愚慫空論

来訪者撃退法

昨日、ちょっとした来訪者がありました。

10時頃でしたか、日向ぼっこしながら本を読んでいると、玄関でチャイムを鳴らす音がしたんです。妻が応対に出たんですけど、誰かなと思って覗いてみると、見知らぬ中年の女性がふたり立っていました。ピンと来て、私も出た。そしたらやっぱり、そうでした。「ものみの塔」の人たち。

今日は、このときの話。といっても、勧誘を受けた話ではないんです。ものみの塔の人たちは勧誘のために訪ねてきたのでしょうけども、私は彼女らの話を聞かなかったんです。勧誘を受ける気はなかったから。といって邪険に追い返すのも悪い。彼らは善意で訪ねてきてくれているんだから。その善意は、こちらからしてみ れば迷惑というところがないではないけども、邪険に応対するのは気の毒です。だから、彼女らの話を聞かないために、私の方から積極的に話をしまし た。彼らの善意に対して、私も「善意」で迎え撃ってやろうというわけです(笑)

だいたい以下のような話をしました。

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「私はキリスト教とか聖書といったたぐいの話は好きです。若い頃から関心があって、一時は真剣に入信しようと思ったこともあります。でも、やっぱりちょっと違うんです。深く接するほど違うと感じるようになっていった。自分はやっぱり日本人だと思うようになっていったんです。」

「聖書の教えに日本人も西洋人もない、と言われるのはわかります。あそこで述べられている知恵は、本物だと私も思います。だから関心もある。聖書が嘘か誠かというようなことではないんです。本物を教わるのに、唯一絶対神という感じではないんです。本物はすべてひとりの神様に由来するというような感じはしないんです。」

「例えば「自然の恵み」です。一粒の種から大きな収穫が得られますよね。まさに恵みです。本物ですよね。あなた方はそれを「神の恵み」だと言います。でも、それがちょっと違うんです。「恵み」は神様からのもの、というんじゃない。「恵み」は神そのものだと感じるんですね。神が一粒の種を育てて私たちに恵むんじゃなくて、一粒の種は神だからこそ私たちの「恵み」となる。そんな感じなんです。」

「一粒ひとつぶが神さまという感じは、本物はひとつだけじゃない、ということになるわけです。」

「「神からの恵み」という考えには、神/人間/自然という階層が前提にあるわけじゃないですか。上位の神が中間である私たちに下位である自然を恵む。それが「神の恵み」ですよね。私たちよりも上位に神が存在する、という感じは私にもわかります。でも、私たちに「恵み」として現われる自然が、私たちよりも下位だという感じには納得できないんです。」

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もちろん、私ひとりが一方的に話をしたわけではありません。対話をしつつ、でも対話の主導権は私が握って、こんなような話をしたわけです。そうして、私と話をした「ものみの塔」の人たちは

「宗教って、人それぞれの生き方ですよね。」

と言ってくれました。

おふたりのこの言葉は、私の「善意」が通じたのか、それとも手に負えないと思ったから出てきたものなのか、それはわかりません。もし通じたとするなら、それはきっと、おふたりも日本人だからだろうと思いました。

右は「ものみの塔」の人たちが置いていってくれたブックレット。
それなりに面白いですよ。

「自衛隊は暴力装置」について

sengoku38について続きを書くつもりでしたけど、仙石官房長官の話に変更。そう、国会で「自衛隊は暴力装置」と発言、批判を浴びてすぐに訂正したという話について。この一件も現在の「日本人の心性」が大きく関わっていると思われますので。

もういろんなところで出ていると思いますけど、「自衛隊は暴力装置」という言説それ自体は正しいものです。「暴力装置」という言葉自体が学術用語として定着しているものですし、それが警察や軍隊のような組織を指していうことも、術語の定義としては正しい。だから、仙石官房長官は正しい発言をした、と言っていいでしょう。

国会と学会は違うという意見もあるでしょう。現に違うから国会での発言に批判が出たわけですし、「暴力装置」という語感が一般的には否定的なニュアンスに感じられるというのはその通りといえなくもないので、国民一般の代表である国会議員が違和感を抱いた、というのはわからなくはありません。もっとも、国民の代表がその程度の知識しかなくていいのか、という話もあります。しかし、知識をたくさん持っていることが国会議員の要件というわけではないので、そういった違和感を抱くことは致し方がないこと。むしろ、違和感は表に出た方が国会という場を考えるとよいことでしょう。不勉強な議員はこれを機会に、恥を曝しつつ勉強すればよい。

