品の仕組みについて特段の知識がなくても、必ずその製品は予定された機能を発揮する(さもなくば不良品だ)。同じことが近代の工場労働でもいえる。労働者には作業手順が微に入り細に入り徹底的にマニュアルとして示され、そのマニュアルに沿って作業をすれば、製品を作ることができる。一般に大量生産の工場では、労働者はマニュアルに忠実に働けばよく、独自の判断や行動は不要だ。新たな技術が生まれれば、それはマニュアルの変更として表現される。
 大量生産の工場と対極をなすのが町工場だ。町工場では、どういう製品をどういう製造過程で作るかについて、大まかな方針はあるが、つねに臨機応変に判断し行動しなくてはならない。この対応能力が技能だ。技能はたぶんに職人技であり、科学知識とともに、試行錯誤の経験によって個人的に獲得しなければならない。(p.78)


同じ部分を引用した前々回の記事では「科学知識とともに」に下線を施したが、今回は「個人的に獲得しなければならない」に施してみた。これは、「霊性」という回路の特徴でもあるからだ。

「個人的に獲得しなければならない」のは、宗教的な「信仰」も同じ。宗教上の教義は普遍的なものではあっても、「信仰」はあくまで個人的。笠井氏は近代科学はキリスト教から生まれたと指摘しているが、科学がキリスト教の性質を受け継いでいるなら、科学知識が「個人的に獲得しなければならない」であっても、何の不思議もない。

 科学も霊的回路でありうる。

8・15と3・11戦後史の死角

役に立ちそうだという現世的な理由で、「一神教的技術の生みだしたモンスター」を飼育してみせようとした「自然宗教の神官」こそニッポン・イデオロギーの信徒であり、アニミズム的な知や技術の頽落した形態である。この愚かしい頽落形態以外に、本来のアニミズム的なものが日本に残されていると思うのは、非現実的なノスタルジーにすぎない。
 現代日本でも美しい里山の自然に、中沢はアニミズム的な基層が息づいているという。しかし、日本の農村はまた、遺物排除の抑圧的な閉鎖空間である。(p.211)


「現世的な理由」=「霊性が遮断されている」。そのような神官とは、いわゆる「科学者」を指すのであろう。このような「科学者」は、科学技術を個人的に獲得しなければならないものだとは考えていない。普遍的知識を高度に修得したエリートだと自認していていよう。それがアニミズム的知の頽落だという指摘は同感だ。

だが後段には同意できない。美しい里山は自然のままではない。個人的に獲得されねばならない「技能」によって維持されている人工環境だ。里山が維持されているということは「技能」が維持されているということであり、「技能」が「彼岸」への霊的回路であるとするならば、そこにはまだアニミズム的な知が息づいていると考えることができる。そしてこの考えは、樵である私の感性とも合致する。

*****


『8・15と3・11戦後史の死角』の最後で笠井氏は、親鸞思想を取り上げ、プロテスタンティズムと並べて評価する。
8・15と3・11戦後史の死角

 もしも8・15と3・11を超える契機として、日本人の宗教意識を再評価するのであれば、頽落したアニマとしての「神道の神々」ではなく、親鸞の絶対他力思想にこそ注目しなければならない。
 ある意味でカルヴァン派は、世界の外にある唯一神を絶対化する点でキリスト教の純粋形態だった。浄土真宗の阿弥陀如来は、同じように絶対的でありながらユダヤ教の神のように、世界に外在してるわけではない。(p.219~220)

 神の外在性、絶対的超越性という点で、極限まで突き進んだカルヴァン派にも匹敵する宗教思想を、かつて日本人は生みだした。また、ドイツ農民戦争を超える農民蜂起と農民反乱の歴史もある。超越者が世界に外在しながら、同時に内在しているとう点に、その精髄を見なければならない。ここからヨーロッパ的な世界史でも、「回天」と「革命」をめぐる中国的なそれでもない、独自の歴史意識が導かれうるだろう。(p.221)


