愚慫空論

〈私〉とは複合感覚である (3)

原発危機と「東大話法」

 名を正す

 この魔法のヤカンが福島で爆発したとき、枝野官房長官は記者会見で「何らかの爆発的事象があったということが報告をされております」と言いました。テレビで原子炉建屋が爆発して吹き飛ぶ場面が映されていたというのに、「爆発」があったとは言わず、「爆発的事象」と言いました。あるいは東京大学の関村直人教授は、「格納容器の健全性は保たれています」とテレビで根拠なく言い続けておりました。もちろん、実際には格納容器は破れていました。
 この奇妙な言葉遣いの中に、原子力というものの抱える問題が端的に表現されています。それを私は「原子力安全欺備言語」と呼んでいます。この言語の恐ろしさは、「専門家」と自称する人々が、自分自身を騙すために用いている点にあります。そうすることで、正気では信じられないことを信じて、正気ではできないことができるようになるのです。

・彼らは、「危険」を「安全」と言い換えます。
・彼らは、「不安」を「安心」と言い換えます。
・彼らは、「隠蔽」を「保安」と言い換えます。
・彼らは、「事故」を「事象」と言い換えます。
・彼らは、「長期的には悪影響がある」を「ただちに悪影響はない」と言い換えます。
・彼らは、「無責任」を「責任」と言い換えます。


前回、原子力発電の「安全神話」について考えて見ると書いた。それは「東大話法」に象徴される欺瞞言語を考えてみることになると言っていいだろう。

前回取り上げたのは「ラーメンは蕎麦である」というセンテンス。これも上の引用で紹介されている欺瞞言語同様に気持ちが悪いもの。つまり、「ラーメンは蕎麦である」も欺瞞言語だ。

  ***

確認しておきたいことがある。「彼ら(枝野官房長官(当時)や関村直人東大教授など)をはじめとする原子力ムラの専門家の人々は欺瞞言語を弄するが、私を含めた多くの者はそのことには気がつかなかったということだ。さすがに「魔法のヤカン」が爆発した後の「爆発的事象」や「ただちに影響はありません」には、気持ち悪さを感じた。だが3.11以前には気がついていた者は少なかった。正しくは「原子力危険性審査委員会」と呼ばれるべきところが「原子力安全委員会」と呼ばれていたのに、気持ち悪さを感じる者は少数だった。大半の者が気持ち悪さを感じていれば、名は正され、もしかしたら福島第一原発の事故は回避できたかもしれない。

この状況、つまり多くの者が原子力に関することばの歪みに気がつかなかったということは、前回(2)で想定してみた状況、すなわち、ラーメンが一般的に食べられていない国において日本食の権威が「ラーメンは蕎麦である」と言明した状況と重なると考える。ほとんどの日本人にとって原子力という技術は、食べたことのないラーメンに相当する。

ラーメンか蕎麦かといったような次元においては、日本人ならまず誰もが感覚的に〈ラーメン〉と〈蕎麦〉とを区別できる。それは具体的な感覚的記憶を保持しているからだ。だからこそ「ラーメンは蕎麦である」は、感覚的に気持ち悪いのだが、〈原子力発電所〉ということば・イメージに関しては、具体的な五感の記憶を伴うことはななかった。〈原子力〉とは、空虚なことばでしかなかった。ことばが空虚であったからこそ、「危険」を「安全」と言い換えられても、感覚的に気持ちの悪さを感じなかった。〈ラーメン〉を感覚的に知らない者が、〈蕎麦〉と一緒にされても何も感じないのと同様のことだ。

それが現在では


のような、具体的な五感を伴う実質的なイメージになっている。この視覚的イメージからは「安全」という感覚は健全な人間ならどうやっても導き出すことはできない。

  ****

話が少し逸れる。原発に関しては、いまだに安全だという主張をする人間がいて、その主張が少なからぬ支持を集めているという現実がある。此度の原発事故、あるいは放射能で死んだ人間はいないという「現実」を根拠に、たとえばタバコと比較しても原発は安全なんだと言い募る。アタマデッカチな議論だ。

こうした議論を事実に即した誠実なものだと、主張する当人や支持者は感じているのだろう。そうでなければ声高に主張できるはずもないのだが、これは感覚的にまったく不誠実な、欺瞞的な議論である。

この不誠実さを、以下の問いで考えてみよう。河豚と餅は、どちらが危険か、という問い。

死亡者数という事実を基準に危険度を判定するならば、明らかに 餅>>河豚 だろう。具体的な数は調べていないが、このことは河豚での中毒死は事件として報道されるが、餅による窒息死はあまり報道されることはないという事実からも推測される。珍しい者の方が報道される傾向があるのは事実だ。河豚の中毒死が報道されるのは珍しいからだけではない。感覚的に危険だと皆が感じているからでもある。

餅がどのように危険なのかは、誰もが感覚的に知っている。餅が喉を通過していくときに感触の記憶から、その危険性を感覚的に推測できるのである。だから対処法もわかる。対処法がわかることを人間は危険だとは認識しない。

対して河豚の具体的な危険性を、ほとんどの者は知らない。肝や卵巣が危険だという知識はあっても、では、実際に河豚を捌いて毒の入った部分を選り分けることができるかというと、素人には無理。プロの技が必要とされるし、またそのことを知っている。

河豚を食べるときは、我が身の安全をプロに委ねなければならない。危険という感覚が発動しないのは、プロに対する信頼があるからである。だから、そうした信頼を揺るがすような事故があったとき、それは事件として報道されることになるし、それを契機に業界は信頼を回復しようと努力をすることになる。

つまり。危険か否かは、事実では語れない。というより「危険か否か」という問題設定そのものが誤っている。人間にとって問題なのは「危険性が感じられるか否か」。事実の問題ではなく、感覚の問題なのである。原発をタバコと比較して安全性を議論する者は、そのことをまったく理解していない。

  *****

時間切れ。(4)に続く。


〈私〉とは複合感覚である (2)

(1)からの続き。今回はことばが歪む理由について考えてみる。(1)では、ネタに梅干しを使ったが、今回はラーメンにしてみる。



上の画像は【ラーメン】である。ラーメンを食べた経験がある者は、上の画像をみると、過去の五感の記憶が引き出され、頭の中に〈ラーメン〉ということばが浮かぶ。ラーメンの味や香り、器の感触、面をすする音、そういった複合された感覚の記憶が〈ラーメン〉ということばとともに甦ってくる。

ところでラーメンは、「中華そば」という名で呼ばれたりすることがある。名前としては、こちらの方が古いのかもしれない。和風のそばに対して、中華風のそばという意味だろう。ウィキペディアによれば、時代とともに南京そば→支那そば→中華そば、と名称が移り変わってきたという。

今、この名称についての事実をもとに、

 ラーメンは蕎麦である

というセンテンスを組み立ててみる。そして、このセンテンスをどのように感じるかを自分自身に問い合わせてみる。すると思い浮かぶことばは、「気持ちが悪い」。なぜか。理由は簡単で、ラーメンと蕎麦とは感覚的に異なるものだからだ。

【ラーメン】を表示する情報(ラーメンの画像、「ラーメン」という文字)から、ラーメンを食べたことのある経験を持つ者は、〈ラーメン〉ということばを思い浮かべる。〈ラーメン〉にはラーメンを食べたときに体験した五感の記憶が統合されている。

同様に、蕎麦を食べたことのある経験を持つ者は、【蕎麦】を表示する情報から〈蕎麦〉ということばを思い浮かべ、その時の五感の記憶を引きだしてくる。その記憶は、当然〈ラーメン〉のそれとは異なる。どのように異なるかを簡潔に述べることは難しい。


上は鴨南蛮そばだが、これは視覚的にはラーメンに近い。ラーメンを食したことのない者が、画像だけを頼りに分類するならば、鴨南蛮をラーメンに分類することはあり得るかも知れない。が、実際に食した経験のある者ならば、鴨南蛮をラーメンに分類することは難しいだろう。味覚がラーメンとはまるで異なる。

