愚慫空論

自身の恨みに愉氣をする

先日、少しだけ触れた私が家庭から受けていたハラスメントについて書いてみることにする。

正直なところ、このようなことを公表するのには躊躇いがある。そんな必要があるのかと自問する。これから書くことは純粋に私自身の問題であり、書いて公表してみたところで他人が共有できるわけでもない。他人に同情を求めてみても、そんなものは何の足しにもならないことを経験上知ってもいる。

それでも書いてみようと思うのは、自身に愉氣をするためだ。公表すると意識することで、愉氣すべき患部を見極めること。いや、見極めるのは、もう自身で何度も繰り返しやって来たこと。だからその所在はほぼわかっていて、公表することでさらに特定されるわけでもない。そう、ただ公表してみたい。本腰を入れて愉氣してみようと思った。だから公表してみたい。

「愉氣」にアキラさんのこちらの記事を参照してほしいが、

 光るナス:愉氣(ゆき)のこと

要するに「手当て」である。治療ではなく、手当て。



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「当事者」の時代 その2

アキラさんのところから拝借した動画から、この記事を始めてみよう。


この五分半ほどの、ドラマ『北の国から』のワンシーン。「当事者」とはどういうものか、そして「当事者」でない者がいかにして卑怯な振る舞いをするのか。見事に切り取られている。

このシーンだけでも文脈は読み取れると思うが、少し説明しておこう。

動画の冒頭は清吉オジサン。すぐに純と正吉の会話。「じいちゃん」と出てくるのは笠松の爺さん。続く場面は、その爺さんのお通夜だろう。「あの土地の問題はオヤジが悪いんだ」と言われている「オヤジ」が笠松の爺さん。

笠松の爺さんは『北の国から』の舞台になっている富良野・麓郷では、“へなまずるい”(→コチラを参照)というレッテルを貼られてしまっていた。「土地の問題」は、その“へなまずるい”話である。

笠松の爺さんは馬を飼っていた。その馬に純(と雪子)は命を救われ、しかし諸々の事情で手放さざるを得なくなり馬を手放した直後に、爺さんは死んだ

(できれば、それぞれのリンク先の動画もご覧あれ。)

そして、冒頭の動画、お通夜のシーンとなり、“へなまずるい”話が出てきた、というわけだ。

(0:55) その気持ち、オマエ等にはわかるめえな。


清吉オジサンに反論するのは、笠松の爺さんの息子たちだろうか。「正論」である。

(1:29) それでもオメエらには、オヤジはわかっとらんさ


笑って誤魔化し、酒で誤魔化そうとする。

一尺がわずかか? ええ? 境界、一尺出すことが。


一尺四方掘り起こすのに、畳一畳の石があったらどうする? でっけえ木の根がはってたらどうする?


「当事者」が語られる。

一町歩掘り起こすのに二年もかかった。そういう時代に生きてきた人間の土地に対する執着心がオマエらにはわかるか?


うろたえて。

そらぁ、清さん、もちろんわかるよ。オラだって昔は一緒にやってきた。


ならなぜ、土地を捨てた?


居たって、食えんべさ。そんだけ、みんなが食っていけるか?


またしても「正論」。

確かに「みんな」は食えなかったかもしれない。だからといって「みんな」出て行くことはあるまい。なぜオヤジの土地を継がなかったのか。オヤジの苦労を継がなかったのか。「当事者」にならなかったのか。

オラただ、土地を出て行った者は、土地に居る者をとやかく言う資格は無え。そのことだけ言いたかった。


当事者の「真実」は、当事者にしかわからない。

これは佐々木俊尚著『「当事者」の時代』でも、描写されているところだ。

「当事者」の時代

 なぜ河北新報の記事は人の心を打ったのか
 震災後、マスメディアが報じた被災者の記事の多くが人々の心に刺さらなかった一方で、被災者本人や支援に入った看護師、自衛隊員といつた当事者たちが書いたプログやツイッターは、被災地の人たちの心に強く響いた。
 しかしそういう震災後の状況のなかで、つねに心に響く記事を書きつづけているプロのメディアが実は存在していた。
 それは被災地の地元紙だ。仙台の大手地方紙・河北新報、さらにもっと小さな市町村のコミュニティのなかに根ざした大船渡の東海新報、輪転機が破損して手書きの新聞を避難所に貼りつづけた石巻の石巻日日新聞。
 私がその思いを最も強くしたのは、河北新報編集委員の寺島英弥が震災後ずっと自身のプログで書きつづけている「余震のなかで新聞をつくる」というシリーズだ。津波被害にあった人々のさまざまな体験談が、ていねいで静かな筆致によって描かれている。
 私は寺島がどのようにしてそれらの記事を書いているのかを知りたいと思った。そして被災地取材の最終日、雨がそぼ降る午後に仙台市内で彼に会った。
 寺島は私の質問に、こう答えた。
「河北新報の記者はほとんどが地元の出身。今回津波で押し流された宮古や釜石出身の者もたくさんいる。彼らは震災取材で家にも帰れず会社に泊まり込むような状況が続きながらも、つねに『実家はどうなっているんだろう』ということが頭の中から離れない」
 たとえば――。宮古出身の女性記者。何度も電話をかけるが、実家に連絡がとれない。そのうち編集局には、宮古の街を襲う巨大な壁のような津波の写真が配信されてくる。その時の彼女の思いはどうだったか。
 石巻出身の整理部長は、仕事がら朝刊の降版時間まで残らないといけない。午前一時前後だ。実家は一階が泥だらけになり、親戚も何人か行方不明になった。避難所を回つて親戚の安否を確認したいが、その時闇がとれない。それでも仕事は続く。
 寺島自身も同じだった。福島第一原発に比較的近い相馬市の出身。しかし震災後、実家の両親には連絡がしばらくとれなかった。被災した仙台空港を取材しながら、実家のことが心配でたまらない。ようやく連絡をとることができて、しかし両親の「仕事頑張れよ」「私らは年寄りだから放射能なんか怖くないから」という言葉に心が痛んだ。実家に戻ることができたのは、震災から三週間が経ってからだった。
「記者は多かれ少なかれ、取材に行ったり地域を担当したりして街のことを知っている。いきなり瓦礫の山を目にしたのとは違って、街への愛着があり、その愛着のつながりで被災地を見ている」
 そう寺島は語った。




『北の国から』のワンシーンに戻ろう。

清吉オジサンに反論する笠松のジイサンの息子たち。彼らは逃げ出した。「当事者」になりたくなかったのである。

(清吉オジサンが言う)「土地」で生きている者は逃げたしたことを責めはしよう。しかし「当事者」であるがゆえに、その「心」も理解はできる。清吉オジサンにしてみたところで「当事者」であることがいかに辛いことなのか知っている。だからこその愚痴でもある。

逃げたことはまだ赦すことができる。しかし、逃げたことへ「正当化」は赦せない。“食えなかったから仕方がない”は、今も現にその土地で暮らしている者に赦せるわけがない。

逃げるのは「弱虫」である。「弱虫」はまだ赦すことが出来る。しかし、「弱虫」が自分の弱さを隠蔽するために他者への攻撃に転じた「卑怯者」は赦せない。清吉オジサンが口を開いたのは、「卑怯者」が赦せなかったからだろう。

もし「弱虫」たちが自らの弱さを認め、詫びたらどうだったろうか。それでも清吉オジサンは、まだ怒りを収めなかっただろうか。

それは、笠松の爺さんが五郎を受け入れた経緯に現われていている。

当初、笠松の爺さんにとって、麓郷に戻ってきた五郎は土地を捨てた「弱虫」でしかなかった。しかし五郎は詫びた。なにも言葉で詫びたわけではない。行動で詫びた。東京へ逃げ出し、東京で失敗した自身の人生を生れ故郷で立て直すことを通じて、詫びたのである。だから笠松の爺さんは赦した。そしてまた、だからこそ爺さんにとって最後の盟友であった馬を、五郎に託そうとした。

しかし、このシーンでは残念なことに(視聴者にとっては好都合なことに)、清吉オジサンの怒りに火にはさらに油が注がれることになる。

(3:23) オメエらはわかっとらん。やっぱりな~にもわかっとらん。


清吉オジサンの怒りの矛先は、「みんな」にも向かってゆく。

オメエらだけじゃ無え、みんながわすれとる。
一町起こすのに二年もかかった。その苦労した功績者を忘れとる。
功績者の気持ちを誰もが忘れとる。


とっつぁんは、確かに評判が悪かった。
けど、みんな、昔はあの人を“仏の杵次”、そう呼んどったよ!
そういう時代も昔はあったんだ。
それがどうして今みたいになったか。
みんな、とっつぁんの苦労を忘れてしまったからだ。
忘れなかったのはあの馬だけだ。
・・・・・・


清吉オジサンが暴露したこと。それは、「みんな」がよってたかって笠松の爺さんにハラスメントを仕掛けていたということである。その攻撃を受け、笠松の爺さんは“へなまずるい”になった、ということだ。その攻撃が笠松の爺さんを送る最後の最後までも繰り広げられ、そこに反撃したのが清吉オジサン――というのが、このシーンの構図である。

笠松の爺さんへの“へなまずるい”というレッテルは、一町歩掘り起こすのに二年もかかるという「苦労」を忘れたい「弱虫」が、自身のその「心」と対峙するのを回避するために、その「心」を未だ持つ笠松の爺さんに向けての攻撃へ転じてしまった「卑怯者」たちによるものだ。

くり返すが、「弱虫」はまだいい。というより、本当のところ、誰もがみな「弱虫」なのである。馬を頼りに土地を起こすという苦労の「当事者」であることから逃げたいという「心」を誰が責められようか。まして時代は高度成長期であった。原子力が夢のエネルギーともてはやされた時代だった。「苦労」を捨て「夢」を追いかけて悪いなどと、誰も言えない。だが、そのことは「苦労」を捨てたことの正当化にはならない。そんなところに「選択の自由」があったわけではない。そうではなく「夢」を追いかけたいという「心」があっただけのこと。その「心」はひとそれぞれ誰にでもある。その意味で誰もが当事者であるし、当事者でしかない。