「危険だから原発反対」は出発点に過ぎず、ニッポン・イデオロギーの呪縛から解放されるには、日本独自の歴史意識が必要。この主張には同意する。ただ、日本独自の意味が、ヨーロッパや中国の歴史意識に匹敵するものだとするならば、それは違う。

もともと日本には、日本独自の歴史意識はあった。ただそれは身体的なところにとどまりおり、意識に上ってくることがなかった。近代以前の日本人はそのことを意識的に理解していた。そうした意識は、漢字を「真名」とし、ひらかなカタカナを「仮名」として受け入れていたところに反映されている。もともとの日本人は、「真」と「仮」、すなわち「中国的頭脳」と「日本的身体」のデュアルで回っていた。それが「辺境」に位置した日本人の「構え」であり、日本人の歴史観は意識化されない「身体」に方にあった。

近代以降、日本人はそのことを忘れてしまったし、笠井氏も知らない。歴史意識は頭脳と身体とを統一的に結びつける宗教的なものだと捉えている。そうした捉え方こそが近代日本人特有のコンプレックスであり、ニッポン・イデオロギーの源泉なのだと私は考える。

粟島へ

11月10日から12日、新潟県の粟島へ行ってきた。

粟島へは馬力学会に引き続き、二度目の訪問。今回の訪問の主目的は「あいさつ」である。年明けから粟島へ移住することになるので。単身赴任だけど。

4時半に富士吉田の自宅を出発して、中央道~圏央道~関越道経由で粟島への船が出る岩船港到着が9時半。船は10時発。もともとは11日からの予定だったけど、11日は海が荒れて船がでないかもしれないということで、一日繰り上げ。まだ晩秋だけれども、冬が近いから。冬の日本海が荒れるというのは、常識。

波が3mを超えると止るらしい。当日は2.5mだったということ。けれど、かなり揺れた。どうってことはないだろうと高をくくって図書館から借りてきていた『海辺のカフカ』を読み始めたのだけれど、出航するとすぐそれが無謀な所業だと判明。まわりを見渡すと、皆、べったりと身体を床に横たえている。私もすぐに真似をした。

けど、寝ているのには途中で飽きてデッキへ行く。さらに調子に乗って舳先へまわって写真撮影。波がドッパーンと来る瞬間にシャッターを押すべく何度もトライしていたのはいいが、かなり濡れた。


粟島で私は、「なんちゃら協議会」で雇用されるということになるらしい。「なんちゃら」は長ったらしい名前があるのだけれど、忘れた。業務内容は、「地域おこし事業の教育プログラム推進業務」。「 」の中身は、名目上ということ。中身がなんなのかは、話は聞いてきたし、イメージも出来たけど、具体的には書き表せない。具体的にはこれから考える。「プログラム推進」というのは、要するにそういうこと。

大風呂敷は、粟島全体を学校にしよう、という大それたもの。粟島学校構想。

で、何を学ぶのか。私の勝手な言葉で述べてしまえば、“自分自身を好きになることを学ぶ”

本当は「自分自身を好きになる」なんてことは、わざわざ「学ぶ」ことではないのだけれど。でも、わざわざ「学ぶ」必要がある人は、日本社会にはいっぱいいて。日本社会はシステマチックに「自分を嫌い」な人間を大量生産しているから。それに叛旗を翻す、なんていうとバカバカしく聞えるかもしれないが、そんなバカバカしいことをしなければならない時期に来てしまっている――なにより私自身が。自分の生き方として。

***

今回は、偶然か必然かはわからないけれど、そういう「機縁」がめぐってきたということ。私はそう受け止めている。

前回、馬力学会で粟島を訪問して、島を覆い尽くそうとする葛の勢いを見て、これはヤバイと思ったと同時に、「縁」ができてしまった感じた。正直なところ、私は馬にさほど関心は持っていない。馬力学会の理念――馬に頼って生きてみよう――には、理念として面白いと思うけど、私自身の「生き方」としては、別に馬に頼る必要はないと思うし、今でもそう感じている。

