愚慫空論

政治家を増やせ

“政治家を増やせ”などと主張すると、思い浮かぶのはこういった主張でしょうか。

民主主義破壊の暴論

志位委員長 議員定数削減を批判


 日本共産党の志位和夫委員長は二十八日の記者会見で、自民・民主両党が国会議員定数削減を競い合っている動きについて問われ、「民主主義を根底から覆すもので、厳しく反対する」と批判しました。

 なかでも比例定数の削減の動きについて、志位氏は「今の選挙制度のなかで唯一民意を正確に反映しているのが比例部分だ。これを削減するという考えは、国会には第一党、第二党以外はいらない、つまり、共産党も、公明党も、社民党も国民新党もいらないという立場だ。これは民主主義破壊の暴論だ」と強調。「一党一派の問題ではない。わが党は反対の論陣をはって、国民運動を起こしていく」と述べました。

 また、志位氏は自民・民主双方が定数削減の理由として「政治の側が率先して身を削らなければ増税を持ち出すことはできない」としていることについて、「この議論は二重に間違っている」と指摘。「『身を削る』というなら、政党助成金をなくすことが先決だ。国民と国会を結ぶパイプである国会議員の削減は、民意の削減といわなければならない」と述べ、「民意が届かなくなったうえに、待っているのは消費税の値上げということになれば、国民からすれば踏んだりけったりだ」と批判しました。


2009年5月29日(金)「しんぶん赤旗」
(http://www.jcp.or.jp/akahata/aik09/2009-05-29/2009052901_03_1.html)

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底が抜けた〈システム〉を

日本の難点 (幻冬舎新書)日本の難点
(幻冬舎新書)

宮台 真司

「光るナス」のアキラさんのお薦めで読んでみました、宮台真司著『日本の難点』。私はこれまでみやだいはほとんど読まずにきたのですが、なるほどアキラさんが仰るとおり、難解かつ複雑かつ濃密な問題が、極限にコンパクトに分かりやすく噛み砕いて表現されてあります。抽象度の加減もちょうどいい。おかげさまで私も、自分の思考をより明確にすることが出来たように思います。

というわけで、本エントリーは宮台氏の土俵に載っかりながら、なかでも〔世界の難点〕をコンパクトに記述したというべき「はじめに」の記述をお借りして、話を進めていきたいと思います。

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【即非】の社会的意味

『【即非】の社会へ』のエントリーにせとさんから頂戴したコメントに、【あるがまま】の言葉がありました。せとさんは「鈴木大拙」をキーワードに【即非】と【あるがまま】を繋げられたのですけれど、どちらも東洋的仏教的な感じがします。同じ意味だとしてしまうのは乱暴ですけれども、片方を理解できればもう片方も理解しやすい。【即非】と【あるがまま】の間には密接な関係があると思われます。

【あるがまま】については、せとさんもご案内の通り、私は以前エントリーを挙げています。

『“あるがまま”を観ること』(愚樵空論)

そこでこんなことを書いています。

“あるがまま”は、客観的とは異なります。客観的は、誰もが 共通に認識できることが追及された事実・現象ですから、そこからは事実を観ている「私」は排除されています。けれども“あるがまま”の中には「私」が入っ ている。事実とそれを観ている「私」。双方あって“あるがまま”なのです。

事実とそれを観ている「私」の双方があって【あるがまま】。一方、せとさんは、同じく【あるがまま】について取り上げたエントリーで次のようの語っておられます。

『ありのままについて考えてみたが、、、』(瀬戸智子の枕草子)
私の中では「あるがまま」は「受け入れる」ことと同義であったりします。

「受け入れる」あるいは「赦す」とかまたまた或いは「放つ」とか。

そして、そんな言葉の裏には、やはり強烈な感情が潜んでいなければ本物にはならないのだろうと、思っています。

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党首討論について、雑感。

周知の通り、昨日、民主党新代表の鳩山由起夫さんと麻生太郎内閣総理大臣のいわゆる党首討論が行われました。

党首討論」正式には「国家基本政策委員会合同審査会」というらしいですね。
衆議院TVのビデオライブラリ5月27日)