国会議員の方はこれから勉強すればよいとして、それでは具合が悪いのは自衛官です。仙石官房長官の発言を受けて自衛官から怒りの声があがったと報道されています。私が驚いたのは、こちらの方です。自分たちが「暴力装置」の一部であるという、そんなことすら知らなかったのか。教育されてこなかったのか。これは大変に危ういことだと感じました。国会議員の意識が国民一般と同様なのはある程度致し方ないにしても、その道の専門家である人たちも同レベルだというのでは困ります。

官房長官といえば国家を代表する役柄です。怒りを覚えた人たちは、そういった人が自分たちの組織を否定的に語った、そのことに立腹したのでしょうか。しかし、民主主義の原則であるシビリアンコントロールの立場からいえば、政治家が軍隊や警察を否定的に捉えることは受容されなければなりません。政治家にもいろいろいますから中には警察や軍隊に仲間意識や親近感を持つ者もいるでしょうが、それがスタンダードになってはいけないし、まして要求すべきものではない。自衛官たちに立腹に私が感じ取るのは、この「要求」です。

厳しい任務に就く自衛官たちが、自分たちの立場を察して欲しいと思う気持ちはわかります。その気持ちが「要求」に繋がるのも理解出来なくはない。しかし、それが要求されてしまっては「惻隠の情」など湧くはずもない。要求してまう者に「惻隠の情」を期待もできない。

「惻隠の情」といったものは、個が確立されていてはじめて湧き起こるものです。己の所属にアイデンティティを置き、仲間意識に溺れたところから出てこない。仲間意識から自立しなければ出てこないものです。しかるに、 「自衛隊は暴力装置」という所属への否定感をそのまま自己の否定感として捉えてしまう者は、個が確立された自立した者とは言えません。また、そうした者たちの「要求」は、仲間意識の承認への要求だとしか受け取れない。

個を確立した者が、己に従って国を守る役割に身を投じる。そうした人に対しては、私は賞賛をする用意があります。しかし、国を守る責務を負っているからといって、そこをアイデンティティにしてしまうような者たちの「要求」に応えるつもりはありません。

sengoku38と赤穂四十七士(1)

sengoku38 が何を指すかは、いうまでもありませんね。尖閣諸島中国漁船衝突映像流出事件の「犯人」と目されている海上保安官です。

赤穂四十七士も説明の必要はないでしょう。日本人が大好きな物語、『忠臣蔵』の主人公たちです。

江戸時代中期、元禄14年3月14日(西暦1701年4月21日)、江戸城内の松の廊下にて赤穂藩藩主浅野長矩が、高家肝煎・吉良義央に切りつけた刃傷沙汰に端を発する。松の廊下事件では、加害者とされた浅野は、即刻切腹となり、被害者とされた吉良はおとがめなしとされた。その結果を不服とする家老大石良雄をはじめとする赤穂藩の旧藩士47人(赤穂浪士、いわゆる“赤穂四十七士”)による、元禄15年12月14日(西暦1703年1月30日)の本所・吉良邸への討ち入り及びその後の浪士たちの切腹までを題材にとった物語の総称として使われる。

Wikipediaより


今回は、sengoku38と赤穂四十七士(SGK38とAKO47)とを比べてみたいと思います。ただし当人達を比べるのではなくて、SGK38や赤穂47たちが、どのように社会から評価され処罰を下された(下される)のか、彼らの起こした事件がどのように議論された(されているのか)という点について。

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ご存知の通り、AKO47に下された処罰は切腹というものでした。切腹は死刑ですが、これもご存知の通り、単なる死刑ではない。当時、死刑にはもうひとつ斬首という方法があって、切腹」と斬首とでは斬首の方が罪としては重い。切腹を申しつけられたということは、罪はあるが武士としての名誉は尊重されたということ、つまり赤穂47は「義士」であったという評価が下された、ということになります。

この評価を下したのは、徳川幕府です。と同時に、民衆はこの評価を支持した。その支持は現在も続いている。だから『忠臣蔵』という「お話」が生まれ、現在に至るまで日本人の好きな話となっているわけですね。