でも、なぜか馬力学会には行ってみたくて、そんなツイートを発したりはしたんだけれども、でも、貧乏人なんで無理だと思っていたら安冨先生が援助してくださって、なんやかんやで「縁」を感じることになった。馬力学会の発起人のひとりである寄田さんにも知り合って、すごい人だと感じ入ったこともあるけど、私自身の「縁」は粟島という場所にあるという感じが強くしていた。

そんな感じがあるところに、粟島で仕事(就職口)が、という情報が届いた。10月の半ばだったか。その日は土曜日で、ちょうどたまたま、高性能林業機械の展示会が近くであって、そうした機械を見学していて、ウンザリしていたところだった。

10月13日の、そのあたりのツイート

いま、高性能林業機械なるものを見てまわっているわけだが。

 

思い出しているのは、馬力学会での安冨先生の話。専門家=ハサミ論。ハサミにどこを切るのかを任せてしまうと、好き勝手に切り刻まれてひどいことになるという話。

こうした「高性能」な機械は、専門家=ハサミ。しかも高価。なので、導入すると、ハサミが効率良く、かつ休みなく働かせるようにしないといけなくなる。その結果は、当然のことながら、森がハサミに都合よく切り刻まれることになる。しかもそれが「環境整備」の名目で行われる。

作業の安全性は間違いなく高まるが。安全で効率のよい「環境整備」が、雇用環境を悪化させつつ進行することになる。

でもなあ。新ピカの新しい機械の「威力」を見ると、「進歩」したような気になるんだよ。遅れた業界だと思い込んでいるから、なおさらね。遅れていることこそ、今の時代では宝なのに。


こんなツイートを発するような気分の所へ粟島の情報が届いて「来たか」と思っていたら、これまた安冨先生から「あれはオマエの仕事だろう」といった内容のメールが届いていて。「ああ、やっぱりそうなんだな」と決意した――。

***

遅れていることこそ、宝。そう認識することと、時計の針を巻き戻そうとすることは同じではない。今の日本社会では「遅れている」と感じることのなかに「大切なもの」がある。「遅れている」は得てして「不足」と捉えられがちだが、そうではないのだ。

11月12日のツイート

日本の田舎の一般的なやり方は「不足」を国からの補助金を引き出すための口実に使うというものだが、この方法こそが田舎をダメにした。「大切なもの」を壊してしまった。

(参照:安冨歩『幻影からの脱出』 第三章『田中角栄主義と原子力』

ここでいう「大切なもの」とは、複雑さの中で安定しているさまざまなもの(自然環境、人間、社会)との良好な関係のこと。今の日本の社会が追い求めるところは、「複雑さの中での安定」ではなくて、「単純さをもとにした効率性」。後者を指して「合理的」と称する。「合理的」の名の下に「複雑さ」を切り捨てて「単純さ」へと置き換え、「複雑さ」を保とうとすることを「遅れている」と感じてしまう。

「複雑さ」を「遅れている」と感じ、社会を上げて「単純さ」を追い求めていった結果、自分自身の居場所を無くしてしまった。自分自身の居場所を無くするようなことをしていて、自分を好きになることなどできるはずがない。

粟島にはそういう「複雑さ」がまだ色濃くある。もちろん、それは粟島だけではない。以前、暮らしていた熊野にもそうした趣はまだ色濃くあった。それに比べると、今、暮らしている山梨はかなり薄いし、「単純さ」への性向が強い。これも「縁」があって移り住んで来たわけだけれども、こんどもまた「縁」があって粟島へ行く。