「心」は当事者である、「私」ひとりのものである。誰とも共有不可能なものだ。これは当事者の不可能性である。

にもかかわらず人間には、他者の「心」が必要なのである。この“にもかかわらず”を見つめ直すことが、「当事者の時代」の意味ではないのだろうか。

制約/自在/幸福

まず、ここで用いる「制約」という言葉の意味を明らかにしておこう。それは「自由」の反対の意味、しかし、「制約」≠「不自由」である。「制約」はむしろ「不自由」の正反対。なお、ここでは「不自由」は「束縛」と表記する。

次に「自在」。「自在」は“自由自在”と言われるように、これも「自由」と関連づけて説明出来る。“自由自在”のイメージからは 「自由」≒「自在」になるが、私はむしろ「自在」は「自由」の正反対だと思っている。

図示すると、右のようなイメージになる。

「自由」から考えると、「制約」はx軸に線対称。
「束縛」はy軸に線対称。
「自在」は原点に点対称。

といっても、これでは抽象的に過ぎるだろう。なにより「自由」の意味が確定していない。

ここでいう「自由」には二重の意味がある。1.は英語でいうところの「freedom」である。1.の意味だと反対語は「不自由」になる。2.の意味は一言では説明出来ないので、とある著作からの引用でイメージを惹起したい。その著作とは以前にも引いたことがある、内山節著『怯えの時代』

怯えの時代

プロローグ

   一、

 二〇〇六年六月二十二日。妻が死んだ。ほんの五分前まで心地よさそうな寝息をたてて眠っていたというのに、突然息をとめた。受け入れるしかない現実が私の前で展開していた。

   二、

 それから数日が過ぎ、私は自由になった自分を感じた。すべての時間が自分のためだけにある。すべてのことは自分だけで決めればよい。何もかもが「私」からはじまって「私」で終わるのだ。私だけがここにいる。自由になった私だけが。

   三、

 それは現代人の自由と共通する。

   四、

 喪失の先に成立する自由。受け入れるしかない現実が生み出した自由。

   五、

 妻の死によって私は怯えることはなかった。私は「また会おうね」と言った。妻は「うん」と言った、と思った。

   六、

 現代人は確かに自由なのだと思う。もちろん世界のさまざまなところに、自由を圧殺された人々がいることを私は知っているし、それが国内問題であることも知っている。しかし、あえて私は現代人は自由だという。なぜなら現代の自由は、現実を受け入れる他なかった喪失の先にあらわれてくる自由でしかないからだ。私たちは携帯でメールを打ちつづける自由がある。テレビのチャンネルを思うがままに変える自由がある。今日の夕食を好きなように決める自由がある。ただしそれは携帯電話がつくりだしたシステムを受け入れることによって、だ。サイフの中身をという現実を受け入れることによって、だ。
 現実を受け入れない限り自由を手にすることもできないという包囲された世界のなかの自由が、私たちにはある。そして現実を受け入れたときに手にしなければならないもうひとつものは、喪失。その代償のもとに獲得されたのが現代人の自由。

   七、

 (中略)

   八、

 そんな時代が長くつづき、私たちはうんざりするような自由を手に入れてきた。なぜうんざりするのか。それは自由であっても自在ではないからだ。(後略)


ここで語られている「自由」は、「freedom」のことではない。この「自由」を英語に訳するとすれば、どのような単語が適切なのか。英語に疎い私は知らない。英語に詳しい人に教えていただきたいと思う。

この文章は自由のもうひとつの意味を明らかにすると同時に、「制約」と「自在」の意味をも明らかにしている。内山氏にとってなくなった奥さんが「制約」であったことは言うまでもないだろう。そして、「制約」が喪失してしまうと自由になり自在ではなくなった、という。

この喪失感には不幸な響きが伴う。すなわち「自由」は不幸というイメージ。対して「自在」には幸福というイメージ。「自在」は「自由」の正反対と述べた意味が理解されるだろう。

しかし、この2.の方の「自由」の捉え方は、現代社会では少数派だろう。2.のように受け取ることが出来るということは日本人ならば理解はする。が、多数は、「自由」と言われたときにイメージするのは1.の「freedom」に違いない。そして、「freedom」には、2.と違って幸福感が伴う。

「freedom」を求めるといえば、真っ先に思い浮かぶのはアメリカ人だ。彼らは旧大陸からの「束縛」を求めて新大陸へと渡り、先住民を「束縛」へと追い込みつつ、「freedom」の拡大を目指した者たち、あるいはその者たちの子孫である。今なお、アメリカの建国の精神はといえば、「freedom」だろう。そして、その精神がアメリカから溢れ出したのが、グローバリゼーション。

しかし。そのグローバリゼーションは、誰も幸福にしないことが明らかになったのではないのか。
いや「明らかになった」と結論づけるのはまだ早いかもしれない。
世界を不幸にしたグローバリズムの正体

例えばこの本で主張されているように、不幸が拡大したのは特殊なグローバリゼーションが原因であって、誰もを幸福にするグローバリゼーションもあるのだ、主張はいまだ根強く存在する。

繁栄この著作などもそういった方向での主張を展開している。

確かに。人類が築き上げてきた文明は、他の動物たちとの生存競争に打ち勝つ原動力となってきたのと同時に、人間の「freedom」、「選択の自由」を拡大してきた。そして、各々の「選択の自由」が「市場」というメカニズムを通じて調整される。高度に発達した文明は、そうした未来観も振りまいてきた。

この未来観は、私はまったくのデタラメではないと断言できるだけのものは私にはない。ただ、予感はあったし、その予感が現実のものになりつつあるという現実もまたある。それは「市場」が調整に失敗したというより、「市場」の調整が、「制約」ではなく「束縛」としてしか機能しえないところに原因があるように思う。


おっと、話が逸れてしまった。こんなことを語りたいわけではない。今、ここでは、「制約」が「自在」を生み、それが「幸福」を醸し出していくイメージを語りたいのだ。


この動画も再度の引用になる。

ここで不揃いなパフォーマンスを繰り広げている、身体にハンディキャップを負った者たちは、そのハンディキャップを「束縛」としてではなく「制約」としている。もう少しいうと、「制約」を我が身に引き受けている。この「引き受け」は、上の内山節氏が喪失してしまった奥さんも同じ。子どもを持つ親にとっての子どもも同じだろう。

他にこんな例もある。

口からうんちが出るように手術してください

この本の紹介が安冨歩著『生きる技法』に出てきているので、そちらを引用してみる。

生きる技法

小島さんは、先天性脳性小児マヒのために手足がほとんど機能しないのですが、多くの人に依存することにより、自立を果し、一人暮らしを続けておられる方です。小島さんの自伝のタイトルは、

 『口からウンチが出るように手術してください』(コモンズ、2000年)

という衝撃的なものです。このタイトルについて小島さんはインタビューに答えて次のように語っておられます。

友達に、ある時「もし、ひとつだけ夢がかなうとしたら、どんな夢をかなえてもらう?」って聞かれたんです。彼女は「障害をなくしてほしい」と私が答えるだろうと思っていたみたい。だけど私は「口からうんちが出るようにしてほしいな」って答えたんです。そしたら彼女はすごく驚いた。・・・・・・でも私にはもう「障害がなくなる」という仮定はまったく考えられないんです。というか、何が「障害」なのかすらよくわからなかったんです。今もそうですけど・・・・・・(笑)


見事な「引き受け」ではないか。

まだ他に例をあげよう。このような「引き受け」は、何も弱点を引き受けるというだけのものではない。

生きるための論語

 人と人とのやりとりが上手くいくためには、実に見えないような微少レベルの近くと、それに基づいた調整が不可欠である。たとえばすれ違いざまに目礼するという礼を実現しようとすれば、視線を相手に会わせてタイミングをはかって、適切な瞬間に適切な角度で頭を下げなければならない。タイミングが早すぎたり遅すぎたり、おじぎが深すぎたり浅すぎたりすると、礼はぎこちなくなってしまう。相手の身体や心の動きを受け止め、絶妙のタイミングで絶妙の角度でおじぎを決められたなら、相手も同じように美しく頭を下げる。このときには、何の命令も、何の強制も必要なく、あなたは誰かの頭を思い通りに作動させることができる。
 (略)
 この場合、礼を形式的に完全に書き下すことはできない。すれちがう何メートル前で、どのような速度でどのような角度で頭を下げたら良いか、という外形的な規定を設けて、それに従ってお辞儀をしても、決してうまく行かない。お辞儀を正しく執り行うには、他者の動きとこちらの動きの双方を取り込んだ、高次の回路を形成し、その全体のダイナミクスをうまく構成する必要がある。そのとき、双方ともに自発的に、美しく、気持ちよく、あいさつをかわすことができる。


これは「礼」についての安冨先生の記述だが、これを「制約」という観点で読み直してみれば、「礼」とは「制約」を追求することだと言える。お辞儀は外形的な規定に従っても、上手く行かない。お辞儀というある意味では不自然な「制約」を「引き受け」ることができてはじめて、「礼」となり、自然に相手のお辞儀を引きだしていく。

身体にハンディキャップを持つ者、あるいは妻や子どもといった弱点を持つ者が、それらを「引き受け」たときに、生まれてくるのは自在感である。この自在感は幸福感へと繋がっていく。儒家が正しく「礼」を為したとき、これもまた「制約」の「引き受け」だが、感じられるのもやはり幸福感へと繋がる自在感であろう。儒家マイケル・ジャクソンのパフォーマンスは、そのことを教えてくれる。

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「(幸福/不幸)→幸福」を「醸す」で解く

昨日、ツイッター上で毒多さんと少しやり取りをした。タイトルの

 (幸福/不幸)→幸福

は、その中で出てきたもの。この「式」の元ネタは、

生きるための論語

に出てくる (知/不知)→知 (p.37)

『生きるための論語』では、この(A/not A)→A という「式」が他にもたくさん出てきて、この「式」を理解することが論語を理解すること、ひいては学習すること――と理解できるように構造化されているわけだが、その詳細は『生きるための論語』を読んでいただくとして、ここでは(幸福/不幸)→幸福の意味するところを、別のアプローチで迫ってみたいと思う。

普通、人間は完全な幸せの状態ではいないものだ。自分を幸福だと感じている人、不幸だと思っている人、さまざまだろうが、「普通」の状態とは、幸福と不幸とが同居している状態、ということができよう。それを「式」に表せば、

 (幸福/不幸)