つまり。「ラーメンは蕎麦である」というセンテンスは、感覚的に歪んでいるのである。

見方を変えてると、もともと「南京そば」と呼ばれたものが、時代とともに名称が移り変わってゆき「ラーメン」という名称に落ち着いたという現象は、名の歪みが正されていった過程だと言える。「南京そば」といわれたのは、「中国の南京からやってきた蕎麦」という触れ込みを込められたからだろうと推測する。この場合、同じ麺ででもうどんではなかったのは、感覚的に納得出来よう。そして、その食べものが一般的なものになるにつれ、〈蕎麦〉という複合感覚と一致しなくなっていた。そこへ「ラーメン」という名称が登場し、そちらの方が一般的になっていったのではなかったのか。

〈ラーメン〉が「ラーメン」と呼ばれるようになったのに必然的な理由があったわけではない。「チョンメン」でもよかったのかもしれない。「ラーメン」と定まったのは、半分以上は偶然だろう。

  ***

次のような状況を想像してみる。まず、日本食の権威とされている人物がいる。世界的にも名が知られているとする。その人物が、ラーメンが一般的に食されていないが、日本食の蕎麦はよく知られているとある国でラーメンとは何かと問われて、「ラーメンは蕎麦である」と発言してしまい、その国のマスメディアで大々的に紹介されてしまった。そんな状況。

この状況において、「ラーメンは蕎麦である」というセンテンスが歪んでいるのか。

日本食の権威である人物についていえば、このセンテンスは歪んでいる。この人物は〈ラーメン〉と〈蕎麦〉の感覚的な違いを知っているからである。(にもかかわらずこのように発言してしまう理由については、後で考察してみる。)

しかし、ラーメンについて知らないその国の人々にとっては、「ラーメンは蕎麦である」のセンテンスの歪みは感知できない。〈ラーメン〉の感覚を知らないのだから、当然だ。そうならば、〈ラーメン〉=〈蕎麦〉という歪んだ知識が広がって行ってしまうことは、必然の成り行きになる。歪んだ知識とは、いうなれば「神話」である。この歪みを正すには、ラーメンというものがその国にも広まって、多くの人が〈ラーメン〉を体験することが必要になってくる。

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次回は原子力発電の「安全神話」について考えてみようと思う。ラーメンから原発へいきなり飛躍する。


〈私〉とは複合感覚である (1)

今回はいつもの「空論」、つまりわけのわからない論考を繰り出してみたい。

〈私〉とは、自我あるいは自己と呼ばれたりするもの。自我と自己は区別されるが、ここではその区別は考えない。それで〈私〉とした。その〈私〉が複合感覚である、という「複合感覚」。まずはここから。

複合感覚というからには、複合していない感覚がある。人間に備わっている五感がそれ。視覚。聴覚。嗅覚。味覚。触覚。ここでは「一次感覚」と言っておくことにする。

  ***

いきなり話が飛ぶが、『暇と退屈の倫理学』を読んでいると、ダニの話出てきた。皮膚に食らいついて、血を吸うアレだ。私もしばしばお世話になる――のはどうでもいいが。

『暇と退屈~』の中にユクスキュルという生物学者の「環世界」という話が出てきて「ダニの世界」の話が展開される。ちなみに「環世界」とは、

私たちは普段、自分たちも含めたあらゆる生物が一つの世界の中で生きていると考えている。すべての生物が同じ時間と同じ空間を生きていると考えている。ユクスキュルが疑ったのはそこである。彼はこう述べている。すべての生物がその中に置かれているような単一の世界など存在しない。すべての生物は別々の世界と空間を生きている!


私はこの一文を読んで、このことは、人間においては個々人についていえると思ったわけだが、なぜそうなるかを説く前に、ダニ世界の話。

ダニには3つ感覚しかないという。
 1.酪酸の臭い。
 2.摂氏37度の温度。
 3.体毛の少ない皮膚組織。

これらの感覚を順番に用いることで、ダニは常温動物の体に取り付いて吸血行動を行なう。これら3つの感覚は一次感覚であって、一次感覚がそのまま行動に結びつく。要するにダニという生物は、3つのシグナルに順番に反応する機械だというふうに見なすことができる。あくまで吸血行動に関して、だが。

ここでわかるのは、ダニにおいては「感覚によって行動が促される」ということ。で、仮定してみたのは、ダニより複雑な「機械」である人間においてももまた「感覚によって行動が促される」のではないか、ということ。私たちは判断とか決断とかいった「意志」によって行動が促されていると考えるが、それは錯覚で、感覚にスイッチが入れば動き出す「機械」に過ぎない。ただ、ダニと異なるのは、その感覚の構造が複雑で入り組んでいること。

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で、話は戻って複合感覚。

人間には五感がある。この五感の構造自体も、ダニの三感よりも複雑ずっと複雑だが、それに加えて人間は二次、三次の複合感覚を創造する能力を持つ。たとえば二次感覚とは、【視覚-聴覚】の組み合わせでできるもの。【嗅覚-味覚】の組み合わせでできるもの。【触覚-視覚】の組み合わせでできるもの。組み合わせは人間の一次感覚の複雑性から、同じ感覚同士の組み合わせもありえてさらに順序も考えれば、5×5で25。三次になると五感が3つ組み合わさると考えられるから、その組み合わせは5の3乗で125。四次、五次となればその組み合わせは膨大な数に膨れあがっていく。

右の画像をご覧頂こう。これは私が普段食する弁当。日の丸弁当だ。ご飯の真ん中に梅干しがのっかっているのが視覚できるだろう。

梅干しを視覚すると同時に知覚されるのは【梅干し】という複合感覚。梅干しを食した経験のある人間は、視覚と同時に嗅覚、味覚、触覚の記憶が引き出されてくる。さらには「う・め・ぼ・し」と発声された聴覚も引き出される。つまり【梅干し】とは、視覚+聴覚+嗅覚+味覚+触覚の五次感覚ということになる。

さらに。この画像の梅干しは、紀州南高梅という種類の梅から作ったもの。それも紫蘇を用いない白干しである。すなわち【白干し紀州南高梅の梅干し】。この【白干し紀州南高梅の梅干し】は紫蘇を用いた梅干しとは区別されているし、さらに別の梅を用いた梅干しとも区別されている。たとえば【白干し紀州南高梅の梅干し】と【紫蘇を用いた古城(こじろ=梅の種類)の梅干し】との間には、視聴嗅味触の感覚全てにおいて違いがある。こうした違いを含めて【梅干し】に統合されているとすれば、【梅干し】は、

視覚1+視覚2+…+聴覚1+聴覚2+…+嗅覚1+嗅覚2+…+味覚1+味覚2+…+触覚1+触覚2+…

ということになっていって、何次になるのかも見当がつかない。

  *****

今、複合感覚の例として梅干しを取り上げたが、複合感覚にはもっと一般的な別名がある。それを「ことば」という。上では、視覚から【梅干し】という「複合感覚=ことば」を誘導させたが、これはブログという形式の制約からきたものであって、もしこれが講演といった形なら、「う・め・ぼ・し」と発声し、聴覚から【梅干し】を引き出すことが可能だっただろう。目隠しをして、嗅覚あるいは味覚を刺激するという方法も考えられる。触ってもらって触覚から誘導するのもありだろう。

どのような方法を使っても、それの対象が梅干しであり、梅干しというものを記憶している人間ならば「梅干し」という〈ことば〉が脳裏に出てくるはずだ。注意していただきたいのは、ここでいう〈ことば〉は、「梅干し」でも「ウメボシ」でも「う・め・ぼ・し」でもなく、もっと漠然としたイメージとしての〈梅干し〉だということ。イメージとして漠然している、あるいは確固としていることの差異は、〈漠然〉【確固】のように表記しているので、留意いただきたい。