また、AKO47が切腹か斬首かという問題は、(まだ確定していませんが)SGK38の処遇の問題と比較できそうです。今朝、SGK38に懲戒処分がなされるとニュースがありましたが、懲戒でとどまるなら切腹、守秘義務違反で起訴され有罪となれば斬首ということになりましょうか。

(少し話は逸れますが、SGK38が国民の「知る権利」に応えたというのであれば、裁判を受けてもらって法廷で争ってシロクロを付けた方がより「知る権利」に応えることになると思います。流出したビデオも一部であり、本当に国家機密に該当するのかどうか裁判所で「全て」を証拠として提出して判断をしてもらいたいところ。本来なら「知る権利」を擁護すべきジャーナリズムは、そのように主張すべきではないのでしょうか。そしてもしSGK38が不起訴になったなら、検察審査会へ提訴すべきなのでは? 小沢一郎にそうしたように。)

赤穂47には切腹が申し渡された。しかし、それはすんなりと決まったわけではありません。助命論も出たりした。しかもそれを展開したのが林大学頭信篤でした。大学頭とは官制学校の長、今でいうなら東大総長でしょうか。以下その助命論を引用しますが、そこに出てくる「忠孝の精神」を「民主主義の精神」、「復讐」を「内部告発」と置き換えて読んでみてください。
逆説の日本史 14 近世爛熟編文治政治と忠臣蔵の謎

 天下の政道は忠孝の精神を盛んならしむるを第一とする。国に忠臣あり、家に孝子あれば、百善それから起こって、善政おのずから行なわれる。大石以下50人にも近い多数の忠義者を今日出したのは、名教の盛んなる証として、政道上まことに慶すべきである。忠孝の大精神が一貫している以上、枝葉の点に多少の非難はあっても、(中略)深く咎むるに足らぬ。彼らは幕府に対しては毫末も不満らしい体を示さず、城地召上のさいも素直に引き渡した。彼らはただ、亡君が恨みの一刀を吉良上野介に加えんとして果さなかったのを、臣子としてそのまま生かしておくに忍びないとして、亡主の志を継いで襲撃したのである。親のための復讐、君のための復讐は今日許されているところで、その点なんら咎むるべきではないが、多人数が物々しく武装して吉良邸に討ち入った点、御禁止の徒党を組んだとしてあるいは非難されるかもしれないが、抗議に反抗せんがために徒党をしたのではなく、君の仇を復せんがために申し合わせたのであるから、外形に拘泥することなくその精神を察しなければならぬ。もしかかる忠義の精神を一貫して亡主のために尽くした士を処罰する時は、忠孝御奨励の御趣旨を滅却することになり、御政道の根本が覆ってしまう。もし今ただちに無罪を宣告せられることが差し障りを来すという事なら、当分お預けのままとして、後日何らかの機会に宥免せらるべきであろう。

(『正史 忠臣蔵』福島四郎著 中公文庫))


どうでしょう? そのままSKG38擁護になりますよね。
では、次は荻生徂徠のAKO47切腹論。

 大石ら四十余人は、亡君の仇を復したといわれ、一般世間に同情されているようであるが、元来、内匠頭が先ず上野介を殺さんとしたのであって、上野介が内匠頭を殺さんとしたのではない。だから内匠頭の家臣らが上野介を主君の仇と狙ったのは筋ちがいだ。内匠頭はどんな恨みがあったか知らんが、一朝の怒りに乗じて、祖先を忘れ、家国を忘れ、上野介を殺さんとして果さなんだのである。心得ちがいといわねばならぬ。四十余人の家臣ら、その君の心得ちがい(原文は「邪志」)を受け継いで上野介を殺した、これを忠と呼ぶことができようか。しかし士たる者、生きてその主君を不義から救うことができなんだから、むしろ死を覚悟して亡君の不義の志を達成せしめたのだとすれば、その志や悲しく、情に於ては同情すべきも、天下の大法を犯した罪は断じて宥すべきでない。
 元来、義は己れを潔くする道で、法は天下の規矩である。彼らがその主のために仇を報じたのは、これ臣たる者の恥を知る所以であるから、己れを潔くする道で、その事は義ということができる。しかしこれはその仲間だけに限る事であるから、つまり私的の小義である。天下の大義というべきものでない。
 内匠頭は殿中を憚らずして刃傷に及び処刑せられたのであるから、厳格にいえば内匠頭の仇は幕府である。しかるに彼らは吉良氏を仇として猥りに騒動を企て、禁を犯して徒党を組み、武装して飛道具まで使用したる段、公儀を憚らざる不逞の所為である。当然厳罰に処せらるべきであるが、しかし一途に主君のためと思って、私利私栄を忘れて尽したるは、情に於て憐むべきであるから、士の礼を以て切腹申付けらるるが至当であろう。しからば上杉家の面目も立ち、彼らの忠義をも軽んぜざる道理が明らかになって、最も公論であろう。もし私論を以て公論を害し、情のために法を二、三にすれば、天下の大法は権威を失う。法が権威を失えば、民は拠るところがなくなる。何を以て治安を維持することができよう。

