愚慫空論

〈世界〉への関わり方

・根源的未規定性

宮台真司氏は、〈世界〉には根源的未規定性がある、といったようなことを言う。

サイファ! 覚醒せよ

「世界の根元的な未規定性」は、球面上に生じたシワに喩えられます。シワは局所的には、他の場所にシワ寄せすることで消去できます。けれども球面からシワの全てを消すことができません。そこで、球面のできるだけ多くの部分からシワを取り除くには、数少ない特別な場所にシワ寄せするのがいい。


「規定」とは、原因と結果との関係を記述すること。つまり線形であるということ。ところが〈世界〉は非線形に出来上がってしまっている。非線形な〈世界〉を線形に規定しようとすれば無理が生じる。その無理を「シワ」と宮台氏は喩える。

非線形な〈世界〉と、人間の線形な理解のズレから生じる「シワ」を伸ばして一点へと集約していく営為。近代の学問、とりわけ科学がこれにあたる。

一点に集約された「シワ」とは端的に言えば創造神になる。もし仮に、この〈世界〉のありとあらゆる現象の因果関係が解明されて〈世界〉が解き明かされたとしても、それでも最後に、いや、それであるからこそ最後に大きな疑問が残ることになる。

ではなぜ、このような〈世界〉が存在するのか? なぜ、この〈世界〉はそうでない〈世界〉はなかったのか?

このような〈世界〉にしたのも因果律で説明しようとするなら、誰かがそのように意図したのだと考えざるを得ない。その誰かとは〈世界〉の外側にいて〈世界〉を創造した超越神以外、ありえない。

ところで。

この「なぜ、このような〈世界〉が存在するのか?」という問いと、「なぜ〈私〉が存在するのか?」という問いとは、裏表、一対のセットになっている。〈世界〉がなければ〈私〉もなく、〈私〉がなければたとえ〈世界〉があったとしても無意味。この〈世界〉と〈私〉との狭間に、「〈世界〉への関わり方」という問いが立ち上がることになる。


・一括方式 / その都度方式

私は、大まかに言って、〈世界〉への関わり方には、2種類あると考える。一括方式とその都度方式。

一括方式とその都度方式という言葉は、前の記事で持ち出したものだ。

 愚樵空論:「空気」感染のレセプター

ユダヤ人も「お祓い」に相当することをしているのである。ただ日本人のように「お祓い」という作法を採らないだけ。日本人の「お祓い」は、言わばその「都度方式」。「負い目」を感じたその場その場で「お祓い」をして“水に流す”。対してユダヤ人は「一括方式」だろう。「負い目」を超越神へと集約させる。

この方式の差異は、「知」の在り方にも関連している。日本人は「知」もまた「その都度方式」。方便論的個人主義。対してユダヤを初めとする西欧の「知」は「一括方式」だ。近代以降の日本人が「空気」に苛まれるようになったのは、「知」を一括方式に切り替えようとして、「負い目」を“水に流す”やり方を忘れてしまったことにあるのではないかと愚考する。


いま、ここで述べているのが、「知」の在り方について。

なぜだかはわからない。わからないが、「生きて在ることの負い目」の構造と「知」の構造とは一致している。逆に言うと、一致しなくなると、「知」は誤作動して暴走する。後で触れるが、現代の日本の状況だ。

上で、近代科学は「シワ」を一点へと集約しようとする営為だと述べた。そのように主張する宮台氏は近代主義者で、私たちが営む社会が未完成なのは、近代が不徹底だからと主張する。要するに、「一点」に向かっての情熱が足りない、ということだろう。

対して、安冨先生は、そもそも「一点」に向かって集約することはなど不可能だという。不可能なことをできると信じるのはオカルトだと断じる。そうではなくて、個別な人間ひとり一人に適合した「知」があるという。すなわち、共通項としての「知」とは方便であるとし、学問の役割はひとり一人の「知」の作動を妨げる原因を探ることにあるとする。

「シワ」という言葉を使っていうならば、ひとり一人が「シワ」であるということだろう。

マル激でのおふたりの対談が、この差異をくっきりと表わしていて面白い。
  ⇒ 愚樵空論:オカルトへの情熱vsアンチ・オカルトへの情熱

私が思うに、宮台氏の情熱は、その不可能性を理解した上でのものだ。だからきっと、安冨先生にオカルトだと言われたことは心外だったことだろう。不可能性を知的に理解した上で、その不可能性に情熱を傾ける。いうなれば、逆接的。

この逆接性こそが宮台氏の〈世界〉との関わり方だろう。氏のエリート臭は、この逆接性から出てくるものだと私は思う。氏が順接であれば、つまり氏が超越神を信仰しているのなら、エリート臭は出ないはず。自身の知性の在り方すれば信仰へ至るのが順当であるはずだが、信仰といっ類のものは論理的に順当だからといって、そのようにいくものではない。だからこそ、「〈世界〉への関わり方」。自身が自身で制御できないエモーショナルな部分もすべて含めての関わり方なのである。


・東大話法は宮台話法の劣化版

前掲のマル激が放映されたときに、宮台氏の話法は安冨先生が指摘した東大話法だといったような指摘がなされた。私はこの指摘は、半分は正しく半分は誤っていると思う。

正しいのは、東大話法も宮台話法も、どちらも「一括方式」を志向していること。決定的に異なるのは、それでも宮台氏は逆接的であっても〈世界〉と関わっているのに対し、東大話法話者は〈世界〉と接続することが出来ていない。接続できているのは、せいぜい「ムラ」。〈世界〉のなかで人間が関わることができる一部である〈社会〉の、そのまた一部である「ムラ」。すなわち、宮台話法と東大話法とは、志向性は同じくしながらも、その完成度においては月とスッポンの違いがある。

原発に象徴される現代日本の「知」の劣化ならびに暴走の原因はここにある。「知」が〈世界〉と接続しなくなった。接続しようという情熱を失い、自分自身を自分自身と他者に対して隠蔽するためのツールになってしまった。

これは、日本の伝統的な〈世界〉への関わり方である「その都度方式」と、修得した「知」の志向性の違いによる。日本が明治維新以降、懸命になって取り入れようとした西欧発の学問は、「一括方式」の〈世界〉との関わり方を前提としたものだった。いうなれば「洋魂」である。それを和魂洋才だなどと欺瞞的なことを行なおうとするから、無魂洋才に堕ちてしまった。いや、魂は無くなりはしない。植民地化されたのである。


我々日本人の選択肢

唯一の神を信仰する人たちは、その信仰ゆえに、唯一の神に対してだけ「負い目」を感じる。

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私たち人間は、生態系のなかの食物連載ピラミッドの頂点に立っていると言われる。それは、そうした側面から切り取って見るならば事実だろう。

だが、その事実は我々の感性に沿っているか。〈世界〉への関わり方を問うとき、ここが問題になる。我々が心地良いと感じるのは、上図左のEGOか、それとも右のECOの方か。

EGOであるなら、事実を認識する「知」の在り方と〈世界〉との関わり方は適合している。人間は〈世界〉を創造した神に似せて作られた存在であり、それ以外の存在に対して優位に立つ。ゆえに、下位の存在を“処分”することに「負い目」を感じなくてもよい。それらを“糧”として与えてくれる存在に対してのみ、「負い目」を感じ感謝の祈りを捧げれば良い。(仏教でいうところの)有情のものを殺すことに、なんら抵抗を感じなくてもよい。

ところが、山川草木悉皆成仏の日本人はそうはいかない。殺生にはいちいち「負い目」を感じてしまう。いちいちの「負い目」を一点に集約させてしまうことが出来ない。

ところがこの「負い目」の構造と、「知」の在り方とが今の日本では逆接になってしまっている。その結果、自身が生きるために必要な殺生の「負い目」を知覚することがなくなっている。我々は、食事の前に神に祈りを捧げる習慣はない。が、「いただきます」と手を合わせる習慣はあった。そうした習慣を支える精神性があった。その精神性は、現代ではどこに行ってしまったのか。

そうした精神性が完全になくなったわけではないと私は思う。「知」を「負い目」を隠蔽するためのツールとして使ってしまっているために、抑圧されてしまっている。これは精神性と「知」の志向性とが異なっているために起こっている現象だ。

そう認識するならば、我々日本人の選択肢が浮かび上がってくる。我々は修得した「知」の志向性にあわせて精神性を改造すべきか。それとも、自身の精神性に適合する「知」を創造すべきか。

宮台氏が主張するのは前者の方。が、果たして我々にそれが可能か。そう唱える宮台氏ですら逆接的にしか〈世界〉に接続することができないものを、そして宮台氏ほどの学才を持ち合わせていない者が、そんなことは可能だろうか。私は不可能だと思う。

ゆえに、実は選択肢などないのである。我々は我々に適合した「知」を創造していくほかない。しかしそれは、日本人の得意技ではなかったか。オリジナルなき日本人としばしば諸外国から揶揄された。欧米にコンプレックスを抱く日本人の知識人はそれを恥じ、庶民に喧伝した。しかし、オリジナルがなくとも「知」を発動できてしまうのが日本人の「知」の在り方ではないのか。