順序として次に考えてみたいのは【梅干し】と〈梅干し〉に違いだが、この違いをこの段階でうまく説明するのは難しい。むしろ【私】と〈私〉にまで遡上してから下降した方が容易だと思われる。なので、【 】をさらに統合していってみる。

  ******

【梅干し】はカテゴリーと捉えることができる。下位には【白干し紀州南高梅の梅干し】や【紫蘇を用いた古城の梅干し】などが属し。上位は【食品】というカテゴリーに属する。

【食品】というカテゴリーはさらに上位のカテゴリーに所属する。いろいろなカテゴリーが考えられるが、ここでは素っ飛ばして【もの】としておこう。【もの】はありとあらゆる「もの」が所属するカテゴリーである。加えて、【もの】には所属しない【ひと】というカテゴリーが考えられる。動植物など命あるものを【もの】とするのは抵抗もあるが、ここでは【もの】に含めておく。

ただし。【ひと】のカテゴリーのなかには人間である【私】も論理的には入ってしまうので、【ひと】から「私」は除外して【他人】というカテゴリーを考える。さらに【他人】と【もの】が所属する上位カテゴリーを【他者】とする。

実は【私】とは【他者】に他ならず、【他者】というカテゴリー(【ことば】)を複合感覚として知覚する主体が〈私〉である。つまりこの統合段階においては、「ことば」が異なっている。梅干しや食品の段階においては、確固とした【梅干し】や【食品】から導き出される漠然とした複合感覚は〈梅干し〉や〈食品〉だったのが、【他者】の段階においては〈私〉になるということ。逆に言えば、高次の統合段階においては、適切な「ことば」がないということでもある。

わかりにくいかもしれない。

よく「他者がなければ私はない」というようなことをいうが、これは不正確は表記だ。正確には【他者】がなければ〈私〉はない」になる。【他者】というカテゴリー(【ことば】)は、さまざまなカテゴリーの複合体で、所属する下位のカテゴリーは、【ひと】【もの】【食品】【梅干し】といった二次以降の複合感覚をもって知覚され、〈ひと〉〈もの〉〈食品〉〈梅干し〉といった漠然とした〈ことば〉となって記憶されている。〈ことば〉に次元が下がってくると、〈梅干し〉ならば、〈赤い〉〈酸っぱい〉といった一次の感覚となって記憶されている。

一次の〈赤〉も漠然としたもので、確固とした【赤】ではない。〈酸っぱい〉も、同じクエン酸ではあっても、果物の〈酸っぱい〉とは微妙に異なる。この違いが感覚的にしか把握できないが、その違いをまとめて〈まるめて)、【酸っぱい】という【ことば】は存在する。

【ことば】と【ことば】の差異を埋めているのは〈感覚〉でありその記憶。そうした差異を、さまざまな【ことば】を【他者】にまで統合するのと並行して、漠然としたそれぞれの〈ことば〉を複合・統合させた感覚が〈私〉なのである。

なお、「記憶≠記録」であることに留意が必要だが、これについてはまた後に述べる。

  *******

もはや【梅干し】と〈梅干し〉の違いに言及する必要はないだろうと思うのでスルーして、冒頭の方でに触れた、人間においては個々人で異なった空間に住んでいるということについて。

まず、『暇と退屈の倫理学』からの引用では空間と時間が異なるとなっているが、時間については、人間はみな同じだと考えて良い。異なるのは空間だけ。

空間とは、ダニの例からも解るように、〈感覚〉である。ダニは酪酸の臭いと、温度と、体毛を探る触覚の3つの要素からなる空間に生きている。そして、そこから得られる一次の感覚に即して機械的に生きている。

対して人間は高次の複合感覚を生成する。生成した複合感覚によって把握される世界が空間になる。複合感覚は、五感と感覚の記憶から生成されるが、記憶は個々人の体験によって左右されるから、同じ人間で五感は同一であったとしても、五感と記憶から生成される複合感覚は異なったものになる。従って、空間もまた異なったものになる。

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以上のように考えてみれば、人間もまたダニと同じく、「感覚によって行動が促される機械」であるということができる。「意志」は感覚の作動の後追いに過ぎない。

たとえばことばを話すという行動について考えてみる。私たちはいちいち判断や決断を下しつつ、言葉を話すのではない。感覚的に話すのである。言葉が出てこない場面では、視覚において焦点がぼやけているような感じでうまく知覚できない状態であり、複数のことばから選択に迷う場面でも、働いているのは感覚。もっとも感覚的にぴったり合うことばを探しているにすぎない。南高梅と古城を見分ける感覚を持ち合わせている者は梅干しの選択について迷うことがないのと同様に、選択すべきと捉えられる場面において、鋭敏な感覚を発揮できる者は迷うことがない。

結果として選択を誤るということは、感覚が鈍いか、感覚から生成される空間が歪んでいるかのどちらかである。どちらであっても、ことばが歪む。次回は、そのことについて考えてみたい。

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以上、書き綴りながら思い起こしていたのは、この本。

大乗起信論

読み直してみるかな。

絵本『だれかがぼくを ―ころさないで』

前回に引き続き「感じる」本の紹介。今度は絵本。



ここで絵本を取り上げるのは、おそらく初めてだと思う。私は絵本を読まない。あまり関心がない。

それが手元にあるのは、頂いたから。「コンポジウム@金沢」でお世話になった玄妙先生の奥さんから頂戴した。私のブログ記事を読んでくださっていて、この本に出会われたときに、私のことが思い浮かんだのだというお話だった。

奥さんの印象に残っていたのは、たぶんはこのあたりだろう 
   ⇒ 自身の恨みに愉氣をする

玄妙先生夫妻は3人のお子さんの親であり、奥さんはご自身母親として、この本を私に贈らずにはいられなかったのだと言ってくださった。このお心遣い。まさに「愉氣」に他ならないと感じた。

もちろんのこと、私の境遇と奥さんの母としてのありようとの間に何の共通点もない。母に疎まれた子どもと、子どもを愛する母と。その隔りを越えて、それ以上にまだ見知らぬ相手に、子を持つ母という当事者として、当事者であるからこそ溢れ出るもの。そのお気持ちを思いながら絵本を眺めていると、私は自分が「かわいそうなネルソンさん」になったような気分になる。

こちらで紹介した「かわいそうなネルソンさん」のお話を再掲してみる。

今を生きる親鸞

 ネルソンさんは、ベトナム戦争から帰国後、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しみました。いわゆる戦争後遺症で、戦争をありありと思い出すフラッシュバックや苦痛を伴う悪夢といったかたちで、戦争の再体験をして苦しんだのです。
 戦場で目の当たりにした殺毅やあらゆる暴力、そして自らも多くの人々を殺したことが片時も頭から消えず、その惨劇が悪夢となつて毎晩のようにネルソンさんを襲いました。
 ちょっとした匂いや音でもすぐ戦闘状態に戻つてしまい、帰国後わずか一週間で家族から追い出され、ホームレスの生活を余儀なくされたのです。まさしく「生きる場」を失つた苦しみです。
 ネルソンさんは、その耐えがたい苦しみから、自殺を試みたのです。彼と同じように苦しむ帰還兵で自ら命を絶った仲間は数万人にのぼると言われています。
 その、ネルソンさんが立ち直ろうとしたきつかけは、ある一人の少女との出遇いでした。ホームレスを続ける彼が、学生時代の友人である教師に頼まれて、小学校でベトナムの体験を話すことになり、四年生の教室に立ちました。しかし、いざ子どもたちの前に立つと、ジャングルで自分がしてきたこと、見てきたことをありのままに語ることはできなかつたので、戦争一般の恐ろしさを話してその場をやり過ごしたのでした。
そんなネルソンさんに一番前にいた女の子が質問したのです。「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか」と。ネルソンさんは、そのことこそ、どうしても忘れてしまいたい、思い出したくない、消し去りたいと思つていたことなので、答えることができず、目をつぶつて下を向いてしまったのです。様々なことが頭をよぎりながら、最後に目をつぶつたまま小さな声で、しかしはつきりと「イエス」と答えたのでした。
 すると、苦しそうな彼の姿を見て、質問した女の子は彼のところまできて彼を抱きしめました。彼が驚いて目を開けると彼のおなかのあたりで目に涙をいつばいためた少女の顔がありました。「かわいそうなネルソンさん」。そう言ってまた抱きしめたのです。
 その一言を聞いたとたん、彼は頭が真っ白になり、大粒の涙が彼の目からあふれ出たのです。教室中の子どもたちが皆かけよつて彼を抱きしめました。子どもたちも先生も皆泣いていました。
 「この時、私の中で何かが溶けた」とネルソンさんは述懐しています。・・・