さて、その党首討論についての記事をいろいろと眺めていましたところ、次のような記事が目に留まりました。

パクリ合戦…“お坊ちゃん”党首対決、さて軍配は?
 自民党の麻生太郎首相(党総裁)と民主党の鳩山由紀夫代表。両党の党首が火花を散らした27日の党首討論は、ヤジ合戦が目立ち、討論自体は「お坊ちゃん同士の対決で物足りない」(自民若手)との声も多いようです。

http://www.zakzak.co.jp/top/200905/t2009052810_all.html

なるほど、両者とも由緒正しき“お坊ちゃん”ですからね。

が、お坊ちゃん対決というなら鳩山さんの圧勝です。

半径2mの範囲でしか良質なお坊ちゃんぶりを発揮できず、射程外ではイジケたお坊ちゃまでしかない麻生さん。片や豪腕小沢一郎に鍛えられ全射程でハジケたお坊ちゃんに成長した鳩山さん。友愛なんてハズカシ・スローガンは、ハジケてなければ掲げられませんって。

党首討論の中身の方も イジケvsハジケ になっていたと感じましたが?

【即非】の社会へ

【即非】という言葉をご存知でしょうか?

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ジバン・カバンはダメだがカンバンはよい

「ジバン・カンバン・カバン」とくれば、政治家の世襲問題です。民主党の新代表に鳩山氏が就任して一週間余り、麻生首相が逃げ回る解散ももう後がなくなってきて、選挙を睨んだ与野党のつばぜり合いが始まった様子。その焦点のひとつが議員の世襲問題なのは周知の通りでしょう。

私は議員の世襲には必ずしも反対ではありません。議員の世襲に弊害が多いのは認めざるを得ませんが、この問題は最終的には国民の選択にかかるものであり、主権者が国民である以上、そして選挙は主権者の意思表示である以上、そこを法で制約を設けるのは好ましくない。世襲議員の弊害を無くすには法規制が手っ取り早くコストもかからないけれども、民主主義の原則を歪めることはあとあと大きなコストを要するようになる――と、このように考えていました。

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マスク騒動について、雑感。

豚インフルエンザの流行で、マスク騒動が持ち上がっているようです。その中身については関心ありませんのであまりフォローしていないのですが、ちらほら見聞きするところによりと、猫も杓子もマスクマスクの日本人は過剰反応だ、ヒステリーだ、国際的ではない、ハズカシイといった話のようですね。

過剰反応だという意見は分からなくはないです。とりあえず今流行中の豚インフルは弱毒性だと判明したのだし、それほど心配する必要もない。けれども、国際的ではないとか、海外と比較して論じるのもこれまた過剰反応のような気がしますね。別にいいじゃないですか、日本人がみんなマスクをしていたって。一体何が悪いというのでしょう?

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裁判とエリート

一昨日からスタートした裁判員制度について。この制度については政府の公報部と化したマスメディアからいろいろとプロパガンダが為されていますが...、私もこの制度には反対です。裁判員制度はどうにも胡散臭い制度のように思えて仕方がない。

人を裁く裁判は“神聖な行為”ともいえるものですから、そこを胡散臭いなどと言ってしまうのは気が引ける部分はあります。また裁判員としてあるいは裁判官として、実際に人を裁かなければならない立場に立った人、制度の運用の現場にいる人に胡散臭いという言葉は適切ではない。私が胡散臭いと感じるのは、制度設計の動機。裁判員制度は、他の国の制度と同じく誰かが考え出して国の法律として定め運用が開始されたものです。その考え出した誰か、ひとりではなく複数でしょうが、そういった人たちが考え出した動機が、国民の司法参加だとか庶民の感覚を生かすとかいったきれいごとではなくて、エリートたちの責任逃れにあるような印象を拭い去れない。私は最初に裁判員制度というものを知ったときから胡散臭いと思っていましたが、次々に明らかになる制度の欠陥を知るにつれて、その思いは解消するどころかむしろ強化されていった。今回は、そのあたりのところの話をしてみたいと思います。

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「水平性」の貨幣

またしても予定変更。

当エントリーは『貨幣の「垂直性」』の続きになります。この続きは『生きるためではない経済』の続きの後の予定だったのですが。

予定変更のきっかけは海舌さんのエントリーです。

『強力な支配者(恐竜)を一撃で撃ち落とす道具→共役複素数』(『海舌』 the Sea Tongue by Kaisetsu)