それは〈世界〉への関わり方と大いに関連している。日本人は「その都度」。一点へと集約しようとする、オリジナルを求める心性は日本人にはもともとあまりない。自分がたまたま関わった偶然のその一点で、日本人は「知」を発動させることができる。正統性や真理よりも有用性である。

近代支持者の宮台氏は日本の有用性優先を欠点だと見なす。また確かに現代、有用性というとEGOなものに一般には感じられてしまう。だが、本来はそうではない。有用性こそ〈世界〉と接続するための方法論。自分に役に立つことが、社会にも生態系にとっても役に立つ。そういった循環が形になったものの典型が「里山」である。人間の営みが自然の営みの一部となって循環しているような生態系が「里山」であり、その中で暮らすことがそのまま「〈世界〉との関わり」になる。

すなわち。我々に日本人は新たに修得した技術をもって、新たな形の「里山」を創造していく。そのことが我々の精神性に沿った「知」の在り方を創造していくことに繋がる。


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福島神社を創建すべし

今朝から神様のことを呟いていた流れで。

先のブログ記事でまとめた平智之議員の発言にも出ていた、福島第一原発を「石棺」にし、原子力産業の「墓標」にせよという話。私はもっともだと思うと同時に、それは神社にしなければならないと思った。3日ほどまえにそんなツイートもした。

平智之議員が主張する、墓標としての「石棺」。実現すれば福島第一原発は、21世紀の出雲大社になるかも。


福島第一原発を「墓標」とすることは日本の未来のためにもぜひ実現せねばならないが、それが21世紀の出雲大社だというのはその由来と、さらには社の構造からも妥当性がある。

創建の由来については、Wikipediaより引用。

創建伝承

出雲大社の創建については、日本神話などにその伝承が語られている。以下はその主なものである。

・大国主神は国譲りに応じる条件として「我が住処を、皇孫の住処の様に太く深い柱で、千木が空高くまで届く立派な宮を造っていただければ、そこに隠れておりましょう」と述べ、これに従って出雲の「多芸志(たぎし)の浜」に「天之御舎(あめのみあらか)」を造った。(『古事記』)
・高皇産霊尊は国譲りに応じた大己貴神に対して、「汝の住処となる「天日隅宮(あめのひすみのみや)」を、千尋もある縄を使い、柱を高く太く、板を厚く広くして造り、天穂日命をに祀らせよう」と述べた。(『日本書紀』)
・所造天下大神(=大国主神)の宮を奉る為、皇神らが集って宮を築いた。(『出雲国風土記』出雲郡杵築郷)
・神魂命が「天日栖宮(あめのひすみのみや)」を高天原の宮の尺度をもって、所造天下大神の宮として造れ」と述べた。(『出雲国風土記』楯縫郡)
・垂仁天皇の皇子本牟智和気(ほむちわけ)は生まれながらに唖であったが、占いによってそれは出雲の大神の祟りであることが分かり、曙立王と菟上王を連れて出雲に遣わして大神を拝ませると、本牟智和気はしゃべれるようになった。奏上をうけた天皇は大変喜び、菟上王を再び出雲に遣わして、「神宮」を造らせた。(『古事記』)
・659年(斉明天皇5年)、出雲国造に命じて「神之宮」を修造させた。(『日本書紀』)[4]

伝承の内容や大社の呼び名は様々であるが、共通して言えることは、天津神(または天皇)の命によって、国津神である大国主神の宮が建てられたということであり、その創建が単なる在地の信仰によるものではなく、古代における国家的な事業として行われたものであることがうかがえる。


大まかに言えば、現天皇家につながる(と言われている)大和王朝が、出雲にあった別の国を滅ぼし、その王を「墓標」を国家事業として建設した。さらには墓守まで付けて、長年にわたって監視している――というもの。

我々は原子力産業、いや、日本の根幹を支配している「原発帝国」を滅ぼさなければならない。滅ぼしただけでは足らず、「墓標」を国家事業で建設し、その監視を長年にわたって続けていかなければならない。これはまさに、出雲大社の由来と同じである。

原発帝国は、平議員の弁によれば、福島をキレイに片付けてお花畑とし、何ごともなかったかのように原子力産業を維持しようと目論んでいる。が、こんなふざけた話はない。このようなことを許してしまったら、たとえ原発が事故のない安全なものになったとしても、この国は滅びる。

福島の「墓標」と出雲大社に共通するであろう、構造。出雲大社の本殿は下のような配置になっているという。


(図のクリックで引用元へリンク)

面白い構造だが、これは監視と考えれば辻褄がある。監視されているのはこの神社の主神たち、つまり御神座に位置する神神。「御客座五神」とは、監視官だろう。そして参拝客は南から北へ、すなわち監視官に向かって参拝する。監視を礼賛する構造になっているわけだ。

この構造は、そのまま在るべき福島第一原発の「墓標」の姿だろう。「墓標」のなかの主神、すなわちメルトダウンした核燃料の三柱。それらを監視する墓守が必要で、我々は、その墓守を讃えなければならない。まったくと言っていいほど、同じ構造だ。

だから、というわけではないが、福島第一原発の「墓標」は神社にしなければならない。それも出雲大社をモデルにしたものでなければならない。かつての大和朝廷が出雲大社を墓標としたことを通じて新たな国作りを行なったように、21世紀の日本も同様のことを行なわなければならない。

さらにいえば、福島を本宮として分社も必要だろう。全国で何カ所必要だろうか。泊。六カ所。東通。大間。女川。東海村。柏崎刈羽。浜岡。志賀。敦賀。美浜。大飯。高浜。もんじゅ。島根。伊方。玄海。川内。まだ他にも必要かもしれない。


IWJ 120620 平智之議員インタビュー 要点まとめ

IWJ Independent Web Journal より。



以下、続きの動画から、平議員の声を拾ってみる。

>>自分の心の声を聞く

「つまり、与党のなかで引き続き頑張るという選択はあるんです。かといって、中へいても限界があるという自分の思いは、外へ出て違う可能性を、つまり私が予定も計画も出来ていない動きに身を任せるということも、あるんです。どちらがいいかは、誰もわからない。したがって、あとは自分の心の声を聞く。相談しないということです。」


>>一年生だからこそ

「で、一年生です。で、私は一年生という自覚だからこそ、今回の決断をしました。いろんなものをひきずり、いろんな人の夢や怒りを乗り越えて、専門の分野でやっていたら、私はこの判断はできないんですよ。一年生だからできたという自覚でやっています。」
 
「それともう一点は、ブログでも書いた文明の転換点ですから、この文明の転換点は、政治も経済も、過去からの延長のみではブレークスルーをしないと。前へ行けませんから。私のような一年生という存在を2009年国民は140人も選んでくれていますから。私はむしろ一年生が、このブレークスルーの責任を持っていると思います。」


>>福島第一原発は「墓標」に

「そうです。キレイサッパリすべてなくなるというのが、いまの「工程表」ですからね。燃料を取り出し、炉を解体して廃炉にして、最後はお花畑にするという発想かもしれません。できないということも想定しておかなければいけません。それは、近代型「石棺桶」方式です。多くの原子力関係者は「石棺」を絶対嫌がるんです。それは、原子力産業の敗北を意味するからです。

私はしかし、国民のために、多くのお金を使ってやっているわけですから、最後お花畑にする案と、そのままそこに墓標のように「石棺」として、近代型のね、両方走らせなきゃダメだと。」

「そこで管理するということです。ですから、私は、よく言われるのは、片付けてくれ、と。どこかへ持っていってくれ、と。よく地元の方が仰っていると聞くし、そのことに対してはたいへん心痛めるわけですけれども、待っていただきたいのは、原子力産業のみなさんは、キレイに片付けた、キチンと管理できた、また次を作るからと考えているわけです。」

「それなら、そこの燃料がある状態、完全にシールドして一切その周辺に影響を与えない状態にして、その周辺におられた方には最大の謝罪と、尊厳を持って、国家として補償していくと。賠償していくということをしながら、原子力産業と訣別するんです。つまり「石棺」というのは、未来に向けた重大な意味を持つわけですよね。原子力産業はそれをわかっていますから、キレイに片付けて、もうなかったことにしたいわけです。」


>>踏み込んではならないところへ踏み込んでいた

「私はそもそも原子力産業自体が、踏み込んではならないところへ踏み込んでいるという自覚を、もともと持っていましたから。もう元に戻れないものを目の前にしているというのが、もともとの感覚なんです。」

「世界連邦をお作りになった湯川秀樹博士がなぜ原子力委員会をお辞めになったのか。ここのところは、私たち日本人は、戦争の時の苦渋の私たちの歴史と同じように、原子力に入ったときの私たちの苦しみをもう一度思い出さなければいけないですよね。あのときに先人が行なった罪を、私たちは思い出さなければダメです。忘れてはならないんです。」


>>完成しない技術

「全交流電源が喪失して主電源が来なくなったら、もともとの電気はないですからポンプは動かない。そこでポンプを動かすために非常用の電気を用意しましたと言ってるだけで、それが10時間が20時間になっているだけなんです。じゃあ、20時間超えたら? やっぱりメルトダウンです。つまり、電気が来なくなった。電気が備蓄油でどうにもならなくなったら、必ずです。100%メルトダウンが起こる。