  ***

肝腎の絵本の紹介がまだだった。といって、絵本を下手に紹介するわけにもいかない。なので、本カバーにある作者(文)内田麟太郎さんの言葉を引用させてもらうことで、絵本の紹介に替えることにする。

わたしは六才で生みの母を亡くしている。
まもなく新しい母が来てくれたが、愛されることが薄く、
その面当てにヤクザになろうと考えていたときがある。
その継母も晩年には「愛さなくて、ごめんね」と謝ってくれたが。
いま、ヤクザになることなく、絵本の世界にいる。
どうしてだろうか。
それは顔もおぼろに憶えていない母が
「リンちゃん、かわいい」「リンちゃんかわいい」
と、くり返してくれていたからだと思う。
母はそうくり返しながら、わたしを抱きしめてくれたにちがいない。
わたしはむろん微笑んだだろう。
本を書くということは、人を信じ言葉の橋を架けることである。
荒んでいたわたしのこころに宿っていた人への信頼。
わたしは引き返すことが出来た。
母がくり返してくれていた、言葉の力で。


  ****

この作者の言葉から思い起こされてくるのは、前回も紹介した『マイケル・ジャクソンの思想』。そして「三年之愛」。これらは要するに、人間の最もベーシックな〈繋がり〉ということだ。人間は立ち返ることのできるベーシックな〈繋がり〉が心の内にあれば、踏み外した道から立ち返ることができる。まだ「私」という感覚が成立以前の、いのちの始まりの時に与えられた〈繋がり〉。

  *****

当記事の締めは、私が出会ったときからずっとお気に入りの歌を。直裁に始まりの〈繋がり〉を歌った歌。カトリックのシスターが作詞作曲したという『いのち』と題された歌。
『志村建世のブログ2007.8.8 いのちの歌』より)

いのちがこんなに尊いのは この世に たったひとつだから
いのちがこんなにきれいなのは 神さまが心込めてるから
いのちがこんなに愛しいのは それはあなた あなたのいのちだから

父さんがいて 母さんがいて 家族がいて みんながいて
そしてあなたが生まれた けっして一人ではなかった
みんなで守るよ そのいのちを 心と体 傷ついても
あなたのいのちは変らないよ 美しく光り輝いてる

生きて 生きて 生きて欲しい かけがえのない あなたのいのちを
生きて 生きて 生きて欲しい かけがえのない あなたのいのちを
あなたのいのちを

 
歌声はこちらのリンクから聴くことがでできる。⇒ クリック

〈跳躍〉の読書 ~『幻影からの脱出』

安冨先生の新著。

幻影からの脱出

安冨先生の著作には〈跳躍〉がいっぱいあるものが多いだけれど、本著もその例にもれず。これまで以上の〈跳躍〉があるといっていいかもしれない。それでいて、本著には完結感がある。

“本著には”としたのは、そうでない感じ、つまり未完成感のある本もあるということで、『複雑さを生きる』『生きるための経済学』『経済学の船出』、そして本著の前作にあたる『原発危機と東大話法』がそうした本の系譜に当たるだろう。

なぜそうした〈跳躍〉に満ちた本になるのか。その秘密が本書には記されている。それは“「芋ずる式」の思考”というもの。

これに対して私の頭は「芋づる式」です。私は何かを考えようとすると、それに関連する知識が、ズルズルと出てくる構造になっています。その「関連」というのは、「同じ箱」とか「隣の箱」とかではありません。なんとなく、感覚で繋がっているものが出てきます。(p.40)


この前段に「箱」システムというのがあって、それは要するに知識を「適切な」ラベルリングを行なって分類してしまおうというもの。アカデミズムというものがそのような構造になっていることは言うまでもない。

安冨先生の本に限らず、どのような著作にも〈跳躍〉はある。しかし、それは大抵ひとつ。〈跳躍〉がひとつあれば、知識人たる者十分に本を書くことができる。そして、〈跳躍〉を跳躍と感じさせないように論理の階段で埋める。名著の条件は、大きな〈跳躍〉を淀みなく流れるような論理で埋めるもの、と言えるだろうか。その基準でいえば、本著を含め、上に上げた著作のどれもが名著の条件には当てはまらないかもしれない。それどころか、奇書という評価が下されたりもする。

本書も奇書と見るならばそう読めなくもない。淀みない論理を求めて、考えて読もうとするならば、そういう感想になる可能性はなきにしもあらず。しばしば現われる〈跳躍〉に面食らってしまって、混乱に陥るのもやむを得ないかもしれない。だが、それは読み方が違う。「芋づる式」に書かれた本なのだから、その感覚的な芋づるについていかなければならない。つまり、

  Don't think.FEEL!

が「読み方」になる。

(といって、安冨先生が緻密な論理を構築できないというわけでは、もちろんない。もしそうなら東大教授になれるわけがない。「緻密な論理」系の著作としては、たとえば『貨幣の複雑性』

  ***

本著の〈跳躍〉の白眉。それは「第四章 なぜ世界は発狂したのか」から終章「結論――脱出口を求めて」の間にある。タイトルの「幻影」が意味するところは、第四章まで〈跳躍〉をしながら説明されていくのだが、その四章の末尾で、突如として「萌え」『電波男』が登場してくる。「幻影」から逃れるには、「妄想」にのめり込むしかないという「思想」が紹介される。

そして、その「思想」は無理筋であり、妄想から現実へ回帰しなければならないとした上で、〈跳躍〉する先が 終章。「子どもに聞くこと」。

私が最も大切だと思うことは、子どもの利益を最大限に考える、ということです。すでに論じたように、子どもは、現在のところすべての政治的過程から排除されています。その「子ども」を中心に考えることです。
・・・
子どもの利益を知るための最もよい方法は、子どもに聞くことです。彼らは自分が何を必要としているか、明確に理解しており、それを示すことができます。子どもは、赤ちゃんのときから、全てを理解しています。このことを認めることが、新しい政治を生み出すための第一歩です。彼らの必要を理解できないのは、大人にその態度が欠落しているからです。(p.215、216)


(この後に挙げられる「例」が素晴らしいので、是非、本書で直にお読みください。)

子どものための(大人が考える)政治ではなく、子どもの要請に従う政治。そんなものが果たして政治なのかと、ここだけ抜き出してしまえば奇異に思われるだろうし、また、〈跳躍〉を感じず考えようとすれば理解は繋がって行かないだろう。

本著の完結感は、〈子どもの政治〉に至ったことが大きい。というのも、子どもは「考える」存在ではなく「感じる」存在であり、大人が〈子どもの政治〉を実践しようとするならば、大人もまた「感じる」存在にならなければならないからだ。それは本著が要請するところの「読み方」と一致する。

そしてそれは、『生きるための論語』において提示された〈学習〉の観念とも一致する。「考える」ということは知識を「箱システム」へ整理すること、つまり自身を変革せずに環境を改変することであるのに対して、「感じる」ことは自己変革であり、〈学習〉とは自己変革に他ならず、常に自己変革を行なう者が君子であり、君子を中心とした秩序であるべき、ということを示したのが『生きるための論語』だから。

