愚慫空論

権力

本日の選挙結果。どうやら民主党への政権交代は間違いない様子ですね。自公政権の悪政の終焉、まずはメデタシ、です。

さて、政権交代となりますと、政治権力の中心が自公から民主へ移るということですが、ここで考えてみたいのは、その「権力」についてです。わが日本は国民主権の民主主義国家で、選挙は主権者である国民が権力を行使する機会です。今回、民主党への政権交代がなったという選挙結果は、国民が主権者たることを自覚するのに十分な成果ではありますが、しかし、だからといって国民が政治権力の主体ということにはならない。政治権力はあくまで国家という〈システム〉の中枢にあるのです。

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これでもあなたは選挙に行きませんか?

時間がとれないので、マル激の紹介だけ。

マル激トーク・オン・ディマンド
総選挙特別企画 
『これでもあなたは投票に行きませんか』

http://www.videonews.com/on-demand/431440/001216.php

総選挙特別企画で無料放送中だそうです。

選挙の前に、無料放送の心意気が嬉しいですね。見てから投票に行きましょう。

本編以外にも、ニュース・コメンタリーにも注目。

“最高裁国民審査続報 「国民審査公報」は自画自賛だった”

いまさら驚きはしませんが、「やっぱり?」という感じ。

民主党を支持するに足る2つの理由

大手メディアが決して報じない、「メディア改革」

政権の試金石「学校理事会」

特に注目に値するのが後者。空洞化した〈生活世界〉債権への第一歩になるかもしれない。〈システム〉は枠組みを作るだけで、運用は市民に委ねるというところがよい。すなわち、市民参加の在りようが学校理事会の成否の鍵になる。

そういえば、「マル激トーク・オン・ディマンド」でもこの話題は取り上げられていました。 (http://www.videonews.com/on-demand/431440/001148.php) この放送は無料放送ですので、是非どうぞ。学校理事会については後半の部分で触れられています。

無尽

『無尽』(wikipedia)
無尽(むじん)とは日本の金融の一形態である。複数の個人や法人等が講等の組織に加盟して、一定又は変動した金品を定期又は不定期に講等に対して払い込み、利息の額で競合う競りや抽選によって金品の給付を受ける。

・・・

歴史
無尽は、貞永式目追加法にも記述があり、鎌倉時代に登場したとされる。庶民の相互扶助として始まったものだとされる。江戸時代になると、身分や地域に問わず大衆的な金融手段として確立し、大規模化していく講も存在するようになった。 ・・・
以下のWikipediaの記述では無尽が業として、すなわち〈システム〉として変遷していく様子が記されていますが、本来、無尽は“庶民の相互扶助として始まった”とあるとおり、〈生活世界〉のなかのものです。

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日本とフランス――農村の風景の違い

林業労務者で貧乏人のワタクシ愚樵は、当然のことながら、おフランスなぞには行ったことがございませんので、日本とフランスの農村風景の違いとは言っても、自分で見てきた話ではありません。他人様から聞いた話なのですが、それによると、最大の違いは、フランスの農村には、日本の農村には存在しないものがあることなのだそうです。

フランスの農村にはあって、日本の農村にはないもの。それはシャトーなのでそうです。現在シャトーというと、シャトー・マルゴーとかシャトー・ペトリュスだとか、ワインの名前を思い浮かべてしまいますが(私が知っているのは名前だけです)、シャトーとはもともとは領主の館。フランスの農村――フランスに限らず、日本を文明社会の大方の場所――では、農村の中に領主の館が存在する。

このことが何を意味するのか? 答えは簡単で、昔は、フランスでは、領主と農民は同じ場所に住んでいた、ということ。日本に領主の館がないということは、日本では、領主――というより支配階級は武士ですが、武士は農村には居なかった。どこにいたかというと、城下町にいた。江戸時代、武士は須く都市住人だったのです。