(『正史 忠臣蔵』福島四郎著 中公文庫))


こちらはそのまま、というわけにはいかないようです。

このAKO47切腹論は「復讐」の元になる浅野内匠頭の仇の行為を「邪志」である、といっています。「邪志」を継ぐことに「義」は認められない、と。この論理をそのままSKG38に当てはめるとなると「内部告発」の元になった行為、つまり尖閣諸島での中国漁船拿捕に「義」がなかったということになるわけですが、国政を預かる立場として漁船拿捕に「義」があったかどうか(邪志があったかどうか)は議論すべきことだとしても、現場で実際に事件に対処した保安官の立場からすれば「義」がなかったとは言えない。海上保安官たちは上からの命令で行動したでしょうから。

SGK38も問いたいのは行動そのものの「義」ではないはずです。海上保安官たちの行動は「義」を問うまでもないことだと考えているでしょう。問いたいのは、疑いもなく「義」であるはずの彼らの行動が情報公開なされなかったという「非」について。「義」が「義」として扱われなかったことに対して「義」を問うた、ということです。

しかし、そう考えていくとSGK38の「義」は「大義」だったか、という疑問が出てきます。海上保安官たちの疑いのない「義」は、海上保安官たちの仲間うちの「義」です。彼らがその職務を命懸けで遂行しているのは事実でしょう。が、そこは「義」ではなく「情」に属するところです。職務なのだから当たり前と言ってしまえば、それはそれで理は通ります。もし「大義」――中国漁船拿捕に国家としての「義」があったのか――を問いたいのであれば、海上保安部が編集した宣伝用の映像では事足りない。事件の全容を明らかにするに資料でなければ足りません。

荻生徂徠の切腹論に戻ります。 ここで荻生徂徠は、AKO47に「義」はないとしながらも、「情」はあったと認めています。

“しかし一途に主君のためと思って、私利私栄を忘れて尽したるは、情に於て憐むべきであるから、士の礼を以て切腹申付けらるるが至当であろう” 

これこそ日本人が最も好む「論理」でしょう。

続きます。

百姓道

今回は、「光るナス」のアキラさんの記事をお借りするところから始めます。

光るナス『体の影響(野口先生語録)』

そういうように、不平になる原因はたいてい体にくっついていて、体の中にある働きが閊えると不平に感じるのです。 体の中の力を抑えてしまって、何かしたくてイライラしているのを我慢して抑えていると、いろいろなことが不満になってくる。

子供に不平や不満がある場合に、そういうことがあるのだと思って探す人があるけれども、そうではなくてそういう体があるのだとそう思って探すとわりに早く解決が着きます。

☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆

整体の学びが進んでくると、僕らの日常生活というのは、こういう体にくっついたところでしか営まれてないんだな~ってことが、だんだんよく分かってきます。

(下線by愚樵)

整体入門
野口整体の徒でいらっしゃるアキラさんにとって、関心の軸は身体なんでしょう。この記事もそうした視点から書かれています。「体にくっついたところ」という表現もそうした視点から出てきていると考えられます。

そんなふうに考えると、おのずと思い起こされるのが私自身の関心の軸です。私はその軸をアキラさんのように明確に答えることはできないのですけれども、樵であることが軸に近いところにあるのは間違いない。ただ私は、樵そのものではないとはずっと以前から感じてもいる。たぶん、樵は何かへ「道」でしかない。では、その何かとは――と考えると、出てくるのが「百姓」という言葉です。

百姓(ひゃくしょう / ひゃくせい / おおみたから)とは、元は百(たくさん)の姓を持つ者たち、すなわち有姓階層全体を指す漢語であった。語義は時代により変化している。