となる。ここから幸福になるには、一般にイメージされるところだと、「不幸」を取り除けばよい、ということになるだろう。幸福と不幸とが同居しているのだったら、不幸がなくなれば幸福になる。私たちは日々、少しでも幸福を増やし、少しでも不幸を減らそうとして生きている。そのために日々、競争社会で戦っている。

幸福な社会を目指す考え方のひとつとして功利主義、つまり「最大多数の最大幸福」というのは、こうした幸福/不幸についてのイメージから組み立てられている。

私はこういった考え方自体が不幸な考え方だと思っている。仮に「普通」の(幸福/不幸)の状態から、幸福が増えて不幸が減り、幸福へとより近づいたとしよう。すると、人間にとってはその状態(幸福↑/不幸↓)が「普通」となる。以前の(幸福/不幸)に戻ることは、もはや不幸でしかない。昔の「普通」の状態、現在では不幸に思われる状態に回帰することが絶対にあり得ないのならいい。しかし、そんなことは絶対にあり得ない。可能性は必ずあるし、そのことは幸福を獲得した当人自身がいちばんよく知っている。競争によって勝ち取ったものならなおさらだ。

すると、(幸福↑/不幸↓)の「普通」には以前の(幸福/不幸)に戻ってしまうことの恐怖が付け加わる。この恐怖を快感と感じるツワモノも世の中にはいるけれども、大半の人には恐怖に怯えるのは不幸だろう。すると、幸福になったはずが、「普通」に不幸が付け加わったより不幸な状態になってしまったことになる。この「怯え」がより競争へと向かう動機になって、また、そうした「怯え」を隠蔽しようとすると、自己責任論といっくだらない論理を振りかざすようになる。

そう。自己責任論者は「怯え」に苛まれている者たちでしかない。その「怯え」を受けとめられない者は「弱虫」であり、「弱虫」であるがゆえに他人を攻撃する者は「卑怯者」。自己責任論者は「卑怯者」である。

(幸福/不幸)→幸福は、そんな話ではない。

人を助けるすんごい仕組み

この「すんごい本」のp.36に、「意味の原理」というものが出てくる。

これはどちらがいいかということじゃなく、結局はどう生きるかという問題なんだ

意志が未来を切り拓き、未来が過去を意味づける

この悲惨な出来事を肯定することは決して出来ないけれども、あの出来事があったからこんなふうになれたのだ、と思うことはできる。それが僕らの目指すべき未来なのだ


この「すんごい本」がどういった本なのかは説明の必要はあるまい。「この悲惨な出来事」が何を指すのかも自明だろう。

肯定できないことは不幸としか言いようがない。が、それすらも、どう生きるか、その生き方によっては、事後的にではあるけれども、肯定的に意味づけることはできる。

「すんごい本」で描かれている情況は不幸が圧倒的に支配的な情況だから、これは不幸→幸福への転換のように見えるし、またそう見ると不謹慎だ!とかいう批判も飛んできそうだが、そう言いたい者は言えばいい。「弱虫」と返すだけのことだから。

ここで言いたいのは、それは「普通」の日常の(幸福/不幸)のでも同じだということ。「意味の原理」はいつでも作動しているということ。(幸福/不幸)→幸福とは、「意味の原理」によって、幸福になっていくということを意味している。

ただ。

「すんごい本」の西條さんは「意味の原理」を作動させるものを「意志」としているが、私はちょっと違うと思う。たしかに、圧倒的な不幸に見舞われたあの状況下では、それは「意志」と呼ぶのが相応しい。が、「意味の原理」は日常でも作動しているわけで、それは常に強固な「意志」に下支えされているわけではない。「意志」というと“打ち立てるもの”のイメージだが、私にはそれよりも「醸す」というイメージに近い。

それがよく現われているが、たとえばこんな歌。


(昨日までDoris Day歌唱の訳詞付動画が見られたのだけど。残念。)

日本語では雰囲気が良く出ないけど、たとえば、“Will I be pretty, will I be rich” の問いかけに “Que sera, sera/Whatever will be, will be”と返すところ。少女は幸福の条件を挙げて幸福になれるかと心配し尋ねるのだが、“なるようになる”、つまりは、醸すのだよ、という答え。

季節外れだが、別の例をもうひとつ。『秋桜』



明日嫁ぐ私に 苦労はしても
笑い話に 時が変えるよ
心配いらないと笑った

これもまた「醸す」だろう。

こうやって考えてみれば、実は、私たちには自然に幸福になる力は備わっているんだ、と気がつく。それを、幸福とは何かとあれこれ考え、条件付けてしまうことで、かえって幸福を遠ざけてしまった。私はそんなふうに思えてならないのだけれど。

「当事者」の時代

「当事者」の時代

オビニ付いた「すべての日本人に突きつける渾身の書き下ろし472ページ」のコピーは、いかにもコピーの文章らしく、少し曖昧だ。

472ページだから渾身なのか。渾身だから472ページなのか。意地悪く受け取ると、「渾身」は472ページにもなってしまったことへの言い訳のように受け取ることが出来る。

私の読後の感想で言えば“渾身だから472ページ”である。それは他の読者も共有しているようだ。ということは、オススメだということだ。

“渾身だから472ページ”と理解すると、472ページなったにもかかわらず、新書で出したというところにも著者の「渾身」もあるんではないか、思えてしまう。内容と分量からすれば、ハードカバーであってもおかしくはないのに。ま、しかし、それは憶測である。ただ、そんな想像してしまうくらいに、と理解していただければいい。

私はこの著者の「渾身」が、作者自身の当事者性から出てきていると受け取った。著者は毎日新聞の事件記者だったらしい。第一章(夜回りと記者会見――二重の共同体)と第二章(幻想の「市民」はどこからやってきたのか)は、その体験が元になっている。これだけ取り出しても読み物としても、マスメディアと権力の裏側を告発する文章としても、楽しんで読むことはできる。

しかし、それだけでは著者自身の当事者性は露わにはなってこなかっただろう。

 私は事件記者時代、多くの殺人事件を取材した。八王子のスーパー三人射殺事件や、富士フイルム専務刺殺事件、東電OL殺人事件、そしてオウム真理教事件。海外ではエジプト・ルクソールの観光客大量殺害テロを取材し、新婚旅行に来ていて妻が殺されたという日本人の夫にカイロの軍病院でインタビューしたこともある。
 それらの事件取材を思い出すたびに、目撃者や当事者、家族等の証言が今も生々しく頭によみがえってくる。
 だが私は新聞社の記者としてこれらの事件を取材し、しかし最後まで「当事者であること」を生み出せなかった。当然のことだ――当事者ではなく、単なる取材者に過ぎなかったのだから。
 しかしその当事者ではなく第三者として殺人事件を取材していたという行為は、今でも悔恨のようにして心の片隅に残骸として残っている。何をどうあがいて、どんな取材をしても、どうしても事件の本質につながったような感覚を持ち得なかった。それは当事者の心の中にまで踏み込めなかったからだ。
 あまりに不謹慎な話だが、私は事件記者の同僚たちとこんなことを言い合ったことさえある。
「本気で殺しを取材しようとしたら、被害者の奥さんと結婚して、そこから事件をだとり直すぐらいのことをやらないといけないかもな」
 このようなことを真顔で語らなければ、当事者としての意識は発見されないのだろうか?
 だからこれは茨の道である。
〈マイノリティ憑依〉の気持ちよさに抗して、宙ぶらりんの立ち位置を持続し、そして当事者としての伊丹を引き受けていくようなことは可能なのだろうか?


当事者性を持ち得ないという、記者としての当事者性が生々しく語られている。これがあったからこそ、第3章以下、〈マイノリティ憑依〉の構造を暴いていくことになったのだろうと思う。


では、〈マイノリティ憑依〉とは何か?

簡単に言ってしまえば“正義の味方を気取ること”とでもいえばいいか。詳細は本書で...が簡単でいいが、それでは面白くないし、〈マイノリティ憑依〉は重要な提示だと思うので、ごく簡単に触れてみる。その成立過程の説明は、日本の戦後史の一断面にもなっている。

出発点は、「戦争加害者としての日本人」である。

 こう説明されると、二十一世紀に生きている方々は「なんだ」と落胆されるだろう。「そんな話はもう聞き飽きたよ」と。たしかに2010年代の現代の視点で見れば、「科学者としての日本人」という表現はどうの昔から左翼のクリシェ(決まり文句)であり、目新しくも何ともない。

 「加害者視点」が存在しなかった戦後日本
 しかしこのような「加害者としての日本人」という視点は、実は1960年代までの日本人にはほとんど存在していなかった。 
 段階の世代も含めておそらくほとんどの人が忘れ去ってしまっているのが、この視点が獲得されたのは1960年代半ばのことだ。そしてこれがクリシェ化していくのは70年代に入ってからのことなのである。


すなわち、60年代までの日本人大半は、自分たちは戦争被害者なんだとナイーブに思い込んでいた、というわけだ。

その「空気」を水を差したのが小田実の〈被害者=加害者〉論である。

 ベトナム戦争に兵士として駆り出されているアメリカの若者は、「国に命令されている」という意味では被害者だ。そしてベトナム戦争で人を殺しているという意味では加害者だ。しかしそれは、
「被害者であるにもかかわらず、加害者である」
 というのではない。
「被害者であることによって、加害者である」
 ということなのだ。なぜなら国に命令されるという被害がなければ、ベトナム人を殺すという加害も生まれなかったのだから。
 この構図は、さまざまな局面でまったく同じように立ち現れてくる。
 中国戦線に兵士として駆り出される被害者としての日本兵は、だからこそ中国で加害者となる。
 米軍によって土地を奪われた沖縄の農民が、だからこそ基地労働者となり爆撃機に爆弾を積み込んでベトナム戦争に加担する。
 この「被害者だからこそ加害者になる」という関係。〈被害者=加害者〉というメカニズムに、私たち一人ひとりは取り込まれてしまっている。
 そして小田実は、このメカニズムから自分をいかに切り離すかが、反戦運動の大きな課題だと考えたのだった


ここに加えて、津村喬が『われらの内なる差別』を記して、戦後無視されてきた「三国人」やアイヌ・ジェンダー差別などの、それまで隠されてきたマイノリティへと社会の視線を向けることに成功する。