領主が農民と同じところで暮らす、暮らさないは、単に領主の居場所の違いというだけには、当然のことながら留まりません。領主――支配者階級と言い換えましょう――が、被支配者の実際にいるかいないか、この違いは、現在の私たちでも容易に想像がつくと思います。例としては学校のクラスなどを思い浮かべてもらえばよいと思いますが、教師が居るのと居ないのとでは、雰囲気はかなり異なる。やはり監督者の目が行き届いている方が雰囲気としては厳しいものがあるでしょう。領主が農民から搾取する年貢を教師が生徒に出す宿題に例えると、フランスでは教師がひとり一人の生徒から直接宿題を受け取るようなもので、日本の場合は学級委員がまとめて教師に報告だけするようなもの。フランスでは領主が農民と一緒にいるので、農地からどの程度の収穫が上がってどの程度の年貢を取ることが出来、農民がどの程度の暮らしをしているかも把握できるが、農村に武士がいなかった日本ではそれが出来なかった。庄屋という、学校のクラスでいうと学級委員が、あくまで自主的な形で武士たちに年貢を引き渡していた。

江戸時代を支配階級の抑圧が強かった暗黒時代だと教わった私たちには驚きですが、当時武士たちは、農村にいなかったというだけではなくて、農村に自由に立ち入ることも出来なかったらしい。何の前触れもなく武士が農村に立ち入ると、たちまちにして農民一揆が起こったというのが江戸時代の実態だったらしい。そんな状態では、本当に武士たちが日本の支配階級だったのかどうかさえ、疑わしいものです。

支配者階級、言い換えれば搾取者が被搾取者と同居していなかったという事実は、そのほかにもいろいろな影響を及ぼします。その一例が、読み書き算盤といった教育。江戸時代における日本の識字率の高さは世界一だったことはよく知られていますが、これは単に日本人が教育熱心だったという精神論だけの問題ではない。むしろ唯物論的に説明がつくことで、それは武士が農村に立ち入れなかったということと大きく関連しています。

武士が農村に立ち入れなかったということは、武士は農村の生産の実態を把握できていなかったということになる。ということは、当時の農民は現在の私たちが想像している以上に豊かな暮らしをしていた可能性が高いということ。そして江戸時代は、これも私たちが想像している以上に貨幣経済が発達していた社会であって、しかも豊かな農民は、それぞれ自由に貨幣による交易を行っていた。日本で識字率が高かったのは、貨幣による交易を行うのに、文字を読み書きし計算をする必要があったからなのです。農村の子どもたちは寺子屋で読み書きを習いましたが、このことは、日本の農民たちが当時から読み書き算盤を農民の暮らしに必要なものだと認識していたに他ならないのです。

対して領主が農民とともに暮らしていたフランスでは、農民自身が他所と交易をする必要も機会もなかった。交易をできるだけの豊かさも、交易を行う機会もすべて領主が搾取していた。だから、フランスでは日本に比べて圧倒的に識字率が低かった。農民には、文字を読み書きし複雑な計算をする必要がなかったし認められなかったのです。

日本でもフランスでも、近代以前は農業国家でした。それは世界のどこの国をとっても同じですが、それはすなわち国民の大多数は農民だったということ。そして、豊かでひとり一人が読み書きも出来た日本の農民と、貧しく読み書きの機会すら与えられなかったフランスの農民とが、それぞれの風土の違い以上に文化的に違いがあるのは当然のはずで、その文化の違いは現代にも大きく影響を及ぼしていると考えるのも、これまた当然のはず。にもかからわらず日本の知識人の多くは、日本の歴史を顧みることをせず、フランスやアメリカあたりで培われてきた価値観を日本人にも当てはめようとする。フランスでその逆をすればどういったことになるか想像がつくでしょうに、なぜか、そのような想像はしないようなのです。

日本と、フランスをはじめとする欧米の文化の違いがどういったところに表れるのか? そのことを的確に示す例が志村さんの記事にあります。

『国を作る力が試されている』(志村建世のブログ)