・・・・・・・

日本においては当初は中国と同じ天下万民を指す語であった。しかし、古代末期以降、多様な生業に従事する特定の身分の呼称となり、具体的には支配者層が在地社会において直接把握の対象とした社会階層が百姓とされた。この階層は現実には農業経営に従事する者のみならず、商業や手工業、漁業などの経営者も包括していた。だが、中世以降次第に百姓の本分を農とすべきとする、実態とは必ずしも符合しない農本主義的理念が浸透・普及し、明治時代以降は、一般的に農民の事を指すと理解されるようになった。

日本とは何か  日本の歴史〈00〉 ・・・・・・・

近年、歴史学者の網野善彦が中世社会、近世社会における百姓身分に属する者たちが農民、山民、漁民、職人、商人などの広範な生業の従事者であったことを明らかにし、「百姓=農民」と一概にまとめた従来の歴史観に対し批判を行った。さらに今日の歴史学では西欧中心の単線的な発展段階史観が強く批判されるようになった。そのため百姓が差別的な用語であるという認識は薄まってきている。

Wikipediaより(下線by愚樵)


Wikiからの引用にもあるように、現在では一般に「百姓」というと農民のことであり、また差別的な意味合いもあります。ですが、私がいう「百姓」はそのような意味ではもちろんありません。「農民、山民、漁民、職人、商人などの広範な生業の従事者」であり、私自身もその一員であるということ。そして百姓である」ということが、私にとって「体にくっついたところ」――これがアキラさんの記事を読んで考えたことでした。


では、私はいつから「百姓である」ことを“体にくっつけ”だしたのか。そのことに“気がつき”始めたきっかけは「登山から転向」したことでした。このことはまた別の機会に話をしたいと思いますが、ここで簡単に触れておきますと、登山という行為は基本的に貴族的(支配者)のもの。そこから“転向する”ということは、被支配者 つまり百姓の側へ移るということ。私は山というフィールドでその“転向しよう”と思い、山民になろうと思ったんですね。それで樵を生業とするようになった。

樵を生業としつつ自身の「体にくっついたところ」へ意識を向けていくと、いろいろと“気がつく”ことが重なっていきます。それは、実は、私が「百姓である」であるということは、“気がつき”始めてから“体にくっつけ”だしたのではなくて、“気がつく”以前から私の「体にくっついたところ」であるということ。そして、そうやって気がつくと、それは私だけではなく周囲の者にも多かれ少なかれ“体にくっついて”いる、ということ。そういったことに“気がつく”ようになっていきました。

これはおそらく日本人の民族性というものなのでしょう。私はサラリーマンの家庭で生まれ育った人間ですが、それでも自身の知らないうちに「百姓としての心性」のようなものを吸収して成長してきた。知らないうちに吸収したわけですから「体にくっついたところ」といっても、(アキラさんのいう意味とは違いますが)間違いとはいえない。そして、それが私にだけに周囲の人たち、つまり日本人に“くっついて”いるのであるのなら、それは日本人の民族性というのだろう、と考えるわけです。

逝きし世の面影 (平凡社ライブラリー) 端的に言いましょう。私は日本人の基本的な在り方は「百姓道」だと思っています。「武士道」ではない。かつて武士という階級が存在し、その階級が日本を支配していたという事実は確かにあります。武士が支配する封建制度という在り方は、かつての日本という邦(くに)の骨格だったことは間違いない。ですが、身体全体が武士に支配されていたのではない。日本という邦(くに)の豊満な身体にあたるところは、百姓が担っていた。それが日本という邦(くに)の形だった。幕末から明治前半にかけて、日本を訪れた異邦人が見出し驚いたのは、「百姓道」の日本。これもまた事実です。

「武士道」が普及したのは明治政府のプロパガンダの所為――といってよいかどうかはわかりませんが、明治政府に都合のよいものであったことは間違いないでしょう。西洋列強と張り合うためのナショナリズムとしての「武士道」です。そのナショナリズムは太平洋戦争の敗戦でひとつの結論が出、そのあとに出てきたのが「市民道」(とは一般には言いませんが)。反ナショナリズムです。

私は「武士道」も「市民道」も、まったくのデタラメだとは思いません。ですが「体にくっついたところ」とは思えない。せいぜいが「衣装」というくらいのものです。それも体にはあまり合わない衣装です。ですから、「武士道」や「市民道」に沿うべしといった議論を見るにつけ、“衣装に体を合わせろ!”と言われているような感がして仕方がない。