つまり。〈子どもの政治〉は君子の政治に他ならない。

もっとも〈子どもの政治〉だけが君子の政治というわけでない。終章には、それ以外の君子の政治のバリエーションが記されている。それらのバリエーションは、それぞれに〈跳躍〉を伴うものだが、〈子どもの政治〉という〈跳躍〉を跳び越えた者には、もはや理解は容易だろう。


【追記】

締めになにか足りないような気がしていた。足りないものに気がついたので、追記。それはマイケル・ジャクソンの言葉。本著の最後にも記されているし、安冨先生のブログにも出ている。

私の考えでは、今日の世界が抱える問題は、都心部の犯罪から大規模な戦争やテロ、満員の刑務所に到るまで、子どもから子供時代が奪われてきた、という事実の結果に他なりません。子供の心に宿る魔法、不可思議、神秘、純真こそが、創造性の種子であり、それが世界を癒すのです。私は本当にそう信じます。

 私たちが子供から学ぶべきことは、子供っぽさではありません。子供と共にいることで、私たちは生命のより深い智慧へと導かれ、それは常にここにあり、生きられることのみを求めるのです。ここに、私たち自身の心のなかにあり、気づかれるべく待機している、解決策へと至る道があります。





山梨でもコンポジウムを!

まず記しておくべきは、「山梨でもコンポジウムを!」は、訴えである以前に、私の個人的な欲望であるということ。

コンポジウムとは、当ブログではお馴染みの安冨先生が主催する「コンサート」+「シンポジウム」というイベント形式。音楽と学術との融合を目指すと同時に何らかの合意形成は目指さず、参加する者一人一人が、なんらかなの新たな気づきを得て、それぞれに考えを発展させることをめざすもの。

コンポジウムという形式は何年も前から執り行われてきたというが、私がこのイベントを知ったのは、今年の3.28に東京大学で執り行われたイベントから。

 コンポジウムのご案内:「原発事故で何が吹き飛んだか? 
   ~日本社会の隠蔽構造とその露呈~」 (マイケル・ジャクソンの思想)


(その模様は IWJのアーカイブにある(全編視聴は有料) 
             ⇒ http://iwj.co.jp/wj/open/archives/6770

この「魂の脱植民地化」を考えるというイベント。「魂の脱植民地化」を考えると言いながら、コンポジウムの主旨通り、何を指して「魂の脱植民地化」というのか、その定義が主催者の側から提示されることはなかった。提示のなかったことは、その後モヤモヤとした波紋を呼んだりもした。
『生きるための論語』
その定義を目にすることになるのは『生きるための論語』においてだった。

その後、コンポジウムは【天下分け目の関ヶ原】と題して、第一陣が4.22に福井で。第二陣が6.9に京都亀岡で、第三陣が7.11に金沢で。それぞれ開催されている。

 (第一陣は、残念ながらアーカイブは存在しないようだ。
  第二陣は ⇒ http://iwj.co.jp/wj/open/archives/19237 にて。
  第三陣は、⇒ http://www.ustream.tv/recorded/23910438
         ⇒ http://www.ustream.tv/recorded/23911010
         ⇒ http://www.ustream.tv/recorded/23911185
         ⇒ http://www.ustream.tv/recorded/23912067 )

 (togetter:「コンポジウムは続く」がよくまとまっているので、参考に。)

昨夜、コンポジウム仲間たちとツイートを交わしながら思い出していたのだが、3.28コンポジウムが私に与えた影響のひとつは、時間を動かしたことだった。昨年の3.11以降、私のなかの時間の一部、カタカナで「フクシマ」とラベリングされた時間が、3.11で出現して、出現したまま止ってしまっていた。

止っていた理由は自覚している。傍観者だったからだ。情報は主にインターネットを通じて集めてはいたし、危機感も募らせてはいた。なので、傍観者でいることに忸怩たる思いを感じていた。感じていたが、どう関わっていけばよいのかがわからず、傍観者でいるしかなかった。時間が止っているという感覚は、傍観者でいるしかないというある種の罪悪感を伴っていた。

今年の3月11日には、知り合いから誘われて郡山で開催された集会にも参加し、加藤登紀子の歌や大江健三郎の演説も聞いてきた。デモ行進もしてきた。が、それは余計に傍観者でしかいられない、主張を声高に叫んでみたところで傍観者の立ち位置から抜け出せるものではない、抜け出したつもりになるだけということを思い知っただけだった。時間は動かなかった。

それが3.28コンポジウムをきっかけに、明らかに動き出した。

ちなみに、現在、官邸前をはじめとして抗議活動が活発化しているけれども、活動に自発的に参加する人達の多くも、傍観者でいることが出来なくなったことが動機だろうと思う。しかし、シュプレヒコールを唱和するだけでは、やはり傍観者の立ち位置からは抜け出せない。これは参加してみた私の実感でもある。

たしかに、自分たちの私益のために、原発事故がなかったかのごとく再稼働を進めようとする者たちに対しての「示威」にはなる。そして示威とは数であり、私も頭数の一として参加してみた。しかし、そもそも頭数として自身を認識していること自体が、自己を傍観者に置いているということだ。示威活動においてはそれでいいし、〈非暴力〉を貫くためにはそうでなければならない。が、〈不服従〉という点においてはどうか。傍観者に甘んじているということは、その時点で、国家権力にではないにせよ、何かに服従していることになってしまう。

この点についてはさすがに安冨先生は鋭く、デモの参加者の間に対話が生まれなければ意味がないと指摘されている。非暴力でなおかつ不服従、傍観者から主体者になるには、自発的にイベントで「参加」しただけでは足りなくて、自らも発信者にならなければならない。同じシュプレヒコールを叫ぶだけの拡声器から脱して、自らの声を周囲に発しなければならない。「参加」するだけでなく「つながる」ことで、初めて主体的に〈不服従〉ということができ、傍観者の位置から脱することができる。

  ***

私がこのことを感じたのが、おそらくは3.28のコンポジウムにおいてだった。おそらくというのは、その時点ではまだ、ただ時間が動き出したという感覚だけで、言葉にして把握することが出来ずにいたから。それが言葉になったのは、第三陣@金沢に「参加」して、その後の二次会三次会で浴びたさまざまな情報を反芻してみたなかでのこと。

三次会の場で私は安冨先生に向かって、山梨でもコンポジウムをしたいと言ってしまった。テーマは、脱原発派もちろんだが、山梨においてはアンチ・リニア。新幹線につづく「夢の」高速鉄道。経済指標であるGDPの増加には貢献するかもしれないが、膨大な電力を消費し、原発を前提に組み立てられている「夢」。そんなものは要らない。要らないということを、他ならぬ私自身が主体的に言いたい。そう欲望してしまったわけだ。

だから、これは安冨先生への要請である以前に、私自身の欲望である。

しかし、この「言いたい」という欲望は、必ずしも私自身が壇上に立って発言してみたいということではない。実のところ、私自身はそんな言葉を持ち合わせていないと思っている。私が語りたいことは、このブログで書き散らかしているようなことであって、それがコンポジウムのような場に相応しいとは私自身、あまり思っていない。二次会三次会で語るのならばいいけれども。私が語らなくても、私が欲望するコンポジウムが実現すれば、それは私が語ったことになる。語ることと「つながる」ことは等価だ。

とにかく。私は私の欲望をもとに安冨先生に要請し、安冨先生が面白いと受けて下さったことで、私の欲望は私だけのものではなくなった。しかし、それでも私の欲望には変わりがないので、私は自分の欲望を実現するために動くことになった。

実は正直なところ、言った時点で少し後悔もした。というのも、私は無力だから。金もなければ人脈もない。以前、暮らしていた熊野でならば、どうにかなる伝手はあったろうけれども。こちらでは思い当たるところがない。