ここで述べられているのは、欧米人は、すぐさま秩序を作り上げるということですが、この欧米人の秩序とは、組織だった秩序、英語で表記するならassociation(アソシエーション)。対して日本人が作るのは、community(コミュニティ)だということです。志村さんの記事では、日本人のcommunity志向は“どうしようもない後進性”と評価されていますが、私はこれを後進性とする評価そのものが欧米的だと思います。確かに戦争という時代背景のなかで、日本人が作るcommunityが暴力性を帯びたのは事実でしょうが、その同じ日本人が、一旦平和になれば9条を支持したことも考え合わせなければ成りません。9条は日本人がcommunity志向だからこそ支持されたのであって、association志向の欧米人には理解しがたいものです。

欧米人のassociation志向は、彼らの社会がいまだに階級社会の強固な伝統を引きずっていることと強く関連していると考えるのが自然です。そのことは領主が農民と同じ場所にいた、という事実とも深く結びついているでしょう。また日本人がcommunity志向なのも、日本が農村的平等社会の伝統をいまだに引きずっていることと深く関連しているはずです。

そしてもうひとつ注目すべき事実は、欧米人よりも読み書きに慣れ親しんだ歴史が長い日本人の方が、欧米人よりも非言語コミュニケーションに長けている、ということです。これは欧米の言語と日本語の構造の違いという側面もあるかと思われますけれども、それぞれの気質がcommunity志向かassociation志向かの違いが大きいでしょう。community志向ゆえに早くから読み書きに慣れ親しんだのか、早くから読み書きに慣れ親しんだからcommunity志向なのか、それとも読み書きの早い遅いとcommunity志向association志向とは関連がなく日本人の例は偶然なのか、そのあたりは私には判然としませんが、いずれにせよ、注目に値する事実だと思います。

最近私は、宮台氏の表現を借用して〈システム〉〈生活世界〉といったことを言いますが、association志向が〈システム〉志向であり、community志向〈生活世界〉志向であることは、特に論証する必要もないでしょう。そして現在、特でヨーロッパで注目されているのが、community志向〈生活世界〉志向の方向性らしいです。アメリカは未だにassociation志向が〈システム〉志向で、日本も知識層は同じ傾向ですが、ヨーロッパが現在でもまだ世界の思想潮流の先進地域であるとするなら、日本が未だ association志向が〈システム〉志向でものごとを捉えようとするのは、半周遅れだということになる。かつてassociation志向が〈システム〉志向だった欧州の基準を、もともとcommunity志向〈生活世界〉志向の日本に適用しようとすることは的外れと同時に、時代遅れでもあるのではないでしょうか。

官僚主権・国会主権・国民主権

まず、タイトルで示した言葉の定義から始めましょう。

「官僚主権」「国会主権」「国民主権」の3つの言葉のうち、正式な言葉(≒辞書に意味が載っている)のは「国民主権」だけです。「官僚主権」は最近よく目にする言葉ですけれども、辞書にもWikipedia にも出てきません。しかし、政治に多少なりとも関心のある人なら、厳密に定義するのは難しくても、「官僚主権」の意味はだいだい理解できるだろうと思います。

「国会主権」は私の造語です。

「官僚主権」「国会主権」「国民主権」の意味を考えるにはまず「主権」の意味から入らなければなりませんが、この「主権」という言葉も、だいたいの意味は理解できても、厳密に定義するのは難しい言葉です。Wikipediaによりますと、「主権」には3つの基本的意義、すなわち

1.対外主権(最高独立性)
2.対内主権(統治権)
3.最高決定力(最高決定権)

があると解説されていますが、「官僚主権」というところの「主権」は、主に3.の意味でしょう。日本が法治国家であることは言うまでもありませんが、国会で定められた法律や予算を、大きな裁量権を持つことによって実質的な運用は官僚が握ることになる。つまり実質的には最高決定力を官僚たちが握る。「官僚主権」とは、こうした状態を指す言葉だと言ってよいかと思います。