こんな危険な技術を、しかも技術的に完成しないものを、完成しましたと称する科学者、安全であると称する政治家。常識では考えられないです。」


>>政府事故調の欺瞞

「この受動的パッシブ・クーリングを行なうのが、アイソレーション・コンデンサーと呼ばれるもので、当時、発災直後もエンジニアたちが、ICがあるのにどうなっているんだと、おかしいなということは言い続けてきました。しかし、結局は、動いていなかった。」

「つまり非常事態の優先順位を見誤っているのではないかということを申し上げたんですが、いや、それは現場は運転のマニュアルに従ったんだという答えであったんです。

で、それは本当かもしれません。それは可能性はある。けど、私たちはやはり事故調という観点から見たら、これは壊れていたんだと。MO弁の上げ下げではなくて、私たちは地震によってアイソレーション・コンデンサーの管のどこかのフランジというところがずれていたとか。どこかに破断があるとか。そういう事態があって、蒸気で駆動するためには圧力を使うわけですから、開いてたらもうダメなんです。そこから抜けちゃいますから。

そういう事態があったのではないかというのですが、それの調査は一切入らないんです。

(岩上)調べてない。これ、大飯の再稼働に至るまでストレステストということは散々言われてきたけども、この内容に、そもそも地震のリスクというものが含まれていないんですね。」


>>原子炉はマネージメントの対象ではない

「要は、機械は、装置は壊れるんです。壊れる装置の集合体がプラントですから、何かあったら直しに行く。直しながら、長期修繕計画のもとに使っていく。原発は? 一旦壊れたら近づけないシロモノなんです。」

「(他のプラントであっても)ハザードラスな事故が起こりますよね。それは起こるんですが、しかし、放射能のように、その場所へ近づけないというものではないですよね。」

(岩上)「原子力だけが、近づけなくなってしまう。


特別なんです。私たちは放射能と縁を切らなければならないと申し上げるのは、そこなんです。」

「マネージメントできないものを相手にしてはならない。これはだから、文明的な問題なんです。」


>>放射能は魔物

「人間はそれを乗り越えたいと。エンジニアも物理学者も、それを克服できるという幻想を持ちたがるんです。で、行きたがるんです。」

「ヨーロッパではあるいは西洋文化では、王様の棺にメデューサのマークを刻印しておくということを聞いたことがあります。それは王があの世へ行っても、自分の従者として最も強い力を持った魔の者を自分の味方にしているんだと、昔から王がやってきたと。それは権力の象徴なんだと。コントロール出来ないものを自らの従者にして、コントロールして使うというのは、ある種の権力の魔物かもしれません。

私は放射能が、現代文明においてそういう意味を持っていると思います。」


>>核燃サイクルの不可能性

「火だって昔は火事を起こしたり危なかったじゃないか、でも火は私たちはコントロールしたじゃないか、と。あるいは高層ビルも高速鉄道もジェット戦闘機も、私たちは危ないと言われているものを見事にコントロールしている。放射能も同じだと言いますよね。車だって飛行機だって高層ビルだってみてください。何万何十万何百万という繰り返しの中に、私たちは咀嚼してきているんです。何度も事故を起こしてきている。」

「原子炉は? 400ですよ。400という経験は、工学的にはまったくゼロに等しい。こんなものまだ、黎明期以前ですよ。」

「ましてや高速増殖炉の今のナトリウム。金属ナトリウムをぐるぐる回すパターンでいうと、ご案内の通りナトリウムは燃える、爆発するですから、その事故は悲惨ですよ。ありえないことなんです。しかもそれを何十基何百基と作らないと完成しないんですよ。私たちの使っている科学技術というのは、そういうものなんです。だから私は完成しないと言っているんです。ありえない。」


>>原子力の隠された動機

IWJ 2012/06/16 河合弘之弁護士インタビュー

IWJ 2012/06/10 藤田祐幸氏インタビュー

「だから技術というウェポンの立場からプルトニウムの安全保障上の問題を語るなら、むしろそれをどのようにして弾頭に載せるのか。あるいはミサイルの誘導技術のようなものに本来行くはずなんです。私は絶対反対ですよ。だけど、技術論からいけばそうなんです。材料はあるんですから。

だけどそれを推進しないで、それを盾にとって、だから高速増殖炉だ、だから六ヶ所村だ。これは産業維持です。」

岩上:「なるほど。そういう意味では、安全保障を語っているような振りをしてしている。」


>>消費税について

割愛。

>>民主党議員の内幕

「ぜひ今ご覧になっている皆さんに、民主党与党内部の、カメラを閉め出したところでなされている議論の実態をぜひ知ってもらいたいんですけれども。

私が手を上げて、過去に景気が悪くなったときに増税して上手く行った国があるのかと聞いたら、財務省の政務官がそれについてはあるのですと、2007年のドイツですと、こうおっしゃったんです。これで全員がしーんと黙ってしまう。百数十人の与党議員が。」

「だから資金循環がここまでひどい状況になっているということを、こんなときに増税ありますかと聞くんですが、無視ですから。その百数十人の会議の中で、答えはないんですから。そのまますっとかき消されて、議論がないまま。議論にならない。」



>>日本のもの作り

「私はエンジニアで、もの作りとして言えば、TQCでいいのにISOを入れたでしょう。あれなども問題だったんです。」

「TQCというのは、クオリティコントロールですから、よりいいものを作ろうと。日本人はいくらでもいいものを、消費者が求める以上ものをつくる力を持っている。これ、TQCっていうです。つまり青天井なんですね。どんどんつくっていくということなんですね。もちろん、七つ道具とか言って、あまりに品質が良すぎるとそれを抑えるということはあるんですが、全体としては世界に最も、唯一のようなものを作る力はTQCの文化から生まれました。

でもISOはなにやっているかといったら、いいものをつくるマネージメントの仕組みはどうなっていますかということを認証しているんです。こんなもの、要らないんです。たとえばものを切って、着る人と磨く人と二人いる。文句言ってくるんです、日本人ならば。こう切れよと。切るのは私の仕事だろう。磨くのはアンタの仕事。ではなくて、磨くにはこう切ってもらわにゃいかん。逆にこちらも文句言うんです。こう切っておいたから、こう磨けよって。つまり冗長なんです。リダンダントなんですね。こうやって日本人はいいものを作ってきたのだと思います。

(岩上)お互いの職人魂をもちながら、相手に要求をし、品質上げようぜという共通の合意の元、切磋琢磨する。

つまり、くんずほぐれつ入れるんですよ。相手の手の中に入れていくんですよ、コチラの手を。それがいいものをつくる仕組みだったんですよ。それがISOにしても、そしておそらくBIS規制にしても、ここはこう、あれはあれと決めていくわけですよ。それを全体で管理している気になるんですが、出来たものを見てください。いいものにはならない。」今のように銀行が、与信を出す力を失ってしまう。こういうことに繋がっているんですね。」


>>財務省の考えていることが隠蔽されている

「増税できればいいんです。それだけでいいんです。だから負の乗数効果すら証明する気がないです。増税だけを考えている。国民の生活は、それによる経済の停滞は困りますから、デフレ脱却を考えているんです。それがなきゃ雇用がないですから。ここの鋭い対立を表に出さないように、民主党の主流派と非主流派の中に闘いをすり替えてませんか。

野田総理率いる主流派と小沢さん率いる反主流派が、対立をしていると。こんなことではだめだ。なんとしてでも消費税は通さないと、日本の未来はないのだと。国民のみなさんも、そうだそうだと。小沢さん、なぜそこまで野田さんを苦しめるんだと。という民主党のなかの二分の議論に持ち込まれて、実は財務省対国民の生活であるということが隠蔽されている。私はそういう構造に見えますね。

(岩上)マスメディアが作り上げているストーリーですよね。」


>>TPPには反対

割愛。

>>安全保障について

割愛。参考:IWJ 2012/04/26 孫崎享氏インタビュー

>>too dirty to stop

「金融で“too big to fail”という言葉がありますよね。デカすぎて潰せない。小さい中小零細企業の債務はすぐに剥がして潰していく。なのに大きな企業は、数千億だと潰せない。潰すとその波及効果が、マイナスの効果があるから。これつまり、人質理論ですよ。自分が大きくてダメだと宣言することで、潰してみろというと潰せない。

原子力も一緒です。too dirty です。too dirty to stop。汚すぎて止められないんです。片付けてみろ。だれにもできない。原子力産業しか片付けられないんです。だから、最終処分をやっている人たちから、「平さん、あんまりやらないでくれ。私たちもここに生活があるから」と言われるわけですけど、とんでもないと。もしここで原子力産業の発電が終わったとしても、使用済み燃料は今後二万年あると。「車であってもあるかどうかわからないこの時代に、二万年保障された産業にいるのは幸福だ」と私はいうことにしているんです。」


>>中国について

「同じように中国について、too dangerous to stop という考え方はダメなんです。危なすぎるから、だから私たちはもう袂を分かつんだ、ではなくて、隣なんです。親族なんです。だから私はよくいうのは、アメリカはベストフレンド。でも、中国は親族だと。だから友達の場合には、しかしながら親友に限ってケンカしたらたいへんですよね。でも親族は、どれだけお互い迷惑をかけあっても、いがみ合っても、親族ですから必ず関係を続けなければいけないというのがある。私は中国は、日本で言うところの親戚だという感覚で、永遠に付き合い続けるんだという覚悟で外交すべきだと思っていますね。」