ところが。〈被害者〉論から〈被害者=加害者〉論へのパラダイム転換には、大きな落とし穴が待ち構えていた。

 それは大きなムーブメントとなっていた。そのムーブメントの光の部分では、無視されていた在日朝鮮人の視線の回復につながり、フェミニズム運動のきっかけをつくった。
 だがその影の部分では、オーバードーズによるあまりにも過激な視線を生み出してしまったのだ。〈被害者〉論から〈被害者=加害者〉論にシフトしたパラダイムは、さらにそれを一気に跳び越えて、〈被害者抜きの加害者〉論になってしまったのだった。大きな振り幅を飛び越そうとした途端、もんどり討って着地点を間違え、ラインの向こう側にある段差から転げ落ちてしまったのである。


オーバードーズとは、過剰摂取。

 アメリカの若者や沖縄の農民のような被害者であるから加害者になってしまう人々を知るということは、それはすなわち、自分たちもいつそのような境遇になるかもしれないという想像力をもつことでもある。
 でも、この〈被害者=加害者〉論から、〈被害者〉というパーツを取り去ってしまったらどうなるか。
 行き着くところはひとつだ。
 ただひたすら、人を〈加害者〉として断罪しつづけても構わないという無残な論理へと落ちていってしまうのである。これは実におぞましいオーバードーズの罠だ。


〈マイノリティ憑依〉とは、被害者=弱者=マイノリティの立場に立ったつもりになること、すなわちその「立場」への憑依だ。そしてそこから、「代弁」が始まる。それが〈加害者〉への断罪。

そしてこの構図は、マスメディアの姿勢にも当てはまる。

 マスメディアが代弁しているのは、この日本社会を構成しているマジョリティの日本人ではない。幻想の〈庶民〉である。地に足をつけて文句も言わず、国家や正義を声高に論議せず、権力や資本主義に酷い目にあわされながらも、それでも地道に自分の生活を送っていくような、そういう無辜の庶民。
 そしてその幻想の〈庶民〉を、マスメディアはマイノリティである市民運動の〈市民〉によって代弁させてきた。
(中略)
 そして、周辺部にいる〈市民〉が〈庶民〉を代弁してきたのだとすれば、〈庶民〉は周辺部の外側、完全なる社会のアウトサイダーにいる者でなければならない。


 そしてマスメディアは、〈異邦人の庶民〉という社会の外側の幻想の存在を仮構し、この存在から社会を逆照射することによって、絶対的な立ち位置を確保し、その高みから社会を見下ろすというアプローチを採っている。


仮構の存在に〈憑依〉した状態では、弱者(貧困、差別、犯罪被害などに苦しむ者たち)の当事者性など見えてくるはずがない。取材という形で弱者に直に接していながら、当事者にはなれないという記者の当事者性。ここで、上に紹介した著者の「告白」へと結びつく。

渾身にならざるを得ない理由が理解できようというものだ。

なお、本書には2つの「円環」が描き出されている。ひとつは今、簡単に紹介した〈マイノリティ憑依〉を鍵とする円環。もうひとつはその円環の外側を巡るものだが、こちらについてはここでは触れない。本書に直に接してみて欲しい。


さて、ここからは少しトーンが変わる。これまで文章のトーンは「賛辞」である。ここからは「批判」へとギアを切り替える。

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心地よい「不揃いな音」

Facebookに流れてきたリンクがご機嫌なので、ブログにもお裾分け。


しょうぶ学園のパーカッションバンドの演奏ということらしいが、そのしょうぶ学園というのは、ハンディキャップを背負ってしまった人たちの施設のようだ。なので、ここでの演奏者も、そのような人たち。

しょうぶ学園のHPより。

心地よい「不揃いな音」

本来、音楽では「不揃い」や「ズレ」は好ましいものではありません。しかし、「はたして揃うことがすべて美しいことだろうか」と問いかけてみると、見えている世界には、実は見えていない別の可能性があることに気づきます。それぞれの人が違うから、美しいのであって、中身の違いがあるからそれを認め、合わせることができるのです。健常者の特性である「揃えること」が過剰になればなるほど障害者と離れていくのと同時に彼らは頑強に「ズレること」を守っているようにも感じます。そこに魅せられ、私たちは、不揃いの音のバランスの良い配置を模索しています。大事なことは、彼らの不揃いの音が無理に主役になることなく、心地いいと感じる音が生まれてくることです。そして、純粋にズレた彼らの音とコラボレーションすることによって、新しい発見の場としてottoの活動は思いもかけない視点を私たちに気づかせてくれると思います。


私たち健常者は、“音楽”に「意味」があると思っている。
だから、“音を揃える”ことは、音楽の「意味」を伝えるのに有効だと考え、また、“揃える”ことそのものにも「意味」を見出していく。

“音を揃える”というのは、それでけで凄い「意味」を生じるもの。楽器でもそうだけど、人間の声が揃うというのは本当に凄いものがある。儀式に音楽を用いることを重視したカトリック教会でさえ、一時コーラスを禁止したことがあるらしい。あまりに「意味」があり過ぎて、どうしても教会が示そうと意図している「意味」を超えてしまうところがある。禁欲的ではない、といった理由らしい。

よく少年合唱団が「天使の歌声!」といって宣伝されていたりするが、あれはさほど誇張されたものではない、と思う。本来“揃える”というのは抑制的な行為だから禁欲的になるはずなんだけれども、声の場合、揃うことで声が持つそもそもの禁欲的でないところが溢れ出てしまう、みたいなことになる。それが子どもの声だったりすると、危ない! というくらいになってしまう。いや、冗談ではなく。

が、一方で。不揃いの音にも「意味」は見出しうる。

“音楽”に意味があるとことを前提にしてしまうと、こちらの「意味」は見出せない。ここを見出すには“音楽すること”の「意味」を捉まえなければならない。上の動画に溢れているのは、まさにこちら。“音楽すること”の意味だ。

“音楽”の「意味」と“音楽すること”の「意味」。より根源的なのは後者だろう。なので、不揃いであろうが生き生きと“音楽している”様子からは、私たちは、より根源的な「意味」を見つけ出してしまうことになる。根源的な分だけ素朴な「意味」だ。

もちろん、このことは“音楽”の「意味」を否定するものではない。“音楽”の「意味」も究極的に突き詰めていけば、なぜか根源的なところへ到達してしまう。その時に得られる驚愕は、素朴なものの比ではない。なぜかはわからない。そうなのだと言うしかない。

そう、不揃いな音から発見される「意味」は、驚愕を伴うものではない。ともなうのは安心だ。観る者に、それでいいんだよ、というメッセージを届けてくれる。そしてそのメッセージは、なぜか人に前へ進めと背中を押す。病んだ者(ハンディキャップを背負った者の意味では、断じてない)を安んじる一方で、健康な者(健常者の意味では、断じてない)の背中を押す。なぜそういうことになるのか、それもわからない。

【追記】 大切なことを忘れていた。

来る5/5に、ライブがあるらしいのだ。
詳細は、こちらから。
 http://www.facebook.com/events/151379098322678/

マイケル・ジャクソンは儒家であった


『マイケル・ジャクソン THIS IS IT』を観たというのは、先の記事でも記した通り。

視聴直後の私のツイートをまず紹介しておく。

マイケル・ジャクソン『This Is It』をやっと視聴。楽しめた、を通り越して驚愕した。この衝撃はバッハの『マタイ』のそれに匹敵する。いろいろと言葉は浮かぶが、それらはいずれ整理してブログ記事に書こう。今は、「MJは儒家であった」とだけ記しておく。


このツイートは補足されなければならない。私が「マイケルは儒家」だという理解に至ったのは、その直前の読書があったからである。それは


この記事の目的は、『THIS IS IT』と『生きるための論語』とを結びつけて、マイケルは儒家であるということを論証することにある。

マイケルが儒家たる所以その1。マイケルのパフォーマンスが「礼」を追求したものである。

「礼」とは儀礼的なあいさつのことではない。

 人と人とのやりとりが上手くいくためには、実に見えないような微少レベルの近くと、それに基づいた調整が不可欠である。たとえばすれ違いざまに目礼するという礼を実現しようとすれば、視線を相手に会わせてタイミングをはかって、適切な瞬間に適切な角度で頭を下げなければならない。タイミングが早すぎたり遅すぎたり、おじぎが深すぎたり浅すぎたりすると、礼はぎこちなくなってしまう。相手の身体や心の動きを受け止め、絶妙のタイミングで絶妙の角度でおじぎを決められたなら、相手も同じように美しく頭を下げる。このときには、何の命令も、何の強制も必要なく、あなたは誰かの頭を思い通りに作動させることができる。
 (略)
 この場合、礼を形式的に完全に書き下すことはできない。すれちがう何メートル前で、どのような速度でどのような角度で頭を下げたら良いか、という外形的な規定を設けて、それに従ってお辞儀をしても、決してうまく行かない。お辞儀期を正しく執り行うには、他者の動きとこちらの動きの双方を取り込んだ、高次の回路を形成し、その全体のダイナミクスをうまく構成する必要がある。そのとき、双方ともに自発的に、美しく、気持ちよく、あいさつをかわすことができる。


この引用の文章の、「礼」「お辞儀」「あいさつ」を「パフォーマンス」「プレイ」に適当に置き換えてみれば、それこそマイケルが求めているものであることは、マイケルを愛している者にはすでに知っているだろう。またそうでない者も、実現されることのなかったステージのリハーサル映像をもとに構成された『THIS IS IT』を先入観なく観れば理解できるはずである。

マイケルが儒家たる所以その2。マイケルが共演するアーティストに求めるのは「和」である。

『THIS IS IT』は、マイケルと共演するアーティストを採用するオーディションのシーンから始まっている。そこでアーティストたちはそれぞれにマイケルの凄さを語る。純粋はマイケルファンはそれを観て純粋に喜ぶのだろうが、私のようなひねくれ者は、そうした「熱い語り口」には少し退いてしまうところがある。マイケルファンなんだから当然でしょう、と。

しかし、オーディションで採用される基準は「マイケルへの愛」ではない。アーティストとしての伎倆は当然である。それに加えて、「華」がなければならない。

マイケルは華も華、大スターである。なので共演者にも華を求めるのは当然、というのはさにあらず。マイケルが「和」ではなく「同」を求める者、つまりステージの成功はあくまでマイケル・ジャクソン自身の成功に従属すると考える者であったとすれば、共演者の「華」は必ずしも望ましいことではない。

