愚慫空論

【追記】『蜜蜂と遠雷』



大切なことに気がつきました。
なぜ、読んでいる最中に気がつかなかったんだろう?
気がついてもよさそうなものなのに。

風間塵のモデルは、辻井伸行かもしれない――






以前紹介した『ラフマニノフの2番』のあと、アンコールとして演奏されたリストの『ラ・カンパネラ』です。

(アンコールなので、拍手の時間が長いです。
演奏が始まるのは、1分30秒すぎから。)

ラフマニノフの方はlコンチェルトで、辻井さんの上機嫌がオーケストラ人たちを巻き込んでいく様子がとても心地よいものでした。

こちらはアンコールですから、ソロです。
ソロでも上機嫌は際立っています。

音がね。少しも威張ってないんですよ。


『ラフマニノフの2番』もそうですし、『ラ・カンパネラ』もそうなんですけど、
“超絶技巧”を要求される難曲です。
それは、映像に映り込んでいるピアニストの手の動きをみれば瞭然ですけれど。

このような技巧を身につけるのは、並大抵の努力では済みません。
想像に難くないところでしょう。

であるがゆえに、どうしても音が威張ってしまう。
――ということに、辻井さんの音を聴くと気がつかされてしまう。

「私は頑張った]

どうしてもそれが音に出てしまう。

出ちゃいけないということではないですよ。
出てもいいんです。
ピアニスティックというのはそういうことですし、『ラフマニノフ』にしてもリストの『ラ・カンパネラ』にしても、共に大ピアニストでもあった作曲家の自負が大いに顕示されている音楽なんだから、本当はそれが「正解」なんです。

でも、辻井さんは、「そういう音楽」を「そうでない」ように演奏している。
ということは、これは「そういう音楽」への冒涜だと言えなくもない。


『蜜蜂と遠雷』で、風間塵はコンクールに出場します。
その演奏を聴いて、審査員のひとりである嵯峨三枝子は憤慨する。
ジン・カザマの音楽は師であるユウジ・フォン=ホフマンへの冒涜である、と。
ところが、ホフマンの「遺言」には、そのことが予言されている。


「頑張ってきた者」には、「頑張りの痕跡」が感じられないことが許せなかったりするんです。

ピアノを弾くなんて、本当はとても不自然で奇妙な行為です。
ピアノの鍵盤は極めて合理的にできてはいるけれど、それゆえに、はなはだ非人間的です。
それを努力に努力を重ねて、〔自然なもの〕へと高めていく。

聴き手は〔自然なところ〕だけを聴けばよい。
でも、努力を重ねてきた者には、〔自然に振る舞う〕にはいかに努力が必要なのかがわかる。
わかってしまう。
ゆえに、「努力がない」という幸運が許せない。

風間塵はそのような存在です。
でも、それはフィクションだから――と思っていたけど、どっこい、そうではないかもしれない。
辻井伸行という「ラッキーボーイ」がいる。
ぼくは知っていたのに、結びつかなかった。
迂闊なことです。


『蜜蜂と遠雷』では、師であるホフマンが弟子である風間塵に「音楽を外へ連れ出す」という課題を課しています。
これはどういうことか?

音楽を音楽たらしめることなんだろうと思います。
音楽を「努力」から解放すること。
それが「ラッキーボーイ」に課された使命。

もともと世界は音楽に満ちているんだから。
努力をしないでも、楽しんで音を捕まえることができる人間には、
努力をして音を捕まえなければならない人間――音“学”をしている人間――を解放する責務がある。


興味深い動画を紹介しましょう。

Nobuyuki Tsujii 辻井伸行 2009 Cliburn Competition FINAL CONCERT

辻井さんが名声を獲得する一等地になった、アメリカのヴァンクライバーン国際ピアノコンクールの本選での演奏です。冒頭、ピアノとオーケストラがバラバラです。

興味深いのはコメント欄です。

ピアノと指揮者とオーケストラの「混乱」を巡って、いろいろなコメントが寄せられています。
このコメント欄の「風景」は、風間塵を巡る審査員たちの心象になんとなく共通したものを感じます。

音“楽”と音“学”。


 ⇒ 愚慫空論『蜜蜂と遠雷』

コメント

作家さん本人が「モデルはいない」と言っているみたいですね。

https://matome.naver.jp/odai/2149191265300656201/2149191401101790103

正解が欲しいわけではないから、どうでもいいことだけどww

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