学者の矜持について ~『日本農業への正しい絶望法』を読んでみた

正しい学者が執筆した本。お薦め。


〈有機栽培だからおいしい〉〈日本人の舌は厳しい〉〈農業は成長産業だ〉←全部、ウソです。
「ちょっとでも食や農に興味がある人は読んでおいたほうがいい」

「有機栽培」「規制緩和」「企業の参入」等のキーワードをちりばめて、マスコミ、識者が持て囃す「農業ブーム」は虚妄に満ちている。日本農業は、良い農産物を作る魂を失い、宣伝と演出で誤魔化すハリボテ農業になりつつあるのだから。JAや農水省を悪者にしても事態は解決しない。農家、農地、消費者の惨状に正しく絶望する。そこからしか農業再生はありえないのだ。徹底したリアリズムに基づく激烈なる日本農業論。(新潮社HPより)


本から知識を仕入れることができるのは、当たり前。学者の本ならなおのこと。「正しい学者」の本はそれに加えて、誠実さがある。“仕事”は事に仕えると書くが、何ものかに“仕える”誠実さが滲み出てくる。つまり、本書は学者の仕事の成果。ただし、その成果は、味わうと苦い。

では、著者の神門(ごうど)氏が仕えているのは「事」とはなにか? それは「科学」だろう。

「技術」と「技能」の違いを一口で言えば、「マニュアル化できるか」だ。マニュアルといって多くの人が思い浮かべるのは、電気製品を買うと付いてくる、使い方が細かく書いてある冊子だろう。マニュアルに書いてあるとおりに操作をすれば、製品の仕組みについて特段の知識がなくても、必ずその製品は予定された機能を発揮する(さもなくば不良品だ)。同じことが近代の工場労働でもいえる。労働者には作業手順が微に入り細に入り徹底的にマニュアルとして示され、そのマニュアルに沿って作業をすれば、製品を作ることができる。一般に大量生産の工場では、労働者はマニュアルに忠実に働けばよく、独自の判断や行動は不要だ。新たな技術が生まれれば、それはマニュアルの変更として表現される。
 大量生産の工場と対極をなすのが町工場だ。町工場では、どういう製品をどういう製造過程で作るかについて、大まかな方針はあるが、つねに臨機応変に判断し行動しなくてはならない。この対応能力が技能だ。技能はたぶんに職人技であり、科学知識とともに、試行錯誤の経験によって個人的に獲得しなければならない。(p.78)


添えられた“科学知識とともに”の言葉に、著者の矜持を見る思いがする。

近代社会は科学技術社会で、そこを支えるのはマニュアルである。マニュアルは技術に精通した「科学者」が作成する。科学者が「プライド」を持つのは当然のことだ。それはいい。だが、だからといって技術が万能だと考えるのは、思い上がりだ。

科学も技能も、ともに個人的に獲得しなければならないもの。「個人的に獲得した」というところに矜持があるからこそ、技能への尊敬がある。学者であるからこそ、日本農業を支えていたのが技能であったことを技能者たちよりも知悉している。そして、それが日本農業から失われようとしている現状。その現状把握に基づいて書き上げられた「仕事」が、苦いものになるは必然だ。

その苦さが際立つのが終章。

 耕作技能の崩壊をとめられなかったことについての自責の念に駆られる一方で、きわめて不遜なことだが、マスコミや「識者」から嫌われる真実を知っているというのは、研究者として幸せなのかもしれないと思うときがある。ガリレオでもメンデルでも、同時代人からは理解されずに苦しんだが、彼らしか訴えられない真実を持っていたというのは、研究者としては羨ましい。私は彼らのような偉人ではないが、私だけが訴えられる真実を持っていて、それに対する社会の無理解を体験できるというのは、このチンピラ研究者にはずいぶんぜいたくな経験ではないかと思う。私は干されても構わない。ただし、十一歳年下で生活力のない妻をどうするかが気になる。(p.233)


同じく正しい学者である小出裕章氏を連想させられる独白。専門家同士の原発の安全性についての論争では負けたことがないという小出氏が、いつも最後の聞かされてた台詞が「私にだって生活はあるんだ」だったという。