 ここに、AとBという二人の個人がいるとしよう。二人が相互に学習過程を作動させており、「仁」の状態にあるなら、Aの投げかけるメッセージをBは心から受けとめて自己を変革し、そこから生まれるメッセージをAに返し、Aもまた同じことをする。このとき両者のメッセージの交換は「礼」にかなっている。また、このときAとBとがそれぞれに解釈して把握する意味は、常に互いに異なっている。
 より正確に言うなら、違う人格がそれぞれに把握している「意味」が、相互に一致しているかどうかなど、原理的にわからない。そのわからなさを無視し、互いに「同じ何かを共有している」という思い込みを形成するのが「同」である。小人は「同」がなければ不安でたまらない。
 しかし、君子はこのようなことを必要としない。人は人、自分は自分である。人が自分の考えを共有してくれているかどうかなど、問題とならない。それはそもそも不可能なことだからである。それゆえ、君子の交わりは、相互の考えが一致しているかどうかなど問わず、むしろその相違を原動力として進む。こうした相互の違いを尊重する動的な調和を「和」という。


この記述とマイケルの求める「和」とを整合させるには、少し説明が必要だろう。

この記述は、君子がなんらの条件なく交わることが前提になっている。ゆえに“人が自分の考えを共有してくれているかどうかなど、問題とならない”。しかし、マイケルはアーティストである。共演者もそうだ。マイケルの求める「和」はアーティストと観客と違いを超えた「和」であるが、『THIS IS IT』では、その大きな「和」をマイケルと一体となって求めることが共演者・スタッフの条件として課され、共有することが求められる。

しかし、この共有は「同」ではない。アーティストであるマイケルにとって、「華」のある共演者は君子である。もしマイケルが小人であるなら、君子たるアーティストとの共演は邪魔になるはずだが、マイケルは自分と異なる「華」との相違を原動力に観客との「和」に向かって進もうとする。

全体としてマイケルが主導権を握っていることは明らかである。だがその主導権は、共演者やスタッフ側からの要求でもあるのだ。スタップは、マイケルに指示をくれ、意図を明確にせよと要求する。『THIS IS IT』を観ればすぐにわかるが、この要求は高貴なものだ。ステージを成功させること、すなわち観客との「和」を自らの責務だと諒解した君子の要求である。

私は残念ながらマイケルのステージを観たことがない。『THIS IS IT』でも、完成されたステージを観ることが出来たわけではない。それでも予想はつく。高度な「和」は原理的に不可能なはずの「意味」の一致を創造する。人はそのような「創造」に出会うと、それを「奇跡」という。

マイケルは奇跡を求めた――といっても、マイケルを識る者には何らの違和感もないはずだ。

マイケルが儒家たる所以その3。マイケルは君子である。

これはその2で同時に論証できたと考えていいだろう。そして君子であることを追求するが儒家であるなら、マイケル・ジャクソンは儒家である。


ここから先は、マイケルが儒家であると想定しての推論になる。

マイケルは「仁」を求める。

   「仁=不憂」

という図式が、古代の人には同義反復に見えていたに違いない、とフィンがレットは主張する。すると、「憂」の意味がわかれば、その否定として「仁」が得られることになる。
 フィンがレットは、「憂」という言葉が、自分の内面の状態のみをさすのではないことに注意を喚起する。確かに、「憂いがる」というときの「憂い」は、内面の苦悩とともに、その苦悩を引き起こしている外部の問題をも指す。この「憂」がないというのは、それゆえ、自分と周囲が正しく構成されて、内にも外にも憂いがない状態、ということになる。それが「仁」である。


マイケルは儒家であると同時にアーティストである。となると、「仁」を求めることはアーティストとしての表現を通じて、「憂」を告発するということになる。『Thriller』は、そうした告発に他ならない。

『Thriller』に登場してくるソンビは「無礼」の表現である。ぎこちない動きしか出来なくなってしまった人間は、その心も「仁」を失い、死んでしまっている。そして「同」を求めて生きた人間に襲いかかる。そのさまを表現しているのである。

私はずっと、ポップアーティストが「平和」だの「環境」だの歌い上げることに違和感を感じていた。マイケルに対しても同様である。しかし、マイケルを儒家だと認定した今では、違和感はないどころか、当然の帰結として理解できる。
(ということは、他のポップアーティストへの偏見も撤回せねばならない可能性が高い)。

ここから思考が逆回転する。マイケルは「仁」から出てくる「平和」や「環境」や「愛」を求めて、観客との「和」をもとめ、ために共演者たちとの「和」を求め、パフォーマンスに「礼」を追求したのだ、と。パフォーマンスに完璧を追い求めたのは、決して自身のナルシシズムを満足させるためではない。「和」を求めるのに必要だったからである。

マイケルは「孝」を求める。

ここのところがマイケルについての「誤解」の最もたるところであろう。

マイケルは子どもを虐待したとしばしば報じられ、裁判沙汰にもなったと記憶している。しかし、マイケルが儒家であるなら、これはあり得ない(ということになってしまう)。

 「孝」というのは、親子関係が親密であって本当に慈愛に満ちているときに生じる、子どもの自然な親への感情のことである。親の慈愛がなければ、子の孝もない。それは子供から親への一方的感情ではあり得ない。親が子を愛し、慈しむことが、子供の親への孝の前庭である。


マイケルが子どもを愛したのは、「孝」を求めたからに違いない。それは、マイケル自身が親からの慈愛に恵まれなかった体験が影響しているのかもしれない。


さてさて、ここまで書いてきて、自分でもずいぶん熱心なマイケル擁護派になったものだと思う。「事実」としてマイケルが子供をどのように扱ったかどうか、私は知る由がない。ただ、マイケルのパフォーマンスの「意味」を『生きるための論語』を参考に理解したと信じたとき、以上のような解釈を自然に採るようになってしまったのである。

私は前の記事で、マイケル・ジャクソンを〈霊〉だとして、それに取り憑かれたといった。そのことはここまでの文章で十分に明らかだろう。


まだ記事は終わらない。ここから先は少しトーンを変えて進めることになる。そうはいうものの、私はマイケルの〈霊〉に乗っ取られたわけではない。マイケルの〈霊〉が私に取り憑いたことで、かえって明らかになったことがある。


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私の「魂の脱植民地化」

ブログの更新が滞った。前回の更新が4/5だったから、大方一週間。このところベースからすると、少し開いてしまったことになる。

理由はツイッターにかまけていたと、facebookを始めてしまったこと。この一週間はこれまで以上にネットに居たのだけれども、ブログに振り向ける余力がなかった。以後、このようなことが多くなるかもしれない。

この一週間のツイートのそのほとんどは、「魂の脱植民地化」というテーマに関するものだった。「魂の脱植民地化」とは、安冨・深尾両先生が提唱するテーマなのだが、ここではそのテーマについての私の理解を語ってみたいと思う。

安冨先生(以後、このように呼ばせていただく)の「魂の脱植民地化」の定義は、最近著『生きるための論語』に出てくる。


 【定義1】 魂の植民地化とは、自らのではなく、他人の地平を生きるようになること、である。
 【定義2】 魂の脱植民地化とは、他人のではなく、自らの地平を生きるようになること、である。


この定義において曖昧のは「地平」という言葉である。これは以下のように説明されている。

 ここで「地平」という言葉を持ち出したのは、私自身の経験を反映している。私は、幼児期からの記憶の大半を、自らの視線からではなく、自らを斜め四五度から見下ろすような視点で記憶していたのである。
 たとえば三歳くらいにはじめてお祭りに行ったときの映像だと思うが、ひとつは、逆行になっている神輿の上で、誰かが太鼓を叩いている様子を記憶している。これは正常な記憶である。ところがもうひとつの記憶は、半被のようなものを着ている私自身の様子を、上から見下ろした映像だったのである。
 こういう類の映像が私の記憶の主体を構成した。...(略)
 この斜め上から自分自身を見下ろす視点は、まぎれもなく、私の視点ではない。これは明らかに、母親の視点である。私が「他人の地平を生きる」というときの「地平」とは、この視点のことをイメージしている。


自分自身の中に他人の視線からの自分自身が棲んでいる。私はこれを〈霊〉と表現してきた。



しかし、ここでは「地平」に立ち戻ってみよう。人間には様々な「地平」を獲得する能力がある。それをもたらすのが想像力である。

ヒューマン ヒトはなぜ人間になったのか

 そうした人間とチンパンジーの違いを象徴的に示している例があるという。
 そのチンパンジーの名はレオ。やんちゃなチンパンジーで人の好き嫌いの激しいチンパンジーだ。5年前、24歳の時に突如、病に冒される。首から下が麻痺する四肢不全麻痺に陥ったのだ。首の脊髄の炎症が原因だったらしい。思うように食べられず、体の位置を変えられないために床ずれが起こる。筋肉は落ち、57キログラムあった体重は、35キログラムまで減ってしまった。
 当時の様子を松沢さんはこう語る。
「もし自分が同じ状態だったら絶望すると思う。首から下はまったく動かず、しかも突然なったから理由も分からない。とても治りそうにない。日々の身動きもとれない。介護してくれる飼育員はいるけれども、生きるのがとても辛い状態なんです」
 しかし、レオの様子は意外なものだったという。
「非常に悲惨な状態なんですけど、彼の場合には、ほとんどこれといって変わったところがないのです。日に日に状態が悪くなっても、全然めげる様子がない」
 そんなレオの様子を見ながら、松沢さんはこんなことを考えた。
「いま、ここをしっかり生きている、それがチンパンジーだと理解すると、レオがどうしてめげないのか、へこたれないのか、絶望しないのかっていうことと、チンパンジーが優れた瞬間記憶能力を持っていて、今目の前にあるものをしっかり記憶できることは同じことなのだと思うようになりました。レオはいま、ここに生きているわけで、別に明日を憂えてないんですね。1週間先に自分はどうなってしまうんだろう、自分は生涯寝たきりなのだろうか、そういう心配をしていないんじゃないか。100年先の祖先にも、自分の先にある将来にも思いを馳せない。ある意味ではそれはそれで美しい世界だと思うんです。我々人間とは随分違う心の世界を生きているんですよね」
 松沢さんは、チンパンジーを通して人間の進化を見ている。この事例から何を思うのだろうか。
「多分想像するということが人間の特徴のひとつです。いまここではなくて、この先どうなるのか。あるいはかつてずっとはるか昔はどうだったのか、あるいはいまだとしても、地球の裏側で何が起こっているのか。そういうことに人間は思いを馳せることが出来ます。その意味で、時間的にも空間的にも遠いところまで思いを馳せることができる。それは一言でいうと想像するということで、それが人間を人間たらしめている心の働きだと思うようになりました」


