愚慫空論

『銃・病原菌・鉄』その1~ポリネシアでの自然の実験



いい加減、『その17』で更新が放置したままになっている『サピエンス全史』シリーズの続編を書こうと思っているんですけれど...(^_^;)

 


『その17』で指摘したのは、科学革命が「正当化」になってしまっているということでした。

科学革命は歴史的事実です。
歴史的事実には必然の理由がある。
必然の事実を「もの語る(≠解き明かす)」ことが、「歴史を語る」ということです。

いえ、実は「歴史」にも2種類あります。



上掲書によると、歴史発祥の地には2種類ある。
中国において司馬遷が始めた歴史と、古代ギリシャでヘロドトスが始めた歴史です。

中国式の歴史は、そもそもからして「正当化」のためのもの。
ギリシャ式の歴史は「もの語る」ためのもの。

『サピエンス全史』も『銃・病原菌・鉄』も、ギリシャ式の系譜を継いでいると思う。
思うけれど、どうにも中国式が紛れ込む。

思うに、中国式、ギリシャ式、それぞれ、たまたま発祥の場所が違うにしても、どちらも「文明の要請」なんです。
たまたま、その要請が最初に発現した順番が、中国では「正当化」が先、ギリシャでは「もの語る」が先になっただけのことで。

『歴史とは何か』が言うところは、2つの要請のうちでも、中国式の要請は社会的であり、ゆえに強いものがある。
たとえばイスラーム世界などは、その世界秩序からは「もの語る」という個人的な形で発現する要請は発生しづらい。彼の地では「インシャー アッラー」でそうした要請を阻む。

ところが、他文明との抗争という避けがたい歴史現象が生じる。
その現象に対処するのに、中国式の要請に応じることは有利に働く。
それゆえ、もともと歴史を発祥させる必然性がなかった、あるいは阻害する要因があった地域にも、歴史は伝播していった。

イスラーム世界の歴史書、イブン・バットゥータの『旅行記』などは、ギリシャ式の系譜を継ぐものと思うけれど、イスラーム世界でこのような「個的」な歴史が生まれたのは、直接的に要請が具現化したのではなくて間接的に、まず、社会的な中国式歴史がイスラーム世界にも定着して、その次の段階として発現したのだろう思ったりしています。

ちなみにインドは阻害要因が強すぎて、歴史伝播が阻まれた。


というようなわけだから、ひとつの書物の中に中国式とギリシャ式が入り交じるのは、流れとしては当然のことだろうと思います。
とはいえ、それを看過していいかどうかは別の問題。
「正当化」はどうしても、【隠蔽】という副作用をもたらすものでもあるわけだから。


 マオリ族とモリオリ族

1835年11月19日、ニュージーランドの東500マイルのところにあるチャタム諸島に、銃や棍棒、斧で武装したマオリ族500人が突然、舟で現れた。12月5日には、さらに400人がやってきた。彼らは「モリオリ族はもはやわれわれの奴隷であり、抵抗する者は殺す」と告げながら集落の中を歩きまわった。数の上では2対1とまさっていたモリオリ族は抵抗すれば勝てたかもしれない。しかし彼らは、もめごとはおだやかな方法で解決するという伝統にのっとって会合を開き、抵抗しないことに決め、友好関係と始原の分かち合いを基本とする和平案をマオリ族に対して申し出ることにした。

しかしマオリ族は、モリオリ族がその申し出を伝える前に、大挙して彼らを襲い、数日のうちに数百人を殺し、その多くを食べてしまった。生き残って奴隷死された者も、数年のうちにマオリ族の気のむくままにほとんどがころされてしまった。チャダム諸島で数世紀のあいだつづいたモリオリ族の独立は、1853年12月に暴力的に終わりを告げたのである。モリオリ族の生き残りは、その時の様子をこう話している。「(マオリ族は)われわれをまるで羊みたいに殺しはじめました。・・・・・・(われわれは)恐れ、藪に逃げ込み、敵から逃れるために地べたの穴の中やいろいろな場所を身を隠しました。しかし、まったくだめでした。彼らはわれわれを見つけては、男も女も子供もみさかいなく殺したのです」。一方、マオリ族の兵士はこう説明する。「われわれは、自分たちの習慣にしたがって島を征服し、すべての住民を捕まえた。逃げのびた者は一人もいない。逃げた者は捕まえて殺した。残りの者も殺した。それがどうしたというのか。われわれは、自分たちの慣習に従って行動したまでである」

モリオリ族とマオリ族の衝突がこのような残忍な結果になることは容易に予想できたことである。・・・・・・(後略)





 ポリネシアでの自然の実験

 モリオリ族とマオリ族の身に起きた出来事は、小規模で短期間ではあったが、環境が人類社会に及ぼす影響についての自然の実験だったと言える。この本では、もっと大きな規模での実験、つまり、過去1万3000年の間に環境が世界じゅうの人間社会に与えた影響について考察している。