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自民党と共産党

ブログ更新に少し間が開いてしまいました。前エントリー『Re:共産党差別』に頂いたコメントにも返答をせねばと思っていたのですが、ここのところ、リアルの方の仕事の加減で時間が取れなくて、失礼していました。仕事が忙しかったというわけでは決してなかったのですが、暑さに参ってしまって、いつもならばブログ更新にあてていた時間を身体の休息の方へ振り向けなければならなかった、といった次第でありました。

当エントリー『自民党と共産党』は、前エントリーに頂いたコメントへの返答であるとともに、前エントリーの補足でもあります。私は、共産党は『むら』の【自生的秩序】と敵対した書きましたが、このことがどういったことなのかを、自民党という政党がどのように『むら』の【自生的秩序】を破壊したのかと併せて、記してみようと思います。

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Re:共産党差別

最初、当エントリーのタイトルを『共産党は日本庶民の敵』としようかと思ったのですけどね。

挑発的な表現はワタクシ愚樵の好むところなのでしばしば用いて反感を買うのですが、それにしても“庶民の敵”は挑発的に過ぎるかと思いましたので、今回は穏健な表現をとることにしました。で、村野瀬さんのエントリー『共産党差別』への、私からの勝手な解答という体裁でエントリーをあげることにします。

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地域主権

農村文化運動 8.30衆院選を目の前にして、道州制だのなんだのと、「地方分権」が話題に上っているようですが。

当エントリーで取り上げてみたいのは、「地方分権」ではなくて、「地域主権」です。

右の、『農村文化運動 vol.193』を眺めていましたら、次のような記述に出会いました。
・・・
 江戸期になりますと、その反省から、徳川幕府は再び中央集権体制の確立をめざします。
 そのためにまずやったことの一つは、武家の思想として、儒教を定着させることでした。武士を農村からはがして、城下町に集めたことでした。そして、藩校などではひたすら儒教を教え、中央集権国家に向かって、まずは支配階級の意識統一をはかったのです。
 そうやって、農村から離れた武士を軸とする儒教国家を形成する一方で、民衆側にあった土着的な思想体系を排除し、儒教的思想に切り替えさせようと試みます。
 ところが、これは村側の抵抗にあって、まったく進みませんでした。というのは、村の人々はすでに、自然に帰っていく自分たちの精神世界を持っていましたし、そのうえに講をふくめたさまざまな関係をつくって、確固たる我らが世界を形成していたからです。
 ですから、ある意味では、江戸期というのは民衆の力が非常に強い時期だったといえます。確かに年貢は取られていますが、それでも、武士が農村に立ち入って取り立てるわけではなく、あくまで庄屋が集めて持っていくものでした。庄屋というのは村の代表ですから、村方代表がみんなのものを集めて運ぶということであって、武士が入ってきて、早く出せと取り立てることは出来なかったのです。
 そのために、年貢は台帳上、折半、六公四民といった高い税率になっていたともいえます。農民が自主的に集めて持っていくわけですから、当然ながら、知恵を絞ってなんとか出さないように努力します。ですから、脱税が非常に多い。そのために、台帳上の税率を非常に高くしたわけです。最近の歴史学者が計算したものによると、江戸期の実効税率は10から20%の間ではないかといわれていて、決してそんな重税ではありません。もしかすると、今よりも税率は低いのじゃないかというくらいの税金だったということです。
(54ページより。太字強調は、愚樵による)

年貢は取られるが、あくまで村方代表が自主的に納める。これこそ地域主権です。地方分権は、あくまで国から権限の一部を委譲してもらうのであって、主権は国にある。ですから、徴税権は国にある。民主党の新たな政策案では税や社会保険等を一元化して歳入庁といったものを作るんだということですが、いずれにせよ国家主権であることに間違いありません。道州制ということになっても、徴税権まで地方に移譲はしないのですね。