でも、なぜか、なんとかなるに違いないないと感じている。伝手がないなら探せばいいだけのこと。探せば見つかるに違いない。そう思い込んでいる。

ヤナーチェク『利口な女狐の物語』

この音楽についてはこれまでも何度か取り上げた記憶がある。
あるけれども、また書きたくなったので書く。昨日、自然信仰なんて記事を上げて、その後久しぶりに聴いてみたら、改めて取り上げたくなった。


今朝、こんなツイートをしてみたりもした。

ヤナーチェク 『利口な女狐の物語』 私の好きな音楽。このオペラが描いているもの。生命の森。性。男に抑圧される女性。拘束からの自由を求めての闘争。年老いていくことの悲哀。そして生の円環。


生命の森。性。そして生の円環。

ここらは最初に耳にしたときからずっと惹きつけられてきた部分だった。ある程度歳を経ることに、年老いていくことの悲哀へも共感が深まっていった。この物語は狂言回しの役所に森番(山守)が登場してきてその悲哀を歌うのだが、それが私自身と重なる。

そして今回聴き直してみて改めて感じ入ったのは、これは抑圧からの自由を求めての闘争の物語であるということ。主人公である女狐ビストローシュカが、自分に正直に生きるということを貫いた物語であるということ。そうした闘争と命の円環とがひとつになった物語と音楽。私の好みのど真ん中。

  ***

この曲との最初の出会いは、二十歳の頃だったと思う。先頃亡くなった音楽評論家の吉田秀和さんの著書に『私の好きな曲』というのがあって、そこで紹介されていたのが出会いの始まり。

この新潮文庫版は愛読した。現在はどこかに紛失してしまったと見えて見当たらないのだが、記憶を辿ると、オペラのなかで最初に取り上げられていたのがこの曲だったはず。確か、R.シュトラウスの『ばらの騎士』をまず代表的なものとして取り上げようと思ったのだが、そうしたら、この『利口な女狐』が出てきてしまって、どうしても先に書きたくなった。そんなような書き出しだしだったと思う。

これは私の勝手な予想だが、西洋古典音楽とその文化を愛した吉田秀和さんも、根っこはやはり日本人だということ。もちろん『利口な女狐』もジャンルとしては西洋音楽で、これを先に取り上げたからといって日本人だというのは変な話ではあるのだが、そんなふうに感じさせる東洋的なものがこの物語と音楽のなかにはある。『ばらの騎士』という欧州の栄華の黄昏を描き出した話よりも、『女狐』が先に出てきたというのは、とても合点がいく。

と、そんなわけで、吉田秀和さんの書評を読んだ私は、さっそくそのCDを買い求めた。それがチャールズ・マッケラス/ウィーン・フィルのこのCD。当時は対訳のついた日本盤が出ていて、私はそれを買い求めたのだが、それは知人にくれてやってしまった。で、後から買い直そうとすると、もうすでに日本盤は廃盤で、復活する気配がない。輸入盤で手には入るが、このような名盤が日本では廃盤のままなんて、本当に残念なこと。

  ****

『利口な女狐の物語』のWikipediaの記述がよくまとまっていると思うので、以下、あらすじを参考にしながら、ちょこっとだけ音声ファイルをリンクしてみた。

序は嵐を予感させる音楽から。⇒視聴

第1幕 第1場 森の峡谷。夏の午後。
・森番が銃を持って登場し、疲れたと言って休憩する。
 (虫たちのダンス⇒視聴)。
・彼の血を吸った蚊をカエルが捕まえようとする。
・子供のビストロウシュカが登場、カエルを見て驚く。
 (ビストロウシュカ:「ママ、これ、食べられるの?」 ⇒視聴
カエルも驚いて跳ねて森番の鼻の上に落ちる。
 (森番:「何だ、こいつ!冷やっこいぞ!」⇒視聴
森番が目を覚まし子狐を見つけて捕まえると、子供たちの待つ家へ連れて行く。
 (ビストロウシュカが連れ去れた後のトンボのパントマイム⇒視聴

第2場 森番の家の庭。秋の午後。
 (秋の気配⇒視聴
・犬のラパークがビストロウシュカに説教し、言い寄るが、彼女は拒絶する。
(ビストロウシュカの「演説」。「あたしも愛の経験は、まったくないの」⇒視聴) 
・森番の息子のペピークが友達のフランティークを連れて登場し、ビストロウシュカを棒でつつき始める。
(子どもたちの悪戯ぶり⇒視聴
・彼女は怒ってペピークにかみつく。その悲鳴を聞いて飛び出してきた森番の夫妻に彼女は縛り上げられてしまう。
(抑圧されたビストロウシュカは、泣きながら眠りにつき、闇が優しく包む。⇒視聴
 (そして、夜が開ける⇒視聴
・彼女が泣いていると、雄鶏が因縁をつけてからかう。
・。彼女はその態度と雌鶏や雛鳥の盲目的な服従に腹を立てて、「雄鶏の支配に反抗して新しい秩序を作るんだ」と演説する。
   ちょっと!メンドリねえさん達!
   何てご主人様だろう!
   あいつは自分の金銭欲のために、
   ねえさん達を利用しているだけよ。
   あいつは、人間に買収されちゃったのよ。
   お嬢さんたち!おねえさんたち!
   古い体制は一掃しましょう!
   新しい世界を創るのよ。
   みんなで平等に、
   喜びと幸福を分かち合う世界

・が、鶏たちは全く理解できずむしろ嘲笑を浴びせる。
・激昂したビストロウシュカは雄鶏を捕まえ雛鳥たちを殺して逃げ出す。
 (大騒ぎ⇒視聴

第2幕 第1場 森の峡谷。夕方。
 (森の情景⇒視聴
・ビストロウシュカが穴熊の家に目をつける。
・彼女は森の生き物たちの同情をかい、うまく穴熊を追い出してしまう。

第2場 パーセクの居酒屋。夜。
・校長と牧師と森番がトランプをしている。森番が校長を片思いのことでからかうと、
 (森番のからかい⇒視聴)
・校長は狐の話で応酬する。
・校長と牧師が帰り、森番は酒を飲むが居酒屋の主人にまた狐の話をされて突然出て行く。

第3場 森の中の小径。ヒマワリの茂み。
・ヒマワリの茂みからのぞくビストロウシュカを、酔っぱらった校長は片思いの相手テリンカだと思い抱きしめようと駆け出すが、ヒマワリの茂みに落ち込んでしまう。
(コミカルな動きのビストロウシュカと、うっとりする校長⇒視聴
・牧師は思い出を回想している。
・森番は女狐を見て発砲するが弾は当たらない。

第4場 女狐の巣穴の前。夏の夜。
(森の情景⇒視聴
・ビストロウシュカの巣穴の前を通りかかった雄狐ズラトフシュビテークと彼女は恋に落ちる。
・雄狐は彼女を散歩に誘い、彼女は自分がひとりぼっちであること、森番にひどい目に遭わされて逃げてきたこと、うまく巣穴を手に入れたことを話す。
(恋の予感に震えるビストロウシュカ。月の光を浴びながら。
   あたしって、どこがそんなにきれい?
   ちょっと生きるのが楽しくなってきた!
   なんだか魔法のように美しくて、不思議な想い!
 ⇒視聴)   
・雄狐が狩に行きウサギを持って帰ってくる。
・彼らは互いに愛を告白し、二人で巣穴の中に消える。
 (二人が消えた後。トンボが舞う⇒視聴
・翌朝、きつつきの牧師役で二人は結婚式をする。
(牧師の言葉。両人の誓い言葉。婚礼の合唱⇒視聴

