愚慫空論

銀玉鉄砲

とある日の、TVを眺めながらの妻との会話。

「なあ、銀玉鉄砲って知ってる?」

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間伐は温室効果ガス吸収に効果なし

今朝、仕事に出かける前の朝のニュースを見ていたら、こんなのが報道されてました。

森林の間伐に補助 法案提出へ

京都議定書で、日本は、2012年までに二酸化炭素などの温室効果ガスの排出量を、1990年と比べて6%削減することが義務づけられています。この目標の達成に向けて、農林水産省は、今後、東京都の面積のおよそ15倍に当たる全国の330万ヘクタールの森林で間伐を行って、温室効果ガスの吸収効果を高める必要があるとして、間伐を促進するための新たな制度を設けることになりました。具体的には、市町村が森林の所有者の同意を得て間伐を行ったり、作業用の道を整備したりする際、必要な経費の半分を国が補助します。また、都道府県や市町村による地方債の発行は、これまで公共施設の整備などを目的としたものに限られていましたが、間伐の費用を確保する際にも発行できるようにします。農林水産省は、こうした制度を盛り込んだ法案を今の通常国会に提出する方針です。

NHKニュースより

「森林で間伐を行って、温室効果ガスの吸収効果を高める必要がある」とは、はて?

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コメント欄の整理

先日のエントリー『逝きし世の面影』を巡って、ほんの少しコメント欄が紛糾しました。当ブログ常連の布引洋さんのコメントの一部にwakuwaku44さんが異議を唱えたことから始まったんですが...

興味のない方は、スルーしてください。

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アイスブレイク

実はこのエントリーは以前に書いたものの再掲載です。なぜかもう一度、この文章をエントリーしたくなってしまいました。(一部改変しています)

この文章は、私が受講したとある講座についてのレポートです。講座の名称と目的は後で出てきます。この講座を受けたのは04年の秋でしたからもう3年半が経過しているのですが、このときの体験は『逝きし世の面影』の読書体験と並んで私の思考の核となっているもの。先のエントリーで『逝きし世の面影』を取り上げたから再びこの講座のことも採り上げたくなったなった...、というだけの理由ではないのですが、それ以外の理由については“なぜか”ということで(笑)。

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『逝きし世の面影』

今回、私も『逝きし世の面影』を取り上げようと思います。“私も”というのは、別の方が取り上げておられたからですが、そのお方は誰あろう、luxemburg卿。ここのところすっかりご無沙汰していたluxemburg卿(記事は拝見してました)ですが、そのluxemburg卿が『逝きし世の面影』を「2008年は」「私たちが明治軍事独裁政権で失ったもの」の2本の記事に渡って取り上げておられます。

私も、この『逝きし世の面影』という本についてはいつか取り上げたいと思っていました。思ってはいたがなかなか踏み切れずにいました。この本から受けた衝撃が大きすぎて、とてもじゃないが総括しきれずにいたから。現在でもまだまだ、です。ですので、この文章は『逝きし世の面影』について何かを書くのではなくて、『逝きし世の面影』を読んだ私自身について書く、それだけのものでしかありません。それ以上は、まだとてもとても。

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ブログって、繋がってるってことでしょ

「ブログで連帯は可能なのか?」ってのがdr.stoneflyさんの最新エントリーですが...。拝見しながら考えてしまいました。

連帯が特定の目的を持った運動のためのものだとすれば、ブログでの連帯って難しいかもしれない。リアルな世界でもそうした連帯を作るのは難しいし、継続させるのはもっと難しい。ブログ世界よりリアル世界のほうがやり取りできる情報は桁違いに多いのに、基本的に情報が言葉に限定されるブログ世界では余計に難しいでしょう。ちょっとした言葉の選び方しだいで感情的な亀裂が入ることもしばしば。

でも、思う。ブログっては、その世界に足を踏み入れた瞬間からもう繋がっているんじゃないの? と。

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新しい皮袋には新しい酒を(皮袋編)

お玉さんのおかげですっかり自沈モードが解消されたワタクシ愚樵でありますが、解消された勢いに乗じて新しいエントリーをひとつ。

村野瀬玲奈さんが最近、選挙の電子投票制度についての記事をいくつかエントリーされておられて、私のところにもめでたくTBが1つ舞い込んでまいりました。それらのエントリーにはいろいろな人が考えた電子投票制度の構想が紹介されていますが、それに触発されて私も何か考えてみようと思った次第。私は今、自沈モードから一変浮かれモードですが、そうした精神状態は新しい構想を考えるのに向いているでしょう。

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傷つくことができる幸せ

新年最初のエントリーがこのようなタイトルになってしまうとは、我ながら呆れている。傷つくことが幸せであるなんて、ずいぶん捻ねくれたものの言い方だ。お正月らしく、もう少し気分が明るくなるようなテーマで書けないものなのか...。

年の初め、お正月がおめでたいものだということは認識はしているつもりだが、その認識はあくまで意識の表層のものしかないようだ。意識というラインの奥から吐き出されてくる私のうだうだ思考は、表層の認識などまったくお構いなし。仕方がなく、めでたくあらねばならないという認識とのギャップを意識しつつも、うだうだした思考の言語化を試みてみる。以下がその試み。

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愚慫

Author:愚慫
“愚樵”改め“愚慫”と名乗ることにしました。

「空論」は相変わらずです (^_^)

      

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