日本は生きにくい邦(くに)になってしまいました。私に言わせれば、この原因は合わない衣装にムリヤリ身体を合わせようとしたことです。現在TPP参加を巡っての議論が盛んですが、TPPなども私からは“衣装に身体を合わせる”行為のように見えます。“TPPは第二の開国”などと宣伝されてもいますが、単なる宣伝ではなく、本当にそうなってしまう可能性もあると思われる。「第一の開国」から衣装に身体を合わせる”ことが始まったと捉えれば「第二の開国」はその仕上げ――つまり、身体を合わせることができない者は生きていかなくてよい、という体制作りです。

『漂流少女』

今日は読書感想文。

漂流少女 夜の街に居場所を求めて漂流少女 夜の街に居場所を求めて
(2010/07/26)
橘ジュン

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図書館へ立ち寄ったら、たまたま目に留まりました。この手のタイトルは私は普段スルーするのですけど、なぜか読んでみようという気になってしまいました。

簡単な内容紹介を amazon から引っ張ってきますと、

内容紹介
援助交際、ネットカフェ暮らし、OD(薬物過剰摂取)……。 新宿歌舞伎町、渋谷センター街。著者は夜の街を漂流する少女たちに声をかけ、誰にも言えなかった不安や、どうすることもできない現実に耳を傾ける。 そこで語られた、少女たちの日常とは!? “危うい少女たち”の現状を知らせる渾身の1冊!

著者について
ライター。『VOICES』編集長。10代の終わり、レディスチームのリーダーとして取材を受けたことをきっかけに、エッセイの執筆、ビデオ・レポーターなどの活動を開始。2006年、フリーペーパー『VOICESマガジン』を創刊。家族・傷・友人関係などをテーマに、10代へ向けた記事と肉声を編み、街で配布。これまで少女たちを中心に3000人以上から話を聞きとり、その声を伝えつづけてきた。 2009年、NPO法人bond-PROJECTを設立。女性向けネットカフェ「MELT」を拠点に、活動をさらに広げている。


これだけでも、本の内容はだいたい想像できるでしょう。“危うい少女たち”の“やりきれない話”です。

“やりきれない話”というと、話の向きは不条理な社会への批判ということになりがち。この本の中にも、そういた要素はあります。でも、読後の感想は、“やりきれなさ”への同情が正義感を刺激し、不情理への怒りを駆り立てる――といったものではないんです。感情は、怒りとは別の方向へ向く。

なぜそんな感じになるかというと、それは橘ジュンという著者がライターだからでしょう。ジャーナリストではない。少女たちを「取材対象」と見なして“一線を引いて”接して情報を得、その情報から社会の不情理を浮き彫りにする、といったような書き方はされていない。少女たちは橘ジュンという人間を映す鏡であって、ライターとして書き出しているのは、鏡に映った自分自身という感じなんです。

だから、と言っていいのかどうかわかりませんが、私はこの本の中に写し取られている少女たちに、生命力を感じてしまう。それは、素直で生き生きしたものではありません。屈折して萎れてしまいそうな“危うい”生命力です。でも、確かにそこには生命がある。危ういからこそ生命を感じる、いや、危うさの裏にある図太い生命力を感じると言えばいいのかもしれません。

少女たちはさまざまな不情理のなかにいます。醒めた見方をすれば、彼女たちは自分で不情理を選択した、と言えなくもない。その面は確かにあります。でも、だから愚かなのかというと、そうとも言い切れないような気もする。というのは、彼女たちはそのことを識っているフシがあるのです。自身を愚かだと識っていて、受け止めている。だから不情理に怒りを向けない。ある意味、自立していると言っていいかもしれない。でも、社会の不情理な力は巨大で、確実に少女たちを蝕んでいる。そこはやはり、“やりきれない”と感じます。

妙な感想かもしれませんが、私の読後の率直な感想は“もったいない”でした。なにがもったいないのか、それは図太い生命力が活かされていないことが、です。こうした生命力は「受け止める力」がとても大きい。実際、少女たちは男どもの薄汚い欲情を受け止めている。不情理なのは、彼女たちが受け止めるたびに、その「力」が削り取られている感があること。それが非常にもったいない。