この本、すなわち『銃・病原菌・鉄』は4部構成になっています。

 第一部 勝者と敗者をめぐる謎
 第二部 食料生産にまつわる謎
 第三部 銃・病原菌・鉄の謎
 第4部 世界に横たわる謎


上掲の引用は、第一部からのものです。

 第二章 平和の民と戦う民との分かれ道

『銃・病原菌・鉄』の著者、ジャレド・ダイアモンドが言いたいところは明白です。

マオリ族がモリオリ族に為した行為は“ジェノサイド”です。
どう見てもそうとしか呼びようがない。

ところが『銃・病原菌・鉄』には、この【コトバ】は出てこない。
【コトバ】にとある「色」が付いているから、意識的に用いなかったのだろうと思います。

ジェノサイド(英: genocide)は、1944年、ユダヤ系ポーランド人法律家のラファエル・レムキン(英語版)によって創られた造語であり(後述)、一つの人種・民族・国家・宗教などの構成員に対する抹消行為をさす。

元々アルメニア人虐殺やナチス・ドイツのユダヤ人虐殺(ホロコースト)に対して使われていたことから、一般的には「大量虐殺」の意味で使われるが、国外強制退去による国内の民族浄化、あるいは異民族、異文化・異宗教に対する強制的な同化政策による文化抹消、また国家が不要あるいは望ましくないと見なした集団に対する断種手術の強要あるいは隔離行為など、あくまでも特定の集団等の抹消行為を指し、物理的な全殺戮のみを意味するわけではない。



ダイヤモンドさんが「ジェノサイド」というシニフィアンを用いれば簡単便利に表現できたシニフィエを避けた理由は、中立的な説明、すなわち

 環境が世界じゅうの人間社会に与えた影響

を「もの語る」ことを意図したからだろうと思います。
余分な邪推を招きたくなかった。
ぼくに欠けている(w)、注意深い態度です。


モリオリ族の身に起こったことは、ポリネシア域における実験のうちの、より小規模な実験であった。チャダム諸島とニュージーランドの異なる環境がどのように影響して、彼らを違った種族に形成していったのか。それを歴史的にひも解くのはさほど難しいことではない。



モリオリ族は、チャダム諸島の環境に適応した〔人間〕になった。

くわえて、比較的小さな離島で会ったチャダム諸島は、最大でも2000人程度の狩猟採集民しか暮らせなかった。移り住むことができるような島々が近くになかったので、モリオリ族はチャダム諸島にとどまり、互いに仲良く生活していくすべを学ばなければならなかった。彼らは、人口過剰から起こりうる諍いを減らすために戦いを放棄した。一部の男子を幼児期に去勢し、結局、簡素な技術と武器しか持たず、強力な統率力や組織力に欠ける非好戦的な少数部族となったのである。



チャダム諸島とは対照的に、ポリネシア最大の島であるニュージーランド北島は気候が温暖で、ポリネシア式の農業に適していた。そのため、ニュージーランドに残ったマオリ族は10万人を超えるまで増えている。彼らは局地的に人口密度を高めるかたちで増えていき近隣部族間の衝突もしばしば起こっている。



モリオリ族とマオリ族は同じ祖先から出発して、まったく異なる社会を形成したのだった。しかし、ふたつの社会はやがて互いのことを忘れ、何世紀ものあいだ、おそらく500年の長きにわたって接触することはなかった。(中略) モリオリ族とマオリ族が衝突にいたる過程は、短い期間であっても、環境が経済や技術、社会構成、そして戦闘技術に影響を及ぼしうることを如実に物語っている。




第一部第二章に続く第三章は、「スペイン人とインカ帝国の激突」。
激突の舞台は新大陸、時代は15世紀末から16世紀前半。科学革命黎明期です。

スペイン人はマオリ族、インカ帝国はモリオリ族に相当するのは言うまでもありません。
ダイヤモンドの意図が、「マオリ族vsモリオリ族」と「スペイン人vsインカ帝国」が「同型」であることを示すところにあるのは間違いないでしょう。


『その2』へ続きます。

コメント

いろいろとそそられます。

「環境」が「人間」に「与えた」影響
「農耕民」と「狩猟採集民」
「習慣」に従った
「自然の実験」だった

どこから切開しても思索できそうですが、通底したものがある。
あぁ「人間」だなぁ、です。ふぅ。

それはそうと、モリオリは9条実践派だったんですね。
で、結果は、、、
軽率な9条万歳派はこの「実験」を「俯瞰」してどんな「言葉」を発するのでしょう?
ま、ワタシのことですがwww

・毒多さん

>あぁ「人間」だなぁ

はい。そうです。
そして、そこが「始」です。


次の文章も、

>あぁ「人間」だなぁ

で呑みこんでいただければ。

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