科学知識であれ、技能であれ「売り物」にならなければ生活が成り立っていかないのは貨幣経済社会の宿命ではあるけれども、それに屈してしまっては矜持など保てはしない。ハリボテの「プライド」を守るしかない。そういった者たちが「識者」であろう。

本書は、類型的な社会論に対する挑戦も秘めている。その挑戦とは、「人間社会の愚かさに詠嘆する」というものだ。私は人間の不正直は責めるが、人間の愚かさ(自堕落になって、すべてを台無しにしてしまうという類のこと)は責めない。自堕落に陥っているのに、あたかも公益や正義であるかのような言動をする人がもしもいれば、私はその人を厳しく詰問する。しかし、自堕落に陥っていると告白する人に対しては、私はわが身に共通する愚かさに、一緒に涙したい。(p.233)


親鸞の悪人正機説を思い浮かべる。

日本農業で耕作技能が衰退していくプロセスは、人間の愚かさの凝縮だ。農地利用の乱れとか、農業政策の地方行政の崩壊とか、消費者の舌の劣化とか、それぞれの問題に、自堕落で大事なものを失うという人間の「粗忽さ」がある。私はそれを批判するのではなく、ありのままに描いて、詠嘆としたい。(p233~244)


現代社会では、こうした「詠嘆」に巡り合うことが出来たというだけでも、幸運というべきかもしれない。


歴史意識について ~『8・15と3・11戦後史の死角』を読んでみた

8・15と3・11戦後史の死角

再読中。一度読んで面白いと思ったけれども、若干、納得いかない部分もあったので。

本書での感じた納得のいかなさは、山本七平『「空気」の研究』へそれと同型であることは、気が付いていた。笠井氏の議論は、『「空気」の研究』に拠っているのは明らかだから。『「空気」の研究』への納得のいかなさについては、以前、「その都度方式」vs「一括方式」というまとめ方で提示してみたことがあるが、『8・15と3・11』は、そこへもう一歩、踏み込んで考える機会を与えてくれた。歴史意識という切り口。

『8・15と3・11』は、ニッポン・イデオロギー批判の書である。

ニッポン・イデオロギーが必然的にもたらした二つの破局、8・15と3・11は、たんに並列的に存在しているわけではない。「終戦」の歴史的な結果として福島原発事故は生じている。8・15を真に反省し教訓化しえなかった日本人が、「平和と繁栄」の戦後社会の底部に3・11という災厄の種を蒔いた。これこそ戦後史の死角である。3・11という破局的な体験が突きつけている意味を真に了解するには、8・15で切断されたかのように見える戦前日本と戦後日本の錯誤を明らかにしなければならない。(序章より)


ふむ。では、ニッポン・イデオロギーとは?

日本列島に棲まう太古からの精霊たちは、海を渡って襲来する世界宗教や絶対観念の暴威に屈服し、いったんは征服される。しかし長い年月をかけて、仏教や儒教やキリスト教やマルクス主義に至る普遍的で絶対的な輸入観念を骨絡みにし、最終的には消化し吸収してきた。だから日本に存在するのは、征服され頽廃したアニミズム的心性と、原型をとどめないまでに変形された輸入観念の奇妙な折衷形態である。(p.49~50)

山本が主張するように、「空気」はアニマであるとしよう。場に潜んでいるアニマの意向を察知し、それに従おうとして日本人は「空気」を読む。たがいに「空気」を読みあうことで、日本人に固有の共同性が形成される。八百万の神という無数のアニマが偏在する世界は無時間的で、人為による歴史は存在しない。「空気=アニマ」を来そうとするニッポン・イデオロギーは、原理的に歴史意識と無縁である。(p.53)


仏教にはもともと歴史意識はない。だから、同じく歴史意識がない日本の八百万の神々と相性が良かったのだろう。見事に習合し、仏様も日本のアニマの一員になった。キリスト教は、おそらくは歴史意識が強すぎるために、日本人の体質には合わない。儒教わけても朱子学の歴史意識は日本で「国学」となり、明治維新・国家神道・近代天皇制の下拵えした。