あるんです。受け止めるたびに「力」を豊かにしてゆく「やり方」は。そして、その「やり方」はだれもが識っているはず。でも、容易に忘れる。人間は“頭の良い”生き物のようですが、それが災いします。知識を習得するのと引き替えに、もともとの「やり方」を忘れていってしまう。不情理はそうしたところから生まれてくる。

知識に乏しい者たちは、乏しいがゆえに不情理の中へと絡め取られてゆきます。『漂流少女』は、そうした不情理の一断面だと思いました。

「萌え」と枯山水

日本鬼子 「萌え」とはもちろん、あの「萌え」です。

萌え(もえ)とは本来の日本語では、草木の芽が出る(伸びる)様を言う。
一方でオタク文化におけるスラングとしては、主にアニメ・漫画・ゲーム等における、対象へのある種の感情を表す言葉として使用されている。


“ある種の感情”とは何か? ふと思い当たったのが枯山水です。

龍安寺 方丈庭園(石庭)  
枯山水 枯山水は「引き算」だと言われます。つまり、水を感じたいがゆえにあえて水をなくした。水をなくすことで、観る者に水を想起させるわけです。そしてさらに大きな世界を感じさせる。

こういった見方を禅では「止観」というそうです。

松岡正剛

止めて、見る。これはすごい方法で、西洋では一九世紀にヘーゲルやマルクスが出てきて、「止観」を持ち出すんですが、日本ではうんと早く十三世紀頃に世界を止めて見るということが始まった(中国ではもっと前です)。


ヘーゲルやマルクスはさておき、「萌え」と枯山水に共通していると思ったのは「引き算」です。「萌え」の対象になるのは主にアニメや漫画つまり2Dで、2Dはリアルな3Dから「引き算」されたものであるということ。「引き算」されたものから想起されてくるもの、それが「萌え」ではないのか。

だとするならば、「萌え」とは、これ以上に相応しいものが考えられない最適な表現だといえるでしょう。また同時に、日本人にとって「引き算」という方法は持って生まれたものに近い民族的感覚だともいえそうです。「萌え」が禅から派生したなんてことはあるはずはありえませんが、根っこでつながっているということは、もしかしたらあるかもしれません。

ところで、冒頭の萌えキャラ「ひのもとおにこ」は感じで表記すると「日本鬼子」。中国人たちが日本人に憎悪の念を込めて呼ぶときの蔑称です。それを日本のオタク文化は「萌え」にした。そんな企画があるんだそうです。

萌えは世界を救う!?日本鬼子の代表デザインがとうとう決定!!

ここにあるのも「引き算」でしょう。何を「引き算」しようと企てたのかはいうまでありません。また、このような企画が成功してイノベーションになり得たとしたらと考えても面白いものがあります。イノベーションとは本質的に「足し算」のはずだからです。

イノベーションについて(2)

(1)からの続き

電波時計というアイテムがあります。

電波時計(でんぱどけい)とは標準電波(日本ではJJY)を受信して誤差を自動修正する機能を持つ時計のことである。最近は様々な国々に送信局が設置されている。

標準電波は、原子時計を使い、正確な周波数と正確な時刻の情報を放送(位相も合わせた正確な変調)している。
標準電波を放送する無線局は、日本の法律においては「標準周波数局」という名称で分類される(電波法施行規則第4条28項)。日本の標準周波数報時局は、独立行政法人情報通信研究機構が運用するJJYである。


この送信局から送られてくる信号を、電波時計に内蔵された受信機が一定時間ごとに読み取り(読取間隔は機種ごとにそれぞれ異なる)、自動的に時刻を合わせている。このため、電波時計では電波が正常に受信できる環境に限り、時刻合わせなどの手間を省きつつ、秒単位で正確な時刻を知ることができる。
(Wikipediaより)


標準電波が受信できるという条件がつきますが、それさえ満たせば、電波時計はほぼ“完全”な時計だといえるでしょう。“完全”とは「時間の並列性」を完全に表現している、という意味です。

この電波時計の出現はひとつのイノベーションです。もちろん、それは「小さなイノベーション」です。ただ私は、この“小さな”イノベーションの意義は結構大きなものがあるのかもしれません。

前回、私は「時間の並列性」を「大きなイノベーション」だと言いました。人間は、時計という道具の“見方”を修得する過程で「時間の並列性」を「想定」するようになる。この「想定」はプラトンが言ったところの「イデア」とできるかもしれませんが、そうした「想定」が普遍化することが「大きなイノベーション」なんだということでした。