時間的にも空間的にも遠いところまで思いを馳せる。これもまた「地平」だろう。人間の想像力は、時間と空間とを超えるだけではなく、人の心の壁も越える。安冨先生は「他人の視点」を記憶していたといわれるが、これは普通に考えれば想像力の産物であるはずだ。

ヒューマン ヒトはなぜ人間になったのか

 未来を考えることは、希望と絶望を生む。
 未来があることは人間の希望に違いない。しかし、未来があるからこそ人間は絶望する。
 未来を考える力を手に入れたときから、私たちの祖先は希望と絶望が交錯する世界を歩み始めたのである。


この文章の「未来」を「他人の視線」に置き換えてみても、文章の意味は通じる。そればかりか、その意味するところが私たちの実感とピッタリ一致する。ヒトを人間たらしめている能力は多様な「地平」を開拓することができる能力にあると言えそうだ。

 参考記事:〈霊〉を定義する

空間を超え、時間を超え、人の心を超えて想像される「地平」。このなかで人の心を超える地平を私は〈霊〉と呼ぶわけだが、近代以前の人間はその実在を信じていたのではないかと、私は想像する。現在でも、「死後の世界」なるものの実在を信じている人は少なからずいる。これもまた「地平」である。ならば〈霊〉という「地平」の存在を信じていたとしても、不思議ではない。

近代以後の社会は〈霊〉の存在を否定した。それはいいのだが、問題は〈霊〉を生み出す魂の作用まで否定してしまったことだ。〈霊〉は実在しないが心の中に実存する。私たちヒトが〈霊〉を心の中(「人格」「インターフェイス」あるいは「器」)に生み出す能力を持っているからである。それはちょうど、太陽の熱と地球の運動が大気の循環を引き起こし、空気の大きな渦を作ることと相似しているのではないかと想像している。

話が逸れた。

 ではどうしたて人間の魂は植民地化されるのであろうか。分析心理学者のウルズラ・ヴァイスは、植民地化されることが人間にとって必要だからだ、と指摘した。つまり、たとえば我々は言語を習得せねば生きていけないが、言語というものは本来的に外在的なものである。言語を習得するということは、外部のものを取り入れるばかりではなく、外的なものに自分を植民地化されることである。
 たとえば日本語を母語とすれば、日本語の発想が体にしみ込むのであり、それ以外の考え方をするのが難しくなる。これは一種の植民地化である。これは外国語についても同様であり、英語を身につけると、英語の発想が染みこんできてしまう。
 このとき大切なことは、日本語と違う言語を学ぶことにより、自分がとらわれていることに、はじめて気づくことが可能になる、ということである。英語を学ぶという新たな植民地化を受け入れることは、日本語による植民地化を相対化する契機ともなりうる。
 とはいえ、そのとき日本語を蔑視して、英語を崇めれば、深刻な植民地化である。とはいえ、英語を敵視して日本語に固執すれば、これまた植民地化を深化させてしまう。いずれの場合も事態は改善されずに悪化する。それは、双方を共に受け入れて、適宜切り替え使うようにしても同じことである。
 そうではなくて、日本語と英語とを共に相対化して、そのなかで自分に必要なものを残し、いらないものを捨てる、という形で、自らの主体性を確立することができれば、それは「脱植民地化」である。たとえば自分の母語たる日本語そのものは大切にし、またそれに伴う日本語の発想も大切にしながらも、それでは行き着けないところを自覚して、自分なりに組み替え、より自由な発想、より豊かな言語表現を獲得するのが、脱植民地化の道だということになる。ウルズラはこのような過程を aufheben と呼んだ。それは、取り出して捨てるとか、あるいは取り出して大切にとっておく、というような意味のドイツ語である。


この記述は一種の比喩であろうと私は受け取っているが、そうであったとしても、全面的に賛成できない。違和感を覚えるのは下線を引いたところ。私は逆の方法もあると思う。相対化ではなく絶対化である。日本語を徹底的に学習すること、別の表現をすると、日本語を通じて徹底的に自己対話することで日本語の限界に気がつき、その限界と格闘することでより自由で豊かな発想と表現を獲得することができる。日本語を表現手段とする詩人や小説家たちは、そうした自己対話で日々限界に挑戦しているであろうし、その結果、自由な魂を獲得した人も少なくないはずだ。言語ばかりではない。音楽やダンスでも同じことが可能なである。ベートーヴェンやマイケル・ジャクソンは、音楽(とダンス)を通じた自己対話で「魂の脱植民地化」に至ったのだと私は想像する。音楽と例えば絵画や数学を学ぶことで音楽を相対化したわけではないだろう。

バッハ/カザルス 無伴奏チェロ組曲相対化によって自由な魂を獲得するというのなら、この『生きるための論語』はその見本であろう。本書は全8章からなるが、7章までは論語の「再創造」である。私は安冨先生の「再創造」をフルトヴェングラー演奏のベートーヴェンと比較するツイートをしてみたが、西洋古典でいうならもっと適切なのはカザルス演奏のバッハ無伴奏チェロ組曲だろう。もしくはグレン・グールドのゴールドベルク変奏曲。

これらの演奏は、カザルスあるいはグールドの魂とバッハの魂がぶつかり合って生まれた「再創造」である。その結果、それ以前は一部専門家のためものだと思われていた無伴奏やゴールドベルクの価値が再発見されることになった。『生きるための論語』もそれと同じで、昔はいざ知らず、現代では専門家のためのカビ臭い教養としてしか認知されなくなってしまった「論語」を安冨歩の魂が孔子の魂とぶつかり合うことで「再創造」された。音楽に喩えるなら、孔子作曲安冨歩演奏の「作品」になっている。

そして、その「再創造」がどこから生まれたかは、8章を読んでみれば明らかになる。安冨先生が学んだのは論語だけではない。カザルスがバッハしか演奏しなかったわけではないように、安冨先生も論語だけを「奏する」わけではない。ガンディー、孟子もさわりを奏し、アダム・スミスとマイケル・サンデルを切って捨て、ノーバート・ウィーナー、ピーター・ドラッカーと奏でられていく。それぞれが「安冨歩」のなかで相対化されているのだが、本書を読んでみると、そうした相対化こそが「読む」ということに他ならないのだという気がしてくる。
(もっとも、そうした「読み」が現代のアカデミズムなかでどう評価されるかは知らない。もちろんアカデミズムの評価など我々一般人には関係ない。アカデミズムの評価が気になるとしたら、アカデミズムに植民地化されているだけのことだ。)

と同時に、樵である私が思うのは、これはあくまで学者の方法であるということだ。樵には樵の方法があり、それは(比較するのはおこがましいが)MJやベートーヴェンの方法に通じていくもの。いわば職人的な方法である。その「私の方法」については、

 学ぶことを学ぶ ~【リアリティ】から〈クオリティ〉へ

に記してある。

ここで提示した〈クオリティ〉なる概念は職人的絶対化が念頭にあり、また昔の人々が実在を信じた〈霊〉と関連のあるものだが、それは「地平」という概念を使えばもうひとつ明確に説明することができる。たとえば樵の〈クオリティ〉追究は、木あるいは木を伐り倒す道具に「乗り移る」ことによって為される。この「乗り移り」が「地平」であってその「地平」に住み込むことで学習がおき創発が促される。

生きるための経済学この「地平」は、『生きるための経済学』においては“回路”と表現されているが、同じことを指していると考えてよいだろう。

 参考記事:創発的コミュニケーション

創発がくり返されることによって、この「地平」が生き生きした質感が高い〈クオリティ〉になる。それゆえにこそ、そこに“実在”というラベルが貼り付けられると“意味”を持つようになってしまう。〈霊〉が実在すると考えられるのはそのためであって、実際、樵としての私の実感から言うと、ことに古木や、あるいは特別な意味を込められた道具に〈霊〉が宿るという考えは、けっして不自然ではない。そのような考えに至る機序はよく理解できると同時に発見できるのは、私たち自身は逆に〈霊〉は存在しないという“常識”に囚われてしまっているということである。

(木や道具、あるいはその他様々な「モノ」に〈霊〉が宿るとする考え方はアミニズムだが、それは人間の持つ「地平」想像力と創発によって創造されたものといえるのではないか。また一神教で信仰される超越神は、そうした〈霊〉たちの「散逸構造」ではないかと空想している。文明の発展は物々交換が貨幣へと散逸構造化されることで生まれたが、同時に〈霊〉の散逸構造化も起こったのかもしれない。さらに空想をすると、近代は〈霊〉および神が否定されてしまったことで、散逸構造化された貨幣を基軸とする経済が人間の内面をも支配するようになってしまった。)

その近代的常識を排して、〈霊〉が人格(インターフェイス)の中に実存すると考えれば、次は外部から学習を妨げられるものとして受け付けられ、魂を「植民地化」してしまう【悪霊】もまた実存するという考えへと発展するようになる。上で紹介した安冨先生の「個人的体験」は、まさに【悪霊】に取り憑かれていたときの記憶ということができるだろう。

そう考えていくと、ここで気になるのは『生きるための論語』から引用したウルズラ・ヴァイスの指摘だ。すなわち「植民地化されることが人間にとって必要だからだ」ということだが、植民地化は【悪霊】がもたらすものだとすると、「人間にとって【悪霊】に取り憑かれるのは必要なことだ」いうことになってしまう。これではいかにもおかしい。

ヒトはチンパンジーと違って「地平」を創造する想像力を得た。それと引き替えに希望と絶望とを手に入れたわけだが、そうであるなら、人間にとって〈霊〉に取り憑かれることは必要なこと、というより避けえないことだといえる。しかし、それが必ずしも【悪霊】でなければならない理由はない。善き〈霊〉(以下、〈霊〉の表記を善き〈霊〉とする)であってもいいし、むしろそれが望ましい。

『生きるための論語』の第6章(孝弟而好犯上――孝とは)は、孝についての考察がなされているセクションだが、ここでは儒教の“しきたり”として有名な「三年之喪」の機序が説明されている。簡単に言うと「「三年之喪」は規範ではなく、理想状態だ。親の懐に三年間抱かれて愛情を注がれた子供は、自ずから三年間の喪に服することになる、というのである。この善き親を〈霊〉だと把握すれば、それは「〈霊〉に取り憑かれた状態から脱するのには3年かかる」ということになる。