けれども、歴史意識が日本人の基底まで届いていたわけではない。基底には未だアニマが棲みついている。笠井氏に拠るならば、このアニマは頽廃してしまっている。これは一理あると思う。

ただし。私自身はこの笠井氏の意見には共感できない。樵だから。私は私のなかにアニマが棲みついていることを自覚しているけれどもが、それが頽廃しているとは思わない。思いたくない。笠井氏が頽廃したと感じるのは、氏が知識人だからだろう。氏の提示するニッポン・イデオロギーが作動する近代日本では、近代教育に適応した知識人ほど根本的な部分でバカになる。適応を撥ね除けて根本的バカに気が付く知識人は稀だ。

脱線した。世界史の誕生

次。では、歴史意識とは何なのか。

歴史とは、人間の住む世界を、時間と空間の両方の軸に沿って、それも一個人が直接体験できる範囲を超えた尺度で、把握し、解釈し、理解し、説明し、叙述する営みのことである。(p.32)


かような営みを為すことができる人間の能力に名付けるならば、“理性”が適切だろう。

ニッポン・イデオロギーに毒された「ニッポン・エリート」たちに理性がないわけではない。たとえば、8・15を導いた責任者の一人山本五十六が、アメリカ相手に「是非やれと言われれば初め半年や一年の間は随分暴れてご覧に入れる」と発言というのは有名な話だが、これは理性的といえよう。が、その山本五十六でも「空気」に抗い得なかった。理性より優先されるものがあるということだ。

「歴史意識を持つ」とは、理性優先の「(無意識な)構え」を持つということ。そして、このような「構え」は人類普遍のものではない。というのも、歴史意識そのものが、実は特殊なものだからだ。

『世界史の誕生』と同じ著者の『歴史とはなにか』によると、自前で歴史を生んだ文明は2つしかない。すなわち、中国文明と地中海文明。インド文明にもイスラム文明にも日本文明にも、もともと歴史はない。

中国文明と地中海文明の歴史の質(歴史観)は、同じではない。同じどころか正反対。中国文明において歴史を創造したのは司馬遷。その本質は「正統」の観念であり、世界の変化を認めない。地中海文明において歴史を創造したのはヘロドトスであり、その歴史観は、二つの勢力が対立し、最後に正義が勝って終わるというもの。すなわち、「勝った方が正義」というもの。その歴史観はゾロアスター教を経由して、ユダヤ教、キリスト教へと受け継がれている。

笠井氏がいう「歴史意識」が、地中海文明由来のものであることは明らか。歴史は「武器」なのである。

『歴史とはなにか』におけるイスラム文明が歴史を持つようになった経緯の説明が面白い。すべての人為を嫌うムスリムにとって、本来、歴史という人為はあり得ないものである。が、それは文明同士の抗争においては不利。イスラム帝国はローマ帝国との抗争を経験することで、歴史意識を文明へと取り込んでいった。

とはいうものの、今でもイスラム文明は歴史が苦手。ということは、イスラムにはイスラムで、日本と同様の“イスラム・イデオロギー”があるということが推測されるし、実際、あるのだろう。また、インドにはインドの“インド・イデオロギー”があるだろう。

「歴史」に勝てないことから生じるコンプレックスがこうしたイデオロギーを生み出すことになる。笠井氏や『「空気」の研究』の山本七平氏、日本人の「悪い心の習慣」を批判する宮台氏などは、そうしたイデオロギーを抽出、指摘することができる「鋭い知識人」ではあるが、さりとてコンプレックスから縁を切ることが出来ているわけではない。

コンプレックスを批判しながら、実はコンプレックスから自由ではない。ここいらが、私が感じる「納得のいかなさ」の正体だろう。

続く。たぶん。


 | HOME | 

 
プロフィール

愚慫

Author:愚慫
“愚樵”改め“愚慫”と名乗ることにしました。

「空論」は相変わらずです (^_^)

      

最近の記事+コメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

QRコード
QRコード