電波時計の出現の意義は、その「想定」をほぼ完全に“実証した”ことあります。

すでに「時間の並列性」は実証されているという人もいるでしょう。確かにそうです。TVやラジオ等の放送は正確に時刻通りですし、NTTの時報(117)に電話をすれば正確な時刻を知ることができる。“正確な時刻を知ることができる”というのと“「時間の並列性」が実証されている”というのとは、ほぼ同義です。ただ、時計という観点から厳密にみると、これまでの時計は人間が時折手動で時間合せをする必要があった。つまり“実証されている”というより“実証させていた”わけです。「時間の並列性」という「想定」に沿って。ところが電波時計には手動の時間合せが不要です。不要になってはじめて“実証されている”ということができるようになった。単に時間合わせが不要になって便利になった、というだけではないのです。

しかし、それでも不思議に思われるかもしれません。“実証されている”といったって、電波時計はもともと人間が作ったもの。電波時計を作ることで人間が“実証させている”ことに変わりはないのではないか。だから、便利になったという以上の意義はないのではないか、と。

そう。“実証されている”とか“実証させている”なんてのは言葉遊びに過ぎません。もともと「時間の並列性」と時計との関係は「自作自演」とでもいうべきもの。電波時計は、その「自作自演」を完成させたということなのです。
(もっとも、すでに「自作自演」は完成していたと思っている人には電波時計はあまり意味はありません。“駄目押し”くらいの意義でしょう。たぶん、そのような人の方が多いような気はします。)

モモ では、「自作自演」が完成したというのはどういう意義をもつのか。

それは、「不定時法の世界」が単なる「ファンタジー」になったということです。

続きます。

イノベーションについて(1)

もしドラ マネジメント

イノベーションとは、科学や技術そのものではなく価値である。組織のなかではなく、組織の外にもたらす変化である。イノベーションの尺度は、外の世界への影響である。(266~267頁)


上の文章を素直に読むと「イノベーション=価値」となりますが、そうではなくて「イノベーション=価値の創造」と読むのが正しいでしょう。でも、私はちょっと違うのではないかと思っています。イノベーションには価値の創造に留まらないものがあるように思うのです。

価値が価値として認められるには、価値基準が必要です。価値基準が共有されていないと、価値は価値として認められることはありません。イノベーションがある価値基準の上に新たな価値を創造するということはあります。イノベーションの通常の意味はそちら、つまり「新たな価値創造」でしょう。でも、それだけではない。価値を価値だと認める基準そのものを新たに創り出す、ということもあるように思う。「新たな価値基準の創造」です。

ここでは「新たな価値創造」を「小さなイノベーション」、「新たな価値基準の創造」を「大きなイノベーション」とでも呼ぶことにします。

なぜこんなことを言い出したかというと、それはそう、「不定時法の世界」の話の続きだからです。

定時法の世界とは時刻という「区切り」が万人に共通だという「想定」が成立している世界のことですが、こんな「想定」は人類の誕生と共にあったわけではない。どこかで「学習」したわけです。昔はみんな、それぞれに時刻という「区切り」を設けていた。それがいつの間にか共通の「想定」を持つようになった。その「学習」に時計という器具が大きく関わっていることは想像に難くないでしょう。たぶん、時計なしではそうした「想定」は生まれなかった。いや、生まれなかったということはないでしょうけれども、その「想定」が広く共有されることは難しいでしょう。時計が広く普及したことで「学習」の契機も広がり、「想定」が普遍化した。これこそイノベーションと呼ぶに相応しいでしょう。

時間の並列性 この、定時法の世界の「想定」は「時間の並列性」と表現できます (右の画像は「時間の並列性を見事に表現した時計」とリンクしています。どうかごらんあれ)。で、考えたのは、「時間の並列性」を「価値」と言えるのかどうかです。人間が作った道具である時計は、確かに価値のある品物です。時計の普及で社会が便利になったことは間違いない。ですが、普遍化した「時間の並列性」は単なる「価値」を越えているように思えます。

「時間の並列性」の普遍化は、もちろん「大きなイノベーション」です。

続きます。

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Author:愚慫
“愚樵”改め“愚慫”と名乗ることにしました。

「空論」は相変わらずです (^_^)

      

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