想像して欲しい。もし全ての親が本当に子供に「三年之愛」を与える社会であったとしたら。もし全ての者が、親に本当に慈しまれて育ち、自分は無条件に受け入れられている、と感じて育つことができたとした。我々の社会はどのような姿になるだろうか。
 このような社会では、親が子どもを虐待するなどということは、想像もつかない事となろう。子どもが孤独と絶望とに苛まれることも、あり得ない。誰かが自信を失って、自己嫌悪に苦しむこともない。苦しい時には、親が支えてくれる、と確信している。そのような子どもが集まる学校で、いじめが生じたりするだろうか。
 全ての人が「孝」であり、それゆえ「仁の本」を持っている。誰もが「礼」を大切にしつつ、好く上を犯し、誰もが好く乱を作り、そうやって各人の「義」をぶつけ合って、進むべき「道」が自ずから生じる。そのような、いじめを見たことも聞いたこともない子どもが成長して構成する組織が、奇妙な言語を弄して名を歪め、欺瞞の言葉を弄して他人を騙したり、搾取したりするだろうか。
 そこには数多くの君子がおり、数多くの仁者がいる。このような状態の社会があるとすれば、それはまさに天下に「仁」が満ちていると言うに相応しいのではないだろうか。



(また話が逸れるが、親から「三年之愛」をもらえなかったと告白している安冨先生が、どのような気持ちでこの文章を書かれたのか、想像してしまう。)

「魂の脱植民地化」が目指すところが、このような「仁に満ちた社会であることは容易に想像が付くだろう。そして、この記述からわかるのは、親こそが人間にとって最良の〈霊〉にもなれば最悪の【悪霊】になるということである。

子は親を選べない。不幸にも【悪霊】のもとに生まれてきた子どもはどうすればよいのか? これは「魂の立つ植民地化」を目指す者でなくても、健全な魂(心)を持つ者にはどうにもいたたまれない問いである。特効薬はどうにも思い浮かばない。もしこの社会の病理に効く特効薬があったしたら――そう願う者は少なくはないはずだ。

しかし、まことに残念ながら特効薬はない。この現実は受け入れるしかない。が、絶望するしかないのかというと、そんなことはない。希望はある。それは親以外にも〈霊〉は存在しうるという希望である。

私は昨日、マイケル・ジャクソンの『THIS IS IT』を視聴した。


その感想はまた別の記事にして記すことにするが、〈霊〉ということでいうならば、印象に残っているのは冒頭に出てくるマイケルと同じステージに立つことができたアーティストたちの述懐である。彼らはどうみてもMJという〈霊〉に取り憑かれていて、そして幸せそうである。彼らの全てが親から「三年之愛」を注がれた者たちか――その問いは間違いなく否であろう。むしろそれは少数だろうと想像する。私はマイケルのことを未だよく知らないので何とも言えないが、マイケル自身が「三年之愛」の持ち主かどうかも、あやしい。にもかかわらず、ステージに立っているマイケルは高級な〈霊〉である。その事実がマイケルをして〈霊〉たらしめているのだと思う。

そういった〈霊〉は何もマイケル・ジャクソンだけではない。私自身のことで言わせてもらえば、私にとって親は【悪霊】であった(ただし私は「三年之愛」は持っているような気がしている。そのことについても、また別の機会に触れよう)。しかし、ベートーヴェンという〈霊〉に出会った。山で生き生きと生を営むごく普通の〈霊〉たちに出会った。そのおかげで自分自身に心の中に〈霊〉を育む能力があることを理解できた。安冨先生も私にとっては〈霊〉である。『複雑さを生きる』の著作にであってから、私の〈霊〉になった。最近では野口晴哉先生も私の〈霊〉になった。昨日はマイケルである。

他にあげるなら、内田樹、内山節、松岡正剛、宮台真司、これらの人々も私の〈霊〉である。また、遠くの存在だけではない。我が妻は私にとって最良の〈霊〉である。自身の両親・兄弟とは疎遠になってしまっているが、妻の家族も私には〈霊〉である。飼っている犬たちもそうだ。もし子どもがいればそれもまた善き〈霊〉になっていただろう。
(とはいえ、昔の私は自分が自分の子どもにとって〈霊〉になる自信がなかった。【悪霊】にしかならないと怖れていた。だから子は為さなかった。)

私の実感として言えるのは、自身が取り憑かれる〈霊〉が多いほど幸せであるということである。〈霊〉の数が増すと【悪霊】は自然と駆逐されていく。日々の暮らしのなかで、気持ちが悪くなるときもある。【悪霊】に取り憑かれると気持ちが悪くなるのである。しかし、それはもはや長続きはしない。貧乏であることも気にならない。

(とはいえ、貧乏は不自由である。実は一昨日、負傷を負ってしまったおかげで今日もお天気なのに休業を余儀なくされている。今週は無理で、来週にはなんとかと思っているが、どうなるか。日雇い労働者でしかない私は、これで来月の貧窮生活は決定だが、実は喜んでもいる。というのも、仕事に行かないなら行かないで、こうやって駄文を綴ったりして〈霊〉と戯れる時間ができるからだ。妻はそんな私に半分呆れながら、しかし、機嫌良く受け入れてくれている。)

親からの「三年之愛」に恵まれなかった子どもに、私たちは直接は何もしてやれない。しかし、その子どもが〈霊〉と出会うことがあれば、それは「魂の脱植民地化」への機縁となりうる。私たちに出来るのは、その機縁を増やすことだけである。

そんなふうに考えているので、こんな標語を掲げることになる。 世界を〈霊〉で満たせ、と。

身体の情動反応と体癖論

またもや野口整体を取り上げ見たいと思う。体癖論だ。

 光るナス:体癖シリーズ

といって、私には体癖論の具体的な部分に立ち入るだけのものは、まったくない。一種から十種まであって、その上位に上下、左右、前後、捩れ、開閉と5つのタイプがある、らしい。実は12種類だという話もある。いずれにせよ、ぜんぜんわからない。

その詳細はいずれ私もアキラ師匠からボチボチと学んでいきたいとおもっているわけだけれども、今、ここで書いておきたいのは、もしその詳細を学び始めたら書けなくなるかも知れないこと。間違いとわかってしまったら書けないから。尤も、私の記事はそんなのばかりだけど。苦笑。

で、間違いかもしれないと思いつつ何を言ってみたいのかというと、それはタイトルにもあるとおり、身体の情動反応と関係している。「体癖」を文字通り“からだの癖”と解すれば、それが身体の情動反応と関係があるだろうと予想するのは、まあ、普通のことだろう。が、そういう「普通の理解」は間違いというこがと往々にしてあるから。

というわけで、今回の話は“普通の理解”に基づいて、身体の情動反応とはなにかということがメインになる。そこを明らかにした上で、体癖とは文字通り身体の情動反応の「癖」なのではないか、という主張をしてみたいわけだ。参考書は、これまたまたしても、こちら。

ハラスメントは連鎖する

第4章「愛情の役割」 p.112に図4-2として、右図が出てくる。

 人間は情動反応という手段によって、メッセージからコンテキストを創発する力を持っている。決してメッセージそのものが、コンテキストを創発しているのではない(図4-2)
 現時点で創発について人類が有している科学的知識は、ほぼ皆無であるといってよい。しかし、幸いにも創発の仕組みがわからなくとも、人間にはコンテキストを捉える能力――暗黙に知る力――がもともと備わっている。仕組みを知らずとも、そのコンテキストを踏まえた上でメッセージを受け止めることができる。
 創発が暗黙の了解のうちに自律的に起きるということは、人間の生命を生命たらしめている力である。そしてその能力は情動と感情のなかにある。


回想の野口晴哉『回想の野口晴哉』を読んでいると、野口先生は創発の仕組みを識っていたのではないかと疑いたくなる。ただ、それを伝えようにも周囲の理解力が足りなさすぎて(という言い方に語弊があるなら、野口先生はあまりにも飛び抜けていて)、伝えるのを断念した。そんなようなことをアキラさんの記事で読んだ思えもあるのだが、あまり憶測で書くのはよそう。そうでなくても、いい加減なことを書いているのだから。

話は元に戻って、情動と感情とが区分されていることを紹介しよう。

 脳神経科学者のアオントニオ・R・ダマシオは情動(エモーション)と感情(フィーリング)を別個のものとして定義しなおした。この節では、ダマシオに沿って、脳科学見地から情動と感情を捉え直していくことにする。
 例えば、街を歩いているときに突然近くで爆発音が聞えたとしよう。こうした自体に遭遇したとき、私たちは無意識のうちに身をすくめてしまう。動悸は激しくなり、汗をかきもする。このような、ある事態に直面したときにおこる身体的反応、それが情動である。そして、このような身体の状態の変化を感じること、それが感情と呼ばれるものだ。
 身のすくみ、激しくなった動悸、突然の発汗を感じることによって、私たちは恐怖という感情を覚える。


図4-2に戻ると、爆発音がメッセージ。メッセージが届くと身体に情動が生じ、感情によってモニターされる。その感情を「恐ろしい」と言葉にすれば、コンテキストである。こうした人間の情動反応は、あらゆるメッセージについて起こる。日々の言葉のやりとり、ネットで閲覧するテキストを読むことでも、生じている。

 ダマシオは、さらに情動には生得的に備わっている一次の情動と、後天的に獲得される二次の情動があることを指摘した。
 一次の情動は、生まれつき組み込まれているものである。突然の爆発音などの刺激に対して身がすくむことは、一次の情動である。一次の情動は、学習によって獲得されたものではなく、前節で述べたところの、魂の一部に属するものである。一次の情動は、脳内では扁桃体や前帯状回などを含む辺縁系回路に依存している。
 これに対し二次の情動は、一次の情動を土台にして学習を重ねることにより、後天的に獲得されるものである。実際に爆発音を耳にしていない時でも、友人に聞かされた爆発の様子を想像し、動悸が激しくなることがある。
 これは爆発事故という情況を分類したことと、一次の情動反応を結合した結果に生じた、二次の情動反応である。二次の情動は、一次の情動の装置である辺縁系回路に加え、前頭前皮質を必要としている。
 我々は、今までいかなる情況に遭遇し、どのような情動反応をしたかについての記憶を、経験として蓄えている。前頭前皮質の役割は、経験の中に蓄えられた情況と、情動反応の組み合わせを担うことである。
 このような二次の情動反応をするための前頭前皮質の活動は、前節の文脈ではインターフェイスに属している。インターフェイスは、魂の一部である一次の情動を利用することで、二次の情動反応を生んでいる。