第3幕 第1場 森のはずれ。秋の昼間。
(波乱の予感⇒視聴
・鶏の行商人ハラシュタが登場して民謡を歌う。
・森番が通りかかり、ハラシュタは今度テリンカと結婚することになったと話す。
・森番は狐の足跡を見つけて罠を仕掛ける。
・ビストロウシュカが夫や子供を連れて登場し罠に気づき立ち止まる。
 (子狐たち登場⇒視聴
・妻になるテリンカに狐の襟巻きをプレゼントしてやろうと思ったハラシュタは狐たちを捕まえようとする。
・ビストロウシュカがおとりとなって逃げ回る間に夫と子供たちはハラシュタの鶏を食べてしまう。
・怒り狂ったハラシュタは銃を発砲しビストロウシュカは射殺されてしまう。
(銃撃の場面⇒視聴

第2場 パーセクの居酒屋の庭
・パーセクの妻が校長の相手をしているところへ森番が登場し、ビストロウシュカの巣穴がカラだったと話す。
・校長はテリンカが結婚するのでうちひしがれている。
・パーセクの妻はテリンカが新しい狐の襟巻きを持っていたと話す。
・森番は、居酒屋の陰気さに我慢ができなくなり、自分たちも年をとったんだと語り店を出て行く。
 (森番の哀愁⇒視聴

第3場 森の峡谷。日没の頃。
 (混沌から何かが生まれつつあるような音楽⇒視聴
・森の中で森番は若い頃のことを想い出している。
・結婚式の翌日に若い妻と二人でここに寝ころんだこと、情熱的な愛も年をとって失せてしまったこと。いつの間にか彼は眠ってしまう。
 (過ぎ去った幸福に浸りながら、眠りにつく森番⇒視聴
・ふと、彼は若い女狐に気づく。(⇒視聴
・ビストロウシュカのことを想い出して今度はしっかり捕まえようとするが、捕まえたのはカエルだった。
・そういえばビストロウシュカを捕まえた時もカエルがいたと想い出していると、カエルが「あの時、あんたの上に落っこちたのはおいらの祖父さんだったんだ」と告げる。(⇒視聴
・森番は、繰り返されてゆく生命の再生、自然のサイクルに感動する。

  *****

こうして物語は大きな「環」を閉じる。

原作は、このオペラでは第2幕にあたるビストロウシュカの結婚で終わっている。ヤナーチェクは台本を作成する際に、様々な工夫をして第3幕を書き足した。書き足された第3幕で演じられ、語られるものこそ、ヤナーチェクが語りたかったことであり、それゆえに彼はこの第3幕第3場が自分の葬儀で演奏されることを望んだのである。それは東洋の輪廻思想にもつながり、現代のエコロジー思想にもつながる生命の再生、自然のサイクルということである。この生の円環や照応は観念上のものであるよりは、ヤナーチェクの生活上の体験から感得されてきたものである。


葬式に奏でて欲しいという気持ちはとてもよくわかる。これは「ア」であり「1」だから

「0」か? 「1」か? 自然信仰のかたち

事の発端は、この動画。



まず、この動画についての説明。戸高雅史さんという登山家の方が厳冬期の富士山で撮影したもの。

 戸高雅史BLOG Lights & Snow Shower in Mt.Fuji

見ているだけ“寒イボ”が立ってしまいそうな、これからの季節にはいい動画だが、この動画を巡って「0」か「1」かの対立が勃発した。

ちなみに動画の中の歌は、あとから被せたものではなくて、本人が現場で歌っているものらしい。

  ひかりと雪のシャワーをあびて
       こころもからだもきれいになる・・・
   厳冬の富士山で、吹き来る雪の流れが
       こころもからだもきれいにしてくれました・・・
   ゼロになる!


ゼロになるといえば、


  さよならのときの 静かな胸
  ゼロになるからだが 耳をすませる

  生きている不思議 死んでいく不思議
  花も風も街も みんなおなじ


厳冬期富士山の峻烈な「0」と、『千と千尋』の穏やかな「0」。異なるようだけれども、実は共通するものがあって、それはどちらも「死」があること。厳冬期の高山は、生命を拒絶する世界だから。

そんななかに身をおいての “オ~、イエ~!” は、常人のなせる技ではないけれども、ゼロになっていくというのは私にもわかる。そういう世界に足を踏み入れていた経験が私にもあるから。とても“オ~、イエ~!”にまでは行かなかったけれども。

実は、戸高さんの“オ~、イエ~!”を聞いて、最初に私の中に湧き上がってきたのは『千と千尋」ではなかった。



シューベルトの歌曲集『冬の旅』の22曲目。

(貼り付けた動画はパロディっぽく編集されたもので、原曲はピアノ伴奏。滑稽な感じが面白かったので、これにしてみた。)

「歌曲集」というともったいぶった感じだけれども、要するに「アルバム」。昔のウィーンあたりで流行ったポップスだ。でも、これはとんでもなく陰鬱なアルバムで、恋人に振られて街から冬の荒野へ死への旅路に出た、というストーリーになっている。アルバムの前半はまだ去ってきた場所への郷愁がいっぱいあっりしてまだ甘さがあるけれども、後半はほんとうに救いがない。

「Mut」というのは「勇気」という意味だけれども、つまりは無謀な勇気ということ。

冬山といえば毎年必ず遭難のニュースを聞く。時には明らかに準備不足経験不足なものもある。そういうのは Mut!無謀。私も若かりし頃は、そういう Mut!に浮かれていたことがあって、それを思い出したということ。

無謀は愚行に他ならないけれども、その分、自分自身の沸き立つ生命力を感じられたりもする。

先に『冬の旅』の方を片付けておこう。『勇気』の後は、『三つの太陽』。愛、希望、生命のうち、先の2つは沈んだ、最後も沈んでしまえ。そして終曲、『辻音楽師』。Der Leiermann ライエル、もしくはライアーという楽器は『千と千尋』の歌で伴奏に出てくるもの。あちらは希望に満ちているけど、こちらは虚無の中へ沈んでいく。余談。

で。私自身の思い出話をさせていただくと、幸いなことに未だ虚無へは沈まず、樵をしながらつまらない文章を書いている。Mut!から抜け出すターニングポイントがあったわけだ。それは確か24歳の時の3月初めだと記憶しているけれども、南アルプスの聖岳というところへ単独行で行ったときのこと。東尾根から詰めて、奥聖岳山頂直下の雪壁をよじ登って山頂に着いたときのこと。そこで還りたいと思ってしまったんだよね。

予定では、その先、3000mの稜線を行くつもりだった。3000mとはいえ、南アの稜線はさほど難度が高いわけでもない。でも、東尾根でのラッセルがきつくて体力も消耗していた。幸い天気も良くて、白銀の世界をずっと見渡すことができた。独り占めだった。でも、山頂から見下ろす黒々とした森、右手に聖沢、左に赤石沢。雪を被って白くなっていたけど。こっちの方がいいと思ってしまった。それで帰ることにした。東尾根取っつきからの林道歩きを思うと陰鬱だったけど。
(予定では、茶臼から下って畑薙の吊り橋へいくつもりだった。)

その時に帰りたいと思ったところ。それが私の「1」。今もずっとそう。それから紆余曲折はあったけれども、樵をやっているのは結局、「1」に近づきたいから、だと思う。

Mut!は過剰な、「2」とか「3」とか。話は少しずれるけど、原発などMut!に他ならない。「100」くらい無謀なことをやって、自分でその後始末も出来ずに、後世へ負担をお願いしますなんて、どう考えても常軌を逸している。

さて、前置きが長くなった。

  光るナス 「ア」から出て「ア」に還る

ここでも語られているのは「死」。

「阿字の子が 阿字のふるさと 立ち出でて また立ち返る 阿字のふるさと」


この「ア」が、「0」なのか「1」なのか。

私は前述したとおり「1」だと感じている。アキラさんは「0」だという。ここで「対立」が生じているわけだ。

もとよりどちらが正しいかを巡って争っているわけではない。この「対立」はイコール「対話」でもある。同じところを見ていても、双方立ち位置が異なる。その違いを相互理解するための「対立」であり「対話」。アキラさんとはいつでもこうだ。