>>民主主義について

「これはちょっと夢のような話かもしれませんが、間接民主主義自体が破綻しかけているんだと私は思っているんです。オキュパイド・ニューヨークもそうだし、産油国で起こっていることもそうだし、直接民主主義的な間接民主主義にやや移行しかけている。アメリカだってリパブリカンとデモクラット、言っていることの違いがよくわからなくなっています。日本も実は、二大政党をやろうとしたけれども上手く行かないのは、そういう地球上全体の経済の問題だと私は思っています。」


>>地域について

「地域課題に関して言いますとね、私はエネルギーは、大規模発電大規模送電は、一部には存在するかも知らんが、エネルギー産業自体を地域産業にするべきだと。そうするとこれは大きな地域の成長戦略になりますから。雇用が生まれ、新産業創造になりますから。私は直ちに今からやるべきだという考えなんですね。

(岩上)だからこそ、廃炉を直ちにということですね。


>>社会福祉について

「それからもうひとつ私は、社会福祉のことも自分なりに今、研究をしていて、私が2009年に国政に送ってもらうときに言ったのは、絶対安心という言葉です。絶対に安心を確保するのは、私は最低保障年金は素晴らしいと思うが、40年をかけるのはダメですね。今の廃炉と一緒です。」

「直ちにスポンと落とすためにどうするかと。私はベーシック・インカムがひとつの答えだと思っています。」


>>政策の三本柱

「地域の中でエネルギーの問題と、絶対安心の問題と、それから地域の中での成長戦略ですね、この三本柱を政策のパッケージとしてなんとしても主張していきたいと。」

「国連も言っているように今後世界で増えていく人口のほとんどが都市に住むと言われていますよね。都市経済がこれからの経済政策になるはずです。その都市経済の在り方をこれから私は真剣に考えたい。」


>>橋下市長、維新の会について

割愛。

>>枝野経産相の重大な発言

「(岩上)枝野さんは昨日の会見で、重大な発言なんですね、これ、メディアもスルーに近い状態だと思いますけど。非常に重大だと思いますが、民間の事故調、政府事故調、国会の事故調とあるわけですけれども、政府は政府事故調にのみ拘束されると。国会事故調は参考にするだけだと。国会事故調をはっきりと格下だと...

それはありえないですよ。

(岩上)はっきり言い切ったんですよ。これは記者会見でですね。

 (2012/06/19 枝野幸男経済産業大臣 定例会見

これは重大な発言だと思うのに、ご存じないということは、大きなニュースになっていないんです。これは我々は中継していました。この発言は本当に重大だと思っているんですよね。

完全に官僚主導です、それは。国会軽視も甚だしい。ありえない。」


>>民主党のクーデター

(岩上)さらに昨日はですね、もうひとつ、いわば民主主義の手続きというのも踏みにじる事件があって、消費税増税、社会保障との一体改革ということの法案ですね。自公との修正協議をした、その案。これを党内で了承を得るための合同会議。ここで議論をするためのはずなんですけど、了承を得るためだけのもので、一言一句変えないと、前原さんがおっしゃって。

で、侃々諤々の議論が続いて。昨日5時半から10時11時まで行っていたんですけれども、台風でした。その台風で、さすがに地元の各代議士が集まっているわけですから、地元のことも心配なんで、ここで一旦中断にして、後日やったらどうかという提案が議員からでたところ、前原さんが間髪を入れずに被せて、では、私に一任ということにして、と。

みんなが、えっ? と呆気にとられている間に後の衝立の背後の非常口から出て行った。いつもよりも党職員もSPの数も多かったんですけれども、激しくもみ合いになりかけたんだけれども、ガード、ブロックされて前原さんは逃げて、で、遁走した後、大手メディアに対しては、自分が了承したというふうに発言している。つまりこれ、報道陣を入れていない会議ですから、事態をわからないものにして。ムチャクチャな話なんです。


ありがとうございます。そのご報告。これは、国会に身を置く者として、国民にどう報告すべきかと考えれば、党の首脳部と政府によって、いま、クーデターが起こっているんです。国民に対するクーデターが起こっているんですよ。権力という力を使っての、これはクーデターです。国民の意志に反していますから。戦争突入の時と、なんら変わらない。」

「与党にいるということは、たとえば消費税増税法案では、やっぱり賛成の票を投じるという党議拘束の義務があります。法案の議決でなくても党議拘束のようなものはあるんですね。しかし、私は離党が受理されたら無所属で民主党の議員ではなくなりますから、その時は民主党だけではない、政治の中心で起こっている国民に対するクーデターを徹底的に国民に報告する仕事。ぜひご一緒にやりましょう。」


【参考】

平議員のツイッターアカウント @tairatomoyuki

・コンポジウムでの平議員の発言動画はこちらより。
【必読】天下分け目の関ヶ原・第二陣・亀岡編にて、平智之衆議院議員(民主党)の発言 <<


>>IWJ 2012/06/23 対談 平智之議員×安冨歩先生



【追記】

以上、まとめてみたが、テキストから得られる情報量は、ごくわずかなものでしかない。

平議員や岩上安身さんの為人を知るには実際に会ってみるのが一番だが、そんな機会はなかなかない。そう考えれば、動画で対面してみるということができるというのは、とてもありがたいこと。自分自身のさまざまな感覚でもって、言葉を語る人物の信憑性を判断できる。対談の内容を確認するというだけでなく、対談者の真贋を、自分の感覚とともに確認してい欲しい。

もうひとつは、そのような判断を、自身が能動的に行なって欲しいということ。具体的には、身銭を切って有料配信を見てみて欲しいということ。それでないように納得したら、これまでの体制とは違ったムーブメントを起こそうとしている人を、応援してやって欲しい。

みかんが3つとりんごが4つ。合わせていくつ?

答えは「7つ」。

正解ではあるが、答えはこれだけではない。

足し合わせることが出来ない。

そういう答えもありのはずだ。

なぜみかんとりんごを足し合わせてしまうことが出来るのか?
みかんはみかん。りんごはりんごなのに。
そんな素朴な疑問を抱いてみたことはないか。

(問いが、合わせて果物がいくつ? なら、正解は7つしかない。)

私たちは、無意識のうちに3つのみかんと4つのりんごとを足し合わせてしまう。
それは、みかんからみかんを切り捨て、りんごからりんごを切り捨て、ただ数として見てしまうからだ。
そういう「心の習慣」を知らずのうちに身につけてしまったから。

「7つ」と答えることが出来るというのは、概念化の第一歩。抽象概念を操る能力を身につける第一歩である。
それはいい。

だが、そうした能力を身に付けることと引き替えに、みかんがみかんであること、りんごがりんごであることを忘れてしまったのなら、それを進歩や成長と呼ぶことが出来るのだろうか。
新たな能力と引き替えに何かを喪失するのなら、それは交換でしかない。


人類が今日の繁栄を手にすることが出来たのは、「7つ」と答える能力を身に付けることが出来たからだ。
これなしには科学はない。ニュートン力学が生まれることもなかったはずで、そうであるなら、物質的には豊かな現代の生活を彩るさまざまな商品もなかったはずだ。

ニュートン力学を超える相対性理論を発見したアインシュタインは、

すべての人は天才だ。しかし、もしも魚が木登りの能力で評価されるとしたら、その魚は自分をばかだと思って一生を過ごすだろう。

と言ったという。
そのアインシュタインに冒頭の問いを投げかけてみたら? 私は「7つ」とは答えなかっただろうと想像する。

物質的な豊かさと幸福とは必ずしも符合しない。
それは現代の日本に暮らす者ならだれでも知っている。
人間を幸せにするのは、他人の評価だ。

自らをばかだと思っている人間が幸せなはずがない。一方、天才だと思っている人間は幸せだろう。
相対性理論を発見したアインシュタインが言いたかったのは、すべての評価は相対的だということだろう。
万の尺度でみれば、どんな人間だって天才であるに決まっている。

しかし、いまの私たちの社会は、私たち自身を万の尺度で測っているだろうか。
みかんはみかんの尺度で、りんごはりんごの尺度で測っているだろうか。
物質的な繁栄と引き替えに、尺度を交換してしまってはいないだろうか。

私は物質的にも度豊かで、そしてかつ幸せな社会を築くことはできると信じる。
それを可能にするのは、みかんとりんごを足し合わせることを学ぶと同時に、足し合わすことも出来ないことも学ぶことである。
別の言い方をすれば、経済成長をGDPといったようなたったひとつの尺度で測らないことだ。
万の尺度でもって測ること。

できるはずだ。現代はそれができる社会的インフラも整った。
「ビッグデータ」を扱うことができる情報化社会だ。
我々に必要なのはさらなる技術の開発、新しい技術よりも、技術の新しい使い方。