二次の情動反応において主体を仮設すると、それが〈霊〉〈クオリティ〉になるのだが、その話はここではおこう。

さて、この後『ハラスメントは連鎖する』は、感情の3区分、コンテキストマーカー、ソマティックマーカーと説明が進む。これらは人間が主体的な選択を行なうときの機序の説明になっていて重要なのだが、ここでの本筋から少し外れるので割愛する。さらにその後に、「創発の自律性」。

 情動が生来備わっていることは、大きな意味を持っている。まったく情動反応がないなら、コンテキストが捉えられないので学習は不可能である。受け取ったメッセージがいかなる意味をもつかを、メッセージのみからおしはかることはできない。
 さまざまな要素が相互作用したとき、それらの要素の性質を単純に足し合わせた以上の性質が生じることを「創発=emergence」と呼ぶ。


ここで再び図4-2に戻ることになる。「創発」はメッセージに身体の情動が付加されることで起こる。いや、「付加される」が正しいかどうかはわからないが、少なくとも身体が触媒として働く。

この説明は、創発がよくわからないものとはいえ、筋の通ったものだと感じる。しかし、よくよく考えてみると、欠落したものがあることに気がつく。それは身体の具体的な反応についてである。もっとも、これこそが創発のよくわからない部分なのかもしれないが。

脳の反応の説明は、情動を一次二次と区分しているところといい、またこの後「意味とは」の節で記憶についての説明が出てくるとおり、詳細とはいえないまでもツボを押さえて説明がなされている。しかし、「身体の情動反応」といいながら、身体はブラックボックスのような取り扱いになっている。これでは、身体は脳からの刺激に線形的に対応する「情動装置」のようだ。

だが、そんなはずはない。そんなはずはない、で出てくるのが、野口整体の体癖論ではないかということだ。

たとえば、一種という区分を見てみると、身体的な特徴がこのように記されている。

 一種という人たち その2 ~ いつも背伸びしたような状態 ~

上下型の人たちは、上に 上に・・という動きがメインになっています。
ですから、エネルギーも頭に 頭に・・と行ってしまう。
上に 上に・・ですから、基本的に見た目も細長い感じになります。
キリンやラクダ系、顔もわりあい細長くて、背の高い人が多い。
お公家さんのような感じです。


身体の具体的な特徴が指摘されると同時に

 一種という人たち その3 ~ 1・2・3・・と順々に ~

常にいったん頭脳を通して、つまり言葉や数字といった緩衝材を通して、物事に距離をおいて俯瞰する、客観的に捉えようとする傾向がありますから、一種の人たちは言葉というものをとても重んじる性質があります。
客観的に物事をクッキリさせたいわけですから、理論や理屈を大事にすると言ってもいいでしょう。
そのような傾向が強いので、順序立っていることががすごく重要になってくる。
物事を考える場合の手順とか順序というのがあって、その順序通りにものを考えないと分からないわけです。

1の次は2、2の次は3、4、5・・というように、ちゃんと順々にいかないとダメなんですね。


ここに記述されているのは、コンテキストが創発されていく傾向なのだろうと思う。

こうした体癖論をどこまで科学的に――例えば身体を精密に測定することでその傾向を調べて、脳との接続の相関性を調べる――解明できるかはわからない。現在の技術では無理だろうし、これから先も実現しないかもしれない。なので、血液型占いと同様のトンデモニセ科学として取り扱われるようになってしまうのかもしれない。

その点はわからないけれども、もし、体癖論を手がかりに、それぞれの人間のコンテキスト創発の傾向が掴めるとするなら、その成果は大きい。コミュニケーションの失敗を防ぎ、適切な学習を促すことができるからである。

(適切な学習がどういったものかは、『ハラスメントは連鎖する』第4章のモデル、あるいは『回想の野口晴哉』後半の先生のお孫さんへの接し方などが参考になるだろう。)

私たちは日々コミュニケーションを重ね、日々コミュニケーションに失敗している。コニュニケ-ションの失敗は、自分がそのつもりではなくても、予期せぬハラスメントをしかけてしまう。そこを意識的にコントロール出来るとしたら...。

ところ昨日、私はツイッター上でとある【対話】をしてしまった。

 @gushouさんと @sunaoh さんのファシリテーターを巡るやりとり?

ざっと一見してもらえばわかるが、前半を除けば、コミュニケーションが失敗ばかりしているやり取りである。途中で言及しているように、そもそもテキストのみを介してのコミュニケーションには限界があるのかもしれない。それでも私は、野口先生だったらどんなふうにやり取りするのかだろう、という想像を抑えることができない。キチンと相手のことが捉まえられれば、相手の感情がどうであれ、適切な言葉を投げかけて学習を誘導することができる――かもしれない。

なんにせよ「かもしれない」しかいうことが出来ないのだが、「かもしれない」からダメなのか、そこへ掛けるのかは、当人の生き方の問題だろう。

「マイケルへの思い」を巡って

マイケルといえば。



『スリラー』が流行ったのは私が高校生の頃だと記憶している。

マイケル・ジャクソンは、とにかくダンスがすごい。そこに魅せられる人も多い。しかし、そうでない人もいる。私が最初に「スリラー・ダンス」を見たのは、クラスメートが踊ったもの。いちびってる(“いちびる”は関西弁)と思った。実際、踊っている当人はいちびっていたのだろうし、「スリラー・ダンス」はいちびるのにもってこいのものだった。それ以来、私の中のマイケル・ジャクソンのイメージは「いちびり(ふざけたお調子者)」だった。

レッテルは〈クオリティ〉の向上を阻害する。マイケルに貼り付けた私のレッテルもまさにそう。ダンスが凄いことは一目でわかるけれども、だからどうした? エンターテイナーなんだから、当たり前だろ? くらいの感じで、まったく届かなかった。

マイケルを巡る報道がレッテルをさらに強化していった。マイケル・ジャクソンは変人。エンターテイメントでカネを儲け、好き放題やっているいちびり。だから、マイケルが死んで、世界中でマイケル・ファンが悲しんでいるという報道に接したときにも、まあ、世の中にはいちびりが多いからね、と片付けてしまっていた。
安富歩
そうしたレッテルをマイケルに貼り付けた者は、私に限らず多いと思う。
私のこのレッテルを剥ぎ取ったのは、――またしても、この名前を出さなければならない――安富歩さんである。

私が安冨思想に出会った切っ掛けは、『水からの伝説』を巡るニセ科学論争があったからだった。ニセ科学批判vsニセ科学批判批判という対立構造が出来上がって、私は後者の側にいた。水に言葉をよい言葉をかけると綺麗な結晶が出来上がる。そんな非科学的なことはあり得ないと思いつつもそういうことに共感してしまう人間と、そのような共感は科学的な思考を妨げるのでケシカランという者たちとの感情的な対立。共感派vs論理派という構図になった。

『複雑さを生きる』そんな頃に、図書館で本を眺めていて目に留まったのが、これ。この本を読んで、共感を抑圧しようとするのが「ハラスメント」であることを知った。

この出会いは偶然であり、それを「切っ掛け」というのはニュアンスが異なると思われるかもしれない。客観的にいうならば、その通り。が、後付けではあっても、私はこの偶然に偶然以上の意味を見出している。その意味が「切っ掛け」と言わしめる。

この本との出会いで安富歩に関心をもった私は、その後、『生きるための経済学』ハラスメントは連鎖する』『経済学の船出』と読み進めていくことになった。そして安冨思想に惹かれていくことになる。

その安冨さんが、マイケル・ジャクソンは偉大な思想家だとして、その思想を紹介するブログを運営しておられることを知ったのは、最近だ。『経済学の船出』が出版された頃だったと記憶している。

 マイケル・ジャクソンの思想(と私が解釈するもの)著者:安冨歩*引越し中

の最初の記事、

 マイケル・ジャクソンは救世主である。

マイケル・ジャクソンは、ベートーベンに匹敵する音学家であり、リストに匹敵する演奏者であり、ニジンスキーに匹敵するダンサーであり、チャップリンに匹敵する映像作家であり、ゴッホに匹敵する画家であり、キング牧師に匹敵する非暴力活動家であり、マザー・テレサに匹敵する慈善活動家であり、スティーブ・ジョブズに匹敵する企業家であり、その上、最も優れた思想家でもあったのである。

その驚くべき能力と影響力の深さを考えたとき、マイケル・ジャクソンに匹敵する人物は一人しか思いつかない。モーハンダース・カラムチャンド・(マハートマ)・ガンディーである。


尊敬する安冨氏のいうことではあるけれども、なんと大袈裟な。記憶はもう定かではないけれども、この文章にそんな印象を抱いたと思う。ベートーヴェンに匹敵するというだけで許せなかったのかもしれない。なぜなら私にとってベートーヴェンは「心の師」だからである。あの「いちびり」がそれと匹敵? いくら安冨さんの言うことでも、あり得なかった。

レッテルというのは恐ろしいものだ。

音楽は西洋クラシックで来てしまった私だけれども、かつてはロックといった“低俗な”ポップミュージックを色眼鏡で眺めていたのは事実だけれども、それも機縁があって、外すことができたとは思っていた。なのに、マイケルはまだ私にとっては「いちびり」でしかなかった。

しかし、なんといっても安冨センセーの言である。無視はできないし、関心がある人の関心しているものに注目するのは私の流儀でもある。しかも、その思想を解説してくださっているのだ。勉強しない手はない。

ということで、一通り、『マイケル・ジャクソンの思想』を読んでみた。そうだったんだ、マイケルは「いちびり」なんかじゃない。哀しい心を抱いた「マハートマ(大きな魂)」だったんだ。そのことを私は(アタマで)理解した。

けれども、だからといってマイケルを楽しむことは始めなかった。やっぱり趣味じゃないや、と思っていたのである。



...長くなったが、ここまでが前振り。

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「空論」は相変わらずです (^_^)

      

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