「ア」を純然たる出発点として捉えるなら、これは「0」が相応しいだろう。「無(≠虚無)」から「生」が生じ、「死」でまた「無」へ還る。人間の意識の流れは、おそらくこれ。どこからともなく生まれ、どこか定かでないところへ沈んでいく。ならば「私」もそうなのか。

否。

「私」という意識は「接点」でしかない。「私」は存在するわけではない。もともと「私」はない。感覚の接点としての「私」。
その「私」が「0」になったとしても、「私」が感覚している存在がなくなるわけではない。だから「1」。

ここいらあたりは、もう少し詳しく述べてみる必要がありそうだが、それはまたの機会にするとして。

要するに「私」というのは、過剰な存在だということ。「1」をモニターしている「私」が存在することにしてしまうことから、人間は過剰になっていく。その過剰が「0」になれば「1」へ還るだけ。


近頃はあまり意識することはなくなったのだけれど、昔、登山をしていた頃によくイメージしたことは“水の共振”。私の身体のなかにはたっぷりの水分がある。森のなかにもある。私のなかの水と森の水とが共振するイメージ。

山を登り始めると、当然のことながら、辛い。身体に負荷がかかるわけだから。食料や装備などの荷も背負っている。だが、どこからか、「辛い」ということの質が変わってくることに私は気がついていた。辛さに身体が慣れてくるということなのだろうが、そうした状態になることを、私は“水が共振する”とイメージしていた。私のなかの都会の水が森の水へと入れ替わったとき、共振が起きて辛いけれども辛くなくなる。

これも「1」のイメージ。

それが雪山へ上がると、共振がなくなる。過酷な環境と共振することは「死」へと至ること。皮膚一枚を隔てて、私の身体が環境への共振を拒んでいるイメージ。そのような場所で敢えて活動しようとする意志。「Mut!」。この意志こそが過剰な「私」。過剰に「負い目」を感じず、過酷な環境と闘うことで肯定しようとする「過剰」。

昔の日本の庶民は、こうした「過剰」を「穢れ」と感覚していたように私は思う。
(貴族的な「穢れ」とは異なることに留意が必要。)

 愚樵空論 ご先祖様

日本人は「もののあはれ」を解する民族だという。「もののあはれ」とは、ザックリ言ってしまえばこの世は不条理だということである。それを知るのが「もののあはれ」だ。
人間が生きていくということは、不条理の中を生きていくということである。生まれたときは穢れのない無垢な赤ん坊だった人間も、不条理の世界を生きていくうちに穢れていく。無垢な自然の恵みを横取りし、己の命を繋いでいかなければならない不条理。昔の日本人は人間・動物のみならず植物やそこらに石にすら霊性があると考えていたから、そうしたものを自分の為に利用することを穢れた行為であると見做していて、だからモノをムダにすることを“もったいない”として忌み嫌ったのだ。どれほど節約しようとも“もったいない”ことを避けられぬ生の営みそのものを、穢れた行為だと考えていたのである。

やがて人は寿命を迎え、肉体は自然に帰ると同時にその魂も自然の中へ帰っていくと信じられていた。そして自然の循環の中で、穢れた魂は再び浄化される。ご先祖様とは魂浄化の過程にある人、もしくは浄化の完了した人たちのことであり、「ご先祖様信仰」とはすなわち「自然信仰」に他ならなかったのである。


ここで「不条理」としてあるのは、すなわち「過剰」だろう。人間は「私」であろうとするために過剰な闘争を行ない、「穢れ」を重ねていく。その「過剰」への意志が死とともに消え去り、重ねられた「穢れ」が自然の営みの中で浄化されていく。

そうした自然は、間違いなく存在する。だから「1」。「私」はそこへ還る。


もっとも、自然が般若経が説く「ア」だと限らない。むしろ異なると見るべきだろう。「0」である。そして、その仏法との差異こそが、私が持っている信仰。そしておそらく、昔の日本人が持っていたであろう素朴な自然信仰なんだと思う。

この信仰は教義のない、すなわち宗教としての体裁を持たないもの。だから逆に、どんな宗教へも習合して独自のものへと換骨奪胎してしまう。日本人は無宗教。されど無信仰にあらず。自然という「1」を信じる者。それが私自身の日本人としての意識でもある。


人間、おたがいさま。立場は違っても。

Facebook に流れてきた写真に心を打たれた。


今日、一番心に残った光景。このときはかなり雨が激しくて、再稼動反対を訴え続ける女性たちが、機動隊の人が雨にぬれないように傘を差し出している。
私たちはこの人たちと戦いたいわけではなくて、この人たちも含め、みんなの未来のために伝えたいことがあってここにいるんだと思った。


7月1日の福井県大飯原発前。再稼働に抗議する者たちと警察とがにらみ合っている。そのなかのワンシーン。

これは果たして、「にらみ合い」なのか?

私はここのところずっと“立場”や“人情”というものについて考えているが、ここで思うのもそれだ。

向き合っているのは立場の異なる者同士。が、立場は違っても、雨に濡れるのは同じ。そう思う心。それは人情ではないのか。

「みんなの未来のため」などというと、少々、大袈裟に響く。いや、事実は全然大袈裟ではないのだけれども、言葉の響きとしてある。意識の高い「市民」が叫ぶ言葉というイメージがある。けれども、この写真と合わせてみればどうだ。それは、立場は異なっても、相手を人間として見る人情と繋がっていることがわかる。

  ***

日本社会の3つの掟 
 1.役を果たすためには何でもしなければならない
 2.立場を守るためであれば何をしてもいい
 3.他人の立場を侵してはならない 

この3つを守れば日本社会を無難に生きていくことができると、安冨先生はいう。的確な表現だと思う。

 ⇒ IWJ 2012/06/23 対談 平智之議員×安冨歩先生

しかし、そのような日本社会が窮屈この上ないものになっていることは、日々実感されるところでもある。「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。 意地を通せば窮屈だ。とかく人の世は住みにくい。」と記した漱石だが、今の日本を見たならば、「意地を通せば」を 「立場を守れば」に訂正するに違いない。

そんな立場主義社会になってしまった背景に、人情があると思う。人情の視点から“立場”を見れば、それは「気の毒」である。立場を負った者は、気の毒な人。日本人にはまだどこか、そう感じてしまう心の習慣がある。機動隊の隊員に傘を差し出す女性の心には、その“習慣”が未だ根強く生き残っているように感じられる。

立場主義という「空気」に“水を差す”のは人情だ。が、立場主義を生み出すのもまた人情。人情がバーチャルなものになったとき、国家や共同体といった仮構に向けられてしまったとき、人情は立場主義という「空気」を作り出す方へ作用する。そして、社会のなかでは、個々人にとって立場はリアルだ。仮構とリアルとが人情を介して噛み合うと、立場主義社会が出来上がる。

しかし、だからといって人情を解体すべきだと私は思わない。人情は、私たち日本人の〈世界〉への関わり方だからだ。認識するべきは、それが現代日本では誤作動しているということ。向けるべきでないものにも人情を向けてしまっているということ。

人情を向けるべき相手は、まずは自分の身近な者、目の前の者。遠くの、よくわからない者へ発動は慎重になった方がいい。まして、仮構に向けるべきではない。権力者や愛国者と自認する者の多くが、“国”という仮構に人情を向けさせようと画策するが、それらはすべて欺瞞でしかない。

人間の心も無限ではない。限りがある。限りある心を、向けるべきでないものに向けてはいけない。そんなことをしてしまうと、大切なものを見失ってしまう。立場主義社会の弊害だ。

立場は、相互理解のための足場。人情を発動する際の土台になるものでしかない。土台に人情を発動させても何にもならない。発動させるべきは、土台の上に立つ人間そのもの。改めて言うまでもない。

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プロフィール

Author:愚慫
“愚樵”改め“愚慫”と名乗ることにしました。

「空論」は相変わらずです (^_^)

      

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