それともうひとつ。

『検討問題:共役複素数と通貨:法定通貨と差異・他者通貨』(プラトニック・シナジー理論(旧不連続的差異論)のページ)

ま、私にはおふたりの高度な対話はかなりの部分が理解不能なんですけど(苦笑)

理解不能ながらこれらのエントリーを拝見して、予定を繰り上げねば、何となく思ってしまいました。

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情報共有の「垂直性」と「水平性」

海舌さんのご指摘を受けて、大ざっぱに。

「貨幣の垂直性と水平性についての考察」(『海舌』 the Sea Tongue by Kaisetsu)
ここで、再度、愚樵氏の次の言及に戻る。

>>貨幣の本質が情報だとすると、ここで働くのは情報の原理=共有です。

 貨幣が、その垂直性と水平性の Media Point であること考えると、愚樵氏の「共有」概念も、

垂直的共有



水平的共有

の二つの概念構成が必要だろうと思います。

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「生きるためではない経済」

PS理論の花鳥風月庵さん経由で面白い記事を大変面白い記事を見つけました。

関 曠野 講演録

今回は前エントリー『貨幣の「垂直性」』の続きの予定でしたが、変更してさきにこちらのほうに触れることにします。続ける予定だったエントリーの内容と重なる部分も大きいですし、先にこちらに触れておいた方が順序として適切だと判断しました。

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貨幣の「垂直性」

今回は貨幣、つまりおカネの話です。貨幣の「垂直性」について考えたいと思います。

貨幣の「垂直性」とは? 出所はこちらです。

『貨幣のガウス平面による理解⇒紙幣価値崩壊と硬貨価値高騰の説明』
    (Theories for the Platonic Synergy Concept.)

一、貨幣構造の垂直性と水平性

 貨幣は、交換手段としての「水平性」「非同一性」と、権威・権力・物質価値による独占性・特異性・超越性を基礎にする権力関係としての「垂直性」を持っている。

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環境消費権 ~ 生存権か財産権か

今回は前エントリーで提出した「環境消費権」について考えてみます。

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エコポイントはやめろ

引越しを機に私のところでは地デジTVを購入したのだが...、その矢先にエコポイントだって(怒)

エコポイントは商品券と交換 政府方針

5月12日10時48分配信 産経新聞

 政府は12日、省エネ家電への切り替え促進策として追加経済対策に盛り込んでいる「エコポイント」事業について、消費者が省エネ家電を購入した際に獲得したエコポイントを全国で使える商品券と交換できるようにすると発表した。

 「エコポイント」は省エネ製品の購入など環境に配慮した行動を取った場合に与えられ、他の商品の購入などに使える仕組み。還元対象は、冷蔵庫、エアコ ン、テレビなど一定の省エネ基準を満たした製品となる。地デジ対応の薄型テレビのポイントを大きくすることで、2011年7月に迫る地デジへの完全移行を 促す狙いがある。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090512-00000529-san-pol

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東京まで行ってきました

一昨日、東京まで行ってきました。

目的は、内山節氏を迎えた“哲学塾のようなもの”なんてのがありまして、そこに参加しようと出かけていったわけです。他にも、単に東京へ行ってみたいという田舎者気分もありました。せっかく近くへ越してきたわけだし(笑)。

「目的」の方の内容はまた気が向いたときに書くとして、ここで書いてみたいのは、東京へ向かう電車の中でのこと。

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分解の誤謬 ~ “出産は義務”

「合成の誤謬」という経済学の用語があります。意味は
ミクロの視点では正しいことでも、それが合成されたマクロの世界では、意図しない結果が生じてしまうこと
ウィキペディア「合成の誤謬」より)

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言葉と他者

何の前置きも脈絡もなく、話を始めます。

私の中にある表現のイメージは、下図のようなごくごく単純なものでしかありません。
言葉と他者

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プロフィール

Author:愚慫
“愚樵”改め“愚慫”と名乗ることにしました。

「空論」は相変わらずです (^_^)

      

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