それは真の意味でのイノベーションを伴うものになるはずだ。

負債感/窮乏感

台風4号は予想していたより速く通過した。今朝は台風一過。富士山はまだ笠を被っているが、青空。空気がいつもにまして心地良い。

清々しい朝の空気のなかを犬とともに歩きながら、考えたこと。

私のなかには負債感と窮乏感の、両方がある。

  ***

負債感は、私が「生きて在る負い目」と呼んでいるもの。

私たちはひとりで生きているのではない。多くのものに支えられて生きている。
その中には知らずのうちに犠牲を強いているものも絶対にあり、「生きること」を当然だと考えてしまうとそれを見逃してしまう。
それでは真に「生きること」にはならない。

光るナス 『全生』

「生きること」に気がつけば、それは自らが「生きて在ることの負い目」になる。
私はそのことを、殺生をすることによって学んだ。

 愚樵空論 『情と殺生、理念と殺戮』

樵とは殺生をする者のこと。殺生の対象が木であるのが樵。殺生の対価として、自身の身を危険に晒す。
敢えて晒したいわけではない。私だってまだ死にたくはないし、痛い目にも逢いたくはない。
しかし、そうした危険と「生きて在る負い目」とはセットである。切り離すことは出来ない。

生きて在る負い目、さらに言い換えれば「生命への負債感」は、私を突き動かす動機となってもいる。
私が脱原発を主張するのも、根っこを辿ればここへ行き着く。
脱原発だけではない。近代政治。近代教育。貨幣経済。
人の心をシステマチックに踏みにじるものへの敵意はここから来ている。

 愚樵空論 『私が大飯原発再稼働に反対するただひとつの理由』

思索の源泉も同じ所から出てきている。
だから、どのように「価値」を置けば、人の心を踏みにじらずに済むか、魂を植民地化せずに済むか。そんなことを考える。

 愚樵空論 『魂の経済学』

これらは、つづめていえば、負債感からくる贈与への内発的要請だ。

  ****

一方の窮乏感。これもまた、林業に携わっていることから出てくる。
端的にいえば、安い報酬で働かざるを得ないポジションに甘んじている、という被搾取感である。

日本の林業などというものは、大勢としては破綻した産業でしかない。
もちろん少数ではあるが、キチンと産業を営んでいる業者もいる。
私もかつてはそういったところに所属し、そこで様々な「生き方」を教えてもらった。

が、今は残念ながらそうではない。

今の日本の林業の大勢は、自然をダシにした公務員扶養システムでしかない。
日本の経済は「公共工事複合体」に支配されているが、林業もその一分野。
「自然環境」という美名の元、日々自然破壊を行なっているのが林業の実体だ。
私はそのようなところで、暮らしを支えるために自分の労働を売っている。
危険に見合わぬ安い報酬で。

 国民の生命と財産を守る「植えない森」 : 森林・林業再生キャラバン 

こういった【システム】は、根っこから労働者を搾取し人の心を踏みにじるように出来ている。
というのも、【システム】を稼働させているエンジンが窮乏感だからである。
窮乏感を満たすための方法が貨幣という所へと煮詰まっている。
【システム】におけるポジションは窮乏感を隠蔽するための道具でしかなく、
その具体的な形のひとつが、報酬として現われる。
人々は窮乏感をより効果的に隠蔽するためにポジションを争って競争する。
もしくは既得権益を死守しようとする。

そうした【システム】の構造は原発ムラであれ林業ムラであれ、まったく変わらない。

窮乏感に駆り立てられる人間は哀れだ。彼らには誇りも何もない。
技術は、金を稼ぐための作業をこなすためだけのものでしかない。

【システム】の中では、技術は金を稼ぐための方法論であることを強いられる。
今の私の労働環境がまさにそうだ。
そうはしたくないが、貨幣経済の中では金がなくては生きていけない。
だから。金さえあればこんなバカな労働で身を売ることもないのに、と思ってしまう。
この思いが窮乏感になる。

正直なところ、私が樵を名乗っていられるのは実はネット上においてだけだ。

  *****

アメリカの心理学者マズローの、有名な自己実現理論というのがある。


最近私は、これは根本的に誤っていると思うようになった。これは窮乏感を軸にした理論でしかない。魂というものの作動原理はそうではない。これはむしろ魂を植民地化していく理論であるように思える。

健全に発育した魂は負債感を負うようになる。魂は自己とは異なる「地平」を想像することができる。満たされた魂は満たされざる魂を想像し、負債感を背負い、行為することになる。その行動理論は、マズローの理論とは相容れない。

では、どのような理論が組み立てられるのか。
それを考えてみたいと思っている。


私が大飯原発再稼働に反対するただひとつの理由

私は脱原発派であり、大飯原発3,4号機の再稼働には反対している。

けれど100%反対、何がなんでも反対かと言われれば、そうでもない。
大飯ではなくても、どうしても原発を再稼働しなければならない理由があるのなら、やむを得ない場合もあるだろうと思っている。

それは想定外の緊急事態に陥ったとき。たとえば、首都圏が地震に見舞われて、多くの火力発電所が被害を被ったといったようなとき。中東で戦争が起き、あるいはユーロが崩壊した余波で、石油や石炭が輸入できなくなってしまったとき。

このような場合、国民生活を守るという観点から、原発を再稼働するということはあってもよいと考える。
逆にいうと、このような非常事態でもない限り、原発は再稼働すべきではないと考えているということだ。
もちろん安全性に問題があることは承知している。


原発を再稼働させてならないと考える理由は、経済である。
原発反対派が第一の理由に挙げる安全性の問題ではない。

推進派には、原発を動かさないと経済への悪影響が大きいという声が高い。
私はその意見には同意する。
そして、それだからこそ、原発の再稼働に反対する。

原発は今や、人の心を踏みにじる装置である。

今や、というのは正しくないだろう。原発は人の心を踏みにじらずには運転できない装置だ。
被曝労働なしでは運転できないという一点をとってみても、そのことは明らかだ。

しかし、かつてはそれ以上に「希望の装置」であった。
原子力は未来を切り拓く「夢のエネルギー」だと、多くの人が信じていた。

それはたとえ騙されていたからであるにせよ、希望が希望であったことに変わりはなく、
その希望に導かれて、多くの者が心を躍らせたことに間違いはない。

私はその「事実」は重いと思う。
だからこそ、希望が破れ、心を踏みにじる装置と化してしまった原発を動かしてはならないと考える。
まして経済を理由に稼働させるようなことがあってはならない。
そんなことをしてしまうと、経済が心を踏みにじるものになってしまう。

経済は、人間が生きるための必要なものである。
生きるために必要なことが、人の心を踏みにじるものになってしまう。
これは、この上なく不幸なことだ。

 ***

日本は「原発を止められない社会」になっている。
その理由は端的に、希望を経済の中へ組み入れてしまったからだ。

核燃料サイクルという構想があった。現在でもある。
これが希望の源泉である。

原子炉で燃やされた使用済み核燃料は、再処理され、高速増殖炉で再度、使用することが可能になる。
その燃料も、さらに再処理を施せば、また再び燃料となる。
つまり、燃料を無限に生み出すことが出来る。
まさに夢であり希望だ。

このような夢の構想に基づいて、青森県六ヶ所村に再処理工場が、福井には「もんじゅ」が建設された。
それが、現在は、両方ともダメダメ。技術を確立できる見通しが立たない。

にも関わらず、経済は、この「希望」をその中に組み込んでしまっている。
それは具体的には、使用済み核燃料は、廃棄に費用を要する負債ではなく、これから利益を生む資産として会計上は計上されている、ということだ。
だから、折れたはずの「希望」を捨てることが出来ない。

もし、この「希望」を捨てるとどうなるか。
電力会社はバランスシートが悪化して、倒産。その悪影響は関連の企業にも及び、経済全体のバランスシートが悪化する。

そうなると2009年のリーマンショックと、規模は小さいかもしれないが、同じような事態が起きる。
あの経済事件も、金融工学とやらで嘘の「希望」を経済のなかに繰り入れたことで起きた事件だったが、原因は違えど、同じことが起きる、というわけだ。

できることなら、避けたい事態ではある。

  ****

そうはいっても、現実に「希望」はもはや本当の希望ではない。
その虚構の「希望」を維持するために、破綻した「希望」が組み入れられた経済を維持するために、弱者の希望が奪われるという事態になっている。

3.11に福島で原発事故が起きた。
このために多くの人々が身の安全、財産、そして希望を失った。
大飯を再稼働させることとは、財産を守ることにはなるかもしれない。
少なくとも電力会社の収支はよくなるから、財産を奪われた人たちの補償はやりやすくなるかもしれない。
そのことで、多少の希望の回復は見られるかもしれない。

しかし、安全性は確保されていない。見切り発車である。このことはさらに多くの希望を損なうことになる。

身を危険に晒されることになる人々にとって、大飯が再稼働される理由は財産のため、つまり、狭い意味での経済の為だとしか理解できないし、事実そうであろう。
これは、少数の者の財産を守るために、多くの者を心を踏みにじるということだ。

もう少し具体的にいえば、電力会社が倒産することで不利益を被る者たちが、その利益を守るために、破綻した「希望」を維持し、多くの者の希望を奪うということ。そういった行為が経済的な理由とメカニズムによって実行されるということ。

そうしたときにこそ、経済とは別のメカニズムで動く政治の出番になるはずだ。
ところが政治は、破綻した「希望」を維持する選択をした。
つまり、多くの者の心を踏みつけることを選択した。