日本は主権在民の民主主義国家です。一応、タテマエではそうなっています。けれども、そのような実感はあまりありません。税金は、自主的に納めるなどといった感覚はまるでなくて、あくまで徴収されるもの。税金は国民のおカネだから、「政府をよく見張って透明で公正な無駄のないおカネの使い方をさせよう」、といったことはよく言われますが、「徴税権を国から奪おう」といったような話は聞いたことがない。地方の首長たちもそのようなことまでは言いません。彼らが求めるのはあくまで分権です。

税の徴収権は、国家の根幹に関わる問題です。中央集権を志向する者にとっては、時には暴力をも伴った徴収権を中央が一手に握っていることが好ましいでしょう。しかし、私たち民衆にとってはどうなのでしょう? このことはこれまであまり考えてこられなかったように思います。

私たち民衆の側からすれば、公のシステムを維持するために税を納めるのは必要なことですが、徴税権はなるべく近くにある方が好ましい。みんなで決めた税金をみんなが自主的に納めるというのが理想ですが、それは空想的な理想で現実的ではないにしても、最も強大な力を振るうことができる中央に徴税権も持たせるということの是非は、一度考えてみた方が良いように思います。中央に比べると力が弱い地方や、さらに小さな地域に徴税権を持たせることが出来れば、そちらの方が主権者たる国民にとっては好ましい形のように思えるのです。

徳川幕府が目指した儒教的中央集権国家は、江戸期は民衆の力が大きく実現できませんでした。それが実現したのは、徳川幕府を倒した明治政府です。現在の日本国の体制は、タテマエは国民主権ですが実態は儒教的中央集権国家と言ってもよい。だとすれば、明治維新とは、地域主権・民衆主権であった江戸期の日本から、明治以降の中央集権国家へ移行した「反革命」であったわけです。

現在、自公政権の自滅により民主党への政権交代が期待されています。そのことを「革命」と呼ぶ向きもおられるようですが、市民が主権を奪うことを革命と呼ぶなら、政権交代などは到底「革命」と呼ぶに値しません。政権交代は、強大な官僚機構を上手く利用しようとするものではあっても、あるいは官僚たちの権力濫用を抑制するためのものであっても、官僚機構の力を小さくしようとするものではないからです。

それは、二大政党制に反対する立場の者もあまり変わらないように思います。そうした者たちは、官僚組織が強大な力を持つことは反対しますが、替わって市民の代表が力を持つことを支持する。このことは一見革命的ではありますが、江戸期の日本ほど革命的とはいえない。江戸期日本では、力を持っていたのは「市民の代表」ではなくて、「民衆そのもの」だったからです。

「民衆そのもの」あるいは「市民そのもの」がより大きな力を持つためには、権力機構はなるべく小さな方が良い。小さい方が市民の目が行き届きやすいだけではなく、市民が自主的に参加できる余地も大きいし、また自主的に参加しなければ運営できない。これが地域主権です。

現在の国際社会を鑑みると、国防や外交といった面では国家の強大な力が必要だということは否めません。しかし、このことは、国家があらゆる面に渡って中央集権的な強大な力を持って良いということにはならない。強大な力が必要な部分と、強大な力があるとかえって弊害が出る部分とを切り分けることも出来るはずです。国家権力を「切り分ける」ことが本当の意味での国民主権なのでしょうし、教科書的な民主主義のモデルである三権分立も「切り分ける」という発想では同じものです。

身体性=脳の拡張性

当エントリーは、『〔信じる-疑う〕の水平性と垂直性』に掲載した図に、少しばかり加筆したものを掲げるところから始めたいと思います。 信じること2

付け加わったのは、2本の斜めのライン。すなわち、「身体性」とした右上がりの赤いラインと「頭脳性」とした左上がりの青い(緑?)のライン。そのなかでも、今回は「身体性」について取り上げたいと思います。
『〔信じる-疑う〕の水平性と垂直性』のコメント欄で示しましたが、x軸は感性軸、y軸は感情軸と言うことができると思います。)

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愚慫

Author:愚慫
“愚樵”改め“愚慫”と名乗ることにしました。

「空論」は相変わらずです (^_^)

      

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