こんな暴挙を許すことなど、出来るはずがない。

私が大飯原発再稼働に反対するただひとつの理由。
それは、多くの人の心をシステマチックに踏みにじる行為だからである。

魂の経済学

魂にも経済があるはずだ、と考えてみた。


  定義1:魂とは生命の本来的運動である。

という話は、以前に何度も取り上げた。ここから経済学を構想してみる。

経済学の基礎は価値説だ。マル経なら労働価値説。近経なら(そうはいわないけど)貨幣価値説。

  定義2:魂がその運動を維持するために消費するリソースを〈価値〉と定義する。

魂は運動である。だとするなら入力と出力とがあるはずで、その入出力を〈価値〉と定義してみれば経済学になるんじゃないの? という安直な発想。

で。魂の運動には、物的な側面と精神的な側面とがある。魂は、物的あるいは精神的な価値を消費することで、維持される。

魂の運動の維持ということを身体においてみてみる。魂の物的側面は、端的に身体だから。身体は、日々食物を摂取し、新陳代謝を行なって身体を維持している。なので、身体にとって食物は〈価値〉ということになる。

また、長期的に見れば、身体は発育する。子どもは魂の運動にそって大人へと身体の量が増大する。客観的な数値で測定すれば身長・体重の増加。また老齢期に縮小ということも起きる。これらの現象は、客観的にみれば「変化」であるが、それが魂の運動であるなら、「維持」だと考えることができる。自然な「変化」を阻害することは同時に「維持」を阻害することになる。

精神的側面についても同様のはずだ。人間の魂の精神的側面が維持されるには経験や知識が必要であり、これらが魂にとっての〈価値〉になる。物的価値も精神的価値も、魂にとっては同等に〈価値〉だとする。

  定義3:〈価値〉を生み出すことを〈労働〉と定義する。

運動である魂に必要な入力を〈価値〉と定義したので、次は出力の定義。魂からの出力は、それが魂が需要する〈価値〉と繋がったとき経済運動になる。〈価値〉につながる出力を〈労働〉と定義するのは合理的だろう。

魂の一側面である身体を維持するために必要なリソースである食料を生み出す行為を〈労働〉と呼ぶ。これは一般の常識からしても違和感はなかろう。

魂の一側面である精神(心)を維持するために必要なリソースである知識や経験を生み出す行為もまた、〈労働〉。こちらだってそう違和感はないはずだ。

けれども、〈価値〉の主体を魂においてみると、一般的には〈価値〉とみなされないこと――道徳や倫理の範疇とされていること――も経済の領域で考えることができるようになる。例えば、赤ん坊の〈労働〉。

従来の一般的な経済的常識からすれば、赤ん坊は消費するだけで、なんら価値を生み出すことをしない。価値生産能力はないとみなされる。しかし、いずれ成長すると生産能力を備えることとなり、経済活動に参画する。つまり、未来の労働者だということ。経済における「現在」と「未来」のギャップを、通常は道徳、倫理と呼ばれるものでカバーしている。

しかし、魂の観点から見れば、赤ん坊はその存在そのものが〈価値〉である。赤ん坊が要求する物的なリソースを供給することが、親の魂の精神的な側面での〈価値〉になる。子どもを育むという経験が、親の魂を運動を維持するリソースになっている。

親の魂は、は赤ん坊から育児てという〈価値〉を供給され消費することで、育児という〈労働〉を出力する。赤ん坊という剥き出しの魂は、親から食料という〈価値〉を供給され消費することで、赤ん坊という〈労働〉を出力する。つまり剥き出しの魂は、存在そのものが〈労働〉である。

  定義4:「価値」と「労働」との媒体が、「愛情」である。

労働価値説における価値の源泉は自然だ。労働とは自然から価値を生み出す行為である。つまり自然という価値と人間が必要とする価値との媒体が労働であるから、その労働に価値を主体をおく、という考え方(だと思う)。

一方、貨幣価値説の価値の源泉は、人間自身の欲望である。欲望が貨幣を媒介にして価値を生み出すと考える。なので、価値主体は媒介である貨幣になる。

魂の経済学においては、〈価値〉の源泉は魂にある。魂が〈価値〉を需要し、それが〈労働〉となって供給される。この媒体になるのが愛情だ。媒体である愛情が上手く作動しないと、〈価値〉と〈労働〉の経済が上手く機能しない。それは貨幣経済において、通貨がうまく機能しないと経済が機能しなくなるのと同様のこと。

つまり魂の経済学は、愛情価値説の経済学だと言える。

  疑問:果てして魂の経済学は成立するのか?

笑うなかれ。私は大まじめだ。(というと、嗤われそうだが。)

経済学が計測できる価値に基づかないと構築できないとするならば、愛情を媒体/価値とする魂の経済学は成立しない。愛情は計測不可能だからだ。

現代社会において、経済学は重要な学問だとみなされている。が、一方で、経済学はまるで役に立たないという世評もある。こうしたギャップが生まれる理由は簡単。経済は人間の活動だが、人間は常に計測できる合理的な媒体に依拠して活動しているわけではないからだ。現代の経済学は、人間の不合理性をも取り込もうとしているようではある。

が、そもそも「不合理性」というのが欺瞞言語だ。人間の本性は計測不能。「不合理性」というと、計測可能なことが人間の本性のように聞えるが、それは逆さまである。なので、合理性を中心に据えなければ成立ない経済学は、非人間的なものにしかならない。

だから、人間的な経済学を構想するならば、不合理性を中心に据えなければならない。愛情がはたしてその「中心」に適しているか? 私はそう直観するが、あくまで直観でしかない。

【いいね!】という媒介形式

「媒介形式」については、以前にも書いた。

 基軸媒介形式からの自立

「基軸媒介形式」とは貨幣のことだが、このノートは肝腎の「媒介形式」というものについての整理が不十分。要するに、私もまだ「媒介形式」というものについて、うまく整理が出来ていなかったということ。

そこで今回は、【いいね!】を取り上げて、改めて「媒介形式」について考えて見たいと思う。

ネットに親しんでいる人なら、もはや誰もが知っているだろう。

【いいね!】は、もともとは【Like!】だった。それは、facebookが英語圏から出てきたものだから。日本語の“いいね”と英語の“like”は、必ずしもピッタリ同じものではないが、facebookの「装置」となった【いいね!】と「Like!」はぴったり同じものだと考えることが出来る。そのは【いいね!】が【ええやん!】になっても変らない。

ぴったり同じ。これが「形式」ということの意味である。

もう少し考えてみる。【いいね!】は、本当にそのすべてが“いいね!”なのか?

子猫や子犬の写真を見て、かわいいと感じたことが【いいね!】だったり。
誰かの「リア充」に羨望を憶えて、【いいね!】だったり。
社会への鋭い洞察に感心して【いいね!】だったり。

“かわいい”や“羨望”や“感心”などといった情動あるいは感情から出力される「いいね!」は、これは「媒介」である。それを発信することで他者にに伝わり、他者の情動/感情を引き起こすもの。

「媒介」は言い換えればコンテンツである。しかし「媒介」が「媒介」である間は、コンテキストも引き連れている。「いいね!」を受信した者は、無意識のうちに「いいね!」が発信されたコンテキストも(その人なりに)読み解いて、それが受信者の情動/感情になる。さらに、それらは「出力」となってなんらかの「媒介」を発生させ、別の他者に伝播し――という具合に広がってゆく。

ところが、これが【いいね!】という「媒介形式」になると、どうなるか。


私たちが情動ないしは感情を引き起こされるのは、上の場合だと「205」という“コンテンツ”になってしまい、コンテキストは切り捨てられる。しかし、この数字の多寡によって情動/感情が揺り動かされることには変わりはないから、なかなか切り捨てられたということは認識できない。

そればかりではない。コンテンツはコンテキストよりもはるかに人間にとって理解しやすい。理解の容易さは伝播力の強さに繋がる。そうして「媒介形式」が成立してしまうと、コンテキストは駆逐され、コンテンツが蔓延するようになる。

  ***

こちらはTVに親しんでいる人ならば、だれもが一度は見たことがあるだろう「コンテンツ」。


はっきり言って、この番組は面白い。インテリを自認している向きにはくだらないと感じる人も多かろうが、そういう人の大抵は“アタマデッカチ”だろう、たぶん。

確かに、何にでも「鑑定」と称して値札を付けて回る行為は下衆なものとは言えよう。だが、それだからこそ面白いのである。この面白さをくだらないと切り捨ててしまうと、「大切なもの」を見落とすことになる(と私は思っている)。

この番組のハイライトは、なんと言っても「鑑定」の瞬間だ。番組に登場する「お宝」とやらの価値には、素人である一般視聴者には理解できない。「お宝」にまつわるコンテキストを読み取れないのである。それを「専門家」とされた連中が、「鑑定」と称して、コンテキスト⇒コンテンツ変換を行なう。すなわち「価格」が算定されるのである。そこで初めて一般視聴者にも「お宝」の価値が理解されるのである。

(もっとも、私はもうこの番組は観ないけれども。飽きたから。手口が割れると面白くなくなる。)

(どうでもいい余談だが、この番組は司会が島田紳助の方が面白かったのではないか? 紳助は、このようなえげつなく下衆な「コンテキスト⇒コンテンツ変換」を「負い目」なく提出する「才能」に恵まれていたから。現在、紳助の後任は今田耕司らしいが、この人では紳助のような「才能」は発揮できなかろう。できるとすれば、橋下徹だろうと思う。市長など辞めて、この番組の司会者として喰っていってもらうのが日本国民としてはありがたいと思うが?)

この番組が面白く感じられる理由は、なんと言っても貨幣が「媒介形式」だからである。「媒介形式」だからこそ、理解が容易で、しかも大きな情動/感情を引き起こすことになる。この番組ほど「媒介形式」の特徴を上手く利用しているものもあるまいと思う。

  ****
貨幣とはなんだろうか

「現実」を正確に認識することが学問であるといわれる。その場合、物的現実ばかりを現実と思い込むなら現実把握は一面的になる。現実のなかには、物的なものだけでなく、非物的なもの、観念的なものもある。貨幣自体がまさにそういう現実なのだ。貨幣の物的または素材的側面だけでは貨幣の「現実」にならない。貨幣の素材的な側面と形式的観念的側面の両面が、貨幣の「現実」なのである。


著者の今村仁司氏は、人間の観念の根源を「死」に求めて、さらに次のように言う。

だから貨幣形式そのもの、つまりは貨幣のなかの形而上学的観念性自身が死の観念を内に抱えているのだ。死の観念が抽象的であるように、それは貨幣の形式という抽象的表現をもつが、それは必ず自身の身体(素材)を求める。この抽象的なものはいわば「受肉」する。死の観念が受肉するすることで、貨幣素材は貨幣形式になり、社会関係の媒介者になる。物体は観念に侵入されてはじめて社会現象になる。


【いいね!】もまた貨幣と同様の「媒介形式」として成立しつつあると見るならば、この順序は逆ではないかと思う。【いいね!】の場合、「受肉」とは、【いいね!】というfacebookへとリンクするボタンがネット上に実装されことである。それ以前に【いいね!】という形而上学的な観念が成立していたとは考え難い。順序としては、「受肉」⇒【いいね!】の観念成立であろう。

このことは、【いいね!】が【ええやん!】であろうが【Like!】であろうが、“ぴったり同じ”ということにも裏付けられると思う。

生きて在ることの「負い目」

昨日は10年前の記憶についてだけ、書いてみた。今日は、それに付随することを、少しだけ。

私は特にその人と親しかったわけではない。出会って数ヶ月で、山仕事をたまたま一緒にしていただけ。また、同じ仕事をしていたにしても、動機は違う。だから距離感もあったし、それを埋めようと思っていたわけでもなかった。私も、おそらくはあちらも。プライベートなつきあいなんか、全然なかった。

といって、悪い印象を持っていたわけでもない。少しシャイな感じで、いい人なんだろうと感じていた。

正直なところ、私はこの事故そのものは、かなり冷静に受けとめていたと思う。そういったことはありえると思っていた。いつ来るかはわからないけれど、いつかは来ると、どこかで「覚悟」をしていた。その「覚悟」は今もある。

実は私が山で事故に遭遇したのは、これが初めてではない。林業に従事してからは初めてだったが、それ以前から別の形で山に関わっていたので、そうした事故に遭遇することは幾度かあった。冷静さと「覚悟」は、そうした経験から来ていたのだろうとも思う。この後も、職場が変ってからだが、同種の事故には二度遭遇している。

けれど、そんななかでも、この事故はなぜか特に印象に残っている。なぜか。私はそこのところを、ずっと考えていた。


この事故から一年間、私は月参りをした。そんなことをする義理があったわけではない。故人との生前の関係においても、事故との関係においても。私はこの事故に関して、責任を追及されるような落ち度はないと言っていい。けれども、なにか釈然としないものがあって、そういう行為をしてみた。が、釈然としないものが腑に落ちたわけではなかった。

その後、私は紀州から山梨へ移ることになる。引越しの前に挨拶はしてきたが、それ以来、墓へ参ることも出来なくなった。そして、思い出すこともなくなった。6月5日という命日も、意識しなくなっていた。

私が自分の釈然としないものの正体に気がついたのは、最近のことだ。そういう気づきがあって、それがたまたま6月5日の少し前で、思い返してみれば10年目。それで、昨日のような文章を書いた。今日のこの文章を書くための前振り(でしかないわけではないつもりだが)。

私はその人の死に「負い目」を感じた。今も感じている。落ち度があったからではない。「覚悟」があったからである。

「覚悟」があったのに、それが私のところへではなく、その人の所へ行った。だから「負い目」が生まれる。

日々山で仕事をしていると、いくら技術を磨こうが、避けることができないものがあることを思い知らざるをえない。私が今、ここに生きて在るのは、必ずしも必然ではない。もしかしたら幸運な偶然の積み重ねでしかないのかもしれないのだ。実際に、そう感じさせるような局面を私はいくつも通り過ぎているし、そしてそれは私だけではない。そんななかで、たまたま通り過ぎることが出来なかった人。そんな人に対しては、「負い目」を感じずにはいられない。

もし「負い目」を感じないとしたら、それは「覚悟」がないからであろう。「覚悟」ができず不運の可能性から目を逸らしてしまうと、それは同時に「負い目」からも目を逸らすことになるだろう。自分自身を翻ってみても推測できるが、そういう時の人間は、どうしようもなく酷薄な存在になることができるものだ。

こういった感覚は、決して他人に教えることが出来る類のものではない。自身で学び取るしかないもの。その人は、私にその学びの機縁を与えてくれた。深く印象に残っているのは、そのためだろう。

  ***

戦後の日本は、豊かで幸福な一時代を築き上げた。それが現在、内部からの腐食で崩れ落ちようとしている。私はそんなような印象を持っているが、同様に感じている人も多かろう。また、その原因は日本人の心の荒廃に求められると考える者も私を含めて多かろうが、「負い目」がなくなったからだといったような話はあまり聞かない。が、私はこれこそが、心の荒廃の理由なのだと思う。

競争は必ずしも悪いことではない。競争は切磋琢磨でもあるのだから、人間が成長していくのに必要なことであるのは間違いはないのだ。だが、必要なのはそれだけではない。勝つことへの「負い目」もまた必要だ。だが皮肉なことに、豊かで幸福な社会になるほど、「覚悟」が求められることがなくなっていく。人々もまた、「覚悟」を忌避して「安心」を求めるようになる。

しかし。

この先は、否が応でも「覚悟」が求められ、皆が「負い目」を背負う世の中になっていくことだろう。残念ながら、日本はそのような宿命を負ったと断言してしまってよいと思う。

運命には抗うことはできよう。が、宿命に抗う術はない。あるとすれば、それを受け入れることだけ。宿命を受け入れることが、運命に抗うことになる。天命は、その先で知ることができる。

平成14年6月5日の記憶

今日は、10年前の今日の記憶をたぐり寄せてみる。あまりいい記憶ではないのだが、必要だと思うので。

今から10年前、私は和歌山県の本宮町(現在は田辺市と合併)というところで暮らしていた。平成13年から和歌山県が全国に先駆けて「緑の雇用」という事業を始め、それに応募するという形で私は林業という職業に携わることになった。

妻とふたりで大阪から本宮町に移住したのが、13年の9月。10月から当地の森林組合という組織に雇われることになった。

そんなわけだから、私の樵としてのキャリアは、やっと10年に達したばかり。ブログではベテランのような顔をしている(?)けれど。もっとも、それ以前に若干のそれらしい経験はあったわけだが。

10年前の今日、私は除伐という作業をしたいた。刈払機という機械を使って、植林後10数年経過した林地に自生してくる、植林木以外の木を除くのである。

このとき、私には除伐は2度目の現場。一度目の現場で二週間程度の経験をしていたと記憶している。また、その二度目の現場は、新年度がはじまってまもなく入ったはずだから(GWの頃には作業にかかっていた)、6月5日には一ヶ月以上は作業をしていた。作業人数は確か8人。緑の雇用で私のように他所からやってきた者が4人。地元の人が4人。

地元の4人は、新年度なってから新たに雇われた人たち。すなわち、初めての除伐作業だった。
作業は捗らなかった。それも当然で、素人ばかりでやっていたのだから。

事務所の方からは人工(←「にんく」、延べ作業人員)がかかりすぎ、という「声」が聞えてきていた。素人ばかりに作業をさせているのは事務所なんだから、事務所にそういうことをいう資格はない。それは事務所もわかってはいるので、愚痴というような形でそういう「声」が聞えてくるのである。理屈でいうなら、気にすることはない。が、そうもいかない「空気」があった。特に、外部からやってきた者にとっては。

  ***

平成一三年度に本宮町に「緑の雇用」で外部からやってきたのは6人だった。うち2人とは、三月末に送別会をやって送り出していた。

送り出したうちのひとりはまだ二〇代前半で、はじめから半年だけの経験と割り切っていた。が、もうひとりはそうではなかった。雇用の継続を希望していた。していたがクビになった。まあ、その人は、同期である私から見ても働きが悪かったから、致し方ないとは思ったが。

そのようなことは「緑の雇用」の面接の時にも言われてはいた。とにかく、現時点(面接の時点)で仕事を保証できるのは半年だけ。その間は住居も提供する。が、その後はわからない。

緑の雇用、掛け声は林業の担い手育成と、過疎地対策。でも、とりあえず半年だけ。続いての事業は、あるだろうけど、まだ断言はできない。ま、行政のやることはそんなものだし、そう正直に言い切った面接官(のちに上司)を私は好感を持った。

人間関係が都会よりずっと濃密な田舎は、入り込まなければどうにもならない。入り込んで頑張らなければならない。そこで人間として認められさえすれば、何とかなる。そうしたことを以前の経験から知ってもいたから、とりあえずは半年であろうとも、そういう機会を行政が設けてくれるのはラッキーだと思った。田舎参入のハードルを下げてくれるのだから。

仮に独力で田舎暮らしを始めようと思うなら、まず住居。空き家はたくさんある。が、借家はない。ある程度の人間関係が出来て、それで初めて借家が“出てくる”。はじめから、借家が不動産業界といったような「場」に存在しているわけではないのだ。

緑の雇用はそうした過疎地の事情にも配慮がなされていたので、雇用と住居の提供がセットになっていた。が、逆に、ダメとなれば、雇用も住居もともにダメということでもあるわけだ。だから頑張らなければならなかったし、皆、その覚悟を持っていた。

(ちなみに私は、ともにダメという事態だけは避けるべく、住居は緑の雇用を実施する事業体とは「無関係」に確保した。もちろんこの「無関係」は契約上という意味であって、人間関係は上司に骨を折って頂いた。そうやって見つけてもらった家のことは、以前、こちらの記事に書いたことがある。)

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そんなようなわけで、特に外からきた4人には、焦りが出てきていた。

地元に人たちは、私たちほど焦る必要なかったはずだ。が、現場の主導権は私たちの方にあった。たかが半年の林業の経験とはいえ、経験は経験。それに地元に者たちにしても、仕事がなったがゆえに雇われた人たち。本来、本職は別に持っていた人たちなのだが、それでは食えなくなっての山仕事。私たちほどではなくても、焦る事情がないわけではなかった。

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その現場はかなり山の深いところだった。現場へ向かうのには山林用モノレールを使った。10分ほどは乗ったろうか。終点から30分ほどさらに歩いた。

そのモノレールでは、一度に8人は乗れなかった。なので、二回に分けて乗車した。当日、私は二度目だった。それを憶えているのは、ある会話を記憶しているから。地元の人のうちのひとりが新しい時計を見せてくれて、「これを昨日、新宮で買ってきた」などと会話した。この会話を記憶している理由は...、この続きを読んでもらえばわかるだろう。

現場はかなり広いものだった。具体的な数字は覚えていない。現場の中にもモノレールが敷設してあって、始点が最も標高の高いところ、終点は谷底で最も低いところ。これも始点から終点まで10分くらいだったと思う。

当日、私は、同期の者一人とふたりでモノレールに乗って、谷の方へ下って作業をした。他の者たちも二人組で、それぞれの持ち場へと散り一日作業。

夕方、といっても3時頃だが、私はまたモノレールで上がってきた。そして、刈払機の刃を研ぎながら、他の者の帰りを待っていた。刈払機のエンジン音は既にしなくなっているから、すぐに皆がモノレールの始点へ集まるはずだった。そこが集合場所になっていたから。だがひとり、朝、会話を交わした人だけが、なかなか帰ってこなかった。集合場所の一番近くで作業をしていたはずなのだが。

いくらなんでもおかしいということになり、見に行くことになった。大声でその人の名を呼びながら。その途中で、私はその人の物らしきリュックを見つけた。私たちは弁当などをリュックに入れて背負い、現場へ行くのが習慣だ。中を覗いてみると、弁当箱がそこにあった。取り上げてみると、「重み」があった。これはダメだ、と思った瞬間に、名を呼んでいた声が悲鳴に変った。

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当時、すでに携帯電話というものはあった。私は所持していなかったが(当地へ移ってきたから解約した)、持っている者はいた。だが、圏外だった。この事実は、その現場では確認済だった。

帰ってこなかった人は発見された。私は、その人がどのような「状態」なのかを確認するよりも先に、現場を後にした。とにかく「状況」を知らせるために。(確認したくない、という気持ちもあったかもしれない。)

山道を走った。この頃はまだ山道を走ることが出来る体力があったし、興奮もしていた。帰りのモノレールなど、もどかしくて乗っていられなかった。まっすぐ昇るのは無理なくらいの斜面だったが、帰りは下りなので、駆け下りた。モノレールの始点、すなわち、朝、その人と会話を交わしたところのすぐ近くに人家があって、そこへ駆け込んだ。そして電話を借りた。

事務所へ連絡して、出てきたのは、いろいろと骨を折ってくれた上司だった。どんなことを話したか? まず、その人が事故に遭った、と伝えたと思う。上司は、「状態」を尋ねてきた。私は確か、「ダメだと思います」と答えた。それに対する上司の答えが、「なんてかー!」という叫び声だったことは、確実に記憶している。

その後、私は私の知っている「状況」を伝えた。私は「その人」をまだ確認していない。が、「状況」から見て、その人の「状態」はまず間違いないであろうこと。これは第一報なので、関係各所への連絡はそちらでお願いしたいとのこと。そして、とにかくすぐに事務所の誰かに来て欲しいということ。

電話を切ると、そこには私の後を追いかけてきた同僚が一人、いた。「状態」を尋ねてみたが、返事はどうだったろうか? 憶えてない。 同僚には、今、事務所に連絡したことを伝え、申し訳ないが、すぐ現場にとって返して、とにかく事務所に連絡したことを現場の皆に伝えて欲しい、と頼んだ。そして、警察が来るであろうこと。皆にはそれまで待機していて欲しいということ。私は、ここに事務所の人間が来るまでここで待つ、ということ。終点に上がったままになったモノレールを下へ下ろして欲しい、ということ。彼も乗らずに下ってきたのだった(モノレールは無人でも走らせることが出来る)。彼は了解して、すぐに現場へとって返した。

それからひとつ、思い出して、私は再度電話を借りた。事務所へ再度連絡しようかと思ったが、混乱しているだろうことを予想して、自宅へ掛けた。まだ明るくはあったが、もうすでに夕刻だ。私もまだこれから現場へ戻らなければならない。明るいうちに帰ってこられるとは思えない。ライトの類は持っていない。

幸いなことに、家内はすぐに電話に出た。「状況」を伝え、懐中電灯を持ってくるように言った。家にある分、そしてお隣で借りてきて、すぐに持ってこい、と。

事務所の人間が来るより、家内の方が来るのは早かった。事務所では関係各所の連絡に手間取ったのだろうか。私は家内から懐中電灯を受け取り、家内が帰ったと思ったら入れ替わりに上司が到着。警察と消防が来るという。それらは上司に待っていてもらうことにして、私も現場へとって返した。

モノレールのレールの脇を、レールを手がかりによじ登るようにして昇っていくと、上からモノレールが下りてきた。彼が下ろしてくれたのだなと思いきや、そこにはひとり、乗っていた。地元の人。少し唖然としたが、まあ、人間にはいろいろいるものだ。その人にとっては今回の出来事は「他人事」なのだろう。そうしたい気持ちもわからないではない。私は言葉も交わすことなくモノレールを見送って、再びレールの脇をよじ登った。

現場に戻ってきたとき、周囲はまだ明るかった。現場では、残った人たちが呆然と待っていた。「状態」は確認したらしかったが、私は改めて確認はしなかった。したくなかった。が、なぜそんな「状態」になったのか、なぜすぐに発見できなかったかについては、確かめないではいられなかった。確固たる結論が出るわけはないのだが...。(その「結論」をここに記すことはしない。)

警察が到着するまでの待ち時間はずいぶん長かったと思う。来たときには既に暗くなっていた。懐中電灯で照らしながら、簡単な現場の確認と検死が行なわれたようだった。しばらくすると、大きな「包み」が運び上げられようとしているのがわかった。私たちはそれを手伝い、さらに警察・消防と一緒になって、その包みを現場から運び出した。道中、真っ暗だった。車のあるところまでどのくらいかかったろうか? 案の定、私たち作業員の分の懐中電灯は、家内に持ってこさせた分だけだった。

「包み」を車の所まで運び終えると、そこにはなぜか家内がいた。区長さんに行ってこいと言われたらしい。来てもどうなるものでもなかったが、当人も気になっていたので、とにかくまた来たという。かなりの間、待ったと言っていた。その時点で、時刻は8時を回っていたろうか。

事務所の人に話をして、そのまま家内の運転する車でまっすぐ帰宅。用意してあった夕食を食べていると、事務所から電話があって、今晩、その人の夜伽をして欲しいという。その人は、独り者だったのだ。

  *******

その人の自宅へ行ったのは何時頃だったろうか。すでに、同僚たちは集まっていた。その人は、もうすでに布団にくるまって眠っていた。顔には白い布がかけられてあった。私は、その布をめくり上げて、朝、別れて以来の対面をした。その人が目を覚ますことはなかった。

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これが、10年前の6月5日の記憶。

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